2010年 12月 23日 ( 1 )

「レオニー」

「レオニー」_c0051620_7382941.jpg 先日、シネ・リーブル池袋で山ノ神と「レオニー」(監督:松井久子)を見てきました。われらが敬愛するアーティスト、イサム・ノグチの母、レオニー・ギルモアの半生涯を描いた作品です。20世紀初頭のニューヨーク、ソルボンヌ大学にも留学経験がある才媛レオニー(エミリー・モーティマー)は、自立した女性として生きることを求めて編集者の職を求めます。そして出会ったのが渡米して詩人としてのデビューを願う野口米次郎(中村獅童)、レオニーの献身的な協力により彼は成功をおさめ、そして二人は結ばれます。しかし日露戦争後にアメリカで猖獗を極めるようになる有色人種への差別(黄禍論)に苛立った彼は、妊娠しているレオニーを捨てて、単身帰国してしまいます。母のもとで男児を出産した彼女は、息子のためには父親の存在が必要であると考え、彼の誘いもあり、来日。野口の庇護のもとに暮らしますが、彼には本妻があり、自分が妾として扱われていることを知り、誇り高い彼女は彼のもとから離れ、英語を教えながら自立をめざします。ラフカディオ・ハーンの未亡人小泉セツ(竹下景子)一家との心温まるふれあいを描いた場面がいいですね、どれくらいレオニーの支えとなったことか。やがてすくすくと成長したイサムに美術の才能があると気づいたレオニーは、十歳の彼に家の設計を任せるなど、それを育むためにあらゆる力を尽くします。この時、イサムが大工の棟梁(大地康雄)の技に見惚れて、彼からぶっきらぼうながらも熱のこもった手ほどきをうけるのですが、彼の後半生を彷彿とさせるいいシーンでした。さらにアメリカに行って美術を学びたいと強く願うイサムを、単身、送り出します。しかし第一次世界大戦が勃発、大混乱のなか彼の消息は絶たれてしまいます。悲嘆にくれるレオニー、幸いなことに世話をしてくれる約束の人物とめぐりあえたイサムは、彼の恩義に報いるためアメリカで医学の勉強をすることになりました。そしてアメリカでの母子の再会、レオニーは逞しく成長したイサムに、「あなたはアーティストになるべき人間なの」と強く説得し、彼は一念発起、若き芸術家としての道を歩んでいきます。その姿を見届けて、思い残すことはもうないように静かに息をひきとるレオニー。ラストで彼女がよみがえり、イサム・ノグチが設計したモエレ沼公園で遊ぶシーンはこのうえもなく美しいものでした。素晴らしい芸術家を世に送り出したという母としての誇りに輝くレオニーと、それに感謝するかのようにその素晴らしい意匠を際立たせるモエレ沼公園。心に残るラストシーンです。
 原作である名作『イサム・ノグチ 宿命の越境者(上・下)』(ドウス昌代 講談社文庫)の前半部分を手際よくまとめ、一編の詩とした監督の力量には頭を垂れましょう。幾多の困難に遭遇し、異郷の地での異文化との軋轢に戸惑いながらも、それらを糧としてアーティストへの道を息子に切り開いていったレオニーの姿に見惚れてしまいました。「運命は従うものを潮にのせ、さからうものをひいて行く」「子どもは液体を満たす容器ではない。それは火をつけるべきものである」という、フランソワ・ラブレーの言葉を思い出しますね。二つの文化の狭間に生まれたイサムが、その後のアーティストとしての人生をどう切り開いていったのか、ぜひ原作の後半部分の映画化を期待します。イサム・ノグチの言です。
二十一世紀には、画一性に陥ることなしに世界化が進むことを望んでいます。

by sabasaba13 | 2010-12-23 07:40 | 映画 | Comments(0)