2010年 12月 30日 ( 1 )

「ベートーヴェンの生涯」

 「ベートーヴェンの生涯」(青木やよひ 平凡社新書502)読了。アインシュタインをまねて、こう言いましょう、「死とはベートーヴェンが聴けなくなることだ」。J・S・バッハ、バルトーク、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、クリフォード・ブラウン、レスター・ヤング、忌野清志郎、好きな音楽家は星の数ほどおりますが、やはり彼は別格です。なぜそうなのかを言葉にして伝えられない己の非才が恨めしいのですが。著者は、世間に流布しているベートーヴェン像は、最初の伝記作家アントン・シントラー由来の、偏見と誇張に満ちた歪んだものであるとして、基礎的な資料や最新の研究成果に基づいて、できうる限りありのままの彼の姿を真摯に誠実に描こうとします。私のベートーヴェン像がドラスティックに変わった…とまではいきませんが、「苦難を乗り越えた超天才」という安直なイメージはきれいに流れ落ちました。怒り、悲しみ、喜び、恐れ、笑い、嫉妬、絶望、信念、われわれ凡百の人間と同じようにこけつまろびつしながら生きていったのですね。ただ決定的に違うのは誠心誠意自分を見つめのを、やめたり逃げたり諦めたりしなかったこと。そしてその自分を十全な形で表現しようとしたこと。親しみのもてる身近な存在としての彼と、仰ぎ見るしかない超然とした存在の彼、その両面を知ることができました。
 それにしても、シントラーによる伝記はロマン・ロランの『ベートーヴェンの生涯』をはじめ大きな影響を与えたのですが、なぜ彼はベートーヴェンの姿を歪曲して描いたのか。著者は、自分が敬愛する人から信頼されることも愛されることも叶わなかった人間が抱いた熾烈な嫉妬ではないかと分析されています。彼やその知人を貶めることによって、自らの存在感を際立たせるための歪曲、そう考えると、彼の行為を弾劾するだけではすみません。ここにも人間的な、あまりにも人間的なドラマがあったのですね。またこのいろいろな意味で強烈な芸術家をとりまく周囲の人々に対する、これまでのステロタイプ化された見方ではない言及も興味深いものでした。例えばくりかえしルートヴィヒに暴力をふるった父ヨーハンに関しては、宮廷楽長への夢を断たれたことへの憤懣のはけ口としての暴力、自分には持てなかった息子の非凡な才能への無意識のジェラシー、家庭内の主導権をしっかり者の妻ににぎられている事に対する劣等感の裏返し、といった奥深い分析をされています(p.21)。著者曰く"インフェリオリティ・コンプレックス"の持主だったと考えた方がよさそうとした上で、少なくとも息子はそれを理解し、父を許していたのだ、と心温まるコメントを付されています(p.52)。また彼が後見した甥のカールも悪評が高いのですが、十代後半のむずかしい青春期に、天才の巨大なエネルギーにみちた「父親」から、理想の人間像の鋳型を押しつけられ、しかも愛憎半ばする激しい情念の対象にされたのだから、耐えられなくなったのも無理はない、と述べられています(p.247)。ああ、これも人間ドラマですね。
 ベートーヴェンは梅毒であったという俗説も流布されていますが、彼の髪の毛を分析した研究者によると、梅毒患者であれば当然検出されるはずの水銀は定量できないほど微量で、そのかわりに基準値の四十倍を超える鉛が検出されたそうです。鉛中毒の一般的症例は胃腸疾患、痛風、黄疸、視神経と聴覚神経の損傷などがあり、これらはベートーヴェンの病歴とほとんど一致します。ただ、鉛を大量に摂取した経緯は不明ですが、工業化によるドナウ河の環境汚染と獣肉よりも魚や野鳥を好んだ彼の食生活が関係しているのかもしれないと推測されています(p.110)。
 インド思想に対する彼の造詣の深さや、彼が洗礼を受けたのはアシジの聖フランチェスコを始祖とする、自然への愛好と人間同士の友愛的連帯と異教への寛容を特色とするミノリーテン(フランチェスコ派)系の教会であったという指摘は、ベートーヴェンの音楽を理解するうえで良い一助となりました。また彼の晩年は、ウィーン体制下、メッテルニヒによる容赦ない弾圧が吹き荒れた時代で、密告の日常化やスパイの暗躍が、募りゆく彼の猜疑心のもとになったこと。そして暗い時代の中、気分転換としての明るく軽快なワルツやポルカを求めたウィーン音楽界の流行が、ベートーヴェンの疎外感を強めたという指摘も納得ですね。

 「ハイリゲンシュタットの遺書」については、こう述べられています。
 ベートーヴェンのような大天才の内面は、常人にはうかがい知れないが、しかしいまようやく筆者には、天分を持って生まれた人間は存在の危機を感じた時にのみ、自分の内なる使命にめざめるのだと確言できる。
 (※「遺書」の中で)自分にとって難聴がいかに辛いものであるかが切々と語られている。それが決定的になったために自殺の誘惑にかられたのだが、彼を思い止まらせたのは「自分が使命を自覚している仕事を仕とげないでこの世を見捨ててはならない」という思いだったと述べている。
 ここで彼が決別しようとしたのは自分の「生」そのものではなく、それまですがってきた(快癒という)「希望」だった。それが失われた代わりに、天才の自覚が生まれたのだ。そういう意味でこの文書は、「遺書」というよりもむしろ信条告白であり、彼の内面における死と回生の道筋を示す記録として読まれるべきだろう。(p.116)
 また、頭の中では出来上がっていたに違いない「第一〇交響曲」をはじめいくつかの大作をさし置いて、後期弦楽四重奏曲群という地味な作品をもって大音楽家としての人生をしめくくったことについては、以前紹介しました。

 ベートーヴェンという稀有なる芸術家の多面的で複雑で魅力的で、ちょっとはた迷惑な生きざまを、共感と畏敬を込めて綴った好著、お薦めです。ベートーヴェンとゲーテの橋渡しをしたベッティーナ・ブレンターノがこう語っているそうです。
 私たち[人類]は、彼に追いつけるのでしょうか。(p.269)

by sabasaba13 | 2010-12-30 07:46 | | Comments(0)