2011年 09月 18日 ( 1 )

クロアチア編(21):シベニクへ(10.8)

 そしてバスに戻り、本日最後の訪問地シベニクへと向かいます。距離にして約75km、一時間ほどかかりますが、アドリア海の眺望を楽しめる快適な一般道でした。ん? あれはトーチカではないか。たしかクロアチアは第二次世界大戦当時、枢軸国側についたはずです。すると連合国軍による上陸作戦への対策か、はたまた独自の社会主義路線を歩んだユーゴ連邦の時代にソ連の侵攻に備えてのものか、興味を引かれますね。路傍にある小祠をよく見かけますが、どんなふうに信仰されているのでしょう、日本のお地蔵様のようなものなのでしょうか。シベニクが近くなってくると、海面にたくさんの浮が並んでいます。牡蠣の養殖でしょうか。
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 車窓の光景を楽しんでいると、添乗員さんから願ってもないオファーがありました。明後日は午前はドブロヴニク観光、午後はモンテネグロのコトルを観光する予定ですが、氏の経験によるとコトルへの往復はバカンスによる渋滞と国境通過手続きでかなり時間がかかるとのこと。下手すりゃ午後八時や九時になるケースもあり、ツァー客から「ドブロヴニクに一日いたかった」というクレームがしばしば浴びせられるそうです。そこで、希望する方は、この日の午後はツァーから離脱してドブロヴニクを自由に観光してもよいという提案です。夕食はホテルでツァーとともにしてもよいし、ドブロヴニクでとってもかまわない。(もちろん当該料金の返還はなし) この日はドブロヴニクに連泊するので何の問題もないそうです。偕老同穴、比翼連理、夫婦善哉、割れ鍋に綴じ蓋、あなた百までわしゃ九十九まで、俺の目を見ろ何にも言うな、互いに見つめる顔と顔、阿吽の呼吸、かすかにうなずきあったわれわれ夫婦は即座に決定、ドブロヴニクに居残ろう! そろそろ体と心を縛る鉄鎖に辟易していたところなので、旱天の慈雨です。それにしてもこのような選択肢を与えてくれたパック旅行は初めて。阪急旅行社の英断なのか、ツァー客の要望が多様化していることに対して多くの旅行社で一般化しているのかはわかりませんが、いずれにせよ喜ばしき措置ですね。
 そしてシベニクの駐車場に到着、現地ガイドさんと落ち合い、観光の開始です。シベニクについてすこし触れておきましょう。この町は、トルコの抑圧から逃れたウスコック(海賊)によって建設されたといわれ、昔の面影をよく残す旧市街と、煉瓦や木の支柱をまったく使わずに建てられた世界最大の石造教会聖ヤコブ大聖堂(世界遺産)が見どころです。駐車場を兼ねたバスターミナルの付近を見渡していると…一瞬目が釘付けとなり体が硬直してしまいました。真向かいにある二階建て建物の壁面に残る、生々しい無数の弾痕… クロアチア内戦の傷跡でしょう、確言はできませんがおそらく間違いないと思います。この内戦についてはドブロヴニクのところで詳しく述べたいと思います。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2011-09-18 06:19 | 海外 | Comments(0)