2012年 02月 10日 ( 1 )

三浦一馬頌

c0051620_6171472.jpg 先日、コンサート情報を何気なく見ていたら、三浦一馬という若いバンドネオン奏者のコンサートに目がとまりました。以前にあるテレビ番組でその演奏を聴き、そのテクニックと歌心に驚嘆した記憶があります。しかもオール・ピアソラというプログラム、これは聴かねばなるめえ。実は、アストル・ピアソラの曲は、ヨー・ヨー・マの「SOUL OF TANGO」というアルバムで聴きました。確かにメロディアスで情熱的な良い音楽だったのですが、もっと土臭さというか体臭というか、良い意味での野卑さが欲しいなと感じた次第です。三浦氏の演奏に期待しようと、さっそくチケットを購入。残念ながら山ノ神は野暮用のため行かれず、私ひとりで紀尾井ホールへと向かいました。まずは腹ごしらえ、四ツ谷駅近くの「かつれつ たけだ」でメンチカツ定食を所望。まあ、味は可もなし不可もなし根岸の里の侘び住まい、といったところ。なおここから近くには迎賓館、そして紀尾井ホールの近くには紀尾井坂があり、暗殺された大久保利通を追悼する碑があります。歩くと気持ちがいい土手もあり、絶好のお散歩コースです。
そしてイグナチオ教会の前を通って数分歩くと…ホールの前に入場を待つ長い行列ができていました。しかもほとんどが中年・初老の方々です。やはり若い衆はアルゼンチン・タンゴを聴かないのですかね、もったいない。会場はほぼ満員御礼、そして三浦一馬氏がバンドネオンを小脇に抱えて颯爽とステージに現れました。一見、はにかみ屋の真面目な好青年という印象を受けました。まずは独奏で「アディオス・ノニーノ」「天使の死」を演奏、最初の一音がホールに鳴り響くと、後は彼の演奏に引きこまれ没入するのみ。心の琴線をかき鳴らすような歌心と、それを支える抜群のテクニック、聴衆が彼の音楽に包まれ一つになっていくのがよくわかります。次は、バイオリン(3)、ヴィオラ(1)、チェロ(1)、コントラバス(1)が登場、ピアソラがクロノス弦楽四重奏団のために作曲したバンドネオン五重奏曲「ファイブ・タンゴ・センセーションズ」です。「眠り」「愛」「不安」「目覚め」「恐怖」という五つのセンセーション(感覚)を表現した組曲、クラシック音楽とタンゴの融合を意識したのでしょうか。上質な音楽でしたが、私が勝手に期待する情熱的な野卑さには程遠いものでした。後半の演奏に期待しましょう。そして二十分間の休憩、外に出て紫煙をくゆらせながら体の火照りを冷やしました。後半は、バンドネオン、バイオリン、ピアノ、ギター、コントラバスという五重奏団。キンテートと言い、ピアソラが考案した演奏形態だそうですが、ここからは期待を遥かに超えた素晴らしい演奏でした。土臭さ、体臭、情熱、哀愁、エクスタシー、人間の叫びと囁きが渦巻く、五人の合奏に心と身を委ねるのみ。しかし激情に身を任すのではなく、三浦氏がアイ・コンタクトやボディ・コンタクトを駆使しながら、しっかりと音楽をまとめあげているのには感心しました。「デカリシモ」「ブエノスアイレスの冬」「スール:愛への帰還」「フーガ9」「ブエノスアイレスの夏」と続き、「タンガータ~《シルフとオンディーヌ》より」が終わり万雷の拍手が鳴りやまぬ中、ピアノが猛烈なテンポで「リベルタンゴ」の前奏を叩きだしました。心憎い演出ですね、そして五人が、凄まじい速さのテンポで、指も折れよ腕も折れよと狂熱と哀愁に満ちた爆発的な音楽を奏でると、まるでスターマインがホール内で炸裂したかのよう。後は、この時が永遠に終わらぬようにと祈りながら、この圧倒的な音楽に身を委ねるだけ。しかし無情にも演奏は終わり。三浦氏がマイクを手にして、ぼそっと、「今ふと思ったのですが、音楽ってほんとうにいいものですね」と静かに語った姿が印象的でした。同感。「音楽は何も変えることは出来ない。しかし、音楽は何度でも人の心を救うだろう」という誰かの言葉がふと心をよぎりました。そしてアンコール、海鳴りのような拍手、二曲目のアンコールでは前半で演奏した弦楽器奏者もステージに現れ、全員で「現実との三分間」を演奏してくれました。興奮がおさまらない心と体を凍てつく夜風が心地よく覚ましてくれる帰り道を歩きながら、弱冠21歳の大器にめぐりあえた喜びをかみしめました。「ヴァイオリンのように歌い、ピアノのように持続音も得意な、タンゴだけにとどめておくのはもったいない楽器」「だからこそ、無限の可能性を秘めている。その可能性を拡げることが、僕の使命」「タンゴ奏者というよりも、バンドネオン奏者と言われたい」 彼の言です、その意気やよし。どこまで成長するのか、これからがほんとうに楽しみな逸材です。彼のような才能ある若者が現れたということは、神がまだこの国を見捨ててはいないという証かもしれません。
ただ気になるのは、前述のように、聴衆の中に若い方があまりいなかったことです。唐突ですが、林家三平の真打ち披露口上における古今亭志ん生のお言葉を紹介します。
 これからは、若い落語家がどんどんとできます。それは、つまり、あなた方に育ててもらう。そして、あなた方がそれを楽しむ。ですから、ま、つまり、小鳥を飼っても、その鳴く音を聞こうというのには、やっぱし餌をやって、そしていろいろ世話をしなきゃいけない。小鳥にしちゃ、ちと汚ねえけど。そういうようなわけですから、あたくしたちはこうやっておりましても、みなあなた方に養われているものでございます。自分の力で生きてるんじゃない。お客様にこうやって、おかれている。お客様に、もうあいつに用はないといわれちまえば、もうそれっきりなんでございます。噺家一人助けると、猫千匹にむかうというくらいでございます。どうかひとつお願いをいたします。
 これを客=聴衆の立場から言い換えると、私たちが身銭を切ってコンサートに行ったりCDを購入したりしないと、音楽家は生きていけないということですね。素晴らしい音楽家を見分ける鑑賞力と、その人物への経済的な支えが必要だとも言えます。そういう意味では、こんな素晴らしいコンサートで、若い方の姿が少ないのは心許ないかぎり。ま、余計なお世話と言われればそれまでですが。

 余談です。ウィキペディアで調べてみると、バンドネオンという楽器は、アコーディオンを改良して、ドイツのハインリヒ・バンドが1847年に考案したそうです。1880年代に、アフリカ系アルゼンチン人のセバスティアン・パルドがタンゴで用いたとする文献があり、20世紀になるとドイツから大量のバンドネオンがアルゼンチンに輸出され、タンゴでよく用いられる楽器となったとか。ドイツと南米とのつながりは興味深いですね。指揮者のエーリッヒ・クライバーは、息子が将来南米で活躍できるように、カールではなくカルロスという名をつけたという話を聞いたことがあります。第二次大戦で、アメリカがドイツと戦火を交えたのも、裏庭=非公式の植民地である南米をドイツに脅かされたことも一つの大きな原因となっているのではないでしょうか。博雅の士のご教示を乞う。
by sabasaba13 | 2012-02-10 06:18 | 音楽 | Comments(0)