2012年 07月 02日 ( 1 )

「キリマンジャロの雪」

c0051620_6163491.jpg 山ノ神がどこからか、「キリマンジャロの雪」(ロベール・ゲディギャン監督)という映画が面白いという情報を入手してきました。妻の意見と茄子の花にゃ千に378くらいしか無駄がない、という箴言の信奉者である私、ようがす、見にいきましょう。金曜日の夕刻、岩波ホール一階の切符売り場で待ち合わせ、上映まで一時間ほど時間があるので、夕食をとることにしましょう。ここ神保町は私にとって第二の故郷、寄りたいお店はごまんとあります。スヰート・ポーズ、ろしあ亭、キッチン南海… しかしそれほど時間の余裕もないので中華料理を選択、そうです、1906(明治37)年創業の老舗・揚子江菜館へ。いつもでしたら池波正太郎御用達の上海式肉焼きそばを注文するのですが、今回は趣向を変えて豚の角煮をのせたラーメンと酢豚と水餃子をいただきました。いずれも舌鼓がポリリズムを乱打するような絶品、たいへん美味しうございました。そして岩波ホールへ入場し、前から三列目の座席に陣取り十五分ほど仮眠をとっていると、さあ開幕です。
 時は現在、場所は不況の嵐が吹き荒れるフランスのマルセイユ。作業服を着た深刻な表情の労働者たちが埠頭に集まり、主人公のミシェルが読み上げる名前に聞き入っています。彼は労働組合の委員長、そして指名された労働者は解雇されるのですね。労働組合は全員解雇という最悪の事態を避けるために、組合側で選んだ20名の解雇に応じたわけです。この際、ミシェルが苦渋の選択としてくじ引きでその20名を選んだことが伏線となります。…18…ミシェル・マルトロン そう、責任を感じた彼は自らを解雇リストに入れてしまいます。…20…クリストフ・ブリュネ 最後に指名されたこの若者の表情に注目を。自ら失業を選んだ彼は、30年連れ添ったマリ=クレールや子ども・孫たちと、時間をもてあましながらも平穏な日々を送ることになります。しかし妹夫婦とトランプを楽しんでいる時に強盗が押し入り彼らを縛りあげ、金品を奪ってしまいます。ふとしたことから犯人がクリストフであることを知ったミシェルは警察に通報、彼は逮捕されました。しかしミシェルとマリ=クレールは、彼の父親は蒸発、母親とは別居、幼い二人の弟をかかえて困窮のどん底にいることを知ります。さらにクリストフと面会したミシェルは、彼からなじられます。自分は新入りだから解雇手当もでない、幼い弟を抱えて暮らしていけない。なぜくじ引きで解雇を決めたのか。金持ちや共働きから解雇する、あるいはみんなの給料や労働時間を減らして全員の雇用を守る、いくらでもやり方はあったのではないのか! その言葉に衝撃を受け、自責の念にかられるミシェル…
 もちろん結末は言いません。全編を通してひしひしと伝わってきたのは、何と言えばいいのでしょう、労働者の文化です。仲間へのいたわり、そして暮らしを守るための連帯、そして現状を分析し闘いより良い末来を築こうとする意志。二人の会話です。
ミシェル「今日裁判所で彼と会った。彼が…間違ったんじゃない。工場を救う方法を我々が間違えた。クジなんか、やらなきゃよかった。やり方がまずかった」
マリ=クレール「自分を責めないで。分断させる資本家の手よ」
ミシェル「国際化(グローバリゼーション)とか経営者を責めるのは簡単だ。ジョレスは"勇気とは自らの人生を理解し、明確さを与え、深化させ確立し、社会と調和することだ"と」
 第一次世界大戦に敢然と反対して右翼に暗殺された社会主義者、ジャン・ジョレスが、いまだにフランスの労働者の胸に刻まれているのには驚きです。労働運動の分厚い伝統を感じますね。そしてこの映画を魅力的なものにしているのはマリ=クレールです。どんな状況に追い込まれてもへこたれず屈せず、現実から眼をそらさず、ユーモアを忘れずに軽やかに立ち向かっていく彼女の姿には感銘を覚えました。丸山真男が紹介してくれた"Let's go whistling under any circumstance."という言葉を思い出します。(『ある自由主義者への手紙』より) ほんとうに後味のよい素晴らしい映画でした。
 なおふと気付いたのですが、この映画の中で携帯電話が使われるシーンが一つもありませんでした。登場人物がみんな、面と面をつきあわせて語り合い、笑い、批判し、説得しようとするのですね。帰宅する際に、地下鉄のエスカレーターの右側を歩いて昇ると、左側にいた方々のほぼ半数が携帯電話をいじっており、軽い衝撃を覚えました。労働組合・労働運動の衰退、分断され孤立化させられる労働者、そして対人的なコミュニケーションの欠落、ちょっと今の日本が置かれている状況に暗澹たる想いを感じます。

 追記。何度でも何度でも紹介しますが、労働者と労働運動を描いた「ブラス!」という傑作映画があります。ぜひご一見を。
by sabasaba13 | 2012-07-02 06:17 | 映画 | Comments(0)