2012年 08月 03日 ( 1 )

「荒廃する世界のなかで」

 「荒廃する世界のなかで これからの「社会民主主義」を語ろう」(トニー・ジャット みすず書房)読了。著者のトニー・ジャット氏はロンドン生まれ、ニューヨーク大学の教授そしてレマルク研究所の所長としてヨーロッパ研究を主導した歴史学者です。残念ながら2010年8月6日、ルー・ゲーリッグ病により死去されました。本書は彼の"白鳥の歌"です。彼の思いは次の一文に過不足なくもりこまれています。
 社会民主主義者の特徴は穏健さです。政治的資質としては、穏健さなど大した美点ではありません。わたしたちは過去の欠点について詫びることを減らし、その実績について、もっと自信をもって語る必要があります。それが常に中途半端であったことで、悩む必要などありません。わたしたちが二十世紀から学んだものが他にないとするなら、わたしたちは少なくとも、答が完全である分だけその結果も恐るべきものなのだ、ということは理解しておくべきだった。
 不満足な状況に対する追加的な改善というのが、わたしたちが望み得る最善であり、そしておそらく、わたしたちが追求すべきすべてなのでしょう。人びとは粛々として、状況を崩壊させ不安定化させることにこの三十年間を費やしてきたのです。このことに、わたしたちはもっと怒るべきです。用心深さという根拠だけからしても、わたしたちは悩むべきです-先輩たちが苦心して設えた堤防を、なぜあれほど大急ぎで取り潰してしまったのでしょう? もう洪水は来ないなどと、わたしたちは確信が持てるのでしょうか? (p.244~5)
 たしか橋爪大三郎氏が、民主主義を"おんぼろバス"に譬えたように記憶しています。故障がよく起こりエンストするけれども、他に乗り物はない、エンコしたら乗客みんなが協力して修理したり泥濘にはまったらみんなで押したりして、目的地まで乗り続けなければならないおんぼろバス。一見素敵なスポーツカーがあったとしても、数人しか乗れないし、故障が起こってもたくさんの人の智慧を集められないし、猛スピードで走るので事故も起こりやすい。さあどちらの乗り物を選びますか、とジャット氏に問われているような気がします。さまざまな不正を引き起している経済の専横に立ち向かい、社会民主主義を復権させ、より良い生き方と世界について語り合い考えていこうというメッセージを受け取りました。贅言はここまで、それでは氏の残してくれた言葉に耳を傾けてみませんか。
 富の総量の全体的な増加は、分配の不均衡をカムフラージュする-わたしたちはこの点に気づかないことが多いのです。後発社会の発展に関して、これはおなじみの問題です。経済成長は万人を潤すが、それを有利に活用できる立場にある一握りの少数者に過剰な恩恵をもたらすのです。今日の中国やインドを見れば、この点は明白です。(p.32)

 その後の百五十年間、改革者たちの努力は、人を貶めるこうしたやり方を廃止することに注がれました。やがてその甲斐あって、「新救貧法」やそれに類する他国の諸法律の後を継いだのは、権利の問題としての公的支援でした。職をもたない市民といえども、失業という不運のために人間としての値打ちが下がるわけではないのです。そうした環境の故に罰せられたり、社会の一員としての立場や評判に暗黙の非難が浴びせられるようなことがあってはならないのです。そしてこれは何よりも大事なことですが、二十世紀の福祉国家によって浸透したのは、市民の立場を経済的な運不運という関数で定義するのは途方もなく下品なことだ、という考え方だったのです。(p.35~6)

 社会的な「負け組」の人たちの誇りや自尊心を取りもどすことこそ、二十世紀の進歩を特徴づける社会改革の中心課題でした。わたしたちは今日、そうした改革にまたしもても背を向けてしまっているのです。(p.38)

 …国家の骨組みというものを破壊してしまうような社会は、すぐにも「個人性という粉塵へと空中分解してしまう」に違いありません。公共サービスを骨抜きにし、それらを民間供給者のネットワーク委託という形にまで縮小することで、わたしたちは国家の骨組みの解体に手をつけたのです。「個人性という粉塵」について言えば、それこそ正にホッブズのいう、万人の万人に対する戦争にそっくりで、そこでは多くの人びとの生活が孤独で、貧しくて、少なからず不快なものになってしまうのです。(p.137~8)

 イギリスの偉大な改革者ウィリアム・ベヴァリッジがかつて述べた通り、「社会問題」について語ったり取り組んだりする際に危険なことは、それを「飲酒」問題とか「慈善」の必要性といった事柄に矮小化してしまうことなのです。ベヴァリッジにとってもわたしたちにとっても真の問題は、「…もっと大きなこと-端的に言えば、どのような条件の下でならば、全体としての人間が生きることが可能となり、価値あることになるのか、という問題」なのです。ここで彼が言っているのは、人びとが見苦しくない生活を送れるよう国家が何をなすべきかを決めるのは、わたしたちだということです。「福祉のフロア」なるものを設けて、人びとがそれより以下に落ちないようにするだけでは、十分とは言えないのです。(p.195)

 もしもわたしたちがグロテスクなほど不平等になれば、同胞愛はすべて失われるでしょう。そして同胞愛は、政治的目標としてはまったく愚かしいものであるにもかかわらず、政治そのものにとって必須の条件であることが分かるのです。共通の目的と相互依存の意識を教え込むことは、これまでずっと、すべての共同体にとって要であると考えられてきました。共通の目的に向かっていっしょに行動することは、アマチュア・スポーツからプロの軍隊に至るまで、大いなる満足感の源泉です。この意味で、わたしたちがこれまで常に分かっていたのは、不平等は道徳的に問題含みというだけでなく非効率的だ、ということなのです。(p.205)

 その上、中国は(他の発展途上国と同じく)低賃金国であるにとどまりません-それはまた、そしてとりわけ、「低権利国」なのです。しかも賃金が低いのは諸権利がないからですし、しばらくはそれがつづくでしょう-同時にそれが、中国と競合している国々の労働者の諸権利を押し下げているのです。中国の資本主義は、国民大衆の境遇を自由にするどころか、彼らの抑圧を助長しているのです。(p.214~5)

 しかしながら、社会の中間的な組織・制度-政党、労働組合、政体や法律など-が王や暴君の権力に抵抗したのと同じように、今や国家自身主要な「中間組織」となって、権力のない不安定な市民と、対応なし・説明なしの企業や国際機関とのあいだに割って入るようになるかもしれません。そして国家は、あるいは少なくとも民主主義の国家は、市民の目から見て独特無比の正当性を保持するのです。それのみが市民に応答し、市民もまたそれに応えるのです。(p.216)

 未来において、そうした誤りを回避する唯一の方法は、あらゆる種類のコストを算定できるよう、わたしたちが用いる基準を考え直すことです-社会的、環境的、人間的、美的、文化的、もちろん経済的なコストも。(p.232)

 しかし、わたしたちが第二次世界大戦-あるいはかつてのユーゴスラヴィア-について知っていることからすると、いかなる社会であれ実にやすやすと、ホッブズ流の悪夢のごとき野放図な残虐と暴力に陥っていく可能性があることは、はっきりしています。もしわたしたちがより良い未来を築こうとするなら、堅固な基盤をもつ自由主義的民主主義国でさえ、やすやすと倒壊してゆくものだということを深く深く認識することから始めなくてはなりません。単刀直入に要点を申し上げれば、もしも社会民主主義に未来があるとするなら、それは怖れの社会民主主義としてでしょう。
 したがって第一の仕事は、二十世紀が達成したことを思い起こすこと、それとともに、その達成されたものを闇雲に覆そうとしたことの結果を思い起こすことです。これは未来に向かっての急進的な大冒険を計画することに比べると、はなはだ興奮に欠けるように聞こえますし、たぶんその通りでしょう。しかし、イギリス人の政治理論家ジョン・ダンが賢くも述べたことですが、過去は未来に比べると幾分明るく照らされていて、よりはっきりと見えるのです。(p.240~1)

 しかし「社会主義」と「社会民主主義」とのあいだには、重要な違いがあります。社会主義は全容的変化の問題でした。資本主義を廃絶して、完全に異なる生産と所有のシステムに立脚した後継政治体制を実現することでした。社会民主主義は、これと違って、一つの妥協でした。その意味は、資本主義-および議会制民主主義-を枠組みとして受け入れ、そのなかで、これまでなおざりにされてきた国民大衆という大規模社会層の利益を守っていこう、というのです。(p.249)

 エドマンド・バークは、当時彼が行なったフランス革命に対する悲観的な批判のなかで、未来の名の下に過去と絶縁してしまう未成熟な傾向に警告を発しました。彼は書いています-社会というものは、「…生きている者同士の協力関係に止まらず、生きている者と、死んでいる者と、これから生れてくる者との協力関係である」と。(p.252)

 ジョージ・オーウェルがかつて述べたことですが、「普通の人間を社会主義へと惹きつけ、そのために一肌脱がせるもの、つまり社会主義がもつ"神秘的魅力"とは、平等の理念である。」 今もその通りです。社会の病理を生み出しているのは、社会内部と社会間で拡大しつづける不平等なのです。グロテスクなほど不平等な社会は、不安定な社会でもあります。そこでは内部分裂が生まれ、遅かれ早かれ内部紛争へと発展します-通常はそこに、反民主主義的な成り行きが待っているのです。(p.254~5)

by sabasaba13 | 2012-08-03 07:08 | | Comments(0)