2012年 11月 23日 ( 1 )

山形編(1):前口上(11.8)

 2011年の夏は、諸般の事情により海外旅行には行けません。たまたま山ノ神が仙台で二泊三日の野暮用があるということなので、その後合流して四泊五日の山形旅行をすることにしました。実はわれわれ二人、大の山形ファンです。お米も蕎麦も牛肉も魚も野菜も果物も美味しいし、温泉もたくさんあるし、自然は美しいし、観光ずれしていないし、ねピ――――――し。ほんとは一ヵ月くらい滞在したいところなのですが、そうもいかないので、五日間で山形をしゃぶりつくしましょう。彼女が行ったことがあるのが、上山温泉、山形、立石寺(山寺)。私が行ったことがあるのが、山形、米沢、立石寺、最上川舟下り、酒田、鶴岡。そして二人で行ったのが蔵王と金山。さてどういう旅程にするか、ここからが素人添乗員の腕の見せ所です。とりあえず蔵王と金山は抜かして、お風呂好きの彼女のためにできるだけ温泉に泊まり、定番の観光地を中心に、私の趣味をスパイスとしておりまぜた無難な計画を立ててみました。まず上山温泉で合流して宿泊、二日目は米沢と山形を見物して山形泊、三日目は大蕨の棚田と椹平の棚田を見て銀山温泉へ。四日目は最上川を舟で下って鶴岡を見物し、湯野浜温泉泊。最終日は酒田を見物して、庄内空港から羽田へ。さっそく行程表を作成して山ノ神に奉納すると…しばし見つめた後「よきにはからえ」とひと言。推察するに、私が撮った函館夜景の写真を見て「すごーい、北海道のあのでっぱった半島(筆者注:渡島半島)が一望できるう!」と感心した地理音痴の彼女ですから、米沢や山形や銀山温泉や酒田の位置関係を全く把握できずにお手上げだったのでしょう。というわけでいつものように、旅程に関しての全面委任を受けました。そして二人でJTBに行き、宿と航空券の手配を依頼、幸いなことに銀山温泉の名物旅館「能登屋」をおさえることができました。そして「文化遺産オンライン」で、行程中に見られそうな近代化遺産を物色してリストアップ。「歩く地図」(山と渓谷社)・「小さな町小さな旅」(山と渓谷社)・「るるぶ」(JTBパブリッシング)で見どころ・見ものと名物料理を確認し、各地の観光案内のホームページを検索していくつかの地図と情報をプリントアウト。さらに時刻表を買い込んで、おおまかな移動経路と乗り継ぎ時間をチェック。特に新庄から酒田へと走る陸羽西線は要注意ですね、時刻によっては二時間に一本しか列車がありません。そして宿に電話をして送迎を依頼、うし、これでパルフェット。いやいや、石橋を叩いても渡らないのが私の性、夏休みということで最上川舟下りにワンサカワンサワンサカワンサイエーイイエーイイエイエーイと善男善女のご一行様が押しかける懸念があります。もし乗れなかったら、陸羽西線古口駅の♪落ち葉の舞い散る停車場で♪♪そこにはただ風が吹いているだけ♪状態で、一時間ほど列車を待つ羽目になってしまいます。これは予約をしておいたほうがいいでしょう。しかしまた難問にぶちあたりました。舟が草薙港のリバーポートに到着するのが11:50ごろ、最寄りの高屋駅から余目に向かう列車は13:35発車。うむむむむ、この一時間半をどうするか。いろいろと調べてみると、草薙港の近くに「幻想の森」という杉の巨木群があるようです。たぶんリバーポートでタクシーをつかまえられるでしょうから、この森を見物して時間が余ったらリバーポートで昼食、そして路線バスで高屋駅へと向かうというプランを立てました。さっそく芭蕉ライン舟下りの事務所に連絡して予約を入れ、タクシーの有無を訊ねると、草薙港からタクシーで幻想の森に行くというオプショナル・ツァーがあるそうです。料金も一人三千円強と格安、乗った! というわけで山形旅行の骨格は出来上がり、後は現地で臨機応変かつ好い加減に旅程を変えることにしましょう。持参した本は、「原発の闇を暴く」(広瀬隆・明石昇二郎 集英社新書0602B)です。そう、その通り! 事故の収束ももちろん重要ですが、それと同じくらい重要なのが、原発という利権に群がってきた諸氏や組織や企業に落とし前をつけさせることだと思います。正力松太郎・中曾根康弘まで歴史をさかのぼって、そうした方々・組織・企業の所行を明らかにするとともに、どうやって責任をとらせるのか。これをきっちりとやらないと、またぞろ私たちの命や暮らしを平然と踏み躙って己の利権の貪りかねない御仁ですから。でもそれが幾度も幾度も繰り返されてきたのが日本の近現代史だと言ったら、身も蓋もないかな。
 なお山ノ神がTVニュースで見て、米沢のグループホーム「結の木」が東日本大震災の被災者にさまざまな援助を行っており、日用品等の寄付を必要としているとの情報を得ました。このあたりが尊敬するのですが、さっそく押入れの中をごそごそと物色し、結婚式の引き出物などでいただき使用していない食器類を山ほどひっぱりだして、これを寄付しようと言い出しました。それは素晴らしい! で、推定重量数キロのその食器類を誰がもっていくの? いや愚問でした、もちろん私です。さっそく彼女が電話連絡をすると、そうした日用品の寄付は大歓迎とのこと、場所を確認して後日に来所しますと約束しました。
by sabasaba13 | 2012-11-23 07:04 | 東北 | Comments(0)