2013年 02月 08日 ( 1 )

『君主論』

 『君主論』(マキアヴェッリ 河島英昭訳 岩波文庫)読了。エラスムス(1466‐1536)、トマス・モア(1478‐1535)のことを調べていると、マキアヴェッリ(1469‐1527)も同時代人であることがわかりました。こうなったら乗りかかった舟だ、「君主論」に挑戦してみることにしました。まずは彼とその作品について、スーパーニッポニカ(小学館)から抜粋して引用します。
ニコロ・マキャベッリ ルネサンス期イタリア・フィレンツェの外交官、政治理論家。フィレンツェは1494年、それまで実質的支配者であったメディチ家を追放し、名実ともに共和政に復帰したが、マキャベッリはこの共和政の第2書記局(軍事・外交担当)の長に就任した(1498)。彼はフィレンツェ周辺の農民からなる新しい軍隊を創設した。1509年、この新しい軍隊は長年にわたってフィレンツェを悩ましてきたピサの反乱を鎮圧するのに成功し、マキャベッリの評判も高まった。しかし1512年、メディチ家がローマ教皇やイスパニアの後押しでフィレンツェへの復帰を図ると、この共和政は軍事的に崩壊し、マキャベッリはその職を失った。マキャベッリは反メディチ派としての烙印を押され、一時は陰謀の疑いで投獄され、やがて郊外に隠棲せざるをえなくなった。こうしたなかでも彼の政治活動への情熱は尽きることがなく、とくにイタリアを取り巻く外交・軍事情勢には強い関心を払っていた。彼は再度活躍の場を求めてメディチ家への接近を図る。不朽の名著『君主論』はこうした状況の下で一気呵成に書き上げられたのである(1513)。1520年ごろからマキャベッリとメディチ家との関係は好転し始めた。おりからイタリアではフランス王が神聖ローマ皇帝カール5世の前に大敗し、イタリアはハプスブルク家の支配に屈せんとしていた。マキャベッリはフィレンツェ防衛の任務を命ぜられたが、皇帝軍がローマに攻め入り「ローマの略奪」(1527)の報が伝えられるや、フィレンツェは再度メディチ追放に立ち上がった。マキャベッリは今度はメディチ派としてこの新生共和国によって敵視される。この反乱からわずか1か月後、彼は失意のうちに没した。

「君主論」 全体は26章からなり、君主的権力や支配権力の獲得、維持、拡大をテーマとしている。まず、君主的権力の種類から説き起こし、新たに成立した支配権力にその焦点を絞っていく。被治者がいかなる体制の下にあるかに対応して統治政策を検討したのち、権力の獲得方法とそれぞれの場合における権力維持のための方策が検討される(6~11章)。ついで権力の獲得や維持の中核をなす軍事力が論じられる(12~14章)。当時の傭兵制度を批判し、自己固有の軍事力の整備を説いた主張は有名である。そして15章から23章にかけて、君主の統治政策の要諦が個別的に論じられる。この部分はそれまでの理想的君主像をラディカルに否定し、たとえば、君主に対する臣民の側の恐怖感の必要、残忍な行為の有用さ、信義誠実原則の有名無実化などを主張する点で悪名高い部分である。この部分は後年、マキャベリズムとして恐れられ、批判の的になっていった。最後の3章は現実のイタリアの政治的没落の原因を分析し、それからの脱出の方途を模索する。彼はここでイタリア諸国の誤った政策を批判し、運命の力を過大視する立場を戒め、自らの提唱する諸方策に従うことこそ、イタリアの政治的救済の道であることを力説している。
 この時期のヨーロッパ情勢については、まったくの門外漢なので、この本の真価を十全に理解できたとは思いませんが、冷徹なる政治論・人間論として興味深く読みました。「人間というものは非常に愚鈍であり、目先の必要性にすぐ従ってしまうから、欺こうとする者は、いつでも欺かれる者を見出すであろう」(p.133)とか、「なぜならば人間というものは、過ぎ去った出来事よりも、目前の事態にはるかに捉われるからそして目先のことのほうが良いとわかれば、そこに安住して、他のことなど求めたりしないから」(p.179)といった文章を読むと、原発を容認・黙認し続けてきたわれわれのことを指摘されているようで、慄然とします。「だが、何よりも、他人の財産に手を出してはならない。なぜならば人間というものは、殺された父親のことは忘れても、奪われた財産のほうはいつまでも忘れないから」(p.128)というのも怖い一文ですね。
 また人間の力量に対する信念、運命という言葉に逃避しない態度も印象的です。
 自分の力を頼りとして、いざというとき実力を行使できるならば、その場合には、危機に瀕することは滅多にない。(p.47)

 つまり、運命がその威力を発揮するのは、人間の力量がそれに逆らってあらかじめ策を講じておかなかった場所においてであり、そこをめがけて、すなわち土手や堤防の築かれていない箇所であることを承知の上で、その場所へ、激しく襲いかかってくる。(p.184)
 彼には「しようがない」とか、チョムスキー言うところのTINA(There is no alternative)とかいう言葉は無縁なのでしょう。学びたいところです。そして民衆を支配する手段や技術については、さすがに数多く言及しています。民衆は本性において変りやすいので、彼らに一つのことを説得するのは容易だが、彼らを説得した状態に留めておくのは困難である。よって、彼らが信じなくなったときには、力ずくで彼らを信じさせておく手段が整っていなければならない。(p.47) 民衆はいつでも外見と事の成行きに心を奪われるのだから、君主はひたすら勝ち続けなければならない。(p.135) 君主は、偉大な偽装者にして隠蔽者たる方法、つまり狐の性質を会得すること。(p.135) 権力者に騙されないよう、われわれ民衆は彼らの手口を十二分に知っておく必要があります。「敵は最良の教師」、こうした言葉は肝に銘じておきましょう。
 しかしマキャベッリは、決して民衆をなめていたわけでも、軽視していたわけでもありません。民衆の持つ力の恐ろしさ、その力が権力にとって欠かせないことを承知していました。
 それゆえ、最良の城砦があるとすれば、民衆に憎まれないことだ。(p.162)

 そしてこのような私の意見に対して、民衆の上に基礎を置く者は泥の上に立つがごとし、という、あの言いふるされた諺を持ち出して、反駁する人などいないことを願う。(p.77)
 そうか、民衆の憎悪こそが、権力者にとって一番恐ろしいものなんだ。政官財複合体のやりたい放題・し放題、孤立化・分散化させられ、どん底への競争を強いられ、不平不満は愛国心へと回収され、あるいはお門違いの敵を設定して攻撃する政治家に拍手喝采を送って鬱憤を晴らす。そろそろ私たちは本当の敵を見つけて、憎悪の焔を燃やすべきなのかもしれません。公正で平等な社会を築くために、己の力量を信じ、よく考えてそれを効果的に使える人間=マキャベリストになりたいものです。
by sabasaba13 | 2013-02-08 06:19 | | Comments(0)