2013年 06月 14日 ( 1 )

スペイン編(10):グラナダ(11.12)

 そして再びバスに乗り込み、一時間半ほどで、アルハンブラ宮殿の対岸にあるサクロモンテの丘に着きました。みなさんで宮殿の写真を撮り、バスに乗って市街地を通り抜けると、いよいよ待ちに待ったアルハンブラ宮殿に到着です。それでは「スーパーニッポニカ」(小学館)に依拠して、グラナダとアルハンブラ宮殿の歴史を紹介しましょう。8世紀に築かれた砦が、イスラム期を通じてしだいに重要な都市に成長したのがグラナダの起源です。13世紀前半、キリスト教徒のレコンキスタによってアル・アンダルス(イスラム教スペイン)の大部分が占領されたなかで、ムハンマド・ベン・ナスルがここにグラナダ王国(ナスル朝)を建てました。以後、約250年間、グラナダはイベリア・イスラム文化の最後の中心となる一方、北アフリカとの交易や国内産業の発展によって相当な繁栄をみました。このナスル朝の城塞都市だったのがアルハンブラです。その語源は、赤を意味するアル・ハムラであり、城壁に塗られた赤い漆食の色に由来しています。現在の遺構のほとんどは14世紀のユースフ1世とムハンマド5世の治下に建設されたもので、漆食と彩色タイルによるアラベスク模様で埋め尽くされた、精緻きわまる人工美で有名です。
 それでは現地ガイドさんに案内されていよいよ入場です。さすがに世界に名を馳せるアルハンブラ、たいへんな数の観光客が雲霞の如く押し寄せています。まずは、完全に場違いな、ルネサンス様式のカルロス5世宮殿へ。持参したガイドブック「地球の歩き方」によると、彼が末来のスペイン帝国の首都とするにふさわしい新宮殿として16世紀に建設させたそうです。中に入ると円形の吹き抜けとなっており、二層になった回廊と列柱がその周囲を取り囲んでいます。
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 このお方は建築好きだったようで、コルドバのメスキータにカテドラルを増築したのも彼だったのですね。芸術の保護者を自認する権力者ってけっこう厄介なものですが、二つの見事な建築を完全に破壊しなかったことだけは感謝しましょう。なお彼は神聖ローマ皇帝としてはカール5世、スペイン国王としてはカルロス1世と称したので、「カルロス5世」という部分は訂正した方がよろしいでしょう。ついでに言えば、「資本主義世界経済Ⅰ」(名古屋大学出版会)の中で、I・ウォーラーステインはこう述べられています。
 世界経済は歴史上、以前にも存在したことがあった。すなわち、それは内部に込み入った分業のある広大な領域であり、遠隔地間のみならず局地内の交易網にもとづいていた。しかしこのような世界経済が先行して進展したところはどこでも、遅かれ早かれ一帝国が拡大し、この経済の地理的空間を満たした。それはローマ、ビザンチン、中国のように、単一の政治構造をもっていた。帝国の枠組は、資本主義の有効な成長を阻み、経済成長に限界を設け、また停滞および解体、あるいはそのどちらかの種をまいた政治的拘束を設定した。
 ここで展開するにはあまりにも複雑な一連の歴史的偶然事によって、16世紀の発生期のヨーロッパ世界経済はこのような帝国を知らないですんだ。帝国創出の唯一の真剣な企て-カール5世とハプスブルク家の企て-は失敗に終わった。カール5世の失敗はヨーロッパの成功であった。(p.49~50)
 カール5世によるヨーロッパの征服、そしてヨーロッパ帝国の確立が失敗に終わったがために、ヨーロッパの資本主義経済は成長することに成功したという分析ですね、傾聴に値すると思います。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2013-06-14 06:16 | 海外 | Comments(0)