2014年 02月 02日 ( 1 )

『戦争はなぜ必要か』

 『戦争はなぜ必要か』(トーマス・バーネット 講談社インターナショナル)読了。なぜアメリカはやたらと戦争をするのでしょうか? 軍需産業のため? アメリカ企業の利益のため? ♪わかっちゃいるけどやめられない♪から? 後学のため政府高官の主張を聞いてみたいものだと思っていました。著者のトーマス・バーネット氏は、海軍大学校で教鞭を執りながら、国防総省戦力変革局補佐官として勤務された方ですので、アメリカ政府の考えをある程度率直に述べられていると思います。それでは氏の話に耳を傾けてみましょう。グローバリゼーションの時代におけるアメリカの国益とは何か。それは経済面での世界の結びつきを拡大することです。しかし、積極的にグローバル・エコノミーに加わろうとする地域(コア)がある一方、そこに加わらず、そこでつくられるルール・セットにも背を向けている地域(ギャップ)がある。そうした国をアメリカは"ならず者国家"と呼び、その行動を変えさせようとしたり、ルールを破る行動に関しては圧力をかけようとしたりします。それでは何故彼らはグローバル・エコノミーに加わろうとしないのか。氏はいくつかの理由を挙げておられます。まず、国民に権威への服従を続けさせるためには、外界と分断されていたほうが好都合だということ。支配エリートにとっては、世界から切り離されたままのほうが、価値の高い原材料の輸出で得た富を独占して貯め込みやすいということ。現代的な-あるいは"西側"の-ルール体系に加わったら、自分たちの伝統的社会が損なわれ、いずれ堕落させられてしまうと考えていること。
 そう、後者のような"悪者"を片づけ、グローバル・エコノミーに引き入れるために、アメリカは戦争をくりかえすのですね。言わば"グローバリゼーションのボディガード"。アメリカにそのようなことをする権利があるのか、あるいはそのルールを誰が決めるのか、という疑問に対しては、バーネット氏は明瞭にこう答えています。
 むちゃくちゃに聞こえるかもしれないが、アメリカはただ、国内での安全を確保するためのルールと同じ安全保障のルール・セットを、ギャップの世界にまで広げようとしているのである。アメリカがそんな決定をする権利はどこにあるのか、という疑問の声があがるかも知れない。最も簡単な答えは、もしアメリカがギャップのリバイアサンであるとするなら、「力は正義だからだ」ということになる。他のコアの大国が、その力をどう行使するかについてもっと大きな発言権を欲しいと言うのなら、同等の能力を得るために相応な防衛費を提供する必要がある。そうしないのなら、アメリカがギャップで一方的軍備行動を主張できる、ある種の権利を得る。(p.148)
 他の箇所では、もっとあけすけに"この仕事で"殴り合い"ができるのは、アメリカだけだ"と述べられています。(p.150) そして注目すべきは、アメリカ主導のグローバリゼーションを受け入れない人びとに対するあからさまな軽侮と、己がしていることに対する絶対的な自信です。
 人は人生にチャンスを見出せなければ、残されたものをめぐって争うしかない。それは土地や文化的アイデンティティであり、結局は歴史にしがみつくことになる。しかし世界との結びつきと、個人のチャンスに満ちた社会が実現すると思えば、伝統よりも移動を選ぶ人が増え、原始的な土地への執着はなくなるだろう。それが実現するまでずっとイスラエルは悪者であり、アラブの人々が欲しがっているのに手に入らないものすべての象徴であり続ける。なぜ手に入らないかと言えば、もしイスラエルと同じくらいの世界との結びつきや個人の自由を国民に与えたら、エリートが政治的な地位を維持することができなくなるとアラブの指導者たちが考えているからである。そこで王、ムッラー、そして生涯大統領でいたいと願う政治家は、すべてイスラエル、ひいてはアメリカに罪を押しつけるのだ。(p.196)

 今までの我が国には、常に隠された動機があった。たとえばソ連を締め出す、原油の流通を確保する、イスラエルを守る、などなど。だがイラクを世界に結びつけるというのは、そのどれよりもずっと大きな目標である。それは、歴史の遺物にしてしまっても構わない十億のイスラム教徒のために、生きる価値のある未来を築くということだ。
 これこそ、私が敬愛するアメリカ政府。これこそ、わが故郷と胸を張れるアメリカ、これこそ、いつか自分が暮らしたいと願ってきた世界。(p.262~3)
 なお、ギャップをグローバル・エコノミーに引き入れるにあたっては、民間企業がリードするべきだという主張(p.162)に本音が見え隠れします。世界は、グローバル企業の草刈場であるべきで、刃向かう者はアメリカ軍が叩き潰す、ということでしょう。

 というわけで、アメリカの朝貢国・日本に生きる者として、宗主国の考えを知ることができた、たいへん有益な本でした。余談ですが、その日本についてふれた部分があるので紹介します。
 それはまだ想像できる範囲内だが、日本については、労働可能人口の数を安定させるために必要なだけの移民受け入れを押し進めれば、2050年には人口の三分の一が外国生まれとなる。端的に言って、それはもう日本ではなく、まったく新しい国である。私は個人的に、日本はそうすることで今よりもよい日本になると思っている。この島国社会は世界に与えるべきものを多く持ち、世界をもっと受け入れれば、1945年に地獄を見て以来願ってやまなかった"普通の"国になれるはずだ。それは歴史の大きなうねりでもある。(p.188~9)
 地獄をもたらしたのは誰だ、と半畳を入れたくなりますね。
by sabasaba13 | 2014-02-02 08:04 | | Comments(0)