2014年 02月 08日 ( 1 )

イタリア編(69):チンクエ・トッリ(12.8)

 それでは敬意を表してチンクエ・トッリを一周することにしましょう。歴史的ルート(Percorso storico)の表示に沿って進むと、第一次世界大戦におけるオーストリアとの戦闘の際に、イタリア軍が立てこもった塹壕が整備された状態で残されていました。
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 『図説オーストリアの歴史』(増谷英樹・古田善文 河出書房新社)によると、同盟国側にとって誤算だったのは、陣営の一画を担うはずのイタリアが中立を表明して、戦線に加わらなかったことです。さらに1915年、ロンドン秘密条約によって南チロルの領土拡大などを約束されたイタリアは、協商国側に立って参戦します。オーストリア=ハンガリー二重帝国軍は、対イタリア戦線にも兵力を割かなくてはならなくなり、アルプス山岳地帯を主戦場として、1915年6月から1917年11月まで熾烈な戦闘を展開することになりました。冬期においては氷雪にも悩まされた過酷な山岳戦の結果、双方は数十万におよぶ多大な人的損害を被ることとなります。(イタリア側だけで34万人の損害) そしてこの第一次世界大戦では、機関銃が使用されたことで白兵戦が不可能となり、塹壕を掘って対峙しあう戦いが中心となったのですね。(塹壕の中で着るためにつくられたのがトレンチコート) ロンドンにある戦争博物館にあった「Trench experience (塹壕体験)」という展示で、塹壕戦の疑似体験をしたことはありますが、本物の塹壕に入った初めてです。この息の詰るような狭い壕の中で、兵士たちは汚物まみれのぬかるんだ泥に足を突っ込んだまま、いつ攻めて来るかわからない敵を待ち続けたのですね。周囲に聳える雄渾な山々は、いったいどんな気持ちでこの人間たちの愚行を見詰めていたのでしょうか。憐憫? 嘲笑? 落胆? 諦観?
 ベネディクト・アンダーソンが『想像の共同体』(NTT出版)の中で、"今世紀の大戦の異常さは、人々が類例のない規模で殺し合ったということよりも、途方もない数の人々がみずからの命を投げ出そうとしたということにある"と述べていましたが、何故なのか? 他にも、この世界大戦に関して考えるべき点は多々あります。ヨーロッパ文明に衝撃を与えた戦争だけに、数多くの小説のテーマとして取り上げられていますが、いくつか挙げてみましょう。ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』(白水社)の中には、下記のような文章がありました。
 人間は、真の叡智の日に達するまで、まだまだたくさんなつらい経験をなめなければならない! …そうした日になって、人間ははじめて、この地球上に生きて行くため、科学によって教えられたものをつつましく利用するようになるだろう… (第四巻p.300)
 人類からその本能的な狭量さと、生まれついての暴力礼讃の気持と、人間が暴力によって勝利をしめ、自分とちがった感じ方、自分とちがった生き方をしている弱者にたいして、自分の感じ方、自分の生き方を暴力によって強要するという気ちがいじみた快感を駆逐することができるまで、はたして何百年かかるだろう? (第五巻p.179)
 そしてアンリ・バルビュスの『砲火』(岩波文庫)です。
 ―町は、夜になると、宝石で飾られるのだ。この世界の光景は、ついには、いやおうなしに、僕らにある大きな現実を暴露してしまう。それは人間同士のあいだをへだてる差異、民族の差異よりももっと深く、飛びこえることのできない溝をもつ差異、はっきりきわだって―これは恕しえない―一国の人民の間に横たわる区別。利用するものと困苦するもの…一切を犠牲にすることを、数を、力を、忍苦を、すべてを犠牲にすることを要求されるものと、その上を踏みつけてすすみ、微笑をうかべながら成功するものとの差異だ!(下p.182)
 科学技術の悪用、狭量、暴力の礼賛、そして富者の犠牲にされる貧者、やれやれいずれもいまだに人類が抱えるaporiaですね。
 なお第一次世界大戦を描いた小説は、他にも『武器よさらば』(ヘミングウェイ)、『西部戦線異状なし』(レマルク)、『ジョニーは戦場へ行った』(ドルトン・トランボ)などがありますが…イギリス人とロシア人による作品が思い当りません。後者については、やはりロシア革命の衝撃が大きかったのでしょうか、『静かなドン』(ショーロホフ)や『ドクトル・ジバゴ』(パステルナーク)が思い浮かびます。しかしイギリス人作家による小説がないのは解せないですね、博雅の士の教えを乞う。すると知人から、小品ではあるが『戦火の馬』(マイケル・モーパーゴ 評論社)という面白い小説があると教えられ、さっそく購入したところ、一晩で読了してしまいました。うん、これは面白かった。軍馬として第一次世界大戦に徴用された駿馬ジョーイの眼を通して描く戦争のおぞましさと人間の醜さ。スピルバーグによって映画化もされたとのことです。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-02-08 09:17 | 海外 | Comments(0)