2014年 04月 26日 ( 1 )

『マイケル・コリンズ』

c0051620_91874.jpg 以前、アイルライドを訪れた時に、独立運動の闘士たちを収容し処刑したダブリンのキルメイナム刑務所を見学しました。その記事にETCマンツーマン英会話さんがコメントを寄せてくれて、映画『マイケル・コリンズ』でジェームズ・コノリーが処刑されたシーンは、まさにこの場所で撮影されたようだと教示してくれました。へえー、アイルランド独立を求めて闘った英雄マイケル・コリンズを主人公とした映画があるんだ、これはぜひ見てみようと思いつつ幾年月、ようやく通販でDVDを入手することができました。監督・脚本はニール・ジョーダン、主演はリーアム・ニーソン、共演はジュリア・ロバーツです。

 12世紀以来英国に支配されたアイルランド。独立を求めてマイケル・コリンズ(リーアム・ニーソン)は、イーモン・デ・ヴァレラ(アラン・リックマン)ら指導者のもと、1916年に「イースター蜂起」と呼ばれる武装蜂起を決行するが失敗しました。彼らが最後に抵抗の拠点としたのがダブリンの中央郵便局ですね。そして運動家たちはキルメイナム刑務所で処刑されますが、もはや立つことも出来なくなっていたため、椅子に腰掛けさせられたまま銃殺されるコノリーも描かれていました。釈放されたコリンズは、「アイルランド義勇軍」なる親衛部隊を率いて、新たな独立運動を展開。ヴァレラと協力しながら、命知らずの青年たちに命じて英国の官憲たちを暗殺していくなど、大胆な戦略で敵を翻弄、独立運動を支えました。そんな彼の安らぎは、彼とハリーを見守る同志の女性キティ・カーナン(ジュリア・ロバーツ)の存在でした。英国は冷酷無比な予備隊「ブラック&タンズ」を送り込み、恐怖政治を敢行。1920年に起きた「血の日曜日事件」、イギリス軍の部隊がクローク・パークで行われていたゲーリック・フットボールを観戦中の民衆に発砲し、14人の市民を殺害した事件も描かれていました。これに対する報復として、コリンズはイギリス軍幹部らを次々に暗殺して反撃、とうとう音を上げた英国は休戦を申し入れました。デ・ヴァレラの命令でコリンズは交渉役として英国に赴きますが、英国の提示した条件は、北アイルランドの分離と英王室への忠誠。彼は苦渋の末、殺し合いを終結させるためにこれを受け容れ休戦条約に調印します。しかしアイルランド国内では、この条約をめぐり賛成派と反対派が決裂、国内は二分され、デ・ヴァレラは反対派の領袖となり、ここに内戦がはじまります。デ・ヴァレラを説得してアイルランド人同士の殺戮をやめさせるために、コリンズは反対派の総本山ウェスト・コークへと乗り込みます。そして…

 盛り上がりや見せ場、映画的な面白さにはやや欠けるものの、アイルランド独立に至る苦難の道のりを、マイケル・コリンズという不撓不屈の人物を通して描いたいい映画でした。特に条約をめぐっての内戦については何も知らなかったのでたいへん勉強になりました。マイケル・コリンズについては、前半におけるイギリスに抵抗する際の果断と冷徹、後半における内戦に直面しての逡巡と苦悩がうまく描き分けられていたと思います。
 一番印象に残ったのは、彼がアイルランドの人びとを前に演説をするシーンです。彼はこう叫びます。「われわれの最大の武器は、英国に対する拒絶だ」 たしかガンディーも同様のことを言っていたと記憶します。少数のイギリス人が広大なインドを植民地として支配できるのは何故か。それは、多くのインド人が、イギリスによる支配に協力するからだ、と。それならばイギリスの支配に協力することをやめよう。これは、今の私たちにも訴求する力をもつ戦術ですね。集団的自衛権の容認、原発の再稼働促進、沖縄の米軍基地の放置、格差社会の維持、私たちを分断し犠牲にしながら、企業・官僚・政治家の権益を追い求める安倍伍長政権に対してどう立ち向かうか。それを考える際の一助になるかと思います。
 もう一つ。イギリスの植民地にされたアイルランドと、アメリカの属国とされた日本が、二重映しに見えてきます。ただそれに呻吟し暴力をともなったとはいえ果敢な抵抗を行なった前者と、気づかない、あるいはそのふりをしている後者には大きな違いがありますが。
by sabasaba13 | 2014-04-26 09:17 | 映画 | Comments(0)