2014年 09月 06日 ( 1 )

オーストリア編(7):ウィーン・マイドリンク駅へ(13.8)

 なお時事通信のニュース(2013.11.9)によると、「水晶の夜」が発生してから75年となる11月9日、ベルリン中心部の商店や飲食店のショーウインドーに、ガラスが割れたように見える粘着シートが貼り付けられたそうです。惨状を再現することで、市民が一丸となって差別や偏見に立ち向かう姿勢を示すのが狙いで、国内最大の高級デパート「カーデーウェー」など約140店が参加したとのこと。粘着シートが貼られたのは、ベルリンの中でも特に被害が大きかったクーダム通りやアレクサンダー広場など3地区の店舗で、主催団体の担当者曰く「恐ろしい時代に対する若い世代の関心と理解を深めたい」。ドイツの方々も、歴史に対して真摯に向き合おうとしているのですね。われわれとは違って…
 国立オペラ座の正面を横切り、地下道におりるとスメタナと"ALFRED SCHNITTKE"の記念プレートがありました。SCHNITTKE? 不学のため分かりませんでしたが、今調べてみると、ドイツ・ユダヤ系の現代音楽作曲家、アルフレット・シュニトケという方でした。その前衛的な技法から攻撃を受け、ソ連当局からの厳しい弾圧を受けたそうです。記憶にとどめておきましょう。
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 地下鉄U4に乗ってLangenfeldgasse駅でU6に乗り換え、ウィーン・マイドリンク(Wien Meidling)駅でおりました。ハプスブルク帝国時代は、イタリア・トリエステ、ハンガリー、クロアチア、スロヴェニア等の帝国領を結ぶ主要路線の発着駅だったのですが、今では昔日の感があります。ここからアルプスを越えた最初の鉄道、セメリンク鉄道に乗り込みます。『地球の歩き方』(ダイヤモンド社)によると、ウィーンからイタリア方面へ延びる鉄道路線の建設は、アルプスの難所セメリンク峠を越えなくてはなりませんでした。難工事の末の1854年に開通。このセメリンク鉄道の特徴は、緑豊かな山々の間をいくつもの美しい石造りの橋やトンネルで越えていくことです。建設を指揮した技師ゲガは、路線建設に鉄よりも石やレンガなどの自然素材を多用したため、自然と調和した鉄道という評価が高く、1998年には鉄道として世界で初めて世界遺産に登録されました。
by sabasaba13 | 2014-09-06 06:41 | 海外 | Comments(0)