2014年 11月 20日 ( 1 )

オーストリア編(54):バート・イシュル(13.8)

 車窓から風景を楽しみながら写真を撮っていると、バスはバート・イシュル駅前に到着。ん? 駅のホームには蒸気機関車が停車しています。そしてどこからともなく現れたのは、ハプスブルク時代の貴族や軍事の衣装を着た方々。あの白いドレスを着た女性は、エリーザベトでしょうか。興奮した山ノ神は満面の笑みで写真を撮りまくり、せっかくなのでご一行と一緒に撮ってあげました。そして客車の中へどんどん乗り込んでいきます。今日は聖母昇天祭なので、そのお祭りに関係したイベントなのでしょうか。詳細は不明です。
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 ふと気になったのは、オーストリアの方々がハプスブルク帝国に対する思慕を強く持っているのを、随所で感じることです。このイベントもそうですし、お土産屋さんでも、エリーザベトやフランツ・ヨーゼフ関連のグッズをよく見かけます。実は、事前に読んだ『観光コースでないウィーン』(松岡由季 高文研)に、たいへん興味深い指摘がありました。以下、引用します。
 もう一つ、オーストリアが第二次世界大戦の記憶を閉じこめた原因として、歴史の暗い部分を見たくなかったという点があります。ハプスブルク帝国のノスタルジックな思い出を強調しているのはこのためです。第二次世界大戦後、ハプスブルク帝国時代は、暗いナチス時代の対極として美化されました。しかし、実際の民衆の生活は、私たちがシェーンブルン宮殿で見るような華やかなものではありませんでした。オーストリアの週刊誌『フォーマット』に取り上げられた、ハプスブルク帝国の暗い部分を暴露する本には次のように書かれています。
 「ハプスブルク帝国時代は領土拡大に攻撃的な時代であった。意味のない戦争を繰り返し、宗教に狂信的で、経済的には壊滅し、全体主義に支配されていた。実際、600年間の帝国の時代に150年間も戦争をし、貧しい民衆は動物のように扱われて、草まで食べていたといわれている」
 しかし、そうした点には目をつぶり、帝国時代の華やかなイメージのみが戦後はあえて強調されることになりました。オーストリアにとって、第一次世界大戦での敗北とそれに引き続く混乱期、そして再び敗れた第二次世界大戦の記憶は、愉快なものではなかったはずです。ハプスブルク帝国の華やかなイメージを思い出すことで、自分と国を癒していたのではないでしょうか。(p.154~5)
 なるほどねえ、日本で言えば、戦争に明け暮れた昭和期は逸脱に過ぎないとするため、必要以上に明治期を美化する「坂の上の雲」史観がそれに該当するのでしょう。でも歴史の暗部から目を逸らして逃避すると、また同じことを繰り返すのにね。元ドイツ大統領のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー氏曰く、"過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです"。余談ですが、『世界の歴史 冷戦と経済繁栄』(中央公論新社)に、「この政権は、首相のコール、外相のゲンシャー、大統領のヴァイツゼッカーの組み合わせで運営されていったことである。コールは(※キリスト教民主同盟の)党内掌握と内政を、…ゲンシャーが外交を、そしてヴァイツゼッカーが知的な問題を扱っていた」(p.396)という記述があります。やれやれ、溜息も出ません。知的な問題を扱う気もさらさらなく、そういった人材も皆無で、ひたすら歴史の暗部から目を逸らす御仁たちが集う安倍伍長政権と、それを支持する国民の方々。やれやれ…

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-20 07:19 | 海外 | Comments(0)