2015年 03月 09日 ( 1 )

『希望と憲法』

 『希望と憲法 日本国憲法の発話主体と応答』(酒井直樹 以文社)読了。どなたがおっしゃったのか失念しましたが、アメリカにとって日本は暗証番号が必要ないATMのようなもの。切ないけれど上手い! 山田君、座布団一枚。米軍基地問題にしろ、新ガイドラインにしろ、TPPにしろ、まるで属国…いや植民地と言った方がよいような状況です。安倍伍長を筆頭に、愛国者、右翼、ナショナリストの皆々様方は屈辱を感じないのでしょうか。摩訶不思議です。この調子で集団的自衛権を容認し、アメリカ合衆国の走狗・爪牙となって世界を大混乱に陥れ、手を取り合って奈落の底へと落ちていくのは真っ平御免、どうすればよいのでしょうか。それについて考えるために、戦後の日米関係について分析した本を読み漁っていた時に出会ったのが本書です。著者の酒井氏は、アメリカのコーネル大学教授。日本思想史、文化理論、比較思想論、文学理論など広範な領域で活躍されている方です。
 まず、「現在、合州国の軍隊はイラクの人民を外敵から守るためではなく、イラクにおける合州国の権益と傀儡政権を守るために駐留している。ちょうど同じように、合州国の駐留軍は主として日本における合州国の権益と傀儡政権を守るために日本に駐留していた。(p.19~20)」という一文を読んで、バールのようなもので後頭部を殴られて目から鱗が落ちたような気持ちになりました。そうか、まだるっこしいことを言わずに、戦後の日本政府はアメリカの傀儡政権と考えればいいんだ。戦前に日本が支配した満州国のようなものなのですね。それでは溥儀にあたる傀儡は誰か。はい、昭和天皇です。1942年9月14日に、エドウィン・O・ライシャワーがアメリカ政府に提出した「対日政策に関する覚書」に以下のような指摘があるそうです。
 ドイツとイタリアでは、ナチとファシストの統治に対する自然な嫌悪を期待できます。それはとても強い感情でしょうから、この嫌悪のおかげで人口の大きな部分が国際連合に協力する政策の側に支持を切り替えることになるでしょう。これとは対照的に日本では、戦後の勝利に至るこのような容易な方法は可能ではありません。日本では、注意深く計画された戦略を通じて思想戦を勝ち取ることが我々には期待されるでしょう。当然のことながら、第一歩は、喜んで協力する集団を我々の側に転向させることであります。そのような集団が日本人の少数派しか代表しない場合には、我々に喜んで協力する集団は、いわば傀儡政権ということになるでしょう。日本は何度も傀儡政府の戦略に訴えてきましたが、たいした成功を収めることはできませんでした。というのも、彼らが用いた傀儡が役不足だったからであります。ところが、日本それ自身が我々の目標に最も適った傀儡を作り上げてくれております。それは、我々の側に転向させることができるだけでなく、中国での日本の傀儡が常に欠いていた素晴らしい権威の重みをそれ自身が担っております。もちろん、私が言おうとしているのは、日本の天皇のことであります。
 これには驚きました。1942年9月(ミッドウェー海戦の三ヵ月後)の時点で、アメリカの勝利は確信され、戦後日本の傀儡として昭和天皇を利用する、つまり"国体を護持"するプランがあったのですね。以下、"植民地主義"と"人種主義"をキーワードにして、日米関係についての快刀乱麻を断つような鋭い分析がくりひろげられていきます。
 論点は多岐にわたり、とても私の力ではまとめきれませんが、印象に残った点を二つ紹介します。まず、第二次大戦後におけるアメリカの世界戦略を「植民地主義」と分析した上で、その特徴を四つにまとめられています。
 Ⅰ 合州国の主権が直接及ぶ領土の外にあってしかも合州国が実質的に支配する地域に、合州国とは別の国家主権を建前上容認する。軍事的に占領した地域でも、合州国は直接統治をせず主権を住民の代表に委譲する。形式上、合州国とその国家との間には対等な外交関係があることになる。
 Ⅱ 同盟あるいは集団安全保障の口実で、その地域に合州国の軍事施設を置き、地位協定によって軍事活動についての治外法権を保つ。軍事施設は租界であり、その範囲内には現地の主権は及ばない。軍事施設を口実にして、治外法権を密かに維持するのである。
 Ⅲ 旧来の宗主国と植民地の間にみられるような直接の統治は避け、地域の国家には表立って干渉することをできるだけ避ける。その代わり、諜報機関や秘密裏の政治資金導入などのさまざまな非公式の手段や公共媒体の回路を通じて、その国家の政策や国民の政治意識に影響を与える。ここで、親米的なマス・メディアの養成は重要な事業となる。
 Ⅳ その地域の国家が合州国の許容できない政策や政体をもつに至ったときは、政治指導者の暗殺、反対勢力によるクー・デ・タ、さらには軍事的手段などによって政権を変更する。(p.174~8)
 なおⅢに関連して、酒井氏は「岸信介と佐藤栄作が50年代にCIAに資金援助を要求し活動資金を得ていたことはすでによく知られており(New York Times, 11 October 1989.)、この二人の兄弟宰相は、韓国の李承晩やイラクのサダム・フセイン、インドネシアのスハルト、チリのアウグスト・ピノチェトなどとともに、合州国が作り上げた戦後世界の支配体制で極東における重要な一環をなしたのである」と指摘し、"植民地の原住民政策担当者"と評しています(p.183~4)。安倍伍長、本当ですか。

 そしてこの植民地主義と密接にからんでいたのが、世界を人種の位階として把握し、白人の優位を基本とする世界秩序を維持しようとする人種主義です。以下、引用します。
 ダレスがもっとも恐れたであろう選択肢とは、日本人が「エリートクラブ」に入ることを拒絶し、ダレスの(そして当時の合州国の政策決定者一般の)エリート根性の前提になっている、世界を人種の位階としてしか見ることのできない意識そのものを軽蔑することであった。つまり、人種や文明の範疇によって上下関係を構想するのではなく、「エリートクラブ」に参加することで得意がっているような意識そのものを密かに拒絶することである。それは、社会的な平等という普遍性に実践的にコミットすることである。ダレスが日本人に期待したのは、そのような普遍性という選択肢を進んで放棄することであり、だからこそまさに「日本人には人種主義者になって貰わなければならない」と彼は感じていたのである。(p.201)

 おそらくダレスが日本人に期待したのは、世界秩序の基本を告発するような傲慢さをもたない、世界の秩序を受け容れ、そのなか身の程相応の立場を喜んで引き受けるような心性を身につけることなのである。それは、いわば反省意識をもつ主人と即自的な秩序のなかで主人による認知を求める下僕からなる役割分担のなかの、下僕の役割を引き受けることであった。(p.203~4)

 それだけではない。特殊主義的な国民性に自足するかぎり、日本国民は第三者に、西洋と日本といった対-形象的な構成の機制を越えて語りかける能力を始めから欠く者として予定されることになる。西洋に関心が一方的に独占されてしまっているために、アジアの人びとを対等な対話の相手として扱う能力が育たない。つまりアジアの人びとに対して日本人は人種的優越感をもっているので、彼らには開かれた態度で接近しようとはしない。ダレスが半世紀前に意図したように、日本はアジアの人びとから分断されたままである。だから、小泉政権下で起きた「靖国問題」ほど、東アジアの現実がジョン・フォスター・ダレスの遺産によって未だに憑かれていることを見事に示す事例はなかったのである。「日本人には人種主義者になって貰わなければならない」とは、まさにこのような事態をも含意していたのである。自らの国民的アイデンティティに自己憐憫的にかかわる者たちや、他者に開かれることよりも国民共同体のなかに閉じることによって自己慰安を確保しようとする引き籠り国民こそが、合州国の政策によって密かに期待されていたのである。(p.213~4)
 白人の「エリートクラブ」の一員に加えてもらい、有色の他人種を見下し、他者との会話を忌避して"日本人"の中に閉じこもって自己慰安に耽る。かなり憂鬱になりますが、鋭い視点だと思います。アメリカの属国化に何の疑問も持たず、靖国問題や領土問題やヘイト・スピーチなど、アジアの隣人との軋轢や緊張を平然とかもす日本、なるほどこう考えると理解できます。
 これからの日米関係やアジアとの関係を考える上で、重要な論点を多々知ることができました。お薦めの一冊です。
by sabasaba13 | 2015-03-09 06:39 | | Comments(0)