2017年 07月 18日 ( 1 )

言葉の花綵164

 私亡きあと、盛大な葬儀をして人民の時間とお金を浪費しないようにしてほしい。(ホー・チ・ミン)

 わたしたちは、自分のつとめをはたしたのだ。もう一度くりかえそう。私たちは幸福のために生き、幸福のために闘い、幸福のために死んでゆく。だから、けっしてわたしの名まえを、かなしみとむすびつけないように―。(ユリウス・フーチク 『絞首台からのレポート』)

 暴力が障害物を速やかに一掃してしまうことはある。しかし、暴力そのものが創造的であると証明されたことは一度もない。(アルバート・アインシュタイン)

 賢さを伴わない勇気は乱暴であり、勇気を伴わない賢さなどはくそにもなりません! 世界の歴史には、おろかな連中が勇気をもち、賢い人たちが臆病だったような時代がいくらもあります。(エーリヒ・ケストナー)

 私の記憶でのファシズムは、一寸きざみの、時には後退を伴うジグザグの進行を示すものであって、そのどの段階も危険であるし、また、どの段階でも防止手段が皆無ではない、という形に私の内部では定式化されている。(竹内好 『日本とアジア』)

 日本兵は捕虜になるより死を選ぶが、彼らの死にものぐるいの戦闘ぶりは、単純に勇気のせいとはいえない。それは罪の意識と恐怖なのだ。ひじょうに多くのわが人民を殺し、婦女に暴行を加えた。だからわれわれに捕まるのを怖れているのだ。彼らは公然と「虐殺戦」を自慢している。そして彼らが捕えた中国兵をなぶり殺しにしているように、われわれも彼らをなぶり殺すものと考えている。(朱徳 『偉大なる道』)

 中国人が千何百万人も殺されたこと。こうした不幸な子が何百万人とも知れずできたこと。その原因は、「人間が生みだした最大の怪物、戦争」ではない。なぜハッキリと、日本軍が中国へ攻めこんだことが原因だといわないのか。こんなにもハッキリしていることを、どうして大新聞や大放送局は、必死でごまかすのだろうか。(本多勝一 『中国の日本軍』)

(つぅ) おかね…おかね…どうしてそんなにほしいのかしら…
(与ひょう) そら、金があれば、何でもええもんを買うだ。
(つぅ) かう? 「かう」ってなに? いいもんってなに? あたしのほかに何がほしいの? (木下順二 『夕鶴』)

 逝いて還らぬ教え子よ/私の手は血まみれだ!/君を縊ったその綱の/端を私も持っていた/しかも人の子の師の名において…/逝った君はもう還らない/今ぞ私は汚濁の手をすすぎ/涙を払って君の墓標に誓う/「繰り返さぬぞ絶対に!」 (竹本源治)
by sabasaba13 | 2017-07-18 19:27 | 言葉の花綵 | Comments(0)