2017年 11月 01日 ( 1 )

関東大震災と虐殺 29

 9月5日、水曜日。ふたたび亀戸署での動きです。既述のように、自警団員四人が軍隊に殺されたことにより、留置場内は前にもまして騒然となりました。そして午前3時(諸説あり)、古森署長は川合義虎・平沢計七ら労働運動家・社会主義者10人の身柄を、騎兵13連隊安東中尉らに引き渡しました。かねてから敵視していた労働運動の指導者たちにして、大島事件などの大失態を告発する恐れのある危険人物たちを、軍隊に殺してもらおうとしたわけです。これがいわゆる亀戸事件です。法に縛られて自ら手を下しづらい警察は、戒厳令下で異常な使命感と功名心に燃え狂っている中下級軍人を、ちょっと唆すだけで、目的を遂げられると分かっていたのですね。後に触れる、王希天・大杉栄殺害と同じパターンです。
 なお後日、この事件が発覚し、自警団員4名の遺骨返還が問題化したとき、警察側は「死体は荒川放水路堤防に於て焼死溺死者や○○(鮮人)死体百余名と共に火葬しているからどれが誰の遺骨ともわからぬからせめてもの心慰めとしてソノ内の一部のホネをおわけする」(『報知新聞』 1923.10.11)と言ったそうです。また川合義虎らの遺体は「亀戸署附近の空地に於て他の数十名の○○死骸と共に焼き棄てられ」、そして「刺殺された○○二十七名と同じく殺されたものの服装を○○と着かえさせ三台の自動車に積込んで大島八丁目の小名木川と中川の交流点より約一丁上流左側の広場に約二百七十名の○○○の死体を積上げた中に混入」した(『報知新聞』 1923.10.11)というように、手のこんだことまでして犯跡を隠蔽しました。虐殺事件を隠蔽するための官憲による遺骨消滅策は多々行なわれたようで、高野実氏は「死体は各地区毎に一定の場所に集めて本所の被服廠跡を死体処理場として焼いた。馬力で積んで運ぶ毎日は臭くて臭くてしょうがなかった」(三原令 『聞き書き』)と証言しています。これで被服廠跡の死体数は38,000から42,000に急増したそうです。また田山精三氏は「朝鮮人の死体も罹災民の死体とごちゃまぜで商船学校付近の埋立地に埋めた」(三原令 『聞き書き』)と述べ、一般の罹災者と朝鮮人犠牲者の死体を混ぜて焼却したことを証言しています。(①p.190~1)
 なお亀戸事件の犠牲者を追悼する碑が亀戸の浄心寺にあります。

 さて、権力中枢の動きです。この日、警視総監は赤池濃から湯浅倉平に代わっています。理由はわかりませんが、官憲による不祥事・失態の責任をとらされた可能性はありますね。なお内務省警保局長の後藤文夫は10月12日まで執務しています。

 9月5日、山本権兵衛内閣は朝鮮人暴動の流言はまったく根拠のないものと断定する趣旨の内閣告諭を出しました。
内閣告諭第二号
今次ノ震災ニ乗ジ 一部不逞鮮人ノ妄動アリトシテ鮮人ニ対シ頗ル不快ノ感ヲ抱ク者アリト聞ク 鮮人ノ所為若シ不穏ニ亙ニ於テハ速ニ取締ノ軍隊又ハ警察官ニ通告シテ其処置ニ俟ツベキモノナルニ民衆自ラ濫リニ鮮人ニ迫害ヲ加フルガ如キコトハ固ヨリ日鮮同化ノ根本主義ニ背戻スルノミナラズ 又諸外国ニ報ゼラレテ決シテ好マシキコトニアラズ…民衆各自ノ切ニ自重ヲ求ムル次第ナリ
 同じ5日、関東戒厳司令官・福田雅太郎大将は司令官令第二号を出し、自警団の誰何、検問、また官憲の許可なく武器を携帯することを禁止しました。警視庁も宣伝ビラを連発し、流言の否定、暴走する民衆の統制、自警団の取締りに取り組みます。
 しかし重要なのは同日午前10時、各方面の官憲を集めて開かれた臨時震災救護事務局警備部における打ち合わせです。議題は「外部に対する官憲の採るべき態度」、この時期にはすでに朝鮮人暴動の流言に対して官憲内部でも疑念が生じていたので、官憲内部で外部に発表する統一見解を定める必要があったからです。ここで決定された方針が「鮮人問題に関する協定」です。(①p.266~8) ここまで縷々述べてきたように、朝鮮人虐殺事件における官憲と軍隊の責任は大なるものがあります。流言飛語の流布、自警団結成の勧奨、武器の貸与、殺人の容認と黙認、そして虐殺の遂行。結論から言えば、この協定の内容は、その責任をできうる限り隠蔽し有耶無耶にし誤魔化すこと、それができない部分では虚偽を捏造してでも「仕方がなかった」と合理化することです。
鮮人問題に関する協定
一、鮮人問題に関し外部に対する官憲の採るべき態度に付、九月五日関係各方面主任者事務局警備部に集合取敢えず左の打合を為したり。
第一、内外に対し各方面官憲は鮮人問題に対しては、左記事項を事実の真相として宣伝に努め将来之を事実の真相とすること。
従て、(イ)一般関係官憲にも事実の真相として此の趣旨を通達し、外部へ対しても此の態度を採らしめ、(ロ)新聞社等に対して、調査の結果事実の真相として斯の如しと伝うること。
 左記
朝鮮人の暴行又は暴行せんとしたる事例は多少ありたるも、今日は全然危険なし而して一般鮮人は皆極めて平穏順良なり朝鮮人にして混雑の際危害を受けたるもの少数あるべきも、内地人も同様の危害を蒙りたるもの多数あり。
 皆混乱の際に生じたるものにして、鮮人に対し彼らに大なる迫害を加えたる事実なし。
第二、朝鮮人の暴行又は暴行せんとしたる事実を極力捜査し、肯定に努むること。
 イ、風説を徹底的に取調べ、之を事実として出来得る限り肯定することに努むること。
 ロ、風説宣伝の根拠を充分に取調ぶること。
 (第三、第四、第五伏字)
第六、朝鮮人等にして、朝鮮、満州方面に悪宣伝を為すものは之を内地又は上陸地に於て適宜、確実阻止の方法を講ずること。
第七、海外宣伝は特に赤化日本人及赤化鮮人が背後に暴行を煽動したる事実ありたることを宣伝するに努むること。
 まさか参加された官僚の皆様方は、この協定が白日の下に晒されるとは想像だにしなかったでしょうね。情報公開の大事さを痛感します。と同時に、官僚諸氏がいかにそれを恐れるかも納得します。
 まず官憲に責任はなかったという虚偽をでっち上げて、これを「事実の真相として宣伝に努め将来之を事実の真相とすること」。嘘を事実にしてしまい、官僚の責任を未来永劫免れようとするそのなりふりかまわぬ姿勢には感動すら覚えます。さてその虚偽の中味です。まず、朝鮮人の暴行等は「多少ありたる」、つまり官憲の流布した流言は嘘ではない。危害を受けた朝鮮人は少数いたが、危害を受けた内地人(日本人)は多数いた。混乱によって暴行を受けた、ということなのでしょうか。これは意味不明ですね。問題は次の一文です。「鮮人に対し彼らに大なる迫害を加えたる事実なし」。危害は少しあったが、迫害はなかった。 "虐殺"を"迫害"と言い換えて印象を弱める官僚的作文であり、その虐殺を全否定する真っ赤な嘘です。そして流言の内容である「朝鮮人による暴動・放火」を、「事実として出来得る限り肯定することに努むること」。実際にはなかった暴動・放火を、あったかのように見せろということですね。第三・第四・第五の伏せ字というのが、たいへん気になりますね。何が書かれていたのでしょう。
 そして朝鮮や満州(間島地方でしょうか)に帰って、"悪宣伝"、つまり真実を伝えようとする朝鮮人を"適宜、確実阻止"すること。この表現に「殺しても構わない」という暗黙の了解を感じるのは穿ち過ぎでしょうか。そして海外に対しては、社会主義者である日本人・朝鮮人が暴行を煽動したと宣伝すること。そのような事実はまったくなかったにもかかわらず。

 キーボードを叩いているうちに気が滅入ってきました。これほど下劣な文章にはなかなかお目にかかれません。朝鮮人暴動は誤認だったことを認めれば、国家責任は明白になってしまいます。そこで国家責任を徹底的に隠蔽するために、朝鮮人暴動の捏造方針がここに決定されたのですね。そして暴動は社会主義者の日本人と朝鮮人の合作だと宣伝して外国からの非難から逃れようとしたわけです。政府や官僚の言うことを絶対に信用してはいけないと、あらためて銘肝しましょう。
by sabasaba13 | 2017-11-01 06:34 | 関東大震災と虐殺 | Comments(0)