2017年 11月 24日 ( 1 )

トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース

c0051620_6345870.jpg 中川五郎氏の『トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース』、これも『週刊金曜日』の音楽評で教示していただいたCDです。中川氏といえば、『受験生ブルース』を作詞したフォーク・シンガーですね。そして"烏山神社の椎ノ木"といえば…拙ブログでも紹介した、関東大震災時の朝鮮人虐殺に関係するあの椎ノ木でしょう。くりかえしますと、1923(大正12)年9月2日の午後9時頃に、甲州街道沿いの東京府千歳村烏山で起きた虐殺です。ある土木請負人が、京王電鉄の依頼で朝鮮人労働者18名と共にトラックに乗って、地震で半壊した車庫を修理するために、笹塚方面に向かっていました。しかし、烏山附近まで来た時、竹槍を携えていた7、80名の青年団員に停車を命じられ、全員路上に立たされました。彼らは襲撃してきた朝鮮人集団と解釈し、鳶口、棍棒、竹槍等によって激しい暴行を加えて一人を刺殺し他の者にも重軽傷を負わせました。この事件で12人が起訴された時、千歳村連合議会は、この事件はひとり烏山村の不幸ではなく、千歳連合村全体の不幸だ、として彼らにあたたかい援助の手をさしのべます。ある人物曰く、「千歳村連合地域とはこのように郷土愛が強く美しく優さしい人々の集合体なのである。私は至上の喜びを禁じ得ない。そして12人は晴れて郷土にもどり関係者一同で烏山神社の境内に椎の木12本を記念として植樹した。今なお数本が現存しまもなく70年をむかえようとしている」「日本刀が、竹槍が、どこの誰がどうしたなど絶対に問うてはならない。すべては未曽有の大震災と行政の不行届と情報の不十分さが大きく作用したことは厳粛な事実だ」。なお烏山神社には、当時植えられた椎の木のうち4本が残り、参道の両側に高くそびえているそうです。

 それではなぜ彼がこの事件を歌にしたのか。「ハフポスト日本版」の中で、彼がその思いを語っているので紹介します。きっかけは『九月、東京の路上で』(加藤直樹 ころから)を読んだことだそうです。
「僕は1980年代に10年ほど烏山に住んでいて、このあたりもよく通っていながら、事件のことを知らなかったんですよ。それから烏山神社のことも。だから加藤さんの本を読んだときはショックでね。すぐに歌を作って現場を訪れました」

「怖いことです。僕も住んでいたからこそ分かるんですが、千歳の村でかばい合う意味での絆があったんでしょうね。身内の団結というか、例え誤ったことでもそれは地元のためにやったことだからと正当化してしまう。内向きでそれを正義にしてしまう。日本の恐ろしい所、この国が犯して来た過ちです。これを歌わなければと強く思ったわけです」

「でもね。僕が歌っているのは、94年前のことではなく、今の日本のこと。事件は過去のことでも現在と未来のことを歌っているんです」

「自分たちと異なる人たち、出自を外国に持つ人であったり、障害を持つ人たちとこの国で共に生きようとするのではなくて排除しようとしている。そんなひどい社会になっているじゃないですか」
 そして関東大震災の虐殺について、歴代都知事が行って来た朝鮮人犠牲者の追悼式に対する追悼文を、小池百合子都知事は約6000人という犠牲者の数に疑義を呈して今回は見送ると表明しました。
「ああいう歴史修正が恐ろしい。小池知事は東京大空襲や広島、長崎の被害の数字にはこだわりは見せていないじゃないですか。それでいて関東大震災の虐殺については数字から事実ではないのではないかという言いがかり。仮にその数字に信憑性がなかったとしても、例え犠牲者の数が少なかったとしても、デマがあって自分たちと違う人々がそれを理由に殺されたという悲惨な出来事自体はあったわけです」

「都知事の立場ならば、かつて東京でそういう事件が起こったということ、数字の正確さよりもそれを二度と繰り返さないという誓いを言わないといけないと思うんですよ。ところが、数字の問題にすり替えて、あった事実をゼロにしてしまう。知事が追悼の言葉を送らないなんて考えられないですよ。恐ろしい時代になって来ました。そのおかげで僕はこの年になって歌いたいことがどんどん出て来ました」
 うーむ、これはぜひ聴いてみたい。インターネットで調べて、対レイシスト行動集団(Counter-Racist Action Collective、略称C.R.A.C.[クラック])の通信販売サイトで購入しました。この事件をひとつの物語として、生ギター一本で歌い上げた17分49秒の力作です。いや歌というよりは、語り、そして叫びですね。まず軽快なギターの伴奏とともに事件の概要が語られ、最後の短いフレーズが歌となります。やがてこの椎ノ木が、犠牲者を悼むためではなく、加害者を労うために植樹されたことに話が至ると、俄然、中川氏の言葉に熱と力がこもってきます。そしてヘイト・スピーチなど、未だに朝鮮人への差別意識が払拭されていない現状を語るとともに、氏の言葉は怒りのかたまりとなって爆発します。
変わらないこの国 変わらないこの国の人たち
変わろうとしないこの国 変わろうとしないこの国の人たちを
残った椎ノ木は 見つめている
また同じことを 繰り返そうとする
この国を見つめている
「良い朝鮮人も 悪い朝鮮人も みんな殺せ」
そんなことを 街中で大声で叫ぶ人たちがいて
それに 見て見ぬふりをして
何も言おうとしない人たちが あふれるこの国
変わらないこの国 変わらないこの国の人たち
変わろうとしないこの国 変わろうとしないこの国の人たち
今も残った椎ノ木は 同じことを繰り返す
この国を見て 一体何を思うのか
僕は思った 僕は思った
変わろうとしないこの国を 変わろうとしないこの国の人たちを
変わろうとしないこの国を 変わろうとしないこの国の人たちを
まるで まるで まるで まるで
まるで まるで まるで まるで
祝福しているかのような この大きな椎ノ木を
ぶった切ってやりたいと
 ひさしぶりに聞くことができた、素晴らしいメッセージ・ソングです。強烈な差別意識、とそれに対する無関心や傍観、私たちの心に潜む暗部を怒りとともに抉りだす中川氏の志にいたく共感しました。そう、理不尽で没義道なものに対して、きちんと怒ること。『怒れ!憤れ!』(日経BP)の中で、ステファン・エセル氏もこう述べられています。
 いちばんよくないのは、無関心だ。「どうせ自分には何もできない。自分の手には負えない」という態度だ。そのような姿勢でいたら、人間を人間たらしめている大切なものを失う。その一つが怒りであり、怒りの対象に自ら挑む意志である。(p.45)

 現代の社会には、互いの理解と忍耐によって紛争を解決する力があると信じる希望。そこにたどり着くためには、人権を基本としなければならない。人権の侵害は、相手が誰であれ、怒りの対象となるべきだ。この権利に関する限り、妥協の余地はない。(p.85)
 人間を人間たらしめている大切なもの、怒りを呼び起こしてくれる一枚。お薦めです。

 本日の一枚は、先日撮影してきた烏山神社の椎ノ木です。
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by sabasaba13 | 2017-11-24 06:36 | 音楽 | Comments(0)