2018年 02月 07日 ( 1 )

京都観桜編(4):車折神社(15.3)

 そして歩いて地下鉄東西線小野駅へ、さすがにお腹がへったのでこのあたりで昼食をとりましょう。ところが意外と駅周辺に飲食店がありません。手打ちそば「辻さん」は残念ながら定休日、致し方ない、本意ではないのですが利潤を中央資本に吸い上げられるチェーン店「なか卯」に入りましょう。とりたててコメントのしようがない牛丼をいただきながら、なんで「なか卯」という店名にしたのかな、と疑問に思いました。
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 善は急げ、今インターネットで「なか卯」のサイトを調べてみると、判明しました。転記します。
 なか卯は1969年6月、大阪府茨木市に手作りうどんの店を創業いたしました。社名の由来は創業者名の一字である「なか」と、「うどん屋」の「う」を同音の縁起文字「卯」に変え『なか卯』と定めました。「卯」の文字の縁起とは、この文字が観音様の厨子(両面扉)のような形をしていて、有難く、縁起が良いという点にあります。また、干支の「卯」のうさぎがピョンピョン飛び跳ねるように、会社が大きく跳躍して繁盛するよう願いも込められており、これが 『なか卯』という屋号の由来となっております。
 なるほど。それでは車折(くるまざき)神社へ向かいましょう。小野駅から地下鉄東西線に乗って太秦天神川へ、京福電車(嵐電)に乗り換えて車折神社駅に着きました。駅のすぐ前にある小さな神社が車折神社、少々変わったお名前ですがその由来を紹介しましょう。祭神は平安時代後期の儒学者・清原頼業(よりなり)で、後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に遊幸した際に、この社前で牛車の轅(ながえ)が折れたので「車折大明神」の神号を授け「正一位」を贈ったことから「車折神社」と称することになったそうです。神社のサイトによると、学業成就・試験合格・商売繁昌・会社隆昌・金運向上・良縁成就・恋愛成就・厄除け・交通安全というご利益があるそうです。
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 ま、それはさておき、お目当てはパワー・スポットではなく、日本画家・冨田溪仙が奉納した「溪仙(けいせん)桜」です。参道をすこし歩くと、小振りですが満開の枝垂桜がありました。これが「溪仙桜」ですね。迂闊にもさきほどインターネットで調べてわかったのですが、ここ車折神社は富岡鉄斎が1888(明治21)年から1893(明治26)年まで宮司を務めていたのですね。そのためこちらには鉄斎の作品が約百余点伝わっているそうです。また、境内には鉄斎の筆による裏参道入口の社号標や本殿の扁額、表参道脇の車折神社碑があり、さらに鉄斎が生前に用いた筆を2000本以上納めた筆塚もあるとのことです。冨田溪仙は鉄斎に私淑していたので、この桜を奉納したのですね。鉄斎の揮毫を拝見するために、ぜひ再訪を期しましょう。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2018-02-07 06:38 | 京都 | Comments(0)