2018年 03月 12日 ( 1 )

京都観桜編(30):インクライン(15.3)

 そして琵琶湖疎水の桜並木を愛でながらすこし遠回りをして山科駅へ。
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 地下鉄東西線に乗って蹴上まで行き、インクラインへ。インクラインの下に穿たれた歩行者用トンネルは、琵琶湖疏水工事にともなって作られた重厚な煉瓦造りです。扁額の「雄観奇想」という字を揮毫したのはこの計画を推進した北垣国道京都府知事。別名「ねじりマンボ」と言われますが、強度を高めるために内部の煉瓦が螺旋状にねじれていることからきています。マンボとは鉄道の線路をくぐるトンネル、間歩のことです。
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 そしてインクラインに到着。琵琶湖疎水に設置された船を載せる傾斜鉄道で、船を貨車に載せて疎水へと引き上げる/引き下げるインクラインの線路と貨車が残されています。延々と連なる桜並木はほぼ満開、しかし名所であるがゆえに芋を洗うような大混雑で、落ち着いて花を愛でる雰囲気ではありません。
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 でも上の方へ行くと多少花見客も減り、疎水を設計した田辺朔郎博士の銅像のあたりでは心静かに咲き誇る桜花を満喫できました。
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 「瓢亭」の前を通り過ぎて、元老山県有朋の別荘・無鄰菴へ。彼自ら設計し、小川治兵衛(植治)が造園した池泉回遊式庭園で有名です。期待していたのですが、桜はほとんどありませんでした。しかし桜がなくても見応えのあるお庭です。芝生を植えるなど洋風のテイストを加味したモダンな庭園をしばし散策しました。なおここにある洋館で、1903(明治36)年4月21日、元老・山県有朋、政友会総裁・伊藤博文、総理大臣・桂太郎、外務大臣・小村寿太郎の四人によって,日露開戦直前の外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれました。
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 そして南禅寺塔頭の天授庵へ。紅葉の季節には何度か訪れましたが、桜の季節ははじめてです。小堀遠州の発案とされる、白い砂と緑の苔の対比、そこに菱形の石畳が並ぶ斬新な意匠の方丈東庭と、大小二つの池を回遊できる書院南庭を拝見しましたが、桜はほとんどありませんでした。
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 南禅寺の境内は桜が多く、ほぼ満開。ちょっと小振りなのですが、三門のあたりをそぞろ歩いて春の風情を楽しみました。
 近くにあるのが、実業家・二代目野村徳七が築造した数寄屋造りの別邸、そして植治の傑作のひとつである庭園がある「碧雲荘」です。残念ながら非公開。noblesse obligeというじゃありませんか、ここは一つ入園料1000円でもいいから一般公開して太っ腹なところを見せてほしいものです。
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 本日の八枚、上から琵琶湖疎水(2枚)、インクライン(4枚)、南禅寺(2枚)です。
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by sabasaba13 | 2018-03-12 07:55 | 京都 | Comments(0)