2018年 05月 07日 ( 1 )

近江編(82):朽木(15.3)

 バス停「朽木学校前」から十数分ほど歩くと、興聖寺に着きました。まずは本尊の釈迦如来像に合掌、秀麗眉目な御姿ですね。
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 トイレを拝借すると、「東司(トイレ)をきれいに」というポスターが貼ってありました。なかなか含蓄のある内容ですので転記します。
ただ心身をきよむるにあらず
国土樹下をもきよむるなり     道元禅師のおことば

 食事を大切にされた道元禅師さまは、同時に排泄、用便の後始末の仕方をていねいに教えられました。
 トイレをきれいにしようという心がけが、ひいては自然までもきよらかにすることにつながっていくのです。

「今日もきれいにそうじをしよう」
 そのそばには「もったいない もったいない」というポスター。
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 そして本堂のすぐ近くにある「旧秀隣寺庭園」へ。江戸時代のはじめ岩神館の跡地に、朽木宣綱が正室の菩提を弔うために建立した寺院が「秀隣寺」。そうしてこの庭は「秀隣寺の庭園」になりました。さらに江戸時代中期、上柏村にあった「興聖寺」が、「秀隣寺」の横に移ってきます。その後、両寺は幾度かの火災に遭い、秀隣寺は朽木の野尻に移りました。よって現在、庭園は興聖寺の境内にあるが、名前は「旧秀隣寺庭園」として残っているというわけです。
 解説板があったのですが、風雨にさらされて一部判読ができません。高島市のホームページから引用します。
 庭園は、安曇川が形成した段丘の縁にあり、安曇川の清流、そしてその背後に横たわる蛇谷ヶ峰を借景としています。池泉鑑賞式の庭園で、左手の築山に組まれた「鼓の滝」から流れ出た水は池に注ぎます。曲水で造り上げた池泉には石組みの亀島、鶴島を浮かべ、中央付近には見事な自然石の石橋を架けます。随所に豪快な石組を配する、全国屈指の武家の庭です。
 岩神館の庭園を作庭したのは、当時の政治的な有力者であり、かつ風流人としても名高い管領細川高国と伝えられています。
 どれくらい原形を保っているのかはわかりませんが、豪快な石組が印象的なお庭でした。やはりお庭の主役は石ですね。『シリーズ京の庭の巨匠たち 重森三玲Ⅱ』(京都通信社)の中で、重森三明氏はこう述べられています。
 通常、日本庭園の石組には自然石が使われる。彫刻されていない自然のままの素材を用いて、新たな超自然の美を創りだすのが庭園芸術である。したがって、どのような石を選び、それをどう配置するかによって、作品の完成度は左右され、庭の良し悪しが決まる。(p.102)

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2018-05-07 07:31 | 近畿 | Comments(0)