2018年 12月 14日 ( 1 )

辻井伸行頌

c0051620_22183227.jpg ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した、若き盲目のピアニスト、辻井伸行君。テレビでその素晴らしい演奏を何度か拝見したのですが、隔靴掻痒、ぜひ生の音を聞いてみたいと常々思っておりました。念ずれば花開く、ウラディーミル・アシュケナージ指揮によるアイスランド交響楽団と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番およびショパンのピアノ協奏曲第2番の演奏会が開かれるとの情報を得ました。前者を聴きたかったのですがチケットはすでに売り切れ。後者でしたら所沢市民文化センター「ミューズ」での演奏会で二枚購入が可能です。さっそく山ノ神を誘って、聴きに行くことにしました。
 西武鉄道新宿線の航空公園駅で降りて、てくてくと歩くこと十分ほどで「ミューズ」に着きました。そして席についてプログラムを拝読。本日の曲目は、シベリウスの「カレリア組曲」、ショパンのピアノ協奏曲第2番、休憩をはさんでシベリウスの交響曲第2番です。私も山ノ神もシベリウスが大好きなので、これは嬉しいプログラムでした。以前にスカンジナビア諸国を訪れた時には、フィンランドでシベリウス関連の史跡やモニュメントを見学したことを思い出します。
 まずは「カレリア組曲」、間奏曲、バラード、行進曲からなる管弦楽作品ですが、実はこの曲には思い出があります。高校生の時、ジャズマンになりたいという夢を持っていました。きっかけは当時、夢中になって読んでいた五木寛之の『青年は荒野をめざす』という小説です。たしか主人公の名前はジュンだと思いましたが、そのかっこいい生き方に惚れ込んでしまった次第です。はじめて買ったジャズのレコードはマイルス・デイビスの『アット・カーネギー・ホール』、あまり評価されていませんが、よくスイングするクインテットだったと思います。とくにウィントン・ケリーのコロコロところがるようなのりのいいピアノと、ポール・チェンバースの地を揺るがすような重厚なベースに夢中になりました。よし、ベースマンになるぞ、と一念発起、しかし基礎をしっかりとやるべきであろう(私は変なところで堅実なのです)、大学オーケストラに入部してコントラバスの練習に勤しみました。同時にジャズの教則本や理論書を買い込んで独学で学んだのですが…結局ものになりませんでした。即興演奏のなんと難しいことよ。以後、ジャズはもっぱら聴くだけとなり、今では楽器をチェロに変え、チェリストの末席をけがしておりますが、ジャズマンになりたいという心の火はまだどこかで燻っています。そしてこのオーケストラでは、教養学部一年生と二年生が中心のユース・オーケストラを編成して、課題曲を練習・合奏する夏合宿がありました。忘れもしない、私が大学一年生の時に、この合宿ではじめて演奏したのが、この「カレリア組曲」と、ベートーヴェンの交響曲第1番の第1・第2楽章でした。ああ、甘酸っぱいものがこみあげてくる。特に第3曲の行進曲を聴くと、今でも血沸き肉躍りアドレナリンがふつふつと分泌してきます。
 さて肝心の演奏です。アイスランド交響楽団の紹介がパンフレットにあったので、引用します。
 アイスランドを代表するオーケストラであるとともに、その高い演奏技術と美しいアンサンブルから北欧を代表するオーケストラのひとつとして人気を博している。アイスランドの首都レイキャビクにある現代建築の分野でも注目を集めるHarpa Concert Hallでの定期演奏会のほか、海外ツアーも積極的に行っている。桂冠指揮者としてウラディーミル・アシュケナージを擁するほか、これまでにケンプ、アラウ、ギレリス、メニューイン、ロストロポーヴィチ、バレンボイム、パヴァロッティといった一流のソリストたちが共演している。
 実は偶然なのですが、今年の夏に念願だったアイスランド旅行をしてきました。氷河、火山、瀑布、荒涼とした大地、素晴らしい自然の景観を堪能するとともに、過酷な環境のなかで大地を踏みしめるように実直に暮らすアイスランドの方々にも強い印象を受けました。それと安易に結びつけてはいけないのかもしれませんが、でもこのオーケストラの音はアイスランドの自然や人間を思い起こさせます。外連味のない真面目な音楽づくりと、玲瓏な音。やや迫力不足の感は否めませんが、それを補って余りある美しい音楽でした。指揮者のアシュケナージもその魅力を十分に引き出したと思います。なお彼らの本拠地であるHarpa Concert Hallも見学してきましたが、柱状節理を模したユニークな意匠でした。
 そしてアシュケナージの両肩につかまるようにして辻井君が登場しました。万雷の拍手のあと椅子に座り、両手を左右に大きく広げて鍵盤の位置を確認する姿が印象的です。もちろん眼前の譜面台には何も置いてありません。目が見えないというハンディキャップを背負いながら、いったい彼はどれくらいの努力をしたのでしょう。ただただ首が下がるだけです。そういえば中野雄氏が『モーツァルト 天才の秘密』(文春新書487)の中で、モーツァルトについてこう言っておられました。
 …群百の音楽家に比して、百倍も千倍も努力した人であった。ただ、彼はその"努力"を「つらい」とか、「もういやだ」と思わなかっただけの話である。
 そういう意味では、辻井君も天才なのかもしれません。そして音楽がはじまりました。ショパンのピアノ協奏曲第2番は、第1番に比べてやや地味な印象があります。しかし辻井君の手にかかると、珠玉の逸品に生まれ変わります。彼の弾く和音の何と美しいことよ。絶妙のバランスで和音を美しく響かせているのでしょう、その聴覚の鋭敏さには脱帽です。またオーケストラの伴奏とのバランスも見事です。押すべきところ押し、引くべきところは引く、自らの奏でる音とオーケストラの音を丁寧に聞き取りながら、両者を一つの音楽に撚りあげる。素晴らしい耳です。『ピアノの森』(一色まこと 講談社)の中で、アンジェイ・パヴラス先生が雨宮修平に、「自分の音をきちんと聞けたら、名人の域だ」と諭したことを思い出しました。
 辻井伸行君、もとい辻井伸行氏、素晴らしいピアニストでした。もう一度、いや何度でも聴きにこようと山ノ神と意気投合しました。嬉しいことにアンコールを弾いてくれましたが、スイング感とスピード感にあふれたノリノリの佳曲でした。音楽を奏でる喜びに満ちた辻井氏の超絶技巧に脱帽。ブラーボ。後で、ウクライナの現代作曲家ニコライ・カプースチンの「8つの演奏会用練習曲」第1番だと判明。さっそくCDを購入して、いまハマっています。
 そして休憩、外で紫煙をくゆらしながら興奮と熱気をさまし、さあシベリウスの交響曲第2番です。シベ二、実はこれも、前述の大学オーケストラの定期演奏会で初めて弾いた思い出の曲です。私は交響曲第3~6番の方が好きなのですが、もちろん第2番も良い曲です。迫力はありませんが、一音一音を大切に奏でる緻密なアンサンブル、そして丁寧な音楽づくりに心惹かれました。
 アンコールは、私の大好きなシベリウスの「悲しきワルツ」。美しく魅惑的なワルツ、狂熱の乱舞、そして静寂と死。小品ながらも、変化に富んだ素晴らしい曲です。アイスランド交響楽団の端正で誠実な演奏を堪能しました。中間部でもっとデモーニッシュな雰囲気があってもよかったかな、まあ諒としましょう。

 というわけで辻井伸行氏の演奏とシベリウスの音楽を満喫できた素晴らしい午後でした。特に辻井氏のピアノはリピーターになりそうな予感。御贔屓にさせていただきます。

 おまけの蔵出し写真、上からフィンランド・ハメーンリンナにあるシベリウスの家(二枚)、ヘルシンキのシベリウス公園(二枚)、そしてアイスランド・レイキャビクのHarpa(ハルパ) Concert Hall (二枚)です。
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by sabasaba13 | 2018-12-14 06:24 | 音楽 | Comments(0)