2019年 02月 24日 ( 1 )

タンホイザー

c0051620_21553473.jpg ワーグナーは大好きです。壮麗な音楽と雄大な物語のコラボレーションには、身も心も打ち震えてしまいます。これまでも「リエンツィ」、「ニーベルングの指輪」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「トリスタンとイゾルデ」と聴いてきましたが、新国立劇場オペラパレスで「タンホイザー」が上演されると知り、矢も楯もたまらず山ノ神を誘って聴きにいきました。指揮はアッシャー・フィッシュ、演出はハンス=ペーター・レーマン、独唱はトルステン・ケール(T)、リエネ・キンチャ(S)、ローマン・トレーケル(Br)、演奏は東京交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団です。
 開演は土曜日の午後二時。わくわくしながら待っていると、幕が開き、あの魅力的な「タンホイザー序曲」が威風堂々と鳴り響きます。舞台には巨大な白い柱が林立し、移動したり色を変えたりして洞窟や領主の館や大聖堂を表現します。光や映像など最新技術を駆使した豪華な舞台装置に一安心。禁断の地ヴェーヌスベルクの洞窟で官能に耽り戯れるタンホイザーと女神ヴェーヌスですが、その衣装がそれなりに豪華なものでこちらも一安心。いや実はですね、ウィーン国立歌劇場で「リエンツィ」を見た時に、舞台装置は無機的な現代風、歌手がジーンズとスニーカーで登場したことにいたく落胆しました。やはり身銭を切って見ているのですから、日常を忘れさせてくれる演出をしてほしいものです。なおパンフレットに演出したハンス=ペーター・レーマンの、次のような言葉がありました。我が意を得たり。
 ただし、私は、作品が現代の諸問題につながることを示すために、人物をジーンズ姿で登場させたり、キャンプ場に置いてみたりはいたしません。そんなふうに演出しなければ作品の現代性に気づかないほど観客が愚かだとは、私は思っておりません。
 二人のまわりで新国立劇場バレエ団のメンバー扮する妖精たちが踊っていますが、素敵なバレエも楽しめるなんて幸せ。でも禁断の地であるだけに、もう少し官能的な踊りでもよかったかな。この場面でタンホイザーが歌う「ヴェーヌス讃歌」は、変調をくりかえしながら愛が高揚していくかのようです。か、い、か、ん。しかしタンホイザーは快楽に溺れる日々に満たされないものを感じてこの地を去ることを決意し、聖母マリアの名を叫びます。すると場面はヴァルトブルク郊外の谷間に一転、牧童の笛と歌が聴こえてきます。牧童を演じた吉原圭子氏の声がなんと美しいことよ。ビロードのような高音に聞き惚れてしまいました。はい、贔屓にさせていただきます。そこにローマへ向かう巡礼の一行が現われ、タンホイザーは罪の意識にとらわれます。新国立劇場合唱団が歌う荘厳な「巡礼の合唱」が素晴らしい。見事なアンサンブルと感情表現で、私の心身に積もった世俗の塵芥が洗い落とされていくようでした。「カルメン」の時も感じたのですが、この合唱団の力量には脱帽です。男声合唱を聴いて、美しいと思ったのは稀有なる体験です。最近、某合唱団に入った山ノ神も絶賛していました。そこへ狩りの帰り領主ヘルマンと親友ヴォルフラムが通りかかり、タンホイザーは宮廷に復帰することになりました。

 ここで25分の休憩。紫煙をくゆらしながら第1幕の余韻にひたろうと喫煙所のあるテラスに行こうとすると…撤去されていました。係の方に訊ねると、すこし離れたところにあるテラスに移動したとのこと、やれやれ全面禁煙ではなく幸甚でした。煙草に百害あるのは承知の上、堅気の衆に迷惑をかけないよう世間の片隅で吸うようにしているのですが、ここまで邪険にされると少々腹立たしくなります。『禁煙ファシズムと戦う』(小谷野敦・斎藤貴男・栗原裕一郎 ベスト新書99)の書評でも書きましたが、他の有害な物質への対応とあまりにも差があり不公正ではないかと感じます。例えば、最近読んだ『日本が売られる』(堤未果 幻冬舎新書)に下記の一節がありました。
 雑草も虫も全滅させるグリホサートの威力は凄まじく、使い始めて数年は農薬の使用量が少なくて済むが、ここには大きな問題があった。
 前述したように、使い続けると進化して耐性を持つ雑草が出現し、今度はそれを枯らすためにもっと強い除草剤を使うという悪循環で、農薬の量が増えてゆくのだ。
 2000年5月にアメリカ農務省が発表した報告書によると、過去5年で米国内の農薬使用量は大きく跳ね上がり、中でもグリホサートは他の農薬の5倍も増えていた。
 除草剤の量が5倍に増えれば、その分アメリカからの輸入遺伝子組み換え大豆に残留する農薬も多くなり、日本の安全基準に引っかかってしまう。この発表が出た同じタイミングで、日本政府はアメリカ産輸入大豆のグリホサート残留基準を、しっかり5倍引き上げた。これで残留農薬が5倍に増えた大豆は、何の問題もなく引き続き日本に輸入される。
 日本政府のきめ細かい協力姿勢は、米国アグリビジネス業界を大いに満足させたのだった。(p.67~8)
 安倍伍長率いる自民党政権が、私たちの"安全保障"など屁とも思っていないことがよくわかります。
 いかんいかん、タンホイザーの話だった。

 第2幕。ヴァルトブルク城内で、タンホイザーは恋人のエリーザベトと喜びの再会を果たします。そして歌合戦のために騎士や貴婦人たちが続々と集まってきます。この場面で演奏されるのが「行進曲」、私が一番聴きたかった曲です。舞台袖から現れて徐々に数が増えていく騎士・貴婦人に扮した合唱団、ああこれだけの人が歌ってくれるのかと思うだけでアドレナリンがびしびしと分泌してきます。色とりどりの衣装に身を包んだ騎士・貴婦人たちの集団が次々と現れて並び、そして歓喜が爆発する大合唱。もう一大絵巻ですね、素晴らしい演出でした。それにしても、これほど気持ちを高揚させ元気づけてくれる音楽があるでしょうか。中でも次のフレーズがいいですね。
Freudig begr?ssen wir die edle Halle, wo Kunst und Frieden immer nur verweil', wo lange noch der frohe Ruf erschalle.
 喜びてわれらは尊き殿堂にあいさつを送る。ここに芸術と平和は永遠にとどまれ! 喜ばしき叫びよ、長く響け!
 もう一度聴きたいな、アンコールで演奏してくれないかな。
 さて歌合戦ですが、領主は「愛の本質」という課題を歌い手に与えます。ヴォルフラムたちは精神的な愛を讃えて歌いますが、タンホイザーは反発して「ヴェーヌス讃歌」を歌い、快楽としての愛を礼賛します。一同は驚き、タンホイザーに剣を突きつけ殺そうとします。そこへエリーザベトが進み出て、彼の命を救うよう訴えます。すると遠くから微かに聴こえてくる荘厳な「巡礼の合唱」、思わず厳粛な気持ちになってしまう感動的な場面です。我に返って悔恨するタンホイザーに、ローマへ行って法王の許しを得るよう領主は命令します。"Nach Rom! (ローマへ!)"と叫びながらタンホイザーは走り去っていきます。

 25分の休憩の後、第3幕。ヴァルトブルク郊外の谷間で、エリーザベトとヴォルフラムがタンホイザーの帰還を待っていると、「巡礼の合唱」とともに巡礼たちが戻ってきますが、彼の姿はありません。彼女は自分を犠牲にして彼を救ってほしいと聖母マリアに祈り、去っていきます。そしてヴォルフラムは、彼女の祈りが聞き届けられるよう星に向かって「夕星の歌」を歌います。切なく高貴な歌ですね。
 するとやつれはてたタンホイザーが現われ、教皇の許しを得られなかったと語ります。絶望し慟哭するタンホイザー、彼を再び快楽の園へと誘う女神ヴェーヌス、必死で彼を引きとめるヴォルフラム、この三者のかけあいは、息が詰まるほど劇的でスリリングです。しかしヴォルフラムが「エリーザベト!」と叫ぶと彼は我に帰り、女神は消え去ります。そしてエリーザベトを納めた棺が彼の前に置かれると、彼は棺にすがって息絶えます。最後に神と奇蹟を讃える「巡礼の合唱」が歌われますが、すべてを浄化するような清らかな調べに心癒されました。そして幕。

 指揮も、オーケストラも、歌手も、合唱団も、バレエ団も文句なし。極上のひと時を過ごすことができました。多謝。今度は「ローエングリン」を聴きたいですね。

 付記。山ノ神が購入したパンフレットに、末延芳晴氏が寄稿されていました。彼によると、永井荷風がアメリカにいた時に、ワーグナー、ことに「タンホイザー」に心酔し、それをモチーフにして『旧恨』(『あめりか物語』所収)という短編小説を書いたそうです。へえ、今度読んでみましょう。荷風は娼婦イデスとの快楽に溺れており、『西遊日誌抄』(1906.7.8)にこう記しているとのことです。
 余は妖艶なる神女の愛に飽きて歓楽の洞窟を去らんとするかのタンホイゼルが悲しみを思ひ浮べ、悄然として彼の女(ひと)が寝姿を打眺めき。あゝ男ほど罪深きはなし。

by sabasaba13 | 2019-02-24 08:10 | 音楽 | Comments(0)