2019年 05月 10日 ( 1 )

奇想の系譜

c0051620_21543689.jpg 美術史家・辻惟雄氏の名著『奇想の系譜』に基づく展覧会が、上野にある都美術館で開催されていることを知りました。主催者のあいさつ文を紹介します。
ごあいさつ
 美術史家・辻惟雄氏が、1970年に著した『奇想の系譜』。そこで紹介されたのは、それまでまとまって紹介されたことがない、因襲の殻を打ち破り意表を突く、自由で斬新な発想によってわれわれを、非日常的な世界に誘う絵画の数々でした。それから半世紀経った現在では、かつては江戸時代絵画史の傍流とされていた画家たちが、その現代に通じる革新性によって熱狂的ともいえる人気を集めています。
 本展では、『奇想の系譜』で取り上げられた六名の画家、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の他に、白隠慧鶴、鈴木其一を加えました。
 おおっ、私の大好きな伊藤若冲や、長沢芦雪や、歌川国芳の絵を一堂に会して見られる、これはたまりません。さっそく山ノ神を誘って、見に行くことにしました。

 時は三月の下旬、今年は開花が早いため、上野の桜はもう五分咲きです。よって上野公園はたくさんの人が押しかけ大混雑でした。おまけに上野動物園のパンダが先着順で見られるようになったことも混雑に拍車をかけたようです。さてお目当ての展覧会の混雑はどうでしょうか。以前に開催された「伊藤若冲展」が凄まじい混雑で見るのを諦めたことがトラウマとして心に残っています。戦々恐々としながら入口を入ると、チケットを購入するための行列はさほど長いものではありません。ああよかった。十五分ほど並んで買うことができました。
 まずは「幻想の博物誌」伊藤若冲。動物や植物を、リアルに、華麗に、生き生きと描いた彼の絵を見るたびに生きていてよかったと思います。生命の讃歌ですね。圧巻は「象と鯨図屏風」、巨大な象と鯨の対比、そして今にも“パオー”という嘶きが聞こえてきそうな愛らしい象。お得意の鶏をさまざまな姿で描いた「鶏図押絵貼屏風」では、真正面から描いた鶏がラブリー。思わずだきしめたくなりました、突かれそうだけど。
 次は「醒めたグロテスク」曽我蕭白、怪作「群仙図屏風」を間近で見ることができました。画面を埋めつくす不気味な仙人、仙女、龍、童子、そしてこの世のものとは思われないド派手な着色。見ているだけで気持ちが悪くなってくる絵など、そうそうお目にはかかれません。
 「京のエンターティナー」長沢芦雪のコーナーでは、「白象黒牛図屏風」に見入ってしまいました。白い巨象にとまる黒い烏、黒い巨牛のもとの白い子犬。大と小、黒と白のみごとな対比です。もちろんそれぞれの動物も的確に描写されています。カタログの解説で辻惟雄氏は、巨大な動物を対比的に描いたという点で、若冲の「象と鯨図屏風」との類似を指摘され、どちらかが、どちらかを見て刺激され描いたのではないかとされています。そして見た場所は、祇園祭礼の宵山の屏風見せの折と推測されています。「群猿図襖」もいいですね、群れ集う猿たちを個性豊かに描き分けています毛の柔らかさを表現する筆力には脱帽です。実は今回の展覧会で一番見たかったのが、芦雪の「なめくじ図」です。なんと、なめくじと彼が這った跡だけを描いた、空前絶後の絵です。その曲線がまるで抽象絵画の如きデザイン、これぞ奇想! カタログで馬渕美帆氏が、これは席画(画家が招かれた会席で客の注文に応じて描かれた絵)ではないかと指摘されているのは卓見です。画面を一筆書きで埋め始めて観客たちを驚かせ、最後になめぐじを描いて種明かしという趣向。うわお、その場に居合わせたかった。
 なお芦雪は、亀甲型の外郭のなかに「魚」の一字を入れた独特な印を使っていますが、その由来についての辻惟雄氏による解説がありました。『近世名家書画談』によると、芦雪が淀から四条の応挙の画房に通って修業を積んでいたころ、ある寒い冬の朝、往きの途中の小川が凍って、魚がそのなかに閉じ込められて苦し気なのを見ました。帰りに覗いてみると、氷がだいぶ溶け、魚が自由を得て嬉し気でした。そのことを翌日師に話すと、自分も修業時代は苦しかったが、そのうちだんだん氷が溶けるようにして画の自由をえたのだと諭され、肝に銘じて終生この印を用いたということです。いい話ですね。
 「執念のドラマ」岩佐又兵衛コーナーでは、凄惨な場面を豪華絢爛な色彩で描いた「山中常盤物語絵巻」が展示されていました。ほんとうは「洛中洛外図屏風」と「豊国祭礼図屏風」が見たかったのですが、展示替えがあって見られなかったのが無念。
 「狩野派きっての知性派」狩野山雪の絵は、正直に言って、若冲や芦雪にくらべてやや見劣りがします。私の眼力不足かな。
 「奇想の起爆剤」白隠慧鶴の禅画は、若冲、蕭白、芦雪など18世紀の京都画壇の個性的な表現が生まれるための起爆剤となった可能性が近年指摘されているそうです。縦2メートルもある巨大な「達磨図」の大胆不敵な表現を見るとさもありなんと思えます。
 「江戸琳派の鬼才」鈴木其一(きいつ)は、その高名はたびたび耳にしますが彼の絵を見たのははじめてです。うん、いい。繊細で的確な表現力と、華麗な色彩には目を瞠りました。「貝図」がいいですね、日ごろ何気なく食べている貝がこんなにも美しいものだと、其一に教えられました。「百鳥百獣図」は、数多の鳥と獣が双幅を埋めつくす生命の楽園です。見ているうちに幸せな気持ちとなり、耳朶にチャールス・ミンガスの「クンビア&ジャズ・フュージョン」の楽し気な調べが鳴り響てきました。
 そして掉尾を飾るのが「幕末浮世絵七変化」歌川国芳です。人体で顔を構成する「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」、猫を使った駄洒落で東海道五十三次を描いた「猫飼好五十三疋」、巨大な骸骨がぬっと姿をあらわす「相馬の古内裏」など、奇想が炸裂。しかし今回の展覧会で一番感銘を受けたのは、「火消千組の図」という額絵です。霊岸島や箱崎町を担当する火消の千組が成田山新勝寺に奉納したものです。手に手に鳶口を持った138人の火消が威風堂々と火事場に向かう姿を描いた絵ですが、その迫力には圧倒されました。ワーグナーの楽劇「タンホイザー」の行進曲が耳朶に鳴り響きます。またそれぞれの表情や刺青まで丹念に描き分けているのにも感嘆します。

 ああ面白かった。楽しかった。驚いた。やはり美術はこうでなくてはいけません。二百数十年後の私たちをこれほどドキドキワクワクさせてくれる奇想の画家たちにあらためて敬意を表します。そしてこうした美術を生み出した江戸という時代を、あらためて見直したいと思います。
by sabasaba13 | 2019-05-10 06:18 | 美術 | Comments(0)