2019年 05月 18日 ( 1 )

戦禍の記憶

c0051620_18165092.jpg 大石芳野氏の写真展『戦禍の記憶』が、東京都写真美術館で開かれていると知り、山ノ神といっしょに見てきました。氏は、戦禍や内乱など困難な状況にありながらも逞しく誇りをもって生きる人びと、そして土着の文化や風土を大切にしながら生きる人びとを主なテーマとした写真を撮り続けられている方です。まずは展覧会の趣旨を、チラシから転記します。 
20世紀は「戦争の世紀」といわれます。二度にわたる世界大戦で人類の危機とでもいうべき大量の殺戮と破壊をもたらした後も安寧を迎えることはなく、米国、旧ソ連を軸とする東西の冷戦に起因する朝鮮戦争やベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻などが勃発しました。21世紀を迎えてもなお、世界のどこかでひとときも収まることなく戦争が続いています。
 戦争の悲惨な傷痕に今なお苦しむ声なき民に向きあい、平和の尊さを問いつづける大石芳野。広島や長崎、沖縄、朝鮮半島に大きな傷を残している太平洋戦争の後遺症をはじめ、メコンの嘆きと言われるベトナム、カンボジア、ラオスの惨禍、そして民族や、宗教・宗派の対立で苦しむアフガニスタン、コソボ、スーダン、ホロコースト…。本展では約40年にわたり、戦争の犠牲となった人々を取材し、いつまでも記憶される戦禍の傷にレンズを向けてきた作品約150点を展覧します。
 JR恵比寿駅から徒歩10分ほどで写真美術館に到着。館内に併設されている「MAISON ICHI」というパン屋さんでサンドウィッチと珈琲をいただいてから、鑑賞をしました。

第1章 メコンの嘆き
 ベトナムでは、アメリカ軍が散布した枯葉剤による後遺症に苦しむ人びと。カンボジアではポル・ポト政権によるジェノサイド政策の犠牲者。ラオスでは、ベトナム戦争でアメリカ軍が投下した爆弾の不発弾が大量に埋蔵され、その爆発によって傷ついた人びと。大石氏のカメラは、彼ら/彼女らの心に寄せるように向き合います。見ていて心が痛むのは、やはり傷ついた子供たちの姿です。氏曰く、「全土のどこでも、闇を見つめているような表情がそこここにある」(目録p.47)。カート・ヴォネガットは『追憶のハルマゲドン』(早川書房)の中で「子供たちを殺すことは―“ドイツ野郎(ジェリー)”のガキどもであろうと、“ジャップ”のガキどもであろうと、将来のどんな敵国のガキどもであろうと―けっして正当化できない」と言いましたが、同様に子供たちを傷つけることはけっして正当化できないと、胸に刻みましょう。

第2章 民族・宗派・宗教の対立。
 ソ連による侵攻、アメリカによる攻撃、そして部族間の内戦が続くアフガニスタン。廃墟となった首都カブールで、必死に生き延びようとする人びとの姿が心に残ります。セルビアによる攻撃や弾圧にさらされるコソボ。きっとこちらを見据えるギゼルという少女の写真から、目を逸らすことができませんでした。
 セルビア側についたロマ人のギゼル(9歳)。一家は、戻ってきたアルバニア系勢力に家を燃やされた。「何も悪いことはしていないのに」。(p.91)
 そして豊富に埋蔵される資源をめぐる民族紛争が起こり、ダルフール地方では200万人以上の人びとが死と追放の憂き目にあったという南スーダン。
 章の最後は、ホロコーストの現場と生き残った方々の写真です。“何も悪いことはしていないのに”、ユダヤ人やロマ人であるというだけで、殺された人びと。人類はここから何を学んだのか、学ばなかったのか。民族や部族や宗教が違えば、殺してもかまわないという状況が、いまだ続いていることに慄然とします。

第3章 アジア・太平洋戦争の残像
 そして日本が深く関わったアジア・太平洋戦争によって、傷つけられた人びとの写真です。731部隊の現場と目撃者、中国残留邦人、従軍慰安婦、ヒロシマ・ナガサキの被曝者、沖縄戦を生き延びた人びと。伊江島で見つかった子供の小さな頭蓋骨の写真には、下記のキャプションがありました。
 自然壕が防空壕の役割を果たしたが、住民と日本軍が共用したので悲劇も絶えなかった。戦争で最も被害を受けたのは子どもたち。すべて大人に責任があると訴えるような子どもの頭蓋骨が伊江島の壕から現れた。(p.166)
 展覧会のタイトルを、“戦火”ではなく“戦禍”としたところに大石氏の意思を感じました。戦争のおぞましさは、戦闘中に傷つき殺されるだけではなく、その後も様々なかたちでずっと人びとを苛むということだと思います。枯葉剤、不発弾、悲嘆、憎悪、悔恨、まさしく禍です。それを防ぐためには、戦禍にあった人びとの姿を記憶すること、伝えること、そして心を寄せることが大切なのだというメッセージを受け取りました。この目録をときどき見つめ、お手軽・お気軽に戦争をしようとする輩に抗っていきたいと思います。
 なお本展でいちばん心に残ったのが、アフガニスタンのカブールで撮影されたオミッドという10歳の少年を写した二枚の写真です。私も山ノ神も、はじめは同一人物だと気づきませんでした。左の写真は、暗い目をして、パチンコで捕った小鳥を弄ぶ無表情のオミッド。右の写真は、ノートを広げて明るく微笑むオミッド。目に光があるのがはっきりわかります。キャプションはこうです。
 オミッド(10歳)の父親は戦死し、貧しさゆえに学校に通えない。パチンコで小鳥を捕って遊ぶ。(p.78)

 学校へ行きたいというオミッド。入学の手続きを手伝い、通学を始めた。丸刈りになって、毎日学校が楽しくて一日も休まない。(p.79)
 目録に掲載されていた藤原聡氏の解説によると、寂しそうに遊んでいるオミッドを見かねた大石氏が、証明写真を撮りに連れて行き、入学手続きの手助けをしたそうです(p.10)。微かですが、未来への希望を感じさせてくれる写真でした。世界中の子どもたちが安心して学校へ通い、友だちと遊び学び、そして戦争は自然現象ではなくそれによって利益を得る者が起こす人為的な禍であることを知ってほしいと切に願います。
by sabasaba13 | 2019-05-18 08:16 | 美術 | Comments(0)