2019年 05月 26日 ( 1 )

『セロ弾きのゴーシュ』

c0051620_1826365.jpg 山ノ神に誘われて、故高畑勲氏が監督したアニメーション映画、宮澤賢治原作の「セロ弾きのゴーシュ」を練馬区立生涯学習センターホールで見てきました。チェリストの末席を汚す者として、そして賢治ファンの一人として、見逃すわけにはいきません。いただいた資料より、あらすじと映画の紹介を引用します。
 ウダツのあがらぬ職業楽士ゴーシュは、内気で劣等感が強く、いつも楽長にしかられていた。仲間との交流もない彼は毎晩、家を訪れる動物たちを相手にセロを弾いてやる。いつしか動物たちとの対話の中から、彼の心はほぐれていき、町のコンサート発表会ではソロを弾くまでに、腕をみがき、人間としても成長していくのだった。

 高畑勲監督のアニメーション「セロ弾きのゴーシュ」は、杉並にあった小さなアニメーション制作会社オープロダクション(代表 村田耕一)が、高畑勲監督を招いて宮沢賢治の同名の原作を5年がかりでアニメーション化した自主制作作品です。完成は1981年。企画を、後に「風の谷のナウシカ」の作画監督を務める小松原一男、原画を才田俊次、美術を椋尾篁、音楽を間宮芳生が担当している。原作に登場する架空の音楽「インドの虎狩り」「愉快な馬車屋」は、間宮芳生がこの作品のために新たに作曲。高畑勲監督は、「私たちにとって主観的には青春映画でもあります」と述べ、作品のパンフレットには「自立に向かって苦闘している中高生や青年達にもぜひ観てもらいたい」と記しています。劇場公開は1982年ですが、1981年度の大藤信郎賞を受賞しています。
 会場はほぼ満席、いつもながら感じるのですが、若者の姿があまり見られません。関心がないのか、経済的困窮ゆえかは分かりませんが残念です。
 さてはじまりはじまり。寺井つねひろ氏のチェロ演奏と梶取さより氏のお話、「セロ弾きのゴーシュ」上映、高畑勲監督と親交のあったイラン・ グエン氏によるトークという三部構成でした。
 アニメーション冒頭の朴訥な題字は、弟の宮沢清六氏によるものだそうです。オーケストラが発表会で演奏する曲目については、原作では触れていないので不明です。ヒントは指揮者が言う「トォテテ テテテイ」というリズムだけです。NHK-FMの「きらクラ!」の「まりさん、たのもう!」コーナーで募集すれば曲名が分かるかもしれません。それはともかく、高畑氏はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」と設定しましたが、大正解でした。この映画の最大の魅力は、音楽とアニメーションの幸福なマリアージュです。自然の美しさと恐ろしさを見事に音楽で表現した名作「田園」と、それを生き生きと活写するアニメーション。この曲は大好きなのですが、この映画で新しい魅力を教えてもらえた気がします。イラン・ グエン氏は、“ディズニーの「ファンタジア」は、アニメのために音楽を利用したが、本作は逆”と指摘されましたが、もはや利用する/利用されるという関係ではないですね。融合です。
 ストーリーも一工夫されています。主人公のゴーシュは、原作では中年男性という設定ですが、高畑氏は彼を青年に変えました。そして音楽に悩むと同時に、周囲の人たちと打ち解けない孤独な青年として描きました。動物(自然)に励まされながら苦悩を突破して、見事な演奏、そしてアンコールで何と彼が独奏をします。観客や団員の喝采を受けた彼は、その夜の打ち上げに参加します。ここは原作にはないシーンですね。ちなみに原作は下記のとおりです。
 曲が終るとゴーシュはもうみんなの方などは見もせずちょうどその猫のようにすばやくセロをもって楽屋へ遁にげ込みました。すると楽屋では楽長はじめ仲間がみんな火事にでもあったあとのように眼をじっとしてひっそりとすわり込んでいます。ゴーシュはやぶれかぶれだと思ってみんなの間をさっさとあるいて行って向うの長椅子へどっかりとからだをおろして足を組んですわりました。
 するとみんなが一ぺんに顔をこっちへ向けてゴーシュを見ましたがやはりまじめでべつにわらっているようでもありませんでした。
「こんやは変な晩だなあ。」
 ゴーシュは思いました。ところが楽長は立って云いました。
「ゴーシュ君、よかったぞお。あんな曲だけれどもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ。 一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。」
 仲間もみんな立って来て「よかったぜ」とゴーシュに云いました。
「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。普通の人なら死んでしまうからな。」楽長が向うで云っていました。
 その晩遅くゴーシュは自分のうちへ帰って来ました。
 そしてまた水をがぶがぶ呑みました。それから窓をあけていつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くのそらをながめながら
「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」と云いました。
 そして美しい団員の女性と二人、窓辺に寄って空を無言で見上げます。ゴーシュの未来を祝福するような、素敵なシーンでした。
 イラン・ グエン氏によると、高畑氏は「生きる喜び」を生涯のテーマとしたそうです。この映画を見て納得しました。音楽を通して、アニメを通して、自然や動物を通して、そして若者を通して、「生きる喜び」を確かに受け取りました。ありがとうございます、高畑勲さん。

 なお宮沢賢治関連の史跡等を、これまでいくつか渉猟してきました。稚内にある「宮沢賢治文学碑」、詩碑「中尊寺」、盛岡市内にある銅像、花巻にある宮沢賢治記念館・生家・お墓、そして羅須地人協会です。よろしければご笑覧ください。

 余談です。『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』(新潮文庫)の中で、「セロがおくれた。トォテテ テテテイ、ここからやり直し。はいっ」と団員を厳しく指導する指揮者のモデルが斎藤秀雄だと著者の中丸美繒氏は推定されていました。上京した賢治が、斎藤が指揮する新交響楽団の練習風景を見学していたことは間違いないようです。
by sabasaba13 | 2019-05-26 07:50 | 映画 | Comments(0)