2019年 06月 04日 ( 1 )

ドン・ジョヴァンニ

c0051620_21562229.jpg モーツァルトのオペラは、これまでに「魔笛」と「フィガロの結婚」を見ることができました。となると、次はぜひ「ドン・ジョヴァンニ」と「コシ・ファン・トゥッテ」を見てみたいものです。念ずれば花開く、新宿初台のオペラパレスで「ドン・ジョヴァンニ」が上演されるという耳寄り情報を入手しました。さっそくチケットを購入し、山ノ神と一緒に見にいってまいりました。指揮はカーステン・ヤヌシュケ、演出はグリシャ・アサガロフ、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団です。ドン・ジョヴァンニ役はニコラ・ウリヴィエーリ、騎士長役は妻屋秀和、レポレッロ役はジョヴァンニ・フルラネット、ドンナ・アンナ役はマリゴーナ・ケルケジ、ドンナ・エルヴィーラ役は脇園彩、ツェルリーナ役は九嶋香奈枝です。
 そうそう、今回はオペラのために買った小さな双眼鏡を持参したのですが、これが大正解。歌手の表情や衣装、オーケストラ・ピットの様子まで手に取るようによく見えました。

 さて、はじまりはじまり。運河とゴンドラがあるところからすると、舞台はヴェネツィアに設定されているようです。
 第1幕。従者レポレッロを引き連れ、夜な夜な女性の家へ忍び込む、稀代の色男ドン・ジョヴァンニ。今宵はドンナ・アンナの部屋へ行きますが、彼女の父親である騎士長に見つかり、彼を刺殺してしまいます。アンナは婚約者ドン・オッターヴィオに、犯人を探して復讐してほしいと求めます。
一方、ジョヴァンニは通りすがりの女性に声をかけますが、それは昔の女ドンナ・エルヴィーラでした。彼女はジョヴァンニに捨てられてもまだ彼を愛し、彼を探していたのです。ジョヴァンニは大慌てで逃げる。後を託されたレポレッロは彼女に、ジョヴァンニはヨーロッパじゅうの2000人もの女性と関係しているのだから諦めるよう諭します。殺人や不倫など重い場面が多いのですが、このレポレッロの登場ですこし息がつけます。このコミカルなアリアも傑作ですね。
 関係ありません、金持ちだろうが、不美人だろうが、美人だろうが。はいてさえいればね、スカートを。あなたもご存じでしょう、あの方が何をするかは。
 なおこの場面で、ドレスを着た大きな女性の人形を、ジョヴァンニが上から糸で操りますが、面白い演出です。彼にとって、すべての女性は操作する対象でしかないということでしょうか。
 場面が変わり、近郊の村で農夫マゼットと村娘ツェルリーナの結婚式が始まろうというとき、ジョヴァンニが来て花嫁を誘惑しますが、すんでのところでエルヴィーラが阻止します。アンナは犯人探しの協力をジョヴァンニに求めますが、話すうち彼こそ犯人だと気づきます。村人たちを招いてパーティを開くジョヴァンニは上機嫌。そんな彼をアンナたちは厳しく激しく追及しますが、ジョヴァンニは下記のアリアで答えます。世界が終わろうとも女性を追い求めるというデモーニッシュなアリアを、ニコラ・ウリヴィエーリが熱唱してくれました。
 私の頭は混乱して、もはや分からぬ、何をすべきかが。そして恐ろしい嵐が、脅迫を、おお神よ、私に仕掛けている。だが私はこんなことではくじけない。惑うことも悩むこともない。たとえ世界が終ろうとも、何も私を恐れさせるものはない。
 休憩をはさんで第2幕です。ジョヴァンニはレポレッロと服を交換して変装し、エルヴィーラの小間使いを誘惑。マゼットと農民たちはジョヴァンニを殺そうとやってきますが、ジョヴァンニ扮するレポレッロに計画を話してしまい、逆に痛めつけられてしまいます。彼の服を着たレポレッロは命からがら逃げてきて、ジョヴァンニと落ち合います。すると、騎士長の墓の石像が、戒めの言葉を喋り出すではありませんか。驚く2人ですが、ジョヴァンニは臆せず石像を晩餐に招待します。夜、彼の家に本当に石像がやってきました。石像はジョヴァンニに悔い改めるよう迫りますが、彼は拒否。石像はジョヴァンニの手を取って炎の中へ引きずり込み、地獄へと落ちていくのでした。そして登場人物が勢揃いして大団円となるのですが、エルヴィーラが、地獄に落ちていったドン・ジョヴァンニの帽子を取り上げる姿が印象的でした。なお舞台の片隅に、第1幕でジョヴァンニが操っていた大きな女性の人形が、首がもげた状態で打ち捨てられていました。「操り人形であってはいけない」という女性へのエールなのでしょうか、ちょっと意味深ですね。

 オペラの醍醐味を満喫いたしました。本作品ではほぼすべての登場人物がアリアを歌うのですが、みなさん粒ぞろいで歌の饗宴を楽しませていただきました。指揮者もオーケストラも文句なし。舞台装置も衣装もお金とアイデアをふんだんに使った素晴らしいものでした。
 それにしてもドン・ジョヴァンニの悪党ぶりには圧倒されます。たんなるプレイボーイではないのですね。殺人、暴力、虚言に甘言、最後に地獄へ落されるのも宜なるかな。最近、『サイコパスの真実』(ちくま新書1324)という本を読んだのですが、その中で原田隆之氏はこう述べられています。
 サイコパスを特徴づける要素はたくさんあるが、なかでも一番の中核的要素は、良心や共感性の欠如である。(p.43)

 良心の欠如、共感性の欠如からの当然の帰結は、冷淡さ、残虐性である。良心がはたらかず、他人の気持ちを思いやることができないのであるから、他人にはとことん冷たく、冷酷になることができ、残忍なことも平気で行う。(p.69)
 そう、ドン・ジョヴァンニはサイコパスなのかもしれません。でもどことなく惹かれるのですね。彼を「悪の権化」として全否定するのではなく、各人の内部にも「ジョヴァンニ的要素」があると思わせてくれるかどうかで、このオペラの成否は決まると思います。そういう意味で、ニコラ・ウリヴィエーリは見事に歌い切ったと思います。
彼に翻弄される三人の女性も魅力的です。品行方正で貞淑なドンナ・アンナ、嫉妬に狂い彼を憎むが憎みきれないドンナ・エルヴィーラ、そして朴訥だが小悪魔的なところもあるツェルリーナ。マリゴーナ・ケルケジ、脇園彩、九嶋香奈枝が、そのキャラクターをよく表現していました。時に重苦しくなる雰囲気を笑いでなごませるレポレッロを演じたジョヴァンニ・フルラネットもいいですね。そうそう忘れてはいけない、白い服を着て白いドーランを体に塗って石像に扮し、ジョヴァンニを地獄へ落とした妻屋秀和さんのドスのきいた歌いっぷりも見事でした。「ドン・ジョヴァァァァァァァァンニ!」、彼の声がまだ耳朶に響いています。

 おまけです。「ドン・ジョヴァンニ」とは関係ないのですが、帰りの地下鉄車内で、「JFC」というウェアを着た少年の一団が優先席を独占し、だらしなく座ってスマートフォンでゲームをしていました。どこかのジュニア・サッカー・チームなのでしょうか。良心と共感性の欠如だとしたら、末恐ろしいですね。
 実は山ノ神、チェコ旅行をしてきたばかりなのですが、プラハの地下鉄には優先席がなかったそうです。彼女が立っていると、目の前に座っていたけばい化粧をしていた少女が、慌ててすぐに席を譲ってくれたそうです。
 車内に優先席のある国とない国、横断歩道で人が待っていると、車が止まる国と止まらない国。ちょっと国を憂いてしまいました。
by sabasaba13 | 2019-06-04 06:21 | 音楽 | Comments(0)