2019年 07月 02日 ( 1 )

闇にさらわれて

c0051620_1732244.jpg 『しんぶん赤旗』の劇評を読んでいたら、劇団民藝の「闇にさらわれて」という劇が紹介されていました。公式サイトからストーリーと紹介文を転記します。
 1931年、ベルリン。ナチズムが急速に台頭する中、若き弁護士ハンス・リッテンはアドルフ・ヒトラーをある殺人事件の証人として法廷に召喚し、3時間にも及ぶ尋問を行い反ファシズムの旗手としてその名をとどろかす。しかしその2年後、ヒトラー内閣が成立。ハンスは国会議事堂放火事件の混乱に乗じて、拉致されやがて強制収容所へ。ハンスの母イルムガルトは、杳として行方を絶った息子を救出するために、身の危険を顧みず孤独な闘いを始めるのだった…
 本作はテレビドキュメンタリー作家、マーク・ヘイハーストの初戯曲。2014年イギリスで初演されたイルムガルト役のペネロープ・ウィルトンがローレンス・オリヴィエ賞主演女優賞を受賞するなど高い評価を得ました。今公演はイルムガルト役を日色ともゑが演じ篠田三郎さんをお迎えして本邦初演いたします。
 なお後日、『しんぶん赤旗』(2019.6.26)のコラム「潮流」でも紹介されていたので、こちらも引用します。
 あのヒトラーが法廷に引っ張り出されたことがありました。1931年のベルリン、暴力と破壊でドイツ市民を恐怖におびえさせたナチス突撃隊が起こした殺人事件の証人として召喚したのは若き弁護士ハンス・リッテン。当時、ヒトラー率いるナチ党は国政選挙で躍進中でした。リッテンは彼らの無法や暴力行為が計画的に行われている証拠を示しながらヒトラーに詰め寄りました。突撃隊はスポーツ隊だと言い張り、殺人という言葉が使われることを拒絶し、彼らは祖国を守ろうとしたと激高するヒトラー。しかし、翌日の新聞には「リッテン勝利」を伝える記事が躍ったといいます。後の独裁者はこの時の屈辱を忘れず、自分を追い詰めた弁護士を決して許しませんでした。大規模な政治弾圧が始まるとリッテンも捕らえられ、監獄でひどい拷問や虐待にあい、命を奪われます。いま劇団民藝が都内で公演する「闇にさらわれて」。息子を救うため命がけで奔走した母イルムガルト・リッテンを日色ともゑさんが演じています。ナチの不正義とたたかったイルムガルトの手記『黒い灯』(野上弥生子訳)を読み、女性の内側に潜む激しい思い、母としての深い愛情を表現したいと。強権と憎しみが支配した時代。リッテンは収容所で衛兵に囲まれながら詩を朗読します。「私を縛って真っ暗な土牢の中に閉じ込めてもまったくの無駄骨折りというものだ/なぜなら私の思想だけは戒めを引きちぎり壁を打ち破ってとびだすから/思想は自由だ」
 息子を救うためにナチスに挑む徒手空拳の母親、これは面白そうです。しかも実話だというのですから驚きです。さっそく山ノ神を誘い、「紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA」に見に行くことにしました。

 舞台の中央には、黒い四本の柱が屹立しています。そのがらんどうの内部空間が、強制収容所、居間、事務室、法廷などとして使われ、こちらの想像力を刺激します。柱のまわりの回廊状の空間も、建物や収容所の廊下、道路、公園として使われるなど、シンプルながらも小回りの利く舞台装置です。よって場面も小気味よくスピーディーに転換されていきます。
 冒頭、母と息子が離れて左右に位置し、母が息子の手紙を読み、息子がその内容を語り掛ける場面に始まります。はじめのうちは交互に語っているのですが、やがて科白が重なり合い聞き取りづらくなってきます。二人の未来を暗示するかのように…
 やはり印象的なのは母イルムガルト(日色ともゑ)の、息子ハンス(神敏将)への一途な愛情です。情報を得るためにゲシュタポの高官に面会して、意に反して「ハイル・ヒトラー!」と高唱する。あるいは来独したイギリスの政治家アレン卿(篠田三郎・客演)と会って、息子の救済を必死で依頼する。日色ともゑが迫真の演技で熱演していました。脚本が上手いなと思ったのは、登場人物のナチスに対する態度に温度差があることを盛り込んでいるところです。ユダヤ人法学者の父フリッツ(西川明)は事なかれ主義で、息子の突出した言動に批判的です。アレン卿は協力を約束したもののヒトラーに対して宥和的な態度を示します。5年後にミュンヘン協定を結んだネヴィル・チェンバレンのことをふと思いました。またイルムガルトはハンスと面会した際に、ナチスが要求している情報を提供して解放されるよう、息子を説得します。ナチスとの闘いよりも、息子の命を優先したのですね。もちろんそれを責めることはできませんが。この劇のなかでただ一人ぶれないのがハンスです。母の懇願を拒否して、従容として死に向かっていきます。なお収容所で衛兵から歌えと命じられたハンスは、19世紀初頭のドイツの詩人ファラースレーベンの「思想は自由だ」を朗読します。
思想は自由だ。誰が言い当てられようか。
思想は飛び去る。夜の影のように。
それを知る者はいない。射貫く狩人もいない。
それでよい。思想は自由だ。
 印象に残った場面が二つあります。まずイルムガルトが息子に本を差し入れようと、本屋で購入しようとすると、宛先をハンス・リッテンだと聞いた主人が「代金はいらない」と言うシーンです。
 もう一つがゲシュタポの高官コンラート博士(千葉茂則)の姿です。ナチスの犯罪に対して苦悩や思考をせず、イルムガルトに対して慇懃に接しながらも保身のために何もしようとしないコンラート博士。ハンナ・アーレントが「怪物的な悪の権化ではなく思考の欠如した凡庸な男」「誰か他の人の立場に立って考える能力の不足」と表現した人間を、千葉茂則が見事に演じていました。

 さて、この劇は単にナチスを弾劾し、それと闘った人びとを賞揚するだけではありません。今なお存在するナチス的なるものにも気づかせてくれます。社会的弱者を差別・排除して国民を統合しようとする強権。そしてそれに反対する者を様々な手段によって弾圧・隔離する強権。ここでも「壁と卵」という村上春樹氏のメタファーが響いてきます。

 最後の場面で、イルムガルトはイギリスへと亡命し、「水晶の夜」の調査をしていると告げます。彼女の意識が、息子の救出からナチスとの闘いへと変化してきた証左でしょう。
そして最後の科白で、私たち卵に、壁との闘い方を教えてくれます。「私は叫び続けます。道はまだ半ばです」 まず沈黙しないこと、そしてあきらめないこと。It's just the beginning.

 余談です。常々思っていたのですが、安倍晋三首相ってアドルフ・ヒトラーに、菅義偉官房長官ってヨーゼフ・ゲッベルスに、麻生太郎財務大臣ってヘルマン・ゲーリングに何となく似ていませんか。いや、偶然ならよいのですが。
by sabasaba13 | 2019-07-02 06:22 | 演劇 | Comments(0)