2019年 07月 20日 ( 1 )

宇都宮編(2):宇都宮(15.12)

 西口ペデストリアンデッキに出て眼下の街並みを睥睨すると、さすがは宇都宮、餃子の看板が満艦飾のように林立していました。その中で異彩を放っていたのが「駅弁発祥の地 宇都宮 松廼家(まつのや)」という看板です。へー、私の大好きな駅弁はここ宇都宮から始まったのか、知りませんでした。
c0051620_1513678.jpg

 通説によると、1885(明治18)年7月、宇都宮駅で地元の旅館が、ごま塩をまぶしたおにぎり2個とたくわんを竹の皮で包み、販売したのが駅弁の始まりとされるそうです。がんばれ、松廼家さん、いつの日にか「とりめし」をいただきます。片隅にいながら存在感のある「つくね寄せ」にも会いたいし。
 そしてこちらのあったのが人口に膾炙する「餃子像」です。解説プレートから転記します。
 この像は、「餃子の街・宇都宮」のシンボルとして、TV東京「おまかせ山田商会」(H5~H6年放送)の番組企画で餃子の皮に包まれたビーナスをモチーフに、地元産大谷石を使い制作されたものです。
 それにしても、なぜ宇都宮で餃子がさかんに食べられるのでしょうか。宇都宮観光コンベンション協会の公式サイトに、その由来が載っていたので引用します。
 各家庭の餃子消費額が15年連続全国1位となった宇都宮。市内には約30店の餃子専門店があります。宇都宮がそのような餃子の街となったのは、市内に駐屯していた第14師団が中国に出兵したことで餃子を知り、帰郷後広まりました。また、宇都宮は夏暑く冬寒い内陸型気候のため、スタミナをつけるために餃子人気が高まったとも言われています。
 日本軍は何度も中国に出兵しているので、これではいつの頃か判然としません。『日本の歴史を旅する』(五味文彦 岩波新書1676)によると、日露戦争時という説が有力とのことです。
 だが宇都宮の食文化では最近は餃子が有名であって、これは戦前に満州から帰ってきた人が広めたものといわれる。日露戦争の最中の明治38(1905)年に第十四師団が結成され、満州軍の第三軍のもとに配属され、その師団が戦後になって宇都宮に置かれるようになったことがきっかけだった、という説が有力という。(p.167)
 由緒はさておき、宇都宮餃子、ぜひいただきましょう。

 本日の一枚です。
c0051620_153589.jpg

by sabasaba13 | 2019-07-20 08:10 | 関東 | Comments(0)