2019年 08月 06日 ( 1 )

8月6日に寄せて

 昨晩読んだ『責任について 日本を問う20年の対話』(徐京植/高橋哲哉 高文研)の中に、高橋哲哉氏による以下の一文がありました。
 …広島と長崎で被爆した人の国籍を数えれば20以上あるそうですから、日本人しか被爆しなかったみたいなイメージが日本社会で定着しているのは間違っているし、そして被爆国でありながら、戦後、核についてどのような政策をとってきたかを考えると、何も学んでこなかったとしか言いようがないですね。
 被爆者運動があり、メディアも被爆者の言葉を取り上げ、研究者も証言を取り、記録してきました。憲法九条の下で非核三原則を導入もしてきました。にもかかわらず、実際の国策としてはアメリカの核の傘の下にありますし、原発政策自体も導入時から潜在的核抑止力を保持するという動機が強く働いています。日本政府は、核兵器の保有も必要最小限度の防衛力に限っては認められるという立場です。核兵器禁止条約にしても、アメリカの顔色を忖度して参加しないとなると、これはもう、戦後日本の原発も含めた安全保障政策において核は否定されなかったどころか、本質的には肯定されてきたのだと言わざるを得ませんね。「核なき世界」を目指そうとしたオバマ大統領から小型の戦術核使用を志向するトランプ大統領に代わったいま、核から解放された世界はまったく見通せない状況になっていて、私は人類が自滅する可能性は十分あると思います。(p.179)
 安倍首相のスピーチに注目しましょう。
by sabasaba13 | 2019-08-06 07:17 | 鶏肋 | Comments(0)