2019年 10月 02日 ( 1 )

福井・富山編(18):福井(16.3)

 左内公園の近くに重厚な洋館がありましたが、なんとポンプ場でした。旧足羽揚水ポンプ場ですが、現在は福井市水道記念館となっています。解説を転記します。
 この建物は、足羽山にある配水池へ水道水を揚げるための施設「足羽揚水ポンプ場」として建設されました。福井市が水道事業を開始した大正13年から平成3年まで、戦災や震災などの災害にも耐え、約70年間使用していたものです。
 大正ロマンを彷彿させる洋風建築でもあり、また市民の要望もあったことから保存することとし、平成8年から保存工事に取りかかり、平成16年4月「福井市水道記念館」として一般公開しました。
 そうか、福井も戦災と震災に見舞われたんだ。気になったので、いまインターネットで調べてみました。「ウィキペディア」によると、福井空襲は、第二次世界大戦中の1945(昭和20)年7月19日~20日にかけてアメリカ軍により行われた戦略爆撃です。テニアン島を飛びたったB-29 127機による81分間の集中爆撃を受け、壊滅的な被害を受けました。米軍の評価によると、福井市街地の損壊率は84.8%で人口103,049のうち罹災者85,603、世帯数25,691のうち罹災世帯は21,992にのぼりました。死者は1,576人(女915人、男661人)にのぼり、重軽傷者6,527人で内108人はその後死亡しました。地方都市への爆撃としては富山市、沼津市に次いで全国トップクラスでした。
 福井地震については、「福井新聞」のサイトを参考にさせていただきます。発生したのは1948(昭和23)年6月28日。死者3,700人を超え、阪神淡路大震災(1995)が発生するまで第2次大戦後最も大きな被害の地震でした。現在でも戦後3番目の被害です。記録では最大震度6とされていますが、福井地震がきっかけで震度7(激震)が制定され、実際の震度は7と推定されます。その後の地震研究と防災に大きな影響を与えました。また「ウィキペディア」によると、福井空襲によって福井市は廃墟と化し、多くの市民がバラック住居に住んでいましたが、その多くが地震で倒壊し、被害を拡大しました。空襲による二次被害という側面もあるのですね。
 こうした戦災や震災という地獄の中を生き延びた旧足羽揚水ポンプ場のことを思い出すと、首が下がります。よく頑張ったね、無辜の市民の死を眼前にして辛かったろうね、と労いの言葉をかけたくなります。しかし前者は人災、後者は天災であることを、しっかりと押さえましょう。女性915人を含む1,576人の福井市民が、アメリカ軍による無差別爆撃によって虐殺されたこと、アメリカ政府は日本やドイツに対する無差別爆撃に対して一言の謝罪もしていないこと、決して忘れないようにしましょう。そして謝罪をしていないということは、アメリカ合州国という国は、また同じ行為を何度も繰り返すであろうことも。女性や子供を空爆によって無差別に虐殺する行為を。さらに、戦後の「平和で民主的な」とよく言われる日本が、このアメリカ軍による無差別爆撃の片棒を担ぎ続け、これからも担ぐであろうことも、脳裡に刻み付けましょう。朝鮮で、ヴェトナムで、アフガニスタンで、イラクで、アメリカの国益(企業益)を損ねる国で…
 『追憶のハルマゲドン』(早川書房)に収められている、連合軍のドレスデン空爆とその後の復旧作業の思い出を赤裸々に綴った「悲しみの叫びはすべての街路に」の中で、カート・ヴォネガットはこう語っています。
 生きながら火に焼かれたり、窒息したり、押しつぶされたりした人びと―老若男女の別なく、彼らはやみくもに殺された。わが国の掲げた戦争の大義がなんであれ、われわれも自己流のベルゼン収容所を作りだしたのだ。その方法は非個人的であっても、結果はおなじように残酷で無慈悲だった。残念ながら、それが吐き気のする事実だと思う。(p.59)

 ドレスデンの死は不必要であり、故意に仕組まれた残酷な悲劇だった。子供たちを殺すことは―"ドイツ野郎(ジェリー)"のガキどもであろうと、"ジャップ"のガキどもであろうと、将来のどんな敵国のガキどもであろうと―けっして正当化できない。
 いまわたしが述べたような非難への安易な答えは、あらゆる決まり文句のなかでも最も憎むべきものだ。"戦争の宿命"、そしてもうひとつは、"身から出た錆。やつらに理解できるのは力だけだ"。(p.61)
 そう、民間人の住まう地域を戦略的に焼く。どのような目的な大義や高邁な理想があろうとも、それは国際法違反であす。中でも子供たちを殺すことは、人間として絶対にしてはならず、かつ許されない行為です。
 これからは、アメリカ軍が日本に対して行なった無差別爆撃で、日本軍が中国に対して行なった無差別爆撃で、これまでに世界中で行われたそれで、そして無念ながらもこれからも行われるであろうそれで、何人の子供たちが殺されたのか、その数を常に念頭に置くようにしたいと思います。
 日本軍がかつてアジアで行なった、およびアメリカ軍の片棒を担いで行なった一般市民の殺戮を私たちが猛省するとともに、アメリカ軍が行なった/行なっている一般市民の殺戮への猛省を、アメリカ政府および市民に促したく思います。

 本日の一枚です。
c0051620_21211222.jpg

by sabasaba13 | 2019-10-02 06:25 | 中部 | Comments(0)