2019年 11月 05日 ( 1 )

グレの歌

c0051620_192696.jpg 七年ほど前ですか、イタリアを旅行した帰りにウィーンに立ち寄ってアルノルト・シェーンベルク・センターを見学したことがありました。その時に、館内の映像で「グレの歌(Gurre Lieder)」を見て聴いて感銘を受け、いつか実演にふれてみたいものだと念願しておりました。実はその後、東京フィルハーモニー交響楽団が、東日本大震災で中止となった公演を「必ずこのメンバーで、もう1度やりましょう」という指揮者・尾高忠明の言葉を信じて復活させた演奏会がありました。いさんでチケットを購入したのはいいのですが、己の不徳のいたすところ、その日に大事な急の仕事がはいって聴くことができませんでした。地団駄、地団駄。
 ところが念ずれば花開く、ジョナサン・ノット指揮による東京交響楽団が「グレの歌」を演奏するという耳寄りな情報を得ました。さっそくチケットを購入、山ノ神とミューザ川崎シンフォニーホールに行ってきました。なおこちらは初めて訪れますので、どんなホールなのかも楽しみです。
 JR川崎駅から歩いてすぐのところにありますが、ホールに入って驚き桃の木山椒の木、ステージの四囲がすべて客席です。おまけにステージと客席が同じ平場にあり、その距離も目と鼻の近さです。これならタイガー・ジェット・シン(古いなあ)のように、ステージに乱入するのもわけありませんね。でも音の響きはどうなのでしょう。
 戯言はともかく、指揮はジョナサン・ノット、ヴァルデマールはトルステン・ケール(T)、トーヴェはドロテア・レシュマン(S)、山鳩はオッカ・フォン・デア・ダムラウ(MS)、農夫はアルベルト・ドーメン(Ba)、道化師クラウスはノルベルト・エルンスト(T)、語りはサー・トーマス・アレン、合唱は東響コーラス、合唱指揮は冨平恭平、管弦楽は東京交響楽団です。5人のソリスト、語り、合唱とオーケストラ、総勢約400人がステージ上にひきめきあう様は圧巻ですね。
 そして第1部のはじまりはじまり。中世デンマークの王ヴァルデマールは、侍従の娘トーヴェと恋に落ちていました。彼はグレの地の城に住むトーヴェのもとを訪れ、二人は愛の歓びを分かち合い、互いへの想いをそれぞれ歌います。しかしトーヴェは嫉妬に狂う王妃によって殺されてしまい、山鳩は彼女の死と、悲嘆する王の姿を痛ましく歌いあげます。
 ロマンティックかつ迫力にあふれた演奏に心を揺さぶられましたが、ホールの柔らかい残響にも驚きました。ここで休憩が入りますが、後半も楽しみです。
 第2部は、恋人トーヴェを失ったヴァルデマール王が神を呪う悲痛な歌。五分ほどで終わります。そして第3部、神を呪った罰としてヴァルデマール王は命を落とし、亡霊となって、最後の審判の日までグレの地をさまようことになります。そして家来たちの亡霊とともに、夜ごと空を駆け回り、狩りが繰り広げられます。その光景に怯え困惑する農夫と道化師。そして審判の日、ヴァルデマール王は彼女への想いを力強い口調で訴えます。その後、夜が明けると家来たちの亡霊は墓場へと戻っていき、その代わりに力強い「夏の風」が新たな狩りの一行として到来します。輝く夏の太陽の中で、大地は草花や生き物で満たされ、新たな生命を与えられ、作品は閉じられます。
 後半も圧倒的な迫力と豊かな響きに酔いしれたのですが、何といっても掉尾を飾る混声八部合唱による太陽への賛歌には、身も心もとろけるような感銘を受けました。日々の雑事で心身に溜まりに溜まった汚れや埃や滓がきれいに洗い流され、まるで己が浄化されて生まれ変わったような清新な気分になりました。また機会があったら(なさそうですが)、ぜひもう一度聴きたい曲です。

 追記です。「ウィキペディア」に、このホールの響きについての紹介があったので引用します。
 音楽ホールの音響の良さは折り紙つきで、海外の大物音楽家は来日の度にその豊かで癖の無い柔らかな残響を絶賛している。開館初年度にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と来日し、その後も再来日している指揮者サイモン・ラトルは、公演直後に「(カラヤンがサントリーホールについて述べたところの)正に音の宝石箱」「世界屈指の音響を誇る名ホール」「このような素晴らしい会場を持つあなた方は大変幸せです」「このホールの響きは素晴らしく、ベルリンに持って帰りたい」とホールの感想を述べている。ミューザをフランチャイズとしている東京交響楽団音楽監督ユベール・スダーンも、「海外のアーティストたちは日本に来た時に必ず『このホールが自分の国にあったらいいのに』と言いますよ」と語っている。 内部の独特な形状に聴衆の賛否両論はあるものの、座席位置による音響にさほど違いが無く、ホールの容積に対して客席と舞台の距離が大変短いこと、また左右非対称の壁面が特殊な反響板として機能していることが、そのような音響を生む所以となっている。

by sabasaba13 | 2019-11-05 06:22 | 音楽 | Comments(0)