2019年 11月 06日 ( 1 )

武久源造頌

c0051620_22357100.jpg 東京の上野に奏楽堂という古い音楽ホールがあります。東京藝術大学音楽学部の前身、東京音楽学校の校舎として、1890(明治23)年に建てられたもので、2階の音楽ホールは、かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。現在は台東区が譲り受け、一般公開され、また演奏会も開かれています。いつの日にか、このホールで音楽を聴いてみたいものだと常々思っておりました。なお設計は文部技官の山口半六と久留正道、山口は第五高等中学校本館(現・熊本大学五高記念館)も設計していますね。

 先日あるコンサートでもらったチラシを客席で見ていると、奏楽堂でJ.S.バッハの「適正率クラヴィーア曲集」の演奏会が開かれることを知りました。ん? 平均率ではなくて適正率? 原題の"wohltemperierte"とは、鍵盤楽器があらゆる調で演奏可能となるよう「良く調整された(well-tempered)」という意味なので、たしかにその方がより正確です。演奏者のこだわりなのでしょう、ちなみに武久源造氏というピアニストです。はじめて聞く名前ですが、どのような方なのでしょう。チラシに解説はなく、裏は白紙といく素っ気なさ。ま、目的はあくまでも奏楽堂で演奏会を聴くこと、バッハの名作だし、そこそこに弾いてくれればそれなりに楽しめるでしょう。最近、ピアノの練習に余念がない山ノ神を誘い、チケットを二枚購入しました。
 演奏会の前日、すこし気になったのでインターネットで、武久源造氏について調べてみました。すると、盲目のピアニストであることを知り驚きました。さらに鍵盤楽器についても造詣が深く、今回の演奏会で弾く楽器は、ジルバーマンという楽器製作者がつくったピアノの原型(ジルバーマン・ピアノ)のレプリカだそうです。どんな音がするのだろう、にわかに楽しみになってきました。チラシを読み直すと、小さな字で18:30からプレトークがあると記されていました。よろしい、自由席だし、すこし早めに行くことにしましょう。
 山ノ神と連れ立って奏楽堂に着いたのが18:15ごろ。ライトアップされた奏楽堂を撮影して、受付へ。係の方が「プログラムはありません」と連呼していたのが印象的でした。もしかするとその場で決めるということなのかしらん。そして二階のホールへ、定員310名のこじんまりとしたもので、そこはかとない暖かみを感じます。舞台正面に設置されているのが日本最古のパイプオルガンですね。鍵盤が見える左側の席をとって、武久氏が登場するのを待ちました。
 午後六時半、前を歩く女性の肩に手をかけて氏が舞台に姿を現わし、プレトークが始まりました。話題の中心は、バッハとピアノとの関係。いわゆるヴァイマル時代の1717年、バッハはドレスデンで、フランスの高名な宮廷礼拝堂オルガニストのルイ・マルシャンとクラヴィーアの弾き比べを行うことになっていました。ところがマルシャンが試合放棄して、バッハの不戦勝となります。実はこの時、ドレスデンにゴットフリート・ジルバーマンが滞在しており、彼が製作したピアノを弾いたバッハがアドバイスをしたという記録があるそうです。氏は、バッハはジルバーマンのピアノを気に入り、適正率クラヴィーア曲集第2巻はピアノのために書かれたと推測されています。
 また楽器の調整にもこだわる武久氏、舞台にあるジルバーマンピアノ(深町研太氏作)のハンマーにつける鹿の皮の違いで音色がまったく変わるそうです。エゾシカ、奈良の鹿(!)、外国の鹿といろいろ試されたとか。ときどき唐突に呵々大笑しながら、バッハについて、楽器について、そして音楽について楽しそうに話す氏の姿が心に残りました。
 なお「PTNA ピアノを弾く!聴く!学ぶ!」というブログに、氏による、バッハとピアノに関する詳しい話が掲載されています。

 五分間の休憩のあと、いよいよ演奏が始まりました。冒頭は第1巻の第15番。そのテンポの速さに思わず息を呑みました。しかも各声部をきっちりと弾き分けています。疾風怒濤のバッハ、凄い… 続いて、有名な第1巻の第1番では、ジルバーマンのまろやかで優しい音色を存分に楽しめました。微妙に揺れ動くテンポ、即興で入れる装飾にも心ときめきました。ああ、バッハをこんなに自由に弾いていいんだ。
 二曲弾いた後に、有益かつユニークなコメントが入るのですが、これは嬉しい。次は第1巻の第2番と第2巻の第1番。なお後者は、無人惑星探査機ボイジャーに搭載されたゴールデンレコード「地球の音」に選ばれた名作だそうです。
 そして第1巻の第4番はプレリュードなしでフーガのみ。「午後八時半には撤収しないといけないので」と楽屋話をされていました。前半の最後は第1巻の第5番、プレリュードはガヤガヤ、フーガは王の行進とコメントされました。楽しいバッハと、堂々としたバッハですね。なおフーガではチェンバロ・レジスターを使用して、音色をチェンバロに近づけたとおっしゃっていました。
 ここで十五分間の休憩。外に出て紫煙をくゆらしながら、ほてった身と心を夜風で冷やしました。何て素晴らしい演奏、後半も楽しみです。
 後半は何と、第1巻の第20番のプレリュードと第2巻の第20番のフーガという組み合わせです。そんなことをしていいのか。いいみたいですね、音楽として素晴らしければ。なお第2巻は、チェンバロよりもピアノが合うとコメントされました。
 続いて第1巻の第21番と第2巻の第22番。後者は悲痛な曲で、バッハは投獄されたことがあるのですが、牢獄の中で作ったのではとのコメント。
 第2巻の第23番は楽しいおしゃべり、そして最後となる第1巻の第24番は氏曰く「どはずれた曲」。なおこの曲には金南里氏のオイリュトミーが加わりました。オイリュトミー(Eurythmy)とは、オーストリアの神秘思想家・教育家であるルドルフ・シュタイナーによって考案された舞踊のことだそうです。
 そしてアンコールは、左手が叩き出す強烈なシンコペーションに乗って右手がスインギーなフレーズを奏でるノリのいい曲です。ニコライ・カプースチンの曲かと思ったら、なんと即興演奏でした。凄い…

 なおいただいた解説に、武久氏による興味深い考察が記されていたので後学のために転記します。
 さらに演奏面について言うなら、基本的に私は18世紀の常識に従って演奏しようと試みている。例えばそれは、演奏者による即興的な装飾法の実践である。そこにはフェルマータの装飾法も含まれる。フェルマータは、単に音楽の動きを止めるだけではなく、「良き趣味」によって、そこに何らかの装飾音型を適宜自由に挿入することができたのである。音符の外的な価値と内的な価値の区別もまた、大きな問題である。一般的に、18世紀の音楽家たちが重んじたこと、それは、およそ外的には同じ8分音符であっても内的にはその音価は異なるということであった。つまり、その音符が置かれた場所によって、また、曲の性格や表現される情緒によって、その長さは柔軟に変化させられねばならなかったのである。こうして各声部を自由に歌わせ、個々の音符の長さを柔軟に変化させると、その結果として、当然、各々の声部間にずれが生じ、縦の線は必ずしもそろわないということになる。特にバッハの対位法では、各声部の独立性と自由度が、他に抜きんでて高い。我々はこの自由度を可能な限り生かした演奏を心がけなければならないであろう。これによって生じる声部間の微妙で際どいずれこそは、18世紀において、高度な演奏の証とみなされていたのである。
 というわけで、素晴らしいピアニストにめぐり合わせてくれて音楽の神様、ありがとう。高度な技術と分析に裏打ちされた、笑うバッハ、泣くバッハ、瞑想するバッハ、疾駆するバッハ、ほんとうに素敵な演奏でした。

 本日の二枚です。
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 なおバッハに所縁のあるドレスデン市が、極右の台頭を懸念して「ナチス非常事態」を宣言したそうです。詳しくはヤフーニュースをご覧ください。
by sabasaba13 | 2019-11-06 06:22 | 音楽 | Comments(0)