2019年 12月 05日 ( 1 )

福井・富山編(72):井波(16.3)

 それでは瑞泉寺に続く石畳の通り、八日町通りを歩きましょう。曇り時々小雨のためか、はたまたまだ知られていないためか、観光客はほとんど見当たりません。静謐で情緒あふれる雰囲気を存分に味わうことができました。古い町屋と、家々を飾る木彫の数々、歩の進みもゆるくなります。
福井・富山編(72):井波(16.3)_c0051620_1284457.jpg

福井・富山編(72):井波(16.3)_c0051620_12907.jpg

 途中に史跡「翁塚と黒髪庵」があったので、立ち寄ってみました。解説文を転記します。
史跡 翁塚と黒髪庵
 庵の境内にある翁塚は、元禄13年(1700)に芭蕉の門弟であった井波の浪化が、師を慕って建てた塚である。
 瑞泉寺11代の浪化は、近江の義仲寺にある芭蕉の墓から小石三個を持ち帰り、この塚を建てた。台座に「是本本邦翁塚始也矣」とある。二年後の元禄15年には、芭蕉の遺髪も塚に納められた。この翁塚は伊賀上野の故郷塚、義仲寺の本廟とともに芭蕉三塚の一つとされている。
 黒髪庵は蕉門の心を不朽に残すため、北陸の俳人等が一板一柱を寄進して、文化7年(1810)に建てられた。
 ここでの句会には文台・硯・紙・水引だけが利用され、食事は茶飯と一汁一菜の簡素なものであった。町を訪れた俳人は、この庵で手厚くもてなされ、出発にはタバコ・鼻紙・ワラジが贈られた。
 その後、町の俳人達によって明治15年(1882)に芭蕉堂が建てられ、堂内に芭蕉像が安置された。

しつらひは 旅のやうなり 魂祭り    浪化
 いい話ですね。俳諧という芸術への敬愛、そして俳諧を通して結びついたネットワーク、江戸時代の民衆がもった文化的底力に敬意を表します。スマートフォンにうつつを抜かし魂を奪われ呆けた顔の現代人への、過去からの警鐘と受け止めましょう。
福井・富山編(72):井波(16.3)_c0051620_1293986.jpg

福井・富山編(72):井波(16.3)_c0051620_1295434.jpg

by sabasaba13 | 2019-12-05 06:30 | 中部 | Comments(0)