カテゴリ:鶏肋( 153 )

It's just the beginning.

 香港で大きな、それはそれは大きなうねりが起きています。東京新聞(2019.6.17)から転記します。
 香港の民主派団体は十六日、香港の中心部で犯罪容疑者の中国本土への移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回などを求める大規模デモを行った。香港政府が前日に改正案の審議延期を発表したが、デモ隊は「あくまで撤回を求める」と主張。主催者は同日夜、約二百万人が参加したと発表し、九日のデモを超える過去最大の規模となった。
 デモ隊は香港島のビクトリア公園に集結。幹線道路は人で埋め尽くされ、出発点近くの地下鉄銅鑼(どら)湾駅は入場が制限された。
 参加者は社会の混乱を招いたとして、政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の辞任も要求。「悪法撤回を」「林鄭は辞めろ」などのスローガンを叫びながら、中心部の幹線道路を練り歩いた。
 参加した男性会社員(31)は「われわれの意思を見せることで香港がまだ民主的で、『一国二制度』が生きていることを示したい」と話した。
 大学を卒業したばかりの女性(24)は、多数の負傷者が出た十二日のデモを、政府が「暴動」と決めつけたことに、「若者は自由のためにデモをやっただけ。暴力を振るったのは警察だ」と強く非難した。
 映画『乱世備忘』の公式サイトに、下記の一文がありました。
 しかし成果を得ないまま占拠を続ける運動に対して徐々に市民からの反発も強まり、79日間に及ぶ「雨傘運動」は終了した。金鐘(アドミラルティ)に残ったバリケードには、「It's just the beginning/まだこれからだ」というメッセージが残されていた。
 It's just the beginning… このことだったのですね。香港の方々は屈服していなかった。心から敬意を表するとともに、卵が壁に一矢報いることを心から祈念します。

 で、私たちはいつ始めるのでしょう。安倍氏も、麻生氏も、菅氏も、居心地の良い椅子にいまだにふんぞりかえっておられますが。
by sabasaba13 | 2019-06-18 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)

時代が変わる/時代を変える

 今日から新しい天皇が即位し、元号が代わるわけですか。元号はもちろん、天皇制に対しても反対である私としては何の感慨もわきませんが、退位した天皇については少々思うところがあります。それを考えるきっかけを与えてくれたのが、赤坂真理氏が著した小説『箱の中の天皇』(河出書房新社)の中の一文です。なお氏は、小説『東京プリズン』(河出文庫)や評論『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書2246)などでも天皇や天皇制に対する鋭い分析や提言をされており、「天皇制を全面的に受け入れない者は非国民」的風潮がいつの間にか浸透した昨今、注目すべき方です。以下、主人公まりの独白を引用します。
 戦争の傷をめぐる世界の旅をすること。傷ついた、傷つけた人々の前で祈ること。弱い人と共に在ること、弱った人、傷ついた人の手を取ること、助け合おうということ。混乱にあって、我を失わずにいようと励ますこと。天皇はそれを言葉で言うことができなかった。憲法で制限された存在だからです。わが国において、憲法を、国家権力を抑制するためにあると本気で信じている人は、少ない。けれど、この天皇はそれを「体現」しようとしたのではないか。日本の軍隊が傷つけた人々の地を慰問もした。言いたいことを、言えない状態で、その孤独な戦いを思います。そのことに、今、感動を覚えます。
 そして、天皇が日本の象徴であり、国民の象徴であるなら、行動を問われているのは国民なのです。
 わたしは天皇のように行動できるか、わたしが天皇だとしたら、どう行動するのか。一人ひとりが、考えてみることができたら、事態はずいぶん変わるのではないでしょうか?
 国民の質が決まって、天皇の質が決まります。なぜなら『天皇は国の象徴』だからです。象徴は、象徴するものが必要です。象徴する統合された国民のかたちが必要です。天皇は鏡です。国民を映す、鏡です。神社の本殿に行くと中は鏡ひとつです。あなたが神だ、と言われるのです。(p.135)
 そう、まったくぶれない彼の言動は、「弱い者、傷ついた者」の側に立つという強い意志に貫かれているように思えます。被災地に行き、膝を折り、被災者を慰め励ますその姿勢からは、「私はあなたの側に立つ」という思いがひしひしと伝わってきました。評論家の故加藤周一氏は、民主主義を「強きを挫き、弱きを援く」と定義しましたが、先の天皇は民主主義の精神を体現したような方でした。敬意を表します。
 さて、言うまでもなく日本国憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあります。それでは天皇に象徴されている日本国は、日本国民は、弱い者/傷ついた者の側に立とうとした国家や人びとであったでしょうか。強きを挫き、弱きを援けてきたでしょうか。残念ながら、歴史をふりかえるととてもそうとは言えません。例示すればきりがありませんが、沖縄を切り捨て、公害を放置し、女性をはじめとする様々な差別を黙認し、日本による植民地化やアジア・太平洋戦争による犠牲者を放置してきた日本政府と、それを支持するか、または無関心な国民であったというのが実状でした。最近でも、福祉や教育を切り捨て、格差を容認し、辺野古新基地建設を強行し、原発事故被災者を見て見ぬふりをし、国民よりも己の利権を優先する日本政府と、それを支持するか、または無関心な国民の在り方は変わりません。やれやれ。
 ここからは私の想像ですが、先の天皇は、こうした強い者の側に立ち弱い者を虐げた/虐げる国や国民に苛立っていたのではないでしょうか。日本国と日本国民には、弱く傷ついた人びとの側に立って欲しいと、強く祈念していたのではないでしょうか。しかしそうした発言は憲法で禁じられている。そこで彼は、象徴する立場にある自分が弱者と共に在ることを見せ、象徴される側の日本国政府や日本国民に気づいてほしかったのではないか。なぜ弱者の側に立たないのか、と。
 しかし結局、政府も国民も態度を改めませんでした。肉体の衰えと徒労感から生前退位を決意し、次の天皇に願いを託したのではないか。彼の柔和な目から、「とうとう気づいてくれませんでしたね、翻意してくれませんでしたね」という諦観を感じ取ってしまうのは穿ちすぎかな。

 さて巷では、メディアを中心に「元号が変わった」「新天皇が即位した」「新しい時代が来た」と浮かれまくっておりますが、お門違いだと思います。日本国政府が、日本の社会が、そして何より私たちが変わった時こそが、新しい時代でしょう。そしてそれを決めるのは元号ではなく、私たちであるべきでしょう。弱者の側に立つ真っ当な政府と国民、それが実現しない限り、新しい時代は訪れません。もしかするとこの国は、明治維新以来、時代が変わっていないのかもしれませんね。

 そして先の天皇へ一言。ほんとうに、ほんとうに、お疲れ様でした。あなたの意志を継げるよう、微力ながらも専心していきたく思います。参政権の欠如や財産権・表現の自由の制限など、十全な基本的人権がないことをまことに申し訳なく思いますが、せめて奥様と心安らかな暮らしを静かに過ごせることを衷心より願っております。
by sabasaba13 | 2019-05-01 07:35 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(白石編)

 以前から訪れたいと思っていた宮城県の白石川堤千本桜が、満開だという情報を得ました。昨日の月曜日に休暇がとれたので一念発起、独りで行ってきました。
 堤を埋めつくす満開の桜、残雪をいただく蔵王連峰、清らかな白石川、みごとな景観に息を呑みました。ただ惜しむらくは、たいへんな強風のため水面が波立ち、桜と蔵王を鏡の如く映す光景は見られませんでした。来年も満開・無風・快晴の日を期待して再訪を期したいと思います。

白石川堤一目千本桜(大河原)
c0051620_21244589.jpg

c0051620_2125667.jpg

c0051620_21252717.jpg

c0051620_21254383.jpg

c0051620_2126040.jpg

白石川堤一目千本桜(船岡)
c0051620_21263874.jpg

船岡城址公園
c0051620_21271414.jpg

白石城
c0051620_21273356.jpg

by sabasaba13 | 2019-04-16 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(京都編)

 先週末、京都の桜を山ノ神とともに愛でてきました。寒い日が続いたのか開花が遅れ、京都新聞の桜情報で数少ない「満開」「満開近し」の桜を取り出して苦心惨憺して旅程を組みました。ところがわれわれが訪れる直前から暖かくなり、あっという間に見頃のところが増えました。しかも曇り時々雨の予報だった日曜日が、何と晴れ。天下無双の晴れ男、ここに見参です。
 オーバー・ツーリズム(旅行客の過多)という状況は重々称しているので、混みそうなところは朝一番に訪れ、その後は穴場をまわってきました。中でも現地での情報に誘われて訪れた西山が素晴らしかった。本満寺の枝垂れ桜が豪華に咲き誇るところを山ノ神に見せられなかったのが心残りですが、また春の京都を訪れる理由ができたというもの。旅行記はいつの日にか上梓するとして、とりあえず京都の桜花をお楽しみください。

南禅寺
c0051620_18152962.jpg

インクライン
c0051620_18155760.jpg

平安神宮
c0051620_18161541.jpg

c0051620_18162974.jpg

岡崎疎水
c0051620_18214432.jpg

嵐山
c0051620_1822192.jpg

天龍寺
c0051620_18222166.jpg

東寺の不二桜
c0051620_18224382.jpg

男山
c0051620_18238100.jpg

背割堤
c0051620_1823266.jpg

賀茂川
c0051620_18234889.jpg

神泉苑
c0051620_18243567.jpg

二条城
c0051620_18245171.jpg

京都府庁旧本館
c0051620_18261740.jpg

日本聖公会聖アグネス教会聖堂
c0051620_18271441.jpg

善峯寺
c0051620_18274254.jpg

十輪寺の業平桜
c0051620_1828156.jpg

正法寺
c0051620_18284315.jpg

勝持寺
c0051620_1829476.jpg

円山公園
c0051620_18292027.jpg

by sabasaba13 | 2019-04-10 06:23 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(鎌倉編)

 桜便り四連発です。昨日、山ノ神といっしょに鎌倉に花見に行ってきました。天候にも恵まれ、古都の桜を心ゆくまで堪能。帰りに井の頭公園に寄って、水面に映る桜を愛でてきました。とりあえず写真でご報告します。

円覚寺
c0051620_22101658.jpg

建長寺
c0051620_22103435.jpg

鶴岡八幡宮
c0051620_2211593.jpg

光明寺
c0051620_22113862.jpg

長勝寺
c0051620_22121436.jpg

井の頭公園
c0051620_22123553.jpg

c0051620_22125228.jpg

c0051620_2213652.jpg

 おまけです。昼食は「小町」で穴子ちらしをいただきました。ボナペティ。
c0051620_22143419.jpg

by sabasaba13 | 2019-04-05 06:22 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(東京編3)

 東京の桜、三連発です。昨夜は、山ノ神と千鳥ヶ淵の夜桜を堪能しました。ライトアップはあまりにわざとらしくて好きではないのですが、水面に映る桜は素敵ですね。素晴らしい。
c0051620_6383250.jpg

c0051620_6385240.jpg

c0051620_639662.jpg

c0051620_6392045.jpg

c0051620_6393586.jpg

 その後に「鼎泰豊」に寄って小籠包を堪能しました。ボナペティ。
c0051620_6402440.jpg

by sabasaba13 | 2019-04-04 06:40 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(東京編2)

 昨日、休暇がとれたので、東京の西部で花見と洒落込みました。山ノ神は野暮用があって同行できず、愛車ブロンプトンを携行しての気儘な一人小旅行でした。これに掃苔戦争遺跡探訪をからめたトリコロール、なかなか濃密な一日を過ごすことができました。いずれ旅行記は上梓するつもりですが、とりあえず写真を紹介します。
 まず花見ですが、天気も良かったので朝一番で、立川にある根川緑道を訪問。以前来たときは曇天だったので再挑戦です。いやあ素晴らしかった。小川と芝生におおいかぶさるように咲き誇る桜、そのピンクと青空を映す水面。眼福眼福。
c0051620_17511443.jpg

c0051620_17512830.jpg

c0051620_17521673.jpg

c0051620_17523489.jpg

 掃苔のために寄ったJR高尾駅に近くで偶然見つけたのが、大光寺の桜です。墓地の真ん中に屹立する孤高の姿は神々しさすら覚えました。
c0051620_17524739.jpg

 国立駅南にある大学通りは、約1kmにわたって桜並木が連なります。芝生があるのがいいですね。語らったり、飲食をしたり、絵を描いたり、昼寝をしたりと、みなさん三々五々長閑な春を楽しんでおられました。
c0051620_1753465.jpg

中野駅北にある中野通りは、約2kmにわたって約300本の桜が植えられています。国立の大学通りにくらべて、道幅が狭く、かつ枝ぶりがよいので、まるで桜のトンネルです。圧巻でした。
c0051620_17533080.jpg

掃苔に訪れたのはJR高尾駅から自転車で二十分ほどのところにある高尾霊園。寺山修司忌野清志郎の墓参をしてきました。
c0051620_17542024.jpg

c0051620_17543823.jpg

 戦争遺跡は、JR高尾駅から自転車で二十分ほどのところにある「湯の花トンネル列車銃撃空襲供養塔・慰霊の碑」を訪問。
c0051620_1755142.jpg

 JR高尾駅一番線の31と33の支柱には、米軍機による機銃掃射の弾痕が残されています。
c0051620_17554710.jpg

 八王子駅にある大和田橋には、焼夷弾が落ちた跡が保存されています。
c0051620_1756079.jpg

 おまけです。高尾駅近くにある「藤田」というお店でいただいた「桜エビかま飯」がたいへん美味しうございました。ボナペティ。
c0051620_17561957.jpg

by sabasaba13 | 2019-04-03 17:56 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(東京編)

 昨日、山ノ神と一緒に東京の桜めぐりをしてきました。まずは王道・千鳥ヶ淵の桜を朝一番で堪能し、あとは人込みや出店・屋台のない穴場をまわりました。
 舎人ライナーに乗って、見沼代親水公園の桜を楽しみ、三河島水再生センターへ。残念ながら中には入れませんでしたが、見事な桜並木を外から拝見。都電で面影橋へ行き、神田川の桜を満喫。そして王子にある音無親水公園を訪れました。
 山ノ神がとげぬき地蔵に行ったことがないというのでお参りし、すぐ近くにある染井霊園へ。たそがれ時の静謐な墓地に怪しく咲き誇る桜の古木・大木には、二人で息を呑みました。凄い… 穴場の中の穴場ですね。
 旅行記として上梓するのはいつになるのかわかりませんが、とりあえず写真で報告します。

千鳥ヶ淵
c0051620_22222221.jpg

c0051620_22223615.jpg

c0051620_22231992.jpg

c0051620_2223365.jpg

見沼代親水公園
c0051620_22234949.jpg

三河島水再生センター
c0051620_2224123.jpg

神田川
c0051620_22241793.jpg

音無親水公園
c0051620_22242969.jpg

染井霊園
c0051620_22244558.jpg

c0051620_22245960.jpg

c0051620_22251252.jpg

by sabasaba13 | 2019-04-02 07:05 | 鶏肋 | Comments(0)

三・一独立運動百周年 2

 前回紹介した『週刊金曜日』(№1221 19.2.22)の特集、『100年前のろうそくデモ 3・1朝鮮独立運動』の中で面白かったのが成澤宗男氏による「真に朝鮮と向かい合った日本人」という記事です。紹介文を引用します。
 かつて朝鮮半島が日本の植民地にされていた時代、隣国の人々の苦難に思いを馳せていたごく少数の知識人がいた。言論が制約されていた時代であったからこそ、彼らの残した文章には言いしれぬ良心の力を感じることができる。韓国ヘイトが巷にあふれる今こそ、先人の声に耳を傾けたい。(p.30)
 そして朝鮮と向かい合った四人の日本人を紹介されています。「小日本主義」から「植民地放棄論」を唱えた先駆的リベラリスト、石橋湛山。弁護士として朝鮮民族の権利を擁護した稀有な人権の闘士、布施辰治。朝鮮の美の発見から、隣国への限りない共感を示した民藝運動の祖、柳宗悦。そして差別と武断政治に反対し朝鮮総督府を糾弾した「大正デモクラシー」の論客、吉野作造。できれば浅川巧金子文子にも触れてほしかったのですが仕方ない、次回に期待しましょう。なお金子文子については、1220号(2019.2.15)に特集記事が掲載されました。

 本稿では布施辰治と吉野作造を取り上げたいと思います。まずは布施辰治です。
 日本は1918年の米騒動後、朝鮮を「食糧基地」とするために米の生産量を約20%向上させ、また土地を収奪した。だが、それは朝鮮での農民の小作化と朝鮮人の米消費量が40%も激減する窮乏化を伴った。
 布施辰治は1926年、全羅南道の朝鮮農民の要請で現地に赴き、土地を収奪した日本の会社を相手に告訴の道を探るが、朝鮮総督府の妨害で結局失敗に終わる。そすいた経過をまとめたのが、この論文だ。(「朝鮮に於ける農業の発達と無産階級農民」)
 戦前、布施ほど朝鮮人側に立って闘い続けた弁護士は、他に例がない。1911年には「朝鮮独立運動に敬意を表す」という記述が原因で検察の取り調べを受けている。(p.31)
 彼が関東大震災時における朝鮮人虐殺の真相究明に尽力し、金子文子の弁護をしたことは知っていましたが、日本の会社による土地収奪も告訴しようとしていたのですね。朝鮮人の人権を守るために、ここまで闘った不屈の「人権派弁護士」としてぜひ記憶に留めたいものです。余談ですが、よく日本で言われる「人権派弁護士」って、「白い白猫」と同様のトートロジーじゃないのかな。弁護士とは、人権を守るのが仕事だと思っていました。人権を守ろうとしない弁護士が多くということでしょう。日本の法曹界の低劣さが垣間見えます。
 そして民本主義を唱えた政治学者・吉野作造です。彼は、1904年に朝鮮人留学生と出会うことによって朝鮮への関心を高め、さらに『中央公論』1916年6月号に「満韓を視察して」という論文を発表して以降、朝鮮総督府の武断統治に対する厳しい批判者となりました。その論旨は「異民族統治の理想は其民族としての独立を尊重」すべしとするもので、当時としては稀な総督府に対する正面からの批判でした。彼が植民地放棄・朝鮮独立を明確に主張した形跡は乏しいのですが、「3・1独立運動」への弾圧、そして関東大震災における朝鮮人虐殺に接し、孤立しながらも社会への激しい怒りを表明しました。(p.33) 成澤氏が紹介してくれた吉野作造の論考「対外的良心の発揮」(『中央公論』 1919.4)を引用します。
 朝鮮の暴動(注:3・1独立運動のこと)は言うまでもなく昭代の大不祥事である。これが真因いかん、又根本的解決の方策いかんについては別に多少の意見はある。ただこれらの点を明にするの前提として余輩のここに絶叫せざるを得ざる点は、国民の対外的良心の著しく麻痺している事である。今度の暴動が起ってからいわゆる識者階級のこれに関する評論はいろいろの新聞雑誌等に現われた。しかれどもそのほとんどはすべてが他を責むるに急にして自ら反省するの余裕が無い。あれだけの暴動があってもなお少しも覚醒の色を示さないのは、いかに良心の麻痺の深甚なるかを想像すべきである。かくては帝国の将来にとって至重至要なるこの問題の解決も到底期せらるる見込はない。
 一言にして言えば今度の朝鮮暴動の問題についても国民のどの部分にも「自己の反省」が無い。およそ自己に対して反対の運動の起った時、これを根本的に解決するの第一歩は自己の反省でなければならない。たとい自分に過ち無しとの確信あるも、少くとも他から誤解せられたと言う事実についてはなんらか自から反省するだけのものはある。誤解せらるべきなんらかの欠点も無かった、かくても鮮人が我に反抗すると言うなら、併合の事実そのもの、同化政策そのものについて、更に深く考うべき点は無いだろうか。いずれにしても朝鮮全土に亘って排日思想の瀰漫している事は疑いもなき事実である。朝鮮における少数の役人の強弁のほか今やなんぴともこれを疑わない。しかして我国の当局者なり、又我が国の識者なりが、かつてこの事実を現前の問題として、鮮人そのものの意見を参酌するの所置に出でた事があるか。
 反韓感情が渦巻き、反韓本が書店に積まれ、ヘイトスピーチが吹き荒れる今の日本だからこそ、真摯に耳を傾けたい一文です。特に安倍首相には精読していただいて、反省の「は」の字も、良心の「り」の字もない氏の辞書を改訂して欲しいものです。

 本日の一枚、1996年に訪れて撮影したタプッコル公園の入口です。
c0051620_2211042.jpg

by sabasaba13 | 2019-03-02 06:28 | 鶏肋 | Comments(0)

三・一独立運動百周年 1

 本日、2019年3月1日は、朝鮮「三・一独立運動」が起きた日からちょうど百年目にあたります。まずは大学入試用日本史でお馴染みの教科書、『改訂版 詳説日本史B』(山川出版社)から、運動の概要について引用します。
 これより先、民族自決の国際世論の高まりを背景に、東京在住の朝鮮人学生、日本支配下の朝鮮における学生・宗教団体を中心に、朝鮮独立を求める運動が盛りあがり、1919年3月1日に京城(ソウル)のパゴダ公園(タプッコル公園)で独立宣言書朗読会がおこなわれたのを機に、朝鮮全土で独立を求める大衆運動が展開された(三・一独立運動)。この運動はおおむね平和的・非暴力的なものであったが、朝鮮総督府は警察・憲兵・軍隊を動員してきびしく弾圧した。原敬内閣は、国際世論に配慮するとともに、朝鮮総督と台湾総督について文官の総督就任を認める官制改正をおこない、朝鮮における憲兵警察を廃止するなど、植民地統治方針について、若干の改善をおこなった。(p.327)
 日韓関係が険悪な状態にある理由の一つが、歴史認識の違いにあると考えます。過去において、日本は朝鮮に対してさまざまな搾取および非人道的行為・加虐行為を行ないました。日清戦争における東学党や農民への弾圧、閔妃殺害、韓国併合(1910)以降は、土地調査事業による土地の強奪、三・一独立運動への弾圧、堤岩里事件、関東大震災時の虐殺、皇民化政策、創氏改名、強制連行、従軍慰安婦、21万人の朝鮮人を戦場に送った徴兵令。この36年間の植民地支配の特徴を、『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』(梶村秀樹・宮田節子他 日本朝鮮研究所)は、「1910年代は土地よこせ(土地調査事業)、20年代は米よこせ(朝鮮産米増殖計画)、30年代後半から45年までは人よこせ(強制連行)、命よこせ(徴兵令)」とわかりやすくまとめています。
 そして敗戦後、日本に残った約60万人の朝鮮人を管理するため、1947(昭和22)年5月に昭和天皇の最後の勅令として「外国人登録令」が制定されました。朝鮮人などを外国人とし、憲法上の国民の権利義務の枠組みから排除するための法令です。さらに1952(昭和27)年4月、サンフランシスコ講和条約の発効に伴い、日本在留の朝鮮人と台湾人は日本国籍を失う、と日本政府は一方的に宣言しました。これをもって、在日朝鮮人は、公営住宅入居の権利を含む主要な社会福祉を受ける権利を失います。戦後の数十年間に日本の福祉制度が発達していくなかで、こうした排除の規定はますます強化されていきました。たとえば、1959(昭和34)年に発足した国民健康保険と国民年金制度では、日本在住の外国人は除外すると明確に規定されています。さらに在日朝鮮人は外国籍のゆえに医療などの専門職から排除され、公務員の職からも閉め出され、凄まじい打撃を蒙ることになりました。
 やれやれ、言葉もありません。こうした過去の過ちにきちんと向き合うことを「自虐史観」と言うのであれば、はい、私は自虐史観を支持します。自慰史観よりは、真っ当な歴史との向き合い方だと確信します。何度でも紹介しますが、『普遍の再生』(井上達夫 岩波書店)に教示していただいた、大沼保昭氏の言葉に私も共鳴します。
 過ちを犯したからといって卑屈になる必要はない。過ちを犯さない国家などというものは世界中のどこにもないのだから。しかし、過ちを犯さなかったと強弁することは自らを辱めるものであり、私たちの矜持がそうした卑劣を許さない。私たちの優れた到達点を率直に評価し、同時に過ちを認めるごく自然な姿をもつ国家こそ、私たちが愛し誇ることのできる日本という国ではないか。私はそう思う。(「日本の戦争責任と戦後責任」 『国際問題』 501号 2001年12月号) (p.68~9)
 韓国の人びとが日本への不信感を拭えないのは、こうした過ちを「水に流そう」「みんなやってる」「悪いことなんかしていない」「証拠がない」「謝ったんだから忘れろ」「関心ないね」「何それ?」「そっちも悪い」と考える日本人が、特に国民が選出した国会議員の中でそう考え発言する方があまりにも多すぎるからではないでしょうか。

 今日の三・一独立運動百周年も、過去の歴史にきちんと向き合うきっかけとなって欲しいのですが、この運動のことを真摯に取り上げるメディアがほとんどないのが残念です。ただ『週刊金曜日』(№1221 19.2.22)が、「100年前のろうそくデモ 3・1朝鮮独立運動」という特集を組んでくれたのがせめてもの救いです。現在のソウルの表情、運動の直後に上海で樹立された大韓民国臨時政府の紹介、運動の歴史的・今日的意義、ろうそく市民革命との関連、日本で学んでいた朝鮮人留学生がつくり三・一独立運動の起爆剤となった2・8宣言の紹介など、たいへん勉強になりました。
「ソウルの表情」の中で成川彩氏は、韓国の人たちが怒っているのは「歴史問題に対して反省せず、日韓の葛藤をあおるような日本政府の態度」に対してである、と指摘されていますが、これは重要な視点だと思います。(p.18) 歴史問題に不誠実な態度をとって韓国の人びとを怒らせ、それをあたかも日本人全体に対する反発であるかのように見せかけて、さらに日韓の不和を煽るという自民党政権の策略が垣間見えてきます。やれやれ、国外に敵をつくって、国民の目を真の問題から逸らすという、これまで何度も何度も何度も何度も繰り返されてきた手法が、いまだに有効であることに絶望すら覚えます。どこまでなめられたら日本人は気づくのでしょうか。
 そして本号の白眉は、外村大氏による「3・1独立宣言」の現代語訳です。私も史実としては知っていましたが、全文を読むのは初めてです。ぜひ多くの方々に読んでほしいので、長文ですが引用します。
宣言書

 わたしたちは、わたしたちの国である朝鮮国が独立国であること、また朝鮮人が自由な民であることを宣言する。このことを世界の人びとに伝え、人類が平等であるということを大切さを明らかにし、後々までこのことを教え、民族が自分たちで自分たちのことを決めていくという当たり前の権利を持ち続けようとする。5000年の歴史を持つわたしたちは、このことを宣言し、2000万人の一人ひとりがこころを一つにして、これから永遠に続いていくであろう、わたしたち民族の自由な発展のために、そのことを訴える。そのことは、いま、世界の人びとが、正しいと考えていることに向けて世の中を変えようとしている動きのなかで、いっしょにそれを進めるための訴えでもある。
 このことは、天の命令であり、時代の動きにしたがうものである。また、すべての人類がともに生きていく権利のための活動でもある。たとえ神であっても、これをやめさせることはできない。わたしたち朝鮮人は、もう遅れた思想となっていたはずの侵略主義や強権主義の犠牲となって、初めて異民族の支配を受けることとなった。自由が認められない苦しみを味わい、10年が過ぎた。支配者たちはわたしたちの生きる権利をさまざまな形で奪った。そのことは、わたしたちのこころを苦しめ、文化や芸術の発展をたいへん妨げた。民族として誇りに思い大切にしていたこと、栄えある輝きを徹底して破壊し、痛めつけた。そのようななかで、わたしたちは世界の文化に貢献することもできないようになってしまった。
 これまで押さえつけられて表に出せなかったこの思いを世界の人びとに知らせ、現在の苦しみから脱して、これからの危険や恐れを取り除くためには、押しつぶされて消えてしまった、民族として大切にして来た心と、国家としての正しいあり方を再びふるい起こし、一人ひとりがそれぞれ人間として正しく成長していかなければならない。次世代を担う若者に、いまの状況をそのままとしていくことはできないのであり、わたしたちの子どもや孫たちが幸せに暮らせるようにするためには、まず、民族の独立をしっかりとしたものにしなければならない。2000万人が固い決意を相手と闘う道具とし、人類がみな正しいと考え大切にしていること、そして時代を進めようとするこころをもって正義の軍隊とし、人道を武器として、身を守り、進んでいけば、強大な権力に負けることはないし、どんな難しい目標であってもなしとげられないわけはない。
 日本は、朝鮮との開国の条約を丙子年・1876年に結び、その後も様々な条約を結んだが、〔朝鮮を自主独立の国にするという約束は守られず〕そこに書かれた約束を破ってきた。しかし、そのことをわたしたちは、いま非難しようとは思わない。日本の学者たちは学校の授業で、政治家は会議や交渉の際に、わたしたちが先祖代々受け継ぎ行なってきた仕事や生活を遅れたものとみなして、わたしたちのことを、文化を持たない民族のように扱おうとしている。彼ら日本人は征服者の位置にいることを楽しみ喜んでいる。わたしたちが作り上げてきた民族の大切な歴史や文化の財産とを、彼ら日本人が馬鹿にして見下しているからといって、そのことを責めようとはしない。わたしたちは自分たち自身をはげまし、立派にしていこうとしていて、そのことを急いでいるので、ほかの人のことをあれこれ恨む暇はない。いまこの時を大切にして急いでいるわたしたちは、かつての過ちをあれこれ問題にして批判する暇はない。いま、わたしたちが行なわなければならないのは、よりよい自分を作り上げていくことだけである。他人を怖がらせたり、攻撃したりするのではなしに、自ら信じるところにしたがって、わたしたちは自分たち自身の新しい運命を切り開こうとするのである。決して、昔の恨みや、一時的な感情で、他の人のことをねたんだり、追い出そうとしたりするわけではない。古い考え方を持つ古い人びとが力を握って、そのもとで手柄を立てようとした日本の政治家たちのために、犠牲となってしまった、現在の不自然で道理にかなっていないあり方をもとにもどして、自然で合理的な政治のあり方にしようとするということである。
 もともと、日本と韓国(注・大韓帝国)との併合は、民族が望むものとして行なわれたわけではない。その結果、威圧的で、差別・不平等な政治が行なわれている。支配者はいいかげんなごまかしの統計数字を持ち出して自分たちが行なう支配が立派であるかのようにいっている。しかしそれらのことは、二つの民族の間に深い溝を作ってしまい、互いに反発を強めて、仲良く付き合うことができないようにしている、というのが現在の状況である。きっぱりと、これまでの間違った政治をやめ、正しい理解と心の触れあいに基づいた、新しい友好の関係を作り出していくことが、わたしたちと彼らとの不幸な関係をなくし、幸せをつかむ近道であるということを、はっきりと認めなければならない。
 また、怒りと不満をもっている、2000万人の人びとを、力でおどして押さえつけることでは、東アジアの永遠の平和は保証されないし、それどころか、東アジアを安定させる際に中心になるはずの中国人の間で、日本人への恐れや疑いをますます強めるであろう。その結果、東アジアの国々は共倒れとなり、滅亡してしまうという悲しい運命をたどることになろう。いま、わが朝鮮を独立させることは、朝鮮人が当然、得られるはずの繁栄を得るというだけではなく、そうしてはならないはずの政治を行ない、道義を見失った日本を正しい道に戻して、東アジアを支えるための役割を果たさせようとするものであり、同時に、そのことで中国が感じている不安や恐怖をなくさせようとするためのものでもある。つまり、朝鮮の独立はつまらない感情の問題として求めているわけではないのである。
ああ、いま目の前には、新たな世界が開かれようとしている。武力をもって人びとを押さえつける時代はもう終わりである。過去のすべての歴史のなかで、磨かれ、大切に育てられてきた人間を大切にする精神は、まさに新しい文明の希望の光として、人類の歴史を照らすことになる。新しい春が世界にめぐってきたのであり、すべてのものがよみがえるのである。酷く寒いなかで、息もせずに土の中に閉じこもるという時期もあるが、再び暖かな春風が、お互いをつなげていく時期がくることもある。いま、世の中は再び、そうした時代を開きつつある。そのような世界の変化の動きに合わせて進んでいこうとしているわたしたちは、そうであるからこそ、ためらうことなく自由のための権利を守り、生きる楽しみを受け入れよう。そして、われわれがすでにもっている、知恵や工夫の力を発揮して、広い世界にわたしたちの優れた民族的な個性を花開かせよう。
 わたしたちはここに奮い立つ。良心はわれわれとともにあり、真理はわれわれとともに進んでいる。老人も若者も男も女も、暗い気持ちを捨てて、この世の中に生きているすべてのものとともに、喜びを再びよみがえらせよう。先祖たちの魂はわたしたちのことを密かに助けてくれているし、全世界の動きはわたしたちを外側で守っている。実行することはもうすでに成功なのである。わたしたちは、ただひたすら前に見える光に向かって、進むだけでよいのである。

公約三章

一、今日われわれのこの拳は、正義、人道、生存、身分が保障され、栄えていくための民族的要求、すなわち自由の精神を発揮するものであって、決して排他的感情にそれてはならない。
二、最後の一人まで、最後の一刻まで、民族の正当なる意志をこころよく主張せよ。
三、一切の行動はもっとも秩序を尊重し、われわれの主張と態度をしてあくまで光明正大にせよ。

朝鮮建国四千二百五十二年三月一日

朝鮮民族代表

孫秉熙 吉善宙 李弼柱
白龍城 金完圭 金秉祚
金昌俊 權東鎭 權秉悳
羅龍煥 羅仁協 梁旬伯
梁漢默 劉如大 李甲成
李明龍 李昇薰 李鍾勳
李鍾一 林禮煥 朴準承
朴熙道 朴東完 申洪植
申錫九 吳世昌 吳華英
鄭春洙 崔聖模 崔麟
韓龍雲 洪秉箕 洪其兆 (p.20~2)
 うーむ。一読、唸ってしまいました。何と志の高い宣言である事よ。日本に対する怒りや恨みは激甚であるだろうに、それを昇華させ人類的な視野にたって「人間を大切にする精神」「自由のための権利」「生きる楽しみ」を希求する精神。道義を見失った日本を正しい道に戻して、中国や韓国とともに東アジアを支えようと、連帯を求める精神。あらためて三・一独立運動を見直してしまいました。残念なことにこの呼びかけに耳を傾ける日本人は少なく、暴力的な弾圧でこの運動を叩き潰してしまいました。この道義ある宣言を暴力で潰したことに対する後ろめたさが、数年後に起きた関東大震災時の虐殺に結びついたような気がします。
そして気づかれましたか。“支配者はいいかげんなごまかしの統計数字を持ち出して自分たちが行なう支配が立派であるかのようにいっている”という一文を。●があったら入りたい、百年前から日本の官僚の皆々様は、己の政策を正当化するために、統計数字を誤魔化していたのですね。過ちを反省しなければ、同じ過ちを繰り返すという歴史法則の好例です。

 付記その一。日本で学んでいた朝鮮留学生の若者たちが署名し、三・一独立運動の起爆剤となった2・8宣言の記念碑が、東京神田の在日本韓国YMCAにあるそうです。またこちらには「2・8独立宣言資料室」も併設されているとのこと。今度、ぜひ訪れてみたいと思います。

 付記その二。外務省の「海外安全情報」に下記の注意喚起が掲載されていました。
韓国:「3.1独立運動100周年」に際するデモ等に関する注意喚起

●3月1日に国内各都市でデモ等が行われる可能性があります。最新の情報に注意するとともに,デモ等には近づかない等慎重に行動してください。

1 3月1日の「3.1独立運動100周年」に際し,ソウル,釜山,済州をはじめとする各都市において,市民団体等によるデモ等が行われる可能性があります。
2 つきましては,韓国への滞在・渡航を予定している方や滞在中の方は,最新の情報に注意し,デモ等が行われている場所には近づかない等慎重に行動し,無用のトラブルに巻き込まれることのないようご注意ください。
3 なお,デモ等に関する最新の情報については,大使館・総領事館から随時お知らせします。
4 万が一,被害に遭った場合や他の邦人が被害に遭ったとの情報に接した場合には,大使館又は総領事館にご一報ください。
5 海外渡航の際には,万一に備え,家族,友人在日本,職場等に,日程や渡航先での連絡先を伝えておくようにしてください。
 いつか、韓国人と日本人が肩を組み、三・一独立運動を追憶するデモを仲良く行える日が来るといいのになあ。安倍首相、日本政府が諜報員を韓国に派遣してデモ隊を挑発して暴行を受けるように仕向け、日本人の反韓感情を炎上させる…なんてことはまさかしないですよね。

 本日の一枚、1996年に訪れて撮影したタプッコル公園です。
c0051620_2257100.jpg

by sabasaba13 | 2019-03-01 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)