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2019年参議院選挙

 参議院選挙の結果が明らかになりました。改憲勢力は議席数の3分の2に届かず、自民党は66から56へと議席を減らすも、自民党・公明党で参議院の過半数を制するという結果でした。朝日新聞DIGITALによると、自民党は比例区で、前回と同じ19議席を獲得したにもかかわらず、得票数は2011万票から大きく下げ、1800万票前後にとどまりそうな模様です。棄権者も含めた全有権者に占める割合を示す比例区の絶対得票率も、第2次安倍政権下での国政選挙で過去最低の17%を切る可能性もあるとのことです。ほとんど報道されないのですが、自民党が敗北したことで溜飲がすこし下がりました。安倍上等兵は勝ち誇ったドヤ顔でテレビに出演していますが、「でも10議席減ったのでしょう」とインタビュアーがつっこんでくれないのが不満です。
 それなのに比例区50議席のうち、38%を獲得した計算になります。朝日新聞はその原因を、低投票率にあると分析していました。そう、今回の参議院選挙の投票率は50%を切り、戦後二番目に低い48.8%という惨憺たる数字となりました。うーむ、二人に一人が、日々の暮らし、格差の問題、増税と年金、辺野古新基地や原発事故の被災者、日本の未来について関心がないわけだ。そして行政府に対策を丸投げすれば何とかなると高をくくっているわけだ。やれやれ。

 それにしてもこの異様な低投票率の原因は何なのでしょう。この二週間、気がついたのが、街がいつもと変わらないことです。賛否はあるでしょうが、選挙カーが走り回り候補者の名前を連呼するあの騒がしさが選挙の高揚感や非日常感を盛り上げてくれて嫌いではありません。しかし今回は選挙カーをあまり見かけませんでした。そのため選挙のことを忘れた人もいるのではないでしょうか。投票率を低く抑えるために、政府が規制をかけた…ということはないでしょうね、まさか。
 ニュースでも選挙のことがあまり報道されませんでした。画面にひっきりなしに出てくるのは京都アニメの火事、吉本興業、ジャニーズ事務所のニュースばかり。内閣情報調査室がメディアに圧力をかけて選挙に関するニュースを抑制させた、あるいはメディアが投票率を低くしたい官邸の意向を忖度(kiss ass)した…ということはないでしょうね。
 そしてこれは先ほど見たNHKニュースで知ったのですが、投票所の数が以前より十数%減少し、午後8時前に投票締め切った自治体が全体の35%あったそうです。理由は、自治体の統廃合、過疎化、職員不足といった点にあると分析していました。
 さらに『東京新聞』(2019.7.22)に、下記の社説が掲載されていました。
 十七日間の選挙戦を振り返ると、建設的な政策論議というよりは対立する政党や候補をののしったり、さげすむ場面が目立った。
 特に首相は、立憲民主、国民民主両党などに分かれた旧民主党勢力を「毎年首相が代わり、不安定な政治、決められない政治の下で重要課題は先送りされた。あの時代に逆戻りをさせてはならない」と繰り返し攻撃した。
 選挙だから舌鋒が鋭くなるのは仕方ないにしても、政治指導者が敵対勢力を執拗に攻撃し、分断をあおるような手法の危うさに、そろそろ気付くべきではないか。
 低投票率の背景には、有権者がそうした不毛なののしり合いを嫌気した面もあるのではないか。
 なるほど、ライバルを執拗にののしり、有権者の嫌気を喚起して投票所から足を遠のかせる。こうなると投票率を落とすための確信犯的行為です。
 以上のように、投票率が異常に低い理由はいろいろと考えられますが、碩学・内田樹氏は、有権者が投票に虚無感を持つよう、国会への嫌悪感や軽蔑の念を抱かせ続けた政権与党のたゆまぬ努力の成果であると、見事に喝破されています。『週刊金曜日』(№1159 17.11.3)所収の『「議会制民主主義はもう機能していない」という印象の刷り込み』から一部を引用します。
 株価が乱高下するように議席数が乱高下する政治制度の方がなんだか好ましいと導入時には多くの日本人が思った。だが、導入して20年経ってわかったことは、小選挙区制は複雑系ではなかったということである。それはある条件さえクリアすれば組織票において相対的に優る政党が勝ち続ける決定論的システムだった。「ある条件」というのは低投票率である。それゆえ、巨大な組織票と集票マシンを装備する政権与党にとって選挙戦での主たる関心はいかに無党派有権者に投票させないかというものになった。(p.10)

 だから政権与党はどうやって投票率を下げるかに工夫を凝らしてきた。最も有効なのは「議会制民主主義はもう機能していない」と有権者に信じさせることである。(p.10)

 今の有権者たちは国会とは選良たちがその見識と雄弁を披歴して国家の大事を議する「国権の最高機関」であるとはもう信じていない。そこには口汚い罵倒や詭弁や嘘や暴力の場であり、官邸が用意した法案を「審議するふりをする」アリバイ作りの場であるという印象を私たちはメディアを通じて日々刷り込まれている。
 この「立法府は機能していない」という印象の刷り込みに安倍内閣ほど熱心に取り組んだ政権は過去にない。総理自身積極的に国会でヤジを飛ばし、詭弁を弄し、答弁をはぐらかし、ことが面倒になると強行採決をし、解散し、召集を先送りして、国会が「役に立たない」機関であるという印象を広め続けた。(p.11)

 国民が立法府に対して嫌悪感や軽蔑の念しか抱けず、投票行動に虚無感を持つようになれば政権与党はわずかの得票差で小選挙区で常勝できる。この事態は熟慮とたゆまぬ努力の「成果」なのである。
 立法府が「国権の最高機関」として威信を失えば、行政府が事実上国権の最高機関になり、官邸の発令する政令が法律に代わる(これが自民党改憲草案の「緊急事態条項」のかんどころである)。そうなればすべての社会制度が官邸の意のままに動く、効率的な「株式会社のような統治システム」が完成する。それこそ自民党が改憲を通じて実現しようとしている「夢の政体」である。
 若い有権者たちが自民党に好感を持つのは、自民党が作ろうとしているこの政体が彼らにはなじみ深いものだからである。
 若い人たちは「株式会社のような制度」しか経験したことがない。トップが方針を決めて、下の者はただそれに従う。経営方針の適否はマーケットが判定するから、従業員はそれについて意見を求められることもなく、そもそも意見を持つ必要もない…というのが彼らが子どものときから経験してきたあらゆる組織の原理である。家庭も、学校も、部活も、バイトも、就職先も、全部「そういう組織」だった。彼らがそれを「自然」で「合理的」なシステムだと信じたとしても、私たちはそれを責めることができない。
 構成員が民主的な討議と対話を通じて合意形成し、組織のトップは成員たちの間から互選され、その言動の適否についてつねに成員たちのきびしい批判にさらされている「民主的組織」などというものを今どきの若い人は生まれてから一度も見たことがないのである。見たことがないのだから、「そんな空想社会をめざすなんて頭がおかしいんじゃないか」と冷笑するのは考えてみたら当然である。
 なんだか悲観的な総括になったが、原因がわかれば対処のしようもあるはずである。だが、それについて語るためには紙数が尽きた。(p.11)
 それにしても、それにしてもですね。この六年ほどを振り返れば、安倍政権の本質があらわに見えてこないものでしょうか。特定秘密保護法、安保法、「共謀罪」法など、国会議事堂を市民が取り囲む中での法案の強行採決。反対意見に耳を傾けず、時間をかけての議論を嫌い、「数の力」で押し通す政治姿勢。旧民主党政権を「悪夢」とこきおろすなど、批判勢力に対する強い口調での攻撃。病的な虚言癖。降格や左遷を恐れて首相の意向の忖度に走る官僚たち。首相の爪牙となってメディアをコントロールする内閣情報調査室。沖縄の民意を無視しての辺野古新基地の建設強行。福島原発事故の被災者の無視と放置。大企業・富裕者の優遇と困窮者の冷遇。教育・福祉の切り捨て。中国・韓国・北朝鮮への敵視。アメリカの属国としての振舞いを恬として恥じない廉恥心の欠落。
 内田樹氏と北原みのり氏の思いを、私も共有します。
『「安倍晋三」大研究』 (望月衣塑子 KKベストセラーズ)
【内田樹】 でも、問題は彼の独特のふるまいを説明することではありません。嘘をつくことに心理的抵抗にない人物、明らかな失敗であっても決しておのれの非を認めない人物が久しく総理大臣の職位にあって、次第に独裁的な権限を有するに至っていることを座視している日本の有権者たちのほうです。いったい何を根拠にそれほど無防備で楽観的にしていられるのか。僕にはこちらのほうが理解が難しい。(p.209~10)

『週刊金曜日』(№1200 18.9.14)
【北原みのり】 でも(安倍晋三でございます。まさに、いわば、その上で、はっきり申し上げたいのでございます。あの、あの、あのですね、委員長、ヤジがうるさいので注意して下さい!)
 すっかりあの喋り方に慣れてしまった6年間。言葉使いは丁寧なのに、攻撃的で、中身なく、嘘くさく、質問者が女性だとにたにたと笑う醜悪さと暴力性を漂わせるあの人の言葉。限られた人生だというのに、6年も、こんな人が権力を振るう世界に生きてしまっている。いったいどこからやりなおせば、よかったのだろう。(p.20)

by sabasaba13 | 2019-07-24 06:21 | 鶏肋 | Comments(0)

壁と卵 2

 インターネットでJNNニュースを読んでいたら、下記の記事がありハッと息を呑みました。(2019.6.22 13:06配信)
香港のデモ隊、警察本部を16時間包囲

 香港で政府が逃亡犯条例の撤回を明言しないことなどに抗議し、警察本部を包囲していたデモ隊は、22日未明までにいったん解散しました。しかし、混乱収束の見通しは立っていません。
香港の警察本部庁舎の壁やガラスにはデモ隊が投げた卵の跡が無数に残っていて、あたり一帯では卵の腐った臭いが漂っています。
 22日朝、警察本部ではデモ隊が設置したバリケードの撤去や庁舎に書かれた落書きをビニール袋で隠す作業が行われました。
 香港で21日、学生団体など数千人が参加するデモがあり、デモ隊は立法会前の道路を封鎖したあと、警察本部庁舎を22日未明まで16時間にわたり包囲しました。デモ隊は、今月12日の大規模デモの際、暴動の疑いで逮捕された若者たちの釈放などを訴えました。
 香港では来月1日にも大規模デモが計画されていて、混乱が収束する見通しは立っていません。
 “デモ隊が投げた卵の跡”… これは2009年2月に村上春樹氏がエルサレム賞を受賞した時のスピーチで使われたメタファー、「壁と卵」に関連するのではないか。『雑文集』(新潮社)から、その一部を引用します。
 ひとつだけメッセージを言わせて下さい。個人的なメッセージです。これは私が小説を書くときに、常に頭の中に留めていることです。紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。しかし頭の壁にそれは刻み込まれています。こういうことです。
 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。
 そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです。もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、いったいその作家にどれほどの値打ちがあるでしょう?
 さて、このメタファーはいったい何を意味するか? ある場合には単純明快です。爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひとつの意味です。
 しかしそれだけではありません。そこにはより深い意味もあります。こう考えてみて下さい。我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは「システム」と呼ばれています。そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率よく、そしてシステマティックに。
 私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。(中略)
 私がここで皆さんに伝えたいことはひとつです。国籍や人権や宗教を超えて、我々はみんな一人一人の人間です。システムという強固な壁を前にした、ひとつひとつの卵です。我々にはとても勝ち目はないように見えます。壁はあまりに高く硬く、そして冷ややかです。もし我々に勝ち目のようなものがあるとしたら、それは我々が自らの、そしてお互いの魂のかけがえのなさを信じ、その温かみを寄せ合わせることから生まれてくるものでしかありません。
 考えてみてください。我々の一人一人には手に取ることのできる、生きた魂があります。システムにはそれがありません。システムに我々を利用させてはなりません。システムを独り立ちさせてはなりません。システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです。
私が皆さんに申し上げたいのはそれだけです。(p.77~80)
 その後、『香港 中国と向き合う自由都市』(倉田徹/Cheung Yuk Man 岩波新書1578)という本を読んで、2014年に民主化を求めて香港で起きた雨傘運動において、この「壁と卵」というメタファーがたびたび引用されたことを知りました。また雨傘運動の最中にベルリンで行なわれた「Welt prize」受賞式スピーチでは、香港の若者にエールを送り励ましたそうです。こういうスピーチです。
 1989年にベルリンの壁が崩壊した時、ほっとしたのを覚えています。「冷戦は終わった」とつぶやきました。「世界はもっと平和で前向きになる」。世界中の多くの人が同じように感じたと思います。
 でも悲しいことに、安堵の感覚は長く続きませんでした。中東では紛争が絶えず、バルカン半島で戦争が起き、テロ事件が次々と発生。そして2001年にはニューヨークの世界貿易センターへの攻撃がありました。より幸せな世界への私たちの希望は、あえなく崩れました。
 小説家の私にとって、壁は常に重要なモチーフです。小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では、高い壁に囲まれた架空の町を描きました。いったん入ると、二度と出られないような町です。小説「ねじまき鳥クロニクル」の主人公は、井戸の底に座り、厚い石の壁をすり抜けて別の世界に行きます。
 2009年に(イスラエルの文学賞)エルサレム賞を受けた時、私はエルサレムで「壁と卵」と題したスピーチをし、壁と、それにぶつかって壊れる卵について話しました。石の壁を前に、なんと私たちは無力だろうか。私がスピーチをしていたまさにその間も、(パレスチナ自治区)ガザでは激しい戦いが続いていました。私にとって壁は人々を分かつもの、一つの価値観と別の価値観を隔てるものの象徴です。壁は私たちを守ることもある。しかし私たちを守るためには他者を排除しなければならない。それが壁の論理です。
 壁はやがてほかの論理を受け入れない固定化したシステムとなります。時には暴力を伴って。ベルリンの壁は間違いなく、その典型でした。
 世界には多くの種類の壁があります。民族、宗教、不寛容、原理主義、強欲、そして不安といった壁です。私たちは壁というシステムなしには生きられないのでしょうか。小説家にとって壁は突き破らなければならない障害です。例えて言えば、小説を書くときに現実と非現実、意識と無意識を分ける壁を通り抜けるのです。反対側にある世界を見て自分たちの側に戻り、見たものを作品で詳細に描写する。それが、私たち小説家が日々やっている仕事なのです。
 フィクションを読んで深く感動し、興奮するとき、その人は作者と一緒に壁を突破したといえます。本を読み終えても、もちろん基本的には読み始めたときと同じ場所にいます。取り巻く現実は変わらないし、実際の問題は何も解決していません。それでも、はっきりとどこかに行って帰って来たように感じます。ほんの短い距離、10センチか20センチであれ、最初の場所とは違う所に来たという感覚になります。そういう感覚を経験することこそが、読書に最も重要で欠かせないことだと考えてきました。
 自分は自由で、望めば壁を通り抜けてどこへでも好きな所へ行けるという実感です。私はそれを何よりも大切にしたい。そういう感覚をもたらすことができる物語をできるだけたくさん書いて、この素晴らしい感覚をできるだけ多くの読者と分かち合いたいのです。
 ジョン・レノンがかつて歌ったように、私たち誰もが想像する力を持っています。暴力的でシニカルな現実を前に、それはか弱く、はかない希望に見えるかもしれません。でもくじけずに、より良い、より自由な世界についての物語を語り続ける静かで息の長い努力をすること。一人一人の想像する力は、そこから見いだされるのです。
 たとえ壁に囲まれていても、壁のない世界を語ることはできます。その世界は自分の目で見えるし、手で触れることだってできる。それが大事な何かの出発点になるかもしれません。2014年のここベルリンは、そんな力についてもう一度考えるのに最適な場所です。
 今まさに、壁と闘っている香港の若者たちにこのメッセージを送りたいと思います。
 おそらく、村上氏のエールを心に刻み、香港政府とその背後にいる中国政府という固く大きな壁に、かけがえのない魂とその温かさの象徴である卵を投げつけたのだと想像します。
 そしてこれは、日本に、世界に向けたメッセージではないでしょうか。「あなたはどちらの側に立ちますか? 壁、それとも卵?」 その答えは、7月21日の参議院選挙で出しましょう。「どうでもいいや/関心ないね/何も変わらないさ」と言って壁の一部になってしまう人の少なからんことを。
by sabasaba13 | 2019-06-28 06:20 | 鶏肋 | Comments(0)

It's just the beginning.

 香港で大きな、それはそれは大きなうねりが起きています。東京新聞(2019.6.17)から転記します。
 香港の民主派団体は十六日、香港の中心部で犯罪容疑者の中国本土への移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回などを求める大規模デモを行った。香港政府が前日に改正案の審議延期を発表したが、デモ隊は「あくまで撤回を求める」と主張。主催者は同日夜、約二百万人が参加したと発表し、九日のデモを超える過去最大の規模となった。
 デモ隊は香港島のビクトリア公園に集結。幹線道路は人で埋め尽くされ、出発点近くの地下鉄銅鑼(どら)湾駅は入場が制限された。
 参加者は社会の混乱を招いたとして、政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の辞任も要求。「悪法撤回を」「林鄭は辞めろ」などのスローガンを叫びながら、中心部の幹線道路を練り歩いた。
 参加した男性会社員(31)は「われわれの意思を見せることで香港がまだ民主的で、『一国二制度』が生きていることを示したい」と話した。
 大学を卒業したばかりの女性(24)は、多数の負傷者が出た十二日のデモを、政府が「暴動」と決めつけたことに、「若者は自由のためにデモをやっただけ。暴力を振るったのは警察だ」と強く非難した。
 映画『乱世備忘』の公式サイトに、下記の一文がありました。
 しかし成果を得ないまま占拠を続ける運動に対して徐々に市民からの反発も強まり、79日間に及ぶ「雨傘運動」は終了した。金鐘(アドミラルティ)に残ったバリケードには、「It's just the beginning/まだこれからだ」というメッセージが残されていた。
 It's just the beginning… このことだったのですね。香港の方々は屈服していなかった。心から敬意を表するとともに、卵が壁に一矢報いることを心から祈念します。

 で、私たちはいつ始めるのでしょう。安倍氏も、麻生氏も、菅氏も、居心地の良い椅子にいまだにふんぞりかえっておられますが。
by sabasaba13 | 2019-06-18 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)

時代が変わる/時代を変える

 今日から新しい天皇が即位し、元号が代わるわけですか。元号はもちろん、天皇制に対しても反対である私としては何の感慨もわきませんが、退位した天皇については少々思うところがあります。それを考えるきっかけを与えてくれたのが、赤坂真理氏が著した小説『箱の中の天皇』(河出書房新社)の中の一文です。なお氏は、小説『東京プリズン』(河出文庫)や評論『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書2246)などでも天皇や天皇制に対する鋭い分析や提言をされており、「天皇制を全面的に受け入れない者は非国民」的風潮がいつの間にか浸透した昨今、注目すべき方です。以下、主人公まりの独白を引用します。
 戦争の傷をめぐる世界の旅をすること。傷ついた、傷つけた人々の前で祈ること。弱い人と共に在ること、弱った人、傷ついた人の手を取ること、助け合おうということ。混乱にあって、我を失わずにいようと励ますこと。天皇はそれを言葉で言うことができなかった。憲法で制限された存在だからです。わが国において、憲法を、国家権力を抑制するためにあると本気で信じている人は、少ない。けれど、この天皇はそれを「体現」しようとしたのではないか。日本の軍隊が傷つけた人々の地を慰問もした。言いたいことを、言えない状態で、その孤独な戦いを思います。そのことに、今、感動を覚えます。
 そして、天皇が日本の象徴であり、国民の象徴であるなら、行動を問われているのは国民なのです。
 わたしは天皇のように行動できるか、わたしが天皇だとしたら、どう行動するのか。一人ひとりが、考えてみることができたら、事態はずいぶん変わるのではないでしょうか?
 国民の質が決まって、天皇の質が決まります。なぜなら『天皇は国の象徴』だからです。象徴は、象徴するものが必要です。象徴する統合された国民のかたちが必要です。天皇は鏡です。国民を映す、鏡です。神社の本殿に行くと中は鏡ひとつです。あなたが神だ、と言われるのです。(p.135)
 そう、まったくぶれない彼の言動は、「弱い者、傷ついた者」の側に立つという強い意志に貫かれているように思えます。被災地に行き、膝を折り、被災者を慰め励ますその姿勢からは、「私はあなたの側に立つ」という思いがひしひしと伝わってきました。評論家の故加藤周一氏は、民主主義を「強きを挫き、弱きを援く」と定義しましたが、先の天皇は民主主義の精神を体現したような方でした。敬意を表します。
 さて、言うまでもなく日本国憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあります。それでは天皇に象徴されている日本国は、日本国民は、弱い者/傷ついた者の側に立とうとした国家や人びとであったでしょうか。強きを挫き、弱きを援けてきたでしょうか。残念ながら、歴史をふりかえるととてもそうとは言えません。例示すればきりがありませんが、沖縄を切り捨て、公害を放置し、女性をはじめとする様々な差別を黙認し、日本による植民地化やアジア・太平洋戦争による犠牲者を放置してきた日本政府と、それを支持するか、または無関心な国民であったというのが実状でした。最近でも、福祉や教育を切り捨て、格差を容認し、辺野古新基地建設を強行し、原発事故被災者を見て見ぬふりをし、国民よりも己の利権を優先する日本政府と、それを支持するか、または無関心な国民の在り方は変わりません。やれやれ。
 ここからは私の想像ですが、先の天皇は、こうした強い者の側に立ち弱い者を虐げた/虐げる国や国民に苛立っていたのではないでしょうか。日本国と日本国民には、弱く傷ついた人びとの側に立って欲しいと、強く祈念していたのではないでしょうか。しかしそうした発言は憲法で禁じられている。そこで彼は、象徴する立場にある自分が弱者と共に在ることを見せ、象徴される側の日本国政府や日本国民に気づいてほしかったのではないか。なぜ弱者の側に立たないのか、と。
 しかし結局、政府も国民も態度を改めませんでした。肉体の衰えと徒労感から生前退位を決意し、次の天皇に願いを託したのではないか。彼の柔和な目から、「とうとう気づいてくれませんでしたね、翻意してくれませんでしたね」という諦観を感じ取ってしまうのは穿ちすぎかな。

 さて巷では、メディアを中心に「元号が変わった」「新天皇が即位した」「新しい時代が来た」と浮かれまくっておりますが、お門違いだと思います。日本国政府が、日本の社会が、そして何より私たちが変わった時こそが、新しい時代でしょう。そしてそれを決めるのは元号ではなく、私たちであるべきでしょう。弱者の側に立つ真っ当な政府と国民、それが実現しない限り、新しい時代は訪れません。もしかするとこの国は、明治維新以来、時代が変わっていないのかもしれませんね。

 そして先の天皇へ一言。ほんとうに、ほんとうに、お疲れ様でした。あなたの意志を継げるよう、微力ながらも専心していきたく思います。参政権の欠如や財産権・表現の自由の制限など、十全な基本的人権がないことをまことに申し訳なく思いますが、せめて奥様と心安らかな暮らしを静かに過ごせることを衷心より願っております。
by sabasaba13 | 2019-05-01 07:35 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(白石編)

 以前から訪れたいと思っていた宮城県の白石川堤千本桜が、満開だという情報を得ました。昨日の月曜日に休暇がとれたので一念発起、独りで行ってきました。
 堤を埋めつくす満開の桜、残雪をいただく蔵王連峰、清らかな白石川、みごとな景観に息を呑みました。ただ惜しむらくは、たいへんな強風のため水面が波立ち、桜と蔵王を鏡の如く映す光景は見られませんでした。来年も満開・無風・快晴の日を期待して再訪を期したいと思います。

白石川堤一目千本桜(大河原)
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白石川堤一目千本桜(船岡)
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船岡城址公園
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白石城
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by sabasaba13 | 2019-04-16 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(京都編)

 先週末、京都の桜を山ノ神とともに愛でてきました。寒い日が続いたのか開花が遅れ、京都新聞の桜情報で数少ない「満開」「満開近し」の桜を取り出して苦心惨憺して旅程を組みました。ところがわれわれが訪れる直前から暖かくなり、あっという間に見頃のところが増えました。しかも曇り時々雨の予報だった日曜日が、何と晴れ。天下無双の晴れ男、ここに見参です。
 オーバー・ツーリズム(旅行客の過多)という状況は重々称しているので、混みそうなところは朝一番に訪れ、その後は穴場をまわってきました。中でも現地での情報に誘われて訪れた西山が素晴らしかった。本満寺の枝垂れ桜が豪華に咲き誇るところを山ノ神に見せられなかったのが心残りですが、また春の京都を訪れる理由ができたというもの。旅行記はいつの日にか上梓するとして、とりあえず京都の桜花をお楽しみください。

南禅寺
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インクライン
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平安神宮
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岡崎疎水
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嵐山
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天龍寺
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東寺の不二桜
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男山
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背割堤
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賀茂川
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神泉苑
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二条城
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京都府庁旧本館
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日本聖公会聖アグネス教会聖堂
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善峯寺
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十輪寺の業平桜
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正法寺
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勝持寺
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円山公園
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by sabasaba13 | 2019-04-10 06:23 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(鎌倉編)

 桜便り四連発です。昨日、山ノ神といっしょに鎌倉に花見に行ってきました。天候にも恵まれ、古都の桜を心ゆくまで堪能。帰りに井の頭公園に寄って、水面に映る桜を愛でてきました。とりあえず写真でご報告します。

円覚寺
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建長寺
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鶴岡八幡宮
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光明寺
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長勝寺
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井の頭公園
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 おまけです。昼食は「小町」で穴子ちらしをいただきました。ボナペティ。
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by sabasaba13 | 2019-04-05 06:22 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(東京編3)

 東京の桜、三連発です。昨夜は、山ノ神と千鳥ヶ淵の夜桜を堪能しました。ライトアップはあまりにわざとらしくて好きではないのですが、水面に映る桜は素敵ですね。素晴らしい。
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 その後に「鼎泰豊」に寄って小籠包を堪能しました。ボナペティ。
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by sabasaba13 | 2019-04-04 06:40 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(東京編2)

 昨日、休暇がとれたので、東京の西部で花見と洒落込みました。山ノ神は野暮用があって同行できず、愛車ブロンプトンを携行しての気儘な一人小旅行でした。これに掃苔戦争遺跡探訪をからめたトリコロール、なかなか濃密な一日を過ごすことができました。いずれ旅行記は上梓するつもりですが、とりあえず写真を紹介します。
 まず花見ですが、天気も良かったので朝一番で、立川にある根川緑道を訪問。以前来たときは曇天だったので再挑戦です。いやあ素晴らしかった。小川と芝生におおいかぶさるように咲き誇る桜、そのピンクと青空を映す水面。眼福眼福。
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 掃苔のために寄ったJR高尾駅に近くで偶然見つけたのが、大光寺の桜です。墓地の真ん中に屹立する孤高の姿は神々しさすら覚えました。
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 国立駅南にある大学通りは、約1kmにわたって桜並木が連なります。芝生があるのがいいですね。語らったり、飲食をしたり、絵を描いたり、昼寝をしたりと、みなさん三々五々長閑な春を楽しんでおられました。
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中野駅北にある中野通りは、約2kmにわたって約300本の桜が植えられています。国立の大学通りにくらべて、道幅が狭く、かつ枝ぶりがよいので、まるで桜のトンネルです。圧巻でした。
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掃苔に訪れたのはJR高尾駅から自転車で二十分ほどのところにある高尾霊園。寺山修司忌野清志郎の墓参をしてきました。
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 戦争遺跡は、JR高尾駅から自転車で二十分ほどのところにある「湯の花トンネル列車銃撃空襲供養塔・慰霊の碑」を訪問。
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 JR高尾駅一番線の31と33の支柱には、米軍機による機銃掃射の弾痕が残されています。
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 八王子駅にある大和田橋には、焼夷弾が落ちた跡が保存されています。
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 おまけです。高尾駅近くにある「藤田」というお店でいただいた「桜エビかま飯」がたいへん美味しうございました。ボナペティ。
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by sabasaba13 | 2019-04-03 17:56 | 鶏肋 | Comments(0)

2019桜便り(東京編)

 昨日、山ノ神と一緒に東京の桜めぐりをしてきました。まずは王道・千鳥ヶ淵の桜を朝一番で堪能し、あとは人込みや出店・屋台のない穴場をまわりました。
 舎人ライナーに乗って、見沼代親水公園の桜を楽しみ、三河島水再生センターへ。残念ながら中には入れませんでしたが、見事な桜並木を外から拝見。都電で面影橋へ行き、神田川の桜を満喫。そして王子にある音無親水公園を訪れました。
 山ノ神がとげぬき地蔵に行ったことがないというのでお参りし、すぐ近くにある染井霊園へ。たそがれ時の静謐な墓地に怪しく咲き誇る桜の古木・大木には、二人で息を呑みました。凄い… 穴場の中の穴場ですね。
 旅行記として上梓するのはいつになるのかわかりませんが、とりあえず写真で報告します。

千鳥ヶ淵
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見沼代親水公園
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三河島水再生センター
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神田川
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音無親水公園
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染井霊園
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by sabasaba13 | 2019-04-02 07:05 | 鶏肋 | Comments(0)