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三・一独立運動百周年 1

 本日、2019年3月1日は、朝鮮「三・一独立運動」が起きた日からちょうど百年目にあたります。まずは大学入試用日本史でお馴染みの教科書、『改訂版 詳説日本史B』(山川出版社)から、運動の概要について引用します。
 これより先、民族自決の国際世論の高まりを背景に、東京在住の朝鮮人学生、日本支配下の朝鮮における学生・宗教団体を中心に、朝鮮独立を求める運動が盛りあがり、1919年3月1日に京城(ソウル)のパゴダ公園(タプッコル公園)で独立宣言書朗読会がおこなわれたのを機に、朝鮮全土で独立を求める大衆運動が展開された(三・一独立運動)。この運動はおおむね平和的・非暴力的なものであったが、朝鮮総督府は警察・憲兵・軍隊を動員してきびしく弾圧した。原敬内閣は、国際世論に配慮するとともに、朝鮮総督と台湾総督について文官の総督就任を認める官制改正をおこない、朝鮮における憲兵警察を廃止するなど、植民地統治方針について、若干の改善をおこなった。(p.327)
 日韓関係が険悪な状態にある理由の一つが、歴史認識の違いにあると考えます。過去において、日本は朝鮮に対してさまざまな搾取および非人道的行為・加虐行為を行ないました。日清戦争における東学党や農民への弾圧、閔妃殺害、韓国併合(1910)以降は、土地調査事業による土地の強奪、三・一独立運動への弾圧、堤岩里事件、関東大震災時の虐殺、皇民化政策、創氏改名、強制連行、従軍慰安婦、21万人の朝鮮人を戦場に送った徴兵令。この36年間の植民地支配の特徴を、『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』(梶村秀樹・宮田節子他 日本朝鮮研究所)は、「1910年代は土地よこせ(土地調査事業)、20年代は米よこせ(朝鮮産米増殖計画)、30年代後半から45年までは人よこせ(強制連行)、命よこせ(徴兵令)」とわかりやすくまとめています。
 そして敗戦後、日本に残った約60万人の朝鮮人を管理するため、1947(昭和22)年5月に昭和天皇の最後の勅令として「外国人登録令」が制定されました。朝鮮人などを外国人とし、憲法上の国民の権利義務の枠組みから排除するための法令です。さらに1952(昭和27)年4月、サンフランシスコ講和条約の発効に伴い、日本在留の朝鮮人と台湾人は日本国籍を失う、と日本政府は一方的に宣言しました。これをもって、在日朝鮮人は、公営住宅入居の権利を含む主要な社会福祉を受ける権利を失います。戦後の数十年間に日本の福祉制度が発達していくなかで、こうした排除の規定はますます強化されていきました。たとえば、1959(昭和34)年に発足した国民健康保険と国民年金制度では、日本在住の外国人は除外すると明確に規定されています。さらに在日朝鮮人は外国籍のゆえに医療などの専門職から排除され、公務員の職からも閉め出され、凄まじい打撃を蒙ることになりました。
 やれやれ、言葉もありません。こうした過去の過ちにきちんと向き合うことを「自虐史観」と言うのであれば、はい、私は自虐史観を支持します。自慰史観よりは、真っ当な歴史との向き合い方だと確信します。何度でも紹介しますが、『普遍の再生』(井上達夫 岩波書店)に教示していただいた、大沼保昭氏の言葉に私も共鳴します。
 過ちを犯したからといって卑屈になる必要はない。過ちを犯さない国家などというものは世界中のどこにもないのだから。しかし、過ちを犯さなかったと強弁することは自らを辱めるものであり、私たちの矜持がそうした卑劣を許さない。私たちの優れた到達点を率直に評価し、同時に過ちを認めるごく自然な姿をもつ国家こそ、私たちが愛し誇ることのできる日本という国ではないか。私はそう思う。(「日本の戦争責任と戦後責任」 『国際問題』 501号 2001年12月号) (p.68~9)
 韓国の人びとが日本への不信感を拭えないのは、こうした過ちを「水に流そう」「みんなやってる」「悪いことなんかしていない」「証拠がない」「謝ったんだから忘れろ」「関心ないね」「何それ?」「そっちも悪い」と考える日本人が、特に国民が選出した国会議員の中でそう考え発言する方があまりにも多すぎるからではないでしょうか。

 今日の三・一独立運動百周年も、過去の歴史にきちんと向き合うきっかけとなって欲しいのですが、この運動のことを真摯に取り上げるメディアがほとんどないのが残念です。ただ『週刊金曜日』(№1221 19.2.22)が、「100年前のろうそくデモ 3・1朝鮮独立運動」という特集を組んでくれたのがせめてもの救いです。現在のソウルの表情、運動の直後に上海で樹立された大韓民国臨時政府の紹介、運動の歴史的・今日的意義、ろうそく市民革命との関連、日本で学んでいた朝鮮人留学生がつくり三・一独立運動の起爆剤となった2・8宣言の紹介など、たいへん勉強になりました。
「ソウルの表情」の中で成川彩氏は、韓国の人たちが怒っているのは「歴史問題に対して反省せず、日韓の葛藤をあおるような日本政府の態度」に対してである、と指摘されていますが、これは重要な視点だと思います。(p.18) 歴史問題に不誠実な態度をとって韓国の人びとを怒らせ、それをあたかも日本人全体に対する反発であるかのように見せかけて、さらに日韓の不和を煽るという自民党政権の策略が垣間見えてきます。やれやれ、国外に敵をつくって、国民の目を真の問題から逸らすという、これまで何度も何度も何度も何度も繰り返されてきた手法が、いまだに有効であることに絶望すら覚えます。どこまでなめられたら日本人は気づくのでしょうか。
 そして本号の白眉は、外村大氏による「3・1独立宣言」の現代語訳です。私も史実としては知っていましたが、全文を読むのは初めてです。ぜひ多くの方々に読んでほしいので、長文ですが引用します。
宣言書

 わたしたちは、わたしたちの国である朝鮮国が独立国であること、また朝鮮人が自由な民であることを宣言する。このことを世界の人びとに伝え、人類が平等であるということを大切さを明らかにし、後々までこのことを教え、民族が自分たちで自分たちのことを決めていくという当たり前の権利を持ち続けようとする。5000年の歴史を持つわたしたちは、このことを宣言し、2000万人の一人ひとりがこころを一つにして、これから永遠に続いていくであろう、わたしたち民族の自由な発展のために、そのことを訴える。そのことは、いま、世界の人びとが、正しいと考えていることに向けて世の中を変えようとしている動きのなかで、いっしょにそれを進めるための訴えでもある。
 このことは、天の命令であり、時代の動きにしたがうものである。また、すべての人類がともに生きていく権利のための活動でもある。たとえ神であっても、これをやめさせることはできない。わたしたち朝鮮人は、もう遅れた思想となっていたはずの侵略主義や強権主義の犠牲となって、初めて異民族の支配を受けることとなった。自由が認められない苦しみを味わい、10年が過ぎた。支配者たちはわたしたちの生きる権利をさまざまな形で奪った。そのことは、わたしたちのこころを苦しめ、文化や芸術の発展をたいへん妨げた。民族として誇りに思い大切にしていたこと、栄えある輝きを徹底して破壊し、痛めつけた。そのようななかで、わたしたちは世界の文化に貢献することもできないようになってしまった。
 これまで押さえつけられて表に出せなかったこの思いを世界の人びとに知らせ、現在の苦しみから脱して、これからの危険や恐れを取り除くためには、押しつぶされて消えてしまった、民族として大切にして来た心と、国家としての正しいあり方を再びふるい起こし、一人ひとりがそれぞれ人間として正しく成長していかなければならない。次世代を担う若者に、いまの状況をそのままとしていくことはできないのであり、わたしたちの子どもや孫たちが幸せに暮らせるようにするためには、まず、民族の独立をしっかりとしたものにしなければならない。2000万人が固い決意を相手と闘う道具とし、人類がみな正しいと考え大切にしていること、そして時代を進めようとするこころをもって正義の軍隊とし、人道を武器として、身を守り、進んでいけば、強大な権力に負けることはないし、どんな難しい目標であってもなしとげられないわけはない。
 日本は、朝鮮との開国の条約を丙子年・1876年に結び、その後も様々な条約を結んだが、〔朝鮮を自主独立の国にするという約束は守られず〕そこに書かれた約束を破ってきた。しかし、そのことをわたしたちは、いま非難しようとは思わない。日本の学者たちは学校の授業で、政治家は会議や交渉の際に、わたしたちが先祖代々受け継ぎ行なってきた仕事や生活を遅れたものとみなして、わたしたちのことを、文化を持たない民族のように扱おうとしている。彼ら日本人は征服者の位置にいることを楽しみ喜んでいる。わたしたちが作り上げてきた民族の大切な歴史や文化の財産とを、彼ら日本人が馬鹿にして見下しているからといって、そのことを責めようとはしない。わたしたちは自分たち自身をはげまし、立派にしていこうとしていて、そのことを急いでいるので、ほかの人のことをあれこれ恨む暇はない。いまこの時を大切にして急いでいるわたしたちは、かつての過ちをあれこれ問題にして批判する暇はない。いま、わたしたちが行なわなければならないのは、よりよい自分を作り上げていくことだけである。他人を怖がらせたり、攻撃したりするのではなしに、自ら信じるところにしたがって、わたしたちは自分たち自身の新しい運命を切り開こうとするのである。決して、昔の恨みや、一時的な感情で、他の人のことをねたんだり、追い出そうとしたりするわけではない。古い考え方を持つ古い人びとが力を握って、そのもとで手柄を立てようとした日本の政治家たちのために、犠牲となってしまった、現在の不自然で道理にかなっていないあり方をもとにもどして、自然で合理的な政治のあり方にしようとするということである。
 もともと、日本と韓国(注・大韓帝国)との併合は、民族が望むものとして行なわれたわけではない。その結果、威圧的で、差別・不平等な政治が行なわれている。支配者はいいかげんなごまかしの統計数字を持ち出して自分たちが行なう支配が立派であるかのようにいっている。しかしそれらのことは、二つの民族の間に深い溝を作ってしまい、互いに反発を強めて、仲良く付き合うことができないようにしている、というのが現在の状況である。きっぱりと、これまでの間違った政治をやめ、正しい理解と心の触れあいに基づいた、新しい友好の関係を作り出していくことが、わたしたちと彼らとの不幸な関係をなくし、幸せをつかむ近道であるということを、はっきりと認めなければならない。
 また、怒りと不満をもっている、2000万人の人びとを、力でおどして押さえつけることでは、東アジアの永遠の平和は保証されないし、それどころか、東アジアを安定させる際に中心になるはずの中国人の間で、日本人への恐れや疑いをますます強めるであろう。その結果、東アジアの国々は共倒れとなり、滅亡してしまうという悲しい運命をたどることになろう。いま、わが朝鮮を独立させることは、朝鮮人が当然、得られるはずの繁栄を得るというだけではなく、そうしてはならないはずの政治を行ない、道義を見失った日本を正しい道に戻して、東アジアを支えるための役割を果たさせようとするものであり、同時に、そのことで中国が感じている不安や恐怖をなくさせようとするためのものでもある。つまり、朝鮮の独立はつまらない感情の問題として求めているわけではないのである。
ああ、いま目の前には、新たな世界が開かれようとしている。武力をもって人びとを押さえつける時代はもう終わりである。過去のすべての歴史のなかで、磨かれ、大切に育てられてきた人間を大切にする精神は、まさに新しい文明の希望の光として、人類の歴史を照らすことになる。新しい春が世界にめぐってきたのであり、すべてのものがよみがえるのである。酷く寒いなかで、息もせずに土の中に閉じこもるという時期もあるが、再び暖かな春風が、お互いをつなげていく時期がくることもある。いま、世の中は再び、そうした時代を開きつつある。そのような世界の変化の動きに合わせて進んでいこうとしているわたしたちは、そうであるからこそ、ためらうことなく自由のための権利を守り、生きる楽しみを受け入れよう。そして、われわれがすでにもっている、知恵や工夫の力を発揮して、広い世界にわたしたちの優れた民族的な個性を花開かせよう。
 わたしたちはここに奮い立つ。良心はわれわれとともにあり、真理はわれわれとともに進んでいる。老人も若者も男も女も、暗い気持ちを捨てて、この世の中に生きているすべてのものとともに、喜びを再びよみがえらせよう。先祖たちの魂はわたしたちのことを密かに助けてくれているし、全世界の動きはわたしたちを外側で守っている。実行することはもうすでに成功なのである。わたしたちは、ただひたすら前に見える光に向かって、進むだけでよいのである。

公約三章

一、今日われわれのこの拳は、正義、人道、生存、身分が保障され、栄えていくための民族的要求、すなわち自由の精神を発揮するものであって、決して排他的感情にそれてはならない。
二、最後の一人まで、最後の一刻まで、民族の正当なる意志をこころよく主張せよ。
三、一切の行動はもっとも秩序を尊重し、われわれの主張と態度をしてあくまで光明正大にせよ。

朝鮮建国四千二百五十二年三月一日

朝鮮民族代表

孫秉熙 吉善宙 李弼柱
白龍城 金完圭 金秉祚
金昌俊 權東鎭 權秉悳
羅龍煥 羅仁協 梁旬伯
梁漢默 劉如大 李甲成
李明龍 李昇薰 李鍾勳
李鍾一 林禮煥 朴準承
朴熙道 朴東完 申洪植
申錫九 吳世昌 吳華英
鄭春洙 崔聖模 崔麟
韓龍雲 洪秉箕 洪其兆 (p.20~2)
 うーむ。一読、唸ってしまいました。何と志の高い宣言である事よ。日本に対する怒りや恨みは激甚であるだろうに、それを昇華させ人類的な視野にたって「人間を大切にする精神」「自由のための権利」「生きる楽しみ」を希求する精神。道義を見失った日本を正しい道に戻して、中国や韓国とともに東アジアを支えようと、連帯を求める精神。あらためて三・一独立運動を見直してしまいました。残念なことにこの呼びかけに耳を傾ける日本人は少なく、暴力的な弾圧でこの運動を叩き潰してしまいました。この道義ある宣言を暴力で潰したことに対する後ろめたさが、数年後に起きた関東大震災時の虐殺に結びついたような気がします。
そして気づかれましたか。“支配者はいいかげんなごまかしの統計数字を持ち出して自分たちが行なう支配が立派であるかのようにいっている”という一文を。●があったら入りたい、百年前から日本の官僚の皆々様は、己の政策を正当化するために、統計数字を誤魔化していたのですね。過ちを反省しなければ、同じ過ちを繰り返すという歴史法則の好例です。

 付記その一。日本で学んでいた朝鮮留学生の若者たちが署名し、三・一独立運動の起爆剤となった2・8宣言の記念碑が、東京神田の在日本韓国YMCAにあるそうです。またこちらには「2・8独立宣言資料室」も併設されているとのこと。今度、ぜひ訪れてみたいと思います。

 付記その二。外務省の「海外安全情報」に下記の注意喚起が掲載されていました。
韓国:「3.1独立運動100周年」に際するデモ等に関する注意喚起

●3月1日に国内各都市でデモ等が行われる可能性があります。最新の情報に注意するとともに,デモ等には近づかない等慎重に行動してください。

1 3月1日の「3.1独立運動100周年」に際し,ソウル,釜山,済州をはじめとする各都市において,市民団体等によるデモ等が行われる可能性があります。
2 つきましては,韓国への滞在・渡航を予定している方や滞在中の方は,最新の情報に注意し,デモ等が行われている場所には近づかない等慎重に行動し,無用のトラブルに巻き込まれることのないようご注意ください。
3 なお,デモ等に関する最新の情報については,大使館・総領事館から随時お知らせします。
4 万が一,被害に遭った場合や他の邦人が被害に遭ったとの情報に接した場合には,大使館又は総領事館にご一報ください。
5 海外渡航の際には,万一に備え,家族,友人在日本,職場等に,日程や渡航先での連絡先を伝えておくようにしてください。
 いつか、韓国人と日本人が肩を組み、三・一独立運動を追憶するデモを仲良く行える日が来るといいのになあ。安倍首相、日本政府が諜報員を韓国に派遣してデモ隊を挑発して暴行を受けるように仕向け、日本人の反韓感情を炎上させる…なんてことはまさかしないですよね。

 本日の一枚、1996年に訪れて撮影したタプッコル公園です。
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by sabasaba13 | 2019-03-01 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)

沖縄の「NO」 2

 辺野古新基地建設に、沖縄の人びとが「NO」をつきつけたというこの事実について考えると、さまざまな疑問がわいてきます、いやわかなければなりません。なぜ新基地は沖縄につくらなければならないのか、他の都道府県では駄目なのか? 新基地をつくる目的は何か? 海兵隊は何のために沖縄にいるのか、ほんとうに日本国民の安全保障のためなのか? さらに言えば在日米軍は何のために日本にいるのか、ほんとうに日本国民の安全保障のためなのか? なぜ沖縄にこれほどの米軍基地が集中しているのか、攻撃に対する脆弱性は考慮しないのか? 米政府・米軍および日本政府はなぜ普天間基地の危険性を放置しているのか? なぜ日本の主権を侵害している日米行政協定を日本政府は改正しようとしないのか? アメリカの公文書で明らかになっている米軍に関するさまざまな密約をなぜ日本政府は認めないのか、なぜ国民はそれに対して批判をしないのか? もう頭の中は"?"で一杯です。
 こうした疑問について調べ、考えないと、真の解決策も見出せないでしょう。それをしようとしない知的怠惰と、沖縄の人びとの苦しみに関心をもたない倫理的怠惰が、いま、この国に瀰漫しているようです。ちなみに福島原発事故の被害者・犠牲者の方々に対する態度も同様ですね。東京オリンピックや嵐の解散で大騒ぎしている場合ではないと思うのですが。
 個人的に、冬籠り前の栗鼠のように、この問題に関するいろいろな本を集めて読んできました。その一部を、すべて引用で恐縮ですが紹介したいと思います。歴史的な思考と、複眼的な視点を得るための一助になれば幸甚です。
『要石:沖縄と憲法9条』 (C・ダグラス・ラミス 晶文社)
 知念ウシが考えたイメージを借りよう。それを、「日本がもし100人の小学校だったら」と呼ぶことにする。その学校の百人の小学生が、99対1で、つまり、とても民主的に、決定をする。つまり、その一人が75個のランドセルを背負って、あとの99人が残りの25個を背負う、という決定だ。その一人が、「重いから、ちょっと手伝ってくれ」というと、99人が「それどころじゃない。私たちはランドセル反対運動をやっているので、それが実現するまで待ちなさい。自分の苦しむを人に押し付けることは、よくないだろう」と答える。ところが、その99人の「反ランドセル運動」は、実はあまりやられていないのだ。なぜなら、75個を他の一人に背負わせているため、ランドセルの重みをあまり感じないからだ。(知念ウシ 『ウシがゆく』 沖縄タイムス社)
 その75個のランドセルとはもちろん、沖縄にある米軍基地のことだ。沖縄に75%を背負わせていることで、本土にとって日米安保条約がほとんど無視していいぐらい、軽いものになった。その軽さと、本土日本の反戦平和運動の軽さとはつながっているだろう。つまり、日本社会の現実逃避を可能にするため、沖縄に頼ってきた。
 ところが最近の沖縄は、日本の矛盾した意識が崩れないための「要石役」を断り始めたようだ。これまで動かなかったものが、動き出すかもしれない。(p.257~8)

『ウシがゆく』 (知念ウシ 沖縄タイムス社)
 アメリカは本当は普天間も辺野古もいらないのではないか。しかし、日本政府から引き出せるだけのものを取ってから撤退しようとしているのか。例えば、自衛隊基地の米軍による使用、在外米軍基地(たとえばグアム)での米軍費用の日本負担とか。
 また、普天間基地、辺野古移設を手放せば、アメリカの基地帝国が揺らぐ、ということもあるかもしれない。私たちが思っているほど、アメリカ帝国は強固ではないのかもしれない。なるほど、ならば、このヒステリックな反応が理解できる。普天間・辺野古は要石なのだ。それを抜くと一気に崩れてしまう。波及効果を恐れているのかもしれない。沖縄が勝利すれば、アメリカ帝国と戦っている他の地域の民衆へ勇気と希望を与えてしまう、と。(p.278~9)

『沖縄と米軍基地』 (前泊博盛 角川oneテーマ21)
 (※元日本政策研究所長のチャルマーズ・ジョンソン) 普天間問題で日米関係がぎくしゃくするのはまったく問題ではない。日本政府はどんどん主張して、米国政府をもっと困らせるべきだ。これまで日本は米国に対して何も言わず、従順すぎた。歴史的に沖縄住民は本土の人々からずっと差別され、今も続いている。それは、米軍基地の負担を沖縄に押しつけて済まそうとする日本の政府や国民の態度と無関係ではないのではないか。同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを受けているのに他の日本人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できない。もし日本国民が結束して米国側に強く主張すれば、米国政府はそれを飲まざるを得ないだろう。日本政府は米国の軍需産業のためではなく、沖縄の住民を守るために主張すべきだ。(p.106)

 同報道を契機に「辺野古基地は自衛隊のためという腹づもり。だから基地の規模も大きいし耐久年数も長い頑丈なものをつくろうとしている」との見方も出ています。沖縄県内の米軍基地では、「米軍再編」合意に基づき08年からキャンプ・ハンセンで陸上自衛隊の共同使用が行われ、嘉手納基地などでも共同訓練が模索されています。
 沖縄にとっては、米軍駐留問題だけでなく、自衛隊という別の軍隊の駐留、自衛隊基地問題も今後新たな課題として浮上しそうです。(p.110)

 普天間移設問題では、名護市辺野古への新基地建設に反対する市民・住民らが建設を前提にした国の環境調査を、体を張って阻止しましたが、その際、手を焼いたとはいえ防衛省は反対運動の威圧のために掃海母艦を沖縄に派遣しています。自衛隊が米軍の基地を建設するために、軍事力を自国民に行使する、ついに自衛隊は大砲を自国民に向けるという重大な事態までも沖縄では起きているのです。しかも、女性やお年寄りも含む武器を持たない丸腰の国民に対してです。自衛隊という軍隊は、「何から何を守っているのか」という問いに対する答えが垣間見える出来事です。外国軍隊の基地建設のために、自国民に対して軍事力を行使する。かつて日本軍に虐殺された経験を持つ沖縄県民です。自衛隊も旧日本軍と変わらぬ体質、軍隊の本質を露呈したとして、この「事件」を、沖縄の新聞は糾弾しました。(p.202~3)

『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』 (矢部宏治 文/前泊博盛 監修 書籍情報社)
 そもそもこの話(※普天間基地返還)の始まりは、1995年に起きた少女暴行事件だったはずです。沖縄県民の怒りに危機感をつのらせたクリントン政権が、自分から水をむける形で橋本首相に普天間返還を提案させたのです。それがいつのまにか、うまく話をすりかえられて、辺野古に巨大な基地をつくらなければ普天間が返ってこないというような話になっている。だいたい辺野古での基地建設は、1960年代から米軍内で検討されていたプランだそうです。だからいかなる意味においても、絶対に「移設」ではありません。世界一危険で、近い将来絶対に閉鎖しなければならないボロボロの基地(+α)と、辺野古につくる新品のピカピカの基地を「交換」しようという話しなのです。
 もちろんアメリカ側の思惑だけで、こういう日本人をバカにしたような計画(移転費用+新基地の建設)ができるとは思えません。日本の官僚が論理的に反対すれば通るはずがないからです。だいたい米軍再編計画の第1原則は、「望まれないところには基地を置かない」となっているのですから。
 事実、2011年にウィキリークスが暴露したアメリカの外交文書を見ると、鳩山政権の普天間返還交渉のなかで、防衛省と外務省の生え抜き官僚たちがアメリカのキャンベル国務次官補(元国防次官補)に対し、「(民主党政権の要望には)すぐに柔軟な姿勢を示さない方がいい」(高見沢・防衛政策局長)など、完全にアメリカ側に立った発言をくり返していたことがわかっています。密室での交渉とはいえ、なぜそんなことが起こるのか。
 ひとつは…、米軍の存在自体が抑止力と位置づけられているため、いつまでもいてもらわなければ困ると本気で思っているからでしょう。もうひとつは「天皇メッセージ」のところで見たように、米軍の存在が現在の国家権力構造(国体)の基盤であることを、彼らがよくわかっているからでしょう。豊下教授の研究を援用すれば「天皇を米軍が守る」、そして戦前と同じく「その周囲は官僚が支える」、これが戦後日本の国体〔(天皇+米軍)+官僚〕であり、この体制は明治以来の「天皇の官吏」としての官僚たちの行動原理(絶対的権威のもと匿名で権力を行使する)にぴたりとはまったわけです。
 とくに昭和天皇が亡くなったあと、現在の天皇陛下は政治的行為から完全に距離をとっておられますので、国家権力構造の中心にあるのは「昭和国体」から天皇を引いた「米軍・官僚共同体」。米軍の権威をバックに官僚が政治家の上に君臨し、しかも絶対に政治責任を問われることはない。だから鳩山元首相の証言にあるように、官僚のトップが堂々と首相の指示を無視して「アメリカとの関係」を優先する。これが平成の新国体なのでしょう。
 では彼らはどうやって実際に政治家を支配しているのか。その力の源泉は、彼らが「条約や法律を解釈する権限」を独占していることだそうです。ひとつはこれまで見てきたようなアメリカとの条約やさまざまな密約、もうひとつは政治資金規正法など、非常に定義があいまいな法律の有罪ライン、こうした政治家の運命を決めてしまうような重大な問題について、最終判断を下す権限を官僚がもっているため、失脚したくない政治家は官僚におもねるしかないのです。岸・池田・佐藤・田中と、政治が金で動いた昭和の時代は、もっぱら大蔵官僚の権力にスポットライトが当たっていましたが、平成の新国体の中心にいるのは、そうした法律の解釈権をもつ外務官僚と法務官僚のようです。(p.254~5)

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』 (矢部宏治 集英社インターナショナル)
 しかし、もし今回、辺野古での基地建設を認めてしまったら、それは沖縄の歴史上初めて県民が、米軍基地の存在をみずから容認するということになってしまう。それだけは絶対にできないということで、粘り強い抵抗運動が起きているのです。
 もしも日本政府が建設を強行しようとしたら、流血は必至です。日本中から反対運動に参加する人たちが押し寄せるでしょう。
 それなのに、なぜ計画を中止することができないのか。
 先ほどの1957年の秘密文書を見てください。
 「新しい基地についての条件を決める権利も、現存する基地を保持しつづける権利も、米軍の判断にゆだねられている」
 こうした内容の取り決めに日本政府は合意してしまっているのです。ですからいくら住民に危険がおよぼうと、貴重な自然が破壊されようと、市民が選挙でNOという民意を示そうと、日本政府から「どうしろ、こうしろと言うことはできない」。オスプレイとまったく同じ構造です。
 だから日本政府にはなにも期待できない。自分たちで体を張って巨大基地の建設を阻止するしかない。沖縄の人たちは、そのことをよくわかっているのです。(p.73~4)

『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』 (猿田佐世 角川新書)
 これまで述べてきたことから、日本政府や日本の既得権益層は「対米従属」の姿勢を表では装いながら「ワシントン拡声器」を使って、実は自分らの望む政策を推進していることが、おわかりいただけると思う。
 憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認のように、自分たちに都合のいい声をワシントンに取りに行き、それを「アメリカの声」として利用する。
 原発問題では、自分たちに都合のいい「早く再稼働せよ」という声だけを選択して利用し、自分たちに都合の悪い「再処理継続への懸念」の声は拡散しないようにする。
 TPP問題のように、自分たちで「推進の声」を増幅し、「アメリカの声」として拡散させる。
 沖縄の基地問題のように、著名な知日派のなかに「辺野古移設とは別の案の検討が必要だ」という声があっても、拡声器のスイッチを切り、まるで存在しないかのようにしてしまう。
 それぞれ問題の分野は異なるが、基本的な仕組みは同じであり、メディアもこれに加担してきた。
 「アメリカの声」とは何なのか? 「アメリカ」とはいったい誰なのか? どんな意図があって、誰がその「声」を流しているのか? 別の「声」もあるのではないか?
 さまざまな疑問が出てくるのが、戦後七十年間続いてきた既存の日米関係だ。その関係は、「共犯関係」とも言える、いびつなものだ。
 自分たちに都合のいい「声」が発せられるようにと、知日派を擁する主要シンクタンクや大学などに何億という資金を提供しているのは日本政府であるが、もとをただせば、その資金は国民の税金から出ている。こうした仕組みが日本国民にまったく知られていないのは、あまりに民主主義的ではない。
 日本政府や日本の既得権益層が知日派を利用するメリットはいくつもあるが、なによりも、「費用対効果」も「時間対効果」がとても高いということがあげられる。であるからこそ多額の資金を政府が容易に振り向けるのである。
 日本の政策に多大な影響を及ぼしていることをもって、アメリカの知日派を批判する人も日本には多いが、一歩引いて考えれば、別に彼らが悪いわけではない。知日派が日本に対して、自国アメリカの利益として最善だと思うことを「こうしてほしい、ああしてほしい」と言うのは、ある意味アメリカ人としてしかたのないことである(それがアメリカという国が進めるべき政策かどうかという点についての批判はありえるが)。これら知日派は、日本から資金を得られるからといって自分の意見を変えているわけではなく、日本から資金や情報を得、日本から発言の機会を得、その結果、日本に関心を持ち続けるインセンティブを得て効果的に発信し続けているだけなのである。日本からの資金提供により、もともと彼らが持っている価値観を曲げて発言しているわけではないだろうことは、私も承知している。
 むしろ、自ら「対米従属」を選びながらそれを隠し続け、従属させられているような振りをしてきた日本政府のほうに問題がある。
 その政府を選んでいるのは私たち日本国民である。私たちがこのような実態をしっかりと把握したうえで異議を唱え、いびつな共犯関係を正すために行動していかない限り、今後もこの構図は変わらないであろう。(p.122~4)

『沖縄は孤立していない 世界から沖縄への声、声、声。』 (乗松聡子編著 金曜日)

【言語道断の新基地計画 差別と戦利品扱い根源に ジャン・ユンカーマン】
 この映画(※『沖縄 うりずんの雨』)を制作するにつれて見えてきたことは、辺野古の問題の根源には、この米国にとっての「戦利品」という理解と、日本の沖縄に対する差別が相互に教化し合う形で存在するということだ。日沖、米沖間の関係のこのような性質がなければ、沖縄にさらにもう一つの基地を造るなど考えつきもしないだろう。このような言語道断の計画は、他に解釈のしようがない。(p.161)

【「醜い日本人」仲間へ 乗松聡子】
 むろん沖縄の人権が守られないのは日米安保条約のせいだけではなく、日米安保条約を維持し、その具体的な負担を沖縄に押し付け続けている日本の責任である。沖縄への基地集中を許し、また新たな基地建設を黙認し、沖縄の声に耳を傾けないか他人事として知らんぷりしている多くの日本人の責任である。2015年、総工費2520億円かそれ以上と見込まれた2020年東京オリンピック用の新国立競技場建設計画に「金がかかりすぎる」と反対の嵐が巻き起こり、新聞やテレビは連日トップ扱いで報道した。元オリンピック選手が涙ながらに反対を訴えるシーンも全国に流れ、世論の重圧に耐えきれないかの如くに同年7月17日、安倍首相は計画の白紙撤回を発表した。
 かたや辺野古新基地の総工費は「少なくとも3500億円」と政府は発表しており、米側の情報をもとに、1兆円に上るという指摘もある。同じ国家的プロジェクトでも、辺野古基地よりも予算的に低いものを「お金をかけ過ぎた」との全国的な世論が巻き起こって計画を変更させることが可能なのだという現実を、沖縄の人々は見せつけられた。辺野古の基地建設については、いくら沖縄から声を上げても大勢の日本人は他人事として素通りし、報道したとしても概して「沖縄がわがままを言っている」というような報道しかせず、新国立競技場計画を変更したような勢いの世論が起こることはないからだ。国家で起こる「多数決の暴力」が全国世論レベルでも起こっている。(p.10~1)

『週刊金曜日』 №1219 19.2.8

【辺野古「反対者リスト」を警備会社が作成 国の関与の疑いが濃厚に 渡瀬夏彦】
 さて、ここで取り上げたいのは。政府による人権侵害、市民運動弾圧の恐ろしさが、すでに沖縄において、殊に新基地建設ゴリ押しの現場において、露骨な形で常態化している問題だ。14年の着工以降、不当逮捕者が50人を超えていることも恐ろしい事実だが、プライバシーの侵害も看過できない問題だ。
 1月28日と29日、『毎日新聞』は1面でスクープ記事を掲載した。それは、16年5月に『沖縄タイムス』が報道した事実に関する詳報記事と言ってよいものだった。
 辺野古・大浦湾の海上警備を担当するライジングサンセキュリティーサービスという会社(沖縄での子会社の名はマリンセキュリティー)が、14年から辺野古新基地建設強行に抗議し海上行動に参加してきた市民の顔写真入りリスト60人分を作成したという大問題。
 『毎日新聞』はこのリストを入手した上で警備会社の幹部社員に取材するなど、事実の検証を進めた。その「反対者リスト」に学歴、家族構成などの情報を克明に記された人もいる。警備会社は『毎日新聞』の取材に「沖縄防衛局調達部次長」から指示があったことを示唆している。
 ただ防衛局側は「指示」の打ち消しに躍起で、16年8月には安倍内閣としても、仲里利信衆議院議員(当時)の質問主意書に対して「『リスト』を保有しておらず、お答えをすることは困難」との答弁書を閣議決定している。(p.5)

 本日の一枚、2003年8月に山ノ神と訪れた辺野古です。
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by sabasaba13 | 2019-02-27 06:25 | 鶏肋 | Comments(0)

沖縄の「NO」 1

 辺野古の新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う沖縄県民投票で、反対の民意が明確に示されました。まずは、安倍首相の城狐社鼠、作家の百田尚樹氏によって「絶対つぶさなあかん」と罵倒された沖縄の二つの新聞社、「琉球新報」と「沖縄タイムス」の社説を熟読して、これまでの経緯を理解し、沖縄の人びとの思いに真摯に耳を傾けましょう。
県民投票で反対多数 埋め立て直ちに中止せよ  (琉球新報社説 2019.2.25)

 名護市辺野古の新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票で、反対の民意が明確に示された。特定の基地建設を巡り、民主主義で定められた制度によって県民が自ら意思表示をしたのは初めてだ。2月24日は沖縄の歴史の中で特筆すべき日になった。
 法的拘束力がないにもかかわらず、有権者の過半数が投票し、43万人を超える人々が新基地建設にノーを突き付けた。この事実を政府が無視することは断じて許されない。
 政府はこの結果を尊重し、新基地建設工事を直ちに中止すべきだ。市街地の真ん中にある米軍普天間飛行場は、県内移設を伴わない全面返還に方針を転換し、米側と交渉してもらいたい。まずは県民投票の結果をありのままに米国に伝え、理解を求めることだ。
 地元が反対する場所に基地を置くのは米国にとっても得策ではない。沖縄側の意向をくみ取る方が賢明だ。
 県民投票をせざるを得ないところまで沖縄を追い込んだのは、米国追従の姿勢を崩さず、知事選の結果さえ顧みない安倍政権だ。その背後には、沖縄に基地を置くのは当たり前だと思い込んでいたり、あるいは無関心であったりする、多くの国民の存在がある。
 県民投票を機に、基地問題を自分の事として考える人が全国で増えたのなら、投票の意義はさらに高まる。
 普天間飛行場の返還が具体化したのは1995年の少女乱暴事件がきっかけだ。米軍基地の整理縮小を求める世論の高まりを受け、5~7年で全面返還することを日米両政府が96年に合意した。
 当初示された条件は、普天間のヘリコプター部隊を、嘉手納飛行場など県内の既存の米軍基地内にヘリポートを建設し移転することだった。それが曲折を経て大規模な基地建設へと変容していった。
 23年前の県民投票で基地の整理縮小を求める強い意思が示された。だが今日、多くの県民の意向に反し、新たな米軍基地の建設が進められているのは由々しき事態だ。
 政府は辺野古移設が「唯一の解決策」と繰り返し述べているが、それは安倍政権にとっての解決策という意味しか持たない。新基地を建設したとしても普天間が返還される確証はない。「5年以内の運用停止」の約束をほごにしたように、さまざまな理由を付けて返還が先送りされる可能性が大きいからだ。
 さらに、建設工事の実現性も大きく揺らいでいる。予定地の軟弱地盤に対応し7万7千本のくいを打つ必要があるが、水深90メートルに達する大規模な地盤改良工事は世界的にも例がない。建設費は県が試算した2兆5500億円よりも、さらに膨らむ。
 沖縄の民意に反するばかりか、膨大な血税を浪費する荒唐無稽な工事と言わざるを得ない。玉城デニー知事は今回示された民意を足掛かりにして、断固たる決意で政府との交渉に臨んでほしい。


[辺野古「反対」7割超] 計画断念し代替策探れ (沖縄タイムス社説 2019.2.25)

 信念や確信、悩みや戸惑い。3択のどちらに投じられた票にも、それぞれの思いが込められているはずだ。県民投票の結果を厳粛に受け止めたい。今こそ「辺野古」を巡る対立と分断に終止符を打つ第一歩を踏み出す時である。普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票が24日、すべての市町村で実施された。 投票率は52・48%。反対票は、賛成票と「どちらでもない」票を合わせた数を大幅に上回り、投票資格者の4分の1を超えた。新基地建設に反対する玉城デニー知事は、県民投票によって今後の政策推進の原動力を手に入れたことになる。反対票は、昨年の知事選で玉城知事が獲得した過去最多の得票を上回り、40万の大台に乗った。
 辺野古埋め立てについて、県民投票で沖縄の民意が明確に示されたのは、今度が初めてである。このことは安倍政権の強引な埋め立て政策が民意によって否定されたことを意味する。軟弱地盤の改良工事に伴う「工事の長期化」という点からも、県民投票で示された「明確な民意」という点からも、新基地建設計画は、もはや完全に破たんした。政府は直ちに工事を中止し、県と見直し協議に入るべきだ。

 戦後、基地優先政策の下で自己決定権をないがしろにされてきた県民にとって、投票結果の持つ意味は大きい。米軍基地の整理縮小や日米地位協定見直しの賛否を問う1996年9月の県民投票は、労組が発案し主役を担う労組主導の運動だった。今回、署名活動を中心になって担ったのは、さまざまな立場の市民である。とりわけ対話を求める若い人たちの取り組みは、幅広い層の共感を呼んだ。昨年9月の県知事選で玉城知事を誕生させた「新しい政治」を求めるうねりは県民投票に引き継がれていたのである。
 政府の強引な土砂投入に対し、国内外から工事停止を求める声が相次いだ。ハワイ在住県系4世のロブ・カジワラさんが始めた米ホワイトハウスの請願サイトへの電子署名は、21万筆を超えた。県民投票に法的な拘束力はないが、だからといって、政府がこの結果を無視することは許されない。稲嶺恵一元知事も仲井真弘多元知事も、「軍民共用」「15年使用期限」、普天間飛行場の「5年以内の運用停止」などの条件を付して辺野古移設を認めた。だが、政府はいずれの条件も一方的にほごにし、説明責任すら果たしていない。地盤改良工事に伴って事業費が大幅に膨らむのは確実だ。工期の長期化も避けられなくなった。にもかかわらず、政府は工期も事業費もまだ明らかにしていない。県民投票に対して「静観」の姿勢を示した自民、公明支持層からも埋め立て「反対」の声が数多く示された。政府はこの事実を真剣に受け止めなければならない。

 衆参で3分の2を超える議席にあぐらをかいて、上から目線で工事を強行することは許されない。政府は、埋め立て工事を強行することで「もう後戻りはできない」というあきらめの空気を広げようとしたが、県民感情を逆なでしただけで、期待していたほどの効果は生まなかった。沖縄戦後史への深い理解なくして辺野古問題の解決策を見いだすことはできない。安倍内閣の政権運営は安定している。トランプ米大統領との相性の良さは抜群だ。安倍内閣が持つこの政治的資産は、辺野古問題を終わらせることにも、沖縄を犠牲にして米国への従属を深めることにも、いずれにも活用可能である。安倍首相の賢明な判断を求めたい。辺野古新基地建設計画を断念し、普天間の早期返還に向け、日米協議を開始すべきだ。
 "トランプ米大統領との相性の良さは抜群"という痛烈な皮肉には、思わず緩頬してしまいました。同じ穴の狢ということでしょうか。それはさておき、"沖縄戦後史への深い理解なくして辺野古問題の解決策を見いだすことはできない"という一文には、強く共感します。二言目には「普天間飛行場の危険性除去」を繰り返し、辺野古新基地の建設を強行する安倍首相ですが、それでは訊きたい。これまでずっとその危険性を放置し黙認してきたのは誰なのか、と。それは自民党政権と外務官僚ではないのか。それを口実にして沖縄に新基地を建設するとは、「盗人猛々しい」という俚諺そのものです。
 その危険性は、日本の外務省は現在、世界でただ一ヵ国だけ、「駐留外国軍(米軍)には原則として、受け入れ国(日本)の国内法は適用されない」という理解不能な立場をとっていること、つまり現実としての「占領体制」がいまだに継続していることに起因しています。(『知ってはいけない 2』 矢部浩治 講談社現代新書 p.68~70) なぜそうなってしまったのか、その歴史的経緯を知らないと安倍首相の無恥な言説にころりと騙されてしまいます。
 歴史を知らないとどうなるのか。今読んでいる『歴史という教養』(河出新書003)の中で、片山杜秀氏はこう述べられています。
 そのとき、あなたの言葉は、時間と空間の厚みを失って安っぽくなり、あなたの行動は独りよがりになって説得力を失い、あなたの事実認識は前例を知らないのでやること起きることを何でも新しいと錯覚し、あなたの思考は歴史と経験の厚みを持たないので何事も場当たり的になり、あなたが成功や失敗に学ぼうとしても、それが起きるスパンをとらえ損ね、成功と失敗の決定的瞬間のイメージしか持たないので何も学べず、かえって大きく間違え、あなたの態度は物事の生成のスパンを間違えるので忍耐も我慢も欠き、刹那の変化に溺れて、あなたのアンテナは短絡という"悪認識"から逃れられず、危機も危機と思わず、好機も好機と思わず、あなたは因果関係の見えないアンバランス・ゾーンの中に堕ちて行くのです。(p.35~6)
 安っぽい言葉、独りよがり、場当たり的言動、不勉強、忍耐と我慢の欠如、短絡的思考… あれ? 誰かさんを思い出しますね。よっぽど歴史を知らないのですね。マイケル・ムーア監督の言を借りれば、その御仁は空から降ってきたわけではありません。彼は、私たちそのものです。もし彼を排除しようとするのなら、私たち自身の振る舞いを変えなければなりません。

付記一。安倍首相は、反対7割超の結果を「真摯に受け止める」姿勢を示したそうです。真摯に受け止めて、新基地建設を強行したら、その姿勢は"真摯"とは言えません、断じて。この御仁は、言葉や論理の重要さにまったく頓着していないようです。ただその場を誤魔化し、言い逃れをし、自己を保身するための言葉の濫用。

付記二。百田尚樹氏の「絶対つぶさなあかん」発言は、2015年6月25日、東京の自民党本部で行われた勉強会「文化芸術懇話会」においてなされたそうです。佐藤優氏のブログによると、そこで彼は、「沖縄の米兵が犯したレイプ犯罪よりも、沖縄県全体で沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪の方が、はるかに率が高い」とも発言したそうです。悪徳不孤、必有隣。

 本日の一枚、2003年8月に山ノ神と訪れた辺野古です。
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by sabasaba13 | 2019-02-26 06:27 | 鶏肋 | Comments(0)

沖縄は孤立していない

 新知事となられた玉城デニーさん、彼に一票を入れた沖縄のみなさん、ほんとうにほんとうにおめでとうございます。卑劣で愚劣で低劣で下劣な政治状況が続く昨今、ひさかたぶりに山ノ神と一緒に快哉を叫びました。
 なぜ沖縄の民意を踏みにじって、辺野古新基地建設にこだわるのか。アメリカに媚を売るとともに将来は自衛隊の基地として使おうとする日本政府、別に沖縄でなくてもいいのだけれど日本がお金を出してくれるので有難く頂戴しようとするアメリカ軍と政府。両者の思惑が合致した結果だと思いますが、民意によって政策が潰されるという悪しき前例を残したくないという、日本政府の考えも大きいのでしょう。
 これに対して、平和と民主主義と人権を守るために、非暴力の闘いを続けてきた沖縄の人びと。心から敬意を表します。これからも茨の道が続くかと思いますが、これが成就するためには私たち本土の人間の世論と運動が欠かせません。それなのに米軍による犯罪・事故・人権蹂躙・環境破壊に対して、なぜ「日本の怒り」ではなく、「沖縄の怒り」として片付けてしまうのか。無知・無恥・無関心のなせる業、"NIMBY"(Not in my backyard)、差別意識、さまざまな理由が考えられます。
 そう簡単に良くなるようなやわな国ではないことを肝に銘じつつ、粘り強く闘っていきましょう。

 『沖縄は孤立していない 世界から沖縄への声、声、声。』(乗松聡子編著 金曜日)より、世界中から沖縄に寄せられたエールを紹介します。
乗松聡子 (『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』エディター)

 むろん沖縄の人権が守られないのは日米安保条約のせいだけではなく、日米安保条約を維持し、その具体的な負担を沖縄に押し付け続けている日本の責任である。沖縄への基地集中を許し、また新たな基地建設を黙認し、沖縄の声に耳を傾けないか他人事として知らんぷりしている多くの日本人の責任である。2015年、総工費2520億円かそれ以上と見込まれた2020年東京オリンピック用の新国立競技場建設計画に「金がかかりすぎる」と反対の嵐が巻き起こり、新聞やテレビは連日トップ扱いで報道した。元オリンピック選手が涙ながらに反対を訴えるシーンも全国に流れ、世論の重圧に耐えきれないかの如くに同年7月17日、安倍首相は計画の白紙撤回を発表した。
 かたや辺野古新基地の総工費は「少なくとも3500億円」と政府は発表しており、米側の情報をもとに、1兆円に上るという指摘もある。同じ国家的プロジェクトでも、辺野古基地よりも予算的に低いものを「お金をかけ過ぎた」との全国的な世論が巻き起こって計画を変更させることが可能なのだという現実を、沖縄の人々は見せつけられた。辺野古の基地建設については、いくら沖縄から声を上げても大勢の日本人は他人事として素通りし、報道したとしても概して「沖縄がわがままを言っている」というような報道しかせず、新国立競技場計画を変更したような勢いの世論が起こることはないからだ。国家で起こる「多数決の暴力」が全国世論レベルでも起こっている。(p.10~1)

ジョン・ダワー (マサチューセッツ工科大学名誉教授)

 1945年の、帝国政府が沖縄とその大衆に強いた残酷な犠牲は、このような、沖縄を日本の他地域とは人種的に分けるような差別感を反映していたと言えるだろう。そして、東京の政府が戦後、「パックス・アメリカーナ」における自らの立場を強めるために沖縄を進んで犠牲にしたのは、このような「三国人」的偏見が根強かったことを示している。(p.22)

ピーター・カズニック (アメリカン大学教授)

 沖縄だけでなく日本列島全体の米軍基地は本質的に、米国の中東と中央アジアへの軍事展開のための前進基地として機能している。かつて米国のベトナム侵攻の時にそうしたように。
日本の他地域ではだめで沖縄に集中する戦略的理由はなく、理由があるとしたら、日本の指導層が米国と同様に沖縄を植民地扱いしているので、自分たちの裏庭に置きたくないものを沖縄に押し込めているからだ。(p.43)

スティーブ・ラブソン (ブラウン大学名誉教授)

 当時沖縄で日常的に行なわれていた抗議集会、デモ行進、座り込みなどはアフリカ系米国人の公民権運動を彷彿とさせた。(p.49)

ガバン・マコーマック (オーストラリア国立大学名誉教授)

 日本の沖縄に対する差別、嘘、欺瞞の歴史を知ったらスコットランド人やカタルーニャ人も驚くであろう。英国やスペインだったら、地域住民の5人に4人が反対しているにもかかわらず大規模な外国基地の建設を進めるなどあり得ない。現在、スコットランドもカタルーニャも、日本における沖縄より大きな自治権を享受してきている。それでも両地域では独立を求める声が高い。(p.55)

ジャン・ユンカーマン (映画監督)

 この映画を制作するにつれて見えてきたことは、辺野古の問題の根源には、この米国にとっての「戦利品」という理解と、日本の沖縄に対する差別が相互に教化し合う形で存在するということだ。日沖、米沖間の関係のこのような性質がなければ、沖縄にさらにもう一つの基地を造るなど考えつきもしないだろう。このような言語道断の計画は、他に解釈のしようがない。(p.161)

オリバー・ストーン (映画監督)

 その原爆から70年がたった。私たちは2013年にともに参加し、カズニックは20年前から広島・長崎の式典に学生とともに参加してきている。70周年の広島の式典は心乱されるものであった。安倍晋三首相が来たことだ。被爆者が「もう、二度と戦争は起こさない」と言っているそばで、彼は日本の若者が遺体袋で戻ってくるようになる準備をしている人間だ。軍事費増大、武器製造輸出、中国敵視、歴史教科書修正といった一連の右翼的政策を推し進めている。
 この男は原爆70周年の広島に何をしに来たのか。最もこの場にいてはいけない人間だ。この男の存在自体、その吸う息、吐く息一つ一つが、平和と核廃絶を訴える被爆者への冒?だ。式典では安倍首相の演説の際、安保法制に反対するプラカードを掲げている人がいた。退場の際は会場中に抗議の声が鳴り響いた。カズニックは過去20年間広島の式典に出てきたが、このような抗議行動を見るのは初めてだ。(p.178~9)

ロジャー・パルバース (作家)

 沖縄からの平和のメッセージは「富国強兵」ではなく、「富国強芸」である。(p.194)

権赫泰(クォン・ヒョクテ) (韓国・聖公会大学教授)

 米国の東アジア冷戦戦略において、「韓国には戦闘基地の役割が、日本には兵站基地の役割が与えられた。日本が『平和』を維持できたのは、在日米軍の70%以上を沖縄に駐屯させ、韓国が戦闘基地、すなわち軍事的バンパーとしての役割を担い、周辺地域が軍事的リスクを負担したからだ」と権氏は述べる。(p.231)

海外識者声明全文

 普天間基地はそもそも1945年の沖縄戦のさ中、米軍が本土決戦に備え、住民の土地を奪って作りました。終戦後返還されるべきであったのに、戦後70年近く経っても米軍は保持したままです。したがって、返還に条件がつくことは本来的に許されないことなのです。(p.292)

 戦後ずっと、沖縄の人々は米国独立宣言が糾弾する「権力の濫用や強奪」に苦しめられ続けています。その例として同宣言が指摘する「われわれの議会による同意なしの常備軍の駐留」もあてはまります。
 沖縄の人々は、米国の20世における公民権運動に見られたように、軍事植民地状態を終わらせるために非暴力のたたかいを続けてきました。(p.293)

普久原均 (『琉球新報』編集局長)

 沖縄本島の2割近くを虫食い状態にして、残った所に100万人以上の住民が苦しみもがきながら日常生活を送るという苛酷な重荷を負わせているにもかかわらず、さらに貴重な美しい自然のある場所を餌食にして潰そうとしている。こんな選択を唯一の選択というのが、詭弁でなくてなんであろう。本当にそうなのか、情報、知識をしっかり駆使して実体を見ることが、米軍基地問題に向き合う主権者の姿であろう。国民一人ひとりにどれほどの財政負担をかけて米軍基地が維持されているのか、若い世代の年金負担問題にもかかってくるのであり、見えやすい問題ではないだろうか。(p.313)

 日本国民の多くが、沖縄に米軍基地を置くことに賛成しているというが、多数決によって決せられないものとして、憲法が基本的人権を保障しているのである。基本的人権を侵害しないという多数決の土俵を守るのが、憲法で主権者とされる国民の責任であろう。(p.314)

by sabasaba13 | 2018-10-02 10:50 | 鶏肋 | Comments(0)

2018 残暑見舞

 残暑お見舞い申し上げます。

 日頃「散歩の変人」を御愛読していただき、ありがとうございます。これからしばらくアイスランド旅行に行ってきます。炎熱地を焼く日々がまだ続くかと思いますが、ご自愛を。

 暑気払いに、手持ちの写真の中で涼しそうな一枚をどうぞ。西沢渓谷七ツ釜五段の滝(山梨県)です。

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by sabasaba13 | 2018-08-16 05:44 | 鶏肋 | Comments(0)

割れ鍋に綴じ蓋

 やれやれ。新潟県知事選挙で、野党5党が推薦した池田千賀子氏が敗れ、自民党、公明党が支持する花角英世氏が当選しました。これで安倍上等兵一派が勢いづくのでしょうか、やれやれ。偶然なのですが、最近安倍政権を痛烈に批判する文章を三つほど読みましたので、紹介します。
『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』(加藤典洋 幻戯書房)

 ここではキリがないので例は出さないが、明治以来の憲政史上、たぶん軍国主義下を含んで、現在の安倍内閣ほど、主権者国民、またその象徴たる天皇をバカにした傍若無人の内閣はないだろう、と思われる。とはいえ理解を絶するのは、そうした内閣を奉戴して、世論調査でその支持率がなお半数を超えている、というもう一つの事実、国民というものに関する憲政史上例の少ない事実である。
 個人の自由、平等、人権といった戦後的な価値だけではない。国家主権、国の独立、「愛国心」、さらに「廉恥心」といったかつての国家主義、復古主義、保守主義に通底する感覚までが、この政府にあってはうっちゃられている。しかも、そのことへの国民の反応は鈍い。メディアが悪いというよりは、メディアも野党も内閣も、こぞってこの世論調査の主、国民動向にしたがって動いている。その結果が、これなのである。
 約束が破られても怒らない。それは、自分で約束したのではないからだ。明日、四時に会う。あるいは借金を返す。そういう約束が断りもなく破られたら誰でも怒る。でも、そういう自ら「約束」をして決まり(ルール)を作るという経験を、私たち、日本人、日本の国民は、余りにしてこなさすぎた。(p.315~6)

『沖縄は孤立していない 世界から沖縄への声、声、声。』(乗松聡子編著 金曜日)所収
「圧政への健全な主張 これ以上基地は造るな」(オリバー・ストーン ピーター・カズニック)

 その原爆から70年がたった。私たちは2013年にともに参加し、カズニックは20年前から広島・長崎の式典に学生とともに参加してきている。70周年の広島の式典は心乱されるものであった。安倍晋三首相が来たことだ。被爆者が「もう、二度と戦争は起こさない」と言っているそばで、彼は日本の若者が遺体袋で戻ってくるようになる準備をしている人間だ。軍事費増大、武器製造輸出、中国敵視、歴史教科書修正といった一連の右翼的政策を推し進めている。
 この男は原爆70周年の広島に何をしに来たのか。最もこの場にいてはいけない人間だ。この男の存在自体、その吸う息、吐く息一つ一つが、平和と核廃絶を訴える被爆者への冒涜だ。式典では安倍首相の演説の際、安保法制に反対するプラカードを掲げている人がいた。退場の際は会場中に抗議の声が鳴り響いた。カズニックは過去20年間広島の式典に出てきたが、このような抗議行動を見るのは初めてだ。(p.178~9)

『増補 「戦後」の墓碑銘』(白井聡 角川文庫)

 米朝の対立が激化し、国連の演説でトランプ米大統領が「北朝鮮の完全な破壊」を口にしたとき、世界中から非難の声が上がったなか、世界で唯一「100%支持」の態度表明をした国家指導者が安倍晋三であった。その後も安倍は、河野太郎外相ともども「対話のための対話は必要ない」「北朝鮮と断交せよ」等々の迷言を世界各地でキャンキャン喚き続けた挙句、米中韓朝が一挙に対話交渉路線に踏み出すなか、完全に蚊帳の外に置かれた。こうした情勢に対して、政権は「我が国が呼び掛けた圧力が功を奏した」という噴飯物の自画自賛で応えているが、これは完全に「精神勝利法」(『阿Q正伝』)であり、いよいよ日本は「中華」に昇格しつつあるようだ。第三者的に見れば、こんな馬鹿げた国に外交的発言権などなくて当然であるし、持たせるべきでもない。
 かくて明らかになったのは、現在の日本外交には、「朝鮮戦争の平和的な解決のために日本外交は努力すべき」という発想は一切ないということだ。そしてそれは、永続敗戦レジームの構造に照らせば必然である。日米安保体制の存立根拠のひとつは朝鮮戦争が休戦状態にあって終わっていないことにある。したがってこれが終わってしまえば、在日米軍が日本から撤退ないし大幅な縮小を行なう可能性を論理的に否定できない。このレジームの支配/受益層(=安保マフィア)からすれば、まさにこのことを避けなければならないのである。(中略)
 そんな政権に、「消極的」だか何だか知らぬが、選挙結果から判断する限り、実際に支持を与えているのが、「平和国家日本」の国民の現実である。きわめて特殊な対米従属を続けてきた結果、この国の標準的な国民は、一種の精神的な複雑骨折状態にある。どこからどう治すべきかよくわからないほどのひどく複雑な骨折である。無能かつ不正で腐敗した政権を長期本格政権化させた究極的な原因は、やはりこの政権がこの国民にふさわしいという事実にある。(p.410~1)
 拙ブログで以前に『安倍改憲政権の正体』(斎藤貴男 岩波ブックレット871)の書評を書きましたが、三人の識者の意見を読んであらためてこの政権の愚劣さを痛感します。それなのに、ああそれなのに、なぜ権力の座にしがみついていられるのか。なぜ有権者はそれを許しているのか。なぜその愚劣さを知ろうとしないのか、その愚劣さに無関心なのか。所詮は、その国民の知的レベルを超えるリーダーは持ち得ないということなのでしょうか。彼が喜ぶだけなので、絶望はしませんが。

 また国会前へ行こう。
by sabasaba13 | 2018-06-13 06:29 | 鶏肋 | Comments(0)

素晴らしき土曜日

 一昨日の土曜日、愛車ブロンプトンにまたがって、武蔵野を散策してきました。自宅からJR中央線高円寺駅までブロンプトンで走り、折りたたんで輪行袋に入れて三鷹行きの列車に乗車。三鷹駅で乗り換えて武蔵小金井駅で下車して、駅前で組み立てて小金井街道を南下します。交差点で東八道路を右折し、すこし走ると関東医療少年院に着きました。少年審判によって「心身に著しい故障がある」と判断されたおおむね12歳以上26歳未満の者を収容し、治療と矯正教育を施す施設で、全国に4箇所しかないそうです。お目当ては、『散歩の達人 調布・府中・深大寺』(18.5 №266)で知った古い給水塔。東側の小道に入ると、金網越しにすぐ見えました。鉄骨の櫓が組まれ、最上部に赤錆のついた球形のタンクがちょこんと乗っかっています。お役目を終えて微睡んでいる老人のようですが、ここに収容されている少年・少女たちは、どのような思いで見上げているのでしょう。
 そして府中方面へと向かいます。できれば地元資本の喫茶店でモーニングサービスを食しながら、一人作戦会議を開きたいのですが見当たりません。せんかたなし、「ガスト」に入って朝食をとりました。小金井街道へと戻って南へ走ると、左手に延々と続く金網があります。『基地はなぜ沖縄に集中しているのか』(NHK取材班 NHK出版)で知ったのですが、このあたり一帯はかつて府中通信施設という在日米軍基地だったのですね。1973(昭和48)年1月、「関東平野空軍施設整理統合計画(通称:関東計画)」によって日本に返還され、南西の3分の1が「府中の森公園」、南東の3分の1が航空自衛隊府中基地、北側の3分の1が大蔵省(現在は、あの財務省)の管轄区域となりました。「関東計画」とは何ぞや。1973年に、府中の米軍基地など首都圏にある六つの米軍基地を日本に返還し、軍の機能を横田基地に集約させるという計画です。なぜか。実はこの時期、アメリカはベトナム戦争をしており、その拠点となったのが在日米軍基地です。そのためアメリカ軍の活動が活発となり、事故や騒音被害が多発、日本国民の反基地運動が激しくなりました。例えば1968年、原子力空母エンタープライズの放射能漏れや、F4戦闘爆撃機ファントムの九州大学構内への墜落などです。そこで米日両政府は、人口の密集する首都圏から基地をなくし、反基地運動を収束させたかったのですね。しかし機能が拡充・強化される横田基地のある福生(ふっさ)市はたまりません。そこで福生市や市民をなだめるために、まず日本政府は周辺対策事業費として468億円を福生市に提供します。さらにアメリカ軍は、騒音の原因であるF4戦闘爆撃機ファントム部隊を、沖縄の嘉手納基地に移転することによって、騒音被害を大幅に軽減させました(1971)。米軍基地への反発が起こると、人の少ない所へ移転させる。あるいは巨額のお金を自治体に渡して宥めるという手法ですね。これにより福生市での反基地運動は終息しました。なお公園北側の財務省管轄区域はどういうわけか立ち入り禁止ですが、金網越しに巨大なパラボラ・アンテナや廃墟が見られるそうです。
 とりあえず一周してみましょう。府中の森公園の手前で左折すると、かつての宿舎らしき建物が見えました。図書館のところでさらに左折して金網に沿って走っていると、浅間町二丁目アパートのあたりで、木々の上に顔を出す二つの巨大なアンテナを遠望できました。かつて都内にいかに多くの米軍基地があったか、そして政府はそれを郊外や沖縄に押しつけて不可視化し、都民が無関心になっていったかを物語る証人です。
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 なお『散歩の達人』によると、ここ府中はわが敬慕する宮本常一が終の棲家としたところです。彼に関する足跡めぐりや、多磨霊園に眠る歴史的人物の掃苔は、日を改めて再訪することにしました。
 ふたたび東八道路へ戻って東へと走り、多磨霊園に到着。広い園内を自転車で走り、かつての給水塔である「シンボル塔」に着きました。なかなかモダンな意匠ですが、今でも使用されているのでしょうか。かつては塔頂部から水が噴き出し、子どもたちが水遊びをしていたそうです。
 東八道路をさらに東行し、天文台通りを右折してすこし走ると国立天文台です。かつて麻布にあった東京天文台が大正期にここ三鷹に移転したものです。訪れるのは初めてですが、素晴らしいところですね。武蔵野の面影を残す森の中に、旧図書庫、レプソルド子午儀室、ゴーチェ子午環室、大赤道儀室、アインシュタイン塔、第一赤道儀室など、戦前に建てられた古い研究施設が点在しています。不学ゆえにその役割や機能についてはとんと分かりませんが、見ているだけで宇宙への憧れがふつふつと沸いてきます。入場無料だし、人も少なく静謐だし、森林浴もできるし、煙草が吸える場所もあるし、ベンチもあるし、平日には食堂も開いているしと、申し分のない場所です。
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 そして天文台通りを北上し、武蔵境駅へとうちゃこ。ブロンプトンを折りたたんで列車に乗り、ふたたび高円寺駅で下車しました。自転車を組み立てて、駅の北にある「ギャラリー来舎」に向かいました。先日、地下鉄丸ノ内線新高円寺駅に貼ってあったポスターで、「熊楠」展がこちらのギャラリーで開かれることを知ったので駆けつけた次第です。熊楠ファンにして猫フリークの私としては、これは見逃せません。純情商店街を抜け、庚申通り商店街の路地を入ったところにギャラリーがありました。その前に自転車を置き鍵をかけていると、何たる奇遇、猫が片足を垂直に上げて股座を舐めているではありませんか。失礼して写真を一枚。小さなギャラリーに入ると、学者のような雰囲気の方がにこやかに出迎えてくれました。開口一番、「お目当ては熊楠ですか、猫ですか」。はい、両方です。熊楠が描いた猫のイラストや、彼と猫に関するエピソードなどを楽しく拝見させていただきました。熊楠が飼い猫につける名前は必ず「チョボ六」だったそうです。ご亭主曰く、"チョボ"とは「小さくて可憐」という意味だそうです。また熊楠は、生命は過去から未来へと連続するものであり、そこには個という存在はなく、よって名前もひとつでよいと考えていたのではないかと説明してくれました。大英博物館や紀伊田辺の話など知的雑談に花を咲かせた楽しいひと時でした。自分と山ノ神のお土産に、熊楠が描いた猫のクリアファイルを購入し、丁重にお礼を述べてギャラリーを退室。
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 ブロンプトンに乗って自宅へ戻ると、近くの洋食屋「パラディソ」のご主人からが手に入ったという電話があったと山ノ神が教えてくれました。これは嬉しい、夕食に伺いますとさっそく連絡。シャワーを浴びてエビスビールをくいっと飲み干せばこの世は天国さ。「フィルモア・イーストのオールマン・ブラザーズ・バンド」を小音量で流しながら、しばし午睡。
 夕刻になったので、山ノ神と「パラディソ」に向かいました。最近その存在に気がつき、おいしい多国籍料理と御主人のほのぼのとした人柄に惚れて贔屓にしております。さっそく鯖の刺身をいただき、その美味に舌鼓を打ちました。
 家に帰って、山ノ神が録画してくれた「タモリ倶楽部」の空耳アワーと「ブラタモリ」を鑑賞。下田編では、灯台マニア垂涎の神子元島灯台を訪れるシーンがあり感激しました。ああ私もいつの日にか行ってみたい。
 J・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲」第6番プレリュードを少し練習して、風呂に入り、布団にもぐりこんでウィスキーをちびりちびりと飲みながら『天王山 沖縄戦と原子爆弾』〈上〉(ジョージ・ファイファー 早川書房)を読みました。さてそろそろ寝るか、スタンドの明かりを消すと、驟雨が屋根を打つ音が聞こえてきました。そういえば寺田寅彦の随筆にあったっけ…
 来そうな夕立がいつまでも来ない。十二時も過ぎて床にはいって眠る。夜中に沛然たる雨の音で目がさめる。およそこの人生に一文も金がかからず、無条件に理屈なしに楽しいものがあるとすれば、おそらくこの時の雨の音などがその一つでなければならない。
 経済成長とは何の縁もない、平々凡々な、でも素晴らしい土曜日でした。

 本日の六枚、上から関東医療少年院給水塔、在日米軍旧府中通信施設、多磨霊園シンボル塔、国立天文台図書庫、高円寺の猫、「パラディソ」の鯖の刺身です。
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by sabasaba13 | 2018-06-11 08:20 | 鶏肋 | Comments(0)

2018桜便り(小田原・大平台編)

 関東の桜もそもそも見納めでしょうか。山ノ神と一緒に小田原と箱根の桜を愛でてきました。

 まずは小田原、駅構内にある観光案内所で地図をもらい、桜情報を教えてもらうと、西海子(さいかち)小路に桜並木があるということでした。駅近くで自転車を借りて小田原城へ、そろそろ散りはじめていましたが、お堀には桜の並木が咲き誇っていました。
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 そして西海子小路へ、こちらは初めて訪れましたが、空を覆うような桜のトンネルに感嘆。
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 昼食はわれわれ御用達の洋食屋、小田原駅近くにある「葉椰子」でマグロの尾の身ステーキに舌鼓を打ちました。
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箱根湯本へ移動して箱根登山鉄道に乗って大平台へ、ここは知る人ぞ知る知らない人は知らない桜の穴場です。ソメイヨシノは散りはじめていましたが、紅枝垂れ桜が満開、町のあちこちを桃色に染め上げていました。眼福眼福。
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by sabasaba13 | 2018-04-05 06:56 | 鶏肋 | Comments(0)

2018桜便り(京都編)

 この前の土日に、一泊二日で山ノ神と京都に行って桜を愛でてきました。この時期の京都はたいへんな混雑で、かなり前から宿をおさえなくてはなりません。いつ桜が満開になるかは予想が難しく、その時にうまく泊まれるかどうかは運と日ごろの行ない次第。せっかく行ったのに、つぼみ、五分咲き、葉桜など、これまでもけっこう外してしまいました。
 そこで今回は戦略を変えて、京都新聞の「桜だより」を日々チェックしながら、満開の時期がほぼ分かった時点で宿と新幹線指定席をおさえることにしました。どうやら3月31日(土)と4月1日(日)に満開になりそうだと判明したので、楽天トラベルでその日に泊まれるホテルを調べたところ、京都市内は高価なホテルしかありません。大津か高槻、草津や大坂あたりまで探索したところ、幸い大津でビジネスホテルをおさえることもできました。新幹線指定席も、満席間近でしたが、予約できました。やった。
 今回の主眼は三つ、大覚寺大沢池の桜、平安神宮神苑の紅枝垂れ桜、妙心寺退蔵院の枝垂れ桜です。これに山ノ神からは哲学の道に行きたいという要望があったので、これらを組み合わせて、臨機応変・適材適所に旅程を組みました。後日に旅行記は上梓するつもりですが、いやあ、素晴らしかった。この眼福の一端をお届けしたいと思います。

大覚寺
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佐野藤右衛門邸
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広沢池
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大津駅前
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インクライン
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南禅寺
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哲学の道
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銀閣寺参道
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平安神宮神苑
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毘沙門堂
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山科疎水
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妙心寺退蔵院
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賀茂川
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by sabasaba13 | 2018-04-03 08:06 | 鶏肋 | Comments(0)

2018桜便り(東京編2)

 昨日は休暇がとれたので、山ノ神と都内の桜めぐりをしてきました。午後四時から、世田谷パブリックシアターで、仲代達矢主宰の無名塾による『肝っ玉おっ母と子供たち』を観劇する予定ですので、それを考慮して計画を立てました。まず鉄板名所である千鳥ヶ淵と新宿御苑を訪れ、雑司ヶ谷にある穴場、法明寺の桜を見て、目黒川沿いを散策して三軒茶屋に向かいましょう。ところが知人から、小石川植物園と播磨坂の桜が素晴らしく、「ソーニヤ」というロシア料理店が美味しいという情報を教示されたので予定を変更しました。

 当日は快晴、無風、温暖という絶好の花見日和。まずは朝早く千鳥ヶ淵へと向かいました。地下鉄九段下駅で降りて地上に出ると、おおっ牛ヶ淵の桜が見事に咲き誇っていました。
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 そして千鳥ヶ淵の桜を満喫。お濠にたわわと垂れ下がる桜花は見事なものでした。
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 地下鉄で茗荷谷駅に移動し、教えていただいた「ソーニヤ」でボルシチとピロシキに舌鼓を打ちました。
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 小石川植物園はさまざまな種類の桜がここを先途と咲き誇り、人手もそれほどではなく、心穏やかに花見を堪能。
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 そして播磨坂の見事な桜並木を愛でながら茗荷谷駅へと戻りました。
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 新大塚駅から歩いてJR大塚駅へと行き都電に乗って雑司ヶ谷へ。すこし歩いたところにある法明寺は穴場、境内を満開の桜が埋め尽くしていました。
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 そして池袋駅から渋谷へ、東急田園都市線に乗り換えて三軒茶屋へ。劇評については後日に上梓いたします。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2018-03-29 07:14 | 鶏肋 | Comments(0)