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スイス編(72):ジュネーヴ(14.8)

 ローザンヌ(Lausanne)は国際オリンピック委員会(IOC)がある都市ですが、ホームにはスイスに乗り入れているフランスの高速列車TGV(Train Grand Vitesse)が停車していました。
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 そしてジュネーヴのコルナヴァン駅に到着したのが午後一時、アクシデントのために予定よりすこし遅れました。空港は何度か利用したことがあるのですが、町自体を訪れるのは初めてです。まずはスーパーニッポニカ(小学館)から抜粋して引用します。
ジュネーブ
 スイス南西部の都市。チューリヒとバーゼルに次ぐ同国第三の大都市で、同名の小州ジュネーブ州の州都。スイス南西端のレマン湖からローヌ川が流出する地点の両岸に位置する。北西にはジュラ山脈、南東にはアルプスの山地を望む谷間にあり、フランスとの国境に近い。そのため、フランス風の思考・生活様式の影響を受け、「スイスのパリ」ともよばれる。住民の7割はフランス語を話し、プロテスタントとカトリック教徒の数は相なかばする。都市としての発展はJ・カルバンに負うところが大で、ヨーロッパの宗教改革の中心地、さらにはプロテスタンティズムの世界的な中心都市となった。18世紀のルソーによる哲学・教育学、H・B・ド・ソシュールなどによる自然科学研究の活況が、現在のこの都市の学術・文化の基礎となった。この町出身のデュナンが創設した赤十字の国際委員会の所在地であり、第一次世界大戦後に国際連盟が置かれたパレ・デ・ナシオンは、現在国連ヨーロッパ本部となっている。そのほか、国際労働機関、世界保健機関、世界気象機関をはじめ多くの国際的な機関がある国際都市で、国際会議が頻繁に開催され、市内に住む外国人の数は人口の4分の1を占める。
 16~17世紀にフランスからの宗教難民が入り込み、彼らがもつ時計製造の技術がここに時計工業をおこし、スイスの代表的な工業とした。19世紀末まで盛んであった繊維工業にかわって、現在は機械工業(タービン、機関車、ミシンなど)、精密機器製造業、化学工業などが盛んである。伝統的な装身具製造もいまに残っている。また、スイス南西の玄関として、商業・貿易の中心としての機能も備えている。各種見本市が開かれるが、なかでも毎年の自動車見本市は有名である。スイスのフランス語圏最古のジュネーブ大学には、国内のドイツ語圏からも在学する学生が多い。ヨーロッパ共同原子核研究所(CERN)には、世界中から研究者が集まる。市街はローヌ川により二分され、左岸の丘陵部に旧市街がある。その象徴はサン・ピエール大聖堂で、ほかに宗教改革記念碑、大学、美術歴史博物館、市庁舎などがあり、これらを含む旧市街には古い趣のある建物が並ぶ。右岸は新市街で、駅や郵便局があり、住宅地がここから広がっている。湖岸や市中に美しい庭園があり、アルプスの名山モンブランを遠望できるこの町は、スイスでもっとも美しい都市といわれる。

by sabasaba13 | 2016-01-19 06:21 | 海外 | Comments(0)

スイス編(71):ジュネーヴへ(14.8)

 前述のように四日通用の「スイス・セーバー・フレキシー・パス(SWISS SAVER FLEXIPASS)」を購入してあるので利用しました。チューリヒ→サン・モリッツ、サン・モリッツ→ツェルマット間で利用したので、あと一日使えます。列車は険峻な山の間を駆け抜け、やがて断崖絶壁にへばりつくように走っていきます。やがて線路はマッター・フィスパ川に沿って走り、古い石橋を撮影することができました。葡萄畑が広がるようになるとフィスパ(Visp)駅に到着です。
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 ここでマッターホルン・ゴッタルド鉄道(MGB:Matterhorn-Gotthard-Bahn)から、スイス国鉄(SBB:Schweizerische Bundesbahnen)へと乗り換えます。余談ですが、前者の駅名表示板は赤色、後者は青色でした。
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 やってきた列車に乗り込むと、「荷物は座席と座席の間に入れる」というわかりやすいピクトグラムがありました。
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 そして出発進行、列車一路ジュネーヴをめざします。山ノ神がトイレに行っている時、車掌さんがやってきて英語で何か教えてくれました。Aさんは英語が苦手、私は問題外の外。「サン・モリッツで事故」と言われたような気がしたのですが、方向はまったく違うし、問題ないでしょう。山ノ神が帰ってきたのでもう一度車掌に訊ねてもらうと、サン・モリッツではなく、サン・モーリス(St- Maurice)付近でトラブルが起きたので、バスに乗り換えてベー(BEX)駅で再び列車に乗る必要があるとのことです。葡萄畑や街並み、緑の沃野など、車窓を流れゆく光景を楽しんでいるとサン・モーリス駅に着きました。
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 車掌さんにうながされて乗客は全員どやどやと下車、駅前に待機していた代行バスに乗り込みました。十分ほど走るとベー駅に到着、バスから降りてジュネーヴ行きの列車に乗り込みます。
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 しばらくするとレマン湖とそこに浮かぶような城が見えてきましたが、あれが有名なシヨン城ですね。そしてモントルー(Montreux)駅に到着、ジャズ・フェスティバルが行なわれる町です。チャールズ・チャップリンの別荘があったヴヴェイ(Vevey)を通り過ぎると、ネスレ社の本社ビルが見えました。このあたりにル・コルビュジェの「小さな家」があるはずですが、車窓からは視認できませんでした。列車はレマン湖の北側を西に向かって疾走していきますが、山の斜面に葡萄畑がひろがっています。このあたりが世界遺産に認定されたラヴォー地区の葡萄畑です。なおモントルーのシヨン城、ル・コルビュジェの「小さな家」、ラヴォー地区の葡萄畑は、明日訪れる予定です。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-18 15:58 | 海外 | Comments(0)

スイス編(70):ツェルマット(14.8)

 朝六時に目を覚ましてベランダに出ると、空は薄く雲がかかっていますがマッターホルンはクリアに見えます。今日でツェルマットとはお別れ、低血圧の山ノ神はベッドの中でもぞもぞしているので、一人で朝の散歩をすることにしました。マッターホルンを眺めながらぶらぶらしていると、途中に「ツェルマット・妙高高原 姉妹都市提携記念」や「ツェルマット&京都ツェルマット会」のプレートがありました。後者にはマッターホルンと大文字山の姿が刻んでありましたが、どういう関係があるのでしょうか。
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 写真を撮っていると、やる気まんまんのランナーが数人わきを走り抜けていきます。
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 耳をすますとアルペン・ホルンの音も聞こえてきます。もしかすると例の鉄人レース(Matterhorn Ultraks Trail)は今日開催されるのではないか。たぶんスタートは教会前の広場でしょう。行ってみると案の定、ランナーや関係者や見物人でごった返していました。アルペン・ホルン隊のみなさんもここを先途と高らかに吹き鳴らしています。電光掲示を見ると、「07h30-Depart《46K》」と表示されていたので、46kmをゴルナーグラートまで駆け上る最長のレースが7:30に始まるようです。
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 昨晩のレストランや電気バスやアイベックスの銅像やホテル前の風景を撮影して部屋に戻り山ノ神に報告すると「見たい!」と一喝、信じられないほどの速さで飛び起き服に着替えました。
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 二人で教会前の広場にかけつけると、ちょうどスタート直前でした。よーい、どん。意気満々とした大勢のランナーたちがスタートを切り、ゴルナーグラートをめざして我々の目の前を駆け抜けていきました。幸あれかし。
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 ホテルに戻ってあわてて朝食をかきこみ、部屋に戻ってベランダからマッターホルンと駅にお別れを告げました。BGMはもちろん♪さらばツェルマットまた来るまではしばし別れの涙がにじむ 恋し懐かしベランダ出ればビルの谷間にマッターホルン(字余り)♪
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 ロビーでAさんと落ち合い、ツェルマット駅へ。1等車の座席を確保し、まだ時間が少々あるので、ホームや駅構内を一人でぶらつきました。サン・モリッツへと向かう氷河急行が、出発を待ち構えています。ゴルナーグラートにもあった羊の人形は、観光パンフレットによると、若くて冒険好きな黒鼻ヤギのウォーリというマスコットだそうです。失礼つかまつりました。「荷物受取所」という日本語表記を撮影して車内へと戻りました。そして8:39、定刻通り列車は出発です。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-16 08:02 | 海外 | Comments(0)

スイス編(69):ツェルマット(14.8)

 部屋に戻りベランダに出るとマッターホルンはすっかり雲に覆われていました。駅を見下ろすと駅員さんたちがのんびりと列車の到着を待っています。
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 午後七時半になったのでロビーに行ってAさんと合流。夕食はホテル・ヴァイザーホフでフォンデュ・シノワーズ(Fondue chinoise)をいただくことにしました。これは鍋に熱したスープに肉をくぐらせてソースにつけて食べる、言わばスイス風しゃぶしゃぶ、タモリ風に言うと「まっとつぇるでぶしゃぶしゃ」です。楽しみですね。さっそくホテル・ヴァイザーホフへ行くと満席。甘かった、予約をしておくべきでした。どうしよう、ホテルに戻ってフロントに相談しようとすると近くに「ROSSTALL」というレストランがあり、入口に掲示されていたメニューにフォンデュ・シノワーズがありました。よろしい、ここにしましょう。長らく待たされましたが、薄切り肉と鍋に入ったスープが登場。濃厚なスープに肉をくぐらせながら頬張り、三人であっという間に完食。最後にスープにシェリー酒を入れて飲ませてくれたのも嬉しいサービスです。たいへん美味でした。
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 さて明日は、8:39発の列車でジュネーヴに向かいます。ホテルに戻って宿泊代をカードで支払い、朝食をすこし早目に食べられるよう依頼しました。Aさんとは明日の朝8:20にロビーで会うことを約束してお別れ。
 部屋に戻ってiでもらった資料を何気なく眺めていると、次のような解説がありました。
マッターホルン・ウルトラックス・トレイル(Matterhorn Ultraks Trail)
 ツェルマット周辺で行なわれる夏の超人レース。距離別に四つのカテゴリーがあり、最長距離は50km、標高差は最高で3,500mあります。マラソンのエキスパートおよび愛好家向け。
 あっそうか! 今日、ゴルナーグラート展望台にあった幟やゴールはこの催しのためだったんだ。ここツェルマットからあの展望台まで走るのか、凄いレースですね。せめて出発の光景だけでも見たいものですが、無理でしょう。移動のための荷づくりをして、早めに就寝。明日はいよいよジュネーヴです。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-15 06:49 | 海外 | Comments(0)

スイス編(68):ツェルマットへ(14.8)

 さてこれからゴルナーグラート鉄道のフィンデルバッハ駅へと歩いていき、その途中にある鉄橋を渡る赤い列車を、マッターホルンを背景に撮影しようと思います。村のはずれに分かれ道があり、右は直進、左は下りの坂道で川を渡って向かいの谷に行くようです。さあどちらに行けばお目当ての撮影スポットに辿り着けるか、ガイドブックの地図を見てもいまひとつ分かりません。こういう時は神頼み、神託を伺うと「左じゃ」と即答。それでは谷の向こう側に行ってみましょう。「鉄砲水注意」というピクトグラム看板に腰が引けながらも、橋を渡って向かいの谷に行くと、そこは森林の間を抜ける気持ちの良いハイキング・コースでした。ときどき川やマッターホルンや山々が木々の間から眺められます。
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 一時間ほど歩くとフィンデルバッハ駅が見えてきましたが、結局肝心の鉄橋はありませんでした。どうやらさきほどの分岐で右の道を選ぶべきだったようです。恐縮する山ノ神、いいよいいよ、神様だってこういうことはあるさ。駅から列車に乗ってツェルマットに到着。明日はもうジュネーヴに向けて出発するので、ピーク・パスを返却してデポジットをもらいましょう。すると山ノ神、「もう一度登山電車に乗ってゴルナーグラートまで行きましょう」と主張。どうして? 「無料だから」 Quod Erat Demonstrandum. やれやれ。時刻表を見せて、これからゴルナーグラートまで往復するとAさんと約束した時間に間に合わないと説明。彼女も納得したようです。iに行ってパスを返却してデポジットを受け取りホテルに戻ろうとすると、途中にあったお土産屋で鉄橋を渡る列車の絵葉書を売っていました。そうそう、この光景を撮りたかったんだ。でも仕方ないですね、再訪を期しましょう。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-11 07:55 | 海外 | Comments(0)

スイス編(67):フィンデルン(14.8)

 再びロープウェイに乗ってブラウヘルトへ、上空からたくさんの羊たちが見えました。
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 そしてゴンドラに乗ってスネガへ、Aさんとはここでお別れです。午後七時半にホテルのロビーで待ち合わせて夕食を食べましょうと約束しました。われわれはハイキングを楽しみながらフィンデルンという村を訪れ、マッターホルンを背景に鉄橋を渡るゴルナーグラート鉄道の列車を撮影し、フィンデルバッハ駅から列車に乗ってツェルマットに戻る予定です。スネガ駅のすぐ下にあるライゼーは、相変わらずたくさんの家族連れで賑わっていました。
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 十数分ほど歩くと、山肌にへばりついた小さな村が見えてきました。あれがフィンデルンですね。あざやかな緑の野原、屋根が石で葺かれた木造の家々、小さな教会、それらを見守るマッターホルン。
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 この村に生まれ、長い旅に出て、久しぶりに帰ってきてこの景色を眺めたら胸が一杯になるでしょう。C・ダグラス・ラミス氏が、『憲法と戦争』(晶文社)の中で書かれた一文を紹介します。
 私は一種の「愛国心」というものはあってもいいと思っています。でもそれは、国家とか血縁とか民族縁とかよりも、私の考え方で言うと「地縁」のような関係をもとにするものです。
 昔のヨーロッパの伝統で言えば、本当の「愛国心」というのは、「自分の生まれ育った谷間を愛する」ということなのです。長い旅に出かけて、やがて帰ってくる。歩き疲れてやっと峠にさしかかると、その峠から自分の生まれ育った緑の谷間がひろがっているのが見える。そこに自分の村があって、自分の通った学校や教会が見える。子どものころ登った山があって、泳いだ川が見える。こうした谷間を愛する心が自然に湧きあがってくる。それが「愛国心」(patriotism)の起源だそうです。
 それは、眼に見える具体性をもっているので、この谷間を愛するという動機にはなっても、隣の谷間を脅かすという侵略性をもっていません。眼に見える具体性があるから、国家や民族のような抽象概念のように、歪められた形にはなりにくいのです。そういう具体的なものに対して愛情を感じるのは自然なことだと思います。
 ところが、国家の魔術というか、そういう「自分の生まれ育った谷間を愛する」という気持ちが、いつのまにか「自分を管理している組織を愛せよ」ということにすり替えられてしまうのです。なぜ、自分を管理し、押さえつけている組織を愛さなくてはいけないのでしょう。そういう国家主義ナショナリズム、軍国主義ナショナリズムという、「自分を管理している組織を愛せよ」というのが、20世紀の歪められた「愛国心」だと思います。
 「君が代」を強制している文部省の人たちがこういう「自分の生まれ育った谷間を愛する心」をもっているとは思えません。政府の官僚の人たちが本当の「愛国心」をもっているとも私には思えません。自分の生まれ育った谷間を具体的に愛しているのなら、その愛する自然を破壊するような乱開発や原発、川を汚し、海を殺すことや、醜いダムをつくったりすることに反対するでしょう。
 このような「愛国心」は、決して排他的なものではありません。自分の愛する谷間によその人が入ってきたとしても、異質なものとして排斥するとは限りません。血縁ではなくて、地縁をもとにするような関係であれば、入ってきた人を客人として歓待するのが自然でしょう。実際、そうしたことが、ヨーロッパでも、そして日本でも、確かにあったと言ってよいのではないでしょうか。
 従って「自分の生まれ育った谷間を愛する」という「愛国心」は、むしろ国家に対する批判を生む可能性が含まれていると思うのです。
 「服従」を強い、「恐怖心」「屈辱心」を植えつける「君が代」では、こうした「自分の生まれ育った谷間を愛する」という気持ちは生まれません。(p.130~2)
 この美しい風景と村を見ていると、しみじみと得心できます。安倍伍長を筆頭に、原発と戦争と自然破壊と人間破壊を推し進める連中が「愛せ」と強要する「国」とは、「私たちを管理する組織」のことであって、ラミス氏言うところの「自分の生まれ育った谷間」、故鶴見俊輔氏言うところの「くに」では絶対にありません。それをきちんと見分けずに、「非国民」とか「売国奴」といったおぞましい言葉を安易に使う人が増えているような気がします。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-10 05:51 | 海外 | Comments(0)

スイス編(66):ロートホルン(14.8)

 それではロートホルンに向かいますか。幸い空席が多く、横見浩彦氏のようにはしゃいで車両先頭のお誕生日席に座りました。あとの二人は呆れ顔、ま、いいじゃないすか。さあ出発進行、いきなり線路脇の至近距離でカメラを構える撮り鉄を発見、轢かれないように気をつけてね。アルプスの山並みを背景に対向列車を撮影、ほんとうに絵になる鉄道です。右に左に大きくカーブしながら山を駆け下りる赤い列車、やがて左にマッターホルンが見えてきました。リッフェルベルク駅を過ぎると、雪崩除けの長いトンネルに入ります。ここを抜けるとマッターホルンと再会。このあたりで森林限界も終わり、カラマツの林がはじまります。森を抜けトンネルを抜けて疾走する列車、右にフィンデルの滝があらわれ、左にはツェルマットの街並みが見えてきました。そして駅に到着。
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 ゴルナーグラート鉄道の線路に沿って歩き、高架をくぐるとスネガに向かう地下ケーブルカーの駅です。振り返ると、マッターホルンはすこし雲を纏いはじめています。長い地下通路を歩いてケーブルカーに乗り込むと、高低差668mのトンネルを一気に駆け上ってスネガに到着。ゴンドラに乗り換えてブラウヘルトへ、ここで大型のロープウェイに乗り換えます。車内に自転車を持ち込んだ方は、ロートホルンから一気に駆け下りるのでしょう。大黒様のような大きな荷物を持ち込んだ方は、おそらくパラグライダーを楽しむのですね。
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 そして標高3103mのロートホルンに到着です。多少の雲はあるものの一昨日よりもはるかに視界はクリアで、鎮座ましますマッターホルン、それを取り巻く連山、フィンデルン氷河を一望できました。ブンダバー。するとどこからともなくフワフワとパラグライダーが飛んできました。いいなあ、気持ち良いだろうなあ。中にはタンデム(二人乗り)のものもあったので、試乗体験もできそうです。
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 それでは昼食と洒落込みましょう。ロープウェイ駅のすぐ近くにある「RESTAURANT ROTHORN」に入り、ブラートヴルスト(Bratwurst)とビールを注文。テラスに出て、雄大なパノラマを愛でながらいただきました。付け合わせの玉葱入りロシティが、クリスプで美味しうございました。トイレを拝借しようと中に入ると「おはようございます」と日本語で書かれた貼り紙がありました。
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 レトロなトイレ男女表示もなかなかしぶいですね。
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-09 06:35 | 海外 | Comments(0)

スイス編(65):ゴルナーグラート(14.8)

 さてそれではゴルナーグラートの展望台へと参りましょう。ローテンボーデン駅まで戻り、登山列車に乗ってゴルナーグラート駅へ到着。「3100クルムホテル・ゴルナーグラート」に行く坂道から、赤い登山列車と石造りの駅舎を撮影しまくりました。
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 そしてホテルの裏手にある展望台に上ると、マッターホルンはもちろん、モンテ・ローザやゴルナー氷河、そして峨々たる連山をクリアに一望することができました。三人でベンチに座って、しばし大パノラマの絶景を満喫。
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 そして案内板で山座同定をしていると、青い幟を懸命に立てている方がいました。なになに"Matterhorn Ultraks"と書いてあるぞ、松田勇作風に言うと「なんじゃそりゃ」。また何かのゴールのような巨大アーチも設営されていました。何が催されるのでしょう。秘すれば花(違うか)、心に留めておきましょう。
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 本日の九枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-08 06:35 | 海外 | Comments(0)

スイス編(64):リッフェルゼー(14.8)

 朝六時半に目覚めてベランダに出ると、おおっ空には雲ひとつありません。やがてご来光、マッターホルンの山肌を赤く染め上げていきました。天下無双の晴れ男の面目躍如です。
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 朝食会場に行き、すでに待っていたAさんにご挨拶。朝食をいただきながら、本日の予定について相談しました。
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 ピーク・パスは三日間以上、明日は一緒にジュネーヴに移動するので購入できません。その都度、乗り物のチケットを買うことにしました。まずは登山電車に乗ってゴルナーグラートに行き展望台からマッターホルンとご対面。そしてツェルマットまで戻り、地下ケーブルカー、ゴンドラ、ロープウェイと乗り継いでロートホルンへ。先日唾をつけておいたレストランでマッターホルンを見ながら昼食をとり、ロープウェイ、ゴンドラを乗り継いでスネガへ。ここで別れて、われわれはフィンデルンを経由してのハイキング、足に自信のないAさんはスネガでのんびりしてケーブルカーでツェルマットに戻る、という計画でいきましょう。
 部屋に戻って身支度をし、フロントでAさんと落ち合って、ゴルナーグラート鉄道に乗り込みました。ほんとうに素晴らしい天気です。少々雲は出てきたものの、マッターホルンのまわりにはまったく雲がありません。列車の車窓からそれはそれは見事なマッターホルンを拝むことができました。またほとんど無風です。ん? ということはリッフェルゼーの逆さマッターホルンが、昨日よりもさらに美しく見えるのでは? ローテンボーデン駅で下車して、坂道ではあるもののそれほど離れてはいません。Aさんと山ノ神に提案すると、二人とも異議なし。
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 ローテンボーデン駅で降りると、羊たちが出迎えてくれました。「マッターホルンには、羊がよく似合ふ」と言ったのは…私です。ゆっくりと坂を下りてリッフェルゼーを見下ろすと湖畔には誰もいません。岩の上に絵を並べて売っている画家がひとりだけです。
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 湖畔に着くと…ブンダバー(Wunderbar)! 完璧な逆さマッターホルンを拝めました。風が吹いていないので湖面は鏡の如く、そしてマッターホルンはその全容を完全に現わし、紺碧の空にも雲ひとつありません。おまけにまわりには誰もおらず、静かに心ゆくまで絶景を堪能できました。山ノ神もAさんも感動の面持ちで眺めていましたが、俄か添乗員としてはこれに勝る喜びはありません。

 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-07 18:01 | 海外 | Comments(0)

スイス編(63):ツェルマット(14.8)

 おっアイベックスの銅像だ、悔しいから撮影しておきましょう。いつものお店でケバブとフリッツを食し、また歩き出すとアイベックスのぬいぐるみを売っていました。悔しいから撮影しておきましょう。その先には日本語で「日本のおいしい家庭の味 カレーうどんセット 2000円/16ユーロ/18スイスフラン (いずれかでお支払いOK!)」と書かれた看板がありました。スイスの物価の高さをご理解いただけるかと思います。
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 腹ごなしにちょっと寄り道、路地に入って古い倉庫や教会を見ながらぶらぶらと散歩をしました。
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 郵便局があったので開業時間をチェックすると、月曜日‐金曜日は8:30‐12:00と13:45‐18:00、土曜日は8:30‐11:00でした。昼休みは12:00‐13:45か、シルヴァプラーナ郵便局の昼休みは12:00‐14:30だったので画一化されておらず地域によって違うようです。
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 そしてわれらがホテル「サラズィナ」に到着、部屋に戻ってシャワーを浴びビールを飲みながらくつろぎました。部屋から見えるマッターホルンにはだいぶ雲がかかり、やがて夕映えで美しく染め上げられていきました。本を読んだり転寝をしたりしていると午後九時となりました。友人のイタリア人女医、Aさんがクーネオからツェルマット駅に到着するのが午後九時半、そろそろ着替えて駅まで出迎えに行きましょう。定刻どおりに入線した列車から降りて駆け寄るAさんと抱き合って再会を祝し、ホテル「サラズィナ」へ。明日の午前七時半に一緒に朝食をとろうと約束し、分かれました。彼女のためにも、明日も晴れるといいな。ツェルマットは初めて訪れるということなので、素晴らしいマッターホルンの山容を見せてあげたいものです。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-01-06 07:22 | 海外 | Comments(0)