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『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』

c0051620_18221723.jpg 私の大好きなビル・エヴァンスのドキュメント映画、『タイム・リメンバード』が公開されるというビッグニュースを知りました。これは何がなんでも見たい。山ノ神を誘って、「アップリンク吉祥寺」へ見に行きました。ほぼ満席でしたので、ジャズの人気はさほどなくなってはいないようです。一安心。若者が多かったのが意外でしたが、たいへん嬉しいことです。人気投票やお金のためではなく、音で美を表現したいという高い志をもった音楽家は、世代を超えて支持されるものと確信しております。
 さて、はじまりはじまり。数々の名盤を残したジャズ・ピアニスト、ビル・エヴァンス(1929~80)の51年の生涯を辿ったドキュメンタリー映画です。幅広い分野でドキュメンタリーを撮ってきたブルース・スピーゲル監督が、8年の歳月を費やして制作しました。ビル本人の肉声や映像・写真、演奏シーンを中心に、彼と共演したジャズマンたちへのインタビューをまじえて、「時間をかけた自殺」とも言われる彼の人生を再現していきます。そのインタビュイーの顔ぶれが凄い。トニー・ベネット、ジム・ホール、ポール・モチアン、ゲイリー・ピーコック、ボブ・ブルックマイヤー、ジャック・ディジョネット… 綺羅星の如き名プレイヤーたちの映像を見られただけでも来た甲斐があったというものです。それにしても、端正な容姿とリリカルな演奏からは想像もつかないほど、凄絶な人生だったのですね。放埓な女性関係と重度の薬物中毒、兄や愛人の自殺、はじめて知ったことばかりでした。彼を奈落の底へ落としたのは麻薬だと思いますが、あれだけの技術と才能を持ちながらなぜ麻薬にのめりこんでいったのか、その探求があまりなかったことに物足りなさを感じました。プログラムに掲載されていた監督の話に、そのヒントがあるような気がします。黄金のトリオを組んだ、ドラマーのポール・モチアンへのインタビューです。
 「知っているかい?」とポールは言いました。「ビルは自分がすばらしいピアノ・プレイヤーだと思っていなかった。才能があると思っていなかった」
 「私は彼に言ったよ。“君の才能はすごいよ、何を言っているんだい?”」
 「ビルは委縮することもあった」とポールは言いました。「それを乗り越えるために、セッションをした」
 萎縮? あれほどの才能と技術がありながら、何を恐れていたのでしょう。彼が麻薬に溺れた理由はこのあたりにありそうです。映画の最後で、歌手のトニー・ベネットが、エヴァンスから「美と真実を追求し、他のことは忘れろ」とアドバイスを受けたそうです。美と真実… 美はわかりますが、彼にとっての真実とは何だったのでしょうか。たしか映画の中で彼は、「1音を弾くごとに、自分が見えてくるんだ」と言っていたのですが、本当の自分を音楽で表現することではなかったかと想像します。口で言うのは簡単ですが、これは至難なことでしょう。本当の自分とはどういうものか。それが醜く卑小なものだったらどうするのか。おそらく彼は一切の妥協を排して自分を凝視し、それを音楽で表現しようとして、その重圧にしばしば押しつぶされたのではないか。そして麻薬へと逃避したのではないか。

 この映画のもう一つの見どころは、何と言っても素晴らしい演奏のシーンです。鍵盤に食い入るように前かがみとなる独特の姿勢から紡ぎ出される美しいメロディ。あれは、本当の自分と対話しようとしているのかもしれません。とくに、スコット・ラファロ(ベース)とポール・モチアン(ドラムス)と組んだ黄金のトリオの映像には、感無量でした。三者が三様に自己を表現しながら、一つになって対話をしているかのような見事な演奏。中でも、低音弦楽器奏者の末席を汚す者として、スコット・ラファロの演奏には脱帽です。卓抜なテクニックと類まれなる歌心、私が憧れるミュージシャンの一人です。スピーゲル監督は、下記のようなポール・モチアンの話を紹介してくれました。
 私がインタビューした多くの人たちは、とても嬉しそうにビルのことを話してくれたのですが、ポールはもっと話したくて、ビル、スコット、ポールが『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』をライブ録音した、1961年6月11日の運命的なギグについても語ってくれました。その日曜日には、何か魔法のようなとても美しいことが起こったのです。トリオ・レコーディングについてのビル、スコット、ポールそれぞれの違ったビジョンが頂点を迎え、音楽への異なるアプローチがありました。それぞれの楽器が、彼らの音楽の中で互いに依存せずそれぞれがソロをとるなかで、楽器の新たなそしてより新鮮な独自性が生まれました。音楽は進化の新たな章を奏でたのです。
 「私たちは2週間ぶっ続けでヴァンガードで演奏した。多くの夜、トリオのサウンドは素晴らしいもので、本当に新たな極みに到達した。その運命的な日曜日のレコーディング・セッションの最後、ギグが終わると、私たちは微笑んでいた。新たなトリオに不可能はなかった。悲劇が数週間後に起こるなんて誰だって思いもしなかった」
 この時のライブ演奏が、『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と『ワルツ・フォー・デビイ』という二枚のレコードで聴けるとは何て幸せなのでしょう。ありがとう、オリン・キープニューズさん。しかし、その数週間後に、スコット・ラファロが交通事故で亡くなるという悲劇が起こり、このトリオは消えてしまいます。

 音楽の素晴らしさとジャズの奥深さを堪能できた映画でした。お薦めです。
by sabasaba13 | 2019-05-22 07:19 | 映画 | Comments(0)

『金子文子と朴烈』

c0051620_21514851.jpg なぬ! 『週刊金曜日』の映画評を見たら、目が点になりました。『金子文子と朴烈』という映画が作られた、しかも韓国で。そもそも金子文子とはどんな女性か。拙ブログでも触れましたが、『未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』(日中韓3国共通歴史教材委員会 高文研)にある簡にして要を得た紹介文を再掲します。
金子文子(1903~26)-朝鮮人と連帯し天皇制国家と闘った日本人

 金子文子という人を知っていますか。1923年の関東大震災の際、朝鮮人の朴烈(パクヨル)とともに検束され、皇太子(のちの昭和天皇)を爆弾で殺そうとしたとして「大逆罪」に問われて、死刑判決を受けた女性です。
 文子は横浜で生まれました。家柄を誇る父が「婚外子」(法的な結婚をへないで生まれた子)であった文子の出生届を出さなかったため、正式に小学校に入学できないなどの差別を受けたり、父に捨てられた母の再婚などのため文子の少女時代は不幸でした。9歳の時、朝鮮に住む父方の親戚の養女となりましたが、権威的なその家でひどくいじめられました。三・一独立運動を目撃した時、強者に抵抗する朝鮮の人たちに「他人事とは思えないほど感激した」といいます。
 16歳で養女を解消されると、実父が勝手に結婚を決めたため、その圧力を逃れて東京で苦学しているときに社会主義・無政府主義などに出会いました。そしてこれまでの体験から「一切の権力を否定し、人間は平等であり自分の意思で生きるべきだ」という思想に到達しました。さらに、さまざまな法律や忠君愛国・女の従順などの道徳は「不平等を人為的に作るもので、人々を支配権力に従属させるためのしかけである。その権力の代表が天皇である」と考えました。
 19歳の時、日本帝国主義を倒すことを志す朴烈と同志的な恋愛をして一緒に暮らすようになり、「不逞社」を結成します。朝鮮の独立と天皇制の打倒を志す二人は、爆弾の入手を計画はしますが、実現できないうちに検束されました。
 若い二人は生き延びることよりも、法廷を思想闘争の場にしようと考えて堂々と闘いました。死刑判決後、政府は「恩赦」で無期懲役にしましたが、文子はその書類を破り捨て、3カ月後、獄中で自殺しました。23歳でした。民族や国家を超えて同志として朴烈を愛し、被抑圧者と連帯し、自前の思想をつらぬいた一生でした。(朴烈は1945年に解放されました) (p.84~5)
 一体どんなふうに彼女を、そして朴烈を描いたのだろう。これは是が非でも見に行かなければ。あまり気が乗らない様子の山ノ神を無理に誘って渋谷のシアター・イメージフォーラムに行きました。地下鉄副都心線に乗ると、駅構内に「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」という、サントリー美術館のポスターがありました。うわお、これも見たい。河鍋暁斎展は次の日曜日に行くことにしました。
 まずは映画の公式サイトから、あらすじを引用します。
 1923年、東京。社会主義者たちが集う有楽町のおでん屋で働く金子文子は、「犬ころ」という詩に心を奪われる。この詩を書いたのは朝鮮人アナキストの朴烈。出会ってすぐに朴烈の強靭な意志とその孤独さに共鳴した文子は、唯一無二の同志、そして恋人として共に生きる事を決めた。ふたりの発案により日本人や在日朝鮮人による「不逞社」が結成された。しかし同年9月1日、日本列島を襲った関東大震災により、ふたりの運命は大きなうねりに巻き込まれていく。内務大臣・水野錬太郎を筆頭に、日本政府は、関東大震災の人々の不安を鎮めるため、朝鮮人や社会主義者らを無差別に総検束。朴烈、文子たちも検束された。社会のどん底で生きてきたふたりは、社会を変える為、そして自分たちの誇りの為に、獄中で闘う事を決意。ふたりの闘いは韓国にも広まり、多くの支持者を得ると同時に、日本の内閣を混乱に陥れていた。そして国家を根底から揺るがす歴史的な裁判に身を投じていく事になるふたりには、過酷な運命が待ち受けていた…。
 監督はイ・ジュンイク、パンフレットを購入して彼は尹東柱(ユン・ドンジュ)を描いた『空と風と星の詩人』という映画をつくっていることも知りました。これもぜひ見てみたい。
 「不逞社」の人たちがラジオ放送を聞き(※放送開始は1925年)、水野一人に全ての責を帰すなど史実と違うところも一部ありますが、おおむね歴史的事実に基づいたわかりやすい内容になっています。二人を弁護した布施辰治が登場するのも嬉しい限りです。
 この映画の見どころは、単純に日本の国家権力と民衆による朝鮮人虐殺を糾弾するのではなく、強大な国家権力にしたたかに抗う二人の若者の姿です。朝鮮人虐殺を糊塗するために、大逆罪を犯そうとした朝鮮人が実際にいたことをアピールしようとする日本政府。そのためには何としてでも裁判を成立させなくてはならず、その弱みにつけこんで二人はさまざまな要求をつきつけます。仲睦まじく寄り添う二人を写真に撮らせる(※いわゆる怪写真事件)、あるいは民族衣装で法廷に出ることを要求する。華やかな民族衣装で出廷した二人は、裁判をまるで結婚式のように仕立て上げてしまいます。
イ・ジュンイク監督は、プログラムの中でこう語っておられました。
 本作を通して、私は一人の青年の純粋な信念に光を当てたかった。そして今日の世界に生きる私たち全員に問いかけたかった。日本植民地時代の朴烈のように、私たちは世界と真正面から向き合っているだろうかと。
 そう、朴烈と、直接には触れていませんが金子文子の二人の姿を通して、世界と、そして権力と真正面から向き合おうという監督からのエールがびしびしと伝わってきました。
主役の二人を演じた俳優の演技が素晴らしい。ふてぶてしく、したたかに、ユーモラスに権力と闘いながらも時に憂愁の影がよぎる朴烈を、イ・ジェフンが見事に演じ切っていました。それに輪をかけて素晴らしかったのが、金子文子を演じたチェ・ヒソです。獄中で文子が書いた手記『何が私をこうさせたか』(筑摩叢書286)の中で、彼女はこう綴っています。
 「ああ、もうお別れだ! 山にも、木にも、石にも、花にも、動物にも、この蝉の声にも、一切のものに…」
 そう思った刹那、急に私は悲しくなった。
 祖母や祖父の無情や冷酷からは脱せられる。けれど、けれど、世にはまだ愛すべきものが無数にある。美しいものが無数にある。私の住む世界も祖母や祖父の家ばかりとは限らない。世界は広い。
 母の事、父の事、妹のこと、弟のこと、故郷の友のこと、今までの経歴の一切がひろげられたそれらも懐かしい。
 私はもう死ぬのがいやになって、柳の木によりかかりながら静かに考え込んだ。私がもしここで死んだならば、祖母たちは私をなんというだろう。どんな嘘をいわれても私はもう、「そうではありません」といいひらきをする事は出来ない。
 そう思うと私はもう、「死んではならぬ」とさえ考えるようになった。そうだ、私と同じように苦しめられている人々と一緒に苦しめている人々に復讐をしてやらねばならぬ。そうだ、死んではならない。
 私は再び川原の砂利の上に降りた。そして袂や腰巻から石ころを一つ二つと投げ出してしまった。(p.84)
 世界の美しさと広さを認識する感受性、弱者・貧者への共感と連帯感、強者・富者への批判と憤怒、そうしたものを併せ持った金子文子という多面的で自立心の強い女性を、きわめて魅力的に演じていました。時には怜悧な小悪魔のような、時には清楚な少女のような、時には強健な闘士のような文子を演じ分けたその力量には脱帽です。ちょっとした表情やしぐさや視線で文子の多面性を表現したその演技には、鳥肌がたつほどに見惚れてしまいました。
彼女の演技だけでも必見の映画です、お薦め。

 それにしても、韓国映画の豊饒さと質の高さには驚いてしまいます。その理由の一端が、『週刊金曜日』(№1223 19.3.8)に載っていた、片山慎三監督へのインタビューでわかりました。(聞き手:中村富美子)
 日韓の映画業界の体質の違いにも敏感だ。売れ筋の原作で観客動員を見込む日本の映画業界の傾向に対し、韓国では「結末がわかっているようなものを作って何が面白いんだ、という考え。2~3年かけ、お金もかけてオリジナル脚本をちゃんと書く。だから全然違う。それが悔しかったです、韓国映画を見ていて」。
 それは国の文化政策の差でもある。脚本執筆中は無収入が普通の日本と、申請すれば国からの援助があって生活費に充てられる韓国。「それでヒットしたら興行収入を国に還元し、それがまた将来の支援へと回される」。この循環が、韓国映画の質を支えている。(p.50)
 嫌韓を叫んでストレスを発散させる方々にこそ、ぜひ見ていただきたい映画です。韓国から学ぶべきことは、けっこうありますよ。
by sabasaba13 | 2019-05-12 06:46 | 映画 | Comments(0)

『福島は語る』

c0051620_2184970.jpg 『“私”を生きる』や『沈黙を破る』といった秀作を世に送りだし、ジャーナリストとしても活躍しておられる土井敏邦氏が、『福島は語る』という映画をつくられたそうです。その意図を、土井氏は公式サイトで次のように述べられています。
 原発事故から8年が過ぎました。日本は、2020年の東京オリンピックに向けて浮き足立ち、福島のことは「終わったこと」と片づけようとしているように感じます。しかし、原発事故によって人生を変えられてしまった十数万人の被災者たちの心の傷は疼き続けています。
 100人近い被災者たちから集めた証言を丹念にまとめました。その“福島の声”を、忘却しつつある日本社会に届けたいと願い、この映画を制作しました。
 まったくです。昨今では、東京オリンピックに加えて、新元号や新天皇の即位や十連休で大騒ぎしている日本社会。ほんとうに福島のことは、きれいさっぱり忘れてしまったようです。原発マフィアの皆さまの、ほくそ笑む顔が目に浮かびます。しかしこの事故のことは、絶対に忘れてはならない。問題の所在をはっきりさせておきましょう。それを明確に示してくれた中野敏男氏の一文を、『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』(NHKブックス1191)から引用します。
 …現在では、東日本大震災を前後して大きく問題化した二つのことが、あらためてその現状を厳しく照らし出すことになりました。
 その二つとは、ひとつは、普天間基地移転が焦点化する中であらためて問われている沖縄の過重負担という問題であり、もうひとつは、震災にともなう福島第一原子力発電所の事故に端を発した深刻な原子力災害のことです。わたしたちはいま、戦後に植民地主義の継続を考える際に、この戦後世界に作られていた「犠牲やリスクを不平等に配分する差別的な秩序」の存在に注目しました。ここまではそれをまずは冷戦状況下での東アジア地域の国際関係に即して見たのでしたが、そのような「犠牲やリスクの不平等」という差別はそれに限らず、「基地国家」とされるこの国の内外にさまざまに組織され、あるいは再編されて持続してきたと考えなければなりません。その中でも、過重な基地負担を強いられ続けている沖縄の問題と原発リスク負担を引き受けてきたフクシマの問題は、現在の日本社会にとって存立の基盤そのものに関わる、負担の深刻な差別的秩序の存在を露呈させたのでした。軍事基地の負担を沖縄に集中し、エネルギー供給に関わるリスクをフクシマその他に集中さしていればこそ、今日まで日本の他の地域の人々は、日常的にはそんな負担やリスクを意識しないままに「平和で豊かで安全な日本」であるという中央中心の自己認識をずっと維持してこられたわけです。そうであれば、これもまたひとつの植民地主義と言わねばならないのではないでしょうか。
 このように考えてくると、東日本大震災を経た今日、この日本は確かにひとつの大きな曲がり角に立っているということが分かります。大地震そのものは天災でしたが、それが重大な犠牲を強いつつ暴露してしまった事態は、「犠牲やリスクの不平等」を生むこんな差別的秩序に依存して進められてきた戦後日本の「経済成長」路線、この意味で植民地主義に立脚するこれまでの拡張路線の、手酷い破綻であるに違いありません。(p.287~8)
 そう、福島の原発事故を忘れてしまうと、沖縄の新基地建設強行に無関心だと、この「犠牲やリスクを不平等に配分する差別的な秩序」がこれからも未来永劫に続くということです。庶民を静かに抹殺しながら、一部の富者や強者が富み栄えるというこの社会が。
 過重なリスクを負わされて深刻な事故にまきこまれ、そして抹殺されつつある“福島の声”に耳を傾けることによって、このえげつなくいかがわしいシステムを体感したく思い、吉祥寺にある「ココロヲ・動かす・映画館◯」で見てきました。
 下記の八章仕立てで、計14人へのインタビューと、福島の美しい自然の映像で構成されています。『福島からあなたへ』の著者、武藤類子も登場されていました。

第一章 「避難」
 「自主避難」をめぐる家族間の軋轢と崩壊。他県で暮らす避難者たちと福島に残る人びととの乖離、避難生活の厳しさと苦しさに引き裂かれていく福島出身者たち。

第二章 「仮設住宅」
 4畳半一間での独り暮らす孤独感と先が見えない不安。「避難解除」され「仮設」を出ても、大家族が共に暮らす元の生活に戻れない絶望感。

第三章 「悲憤」
 「補償」の負い目と“生きがい”の喪失。「帰村宣言」で補償を打ち切られた生活苦と先の見えない不安と病苦。“自死”の誘惑が脳裡を過ぎる。

第四章 「農業」
 「福島産だから」と避けられる農産物。福島を想いながらも他県産を求める自責と葛藤。農家は“農業と土地への深い愛着”と、経営破たんの危機の間で揺れ動く。

第五章 「学校」
 避難し各地に離散した教え子たちに手書きの「学年便り」を送り続けた教師。差別を恐れ「原発所在地」出身だと名乗れない子どもたち。

第六章 「抵抗」
 水俣病と同様に被害を隠蔽し矮小化する国家の体質。“尊厳”のために闘う沖縄に、福島の闘いを重ね合わせる反原発運動のリーダーの抵抗。

第七章 「喪失」
 「帰還困難区域」となった飯舘村・長泥で、家と農地、石材工場を失った住民。追い打ちをかけるように、将来に絶望した跡取り息子を失う。原発事故で「人生を狂わされた」被災者の慟哭。

最終章 「故郷」
 「住民の一人ひとりの半生を全てを知る」故郷。「汚染されても美しい」故郷。原発事故が福島人に突き付けた“故郷”の意味。

 どのインタビューでも胸に突き刺さるような言葉が紡ぎ出されていますが、断腸の思いで二人だけ紹介します。
佐久間いく子さん
Q.生きていてもしようがないと思うことある?
うん。何回も思っている。ああ、今日逝くのかなあって。思う、思う。透析やっていると血圧が下がる。すると「ああ、もう、逝っていいや」って。
Q.どうしようもない気持ちに時々なるんだ?
時々じゃない。毎日ぐらい(笑い)。いい時なんて、ちっともない。
Q.何もかも失ったという気がする?
手足もぎとられたって感じかなあ。目に見えるものなら、掃いて集めて捨てるってこともあるけど、目に見えないものだから、これには困っちまうなあ。なんて言ったらいいのかなあ。どこさ、言っていいのかわからない。
Q.帰って生活もできない、コメも作れない。それで帰れって、補償を切る
死ねって言うみたい。
Q.そう聞こえるんだ?
うん。おめえら死んでもいいという感じだな。そうでしょ?

村田弘さん
 一言でいうと、(日本社会は)変わっていないと思います。国家が民衆に対応するときの姿勢は、基本的にまったく変わっていない。そのことが全く変わらず、また繰り返されようとしている結論に近いものを持っています。
 僕が駆け出し記者の頃、昭和42、43年ごろですが、朝日新聞・熊本支局にいました。当時、公害基本法などができて、「水俣の見直し」があった頃で、その取材をしていました。あそこで見たことも同じなんですよ。普通の人に被害が及ぶと、まずそれを隠す。(国は)チッソが水銀を放出していたことは最初、隠していた。それが隠しようがなくなると、それをごまかそうとする。それには学者も絡みます。それもごまかしきれなくなると、今度は範囲を狭める、矮小化する。被害を否定できなくなると、範囲を狭めるんです。それで矮小を認めて、問題を終りにしようとする。
 生活苦、病苦、孤独、先行きへの不安、軋轢、悔しさ、差別、絶望、分断、いじめ、希望、怒り。さまざまな語り口と表情で語られる福島の現状には、言葉もありません。東京オリンピックや新元号で浮かれている場合ではないでしょう。あらためて、この原発事故が多くの人びとの人生や暮らしを破壊し、美しく懐かしい故郷を破滅させたという事実に立ち竦む思いです。そして原子力マフィアや、この差別のシステムを駆動させている方々に対する瞋恚の焔が燃え上がります。J・M・クッツェーの卓抜な表現を借りると、彼ら/彼女らを「なろうことなら、ガラスをぶち破り、手を中まで伸ばしてやつをそのぎざぎざの破れ目から引きずり出し、やつの肉が尖ったガラスの先にひっかかってずたずたに切れるのも構わず、地べたに放り投げて外形もわからぬまでに蹴飛ばしてやりたいという衝動に駆られ」ます。(『夷狄を待ちながら』p.323 集英社文庫)

 そしてインタビュイーにこうした深く重い言葉を語らせた土井監督の手腕には敬意を表します。その背景について、プログラムに監督の言葉が載っていました。
 しかしそれまでのインタビュー映像を粗編集してつないでみると、自分の胸にストンと落ちる記録映像ではなかった。“胸に染み入る深さ”がないのである。
 原発事故後に自分や家族に起こった事象、今に至るまでの生活環境の変化、その中で抱え込んだ「問題」はある程度表現されてはいるが、語る人の内面、“深い心の傷”“痛み”が十分に引き出せてはいなかった。つまり「問題」は描けていても、その中で呻吟する“人間”が描き切れていなかったのである。
 そんな時、1冊の本に出会った。2015年度のノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチ著『チェルノブイリの祈り』である。
 この本は、事故から10年後に発表された事故被害者たちの証言集だ。そこにはアレクシエービッチ自身の解説はない。ひたすら被害者たちの生々しい語りが続く。しかもそれは単なる「事実の羅列」ではない。その言葉が、読む私の心に深く染み入るのだ。「被害者の証言」だけの作品なのに、なぜこれほどまでに私は衝撃を受けたのか。なぜこれほど読む者の心を揺さぶる語りを聞き出せたのか。どうすれば「事故の緊急リポートにすぎず、本質はすっぽり抜け落ちてしま」(アレクシエービッチ)わないドキュメントが生み出せるのか。私の“フクシマ”取材の行き詰まりを抜け出すヒントがここにあるような気がした。
 どんな過酷な事象や体験をも、「尊厳ある伝え方」で伝えていく。単に目の前に現れる、また語られる現象や事実を、ただ表象をなぞるのではなく、その本質と尊厳を見出す目。私が“フクシマ”取材に行き詰っていた原因はその欠落にあるのだろうか。それ以前に私は、“フクシマ”を伝えるためにこれまでに一体どれほどの「心のたたかい」をしてきただろうか。
 それでも私は、ここでおずおずと引き下がりたくはないと思った。「自分にはできない」と投げ出すことは、「心のたたかい」を放棄し自身の尊厳を放棄することに等しいことだからだ。
備わった資質もない私でも、“伝え手”としてできることがあるはずだ。「一人ひとりの人間が消えてしまったように」されていく国内の現状の中で、「個々の人間の記憶を残すこと」はこんな私でもいくらかはできるはずだ。
 アレクシエービッチにはなれなくても、『チェルノブイリの祈り』ほどの記録は残せなくても、私なりに「“フクシマ”の記憶と記録を残す」ことはできるはずだ。「福島は語る」はそういう試行錯誤と暗中模索の中で、かたちとなった作品である。
 そうか、スベトラーナ・アレクシエービッチに触発されたのか。私も、彼女の著作は『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)、『ボタン穴から見た戦争』(岩波現代文庫)、『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)を読んだので、土井監督の想いがよくわかります。本質を見極める明晰な頭脳と、人間の尊厳に敬意を払う温かい心。

 福島を、そして沖縄を忘れることは、犠牲となった方々を抹殺することです。そしていつか自分も抹殺されることです。いや、もうすでに抹殺されつつあるのに、気づかないだけなのかもしれません。誰かを犠牲にして維持されるこのおぞましいシステムを止めましょう。できるのか? できます。このシステムは、私たちの知的および倫理的怠惰を燃料としているのですから。福島の悲劇を忘れてオリンピックや新元号に現を抜かす私たちの倫理的怠惰に、強烈な喝を入れてくれる必見の映画でした。お薦めです。

 追記です。『チェルノブイリの祈り』でドッグ・イヤーを折ったところを読み返すと、福島との共通点が多いことにあらためて気づきます。
セルゲイ・ワシーリエビッチ・ソボリョフ
 国は詐欺師ですよ、この人たちをみすててしまった。(p.146)

ゾーヤ・ダニーロブナ・ブルーク
 私はすぐには分からなかった。何年かたって分かったんです。犯罪や、陰謀に手を貸していたのは渡したち全員なのだということが。(沈黙) (p.189)

 人間は、私が思っていた以上に悪者だったんです。(p.189)

 ひとりひとりが自分を正当化し、なにかしらいいわけを思いつく。私も経験しました。そもそも、私はわかったんです。実生活のなかで、恐ろしいことは静かにさりげなく起きるということが。(p.190)

ビクトル・ラトゥン
 わが国の政治家は命の価値を考える頭がないが、国民もそうなんです。(p.214)

ワシーリイ・ボリソビッチ・ネステレンコ
 私は人文学者ではない。物理学者です。ですから事実をお話ししたい。事実のみです。チェルノブイリの責任はいつか必ず問われることになるでしょう。1937年〔スターリンによる大粛清〕の責任が問われたように、そういう時代がきますよ。五〇年たっていようが、連中が年老いていようが、死んでいようが、彼らは犯罪者なんです! (沈黙) 事実を残さなくてはならない。事実が必要になるのです。(p.237)

ナターリヤ・アルセーニエブナ・ロスロワ
 でも、これもやはり一種の無知なんです。自分の身に危険を感じないということは。私たちはいつも〈われわれ〉といい〈私〉とはいわなかった。〈われわれはソビエト的ヒロイズムを示そう〉、〈われわれはソビエト人の性格を示そう〉。全世界に! でも、これは〈私〉よ! 〈私〉は死にたくない。〈私〉はこわい。チェルノブイリのあと、私たちは〈私〉を語ることを学びはじめたのです、自然に。(p.253)

by sabasaba13 | 2019-05-08 06:25 | 映画 | Comments(0)

『記者たち』

c0051620_2284782.jpg 『記者たち 衝撃と畏怖の真実』という映画が面白そうです。「スタンド・バイ・ミー」の名匠ロブ・ライナーが、イラク戦争の大義名分となった大量破壊兵器の存在に疑問を持ち、真実を追い続けた記者たちの奮闘を描いた実録ドラマだそうです。これはぜひ見に行かなくては。山ノ神も快諾、二人で日比谷にあるTOHOシネマズシャンテに行って見てきました。
 まずは公式サイトからあらすじを引用します。
 2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「大量破壊兵器保持」を理由に、イラク侵攻に踏み切ろうとしていた。新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)は部下のジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)、ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)、そして元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)に取材を指示、しかし破壊兵器の証拠は見つからず、やがて政府の捏造、情報操作である事を突き止めた。真実を伝えるために批判記事を世に送り出していく4人だが、NYタイムズ、ワシントン・ポストなどの大手新聞社は政府の方針を追認、ナイト・リッダーはかつてないほど愛国心が高まった世間の潮流の中で孤立していく。それでも記者たちは大義なき戦争を止めようと、米兵、イラク市民、家族や恋人の命を危険にさらす政府の嘘を暴こうと奮闘する…
 煮えたぎるような熱いジャーナリスト魂を小気味よく描いた秀作です。この当時、真実を報道しようとしたメディアがいかに孤立していたか、痛いほどわかりました。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手新聞をはじめ、アメリカ中の記者たちが大統領の発言を信じて誤った報道を続けていたのですね。「ペンタゴン・ペーパーズ」を暴いたワシントン・ポストよ、お前もか。そして傘下の新聞社からは記事の掲載を拒絶され、オフィスには匿名の脅迫メールが届き、身内からも裏切り者呼ばわりされる。
 しかし彼らは家族や恋人に支えられながら、真実の報道を追い求めます。余談ですが、ジョナサンの妻ヴラトカを演じたミラ・ジョヴォビッチに惚れました。旧ユーゴ出身という設定で、国家権力の恐ろしさを骨の髄まで知っている彼女は、「なぜ盗聴に気をつけないの」と旦那を叱責します。それはさておき、取材の方法も実話に基づいた興味深いものでした。政府高官の話はプロパガンダであることが見え見えなので、現場で働く下級のスタッフに小まめに電話をかけて取材をくりかえします。こうした地道な努力が真実へと至る道なのですね。
 そしてこの映画の主役は、何といってもロブ・ライナー監督が自ら演じる支局長ジョン・ウォルコットです。部下たちを厳しく、時には優しく叱咤激励しながら、民主主義のために政府の嘘を暴き真実を伝えようとする彼の姿には感銘を覚えました。彼の言です。
 他メディアが揃って政府の速記者になりたがるなら、勝手にやらせろ。

 政府が何か言ったら、記者として必ずこう問え。“それは本当か”

 私たちは子どもを戦争に送る人たちのために報道しているのではない。子どもを戦争に送られてしまう人たちのために報道しているんだ。
 最後の科白と共鳴するかのように、愛国心に駆られてイラク戦争に志願し、負傷によって下半身不随となって黒人青年のことがサイドストーリーとして描かれているのも見事です。

 それにしても十数年前に起きた国家権力による犯罪を、映画にしてしまうアメリカ社会の底力には頭が下がります。また国家権力と闘い真実を報道しようとするジャーナリストを描いた映画がつくられていることもお手本にしたいところです。『大統領の陰謀』しかり、『ペンタゴン・ペーパーズ』しかり。そういえば韓国でも、『共犯者たち』や『スパイネーション/自白』など、国家権力と闘うジャーナリストを描いた秀作がつくられています。なぜ日本ではこうした映画がつくられないのでしょうか。ま、“政府の速記者”を描いても面白い映画にはならないでしょうが。頑張れ、日本のジャーナリスト。

 追記です。『週刊金曜日』(№1222 19.3.1)にこういう記事が掲載されていました。
WIMNが政府に抗議声明 望月衣塑子記者にエール 宮本有紀

 安倍政権が、官房長官会見における『東京新聞』の「特定の記者」(望月衣塑子氏を指す)の質問内容を「事実誤認」とし、質問妨害などした行為について、「メディアで働く女性ネットワーク(WiMN)」が2月25日、「安倍政権による記者の弾圧・排除やこれらを正当化する閣議決定に抗議する」声明を発表した。
 声明は「『特定の記者』は約1年半、質問する順番を後回しにされ、質問中のは数秒おきに何度も『簡潔にお願いします』などと言われて制止され、妨害」されたこと、政府側が「質問が『事実誤認』『度重なる問題行為』であるとする『問題意識の共有をお願い申し上げる』との『申し入れ』を内閣記者会の掲示板に貼り出す」などしたことを「特定の記者をつるしあげ、その排除に記者クラブを加担させようとしているよう」と批判。「政府によるジャーナリストへの弾圧、言論統制そのものであり『特定の記者』を超えて、ジャーナリスト一人一人に向けられた『刃』」であると指摘し、「安倍政権は(略)直ちに記者に対する弾圧・排除をやめ、記者会見を正常化することを強く求め」ている。
 財務事務次官によるテレビ朝日記者へのハラスメントをきっかけに昨年結成されたWiMNには現在45社123人が参加。望月氏も会員だ(公表済)。代表世話人の林美子氏は「ジャーナリズムに携わる集団として、今回の事態に強い危機感を持っている。取材先や組織内でのセクシャル・ハラスメントや女性蔑視により、女性記者が仕事をしにくくなる状況と通底するものを感じる。この事態を見過ごせば、私たちの仕事の基盤が根底から揺らぐ」と話す。そして「ターゲットとされた望月記者を心から応援したい。一人ひとりの記者がその能力を十全に発揮できることが、日本の民主主義にとって不可欠だ」と強調した。(p.9)
 こうした事実や動きを知り、ジャーナリストを応援することが、政府の嘘を暴き、民主主義を守ることにつながるのだと思います。頑張れ望月記者、そしてWiMN。
by sabasaba13 | 2019-05-06 07:23 | 映画 | Comments(0)

『ブラック・クランズマン』

c0051620_17132124.jpg 『ブラック・クランズマン』という映画が面白いと、『週刊金曜日』の映画評で紹介されていたので、さっそく山ノ神と一緒に、イオンシネマ板橋で見てきました。
 まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 1970年代半ば、アメリカ・コロラド州コロラドスプリングスの警察署でロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は初の黒人刑事として採用される。署内の白人刑事から冷遇されるも捜査に燃えるロンは、情報部に配属されると、新聞広告に掲載されていた過激な白人至上主義団体KKK〈クー・クラックス・クラン〉のメンバー募集に電話をかけた。自ら黒人でありながら電話で徹底的に黒人差別発言を繰り返し、入会の面接まで進んでしまう。騒然とする所内の一同が思うことはひとつ。KKKに黒人がどうやって会うんだ? そこで同僚の白人刑事フリップ・ジマーマン(アダム・ドライバー)に白羽の矢が立つ。電話はロン、KKKとの直接対面はフリップが担当し、二人で一人の人物を演じることに。任務は過激派団体KKKの内部調査と行動を見張ること。果たして、型破りな刑事コンビは大胆不敵な潜入捜査を成し遂げることができるのか―!?
 人種差別の実態とそれへの批判をテーマとしながらも、コミカルな場面、スリリングな場面も程よく織り交ぜた良い映画でした。さすがは『マルコムX』などをつくった名匠スパイク・リー監督です。黒人刑事ロン・ストールワースを演じた、名優デンゼル・ワシントンを実父にもつジョン・デヴィッド・ワシントンの演技も素晴らしい。人種差別に対する怒りを胸に秘めながら、沈着冷静に捜査を進める主人公を見事に演じていました。彼は同時に、警察の内部から差別をなくしていこうとします。黒人活動家のガールフレンド・パトリスに彼はこう言います。「もし、黒人の警官が内側から世界を変えようとしたらどう思う?」 彼女は(彼を警官だとは知らず)あっさりとその理想を切り捨てます。「そんなの無理」 ロンの相棒となる白人刑事フリップ・ジマーマン役を演じたアダム・ドライバーもいいですね。彼はユダヤ人で、ロンと協力していくうちに、差別に対する意識が変わっていきます。話が進んでいくにつれて周囲の白人警官たちのロンを見る目が変化して差別意識がなくなり、協力関係が生まれていくのが爽やかでした。ロンの理想が少しだけ実現したのかなと、嬉しく思いました。
 老いた黒人が、黒人学生に昔話を語る場面がありましたが、プログラムを読んで驚きました。気づかなかった、ハリー・べラフォンテが演じていたのですね。彼は公民権運動に積極的に参加したそうです。その話とは、1916年にテキサス州ウェイコで起こったリンチ事件です。17歳の黒人少年ジェシー・ワシントンが白人女性のレイプ殺人で逮捕され、死刑判決を受けましたが、裁判所前に集まった1万人を超える群衆は死刑判決が待ちきれず、ジェシーを拉致して市庁舎前広場で、手足の指と性器を切り取り、鉄鎖で木からぶら下げて、その下で薪を組んで生きたまま火あぶりにしました。苦しみが長引くように、ジェシーは時々引き上げられました。死体は夜まで市中を引き回され、バラバラに切り刻まれて、群衆は肉片を土産に持ち帰りました。ああ…
最後の場面では、裏返しの星条旗が白と黒で描写され、アメリカにおける差別の歴史と現状が表現されます。そして2017年のシャーロッツヴィルで起きた悲劇の現場に置かれた文字、「憎しみからは何も生まれない」が大写しとなって映画は静かに幕を閉じました。エンディングで流れる曲は、故プリンスが歌う黒人霊歌「Mary Don’t You Weep」。百年以上にわたって黒人たちを慰め励ましてきた曲だそうです。
 なお正式なタイトルは「BLACKkKLANSMAN」ですが、“BLACK”は「黒人」、KkKは“Ku Klux Klan(クー・クラックス・クラン)”、KLANSMANはKKKのメンバーのことです。つまり「黒人(black)がKKKのメンバー(Klansman)になる」という意味なのですね。

 十二分に楽しめ、そして重いものが心に残る映画でした。それにしても何故人は差別をするのでしょう。自分がいつか差別をする可能性、あるいは今差別をしているのに気づかない可能性を含めて、考えていきたいと思います。そのヒントとなる一文に最近出会えました。『もっと言ってはいけない』(橘玲[あきら] 新潮新書799)から引用します。
 アイデンティティ(共同体への帰属意識)は、「俺たち」と「奴ら」を弁別する指標でもある。それに最適なのは、「自分は最初からもっていて、相手がそれを手に入れることがぜったいに不可能なもの」だろう。黒人やアジア系は、どんなに努力しても「白い肌」をもつことはできない。これが、中流の崩壊とともにアメリカの貧しい白人たちのあいだで「白人アイデンティティ主義(白人至上主義)」が急速に広まっている理由だ。彼らは「人種差別主義者」というよりも、「自分が白人であるということ以外に誇るもののないひとたち」だ。(p.35)
 なるほど、これは首肯できる味方です。私たちの社会でも、「自分が日本人であるということ以外に誇るもののないひとたち」が増えているような気がしますが、いかがでしょう。
by sabasaba13 | 2019-05-03 07:22 | 映画 | Comments(0)

『グリーンブック』

c0051620_21451371.jpg 山ノ神に誘われて、アカデミー賞の作品賞・助演男優賞・脚本賞を獲得した『グリーンブック』を「ユナイテッドシネマとしまえん」で見てきました。まずは映画のタイトルとなった"グリーンブック"とは何か。プログラムの解説によると、1936年から1966年まで、ニューヨーク出身のアフリカ系アメリカ人、ヴィクター・H・グリーンにより毎年作成・出版されていた、黒人旅行者を対象としたガイドブックです。黒人が利用できる宿や店、黒人の日没後の外出を禁止する、いわゆる「サンダウン・タウン」などの情報がまとめてあり、彼らが差別、暴力や逮捕を避け、車で移動ための欠かせないツールとなっていました。ジム・クロウ法(主に黒人の、一般公共施設の利用を制限した法律の総称)の適用が郡や州によって異なるアメリカ南部で特に重宝されたとのことです。
 プログラムより、あらすじを引用します。
 1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒として働くトニー・リップ(ビゴ・モーテンセン)は、粗野で無教養だが口が達者で、何かと周囲から頼りにされていた。クラブが改装のため閉鎖になり、しばらくの間、無職になってしまったトニーは、南部でコンサートツアーを計画する黒人ジャズピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)に運転手として雇われる。黒人差別が色濃い南部へ、あえてツアーにでかけようとするドクター・シャーリーと、黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに、その旅に同行することになったトニー。出自も性格も全く異なる2人は、当初は衝突を繰り返すものの、次第に友情を築いていく。
 人種差別主義者である白人が、黒人と行動を共にすることで友情が育まれていくという、よくある設定です。しかし捻りがきいています。まず主人公のトニー・リップがイタリア系であり、二級の白人として扱われていること。ある街でそのことをからかった白人警官を、彼は殴り倒してしまいます。ドクター・シャーリーも逮捕され留置場にぶちこまれた二人、その夜のコンサートに間に合わなくなるというピンチに追い込まれます。ドクターは意外な人物に電話で助けを求めてすぐに釈放されるのですが、それは誰か? 映画を見てのお楽しみです。
 ドクターも、エリート・ピアニストにして性的マイノリティということから、白人から差別され黒人からも距離をとられます。その言いしれぬ孤独感を埋め合わせるかのように、高尚な文化や紳士的な立ち居振る舞いを身につけたドクター。一方リップは、酒をガバガバ飲み、煙草をスパスパ吸い、フライドチキンをガツガツ食べ、ソウルやR&Bをガンガンかける庶民派です。
 水と油の二人が、互いを理解するにつれて、それぞれの文化に惹かれていく場面も素敵です。ドクターの流麗なピアノ演奏に感動し、彼が洗練された文章へと手直ししてくれた妻への手紙に感心するリップ。(なにせリップは"dear"を"deer"と綴ってしまうのです) 一方ドクターは、リップに勧められてはじめてフライドチキンを食べ、その美味しさに驚愕します。また酒場でピアノを弾くようせがまれると、眉間に皺を寄せながら超絶技巧でショパンの「木枯らしのエチュード」を演奏するドクター。しかしバンドのメンバーがステージにあがりジャム・セッションを促すと、歓喜が爆発したようにR&Bを弾きまくるドクター。その表情の、何と生気に溢れていることよ。いい場面でした。

 そしてこの映画のテーマは、ドクター・シャーリーが、リップという凄腕の用心棒を必要とするような、ディープ・サウスでの危険な演奏旅行をなぜ敢行したのかという点だと思います。答えは映画を見ていただくとして、その志の高さに感銘を覚えます。

 黒人差別を描いた映画には、『夜の大捜査線』、『招かれざる客』、『手錠のままの脱獄』、『ミシシッピ―・バーニング』、『マルコムX』、『デトロイト』、『42 ~世界を変えた男~』、『私はあなたのニグロではない』など数多の名作がありますが、その一翼に連なる作品です。お薦め。
 いま公開中の『ブラック・クランズマン』も面白そうですね、今度見にいきます。
by sabasaba13 | 2019-04-08 06:25 | 映画 | Comments(0)

『日日是好日』

c0051620_18131997.jpg 実は、わが敬愛する山ノ神、大学生の時から十年ほど裏千家茶道のお稽古に勤しんでいました。その後、とんとご無沙汰しておりますが、旅先で茶室や露地を見たり、抹茶や茶わんを買ったりと、その情熱は埋れ火のように熱があるようです。その彼女から、茶道をテーマにした映画が上映されているので見にいかないかと誘われました。タイトルは『日日是好日』、"ひび"かと思ったら"にちにち"と読むのですね。原作は、エッセイスト森下典子が約25年にわたり通った茶道教室での日々をつづり人気を集めたエッセイ『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、監督は大森立嗣、そして主演は黒木華、共演は樹木希林と多部未華子。これは面白そう、師走好日に池袋の「シネ・リーブル」で見てきました。なお"日日是好日"とは禅語のひとつで、『碧巌録』第六則に収められている公案だそうです。
 まずは公式サイトからあらすじを転記します。
 大学時代に、一生をかけられるような何かを見つけたい。でも、学生生活は瞬く間に過ぎていき-。典子(黒木華)は二十歳。真面目な性格で理屈っぽい。おっちょこちょいとも言われる。そんな自分に嫌気がさす典子は、母(郡山冬果)からの突然の勧めと、「一緒にやろうよ!」とまっすぐな目で詰め寄る同い年の従姉妹、美智子(田部未華子)からの誘いで"お茶"を習うことになった。まったく乗り気ではない典子だったが、「タダモノじゃない」という武田先生(樹木希林)の噂にどこか惹かれたのかもしれない。
 稽古初日。細い路地の先にある瓦屋根の武田茶道教室。典子と美智子を茶室に通した武田先生は挨拶も程々に稽古をはじめる。折り紙のような帛紗さばき、ちり打ちをして、棗を「こ」の字で拭き清める。茶碗に手首をくるりと茶筅を通し「の」の字で抜いて、茶巾を使って「ゆ」の字で茶碗を拭く。お茶を飲み干すときにはズズッと音をたてる。茶室に入る時は左足から、畳一畳を六歩で歩いて、七歩目で次の畳へ。意味も理由もわからない所作に戸惑うふたり。質問すると「意味なんてわからなくていいの。お茶はまず『形』から。先に『形』を作っておいて、その入れ物に後から『心』が入るものなのよ」という武田先生。「それって形式主義じゃないんですか?」と思わず反論する美智子だが、先生は「なんでも頭で考えるからそう思うのねえ」と笑って受け流す。毎週土曜、赤ちゃんみたいに何もわからない二人の稽古は続いた。
 鎌倉の海岸。大学卒業を間近に控えたふたりは、お互いの卒業後を語り合う。美智子は貿易商社に就職を決めたが、典子は志望の出版社に落ちて就職をあきらめたのだ。違う道を進むことになったふたりだが、お茶の稽古は淡々と続いてく(ママ)。初めて参加した大規模なお茶会は「細雪」のようなみやびな世界を想像していたが、なんだか大混雑のバーゲン会場のようだ。それでも本物の楽茶碗を手にし、思わず「リスみたいに軽くてあったかい」と感激した。就職した美智子はお茶をやめてしまったが、出版社でアルバイトをしながらお茶に通う典子には後輩もできた。お茶を始めて二年が過ぎる頃、梅雨どきと秋では雨の音が違うことに気づいた。「瀧」という文字を見て轟音を聞き、水飛沫を浴びた。苦手だった掛け軸が「絵のように眺めればいいんだ」と面白くなってきた。冬になり、お湯の「とろとろ」という音と、「きらきら」と流れる水音の違いがわかるようになった。がんじがらめの決まりごとに守られた茶道。典子はその宇宙の向こう側に、本当の自由を感じ始めるが…。
 お茶を習い始めて十年。いつも一歩前を進んでいた美智子は結婚し、ひとり取り残された典子は好きになったはずのお茶にも限界を感じていた。中途採用の就職試験にも失敗した。お点前の正確さや知識で後輩に抜かれていく。武田先生には「手がごつく見えるわよ」「そろそろ工夫というものをしなさい」と指摘される。大好きな父(鶴見辰吾)とも疎遠な日々が続いていた。そんな典子にある日、決定的な転機が訪れるのだが-。
 何と静謐で優しくて心暖まる映画でしょう、見て良かった。茶の湯の奥深さを教えていただいたことを感謝します。
 ある意味、この映画の主人公は、茶室という空間とそこに流れる時間だと思います。落ち着いた雰囲気の茶室と、清々しい露地。想像をかきたてながら客をもてなす茶道具や掛け軸や和菓子。若く初々しい典子と美智子が初めて武田先生のお宅を訪れた時には「薫風自南来」、雨の日は「聴雨」、暑い日には長く下に伸びる縦棒が印象的な「瀧」、典子が就職試験を受ける時には「達磨画」がかけられていました。和菓子では、厳しい冬を耐えて雪解けの大地から萌え出る緑を表わした「下萌(しぐれ)」が心に残りました。
 また茶室という空間が、しなやかに生き生きと自然と交換している様子も上手く描かれています。障子を通して差し込む柔らかな光、耳に聞こえる雨の音・風の音、肌身で感じる冬の寒さに夏の暑さ。和紙を貼り開け放てる障子と薄い木の壁という貧相な構造が、細胞膜のように自然をとりこめる機能を果しているのですね。
 そして移りゆく季節に合わせた茶道具・掛け軸・茶花・和菓子の数々。季節ごとに形式の定まった茶会。でも武田先生は、初釜の時にこうおっしゃっていました。
 私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって。
 うーむ、深いですね。そういえば千利休がこう言っていましたっけ。
 茶の湯とはただ湯をわかし茶を点てて飲むばかりなる事と知るべし
 また岡倉天心は『茶の本』(岩波文庫)の中で、こう言っていました。
 まあ、茶でも一口すすろうではないか。明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟はわが茶釜に聞こえている。はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれやと考えようではないか。(p.30)
 自然を感じながら客人と茶を愉しむ。その些事に無上の喜びを見出す。そこは競争も成長も欲望もない静謐な世界。タイトルの「日日是好日」とは、こういう世界のことなのですね。
 さまざまな悩み・悲しみを持つ典子が、武田先生を通して茶の湯と出会い成長していく姿がとてもよく描かれていました。いや、成長ではないな。上手く言えませんが、人を苦しめる無駄なものが削ぎ落されていく過程を描いた映画だと感じました。見事な演技でそれを表現した黒木華と樹木希林に乾杯。
 「今だけ、金だけ、自分だけ」という迷妄にふりまわされ、生き地獄を現出させてしまったわれわれ現代人必見の映画です。お薦め。

 なお先述の『茶の本』は、含蓄ある言葉に満ちた滋味深い本です。いくつか紹介しましょう。トランプ大統領の*を舐めるために2019年度からの五年間で約27兆4700億円の軍事費を支出せんとしているどこかの首相に、桐箱に入れて水引をかけて進呈します。
 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道-わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術-について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが、もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。(p.23)

 実に遺憾にたえないことには、現今美術に対する表面的の熱狂は、真の感じに根拠をおいていない。われわれのこの民本主義の時代においては、人は自己の感情には無頓着に世間一般から最も良いと考えられている物を得ようとかしましく騒ぐ。高雅なものではなくて、高価なものを欲し、美しいものではなくて、流行品を欲するのである。(p.69)

 この人生という、愚かな苦労の波の騒がしい海の上の生活を、適当に律してゆく道を知らない人々は、外観は幸福に、安んじているようにと努めながらも、そのかいもなく絶えず悲惨な状態にいる。(p.86)

by sabasaba13 | 2019-01-27 06:14 | 映画 | Comments(0)

『スパイネーション/自白』

c0051620_21254545.jpg 『共犯者たち』を見た後、同じ「ポレポレ東中野」で続けて『スパイネーション/自白』を見ることにしました。こちらも監督はチェ・スンホ氏、国家犯罪を暴くドキュメンタリー映画です。公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 2013年、脱北者でソウル市の公務員だったユ・ウソンさんが"北朝鮮のスパイ"として拘束された。しかし、国家情報院が提示した明白な証拠は彼の妹の「自白」証言だけ…。疑念を抱いたチェ・スンホ監督は、「ニュース打破」取材班とともに動き出す。取材を進めていくと、国家情報院の協力者が証拠書類の捏造を暴露する遺書を残して自殺を図った。さらに被害者は脱北者だけではなかったことが判明する。韓国、中国、日本、タイをめぐる粘り強い追跡取材の末、映画は40年間途切れることなく続いてきた国家権力の中枢によるスパイ捏造の深い闇へと切り込んでいく。
 『共犯者たち』が、言論弾圧と闘うジャーナリストたちを描いたドキュメンタリー映画ならば、本作はジャーナリストたちの活動を記録したドキュメンタリー映画です。権力側の提供する陳腐な情報をそのまま垂れ流すのではなく、権力にとって都合の悪い事実を徹底的に調べて発信する「調査報道」のことがよくわかりました。当然、権力側は知られたくないので、取材や調査を妨害します。しかしチェ・スンホ監督と「ニュース打破」取材班は屈せず、体を張って「不都合な真実」を暴こうとします。ある時は発進しようとする車の前に立ちはだかり、ある時は相手が逃げ込もうとするエレベーターにカメラごと一緒に乗り込む、その果敢な行動からは「記者が黙れば国が壊れる」という熱い思いがびしびしと伝わってきました。
 また取材された権力側の人間の醜さも、しっかりと映像に記録されています。おろおろと言い逃れる、逃げ隠れる、顔を隠す、忘れたふりをする… 中でも、事件を捏造した当時の捜査官に、監督が突撃取材するシーンには目が釘付けになりました。傘で顔を隠しながら足早に立ち去ろうとする彼に対してチームの一人がその傘を跳ね上げると、一瞬捜査官の顔がカメラにとらえられます。人を小ばかにしたような、下卑た薄笑いに総毛立ちました。権力の醜さと卑劣さを体現したようなこの表情、どこかで見たことがあるなあ。そうそう、どこかの首相とそっくりだ。

 購入したプログラムにチェ・スンホ監督へのインタビューが掲載されていましたが、その中で調査報道を行ない、それを映画とした理由をこう語られています。
 当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織を放っておいたら、いつか捏造された情報で国全体を滅ぼすことが起こるかもしれません。そうなる前に徹底的に立て直すべきです。我々と我々の子どもたちの安全のために、国家情報院が国民を脅迫したり、国民に嘘をついたりできないようにすること、それが最低限の改革の目標に掲げられるべきだと思います。
 "当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織"か、どこかにあったなあ。そうそう、某国の政権与党にそっくりだ。
 もう一つ感銘を受けたのが、この映画が不特定多数の市民から資金を集めてつくられた、つまりクラウドファンディングによる映画だということです。80日間で目標額の二倍にあたる計4億3427万6千ウォン(約4300万円)が集まったそうです。おそらく出資した市民の名前をすべて紹介しているのでしょう、5分以上も延々と写される長い長いエンドロールがとても心に残りました。この映画で一番重要なメッセージは、このエンド・ロールかもしれません。そして最後に出てくる言葉が…
 われわれが韓国を変えられる
 ジャーナリズムと市民が連帯して、国家権力と闘う。韓国社会の力強さと健全さを痛烈に感じました。
 ひるがえって、わが日本でではどうでしょう。同プログラムの中で、岡本有佳氏がこう述べています。
 朴槿恵前大統領の罷免まで2016年10月29日から134日間、のべ1600万人の市民が参加した〈ろうそく革命〉の間、日本のマスメディアでは、〈ろうそく革命〉について本格的な報道がないばかりか、「民主主義国家としてはまだ発展途上ともいえる」(池上彰氏、「池上彰のニュースそうだったのか!!」 テレビ朝日系2016年12月3日放映)など、ジャーナリストによる上から目線の批評が目についた。
 本当にそうか? 民主主義の基本である報道の自由について、たとえば、国境なき医師団の「報道の自由度ランキング」では、朴槿恵政権時代の韓国は2016年に70位まで落ちたが、〈ろうそく革命〉、メディアにおける闘いなどを経て、2018年には43位まで急上昇している。いっぽう第2次安倍政権の日本は韓国よりずっと低い70位前後に留まっている。
 民主主義の基本である報道の自由を守るために、重要なのは「視聴者のメディアへの信頼」であり、「常に意識を覚醒させ注意深く持続的に守る努力」だと韓国の言論人たちは語る。この闘いで特筆すべき点は、ジャーナリストたちの企業を越えた連帯と、ジャーナリストと市民運動の連帯の強さであり、日本では大いに欠けている部分である。しかしその前に、なぜ〈ろうそく革命〉や韓国メディアの闘いを日本のマスメディアは本格的に報道してこなかったのか、それが問題だ。
 民主主義への道いまだ半ばであることを自覚し、ジャーナリストと市民が連帯して、強靭な国家権力と闘う韓国社会。主権がない属国であることに無知・無関心で、国家権力に従順なことを成熟した民主主義であると勘違いしている日本社会。その甚大な懸隔には眩暈すら覚えます。くらっ 私たちが奈落の底にいるのに気づいていない、それを自覚することから始めましょう。この二つの韓国映画が、炬火で照らしてくれるでしょう。われわれが日本を変えられる。
by sabasaba13 | 2018-12-26 06:14 | 映画 | Comments(0)

『共犯者たち』

c0051620_2234570.jpg 『しんぶん 赤旗』(2018.12.1)の「潮流」というコラムに、次のような記事がありました。
 自由や権利は、国民の不断の努力なくして保持できない。1日公開の韓国映画「共犯者たち」(東京・ポレポレ東中野)で教えられました▼李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権と韓国で2代続いた保守政権による言論弾圧と、それへの反撃を描いたドキュメンタリー映画です。ここでいう共犯者とは、権力の"飼い犬"になった二つの公的放送局KBSとMBCの幹部たち。主犯は大統領(当時)です▼暗黒の時代は、約9年間にわたりました。政治介入の始まりは2008年。米国産牛肉の輸入問題の報道で、李政権が大打撃を受けたことがきっかけです。まず社長を解任し、政権の意のままになる社長を送り込む。調査報道チームを解散する一方で政権の広報番組を開始。弾圧はすさまじく警察も動員されます▼その過程で犠牲になったのは、"真実"です。朴政権の下、二つの放送局は修学旅行中の生徒ら約300人が犠牲となったセウォル号惨事を「全員救助」と誤報。「国家の私物化事件」でも真実を隠ぺいする偏向報道が続きました▼映画のエンドロールで報道の自由のためにたたかって懲戒されたジャーナリストたち約300人の名前が流れます。MBC労組は放送の正常化を求めて170日間のストライキ。チェ・スンホ監督自身、MBCを不当解雇された一人。現在はMBCの社長として改革に着手しています▼映画は朴政権の誕生と同時に生まれた独立メディアが製作。市民の寄付で完成しました。市民とジャーナリストの連帯。学ぶことは多い。
 『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』など、過去の国家犯罪を暴いた硬骨の映画が作られ、市民によって支えられる韓国から、また凄い映画が生まれました。これは山ノ神をし…もとい、山ノ神と一緒に是が非でも見にいかなければ。残念ながら彼女は所用のため同伴できず、やむを得ず一人で「ポレポレ東中野」に行きました。なおチェ・スンホ監督によるもう一本の映画『スパイネーション/自白』が次の回で上映されます。こちらも国家犯罪を告発する骨太の映画だそうなので、一気に二本見ることにしましょう。

 マスコミに質問されるのを恐れ、煩わしく思い、言論を弾圧する「主犯」である大統領、権力に迎合して韓国の報道を骨抜きにした放送業界内の「共犯者たち」。未来のため、子どもたちのために、それらと闘うジャーナリスト、その闘いを支える市民。その一部始終を描いた見事な映画でした。しかも、「主犯」「共犯者」はすべて実名・実写でカメラの前に立たされます。凄い… 日本では考えられないですね。この映画を観客に公開する理由を、チェ・スンホ監督はインタビューの中でこう語っています。
 もう少し長期的な理由としては、どんなにマスコミを掌握しようとしても、結局は失敗に終わるしかないことを記録に残し、教訓にしたいと思うからです。今後、どんな権力であれ、マスコミを掌握しようとしたら、待ち受ける結果は、権力自身の凄惨な失敗に終わるしかないということです。
 権力による言論弾圧の事実と実態を、そしてそれがいかに惨めな失敗に終わるかという教訓を、後世のために記録として残そうとする強い意思と熱い意欲をびしびしと感じます。一番心に残ったシーンは、MBC労組副委員長としてストライキを牽引したキム・ミンシクの行動です。朴槿恵政権による"天下り" MBC社長キム・ジャンギョムが行なった報道局への介入に怒ったキム・ミンシクは、MBC社屋の中で、"キム・ジャンギョムは出ていけ"と叫ぶ姿を動画で自撮りしてFacebookで生中継します。帰宅後、「あんなことをして何になるの」と妻に詰られる彼。しかし翌朝出勤すると、社屋の中では、数十人の仲間たちがスマートフォンを片手に"キム・ジャンギョムは出ていけ"と叫ぶ姿を自撮りしているのでした。いやあ涙腺が決壊しそうでした。「闘っている者を孤立させない」、勝利への第一歩ですね。
 自由と民主主義を自分たちの力で勝ち取った韓国の人びと、またあらためて敬意を表します。それにしても、こうした動きを日本のマスコミは何故大々的に報道しなかったのでしょうか。言論の自由を守るために、国境を越えて連帯の姿勢を見せてもよさそうなものなのに。「共犯者」である自分たちの立ち位置を恥じたからなのでしょうか。頑張れ、日本のジャーナリスト。映画のチラシに「記者が黙った 国が壊れた」と記されていましたが、これ以上この国を壊さないためにも。

 なおわが敬愛する日本のジャーナリストや知識人たちが、この映画に熱いオマージュを捧げていたので紹介します。
加藤直樹 (ノンフィクション作家)
 政府によるメディアへの介入に対して、生活を賭けても拒否しようとする現場のテレビマンたちと、権力に追従する経営幹部たちの、9年にわたる対決の記録。「公正な報道」とは何か。「共犯者」とは誰なのか。垣間見える一人ひとりのドラマからも目が離せない。

森達也 (映画監督/作家)
 メディアは危険だ。でも僕たちはメディアを手放せない。ならば対抗策は一つ。メディアを以てメディアを制す。これができるかどうかに、国の存亡がかかっている。

三上智恵 (映画監督/ジャーナリスト)
 主犯は政権のトップ、共犯者は権力に擦り寄った放送局員。どの国のテレビ局もこの罠にはまりかねない。しかし局を叩き出された人間が、メディアは民主主義の砦と信じて闘い挑む姿に、元放送マンの血が騒ぎ、涙が溢れてくるのを止められなかった。

小熊英二 (歴史社会学者)
 厳しい状況を乗り切るユーモア、知性と誠実さの共存、自分と他人を信じる力。長い民主化を経験してきた社会が持つ、直情的なほどの「まっとうさ」が光る。

望月衣塑子 (東京新聞記者)
 大統領による露骨なメディア介入に屈する韓国大手メディアの"共犯者"たち。だが、反骨の記者たちは、自らの存在意義をかけ、腐敗を許さず、マイクを向け続けた。これは"対岸の火事"ではない。

by sabasaba13 | 2018-12-24 09:30 | 映画 | Comments(0)

『ボヘミアン・ラプソディ』

c0051620_9285642.jpg 『ボヘミアン・ラプソディ』? ふーん、フレディ・マーキュリーとクイーンを描いた映画か… 往年の一ファンとしては、やはり見ておきたいですね。モントルーで彼の銅像にも出会えたことだし。あまり気が乗らない様子の山ノ神を無理に誘って、「ユナイテッドシネマとしまえん」に行きました。どうせ席はガラガラだろうと高をくくっていたら、何とほぼ満席。危ないところでした。意外と人気があるのですね。
 監督はブライアン・シンガー、音楽総指揮はクイーンの現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーです。公式サイトから、あらすじを引用します。
 1970年代初頭のロンドン、インド系移民出身の青年ファルーク・バルサラは音楽に傾倒し、厳格な父とは折り合いが悪く、自分のルーツを嫌って「フレディ」と名乗っていた。ある日フレディはファンだったバンド「スマイル」のメンバーでギタリストのブライアン・メイ、ドラマーのロジャー・テイラーに声をかけ、ヴォーカリストが脱退したばかりの同バンドに見事な歌声を披露して新しいヴォーカル兼ソングライターとなり、同じく新メンバーのベーシスト・ジョン・ディーコンとともに新生バンドをスタートさせる。同じ時期、フレディは洋服店の店員メアリー・オースティンと知り合い恋に落ちる。「クイーン」と改名したバンドはアルバムを自主制作し、その様子を目に留めたEMIのジョン・リードは彼らをスカウト、ポール・プレンターが担当マネージャーとなる。フレディはさらに名字を「マーキュリー」に改名、デビュー・世界各国でのツアーとクイーンが躍進する中、フレディはメアリーにプロポーズする。
 やがてクイーンはEMIの重役レイ・フォスターからヒット曲「キラー・クイーン」の路線を踏襲する曲を制作するよう命じられるが、同じことの繰り返しを嫌う彼らは反発する。フレディはオペラをテーマとしたロック・アルバムを作ると提案し、郊外での曲制作とレコーディングが始まる。メンバーの喧嘩を交えつつも、熱意を注いで完成されたアルバム『オペラ座の夜』の出来に彼らはおおいに満足する。しかし6分という長さと斬新な構成の曲「ボヘミアン・ラプソディ」のシングルカットを、フォスターは「ラジオでかけてもらえない」と認めずクイーンと徹底的に対立。しかしフレディ自らラジオに出演し、「本来ならラジオで聴けない曲」と同曲を独占放送、マスコミには酷評されるが大ヒットする。
 冒頭のシーンでいきなり驚いたのですが、フレディはインド系移民出身だったのですね。周囲のイギリス人から「パキ(パキスタン)」とからかわれ、差別されるフレディ。その彼が仲間と出会い協力して、斬新な音楽を作り上げていくシーンには心躍りました。スネア・ドラムの上にコインを置いたりとかね。EMIの重役に反抗してまでも、自分たちの音楽を貫こうとするシーンも印象的でした。やがてクイーンは絶大な人気を得ますが、それにともないフレディと他のメンバーとの軋轢も深まります。音楽に関する考えの違いから、独立を決意するフレディ。またホモ・セクシュアルであることによる妻との離婚、エイズへの罹患など、さまざまな困難が彼を苦しめます。
 うちひしがれるフレディですが、メンバーは彼をふたたびクイーンに暖かく迎え入れてくれます。この和解のシーンもいいですね。そしてチャリティコンサート「ライブ・エイド」での圧巻のパフォーマンス。このラスト・シーンでは身も心も熱くなり、エンド・ロールが終わり、明かりがついてもしばらく席を立てませんでした。ホール中にみなさんの熱気がむんむんと満ちています。

 フレディの半生を手際よく分かりやすくまとめてありますが、映画としてはやや平板な作りでした。それを補って余りあるのが、音楽をみんなで試行錯誤しながら作り上げ、練習し、ステージで演奏するシーンの素晴らしさです。フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックの演技は素晴らしいですね。劇中の楽曲には主にフレディ自身の歌声を使用したそうですが、まったく違和感はなく、まるで本人がよみがえって眼前で唄ってくれているようでした。
 ロックという音楽の持つ根源的なパワーを十二分に体感できる、素晴らしい音楽映画でした。いま、大変な人気を呼んでいるようですが、さもありなん。お薦めです。
by sabasaba13 | 2018-12-20 06:25 | 映画 | Comments(0)