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『スパイネーション/自白』

c0051620_21254545.jpg 『共犯者たち』を見た後、同じ「ポレポレ東中野」で続けて『スパイネーション/自白』を見ることにしました。こちらも監督はチェ・スンホ氏、国家犯罪を暴くドキュメンタリー映画です。公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 2013年、脱北者でソウル市の公務員だったユ・ウソンさんが"北朝鮮のスパイ"として拘束された。しかし、国家情報院が提示した明白な証拠は彼の妹の「自白」証言だけ…。疑念を抱いたチェ・スンホ監督は、「ニュース打破」取材班とともに動き出す。取材を進めていくと、国家情報院の協力者が証拠書類の捏造を暴露する遺書を残して自殺を図った。さらに被害者は脱北者だけではなかったことが判明する。韓国、中国、日本、タイをめぐる粘り強い追跡取材の末、映画は40年間途切れることなく続いてきた国家権力の中枢によるスパイ捏造の深い闇へと切り込んでいく。
 『共犯者たち』が、言論弾圧と闘うジャーナリストたちを描いたドキュメンタリー映画ならば、本作はジャーナリストたちの活動を記録したドキュメンタリー映画です。権力側の提供する陳腐な情報をそのまま垂れ流すのではなく、権力にとって都合の悪い事実を徹底的に調べて発信する「調査報道」のことがよくわかりました。当然、権力側は知られたくないので、取材や調査を妨害します。しかしチェ・スンホ監督と「ニュース打破」取材班は屈せず、体を張って「不都合な真実」を暴こうとします。ある時は発進しようとする車の前に立ちはだかり、ある時は相手が逃げ込もうとするエレベーターにカメラごと一緒に乗り込む、その果敢な行動からは「記者が黙れば国が壊れる」という熱い思いがびしびしと伝わってきました。
 また取材された権力側の人間の醜さも、しっかりと映像に記録されています。おろおろと言い逃れる、逃げ隠れる、顔を隠す、忘れたふりをする… 中でも、事件を捏造した当時の捜査官に、監督が突撃取材するシーンには目が釘付けになりました。傘で顔を隠しながら足早に立ち去ろうとする彼に対してチームの一人がその傘を跳ね上げると、一瞬捜査官の顔がカメラにとらえられます。人を小ばかにしたような、下卑た薄笑いに総毛立ちました。権力の醜さと卑劣さを体現したようなこの表情、どこかで見たことがあるなあ。そうそう、どこかの首相とそっくりだ。

 購入したプログラムにチェ・スンホ監督へのインタビューが掲載されていましたが、その中で調査報道を行ない、それを映画とした理由をこう語られています。
 当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織を放っておいたら、いつか捏造された情報で国全体を滅ぼすことが起こるかもしれません。そうなる前に徹底的に立て直すべきです。我々と我々の子どもたちの安全のために、国家情報院が国民を脅迫したり、国民に嘘をついたりできないようにすること、それが最低限の改革の目標に掲げられるべきだと思います。
 "当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織"か、どこかにあったなあ。そうそう、某国の政権与党にそっくりだ。
 もう一つ感銘を受けたのが、この映画が不特定多数の市民から資金を集めてつくられた、つまりクラウドファンディングによる映画だということです。80日間で目標額の二倍にあたる計4億3427万6千ウォン(約4300万円)が集まったそうです。おそらく出資した市民の名前をすべて紹介しているのでしょう、5分以上も延々と写される長い長いエンドロールがとても心に残りました。この映画で一番重要なメッセージは、このエンド・ロールかもしれません。そして最後に出てくる言葉が…
 われわれが韓国を変えられる
 ジャーナリズムと市民が連帯して、国家権力と闘う。韓国社会の力強さと健全さを痛烈に感じました。
 ひるがえって、わが日本でではどうでしょう。同プログラムの中で、岡本有佳氏がこう述べています。
 朴槿恵前大統領の罷免まで2016年10月29日から134日間、のべ1600万人の市民が参加した〈ろうそく革命〉の間、日本のマスメディアでは、〈ろうそく革命〉について本格的な報道がないばかりか、「民主主義国家としてはまだ発展途上ともいえる」(池上彰氏、「池上彰のニュースそうだったのか!!」 テレビ朝日系2016年12月3日放映)など、ジャーナリストによる上から目線の批評が目についた。
 本当にそうか? 民主主義の基本である報道の自由について、たとえば、国境なき医師団の「報道の自由度ランキング」では、朴槿恵政権時代の韓国は2016年に70位まで落ちたが、〈ろうそく革命〉、メディアにおける闘いなどを経て、2018年には43位まで急上昇している。いっぽう第2次安倍政権の日本は韓国よりずっと低い70位前後に留まっている。
 民主主義の基本である報道の自由を守るために、重要なのは「視聴者のメディアへの信頼」であり、「常に意識を覚醒させ注意深く持続的に守る努力」だと韓国の言論人たちは語る。この闘いで特筆すべき点は、ジャーナリストたちの企業を越えた連帯と、ジャーナリストと市民運動の連帯の強さであり、日本では大いに欠けている部分である。しかしその前に、なぜ〈ろうそく革命〉や韓国メディアの闘いを日本のマスメディアは本格的に報道してこなかったのか、それが問題だ。
 民主主義への道いまだ半ばであることを自覚し、ジャーナリストと市民が連帯して、強靭な国家権力と闘う韓国社会。主権がない属国であることに無知・無関心で、国家権力に従順なことを成熟した民主主義であると勘違いしている日本社会。その甚大な懸隔には眩暈すら覚えます。くらっ 私たちが奈落の底にいるのに気づいていない、それを自覚することから始めましょう。この二つの韓国映画が、炬火で照らしてくれるでしょう。われわれが日本を変えられる。
by sabasaba13 | 2018-12-26 06:14 | 映画 | Comments(0)

『共犯者たち』

c0051620_2234570.jpg 『しんぶん 赤旗』(2018.12.1)の「潮流」というコラムに、次のような記事がありました。
 自由や権利は、国民の不断の努力なくして保持できない。1日公開の韓国映画「共犯者たち」(東京・ポレポレ東中野)で教えられました▼李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権と韓国で2代続いた保守政権による言論弾圧と、それへの反撃を描いたドキュメンタリー映画です。ここでいう共犯者とは、権力の"飼い犬"になった二つの公的放送局KBSとMBCの幹部たち。主犯は大統領(当時)です▼暗黒の時代は、約9年間にわたりました。政治介入の始まりは2008年。米国産牛肉の輸入問題の報道で、李政権が大打撃を受けたことがきっかけです。まず社長を解任し、政権の意のままになる社長を送り込む。調査報道チームを解散する一方で政権の広報番組を開始。弾圧はすさまじく警察も動員されます▼その過程で犠牲になったのは、"真実"です。朴政権の下、二つの放送局は修学旅行中の生徒ら約300人が犠牲となったセウォル号惨事を「全員救助」と誤報。「国家の私物化事件」でも真実を隠ぺいする偏向報道が続きました▼映画のエンドロールで報道の自由のためにたたかって懲戒されたジャーナリストたち約300人の名前が流れます。MBC労組は放送の正常化を求めて170日間のストライキ。チェ・スンホ監督自身、MBCを不当解雇された一人。現在はMBCの社長として改革に着手しています▼映画は朴政権の誕生と同時に生まれた独立メディアが製作。市民の寄付で完成しました。市民とジャーナリストの連帯。学ぶことは多い。
 『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』など、過去の国家犯罪を暴いた硬骨の映画が作られ、市民によって支えられる韓国から、また凄い映画が生まれました。これは山ノ神をし…もとい、山ノ神と一緒に是が非でも見にいかなければ。残念ながら彼女は所用のため同伴できず、やむを得ず一人で「ポレポレ東中野」に行きました。なおチェ・スンホ監督によるもう一本の映画『スパイネーション/自白』が次の回で上映されます。こちらも国家犯罪を告発する骨太の映画だそうなので、一気に二本見ることにしましょう。

 マスコミに質問されるのを恐れ、煩わしく思い、言論を弾圧する「主犯」である大統領、権力に迎合して韓国の報道を骨抜きにした放送業界内の「共犯者たち」。未来のため、子どもたちのために、それらと闘うジャーナリスト、その闘いを支える市民。その一部始終を描いた見事な映画でした。しかも、「主犯」「共犯者」はすべて実名・実写でカメラの前に立たされます。凄い… 日本では考えられないですね。この映画を観客に公開する理由を、チェ・スンホ監督はインタビューの中でこう語っています。
 もう少し長期的な理由としては、どんなにマスコミを掌握しようとしても、結局は失敗に終わるしかないことを記録に残し、教訓にしたいと思うからです。今後、どんな権力であれ、マスコミを掌握しようとしたら、待ち受ける結果は、権力自身の凄惨な失敗に終わるしかないということです。
 権力による言論弾圧の事実と実態を、そしてそれがいかに惨めな失敗に終わるかという教訓を、後世のために記録として残そうとする強い意思と熱い意欲をびしびしと感じます。一番心に残ったシーンは、MBC労組副委員長としてストライキを牽引したキム・ミンシクの行動です。朴槿恵政権による"天下り" MBC社長キム・ジャンギョムが行なった報道局への介入に怒ったキム・ミンシクは、MBC社屋の中で、"キム・ジャンギョムは出ていけ"と叫ぶ姿を動画で自撮りしてFacebookで生中継します。帰宅後、「あんなことをして何になるの」と妻に詰られる彼。しかし翌朝出勤すると、社屋の中では、数十人の仲間たちがスマートフォンを片手に"キム・ジャンギョムは出ていけ"と叫ぶ姿を自撮りしているのでした。いやあ涙腺が決壊しそうでした。「闘っている者を孤立させない」、勝利への第一歩ですね。
 自由と民主主義を自分たちの力で勝ち取った韓国の人びと、またあらためて敬意を表します。それにしても、こうした動きを日本のマスコミは何故大々的に報道しなかったのでしょうか。言論の自由を守るために、国境を越えて連帯の姿勢を見せてもよさそうなものなのに。「共犯者」である自分たちの立ち位置を恥じたからなのでしょうか。頑張れ、日本のジャーナリスト。映画のチラシに「記者が黙った 国が壊れた」と記されていましたが、これ以上この国を壊さないためにも。

 なおわが敬愛する日本のジャーナリストや知識人たちが、この映画に熱いオマージュを捧げていたので紹介します。
加藤直樹 (ノンフィクション作家)
 政府によるメディアへの介入に対して、生活を賭けても拒否しようとする現場のテレビマンたちと、権力に追従する経営幹部たちの、9年にわたる対決の記録。「公正な報道」とは何か。「共犯者」とは誰なのか。垣間見える一人ひとりのドラマからも目が離せない。

森達也 (映画監督/作家)
 メディアは危険だ。でも僕たちはメディアを手放せない。ならば対抗策は一つ。メディアを以てメディアを制す。これができるかどうかに、国の存亡がかかっている。

三上智恵 (映画監督/ジャーナリスト)
 主犯は政権のトップ、共犯者は権力に擦り寄った放送局員。どの国のテレビ局もこの罠にはまりかねない。しかし局を叩き出された人間が、メディアは民主主義の砦と信じて闘い挑む姿に、元放送マンの血が騒ぎ、涙が溢れてくるのを止められなかった。

小熊英二 (歴史社会学者)
 厳しい状況を乗り切るユーモア、知性と誠実さの共存、自分と他人を信じる力。長い民主化を経験してきた社会が持つ、直情的なほどの「まっとうさ」が光る。

望月衣塑子 (東京新聞記者)
 大統領による露骨なメディア介入に屈する韓国大手メディアの"共犯者"たち。だが、反骨の記者たちは、自らの存在意義をかけ、腐敗を許さず、マイクを向け続けた。これは"対岸の火事"ではない。
かkk
by sabasaba13 | 2018-12-24 09:30 | 映画 | Comments(0)

『ボヘミアン・ラプソディ』

c0051620_9285642.jpg 『ボヘミアン・ラプソディ』? ふーん、フレディ・マーキュリーとクイーンを描いた映画か… 往年の一ファンとしては、やはり見ておきたいですね。モントルーで彼の銅像にも出会えたことだし。あまり気が乗らない様子の山ノ神を無理に誘って、「ユナイテッドシネマとしまえん」に行きました。どうせ席はガラガラだろうと高をくくっていたら、何とほぼ満席。危ないところでした。意外と人気があるのですね。
 監督はブライアン・シンガー、音楽総指揮はクイーンの現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーです。公式サイトから、あらすじを引用します。
 1970年代初頭のロンドン、インド系移民出身の青年ファルーク・バルサラは音楽に傾倒し、厳格な父とは折り合いが悪く、自分のルーツを嫌って「フレディ」と名乗っていた。ある日フレディはファンだったバンド「スマイル」のメンバーでギタリストのブライアン・メイ、ドラマーのロジャー・テイラーに声をかけ、ヴォーカリストが脱退したばかりの同バンドに見事な歌声を披露して新しいヴォーカル兼ソングライターとなり、同じく新メンバーのベーシスト・ジョン・ディーコンとともに新生バンドをスタートさせる。同じ時期、フレディは洋服店の店員メアリー・オースティンと知り合い恋に落ちる。「クイーン」と改名したバンドはアルバムを自主制作し、その様子を目に留めたEMIのジョン・リードは彼らをスカウト、ポール・プレンターが担当マネージャーとなる。フレディはさらに名字を「マーキュリー」に改名、デビュー・世界各国でのツアーとクイーンが躍進する中、フレディはメアリーにプロポーズする。
 やがてクイーンはEMIの重役レイ・フォスターからヒット曲「キラー・クイーン」の路線を踏襲する曲を制作するよう命じられるが、同じことの繰り返しを嫌う彼らは反発する。フレディはオペラをテーマとしたロック・アルバムを作ると提案し、郊外での曲制作とレコーディングが始まる。メンバーの喧嘩を交えつつも、熱意を注いで完成されたアルバム『オペラ座の夜』の出来に彼らはおおいに満足する。しかし6分という長さと斬新な構成の曲「ボヘミアン・ラプソディ」のシングルカットを、フォスターは「ラジオでかけてもらえない」と認めずクイーンと徹底的に対立。しかしフレディ自らラジオに出演し、「本来ならラジオで聴けない曲」と同曲を独占放送、マスコミには酷評されるが大ヒットする。
 冒頭のシーンでいきなり驚いたのですが、フレディはインド系移民出身だったのですね。周囲のイギリス人から「パキ(パキスタン)」とからかわれ、差別されるフレディ。その彼が仲間と出会い協力して、斬新な音楽を作り上げていくシーンには心躍りました。スネア・ドラムの上にコインを置いたりとかね。EMIの重役に反抗してまでも、自分たちの音楽を貫こうとするシーンも印象的でした。やがてクイーンは絶大な人気を得ますが、それにともないフレディと他のメンバーとの軋轢も深まります。音楽に関する考えの違いから、独立を決意するフレディ。またホモ・セクシュアルであることによる妻との離婚、エイズへの罹患など、さまざまな困難が彼を苦しめます。
 うちひしがれるフレディですが、メンバーは彼をふたたびクイーンに暖かく迎え入れてくれます。この和解のシーンもいいですね。そしてチャリティコンサート「ライブ・エイド」での圧巻のパフォーマンス。このラスト・シーンでは身も心も熱くなり、エンド・ロールが終わり、明かりがついてもしばらく席を立てませんでした。ホール中にみなさんの熱気がむんむんと満ちています。

 フレディの半生を手際よく分かりやすくまとめてありますが、映画としてはやや平板な作りでした。それを補って余りあるのが、音楽をみんなで試行錯誤しながら作り上げ、練習し、ステージで演奏するシーンの素晴らしさです。フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックの演技は素晴らしいですね。劇中の楽曲には主にフレディ自身の歌声を使用したそうですが、まったく違和感はなく、まるで本人がよみがえって眼前で唄ってくれているようでした。
 ロックという音楽の持つ根源的なパワーを十二分に体感できる、素晴らしい音楽映画でした。いま、大変な人気を呼んでいるようですが、さもありなん。お薦めです。
by sabasaba13 | 2018-12-20 06:25 | 映画 | Comments(0)

『華氏119』

c0051620_21544433.jpg 骨太の批判精神で権力に立ち向かうマイケル・ムーア監督の大ファンです。これまでも『ボウリング・フォー・コロンバイン』、『華氏911』、『シッコ』、『キャピタリズム ~マネーは踊る』を拝見して、アメリカという国家が抱える宿痾を痛感するとともに、それを剔抉して人びとに伝え、怒り笑い闘う彼の姿には頭が下がります。妙心寺退蔵院で偶然お逢いできた時はほんとうに嬉しかったなあ。
 その彼の最新作『華氏119』が公開されるというので、矢も楯もたまらず山の神を誘って「ユナイテッドシネマとしまえん」へ見に行きました。まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 2016年11月7日、投票日前夜、アメリカの人々は初の女性大統領の誕生を確信していた。だが、11月9日、当選者として発表されたのは、ヒラリー・クリントンではなく、「あり得ない」はずのドナルド・トランプだった。
 「僕らはどれだけ彼を知っているだろう?」と、マイケル・ムーアは問いかける。娘のイヴァンカを異常なほど溺愛し、人種差別を堂々と表明し、独裁者など強い男が大好きで、女性にはセクハラ三昧。誰もが知っているそんなスキャンダルはしかし、トランプというモンスターの爪先ほどの情報にすぎなかった。
 時は2010年にさかのぼる。トランプの古くからの友人であるスナイダーという大富豪が、ムーアの故郷であるミシガン州の知事に就任した。権力に目がくらんだ知事は、緊急事態を宣言して市政府から権限を奪い、代わりに自らの取り巻きを送り込んだ。2013年、スナイダーのもとを訪れたトランプは、友人が支配する街を見て、羨ましそうに「次に進むためなら仕方ない。国も同じかも」などと発言。さらにスナイダーは金儲けのために、黒人が多く住むフリントという街に民営の水道を開設するが、この水に鉛が混じっていた。だが、知事は頑として問題ないと主張し続ける。
 時は再び選挙運動の真っ只中へ。そもそもアメリカは左寄りの国で、トランプの支持率は元々低い。リベラルな民主党が常に高い支持率を誇り、大統領選の得票数も、ヒラリーがトランプより300万票多く獲得した。では、いったい何があったのか? ムーアはこの国の根深い問題である、ひとり1票ではない"選挙人制度"と無投票数が絡み合い、トランプを支持する少数派がアメリカ全土の意志へと変わってしまう、恐ろしい"からくり"を明かしていく。
 さらにムーアは、罪はトランプだけではないと、勝利だけに走り民主党のハートを失くしたビル・クリントン、労働者階級や若者から絶大な人気のあったバーニー・サンダースを降ろしてヒラリーを代表にするために、民主党が使った禁断の手を紐解いていく。
 カメラは一転、腐敗した権力と闘うために、立ち上がった人たちを追いかける。フリントの汚染水問題に抗議する地域住民、「誰もやらないなら私がやろう」と下院に立候補した、1年前まではレストランで働いていたアレクサンドリア・オカシオ=コルテス、ウエストバージニア州で教師の低賃金に抗議するために決行されたスト、フロリダ州パークランドの高校銃乱射事件で生き残った高校生エマ・ゴンザレスの銃規制への訴え──。
 激しくなる一方の抗議に追いつめられたスナイダー知事は、当時の大統領オバマに助けを求める。オバマとの対話集会が開かれ、市民は"私たちのヒーロー"が助けてくれると歓喜するが、あろうことか彼は壇上で水を飲むパフォーマンスを行い、人々を心底ガッカリさせる。
 再びカメラがトランプに戻り、ムーアはヒトラーが暴走する前のドイツと今のアメリカとの共通点を挙げる。そしてヒトラーは、"ドイツ・ファースト"を掲げて人気を博した。トランプは今、2期目への選挙運動を始めている。「4年、8年、16年だっていい」などと口走りながら。もはや民主主義はそこにあるものではなく、守らなければならないものに変わったのだ。
 果たして、世界一のトランプ・ウォッチャーとなったムーアが出した、未来のための答えとは─?
 なお題名ですが、おそらくレイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』から連想したものでしょう。本の所持や読書が禁じられ、見つけた本を燃やしてしまう社会を描いたディスユートピア小説で、題名は紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味しています。「119」は、ドナルド・トランプが大統領に当選した2016年11月9日のことで、アメリカが炎上してしまうという比喩なのだと思います。
 キレッキレの批判と風刺、ノリノリのストーリーテリング、そして全編にあふれるユーモア、ムーア監督絶好調です。本作品を見て、トランプ大統領の政策は「アメリカ・ファースト」というよりも、「自分と富裕層と企業・ファースト」であることがよくわかりました。その背景を、堤未果氏が『日本が売られる』(幻冬舎新書)の中で鋭く指摘されているので紹介します。
 冷戦後、戦争の舞台は金融市場へと移り、デリバティブがあらゆるものを国境を越えた投資商品にした。エネルギー、温暖化ガス排出権、国家の破産、食糧、水などが投機の対象になり、外交では他国への攻撃力を持つ新しい大量破壊兵器になる。
 多国籍企業群は民間商品だけでなく公共財産にも触手を伸ばし、土地や水道、空港に鉄道、森林や学校、病院、刑務所、福祉施設に老人ホームなどがオークションにかけられ、最高値で落札した企業の手に落ちるようになった。
 企業は税金を使いながら利益を吸い上げ、トラブルがあったら、責任は自治体に負わせて速やかに国外に撤退する。水源の枯渇や土壌汚染、ハゲ山や住民の健康被害や教育難民、技術の流出や労働者の賃金低下など、本来企業が支払うべき〈社会的コスト〉の請求書は、納税者に押しつけられるのだ。(p.5~6)
 リベラルなバーニー・サンダースを、卑劣な手段で大統領候補から引きずり降ろした民主党の内幕も容赦なく暴いてくれます。本質において、共和党と民主党は変わりないのですね。この二大政党が政権を盥回しにすれば、企業も富裕層も安泰なわけだ。外務省の西村熊雄・元条約局長の言を借りれば、「裸の鰹節」と「桐箱におさめ、奉書で包み、水引をかけ、熨斗までつけた鰹節」の違いですね。
 そしてこの映画の白眉は、市民を踏みにじりながら私腹を肥やす権力に対して、異議を唱えて行動する人びとを描いたことです。汚染水問題に立ち上がった住民、低賃金に抗議してストをうつ教師たち、そしてマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件後、銃規制を訴えて立ち上がった高校生たち。中でも一番感銘を受けたのが、高校生たちの姿です。この事件で生き残ったエマ・ゴンザレスは、抗議行動「命のための行進」の壇上でトランプ大統領に怒りの言葉を投げつけます。プログラムから引用します。
 彼は全米ライフル協会(NRA)からいくらもらってる? 答えなくていい。知ってるから。3000万ドルよ。2018年の一カ月半だけを取って、その銃撃の犠牲者数で割ると5800ドルになる。トランプ、これが命の値段? 銃規制では解決しないって? デタラメだ! 私たち子供は何も分かってないし、政治も分からない? デタラメだ!
 集会や行進を企画し、インターネットを駆使して参加者を集め、明るく楽しく真摯に銃の規制を求める彼ら/彼女らの姿には瞠目しました。権力者たちが一番恐れているのは、批判し、抗議し、行動する若者でしょう。おそらく文部科学省は、「安倍、お前のやっていうことはデタラメだ!」などと騒ぎたてず、スマホやゲームやSNSに没入して政治に無関心な若者を育てるよう日々尽力されているのではないかな。

 そして映画は、マイケル・ムーア監督のメッセージで終わります。いま、必要なのは"希望"ではなく、"行動"だと。ラジャー。

 後日談です。「朝日新聞デジタル」(2018.11.8)に、彼へのインタビュー記事が載っていたのですが、その中でこう語っています。
 トランプ氏は、空から降ってきたわけではありません。トランプ氏は、私たちそのものなのです。もしトランプ氏を排除しようとするのなら、私たち自身の振る舞いを変えなければなりません。
 納得。同様に、安倍晋三氏も地から湧いてきたわけではありません。私たちそのものなのです。
by sabasaba13 | 2018-12-12 06:26 | 映画 | Comments(0)

『乱世備忘』

c0051620_214275.jpg 小熊英二氏が監督した映画『首相官邸の前で』上映後のトーク・ショーで、歴史・文化社会学者のCheung Yuk Man氏と学生運動にコミットしている香港在住の女子大学生・周庭(アグネス・チョウ)氏の話を聞いて以来、そして『香港 中国と向き合う自由都市』(倉田徹/Cheung Yuk Man 岩波新書1578)を読んで以来、香港における民主化運動に興味を抱いています。
 中でも前掲書での「雨傘運動」に関する叙述は圧巻でした。2014年、中国は、2017年に予定される香港初の政府トップ・行政長官の選挙において、北京と対立する民主派が出馬できなくなるような制度を決定しました。民主派と学生はこれに怒り、9月28日から12月15日までの79日間、香港中心部を占拠しました。催涙弾に雨傘を差して耐える市民の姿から、この運動は「雨傘運動」と称されます。占拠された地域の近くに住み、自らこの運動を体験したCheung氏が、占拠区の個人がそれぞれどうこの運動を作り上げたかを証言されています。例えば…
 2014年9月28日午後4時ごろ、学生たちを支援にきた市民が車道に溢れた。彼らは学生を包囲した警察の封鎖線を突破しようとしたため、警察による催涙ガスでの攻撃と、傘の防御陣との間での攻防戦が繰り返されていた。午後5時58分、一発目の催涙弾が発射された。市民はいったんは一斉に散ったが、一部はやがて方々から戻ってきた。暴徒と見なされると、警察の暴力に口実を与えるので、市民は手をあげて降参のポーズで、時に逃げたり、時に機動隊に立ちふさがったりして、平和主義を貫いた。大量の市民を全員逮捕することはできないし、報道カメラを前に市民に発砲もできない警察は、催涙弾を乱発するしかない。
 ゲリラ戦術といえば聞こえはいいが、香港人らしい弱虫戦術だ。一人ひとりの命と身の安全が大事、危険なら一時的に避ける。無駄な犠牲は要らないが、屈服しない。武装抵抗ではなく、野次馬根性で粘りぬいたことは、雨傘運動の長さと広がり、そして死者が出なかったことの理由のひとつだ。(p.173~4)
 "弱虫戦術"…いいですね。これなら私たちの闘いにも応用できそうです。この雨傘運動に加わった陳梓桓(チャン・ジーウン)監督が撮ったドキュメンタリー映画『乱世備忘 僕らの雨傘運動』が、ポレポレ東中野で上映されるとの耳よりな情報をキャッチ。さっそく山ノ神を誘って見にいってきました。
 まずは公式サイトから、雨傘運動のいきさつを転記します。
 1997年、中国に返還された香港は「特別行政区」となった。「香港特別行政区基本法」には将来、「普通選挙」で行政長官を選ぶ事ができるとされたが、2014年北京は、共産党が支持しない候補を選挙から排除する仕組みを導入する「8.31決定」を下し、民主主義的な普通選挙の道は閉ざされた。「8.31決定」の撤回、「真の普通選挙」の実施を求め、香港の金融街・中環(セントラル)を占拠する「オキュパイ・セントラル」が計画された。大学では授業ボイコットが行われ、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)ら若者による組織「学民思潮」は、政府本庁舎前で抗議活動を開いた。催涙弾で鎮圧しようする警察に、数万人におよぶ学生、市民たちが雨傘で抵抗した事により「雨傘運動」と呼ばれるようになった。しかし成果を得ないまま占拠を続ける運動に対して徐々に市民からの反発も強まり、79日間に及ぶ「雨傘運動」は終了した。金鐘(アドミラルティ)に残ったバリケードには、「It's just the beginning /まだこれからだ」というメッセージが残されていた。
 その後、黄之鋒は「民主の女神」こと周庭(アグネス・チョウ)と共に、香港の自決権を掲げる政党「香港衆志(デモシスト)」を創設。2018年、周庭が立法会議員補欠選挙出馬の届け出を行うも認められず、香港の「高度な自治」が脅かされているとの懸念が高まっている。
 へえー、周庭(アグネス・チョウ)は「民主の女神」と呼ばれていたのですね。ま、それはさておき、当時27歳だった陳梓桓監督が、ハンディ・カメラを片手に民主化を求めるデモや集会の輪の中に入り、臨場感と熱気に溢れる映像を贈ってくれました。ただ自分たちの真の代表を選びたい、自分たちの未来は自分たちで決めたい、そうしたシンプルな思いに駆られて集まった若者たちを、カメラは優しくとらえていきます。彼が出会った大学生のレイチェル、ラッキー、仕事が終わってからデモに駆けつけてくる建築業のユウ、授業のあと1人でデモに来た中学生のレイチェル、みんな自然体でいい表情をしていました。テントを張り、雑魚寝をして、水を運び、掃除をし、勉強を教え合いながら闘うその姿は、まるでコミューンのようでした。話し合い、助け合い、悩み、笑いながら闘った79日間。若者たちが、自己決定権を求めて軽やかに闘うその姿には感銘を覚えました。敗れはしたものの、It's just the beginning、そう、闘いは始まったばかりです。

 そして日本の若者たちは、この闘いに連帯できるのか… 爺の繰り言ですが、ちょっと心許なく思えます。"若者にはスマホとコンビニを与えておけ"という、アドミニストレーターたちのせせら笑いが聞こえてきそう。前掲書によると、周庭(アグネス・チョウ)氏が、初来日後のフェイスブックに次のように書き込まれたそうです。
 日本はかなり完璧な民主政治の制度を持っているが、人々の政治参加の度合い、特に若者のそれはかなり低い。日本に来て、私は初めて本当の政治的無関心とは何かを知った。(p.223)
 デイヴィッド・イーストンの定義によると、政治とは、社会に対する価値の権威的配分です。大切なものをどう分けるかを考え、決めるのが政治。難しいことでも、恐いことでも、縁遠いことでもないのにね。これに無関心だということは、大切なものに与れなくても文句は言わないよということ。それでいいのか。頑張れ、日本の若者。

 追記です。ポスト雨傘運動の香港についての状況が、『週刊金曜日』(№1194 18.7.27)に掲載されていました。ふるまいよしこ氏の一文です。
 中国の政治支配に抗議すべく、2014年に香港で起きた雨傘運動。3年半経った今、天安門事件を契機に生まれた伝統的民主派と、ポスト雨傘の若者層の間に、深刻な亀裂が生じている。(p.42)

 運動の失敗、白紙の撤退、そして香港政府と香港警察による暴力的ともいえる強行排除。これらは、ポスト雨傘運動の香港社会に大きな亀裂を生んだ。
 運動中はまだ参加者たちは政府への不満を抱えながらも、香港政府にまだ一縷の信頼と期待を寄せていた。大量の市民が座り込むきっかけとなった催涙弾発射という前代未聞の対応も、その後占拠された路上付近をパトロールする警官たちに対する憎悪に変わることはなかった。
 だが、政府側との交渉はまったく進展せず、さらに強制排除に乗り出した警察の暴力、特にデモ参加者を引き抜いて暗闇に連れ込み、集団で殴る蹴るなどの様子を撮影した映像が公開されるやいなや、運動の失敗に対する失望感から市民の政府や警察の公正性への信頼感は完全に消滅。
 さらに亀裂は香港社会を細かく引き裂いた。
 運動失敗の挫折感はそのまま、香港の現体制に対する全面的な否定に変わった。そこから、「香港がなぜ今みたいになったのか」を彼らなりに探し求めた結果、冒頭のような認識(※中国政府に付け込むスキを与えたのは全部、民主党の責任だ)が共有されるようになってしまったのである。
 ポスト雨傘後に出現した若き民主活動家にとって、中国政府統治下の香港という図式や「一国二制度」という制度もすでにアンタッチャブルなボトムラインではなく、逆に「民主化によって拒絶できるもの」になった。
 そして香港返還前から香港の民主化を叫び続けてきた民主派(一般に「伝統的民主派」と呼ばれる)を「一国二制度という中国の統治を受け入れた、ニセの民主派」とまで呼ぶようになったのだ。
 だが、返還前の香港を見守り続けたわたしからすれば、当時の香港では全般的に「主権返還」と「一国二制度」は来るべき既存の事実であり、伝統的民主派にとってその枠の中でいかに市民が自治に関与できる民主的権利を手に入れるかが最大の課題だった。
 しかし、返還後に生まれた若者たちは「一国二制度を受け入れるかどうか」の選択権を持つはずだと主張。その結果、伝統的民主派は彼らにとって、「中国政府の統治に加担し、香港人の権利を売り渡した勢力」としてみなされるようになった。
 冒頭のような、歪められた自身の歴史を、伝統的民主派は当然否定している。だが、若くパワーと熱気あふれる若者たちの声にそれはかき消されてしまっているのだ。
 中国政府はきっと香港社会のそんな亀裂をほくそ笑んで眺めている。亀裂が深まれば深まるほど、香港社会は二度と団結などできなくなる。世界の耳目を集めた雨傘運動のような抗議活動はもう二度と起こり得なくなった。これからの香港は一体どうなっていくのだろうか。(p.43)

by sabasaba13 | 2018-10-22 06:29 | 映画 | Comments(0)

『1987、ある闘いの真実』

c0051620_21241115.jpg とてつもない映画を見てしまいました。絶句。『1987、ある闘いの真実』という映画です。

 アメリカと日本に支えられた苛烈な軍事独裁政権に対して、体を張って民主化を求め、粘り強い闘いの結果それを勝ち取った韓国の市民には常々敬意を表し、羨望を覚えています。そして歴史の恥部とも言うべき政権の腐敗・不法・人権蹂躙をフィルムに焼き付けた、韓国映画界の勇気と剛毅に対しても。光州事件を描いた『タクシー運転手』も、そうした素晴らしい映画でした。
 本作は、チャン・ジュナン監督が、全斗煥軍事政権下における韓国民主化闘争を描いた社会派ドラマです。さっそく山ノ神を誘って「シネマート新宿」に見に行きました。
 念のため、インターネットで席をおさえておいたのですが大正解。ほとんど満席でした。こんなシリアスな映画に観客が押し寄せるなんて嬉しいなあ、でも若者が少ないのが残念だなあ。

 まずはあらすじを紹介します。
 1987年1月、全斗煥大統領による軍事政権下の韓国。徹底的に北分子を排除したい南営洞警察のパク所長(キム・ユンソク)が指揮する取り調べは、日に日に激化していた。そんな中、ソウル大学の学生が行き過ぎた取り調べ中に死亡する。隠蔽のために警察は親にも遺体を見せず火葬を申請するが、何かおかしいと感じたチェ検事(ハ・ジョンウ)は検死解剖を命じる。解剖により学生は拷問致死であったことが判明するが、政府は取り調べをした刑事二人を逮捕することで事件を終わらせようと画策する。これに気付いた新聞記者、刑務所看守らは、事実を白日のもとにさらそうと奔走するが、警察による妨害もエスカレートしていく。また、拷問で仲間を失った大学生たち(カン・ドンウォン)も立ち上がろうとしていた。
 まるでフィクションのようですが、歴史的事実なのですね。補足のために『韓国現代史』(文京洙[ムン・ギョンス] 岩波新書984)から引用します。
 韓国で主思派(チュサパ)が台頭する1980年代半ばは、大統領直接選挙制改憲をもとめる民主勢力と、改憲棚上げによって現状維持をはかろうとする新軍部政権との緊迫した攻防に揺れ動いた時期でもある。よく知られているように、その攻防にいちおうの決着をつけたのが六月民主抗争であった。87年6月の民衆デモの巨大なうねりが、この改憲政局を実力で突破しようとした軍事政権を逆に力でねじふせたのである。
 学生の動きは、全斗煥が現行憲法維持を表明した(四・一三護憲措置)直後から活発化していた。5月の五・一八追悼会には全国から62の大学が参加し、27日には国本(※民主憲法争取国民運動本部)が成立して野党と学生・運動圏の足並みがそろった。抗争は、ソウル大生拷問致死(*)への抗議と改憲を求める6月10日の国民大会にはじまった。その日から26日の「民主憲法争取国民平和大行進」までの十数日間、学生をはじめ、野党政治家、在野人士、教育、言論、宗教の各界関係者、タクシードライバー、バス運転手、サラリーマン、OL、主婦、商店主、露天商、はては子供にいたるまで、まさにありとあらゆる立場や階層・分野の市民が街頭に進出し、新軍部を包囲した。

*87年1月、他の手配中のソウル大生の居所を追及する警察が水攻めや電気拷問で朴鐘哲(パクチョンチョル)を死なせた事件。警察は当初、ショック死と偽ったが、検死医などの証言で暴露され、国民的な怒りをかった。六月抗争への重要なきっかけとなった。

 6月29日、新軍部政権は、直選制改革、拘束者釈放、言論の自由の保障、地方自治制の実施、大学の自律化、そして反体制運動家の赦免・復権などを盛り込んだ「六・二九民主化宣言」の発表を余儀なくされる。新軍部の敗北であった。翌年にソウル五輪を控えていたこともあって、六月抗争は、軍の投入による流血事態には至らなかった。(中略)
 ともあれ、四半世紀に及ぶ軍部の強権支配が退けられ、民主主義は勝利した。六月抗争を組織的にリードしたのは、国本、つまり民主憲法争取国民運動本部であったが、戦闘警察(機動隊)と真っ向から対峙し、デモ闘争を主導したのはなんといっても学生たち、とりわけNL(※民族解放民衆民主主義革命論)派の青年・学生たちであった。デモ隊と警察との衝突は激烈で、延世大学校の李韓烈(イハンニョル)が催涙弾の直撃をうけ重症を負い7月5日に死亡している。民主化は、そういう無数の犠牲の上にうちたてられた金字塔であった。(p.163~6)

 まず肌に粟が生じるほど衝撃的だったのが、警察による拷問シーンです。直接的に描くことを避けながらも、その恐ろしさと悍ましさがひしひしと伝わってきます。ふと思ったのですが、併合されて日本の植民地にされていた時代に、日本の特高警察が独立運動家などに行なった拷問技術が使われたのではないか。傍証ですが、最近読んだ『夢を食いつづけた男 おやじ徹誠一代記』(植木等 ちくま文庫)に、映画と同じ拷問が出てきました。
 おやじがやられたのか、そうではなくて他の人がやられたのかしらないが、もっと恐ろしい拷問があった。足の爪、手のツメと肉との間に針を刺し、そこに電流を通すのだ。電源のスイッチを入れると、体がガクガク震えたり、ンガッ、ンガッと突んのめるようになったりするらしい。それで「白状しろ、さあ白状しろ」と、いわれる。(p.170)
 そしてデモ隊に対する機動隊の暴力的な弾圧にも息を呑みました。殴る、蹴る、警棒で叩く、催涙弾を水平に射撃する。
 民主化を求める学生や民衆に「共産主義者」「北朝鮮分子」というレッテルを貼り、あらゆる手練手管を使ってこれを弾圧した全斗煥政権、そしてその爪牙となった警察。その恐ろしさが、迫真のリアリティをもって迫ってきます。

 私だったら恐怖と保身のために、口を噤み、耳を閉ざし、見て見ぬふりをしてしまう状況の中、民主化を求めて敢然と立ち上がり闘った韓国の人びとも見事に描かれています。検事、新聞記者、刑務所看守、牧師、そして学生たちが、それぞれの職分を活かしながら協力し、闘いのネットワークを編み上げていくシーンには胸が熱くなりました。中でも印象的だったのが、新聞記者諸氏の気迫です。権力による圧力や脅迫に屈せず、その腐敗を追求し、真実を市民に伝えようとするその迫力には頭が下がります。アルコール依存症のチェ検事も、飄々としたいい味を出していました。したたかに権力と対峙する一匹狼ですが、大学生の拷問死を証明する書類をわざと置き忘れて新聞記者に提供するシーンが心に残ります。
 ラストシーンでは、ノンポリだった女子大学生(キム・テリ)がさまざまな事件と関わることによって、闘いの輪の中に入っていきます。知らず知らずのうちに、抗議集会の檀上に上がってしまった彼女が、腕を振り上げる場面では涙腺が決壊しました。

 前掲書の中で文京洙氏が述べていたように、"民主化は、そういう無数の犠牲の上にうちたてられた金字塔であった"ことを思い知らせてくれる素晴らしい映画でした。国家権力に抗い力で民主化を実現した韓国、国家権力に抗う人びとを「反日」と罵倒する方のいる日本、あるいは国家権力を私物のように使い民主化を後退させる御仁を長期にわたって政権の座につかせている日本。その懸隔は目が眩むほどですが、一歩一歩進むしかないですね。

 なお朴正熙および全斗煥という軍事独裁政権と、アメリカ・日本の関係についてはほとんど語られていません。これは私たちに課せられた宿題と受け止めます。それを考える一助となる指摘が、権赫泰(クォン・ヒョクテ)氏によってなされていました。『平和なき「平和主義」』(法政大学出版局)から引用します。
 軍備を禁止した憲法を、軍備が支えるという奇妙な構造があるのだ。
 こうした奇妙な構造は、「片面講和」と日米安保条約の締結により生まれたため、冷戦体制と分離できない。憲法の「平和主義」は冷戦体制下での米国の対アジア戦略の産物でもある。米国は、日本とアジアを米国を頂点とする分業関係のネットワークのもとに位置づけた。韓国には戦闘基地の役割が、日本には兵站基地の役割が与えられた。日本が「平和」を維持できたのは、在日米軍の70%以上を沖縄に駐屯させ、韓国が戦闘基地、すなわち軍事的バンパーとしての役割を担い、周辺地域が軍事的リスクを負担したからだ。そして、この地域では、米国に与えられた役割に適合的な政治体制が必要であった。それが日本の自民党長期政権であり、韓国の反共軍事独裁政権であった。(p.ⅹ)

 「凶器論」は、基本的に朝鮮半島を日本の安全保障にとっての「生命線」とみなす。日本にとって少しでも対立的な勢力下に置かれれば、日本列島を脅かす「凶器」になりうると見ているからだ。よって朝鮮半島は直接支配するか、最低限でも日本に友好的な勢力のもとに置かなければならない。前者が日本の植民地支配だったとすれば、後者は日米同盟と韓米同盟に立脚した韓日同盟関係だ。よって少しでも米国と日本の勢力下から抜け出ようとする動きが朝鮮半島にあれば、すぐさま「凶器」になったとみなされることになる。
 朴正熙から全斗煥にいたる独裁政権は、日本にとってひじょうに友好的な勢力であった。なぜなら、植民地支配責任を日本に問わないのみならず、それを求める声を力で抑え込み、さらには日本列島を共産主義から守る役割も忠実に遂行したからである。(p.11)

by sabasaba13 | 2018-10-04 06:15 | 映画 | Comments(0)

『焼肉ドラゴン』

c0051620_628395.jpg 『焼肉ドラゴン』という映画の予告編を何回か見たのですが、なんだかなあ、「三丁目の夕日」みたいだなあと臆断しまったく食指が動きませんでした。ところがぎっちょん、原作はさまざまな賞を総なめした演劇だったのですね。作者は鄭義信氏、『赤道の下のマクベス』も彼の作品でした。その彼が初監督に挑んだのが本作。さらに『週刊金曜日』(18.6.22)に、この映画に関する彼のインタビューが掲載されていました。
 芝居を観た人が、生きて泣いて笑った人(在日日本人)がいたことを誰かに語り、僕が死んでも再演されることで語り継がれ、人々の記憶に残っていくでしょう。それは「記録する演劇」であり、歴史認識を変えることになるかもしれません。(p.56)
 うーん、良いこと言うなあ。たしかわが敬愛するジョージ・オーウェルがどこかでこんなことを書いていました。
 私が「ナショナリズム」と言う場合に真っ先に考えるものは、人間が昆虫と同じように分類できるものであり、何百万、何千万という人間の集団全体に自信をもって「善」とか「悪」とかのレッテルが貼れるものと思い込んでいる精神的習慣である。
 兎の逆立ち、耳が痛いですね。「朝鮮人=悪」などという下劣なプラカードを掲げてヘイト・デモをしている方々に届けたい言葉です。そうした忌むべき精神的習慣をなくすには、どんな集団でもひとりひとりの人間に名前があり、顔があり、暮らしがあり、生きて泣いて笑っているのだと知ることです。鄭氏はそれを演劇で、そして映画で表現しようとしているのだと思います。これは見に行かなくては。

 好月好日、山ノ神を誘って「ユナイテッドシネマとしまえん」に観に行きました。まずは公式サイトからストーリーを紹介します。

 万国博覧会が催された1970(昭和45)年。高度経済成長に浮かれる時代の片隅。関西の地方都市の一角で、ちいさな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む亭主・龍吉と妻・英順は、静花、梨花、美花の三姉妹と一人息子・時生の6人暮らし。失くした故郷、戦争で奪われた左腕。つらい過去は決して消えないけれど、"たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる"それが龍吉のいつもの口癖だった。そして店の中は、静花の幼馴染・哲男など騒がしい常連客たちでいつも賑わい、ささいなことで、泣いたり笑ったり―。
 そんな何が起きても強い絆で結ばれた「焼肉ドラゴン」にも、次第に時代の波が押し寄せてくるのだった―。

 いやあ、素晴らしい映画でした。時にはいがみ合い、時には助け合いながら、貧困と差別の中で懸命に逞しく生きる在日コリアン家族を、キム・サンホ(龍吉)、イ・ジョンウン(英順)、真木よう子(長女・静花)、井上真央(次女・梨花)、桜庭ななみ(三女・美花)、そして大江晋平(長男・時生)が見事に演じ切っていました。中でも「南無阿弥陀仏、大観世音菩薩、つけをためている連中が、全部払ってくれるように」と仏壇に祈る、ユーモラスでおおらかな英順がいい味でした。在日コリアンにも、私たちと同じように、顔があり、名前があり、喜怒哀楽があり、人生があるというごくごく当たり前のことを思い知らせてくれました。
 そして「小さな焼肉屋の、大きな歴史を描きたい」と語る鄭監督の言葉通り、この映画を十全に理解するには歴史を知る必要があります。龍吉は隻腕なのですが、これは日本軍兵士として戦わされた結果です。1910(明治43)年に日本に併合された朝鮮では、1944(昭和19)年から徴兵制が施行され、21万人の朝鮮人が戦場に送られました。龍吉もその一人だったのですね。
 さりげなく紹介されますが、彼は済州(チェジュ)島出身です。済州島は第二次世界大戦末期に日本によって要塞化され、島の住民はアルトル飛行場という巨大な日本海軍の航空基地建設のため強制徴用されました。この飛行場は1937年、日本軍の南京への爆撃機が出撃した前哨基地となりました。日本から解放された直後から三年間、島はアメリカ陸軍司令部軍政庁の直接支配下に置かれました。そして朝鮮半島を分断しようとするアメリカの動きに島の住民が抵抗し、蜂起した時に、アメリカは市民の無差別な虐殺を直接命令しました。記録されているだけでも3万人が殺され、87の村が消滅させられました。いわゆる四・三事件です。おそらくこの事件に関連して、龍吉は故郷に帰れなくなったのでしょう。
 日本の植民地支配から解放された後、約60万人の朝鮮人は日本に残りました。植民地支配によって生活を破壊されて故郷を離れなければならなかったわけですから、ただちに朝鮮半島で暮らせるようにはなりません。この人々を管理するため、1947(昭和22)年5月に昭和天皇の最後の勅令として「外国人登録令」が制定されます。朝鮮人などを外国人とし、憲法上の国民の権利義務の枠組みから排除するための法令でした。
 さらに1952(昭和27)年4月、サンフランシスコ講和条約の発効に伴い、日本在留の朝鮮人と台湾人は日本国籍を失う、と日本政府は一方的に宣言しました。これをもって、在日朝鮮人は、公営住宅入居の権利を含む主要な社会福祉を受ける権利を失います。戦後の数十年間に日本の福祉制度が発達していくなかで、こうした排除の規定はますます強化されていきました。たとえば、1959(昭和34)年に発足した国民健康保険と国民年金制度では、日本在住の外国人は除外すると明確に規定されています。さらに在日朝鮮人は外国籍のゆえに医療などの専門職から排除され、公務員の職からも閉め出され、凄まじい打撃を蒙ることになりました。こうした没義道な行為をした政府と、それを批判しなかったほとんどの有権者、忘れてはいけない歴史的事実です。龍吉をはじめ、映画に登場する在日コリアンたちの貧困を理解する重要なポイントです。
 こうした日本政府による差別・いじめ・嫌がらせが、子どもたちに影響しないわけがありません。長男の時生は、学校で、背中に「キムチ」、机に「チョーセンへ帰れ」と書かれるなど凄惨ないじめにあって失語症となり、最後は死に追い込まれます。
 こうした歴史を知らないと、行政から立ち退きを命じられた龍吉が絞り出すように吐いた言葉、「腕を返せ、息子を返せ」「働いた、働いた。働いた、働いた。働いた、働いた。働いた、働いた」が骨身に沁みてきます。妻・英順の「あたしはまだ頑張れるよ。今夜、息子をつくる?」という言葉が、一抹の希望と微笑みを与えてくれますが。

 なお長女・静花と幼馴染・哲男(大泉洋)夫婦が北朝鮮に移住するというエピソードが挿入されますが、これは「北朝鮮帰国事業」と関連するのでしょう。詳細については、『北朝鮮へのエクソダス』(テッサ・モリス=スズキ 朝日文庫)をご一読ください。

 面白く、悲しく、奥深く、そして考えさせられる素晴らしい映画でした。お薦めです。
by sabasaba13 | 2018-09-20 06:30 | 映画 | Comments(0)

『タクシー運転手』

c0051620_22125135.jpg 『しんぶん赤旗』(18.5.18)の「潮流」に、次の一文がありました。
 「また五月です。君よ。わたしに五月を歌えといいますか/動かぬ唇で五月をたたえよといいますか。まぶしい、美しい燦々たる五月を/どう歌えというのですか。」 新緑もえる季節。街に響いたのは学生や市民に放たれた銃声でした。きょう5月18日は韓国の人びとにとって希望をともしつづける誓いの日。38年前、全斗煥軍事政権下で民主化を求める運動と軍による武力弾圧が起きた光州事件です。先の作は、みずからも蜂起にかかわり、権力に対峙してきた詩人・文炳蘭(ムンピョンラン)さんの「五月よ、また復活せよ」。200人をこえる犠牲者と数千の負傷者を出した事件は、いまも深い傷痕を残しています。昨年、韓国で最もヒットした映画「タクシー運転手」も光州事件を描いたもの。実際に現地で取材し、世界に発信したドイツ人記者と彼を送り届けたタクシー運転手の物語です。いま日本でも上映され、韓国映画としては近年にないほど観客を集めています。5・18は、その後の民主化運動に連なりました。当時、拘束された文在寅大統領は「光州の犠牲があったからこそ、私たちの民主主義は耐え、再び立ち上がることができた」。そして「5月光州は、全国をともしたろうそく革命として復活した」と。詩にはつづきがあります。「ああ、わが君よ、冷たくなった灰色のこころの中に来て/燦々と燃え上がるつややかな五月の花になれ/闘う人の掌に来い、わが君よ/永遠に消えぬ自由の炎になれ/輝く正義の松明になれ」
 へえー、あの光州事件を題材とした映画が、韓国でつくられていたんだ。民主化を求める韓国の人びとの闘いには常々敬意を感じております。例えば『アメリカ帝国の悲劇』(集英社)の中で、チャルマーズ・ジョンソン氏は次のように述べられています。
 韓国が東アジアに三つしかない、下からの民主主義を達成した国の一つであることは、忘れてはならない重要な事実である(ほかの二カ国はフィリピンと台湾だ)。韓国とフィリピンでは、大衆運動がアメリカに押しつけられ支援された独裁者に戦いを挑んだ-ソウルの全斗煥とマニラのフェルディナンド・マルコスに対して。(p.116)
 また『一人の声が世界を変えた!』(伊藤千尋 新日本出版社)によると、「ハンギョレ新聞」の創刊時の編集局長だった成裕普[ソンユポ]氏は、このように語られたそうです。
 当たり前ですよ。われわれ韓国人は、あのひどい軍政時代に市民が血を流して闘い、自らの力で民主主義を獲得しました。だからわれわれは自信を持っています。日本の歴史で、市民が自分の力で政権を覆したことが一度でもありますか。(p.149)
 うーむ、二の句が継げませんね。はい、ありません。

 その韓国民主化の炬火とも言うべき光州事件の映画化、これは必見です。さっそく山ノ神を誘って、シネマート新宿に行きました。ところが、驚き桃の木山椒の木錻力に狸に蓄音機、立ち見がでるほどの大盛況です。インターネットで予約をしておいてよかった。でもこうしたシリアスな内容の、しかも韓国映画に観客が押し寄せるというのは嬉しいものです。
 まずは公式サイトから、映画の紹介とあらすじを引用しましょう。
 1980年5月に韓国でおこり、多数の死傷者を出した光州事件を世界に伝えたドイツ人記者と、彼を事件の現場まで送り届けたタクシー運転手の実話をベースに描き、韓国で1200万人を動員する大ヒットを記録したヒューマンドラマ。「義兄弟」「高地戦」のチャン・フン監督がメガホンをとり、主人公となるタクシー運転手マンソプ役を名優ソン・ガンホ、ドイツ人記者ピーター役を「戦場のピアニスト」のトーマス・クレッチマンが演じた。
 1980年5月、民主化を求める大規模な学生・民衆デモが起こり、光州では市民を暴徒とみなした軍が厳戒態勢を敷いていた。「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う」というドイツ人記者ピーターを乗せ、光州を目指すことになったソウルでタクシー運転手をしているマンソプは、約束のタクシー代を受け取りたい一心で機転を利かせて検問を切り抜け、時間ギリギリにピーターを光州まで送り届けることに成功する。留守番をさせている11歳の娘が気になるため、危険な光州から早く立ち去りたいマンソプだったが、ピーターはデモに参加している大学生のジェシクや、現実のタクシー運転手ファンらの助けを借り、取材を続けていく。
 冒頭から、タクシー運転手マンソプを演じるソン・ガンホのコミカルな、そしてペーソスあふれる演技が光ります。妻を病気で亡くし、男手一つで一人娘を育てる彼の苦労と愛情もひしひしと伝わってきました。大金目当てにドイツ人記者を光州に送り届けるという仕事を深く考えずに引き受けた彼ですが、苦心惨憺して光州市内に入ってから映画の雰囲気は一変。人気のない通り、シャッターの閉まった商店、さまざまなビラやポスター、ただならぬ様子に固唾を飲みました。そして圧巻はデモのシーンです。非暴力なデモで民主化を求める光州の市民に対して、催涙弾や実弾を放ちながら暴力を加える軍隊。病院は運び込まれた怪我人や死体で足の踏み場もありません。韓国の人びとが行なった民主化のための闘いを、息が詰まるような緊迫感と共に追体験できました。そして身の危険を顧みず写真を取り続けるドイツ人記者ピーターの姿に、ジャーナリスト魂を見た思いです。事実を報道することによって権力の暴走を食い止め、民衆を守る、その当たり前だけれども重要な仕事を淡々と遂行する寡黙なドイツ人記者を、トーマス・クレッチマンが見事に演じ切っていました。彼に協力する大学生のジェシク(リュ・ジュンヨル)もいいバイプレーヤーでした。大学歌謡祭に出ることを夢見る、歌が大好きな平凡でひ弱そうな彼が、その日常を守るために立ち上がるという設定が素晴らしい。
 大金を得たマンソプは一目散に光州から脱出しますが、途中で、ピーターを救うために戻るべきではないかと逡巡し葛藤する場面も見せ場です。ソウルにいる一人娘に電話をしたことで、ふっきれたのではないかと想像します。娘を守るため、子どもたちを守るため、未来の世代を守るために、ピーターを助けて事実を世に知らしめないといけない。タクシーの向きを変えて光州へと一気呵成に走るマンソプ。ここからはもう両の眼はスクリーンに釘付けです。デモ隊に襲いかかる軍隊、怪我人を助けようと体を張る光州市民、それを至近から撮り続けるピーター、彼の存在に気づき抹殺しようと迫る軍隊、彼を守ろうとするマンソプとジェシク。さあピーターとマンソプは無事に膠州から脱出し、国家権力の犯罪を報道することができるのか…

 いやあほんとに素晴らしい映画でした。チャン・フン監督は「普通の人々の小さな決断と勇気が積み重なり何かが成し遂げられるといった、近くで見ていなければ知り得ない事柄を描きたかった。マンソプのタクシーに乗りながら、観客の皆さんにも、自分たちの話として考えてもらえる機会になれば嬉しい」と語られていますが、はい、面白いだけでなくいろいろと考えさせられました。自分がこういう状況に置かれたらどうするのか、闘うのか逃げるのか見て見ぬふりをするのか、体を張って仲間を助けられるのか、ジャーナリストを守り切ることができるのか。さらには、なぜ韓国では民主化を暴力的に抑圧する軍事政権があり、同時期の日本では民主主義らしきものが存在し得たのか。そして韓国の人びとはいかにして民主化を勝ち取ったのか。

 私にとっての今年度ナンバーワン映画は決まりかな。何年かに一度見返したい映画です。

 なお映画では触れられていませんが、この悲劇のバックにはアメリカ合州国と日本の存在があったことを銘肝しましょう。
パンフレット所収
『「光州事件」をめぐる韓国現代史』(秋月望 明治学院大学国際学部教授)
 さらに、この事件は韓国の対米感情の大きな転換点となった。事件当時、韓国軍は米韓連合司令部の下にあって作戦統制権は在韓米軍にあった。従って、在韓米軍、つまりはアメリカの了解なしに韓国軍が独断で部隊を移動させて光州の市民・学生に対する鎮圧作戦を遂行することはできなかった。当時、カーター大統領が韓国における民主化運動に理解を示してくれるとの期待も多少はあった。しかし、結局アメリカは全斗煥政権による軍事独裁の継続を容認し、民主化闘争を圧殺する側に回った。反米感情はここで一気に高まった。その結果、光州事件に対する全斗煥政権の責任追及の運動が、1982年の釜山のアメリカ文化院放火事件、1985年のソウルのアメリカ文化院占拠事件へとつながっていくことになる。

『韓国現代史』 (文京洙[ムン ギョンス] 岩波新書984)
 81年、レーガン政権が登場し、新軍部政権は、「新冷戦」という時代の気流に乗ることになった。駐韓米軍の撤退問題は白紙に戻され、もはや、人権問題で両国の関係が緊張することはなくなった。さらに82年末に登場した中曽根政権は、韓米日の新次元での安保協力関係の構築に意欲を燃やし、40億ドルの借款供与によって全斗煥政権を支えた。83年には「大韓航空機事件」や「ラングーン事件」があり、東アジアの緊張はピークに達した。(p.154)

by sabasaba13 | 2018-07-25 06:20 | 映画 | Comments(0)

『マルクス・エンゲルス』

c0051620_2126538.jpg 岩波ホールで映画『マルクス・エンゲルス』が上映されるという耳よりな知らせをキャッチしました。カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスを描いた映画かあ、ありそうでなかった映画ですね(たぶん)。資本主義の定義は山ほどありますが、中核による周辺の搾取、平たくいえば弱者を犠牲にして強者が肥え太る仕組みと定義しておきましょう。そういう意味でのえげつない資本主義が猖獗を極める今、かつて資本主義のからくりを暴き、戦いを挑んだ二人の先哲は、今だからこそ知るべき人物です。監督は『ルムンバの叫び』(00)、『私はあなたのニグロではない』(16)で知られる社会派の名匠ラウル・ペック監督、後者は近々見に行くつもりです。
 上映館は神保町にある岩波ホール、山ノ神とともに少し早めに行って近くにある「揚子江菜館」でひさしぶりに上海肉絲炒麺(上海式肉焼そば)を堪能しました。
 そして岩波ホールへ、まずは公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 若きマルクスとエンゲルスの友情は世界の未来を大きく変えた。
 永遠の名著『共産党宣言』(1848)が誕生するまでの激烈な日々を描く歴史的感動作。
 1840年代のヨーロッパでは、産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらし、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働が強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。パリで彼はフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たし、エンゲルスの経済論に着目したマルクスは彼と深い友情をはぐくんでゆく。激しく揺れ動く時代、資本家と労働者の対立が拡大し、人々に革新的理論が待望されるなか、二人はかけがえのない同志である妻たちとともに、時代を超えて読み継がれてゆく『共産党宣言』の執筆に打ち込んでゆく―。

 労働者を低賃金で酷使することによってひたすら利潤の増殖を繰り返す資本主義経済、そのあからさまな原初の姿を、監督は克明に再現してくれます。共有地を富者に奪われて追い立てられる貧者たち。紡績工場で過酷な労働を強制される労働者たち。その格差・不平等・不公正に怒り、敢然と立ち向かう若い二人の姿が印象的でした。マルクスの野卑で力強い怒り、エンゲルスの静かで底知れぬ怒り、その違いもていねいに描き分けられています。そして忘れてはいけないのが、彼らを支える妻たちの献身ぶりです。『共産党宣言』も、この素晴らしき四人五脚による結実なのかもしれません。

 この映画を見て、あらためて現実の不平等・不公正を知ること、それに対して心底から怒ること、そして考え行動することの重要さに思い至りました。逆に言えば、富者・強者が現状を維持するためには、これらを私たちにさせなければいいのですね。メディアを統制して不平等・不公正を知らせない。感性を摩滅させて、怒りや虐げられた人びとへの共感を雲散霧消させる。スマートフォン、東京オリンピック、ワールドカップなど、その手練手管には事欠きません。そして考えさせないためには… さすがはマルクス、『資本論』の中で、看破しています。
 ある大きな鉄道事故によって数百人の乗客が死んだ。鉄道労働者の怠慢が原因である。彼は陪審員の前でこう弁解する。十年から十二年前までの労働日は八時間にすぎなかったと。最近五、六年の間に、十四、十八、二十時間と引き上げられ、またバカンス客の多い時などのように、旅好きが押し寄せるときには、休みもなく四十~五十時間働くことも珍しくはない、と。
 彼らは普通の人間であり、アルゴスのような超人ではない。あるとき彼らは労働に耐えられなくなる。脳は思考をやめ、眼は見ることをやめる。

 そう、長時間労働をさせて、脳に思考をやめさせ、眼に見ることをやめさせる。「働き方改革法案」の真の狙いはここにあるのでは。違いますか、安倍上等兵。

 最後に、冬籠り前の栗鼠のように、せっせと貯め込んだマルクスの言葉を紹介します。
 恥は、革命的な感情である。

 近代的国家権力は、単に、全ブルジョワ階級の共通の事務をつかさどる委員会にすぎない。

 守銭奴は気の狂った資本家であり、資本家は合理的な守銭奴である。

 哲学者はこの世界をあれこれ解釈してきたが、大事なのはそれを変革することだ。

 地獄への道は、善意で敷き詰められている。

 大いなる歴史的事件は二度繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は道化芝居として。

 人間はつねに、自分が解決しうる課題だけを自分に提起する。

 支配階級よ、共産主義革命のまえにおののくがいい。プロレタリアは、革命においてくさりのほか失うべきものをもたない。かれらが獲得するものは世界である。

 資本は、頭から爪先まで、あらゆる毛穴から、血と汚物をしたたらせながらこの世に生まれてくる。

by sabasaba13 | 2018-07-11 06:18 | 映画 | Comments(0)

『ラッカは静かに虐殺されている』

c0051620_14251043.jpg 先日、われわれ御用達の映画館「ポレポレ東中野」で『人生フルーツ』を見た時に、この映画のことをチラシで知りました。『DAYS JAPAN』やNHK-BSの「ワールド・ニュース」などで、シリア情勢の惨状は多少なりとも知っており、胃の腑がぎゅっと絞られる思いでおります。そのシリアの人びとを描いたドキュメント映画、これはぜひ見てみたい。山ノ神を誘って「ポレポレ東中野」に行きました。
 まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 戦後史上最悪の人道危機と言われるシリア内戦。2014年6月、その内戦において過激思想と武力で勢力を拡大する「イスラム国」(IS)がシリア北部の街ラッカを制圧した。かつて「ユーフラテス川の花嫁」と呼ばれるほど美しかった街はISの首都とされ一変する。爆撃で廃墟と化した街では残忍な公開処刑が繰り返され、市民は常に死の恐怖と隣り合わせの生活を強いられていた。
 海外メディアも報じることができない惨状を国際社会に伝えるため、市民ジャーナリスト集団“RBSS”(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)が秘密裡に結成された。彼らはスマホを武器に「街の真実」を次々とSNSに投稿、そのショッキングな映像に世界が騒然となるも、RBSSの発信力に脅威を感じたISは直ぐにメンバーの暗殺計画に乗り出す―。
 監督は、メキシコ麻薬密売地帯に危険を顧みず潜入した『カルテル・ランド』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞候補になったドキュメンタリー作家のマシュー・ハイネマン氏です。

 最初から最後まで、痛みを感じるような緊張感に固唾を飲みました。破壊されて廃墟となった街ラッカ、猖獗を極めるISの暴力、絶望の淵に立つ市民たち。さながら地獄絵のような光景がスクリーンに映し出されますが、これが現実なのですね。
 その現実を世界に知らせるためにスマートフォンを使って情報や画像を発信する市民ジャーナリスト集団RBSSの活動と、殺害を含めたあらゆる手段を駆使してそれを妨害するIS。手に汗握るような両者の攻防に、目が釘付けとなりました。身の危険を感じたメンバーたちが国外へ脱出し、国内に残る仲間たちと協力しながら報道する場面、その仲間や肉親をISが処刑する場面、さらには逃亡先で難民排斥運動に直面する場面など、いずれも迫真のリアリティで迫ってきます。映画の力って凄いものだとあらためて痛感します。
 そして監督は、彼らを勇敢な英雄としてだけ描くのではなく、死の恐怖に怯える普通の人間としての一面もしっかり見据えています。やたらと煙草をふかし、虚ろな目で中空を見つめ、悲しげに家族の写真に見入る彼らの姿に、この恐怖を克服した勇気をより一層感じます。

 「彼らは人間の尊厳を守るために、命を賭けて真実を伝えた。それを受け取ったあなたはどう思い、何をするのか」と鋭く問いかけてくる映画、お薦めです。

 なお絶対に見逃してはいけないのは、ラッカをはじめとするシリアの人びとを殺傷し、その街を破壊したのはISだけではないということです。アサド政権、欧米諸国による加害も銘肝すべきです。そして民間人が虫けらのように殺戮され、自由も民主主義も抑圧されているのは、シリアにおいてだけではないということも。中東情勢に混沌と惨劇をもたらしているのは何者なのか、これからも知り、考えていきたいと思います。その一助となる本二冊に出会えたので紹介します。
『9・11後の現代史』 (酒井啓子 講談社現代新書2459)

 ヨーロッパ社会から疎外され、ドロップアウトしたイスラーム系移民二世が、「ひとかどの人物」になれる機会かもしれないと期待して合流したのが、ISだったのだろう。ISに限らない。後に触れるアルカーイダもまた、欧米在住のイスラーム教徒に対して、似たような勧誘を行っていた。そしてそうしたイスラーム系ヨーロッパ人の多くが、連日報道されるシリア内戦での被害者の無惨な姿を見、アサド政権やシリアを空爆する欧米諸国に一矢報いてやりたいと考えて、シリアに馳せ参じたのである。(p.40)

『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』 (川上泰徳 集英社新書0862)

 私はテレビのチャンネルを変えながら、インターネットの情報を追っていた。イスラム過激派系のアラビア語のツイッターアカウントでは、「パリ攻撃万歳。今日は長い夜になる」などというツイートが次々と流れた。「#パリは燃えている」というハッシュタグもできた。それはパリのテロへの抗議ではなく、喜びの言葉が並んだものだった。その中に、「パリ市民よ、あなたたちは自分の子供たちが殺されたことに衝撃を受けている。同じことを、あなたの軍隊がシリアの地で行なっているのだ」というツイートがあった。(p.31)

 フランスが参加する有志連合の空爆は、「イスラム国」が樹立を宣言した2014年6月から3ヶ月後に「対テロ戦争」として始まった。空爆と、無人爆撃機ドローンによる暗殺作戦が中心の“靴に泥がつかない戦争”である。通常の戦争であれば、攻撃を仕掛ければ反撃されるが、「イスラム国」に対する空爆は、軍事的な反撃を受けることを想定しない一方的な戦争である。しかし、自らを安全地帯に置いて殺戮を続ける「対テロ戦争」の論理は、パリの街角に「イスラム戦士」が現れ、「戦場」が出現することで破綻する。
 「遠い戦争」が「近いテロ」を生み出し、市民が犠牲になる。それは、21世紀における戦争とテロの新たな関係性を示しているように思える。(p.50)

 (※シリア・アレッポ) アブドラは下敷きになった家族の父親と見られる男性にマイクを向ける。「全く無差別の攻撃だ。犠牲になったのは民間人だ。それも女や子供だ。幼い女の子はわずか3歳だ」と男性は声を張りあげ、手ぶりを交えて訴える。画面は、先ほど瓦礫から引き出された女児がベッドに寝かされ、心臓マッサージを受ける場面に変わるが、父親の悲痛な叫び声は続く。「3歳の子供がなぜ、殺されなければならないのか。何をしたというのだ。毎日、毎日、空爆が続く。なぜ、こんな不正が許されるのか。アラブ諸国は何をしている。国連は何をしている」。(p.196~7)

 いま、欧米でも日本でも、「イスラム国」が中東の混乱を引き起こしている最大の原因のように思われているが、私が本書で繰り返し書いたように、「イスラム国」は第一義的には混乱の原因ではなく、混乱の結果なのである。その混乱は、米国による誤ったイラク戦争と、誤ったイラク駐留によってもたらされ、さらに、自由も平等もないアラブ世界の強権体制に対する若者たちの反乱である「アラブの春」への暴力的な封殺が帰結したものである。(p.240~3)

 中東では、民間人が虫けらのように殺戮されているシリアの内戦が放置されているだけではない。たびたびイスラエル軍による大規模軍事作戦にさらされているパレスチナ、自由も民主主義もない強権体制の横行、スンニ派とシーア派の対立、若者たちを絶望に追いこむ貧富の差の広がりなど、いたるところに、危機につながるひずみがある。
 中東ではある日突然、マグマが噴き出すように最悪の危機が到来し、世界を驚愕させる。「イスラム国」への対応を間違えれば、それが次の危機を生むことになるのは自明である。(p.245~6)
 『気の向くままに 同時代批評1943-1947』(彩流社)の中で、ジョージ・オーウェルが言った言葉が耳朶に響きます。
 一市民を殺すことは悪であるが、千トンもの高性能爆弾を住宅地域に落とすことは善しとされる世界の現状を見ると、ひょっとするとわれわれのこの地球はどれか他の惑星の精神病院として利用されているのではないか、と考えたくなる。

by sabasaba13 | 2018-06-27 06:30 | 映画 | Comments(0)