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『マルクス・エンゲルス』

c0051620_2126538.jpg 岩波ホールで映画『マルクス・エンゲルス』が上映されるという耳よりな知らせをキャッチしました。カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスを描いた映画かあ、ありそうでなかった映画ですね(たぶん)。資本主義の定義は山ほどありますが、中核による周辺の搾取、平たくいえば弱者を犠牲にして強者が肥え太る仕組みと定義しておきましょう。そういう意味でのえげつない資本主義が猖獗を極める今、かつて資本主義のからくりを暴き、戦いを挑んだ二人の先哲は、今だからこそ知るべき人物です。監督は『ルムンバの叫び』(00)、『私はあなたのニグロではない』(16)で知られる社会派の名匠ラウル・ペック監督、後者は近々見に行くつもりです。
 上映館は神保町にある岩波ホール、山ノ神とともに少し早めに行って近くにある「揚子江菜館」でひさしぶりに上海肉絲炒麺(上海式肉焼そば)を堪能しました。
 そして岩波ホールへ、まずは公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 若きマルクスとエンゲルスの友情は世界の未来を大きく変えた。
 永遠の名著『共産党宣言』(1848)が誕生するまでの激烈な日々を描く歴史的感動作。
 1840年代のヨーロッパでは、産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらし、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働が強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。パリで彼はフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たし、エンゲルスの経済論に着目したマルクスは彼と深い友情をはぐくんでゆく。激しく揺れ動く時代、資本家と労働者の対立が拡大し、人々に革新的理論が待望されるなか、二人はかけがえのない同志である妻たちとともに、時代を超えて読み継がれてゆく『共産党宣言』の執筆に打ち込んでゆく―。

 労働者を低賃金で酷使することによってひたすら利潤の増殖を繰り返す資本主義経済、そのあからさまな原初の姿を、監督は克明に再現してくれます。共有地を富者に奪われて追い立てられる貧者たち。紡績工場で過酷な労働を強制される労働者たち。その格差・不平等・不公正に怒り、敢然と立ち向かう若い二人の姿が印象的でした。マルクスの野卑で力強い怒り、エンゲルスの静かで底知れぬ怒り、その違いもていねいに描き分けられています。そして忘れてはいけないのが、彼らを支える妻たちの献身ぶりです。『共産党宣言』も、この素晴らしき四人五脚による結実なのかもしれません。

 この映画を見て、あらためて現実の不平等・不公正を知ること、それに対して心底から怒ること、そして考え行動することの重要さに思い至りました。逆に言えば、富者・強者が現状を維持するためには、これらを私たちにさせなければいいのですね。メディアを統制して不平等・不公正を知らせない。感性を摩滅させて、怒りや虐げられた人びとへの共感を雲散霧消させる。スマートフォン、東京オリンピック、ワールドカップなど、その手練手管には事欠きません。そして考えさせないためには… さすがはマルクス、『資本論』の中で、看破しています。
 ある大きな鉄道事故によって数百人の乗客が死んだ。鉄道労働者の怠慢が原因である。彼は陪審員の前でこう弁解する。十年から十二年前までの労働日は八時間にすぎなかったと。最近五、六年の間に、十四、十八、二十時間と引き上げられ、またバカンス客の多い時などのように、旅好きが押し寄せるときには、休みもなく四十~五十時間働くことも珍しくはない、と。
 彼らは普通の人間であり、アルゴスのような超人ではない。あるとき彼らは労働に耐えられなくなる。脳は思考をやめ、眼は見ることをやめる。

 そう、長時間労働をさせて、脳に思考をやめさせ、眼に見ることをやめさせる。「働き方改革法案」の真の狙いはここにあるのでは。違いますか、安倍上等兵。

 最後に、冬籠り前の栗鼠のように、せっせと貯め込んだマルクスの言葉を紹介します。
 恥は、革命的な感情である。

 近代的国家権力は、単に、全ブルジョワ階級の共通の事務をつかさどる委員会にすぎない。

 守銭奴は気の狂った資本家であり、資本家は合理的な守銭奴である。

 哲学者はこの世界をあれこれ解釈してきたが、大事なのはそれを変革することだ。

 地獄への道は、善意で敷き詰められている。

 大いなる歴史的事件は二度繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は道化芝居として。

 人間はつねに、自分が解決しうる課題だけを自分に提起する。

 支配階級よ、共産主義革命のまえにおののくがいい。プロレタリアは、革命においてくさりのほか失うべきものをもたない。かれらが獲得するものは世界である。

 資本は、頭から爪先まで、あらゆる毛穴から、血と汚物をしたたらせながらこの世に生まれてくる。

by sabasaba13 | 2018-07-11 06:18 | 映画 | Comments(0)

『ラッカは静かに虐殺されている』

c0051620_14251043.jpg 先日、われわれ御用達の映画館「ポレポレ東中野」で『人生フルーツ』を見た時に、この映画のことをチラシで知りました。『DAYS JAPAN』やNHK-BSの「ワールド・ニュース」などで、シリア情勢の惨状は多少なりとも知っており、胃の腑がぎゅっと絞られる思いでおります。そのシリアの人びとを描いたドキュメント映画、これはぜひ見てみたい。山ノ神を誘って「ポレポレ東中野」に行きました。
 まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 戦後史上最悪の人道危機と言われるシリア内戦。2014年6月、その内戦において過激思想と武力で勢力を拡大する「イスラム国」(IS)がシリア北部の街ラッカを制圧した。かつて「ユーフラテス川の花嫁」と呼ばれるほど美しかった街はISの首都とされ一変する。爆撃で廃墟と化した街では残忍な公開処刑が繰り返され、市民は常に死の恐怖と隣り合わせの生活を強いられていた。
 海外メディアも報じることができない惨状を国際社会に伝えるため、市民ジャーナリスト集団“RBSS”(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)が秘密裡に結成された。彼らはスマホを武器に「街の真実」を次々とSNSに投稿、そのショッキングな映像に世界が騒然となるも、RBSSの発信力に脅威を感じたISは直ぐにメンバーの暗殺計画に乗り出す―。
 監督は、メキシコ麻薬密売地帯に危険を顧みず潜入した『カルテル・ランド』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞候補になったドキュメンタリー作家のマシュー・ハイネマン氏です。

 最初から最後まで、痛みを感じるような緊張感に固唾を飲みました。破壊されて廃墟となった街ラッカ、猖獗を極めるISの暴力、絶望の淵に立つ市民たち。さながら地獄絵のような光景がスクリーンに映し出されますが、これが現実なのですね。
 その現実を世界に知らせるためにスマートフォンを使って情報や画像を発信する市民ジャーナリスト集団RBSSの活動と、殺害を含めたあらゆる手段を駆使してそれを妨害するIS。手に汗握るような両者の攻防に、目が釘付けとなりました。身の危険を感じたメンバーたちが国外へ脱出し、国内に残る仲間たちと協力しながら報道する場面、その仲間や肉親をISが処刑する場面、さらには逃亡先で難民排斥運動に直面する場面など、いずれも迫真のリアリティで迫ってきます。映画の力って凄いものだとあらためて痛感します。
 そして監督は、彼らを勇敢な英雄としてだけ描くのではなく、死の恐怖に怯える普通の人間としての一面もしっかり見据えています。やたらと煙草をふかし、虚ろな目で中空を見つめ、悲しげに家族の写真に見入る彼らの姿に、この恐怖を克服した勇気をより一層感じます。

 「彼らは人間の尊厳を守るために、命を賭けて真実を伝えた。それを受け取ったあなたはどう思い、何をするのか」と鋭く問いかけてくる映画、お薦めです。

 なお絶対に見逃してはいけないのは、ラッカをはじめとするシリアの人びとを殺傷し、その街を破壊したのはISだけではないということです。アサド政権、欧米諸国による加害も銘肝すべきです。そして民間人が虫けらのように殺戮され、自由も民主主義も抑圧されているのは、シリアにおいてだけではないということも。中東情勢に混沌と惨劇をもたらしているのは何者なのか、これからも知り、考えていきたいと思います。その一助となる本二冊に出会えたので紹介します。
『9・11後の現代史』 (酒井啓子 講談社現代新書2459)

 ヨーロッパ社会から疎外され、ドロップアウトしたイスラーム系移民二世が、「ひとかどの人物」になれる機会かもしれないと期待して合流したのが、ISだったのだろう。ISに限らない。後に触れるアルカーイダもまた、欧米在住のイスラーム教徒に対して、似たような勧誘を行っていた。そしてそうしたイスラーム系ヨーロッパ人の多くが、連日報道されるシリア内戦での被害者の無惨な姿を見、アサド政権やシリアを空爆する欧米諸国に一矢報いてやりたいと考えて、シリアに馳せ参じたのである。(p.40)

『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』 (川上泰徳 集英社新書0862)

 私はテレビのチャンネルを変えながら、インターネットの情報を追っていた。イスラム過激派系のアラビア語のツイッターアカウントでは、「パリ攻撃万歳。今日は長い夜になる」などというツイートが次々と流れた。「#パリは燃えている」というハッシュタグもできた。それはパリのテロへの抗議ではなく、喜びの言葉が並んだものだった。その中に、「パリ市民よ、あなたたちは自分の子供たちが殺されたことに衝撃を受けている。同じことを、あなたの軍隊がシリアの地で行なっているのだ」というツイートがあった。(p.31)

 フランスが参加する有志連合の空爆は、「イスラム国」が樹立を宣言した2014年6月から3ヶ月後に「対テロ戦争」として始まった。空爆と、無人爆撃機ドローンによる暗殺作戦が中心の“靴に泥がつかない戦争”である。通常の戦争であれば、攻撃を仕掛ければ反撃されるが、「イスラム国」に対する空爆は、軍事的な反撃を受けることを想定しない一方的な戦争である。しかし、自らを安全地帯に置いて殺戮を続ける「対テロ戦争」の論理は、パリの街角に「イスラム戦士」が現れ、「戦場」が出現することで破綻する。
 「遠い戦争」が「近いテロ」を生み出し、市民が犠牲になる。それは、21世紀における戦争とテロの新たな関係性を示しているように思える。(p.50)

 (※シリア・アレッポ) アブドラは下敷きになった家族の父親と見られる男性にマイクを向ける。「全く無差別の攻撃だ。犠牲になったのは民間人だ。それも女や子供だ。幼い女の子はわずか3歳だ」と男性は声を張りあげ、手ぶりを交えて訴える。画面は、先ほど瓦礫から引き出された女児がベッドに寝かされ、心臓マッサージを受ける場面に変わるが、父親の悲痛な叫び声は続く。「3歳の子供がなぜ、殺されなければならないのか。何をしたというのだ。毎日、毎日、空爆が続く。なぜ、こんな不正が許されるのか。アラブ諸国は何をしている。国連は何をしている」。(p.196~7)

 いま、欧米でも日本でも、「イスラム国」が中東の混乱を引き起こしている最大の原因のように思われているが、私が本書で繰り返し書いたように、「イスラム国」は第一義的には混乱の原因ではなく、混乱の結果なのである。その混乱は、米国による誤ったイラク戦争と、誤ったイラク駐留によってもたらされ、さらに、自由も平等もないアラブ世界の強権体制に対する若者たちの反乱である「アラブの春」への暴力的な封殺が帰結したものである。(p.240~3)

 中東では、民間人が虫けらのように殺戮されているシリアの内戦が放置されているだけではない。たびたびイスラエル軍による大規模軍事作戦にさらされているパレスチナ、自由も民主主義もない強権体制の横行、スンニ派とシーア派の対立、若者たちを絶望に追いこむ貧富の差の広がりなど、いたるところに、危機につながるひずみがある。
 中東ではある日突然、マグマが噴き出すように最悪の危機が到来し、世界を驚愕させる。「イスラム国」への対応を間違えれば、それが次の危機を生むことになるのは自明である。(p.245~6)
 『気の向くままに 同時代批評1943-1947』(彩流社)の中で、ジョージ・オーウェルが言った言葉が耳朶に響きます。
 一市民を殺すことは悪であるが、千トンもの高性能爆弾を住宅地域に落とすことは善しとされる世界の現状を見ると、ひょっとするとわれわれのこの地球はどれか他の惑星の精神病院として利用されているのではないか、と考えたくなる。

by sabasaba13 | 2018-06-27 06:30 | 映画 | Comments(0)

『ペンタゴン・ペーパーズ』 2

 映画『ペンタゴン・ペーパーズ』の余談を二つ。

 まず前掲書『ベスト&ブライテスト』(デイヴィッド・ハルバースタム 朝日文庫)の訳者である浅野輔氏が、なぜアメリカがベトナム戦争という愚行を犯したのかについて、鋭い分析をされているので引用します。
 ベトナム戦争がアメリカ社会にもたらしたものは、癒すことのできない亀裂であり、帝王的大統領制と評された行政府の権力肥大であり、市民的自由を報道の自由に対する抑圧であり、そしてウォーターゲート事件であった。なかんずくそれは、アジアの小国の民族独立運動に対し、北爆をはじめとする非人道的な大量殺戮をもって対応したという拭い去ることのできない汚点と呵責であった。なぜアメリカはこれほど不毛で犠牲のみ大きい政策に固執したのか。アメリカというのはどのような国なのか。だれが、どのようにこの国を指導していたのか。本書は、これらの問いに対する迫真の回答である。
 原題にあるThe Best and the Brightestとは、ケネディが集め、ジョンソンが受け継いだ「最良にして最も聡明な」人材だと絶賛された人びとを指す。マクジョージ・バンディ、ロバート・マクナマラ、ウォルト・ロストウ、ディーン・ラスクらケネディ政権に参集した人びとは、いずれもアメリカ社会の中・上流家庭に生まれ、優れた教育環境で育ち、あるいは神童と畏れられ、あるいはローズ奨学生としてイギリスに学び、アメリカの知的エリートを形成する人びとであった。ケネディ政権の発足がとくに青年層、知識層を含む多くのアメリカ人の心を躍らせたのは、ニューフロンティアをきり拓くためにアメリカの英知が結集されたと感じられたからであった。
 だが、これらの「賢者」は、ベトナムの歴史的条件をまったく理解せず、自らの偏見に支配され、おのれの能力を過信し、アメリカの軍事的・経済的物量だけに頼り、史上稀にみる大破壊を行った「愚者」なのであった。その愚かさをもたらしたのは彼らの傲慢さであったと、ハルバースタムは指摘する。
 彼らは、ベトナムとアメリカの社会を理解していると思い込み、意のままにこれらを操作できると考えた点で、傲慢だった。アメリカの介入が、外国支配からの解放を決意している民族に向けられた植民地戦争であることに気づかず、また、アメリカ国民に対してこの戦争を容易に売り込むことができると盲信したのだ。彼らの多くは東部のエリート大学出身であり、東部に根城をもつ知的エスタブリッシュメントのメンバーだったが、デイヴィッド・リースマンが評したように「大西洋しか知らない田舎者」なのであった。
 彼らは、権力と知性を理想的な形で結びつけることのできる「思索型行動派」であると自負していた点で、傲慢だった。「理想や夢も、それに溺れない程度にもつならば結構なことだ」と豪語するプラグマティストなのだった。なせばなる、たとえ不合理な事態でも、権力を握る有能で合理的な人間にとって、克服不可能なものはない、というのが彼らの信念だった。ベトナムも彼らにとっては、むしろ歓迎すべき挑戦だった。危機は、彼らが脚光を浴び権力欲を満喫する、血湧き肉躍る冒険なのであった。
 彼らは意のままに軍部を統制できると考えていた点で、傲慢だった。緩急自在に軍事的圧力を調節し、それを政治的目的に合致させるということは、いったん戦争に足を突っ込んだ以上、不可能だった。情報は軍部に握られ、兵力を増派しなければアメリカ軍兵士の生命が危ういという議論がまかり通る。文官が将軍を統制する最善の道は戦争を起こさないことである、ということを彼らは気づかなかった。
 彼らは、人間的苦悩や道徳的呵責の念を超越した驕れる主役であった。そのような問題に執着するのは女々しく優柔不断とされた。彼らにとって問題は、「シナリオ」であり、「オプション」であり、「コスト」であった。北爆計画も、それを勧告したマクジョージ・バンディによれば、「ベトナムにおける敗北という代価に比べれば安い」のであって、無差別爆撃の非人道性は一顧だにされなかった。彼らに欠けていたのは、苦渋に満ちた決断に際し、その道を誤らせないための確固たる道義的信念だった。(p.406~8)
 やれやれ、中東情勢を見ると「大西洋しか知らない田舎者」はまだご健在のようですね。その愚者の愚行に、自衛隊を提供しようというのですから、正気の沙汰とは思えません。

 もうひとつ。ペンタゴン・ペーパーズをコピーしてその一部をニューヨーク・タイムズに提供し、真実を人びとに知らしめようとした、ランド研究所のアナリスト、ダニエル・エルズバーグについて、『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(オリバー・ストーン&ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)がふれています。以下、引用します。
 1971年9月、ニューヨーク・タイムズはペンタゴン・ペーパーズを巡る報道を開始する。これはベトナム戦争に関して国防総省がまとめた極秘報告書で、ベトナム問題について政府が長年にわたり国民を計画的に欺いてきた実態が明らかにされている。この機密文書を目にすることができるのはごく一握りの関係者に限られていたが、1969年の夏、ランド研究所のアナリストでかつて編纂にも関わっていたダニエル・エルズバーグはその機会に恵まれた。そして最初はフランス、のちにアメリカによる侵略の歴史を読み進めるうちに、道徳に外れたアメリカの政策に弁カの余地はないという確信を強め、1969年9月の時点でいくつかの重要な結論を自分なりに導き出した。それによると、実はこの戦争は「ほとんど最初からアメリカ人による戦争だった」。「アメリカの政策、アメリカによる資金援助、アメリカから送られた代理人や技術者、アメリカが攻撃に使う火器や兵力やパイロットに対し…ベトナム人は必死の抵抗を試みてきた」のである。1954年からアメリカが莫大な資金と兵器と人員をつぎ込んできたおかげで、政治的な暴力の規模が「戦争」にまで拡大したのだった。しかし、エルズバーグは何よりも次の点について確信を深めた。
 この戦争は1955年以降、あるいは1960年以降も、決して「内戦」ではなかった。アメリカの支援を受けたフランスが、ベトナムの植民地支配を再び目指したときと同じ状況だ。外国から武器や資金を全面的に提供されているほうの勢力は、支援国の思惑に左右されてしまう。これでは国内の勢力同士の戦いであっても、内戦とは呼べない。現在でもこの戦争についてアメリカでは、「本来は内戦であるはずの戦いに」「介入している」と考える学者がほとんどで、そのなかにはリベラルな批評家さえ含まれているが、こうした発言はもっと痛ましい現実を覆い隠している。「北からの攻撃」という従来の公式見解と同じで、これも作り話にすぎない。国連憲章ならびにわれわれ自身が公言している理想の観点からすれば、これは外国による侵略、しかもアメリカによる侵略戦争である。
 エルズバーグの回想によれば、かつての上司であるペンタゴンのジョン・マクノートンはランド研究員に対し、「きみたちの指摘が事実ならば、われわれは不興を買ってしまったな」と語ったという。しかしエルズバーグは、そのような発言は「1954以降の現実を見誤っている。われわれは間違っているのだ」との認識を強めた。それゆえ彼の心のなかでは、この戦争は「犯罪」であり「悪事」であり「大量殺人」だという気持ちが膨らんでいった。さらにエルズバーグは、戦争終結に関するニクソンの発言の嘘も見抜いていた。実際のところニクソンは爆撃を続け、「勝利」を達成するまでは攻撃の手をいっさい緩めないことを北側に意思表示していたのである。
 投獄も厭わず戦争に抗議する若い活動家たちの姿勢に胸を打たれ、流血の事態をなんとか終わらせたいという気持ちを抑えきれなくなったエルズバーグは、47巻から成るマクナマラの機密文書をすべてコピーにとった。彼はこの機密文書が議会で取り上げられ議事録に記録されるよう、数名の上院議員に協力を要請するが失敗する。そこで、ニューヨーク・タイムズのニール・シーハンのもとにコピーを持ち込んだ。1971年6月13日の日曜日、ペンタゴン・ペーパーズに関する報道の第一弾がニューヨーク・タイムズに掲載される。6月15日に司法省は、記事差し止めを要求してニューヨークの連邦地方裁判所に提訴した。これに対し裁判官は、ニューヨーク・タイムズへの仮処分を認めた。これは前代未聞の出来事だった。報道を中止させるために記事差し止め命令が下されることなど、アメリカではいまだかつてなかった。
 記事の掲載が中止に追い込まれると、次にエルズバーグは文書をワシントン・ポストに持ち込む。ポスト紙はニューヨーク・タイムズが報道できなかった部分を取り上げるが、最後は同紙の報道も妨害された。しかしそんな事態を予測していたエルズバーグは文書を17に分けて、それぞれ異なる新聞社に渡していた。そしてワシントン・ポストにも記事の差し止めの命令が下ると、最初はボストン・グローブ、次にセントルイス・ポスト=ディスパッチが抜粋を掲載した。結局、全部で19の新聞社が文書を報道したことになる。一方、FBIは行方をくらませたエルズバーグの捜査を13日間にわたって続け、デトロイトニュースはエルズバーグの父親へのインタビューを行なった。共和党員でニクソンに二回投票している父親は、息子の行動を誇らしげに弁護して次のように語った。「ダニエルはあの愚かな殺戮行為を終わらせるため、自分のすべてを犠牲にしたんだ…あいつが本当に文書を新聞社に持ち込み、それを政府が犯罪行為として非難するなら大いに結構…戦場に送られるはずの若者の命を救ったのだからね」。
 6月28日、エルズバーグは当局に出頭する。連邦ビルに向かうエルズバーグに対し、「これから収監されるのはどんな気分ですか」とひとりの記者が訊ねると、「戦争を終わらせるために一緒に来ないか」という答えが返ってきた。6月29日、アラスカ州選出の民主党上院議員のマイク・グラベルは、ペンタゴン・ペーパーズを上院議会で読み上げようとして失敗すると、自分が所属する小委員会を真夜中にこっそり開催し、文書を読み上げて公開議事録に記録させてしまった。さらに彼は、数多くの未公開機密文書を記者に配布する。翌日、最高裁はニューヨーク・タイムズに有利な判決を下し、同紙ならびにワシントン・ポストは報道の再開を許可された。しかしエルズバーグは重罪容疑で懲役115年を求刑された。(②p.415~9)
 うーむ、凄い方だ。ぜひ彼を主人公とした映画を見てみたいものです。それにしても、こうした勇気あるホイッスル・ブロワーが、財務省や防衛省には一人もいないのでしょうか。
by sabasaba13 | 2018-06-07 06:29 | 映画 | Comments(0)

『ペンタゴン・ペーパーズ』 1

c0051620_2175392.jpg なぬ、スティーヴン・スピルバーグ監督があの"ペンタゴン・ペーパーズ"を映画化したそうな。しかも主演は、メリル・ストリープとトム・ハンクスの二大俳優。これは是が非でも見にいかなければ。
 そもそも"ペンタゴン・ペーパーズ"とは何か。ベトナム戦争とアメリカ政府の関係を描いた傑作ノンフィクション『ベスト&ブライテスト』(デイヴィッド・ハルバースタム 朝日文庫)から引用します。なおマクナマラとは、当時の国防長官ロバート・マクナマラのことです。
 マクナマラは、戦争の姿そのものにも?然たる思いを深めていた。アメリカの破壊力が非戦闘員に与えている苦痛に、彼は深い苦悩を感じていた。北爆のもたらす破壊状況に、彼はとりわけ注意を払っていた。
 1966年末、ニューヨーク・タイムズのハリソン・サリスベリーがハノイを訪れ、それに基づく記事を発表すると、政府は彼に激しい非難と攻撃を浴びせた。だが、マクナマラは彼の記事に深い関心を寄せ、入念にそれを読んだ。マクナマラとロバート・ケネディは、依然として親しい友人であり、1966年頃から、戦争に対する批判的な立場から情報を交換しはじめていた。マクナマラはケネディに、戦争が思うように進展していないことを伝え、ケネディはマクナマラに、戦争がアメリカ国内に与えている影響について説明した。
 この時期のマクナマラは、興味深い存在であった。あたかも彼は、二つの忠誠心、あるいは二つの耳によって引き裂かれた二重人格者であった。日中は、依然として北爆計画に参画し、仕事を終えて晩餐会に出かけては、「ハト派のために、われわれは、より多くのハト派を必要としているのです」と乾杯の挨拶をするのであった。彼は、戦争遂行機関を運営し、モントリオール演説を行い、そしてその演説をしたことを後悔するのであった。ケネディ・タイプの人間には一つのことを言うケネディ的マクナマラと、ジョンソン・タイプの人間には別のことを言うジョンソン的マクナマラの二人がいるかのごとくであった。
 1967年、戦争の前途に絶望し、挫折感を深くしたマクナマラは、1940年代にまでさかのぼるベトナム関係文書を徹底的に研究する大がかりな調査を命じた。これがやがて「ペンタゴン・ペーパーズ」として知られる報告書となるのである。その一部を読んだマクナマラは友人に語った。「ここに書いてあることを罪状に、絞首刑にされる人間が出てきても不思議ではないほどだ」 (下p.333~4)
 なおマクナマラは、ベトナム戦争に関する苦言を呈したことによって、リンドン・ジョンソン大統領によって左遷されることになります。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(オリバー・ストーン&ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)から引用します。
 マクナマラ国防長官をはじめとする政府首脳は、内心の疑問を声に出しはじめた。1967年6月、マクナマラはCIAに敵の兵力の規模をたずね、国防省のレスリー・ゲルブに1954年以降のこの戦争に関する機密報告書をまとめるよう命じた。これが後年ペンタゴン・ペーパーズとして知られるようになる報告書である。のちにこの報告書を読み始めたマクナマラは、「ここに書かれていることのせいで、縛り首になる者さえ出かねないぞ」と友人に話している。マクナマラはしだいに膨らむ疑念を大統領に伝え、さらに1967年8月の上院委員会で、爆撃しても北ベトナム政府が交渉のテーブルに着くことはないだろうと発言したためにジョンソンの怒りを買った。ジョンソンは不服従が我慢ならなかったのだ。ある側近について、彼はこんなことを言ったという。「私がほしいのはあたりまえの忠誠心ではない。本物の忠誠心だ。真っ昼間にメーシーズのショーウィンドーのなかで私のケツにキスして、バラのような匂いですと言える男でなければならない。自分を殺せる男だ」。11月、ジョンソンはマクナマラを世界銀行総裁に任命したと発表した。まもなく元国防長官になることになったマクナマラには、寝耳に水の知らせだった。(②p.325~6)
 それにしても品性下劣な大統領ですね。『沖縄は孤立していない』(乗松聡子編著 金曜日)の中で、ピーター・カズニックがこういうエピソードを紹介されています。
 1965年、ギリシャ市民が米国に支持された右翼独裁政権を転覆させ、進歩的な政権に交代させようとしていたとき、口の悪いことで知られるリンドン・ジョンソン大統領は駐米ギリシャ大使に対し激高して言った。「大使、よく聞け。議会とか憲法とかたわごとを言うな! アメリカは象だ。キプロスはノミだ。ギリシャもノミだ。2匹のノミが象をこれ以上チクチクし続けたら象の鼻でぶったたくぞ! …あんたの国の首相がこの私に民主主義だの議会だの憲法だのを偉そうに語り出したらな、やつの首も、議会も憲法も先は長くないと思え」 (p.42)
 閑話休題。そう、「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、ベトナム戦争に関するアメリカ政府の国家犯罪を暴く最高機密文書のことです。公式サイトを参考にしながら、ストーリーを紹介しましょう。
 ランド研究所のアナリストでかつてこの機密文書の編纂にも関わっていたダニエル・エルズバーグは、ペンタゴン・ペーパーズをコピーしてその一部をニューヨーク・タイムズに提供し、真実を人びとに知らしめようとします。ライバル紙のニューヨーク・タイムズに先を越され、ワシントン・ポストのトップでアメリカ主要新聞社史上初の女性発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は、残りの文書を独自に入手し、全貌を公表しようと奔走しました。しかし、リチャード・ニクソン大統領があらゆる手段で記事を差し止めようとします。政府を敵に回してまで、本当に記事にするのか…報道の自由、信念を懸けた"決断"の時は近づきます。

 好月好日、山ノ神を誘って「新宿バルト9」に行きました。最近、油絵をはじめた山ノ神、すぐ近くにあった驚愕モナ・リザで有名な画材屋「世界堂」を見つけました。上映開始まで時間があるので、入店して彼女のお買い物につきあいました。
 そして映画館へ、ほぼ満席で、本作への期待感で場内は熱気を帯びていました。さあはじまりはじまり。さすがはスピルバーグ監督、テンポの良いストーリー展開で、すぐに画面にひきつけられました。不都合な真実を隠蔽するために、手段を選ばずに報道を妨害するニクソン政権。そして新聞会社を守るために権力に屈しようとする経営者たち。その両者に敢然と立ち向かい、真実を報道しようとする記者・ベン・ブラッドリーをトム・ハンクスが熱演しています。「報道の自由を守るためには、報道することだ」という彼の言葉が耳朶を離れません。そして彼を孤立させないところが、アメリカという国の奥深さです。ジャーナリスト魂を共有する仲間や部下たち、そして営業上のライバルでありながらも、ワシントン・ポストを助けようとするメディアの連帯。「ワシントン・ポストを孤立させない」と言わんばかりに、ペンタゴン・ペーパーズを一面で報道する数多の新聞が袋からどさどさと出される場面では、涙腺がすこし決壊しました。強大な国家権力に屈せずに公正な判決を下した裁判所、その判決を知るために裁判所の前に詰めかけ、歓呼の声をあげる大群衆の姿も忘れられません。国家権力の暴走を止めるには、不屈のジャーナリスト魂、メディアの連帯、司法の独立、そして国民の支持が欠かせないというスピルバーグ監督のメッセージをしかと受け取りました。
 もうひとつ見逃せないのが、「女性の自立」という視点です。男尊女卑の雰囲気が色濃く残る当時のアメリカで、女性発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)が、報道の自由を守るために政府や経営者と戦い、それを通じて成長していく姿にも感銘を受けました。裁判所から出てくる彼女を、応援するために集まった女性たちが歓呼の声で迎える場面も心に残ります。

 公式サイトによると、スピルバーグ監督は、トランプ大統領就任45日後に「今、撮るべき作品」として、予定していた作品よりも先に本作の撮影を敢行したそうです。ジャーナリズムを攻撃するトランプ大統領に対する強烈なカウンター・パンチであり、「報道の自由」を守らなければ市民の自由や権利はかつてのように踏みにじられてしまうという警鐘でもあります。その意気やよし。
 そして『スノーデン』といい、『デトロイト』といい、本作といい、祖国が犯した歴史の恥部と真摯に向き合い、同じ過ちを繰り返してはいけないというメッセージを込めた映画を作ることができるアメリカという国の奥深さには首を垂れます。そもそも過ちを犯したことのない国家なぞ存在しません。真っ当な国か、ろくでもない国かの違いは、過ちの有無ではなく、過ちを率直に認め、教訓として学び、それを繰り返さないよう努力するかどうかにかかっています。アメリカにはまだまだ、祖国を真っ当な国にしようと尽力する、反体制・反権力の分厚い文化が息づいているのですね。羨ましい。国家の過ちを指摘する人々に罵声を浴びせ、「ぼくの国は良い国、ぼくの国は良い国、ぼくの国は良い国」と自慰にふける方々が数多いるどこかの国とはえらい違いです。

 帰りに中村屋に入って、"恋と革命の味"中村屋純印度式カリーに舌鼓を打ちながら、なぜ日本では国家権力の犯罪を暴く映画、国家権力に抗う人達を描く映画が少ないのか、山ノ神と語り合いました。足尾鉱毒事件と田中正造、関東大震災時の朝鮮人虐殺と吉野作造・布施辰治、アイヌへの差別、南京大虐殺、従軍慰安婦、餓死に追い込まれた日本兵、七三一部隊、戦後では水俣病などの公害、三里塚闘争、沖縄への構造的差別とアメリカとの密約、福島原発事故など、題材には事欠かないのに。
 国家権力や極右からの有形無形の圧力・嫌がらせ・いじめがあるだろうことは想像に難くありません。しかしそれに屈しない胆力と気力のある映画監督は必ずいると信じます。杞憂かもしれませんが、こうしたことに無関心な方々が多く観客を動員できないことが予想されるので、資金が集まらないのかもしれません。
by sabasaba13 | 2018-06-05 06:28 | 映画 | Comments(0)

『人生フルーツ』

c0051620_21382111.jpg 最近、面白い映画が目白押しです。というよりも、「週刊金曜日」「DAYS JAPAN」「しんぶん赤旗」「東京新聞」の映画評を丹念に読むようになったおかげかな。映画館に行くとまた面白そうな映画のチラシが見つかるという好循環が続いています。しかし今回は、われわれ御用達のお店、練馬駅近くの「マッシュポテト」の店員さんが強く薦めてくれた映画です。
 上映館はこちらもわれわれ御用達の「ポレポレ東中野」。映画を見た後に近くで夕食をとろうと、「食べログ」でいろいろ検索した結果、「タラキッチン」というカレー屋さんに決めました。インター―ネットで予約をして準備万端です。

 それでは公式サイトから、あらすじを転記しましょう。
 むかし、ある建築家が言いました。
 家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない。

 愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅。雑木林に囲まれた一軒の平屋。それは建築家の津端修一さんが、師であるアントニン・レーモンドの自邸に倣って建てた家。四季折々、キッチンガーデンを彩る70種の野菜と50種の果実が、妻・英子さんの手で美味しいごちそうに変わります。刺繍や編み物から機織りまで、何でもこなす英子さん。ふたりは、たがいの名を「さん付け」で呼び合います。長年連れ添った夫婦の暮らしは、細やかな気遣いと工夫に満ちていました。そう、「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」とは、モダニズムの巨匠ル・コルビュジエの言葉です。

 かつて日本住宅公団のエースだった修一さんは、阿佐ヶ谷住宅や多摩平団地などの都市計画に携わってきました。1960年代、風の通り道となる雑木林を残し、自然との共生を目指したニュータウンを計画。けれど、経済優先の時代はそれを許さず、完成したのは理想とはほど遠い無機質な大規模団地。修一さんは、それまでの仕事から距離を置き、自ら手がけたニュータウンに土地を買い、家を建て、雑木林を育てはじめました。あれから50年、ふたりはコツコツ、ゆっくりと時をためてきました。そして、90歳になった修一さんに新たな仕事の依頼がやってきます。

 本作は東海テレビドキュメンタリー劇場第10弾。ナレーションをつとめるのは女優・樹木希林。ふたりの来し方と暮らしから、この国がある時代に諦めてしまった本当の豊かさへの深い思索の旅が、ゆっくりとはじまります。
 そう、"暮らしの宝石箱"に住まいながら、平和で穏やかな暮らしを営む老夫婦のお話です。ただそれだけ。それだけなのに、何て愛おしい映画なのでしょう。つかず離れず、適度な距離感を保ちながら仲睦まじく暮らす90歳の修一さんと87歳の英子さん。野菜や果実の栽培、料理、編み物、機織りなど、手間ひまかけた手仕事にコツコツのんびりと勤しむ英子さん。家の修繕や英子さんの手伝い、得意のイラストで手紙を書いたり畑の立て札をつくったり、小さな手仕事にコツコツのんびりと勤しむ修一さん。そこには競争も、収奪も、過剰な欲望も消費も、ありません。言いかえれば、経済成長とは縁もゆかりもない暮らしです。吾唯足るを知り、協働と支え合いと思いやりに満ちた良質な暮らし。そこには、私たちがめざすべき懐かしい未来があるような気がします。

 数百年にわたって人間を呪縛してきた「経済の無限なる成長」がもはや不可能であることが明らかになりつつある現在。しかしそこから目をそむけ、弱者を犠牲にしながら経済成長をやめようとしない世界、そして何よりも日本。安倍伍長の唱える「働き方改革」とはそういうことですよね。
 無謀な経済成長を続けるのか、それともゼロ成長あるいは脱成長に転換するのか、そういう歴史的な岐路に私たちは立っていると考えます。ある方曰く、墜落か、胴体着陸か。でも最近読んだ『成長から成熟へ -さよなら経済大国』(天野祐吉 集英社新書0713)で紹介されていた先哲たちの言葉を噛み締めると、それほど酷いダメージではない胴体着陸ですみそうな気もします。
デニス・ガボール 『成熟社会-新しい文明の選択』(講談社)
 成熟社会とは、人口および物質的消費の成長はあきらめても、生活の質を成長させることはあきらめない世界であり、物質文明の高い水準にある平和なかつ人類(homo sapiense)の性質と両立しうる世界である。(p.176)

E・F・シューマッハー 『宴のあとの経済学』(ちくま学芸文庫)
 それにしても、「成長は善である」とはなんたる言い草か。私の子供が成長するのなら至極結構であろうが、この私がいま突然、成長し始めようものなら、それはもう悲劇である。(p.177)

セルジュ・ラトゥーシュ 『経済成長なき社会発展は可能か?』(作品社) 『 〈脱成長〉は、世界を変えられるか?』(作品社)
いまの消費社会は、成長経済によって支えられているが、その成長は人間のニーズを満たすための成長ではなく、成長をとめないための成長だ。(p.179)

 この有限な惑星でかぎりなき成長がいつまでもつづくと信じているのは、単なる馬鹿とエセエコノミストだけだ。が、困ったことにいまは、エセエコノミストと馬鹿ばかりの世界になっている。 (p.181)

 もし幸福が消費の度合いによって決まるものなら、われわれは十分幸福なはずです。マルクスの時代にくらべて26倍も消費しているのですから。しかし、人びとがその頃よりも26倍幸福だと感じていることを示す調査結果は皆無です。(p.181)

 脱成長のエッセンスは一言で言い表せます。『減らす』です。ゴミを減らす。環境に残すわれわれの痕跡を減らす。過剰生産を減らす。過剰消費を減らす。(p.184)

浜矩子 (朝日新聞 2012.11.24)
 (かつての日本は)欧米諸国から「エコにミックアニマル」と言われました。
そのころの日本経済は「フローはあるが、ストックがない」とも言われていました。平たく言えば、フローは「勢い」、ストックは「蓄え」です。勢いは「経済成長率」「経済成長力」、蓄えは「富」「資産」と言い換えてもいいと思います。
 (…) (あのころから見ると)確かに、いまの日本に勢いはなくなっている。しかし、蓄えは世界で最大規模に到達しました。交通網の充実ぶりなど、生活インフラのレベルの高さを見ても、成熟度はすさまじい。
 ここまで成熟した日本が、経済規模において中国に抜かれて2位から3位になるのは当たり前です。成熟を受け止めて、それにふさわしい展開を考えていく必要があります。(…) 私はこれを老楽(おいらく)国家と名付けたい。「老いは楽し」という精神性の中で成り立つ国家です。成熟度を上手に受け止め、生かし、展開する。老楽国家を成り立たせる概念は二つあると思います。一つ目は「シェアからシェアへ」、二つ目は「多様性、まさにダイバーシティーと包摂性の出あい」。包摂性は包容力と言っても良いでしょう。
 シェアという言葉で、一定の年齢より上の世代の人に思い浮かぶのは「市場占有率」になると思います。(…)
 シェアには、これと相反する意味もあります。友だちとご飯をたくさん注文してシェアするというときの「分かち合い」です。老楽国家では、奪い合いのシェアから、分かち合いのシェアへの切り替えが必要です。
 「多様性と包摂性の出あい」は、頭の中に座標平面をイメージしてください。縦軸が包摂性で、上に行くほど包摂性が高い。横軸が多様性で、右に行くほど多様性が高くなります。包摂性も多様性も高い、右上の第1象限が理想郷です。我々はそこに行きたいのです。
 グローバル時代に、ここまで成熟した経済社会は日本しかない。(…) 我々はグローバル時代という舞台で老楽国家の華麗な姿を見せることができる。(p.186~8)
 脱成長の時代に、地域はどうやって存続することができるかを描いた映画が『おだやかな革命』であり、個人はどう暮らしを楽しめるかを描いた映画が本作品だと思います。先哲の言葉を借りれば、生活の質、人間のニーズ。ゴミを減らし、環境に残すわれわれの痕跡を減らし、過剰生産を減らし、過剰消費を減らす。老楽、多様性と包摂性。
 「経済成長」という幻想をふりまき、自然と弱者を踏みにじりながら、より豊かになろうとする強者。そのおこぼれにあずかれると信じこみ、強者による経済運営を支持する弱者。「そろそろ目を覚ましたら?」という、二人の声が聞こえてきませんか。いい映画でした。

 映画を見終わり、予約をした「タラキッチン」へ。映画の感想を話し合いながら、美味しいカレーや、ナンや、タンドーリチキンや、カバブを納得のゆくお値段で堪能しました。新たなご用達のお店となりそうです。
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 東中野銀座商店街を駅へと歩いていくと、「ル・ジャルダン・ゴロワ」というちょっと気になるお店がありました。何の変哲もない普通の店構えなのですが、ショーウィンドウに並べられているのは美味しそうなフランス菓子と惣菜。値段もそれほど高くはありません。タルトの詰め合わせを購入して、帰宅後珈琲とともに食べましたが…言葉にできないのがもどかしいほどの美味しさ。こちらもご用達となりそうです。
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 良い映画と、美味しいカレー、美味しいタルト、そして気の合う伴侶。こういう一日に出会うと、長生きがしたくなります。
by sabasaba13 | 2018-04-27 06:26 | 映画 | Comments(0)

『花咲くころ』

c0051620_19465643.jpg 『おだやかな革命』を観た後、東中野駅からふたたび都営地下鉄12号線に乗って新宿へ、都営地下鉄新宿線に乗り換えて神保町へ。岩波ホールで『花咲くころ』を観ようと思いますが、上映まで小一時間あるので付近で昼食をとることにしました。「さぼうる」「さぼうる2」「キッチン南海」はいずれも長蛇の列ができているのでパス、「揚子江飯店」か「ろしあ亭」で食べようかなと思っていたら、幸いなるかな「スヰートポーヅ」の席が空いていました。やったあ。ひさしぶりに至高の餃子を堪能いたしました。
 それでは『花咲くころ』を観に岩波ホールに行きましょう。まずは公式サイトから引用します。
 1992年春、独立後に起こった内戦のきな臭さが残るジョージア(グルジア)の首都トビリシ。父親が不在のエカは母親と姉の干渉に反発を感じている。親友のナティアの家庭はアル中の父親のためにすさんでいた。生活物資は不足しがちで配給には行列ができているが、ふたりにとっては楽しいおしゃべりの時間だった。ナティアはふたりの少年から好意を寄せられている。ある日、ナティアはそのひとりラドから弾丸が入った銃を贈られた…
 監督はジョージア出身のナナ・エクフティミシュヴィリとドイツ出身のジモン・グロスで、エクフティミシュヴィリ監督の少女時代の思い出をもとにつくられた映画です。
 1991年にソ連邦から独立後に次々と起きた内戦や紛争、社会と経済への大きな打撃、それらに翻弄される民衆の様子が、スクリーンを通してリアルに伝わってきます。直接の戦闘シーンはないのですが、内戦が社会にもたらす傷、人々にもたらす困苦がよくわかりました。失業、食料不足、アルコール中毒、暴力など、戦争が招来する不毛さには慄然とします。それだけに、そうした困難な状況の中で、凛として生きる主人公エカの姿が印象的でした。たとえば、ジョージアでは略奪婚という慣習が一部に残っているのですね。衆人の眼前で親友のナティアが車で連れ去られますが、見て見ぬふりをする大人たちをエカは激しく詰ります。また彼女の結婚披露宴に招かれて見事な民族舞踊を踊り、まるで無言の抗議をしているかのようなエカの姿には魅かれました。エティアから「これを使っていじめっ子を脅しなさい」と銃を渡されながらも、そのいじめっ子が大人に暴力をふるわれていると、その銃を使って彼を助けるエカ。その瑞々しい正義感に心打たれます。エカ役を演じたリカ・バブルアニは素人から抜擢されたそうですが、素晴らしい演技ですね。
 もっとも印象に残ったのは、降りしきる驟雨のなか、エカとエティアが溌剌と駆けぬけるシーンです。"希望"が少女の形姿となって、驟雨という困難な状況にもかかわらず、未来へ向かって軽やかに疾駆しているような気がしてきました。パンドラの箱を開けた私たちに残されたただ一つの希望、それは若者。
by sabasaba13 | 2018-03-14 06:26 | 映画 | Comments(0)

『おだやかな革命』

c0051620_14233095.jpg 山ノ神がインフルエンザにかかって寝込んでしまいました。しかも花粉症との二重苦、甲斐甲斐しく…でもありませんが、ま、それなりに看病してやっと小康状態となりました。よかった。実はどうしても見たい映画が二本あるのですが、仕事の関係でこの日にしか見に行けません。彼女も快く承諾してくれたので、無情ですが一人で梯子をすることにしました。すまん。許してくれ。
 その二本とは、ポレポレ東中野で上映されている『おだやかな革命』と、岩波ホールで上映されている『花咲くころ』です。まずは都営地下鉄12号線に乗って、東中野駅で下車。地上に出てちょっと歩くと、すぐポレポレ東中野に到着。公式サイトから引用します。
 原発事故後に福島県の酒蔵の当主が立ち上げた会津電力。放射能汚染によって居住制限区域となった飯館村で畜産農家が立ち上げた飯館電力。岐阜県郡上市の石徹白、集落存続のために100世帯全戸が出資した小水力発電。さらに首都圏の消費者と地方の農家、食品加工業者が連携して進めている秋田県にかほ市の市民風車。自主自立を目指し、森林資源を生かしたビジネスを立ち上げる岡山県西粟倉村の取り組み、都市生活者、地方への移住者、被災者、それぞれのエネルギー自治を目指すことで、お金やモノだけでない、生きがい、喜びに満ちた暮らしの風景が生まれている。成長・拡大を続けてきた現代社会が見失った、これからの時代の「豊かさ」を静かに問いかける物語。
 パンフレットの巻頭にある、渡辺智史監督の言葉も引用します。
 今の日本社会が抱えている様々な矛盾は、一見すると解決が困難にも思えることばかりです。でもそれらが意外にも「暮らしの選択」という身近なキーワードから解決していけるのではないか、そこにこそ確かな希望があるのではないかと思うのです。本映画には自らの手で仕事や暮らしを作っていく人々が手を携えながら、新しい時代を切り開いていこうとする姿が描かれています。その先には、これまでの拡大・成長を追い求めてきた時代が見失った「本当の豊かさ」が見えてくるはずです。ワクワクや共感によって動く新しい時代は、もう始まっています。この映画の上映を通して、全国各地で皆さんと一緒に「おだやかな革命」の動きを作っていきたいと思います。
 過疎に悩む僻地の町や村を描いた、ほんとうに地味な、地味な映画です。そこに生き暮らしている人たちは、何とかしてふるさとを維持し、子孫に残そうと必死に思い悩みます。思うに、ひとつの選択肢として国家や資本に依存するという道があるかと思います。核(原子力)発電や軍事基地など「迷惑施設」を受け入れて国家の経済的援助に頼る、あるいは企業を誘致して資本に頼る。しかしこの道がいかに危険と背中合わせなものかは、福島や水俣が例証しています。この映画に登場する地域は、そうした安易で危険な選択肢は選びません。経済発展や経済成長を求めず、自然再生エネルギーで地域の需要を賄いながら、みんなで手を取り合って、生きるための生業を見つけ出し、つくりあげていく。国家や資本にふりまわされることなく、弊履の如く捨てられることなく、ふるさとと自然を子孫に伝え残すためですね。みんなでお金を出し合い、協力して水車や小さな水力発電を設置する、地域に合った食材をつくり調理して提供する、伝統的な作業着をファッションとして再生する、付近の山林でとれる木々で家具や楽器をつくる。さまざまな取り組みが映像を通して伝えられます。いちばん心に残ったのは、みなさんの仲が良いこと、そしてその表情が明るく楽しそうだということです。考えてみれば、経済成長というのは、究極のところ、「今だけ、金だけ、自分だけ」ということでしょう。お金以外の価値を認めず、未来と他者を犠牲にして、富を奪い合う。それに対してこの映画に登場する人たちは、富を分かち合い、未来と他者のために働き工夫し努力する。みんなの喜びは私の喜び、私の幸せはみんなの幸せ、♪When you're smilin' When you're smilin' The whole world smiles with you♪ 見ているうちに微笑みがこぼれてくるような、素晴らしい映画でした。お薦めです。

 なお、タイトルにある"革命"というのは少し大仰ではないのかな、と思いましたがさにあらず。映画の見た後にたまたま読んだ『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(水野和夫 集英社新書0883)によって蒙を啓かれ、こうした町や村の試みは"革命"に値するものだとあらためて感銘を受けました。水野氏の分析を紹介しましょう。13世紀初頭に始まった資本主義が、いま、終焉を迎えています。利潤をもたらしてくれるフロンティアを求めるために地球の隅々にまでグローバリゼーションを加速させてきた結果、地球が有限である故、その臨界点に達し、膨張が収縮に反転しているのが現在です。この危機において、資本は、わずかでも利潤を得るためになりふりかまわぬ暴走を始めています。大は内外両面で猖獗を極める格差と貧困、小はデータをごまかしてまで安倍政権と財界が成立させようとした裁量労働制、いずれも資本主義の断末魔の叫びでしょう。
 それではこれからどうすればよいのか。水野氏は、成長至上主義と決別し、定常状態(ゼロ成長)への移行を遂げねばならないと主張されます。そのためにクリアするべきハードルは三つ。第一のハードルは、財政の均衡です。第二のハードルは、再生可能エネルギーを国産化し、自給率を高めていくこと。そして第三のハードルは地方分権です。「閉じた経済」のなかで、できるだけ地域に密着した教育機関や企業、金融機関を充実させていくこと。(p.237~40)
 そう、映画に登場する人びとは、この第二・第三のハードルをクリアしようとしているのですね。日本では150年続いた、西欧では800年続いた経済成長至上主義(教?)が終わった後の暮らしを構想し実践する。これを革命と言わずして、何と呼ぶべきでしょう。しかも暴力や激情にとらわれずに、みんなで仲良く助け合いながら進める『おだやかな革命』。小さいけれども、大きい映画です。
by sabasaba13 | 2018-03-13 06:27 | 映画 | Comments(0)

『デトロイト』

c0051620_19502188.jpg 先日、ユナイテッドシネマとしまえんで、山ノ神と一緒に映画『デトロイト』を観てきました。まずは公式サイトから引用します。
 1967年、米史上最大級の暴動勃発。街が戦場と化すなかで起きた"戦慄の一夜" 1967年7月、暴動発生から3日目の夜、若い黒人客たちで賑わうアルジェ・モーテルに、銃声を聞いたとの通報を受けた大勢の警官と州兵が殺到した。そこで警官たちが、偶然モーテルに居合わせた若者へ暴力的な尋問を開始。やがて、それは異常な"死のゲーム"へと発展し、新たな惨劇を招き寄せていくのだった…。
 そう、1960年代は、キング牧師とマルコムXによる公民権運動など、人種差別に反発する黒人の運動が激化した時代でした。(マルコムXは1965年に、キング牧師は1968年に暗殺) その背景には、ヴェトナム戦争・軍拡競争・アポロ計画による莫大な出費が、黒人をさらなる貧困へと追い込んだことによります。最近読んだ本から、いくつか引用します。
 …ジョンソンの続けている非道な戦争とアメリカ社会に与えるゆがんだ影響にうんざりする国民は増え続けた。黒人運動は、反乱と呼んでよいほど激しくなった。数年前から都市部を揺さぶっていた暴動は、ついに1967年の夏、それまで静観していた国民を立ち上がらせる。二日以上続く大規模暴動が25件、小規模暴動が30件勃発した。町は炎が上がり、血が流れた。ニューアークで26人、デトロイトで43人のアフリカ系アメリカ人が警官隊および州兵部隊に殺害された。(『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』 オリバー・ストーン&ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫 ②p.327~8)

 同時に、市民権運動そのものも、変化を見せ、黒人の不満は一段と募っていった。とくに北部の都市を中心に、激しい怒りが巻き起こった。焦燥と憎しみが広まる中で、これまでの伝統的な指導者は、わきにおしやられた。ハーレム、ローチェスター、ジャージー・シティ、フィラデルフィアのゲットーで暴動が発生し、やがてその火の手は、他の都市に広がった。ゲットーが焼け、燃える中で、これまでの市民権運動は終わりを告げはじめた。
 マルコムXのように、最も疎外され、最も傷ついた人びとが指導者として登場する。彼らは、法律上の差別ばかりでなく、アメリカ社会の構造そのものを攻撃したのである。問題は、黒人問題ではないのだ、と彼らは言った。問題は白人問題である。自分たちは、仲間入りしたいのではない。われわれは、出て行きたいのである。黒人救済計画など、笑い草だ。黒人社会がこのように変化する中で、白人権力社会との協力者と見なされた指導者たちは、やがてその信用を失っていくのである。(『ベスト&ブライテスト』 デイヴィッド・ハルバースタム 朝日文庫 中p.396)

 戦後世界の二大強国のあいだで科学技術の精華を競ったように見えたそのレースは、実際には、ミサイル技術の優劣を競う軍事競争であり、同時に大国間の国家威信をかけたつばぜり合いであった。20世紀後半には、国家間の科学技術の優劣は、国家の産業力・文化力の優劣であると同時に、軍事力と政治的発言力の優劣と見なされていたのだ。それこそが、金がいくらかかってもよいから人類の月面着陸は米国が先んじなければならないと叫んで、ケネディ大統領がアポロ計画を命じた本当の理由である。しかも、その華々しい宇宙開発競争の背後では、ソ連においては慢性的経済停滞で民衆の生活が犠牲にされていたのであり、他方、米国においても、60年代後半はいくつもの都市で黒人暴動が頻発していたように、大金をつぎ込んだアポロ計画のかげで黒人は差別と貧困のなかに放置されていた。(『近代日本一五〇年 -科学技術総力戦体制の破綻』  山本義隆 岩波新書1695 p.ⅶ)
 また、ヴェトナム戦争において、黒人が危険な最前線に送られたことも一因のようです。奇しくもデトロイト暴動が起きた1967年に徴兵を拒否した、プロボクシングの世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ(旧名カシアス・クレイ)が、こう語っています。
 ルーイヴィルではいわゆるニグロの人々が犬並みの扱いを受けているのに、なぜやつらは俺に軍服を着て、1万マイルも離れたところに行き、ヴェトナムの茶色の人々に爆弾や銃弾を浴びせろなんて言うんだ? もし戦争に行くことが2200万の俺の仲間に自由と平等をもたらすと思ったら、俺を徴兵するまでもないぜ。俺は明日にだって入隊するよ。だが、俺は国の法律かアラーの掟のどちらかに従わなければならないんだ。俺は自分の信念に従っても、何も失うものはないんだ。だから俺は牢獄に入るよ。俺たちは400年も牢獄暮らしをしてきたんだからな。(『モハメド・アリ その生と時代』 トマス・ハウザー 岩波現代文庫 上p.283~4)
 私の大好きな音楽シーンで言えば、チャールズ・ミンガスが黒人差別主義者のフォーバス知事を皮肉りからかった「フォーバス知事の寓話」を発表したのが1960年。公民権運動の愛唱歌となった「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」がサム・クックによって発表されたのが1964年、「自由になりたい」がニーナ・シモンによって発表されたのが1967年でした。

 前口上が長くなりましたが、そのピークとも言うべきデトロイト暴動をキャスリン・ビグローが映画化した作品です。何といっても、その迫真的なリアリティに圧倒されました。ところどころで挿入される実写フィルム、ぶれ、揺らぎ、傾くカメラ・ワーク。まるでその場に居合わせて暴動を目撃しているような臨場感です。黒人たちの、絶望的な怒りがびしびしと伝わってきます。
 事件のきっかけは、アルジェ・モーテルの一室で、ある黒人青年が面白半分におもちゃの拳銃を発砲したことでした。かけつけた白人警官たちは、実弾を撃った黒人が必ずいるという予断のもと、居合わせた黒人男性や白人女性を自白させるためにあらゆる手を使って追い詰めていきます。暴力、脅迫、侮辱、そのおぞましさには息を呑みましたが、レイシストの白人警官に扮したウィル・ポールターが圧巻の演技でした。そして…
 この映画のテーマは、差別と暴力だと感じました。その醜さとおぞましさを徹底的に描くことによって、アメリカから、いや世界から差別と暴力をなくしたいという監督の想いが伝わってきます。

 それにしても、アメリカの恥部を暴いたこの映画をつくり公開できたということは凄いことですね。敬意を表します。『明治維新150年を考える』(集英社新書)の中で、映画監督の行定勲氏がこう言われていました。
 映画は闇に光を当てて、そこに何が映っているか、それを観るものです。一番重要なのは闇であって、そこに手を突っ込んで切り開いていかないといけない。(p.144)
 アメリカには、そうした闇から眼をそむけない人びとがいて、それを許容する文化があるということだと思います。長文ですが、『「戦後80年」はあるのか』(集英社新書)から、内田樹氏の一文を引用します。
 アメリカが超覇権国家たりえたのは、これは僕の全く独断と偏見ですけれども、彼らは「文化的復元力」に恵まれていたからだと思います。カウンターカルチャーの手柄です。
 70年代のはじめまで、ベトナム戦争中の日本社会における反米感情は今では想像できないほど激しいものでした。ところが、1975年にベトナム戦争が終わると同時に、潮が引くように、この反米・嫌米感情が鎮まった。つい先ほどまで「米帝打倒」と叫んでいた日本の青年たちが一気に親米的になる。この時期に堰を切ったようにアメリカのサブカルチャーが流れ込んできました。若者たちはレイバンのサングラスをかけて、ジッポーで煙草の火を点け、リーバイスのジーンズを穿き、サーフィンをした。なぜ日本の若者たちが「政治的な反米」から「文化的な親米」に切り替わることができたのか。それは70年代の日本の若者が享受しようとしたのが、アメリカのカウンターカルチャーだったからです。
 カウンターカルチャーはアメリカの文化でありながら、反体制・反権力的なものでした。日本の若者たちがベトナム反戦闘争を戦って、機動隊に殴られているときに、アメリカ国内でもベトナム反戦闘争を戦って、警官隊に殴られている若者たちがいた。アメリカ国内にもアメリカ政府の非道をなじり、激しい抵抗を試みた人たちがいた。海外にあってアメリカの世界戦略に反対している人間にとっては、彼らこそがアメリカにおける「取りつく島」であったわけです。つまり、アメリカという国は、国内にそのつどの政権に抗う「反米勢力」を抱えている。ホワイトハウスの権力的な政治に対する異議申し立て、ウォール街の強欲資本主義に対する怒りを、最も果敢にかつカラフルに表明しているのは、アメリカ人自身です。この人たちがアメリカにおけるカウンターカルチャーの担い手であり、僕たちは彼らになら共感することができた。僕たちがアメリカ政府に怒っている以上に激しくアメリカ政府に怒っているアメリカ人がいる。まさにそれゆえに僕たちはアメリカの知性と倫理性に最終的には信頼感を抱くことができた。反権力・反体制の分厚い文化を持っていること、これがアメリカの最大の強みだと僕は思います。(p.58~60)
 さて、私たちは歴史の闇を見つめることができるのでしょうか。文化を復元させる力があるのでしょうか。関東大震災時における虐殺を描く映画がつくられたら、その証左の一つになると思うのですが。
by sabasaba13 | 2018-03-05 08:14 | 映画 | Comments(0)

『否定と肯定』

c0051620_6341437.jpg 竹橋の国立近代美術館で「熊谷守一展」を見て、竹橋駅から地下鉄東西線に乗って飯田橋駅へ、地下鉄有楽町線に乗り換えて有楽町駅に着きました。そして「TOHOシネマズシャンテ」で、映画『否定と肯定』を見ました。監督はミック・ジャクソン、公式サイトから、あらすじを転記します。
 1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学でユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)の講演が行われていた。彼女は自著「ホロコーストの真実」でイギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)が訴える大量虐殺はなかったとする"ホロコースト否定論"の主張を看過できず、真っ向から否定していた。
 アーヴィングはその講演に突如乗り込み彼女を攻め立て、その後名誉毀損で提訴という行動に出る。異例の法廷対決を行うことになり、訴えられた側に立証責任がある英国の司法制度の中でリップシュタットは"ホロコースト否定論"を崩す必要があった。彼女のために、英国人による大弁護団が組織され、アウシュビッツの現地調査に繰り出すなど、歴史の真実の追求が始まった。
 そして2000年1月、多くのマスコミが注目する中、王立裁判所で裁判が始まる。このかつてない歴史的裁判の行方は…
 裁判を描いた映画には、シドニー・ルメット監督の『十二人の怒れる男』、ビリー・ワイルダー監督の『情婦』、周防正行監督の『それでもボクはやってない』といった傑作がありますが、それらに勝るとも劣らない映画でした。
 まずは裁判ドラマとしての面白さを堪能しました。直情径行・猪突猛進型の主人公と、冷静沈着・理路整然型の英国弁護士たちの、丁々発止としたやりとりが面白い。自ら法廷に立ったり、強制収容所生存者に証言をしてもらったりして真っ向勝負を挑もうとする主人公を、弁護団は窘めます。一緒に土俵に立って相手のペースに乗せられてはいけない、その主張の荒唐無稽さを実証的に論駁するべきだとして、綿密な戦略を練る弁護団。はじめはぎくしゃくしていた両者の歯車が、やがて噛み合い、一致団結して歴史修正主義者に立ち向かっていく様子には軽い興奮を覚えました。またアーヴィングの日記を提供させて精査し、実際にアウシュビッツまで行って調査するなど、確実な証拠を集めようとする弁護団の努力もよく描かれていました。イギリスには裁判の準備と戦略を練る事務弁護士と、法廷で弁論に立つ法廷弁護士という役割分担があるそうですが、後者のリチャード・ランプトンを演じたトム・ウィルキンソンが実にいい味を出していました。ワインを紙コップで飲むなど、飄々とした好々爺然としているのですが、法廷での舌鋒鋭い弁論には見惚れてしまいました。また犠牲者のために闘う決意を秘めるためでしょうか、アウシュビッツで鉄条網の破片をポケットにしのばせるところも実に良いシーンでした。
 もう一つの重要なモチーフが、歴史修正主義者への批判です。さまざまな手練手管を用いて真実をねじ曲げる歴史家デイヴィッド・アーヴィングの下劣さを、ティモシー・スポールが見事に演じていました。(山ノ神が「ハリー・ポッター」に出てた、と呟く) そしてこの映画のほんとうの主人公は、"Post Truth"、客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況なのかもしれません。裁判所に向かうリップシュタットに罵声を浴びせ、アーヴィングを歓呼の声で迎える群衆の姿に慄然としました。「私たちはこう戦った。あなたはどう戦う?」というリップシュタットと弁護団の静かな声が耳朶に響きます。

 従軍慰安婦、南京大虐殺、沖縄戦などに関する歴史修正主義者が跋扈する現今の日本。また陰に陽にそうした動きを鼓舞する首相と政党が支持される日本。さあ、どうすればいいのか、この映画がひとつのヒントになると思います。

 たまたま持参していた『暴政 20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー 慶應義塾大学出版会)に次の一節がありました。
 真実である事実を放棄するのは自由を放棄することです。仮に何一つ真実たりうるものがなかったら、誰一人権力を批判できないことになってしまいます。批判しようにも根拠がなくなるからです。仮に何一つ真実たりうるものがなかったなら、すべては見せ物になってしまいます。誰よりもふんだんに金を使った者が、誰よりもよく人々の目を眩ますことができるのですから。(p.60)
 『週刊金曜日』(№1166 17.12.22/18.1.5)の中で、放送作家の町山広美氏が、この映画を見てこうコメントをされていました。
 歴史修正主義者の体質をよく描いています。映画を観てわかるのは、歴史修正主義者って、そうではないと私たちが思うほど、深く考えてはいない。充分な知識がなくても発現する。あの人たちはそれを勇気だとか、自分のパワーだとかと思っているんです。チキンレースだか度胸試しを勝手に始めて、勝手に勝ったつもりでいる。だから自信満々。(p.28)
 そして購入した映画パンフレットにおさめられていた木村草太氏(憲法学者)による「ディナイアル」というエッセイもたいへん参考になりました。長文ですが、後半部分を引用します。
 映画にある通り、彼らは「証拠」を無視するわけではない。文書の中から自分に有利な部分だけを取り出したり、外国語を翻訳したりして、自説の「証拠」だとする。オーソドックスな研究者にまとわりつき、無視されると「あいつは自分に対して有効に反論できなかった」と吹聴する。アウシュビッツの生存者に対しては、「ガス室のドアがあったのは左か右か」といった些事を質問し、言い間違いや記憶違いを引き出して侮辱する。
 彼らの口撃は、熱心でしつこい。そのエネルギーをボランティア活動に注ぎ込めば、社会はだいぶ豊かになるだろうに。なぜ彼らは、非生産的な活動にそこまでエネルギーを費やすのか。
 否認の背景には差別感情がある。ユダヤ人や中国人に対して差別感情を持つ人々は、ホロコーストや南京大虐殺の否認を喝采するだろう。差別主義者という歪んだコミュニティーではあっても、その中で上り詰めれば、それなりの「名誉」を獲得する。出版や講演を通じて、経済的にも得をする。政治家にとっては票にも結び付く。これだけの見返りがあれば、彼らが熱心になるのも当然だ。
 しかし、否認は、人権の理念、学問的誠実さ、一般社会での道徳など、ありとあらゆる人間的な徳目に反する。それを防ぐには、どうしたらよいのか。
 この映画は、メディアによる「両論併記」に大きな問題があることを示唆している。確かに、誠実に学問的検討をして議論が分かれる場合には、双方の主張を吟味することが不可欠だ。しかし、ホロコーストの否認と歴史学の一般的見解とを併記すれば、前者が後者と並び立つ重要な見解であるような錯覚を与えるだろう。弁護団は、リップシュタットとアーヴィングを、同じ土俵に立たせなかった。これこそが正しい対応なのだ。
 2015年夏、集団的自衛権行使容認の合憲性をめぐり、日本の憲法学者の見解は、違憲9対合憲1程度に分かれたと言われる。しかし、1対1の割合で「両論併記」するメディアも多かった。議論の質や比率を無視した「両論併記」は、公正でも中立でも誠実でもない。
 私は当時、集団的自衛権の行使は合憲だとする論拠をネッシーに例え、「ネッシーを探すよりも、『ネッシーはいる』と主張する有名人を探す方が簡単だ」と解説した。ネッシーがいる証拠を示せなくても、ネッシー学者の主張を毎日聞いていれば、大衆はネッシーの存在に親近感を覚えるようになるだろう。メディアには専門家を称する人々の主張内容を検証し、取捨選択するリテラシーが求められている。
 映画の結末において、リップシュタットは裁判に勝った。しかし、予想した通り、アーヴィングは裁判の正当性をも否認し、メディアで荒唐無稽なネッシー学説をまくしたてる。
 ネッシー学説を喝采する聴衆がいる限り、販売部数や視聴率あるいは広告収入を追い求めるメディアは、ネッシー学説を言論空間から追い出さないだろう。こうした現象を止められるのは、一般の人々だけだ。一般の人々の知的誠実さが、ネッシー学説に敢然とNOを突き付けられるか。社会の未来は、一般の人々にかかっている。(p.7)
 充実した一日が終わりました。さあそれでは帰りましょう。地下鉄有楽町駅に下りようとすると、眼前に北海道のアンテナ・ショップがあったので入店。今年の北海道旅行で購入していたく美味しかった町村農場特製バターを売っていたのには感激。さっそく購入、明日は美味しいバター・トーストが食べられます。
 地下鉄への階段のところにいたホームレスの方から、心優しい山ノ神が『ビッグイシュー』を購入。地下鉄の中で読ませてもらうと、今年刊行されたお薦め本が紹介されており、ウィリアム・メレル・ヴォーリズを描いた小説『屋根をかける人』(門井慶喜 角川書店)と『ジャック・プレヴェール詩集』(小笠原豊樹 岩波文庫)が目にとまりました。これは買いですね、家に着いたらすぐにインターネットで注文しましょう。
 そして池袋駅で途中下車して、東武デパート内にある「鼎泰豐」に入り、小籠包に舌鼓を打ちました。

 というわけで、良い絵、良い映画、良い本、美味しい食事に恵まれた、村上春樹氏曰く"小確幸(小さいけれど確固たる幸せ)"に満ちた一日でした。
by sabasaba13 | 2018-01-18 06:34 | 映画 | Comments(0)

『私が殺したリー・モーガン』

c0051620_627361.jpg えっ、リー・モーガンを描いた映画『私が殺したリー・モーガン』が上映されている! 驚き桃の木山椒の木、狸に錻力に蓄音機ですね。若き名ジャズ・トランぺッターとして大活躍をしますが、妻に射殺されるという悲劇的な最期をとげたリー・モーガン。「キャンディ」「ザ・サイドワインダー」「ソニック・ブーム」という三枚のCD、サイドマンとして参加した「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」「ケリー・グレイト」「ブルー・トレイン」を持っていますが、ときどきその輝かしい音色とエキサイティングなアドリブに耳を傾けます。その彼の死に至るまでの人生を描いたドキュメンタリー映画、さっそく山ノ神を誘ってアップリンク渋谷に見に行きました。
 監督はカスパー・コリン、公式サイトから紹介文を引用します。
 今なお深く傷を遺す、「ジャズ史上最悪の悲劇」の愛と哀しみに迫る。
 若干18歳で名門ブルーノート・レコードからデビューするなど稀なる才能で駆け上がったスターダム。ドラッグでの転落。二人三脚で救い出したひと回り歳上の女性ヘレンとの出会い。そんな二人に対するミュージシャン仲間からの温かい眼差し、評価。その関係を崩壊させる新恋人の登場と凶行―。
 銃と運命の引き金を引いた内縁の妻ヘレン・モーガンが最晩年に残した唯一のインタビューに、友人や関係者たちの証言を加え、リーとヘレンをとりまく周囲の人間模様と変化が徐々に明らかになる。
 ヘレン・モーガンが通う市民学校の教員が、事件の経緯に興味をもち彼女にインタビューをし、テープに録音します。その直後に彼女は亡くなってしまうのですが、そのインタビューを軸に、仲間のジャズメンや知人のインタビュー、実写フィルムをまじえながら二人の人生を再現していきます。まずインタビュイーが凄い、ビリー・ハーパー、ジミー・メリット、ベニー・モウピン、ウェイン・ショーターといった錚々たるジャズメンが登場します。ウェザー・リポートのファンなもので、ちょっとお腹が出ていたとはいえ、ウェイン・ショーターが登場したときには、風景が涙で揺すれてしまいました。
 十代にして婚外子二人を出産し、苦労に苦労を重ねてようやく自立したヘレン。若干18歳でディジー・ガレスピーに見出され、同年ブルーノート・レコードより『Lee Morgan indeed!』でデビューし、クリフォード・ブラウンの再来とも呼ばれたリー。しかし彼は麻薬に溺れていきます。母と息子ほど歳が離れた二人は知りあいとなりますが、とある厳冬のニューヨーク、リーが突然ヘレンのもとを訪れます。麻薬を買うためにコートを質に入れたので、ジャケットしか着ていないボロボロのリーを見て、ヘレンは救いの手を差し出します。さまざまな援助やマネージャーとしてのサポートなどで、リーは立ち直っていきました。ウェイン・ショーターが、「彼女は、ミュージシャンとして、人間として彼を立ち直らせた」という言葉に胸がジンとしました。
 しかし、リーはジュディス・ジョンソンという女性と逢瀬を重ね、彼の心はヘレンから離れていきます。そして1972年2月18日、NYのジャズクラブ「スラッグス」での演奏中、その2ステージ目と3ステージ目の合間の休憩時間に、ヘレン・モーガンが彼を拳銃で撃ちます。大雪のため救急車の到着が遅れ、ベルビュー病院に移送されましたが間もなく死亡が確認されました。

 何とも悲しくやるせない話です。殺人を擁護する気はありませんが、我が子のようにリーを愛したヘレンの気持ちが痛い程伝わってきます。せめてもの救いは、彼の素晴らしい演奏が、録音や画像で数多く残されていることです。いま、「ソニック・ブーム」を聴きながらキーボードをたたいていますが、輝かしい音色、天馬空を駆けるようなハイトーン、泉のように湧きいでるメロディに耳を奪われます。映画に挿入される実写フィルムにも躍動的な演奏、子どものような笑顔、お道化た仕草が映しだされ、心躍りました。

 リー・モーガンという素晴らしいミュージシャンがいたことを、そして彼を愛したヘレン・モーガンという女性がいたことを教えてくれる映画です。

 なお映画のなかで、ジミー・メリットが作曲した「アンジェラ」という曲が演奏され、黒人解放運動のために逮捕されたアンジェラ・デイヴィスという女性を激励するためにつくられたという説明がありました。不学にしてこの女性について知りませんでしたので、『コトバンク』の「20世紀西洋人名事典」で調べてみました。
アンジェラ・デイヴィス Angela Yvonne Davis 1944.1.26 -
 米国の黒人政治運動家。アラバマ州バーミングハム生まれ。10代から母親と共に公民権運動に参加する。1961年にブランダイズ大学で学んだ後に、パリ、ドイツに留学した。帰国後'68年に米国共産党に入党。'69年UCLA哲学科助教授となるが共産党員であることを理由に解任される。'70年に黒人運動団体ソルダット・ブラザース事件で逮捕されるが、国際的な支援運動が実り、無罪判決を得る。'80年に共産党から副大統領候補として出馬をしている。'85年には国連婦人の10年ナイロビ会議に出席した。
 アフリカ系アメリカ人への差別、その結果としての貧困が、この悲劇の背後にあったと暗示しているのかもしれません。でも麻薬には手を出してほしくなかった。ビリー・ホリデイがこう言っています。
 麻薬をやって、ジャズがうまくなるはずがない。もしそんなことをいう先輩がいたら、麻薬についてビリー・ホリデイ以上に、何を知っているかとききただしてみるといい。
 余談です。若きジャズマン菊池オサムの青春を描いた傑作漫画『BLOW UP !』(細野不二彦 小学館)第2巻session 3「DESERT MOONLIGHT」にリー・モーガンが登場します。彼が雇われているキャバレーを経営する暴力団の代貸・砂田が銃で撃たれて入院、その彼に菊池オサムがプレゼントしたのが「ザ・ランプローラー」です。砂田はハーモニカでよく「月の砂漠」を吹いていたからですね。また第2巻session 10最終話「EVERY TIME WE SAY GOOD-BYE (Take 2)」ではオサムの良きライバルである混血青年・油井大明(ts)が恋人に射殺されたる場面が出てきます。リー・モーガンの悲劇を意識したのかもしれません。
by sabasaba13 | 2018-01-10 06:29 | 映画 | Comments(0)