カテゴリ:言葉の花綵( 201 )

言葉の花綵201

 血は、けっして人類の一般の事業をまえにおしすすめるために流されるのではない。反対に、人類の一般の事業は、流血にもかかわらず前進するものであって、けっして流血の結果として前進するのではない。流血の責任者はどこでもつねに、理性と真理との代表者ではなく、無知と停滞と無権利との擁護者であった。ある歴史的人物がおそるべき殺戮者であったと立証すること…は、この人物が人類の敵であったこと、この人物の示した手本がなにびとにとっても、またなにものにとっても、弁明の材料とはなりえなかったと立証することを意味する。(ピーサレフ)

 私有財産の廃止により、真の、美しい、健全な個性があらわれる。物や、物の象徴(貨幣)を蓄積するために、一生を浪費する人はなくなろう。人は、生活することになるだろう。生活するとは、この世で一番まれなことなのだ。たいていの人は存在しているだけなのだ。…現代の世界は、苦しみから、また苦しみにもとづく悩みから脱却したいと望んでいる。現代は、その方法を社会主義と科学とに頼っている。現代の目的は、個性が歓喜をとおして、自己を表現することだ。この個性は、在来のどんな個性よりも、さらに大きく、豊かで、美しくなろう。(オスカー・ワイルド)

 わたしがアントニヌス家の一員であるかぎりは、わたしの都市、わたしの国というのは、ローマであるが、わたしが人間であるかぎりにおいて、わたしの祖国は世界なのだ。(アウレリウス)

 弱い者にたいしてかくも強い国家は、病気や死の原因がむらがっている暗い工場のなかで、弱い者を保護するには無力だろう。…人間は人間を虐待し、生命の体液をすっかりしぼりとるだろう。しかし安穏無事な国家はいうのだ-「自由を黙認しよう」。そうだ。もっとも強い者が、もっとも弱い者を圧迫し、おしつぶす自由、殺人組織の自由を、である。(クレマンソー)

 なに! 諸君は一国民全体をテコにもち、自由と理性を支点にもっていながら、しかも地球をひっくりかえせないというのか! (ダントン)

 われわれがルンペンとちがって、余暇をほしがるのは、それによって自分の好きなことを、よりたくさんしたいからです。それはドレイが獣的な強制のもとに仕事をしなければならないのとは、まったくちがいます。ルンペンは余暇をむだに使ってしまいますから、みじめなのですが、われわれは、その余暇を用いて幸福になろうと思っているのです。忘れないでいただきたいのは、余暇は休息ではない、ということです。休息は睡眠のように、しなければならないものであります。本当の余暇とはわれわれの好きなことをする自由であって、なにもしないということではないのです。(バーナード・ショウ)

 私も過去の事実をのべ、未来に期待して、仕事を続けよう。(司馬遷 『史記』)
by sabasaba13 | 2020-02-18 20:05 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵200

 最初に抵抗する方が、最後に抵抗するより楽だ。(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

 こんにち、いたるところに栄えている国家をつらつら考えてみると、なさけないことに、私は、自己の利益を国家の名によって得ようとする金持たちの陰謀のほかは何も見ることができません。かれらは、まず、どうしたら不正にかき集めたものを失う恐れなく安全に保持できるか、そして次には、どうしたらできるだけ少ない金で、貧民の労力をやとって、それを濫用することができるか、ということについての、あらゆる手段と奸策を工夫し案出するのです。(トマス・モア 『ユートピア』)

 君たちが種をまく。刈りとるのは別の人だ。
 君たちが富をみつける。ためこむのは別の人だ。
 君たちが着物を織る。着るのは別の人だ。
 君たちが武器を作る。使うのは別の人だ。

 種をまけ-だが暴君に刈りとらせてはならぬ。
 富をみつけろ-さぎ師にもうけさせてはならぬ。
 着物を織れ-なまけものに着させてはならぬ。
 武器を作れ-ひっさげて君たち自らをまもるために。(シェリー 『英国の人々へ』)

 専制政治の下では祖国などない。他のものがそれに代っている。利益、栄誉、帝王への忠勤。(ラ・ブリュイエール)

 役人を選び出したり、また役人の責任を追及する最終の権威が、大衆にあるとするのは不得策だ、という理論がある。そういう論法には、なにか誤りがありそうだ。…その理由の一つは、専門家が唯一または最良の批評家でないような若干の問題、つまり生みだされた結果に対して、すぐれた専門家ではない人びとの正当な批評が許される問題が存在するからである。たとえば、家の長短を批評する役割をはたすのは、建築家だけではない。家を使う人びと、つまり居住者が実はずっとよい批評家なのだ。(アリストテレス 『政治学』)

 御領中にまかりあり候数万人の内、たとえいかに賤しき小民たりとも、一人にても餓死流亡に及び候わば、人君の大罪にて候。さりとて人君自ら御手を下し候事は成されがたく、すべて役人に御任せなされ候事ゆえ、万一行届かざることありとも、しいて人君の罪とは思召されず。下よりもまた左は存じ奉らざるより、家老は奉行の過ちとし、奉行は下役人の過ちとし、誰が罪とも定かならず…表面ばかりの取計らいにて事をすまし候。…家老、年寄の不行届きとは申すものの、実は人君の治政に御心これなきよりかく相成り候。(渡辺崋山)
by sabasaba13 | 2020-02-06 07:02 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵199

 労働階級諸君、歴史は自然との闘争である。窮乏、無知、貧困、無力、および人類が歴史の始めに登場したときの我々の状態であった、あらゆる種類の不自由との闘争である。この無力の克服の進行、これが歴史の示すところの自由の発展である。(ラッサ―ル)

 一人を殺せば、不義の行為として、必ず死罪にされる。この論法でゆくと、十人を殺すものは、十不義を重ねたのであり、十倍の死罪にしなければならず、百人を殺すものは、百不義を重ねたのであり、百倍の死罪にしなければならない。ここまでは天下の君子の誰もがわきまえている。しかし、大きく不義を犯してひとの国を攻めると、非難しないで、名誉とし、正義とする。それが不義であることを全然ご存じない。それ故に私はこの書物を書いて後の者に残す。天下の君子は、義と不義の乱れを見わけなければならないのである。(墨子)

 一世紀にわたる政治教育のおくれは、十年でとりかえせるものではない。(マックス・ウェーバー)

 人権の無視と軽侮とは、人類の良心をふみにじる野蛮行為を生じさせる。(世界人権宣言前文)

 一口にいえば、私は経験によって、この世にあるどんないいものでも、われわれがそれを使える範囲でしか、われわれにとって価値がないことを知った。(デフォー 『ロビンソン漂流記』)

 そして私は誓うのだった。私の一切の力をもってこの憎むべき元凶と、戦争と、戦うことを、それを準備しそれで生活している者どもと戦うことを、戦争の永遠のギセイ者である人民を防衛することを! (トレーズ)

 思想というものはいつになっても、ドグマにも党派にも感情にも利害にも先入見にも、どんなものにも、それが事実そのものでないなら盲従してはならない。思想にとっては、盲従することはもはや思想でなくなることだからである。(ポアンカレー)

 貧乏人があまり貧乏になりすき、金持があまり金持になりすぎると、貧乏にはどうすれがいいかをしっている。(パール・バック 『大地』)

 ひとり徒歩で旅したときほど、ゆたかに考え、ゆたかに存在し、ゆたかに生き、あえていうならば、ゆたかに私自身であったことはない。徒歩は私の思想を活気づけ、生き生きさせる何ものかをもっている。じっと止まっていると、私はほとんどものが考えられない。私の精神を動かすためには、私の肉体は動いていなければならないのだ。田園の眺め、快い景色の連続、大気、旺盛な食欲、歩いてえられるすぐれた健康、田舎の料亭の自由さ、私の隷属を思い起させる一切のものから遠ざかることが、私の魂を解放し、思想に一そうの大胆さをあたえる。(ジャン・ジャック・ルソー 『告白』)

 少数者がきわめて富み、多数者がきわめて貧しいために、人びとの心がたえず自分の富もしくは貧困を考えざるをえないような社会は、じつは戦争状態にある社会である。その戦争が公然と行われているか、もしくはひそかに行われているかは問題にならない。…こうした社会は、その内部におけるさまざまの緊張状態のために安定をうばいさられることとなるから、自由な社会ではありえない。したがって、こうした社会は恐怖にみち、理性をもって事に処する力が保証されるような雰囲気がなくなってしまう。(ハロルド・J・ラスキ)
by sabasaba13 | 2019-12-15 08:36 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵198

 残酷かつ無慈悲な敵軍に直面して、われわれの選ぶべき道は、勇敢な抵抗のみであり、しからずんばもっとも卑しい屈従しかない。ゆえにわれわれは、勝利かそれとも死か、と決意せねばならない。(ワシントン)

 動物にさまざまの種類があるように、人間にもさまざまの異なった種類がある。そして、人と人とのおたがいの関係は、異なった種類の動物と動物との、おたがいの関係によくにている。何と多くの人間が、罪のないものたちの血と命とで生きていることか! あるものは虎のように、いつも凶暴で、残忍だ。他のあるものは獅子のように、いくらか寛大らしい外観をもっている。またあるものは熊のように、粗野で貪欲だ。また狼のように、強奪をこととし、無慈悲きわまるものもあれば、狐のように、知恵才覚で生活し、ひとを欺すのを商売にしているものもある。(ラ・ロシュフコー)

 支配したり服従したりしないで、それでいて、何ものかであり得る人間だけが、ほんとに幸福であり、偉大なのだ。(ゲーテ)

 女性に完全な平等を許すことは、文明を見わける一ばん確かな目じるしであろう。そのことは人類の知力と、その幸福の可能性を二倍にすることであろう。(スタンダール)

 適当な秩序のある社会では、労働する意志のあるすべての人々には、次のことが確保されねばならぬ。第一、恥しくない適切な仕事。第二、健康にして美しい住宅。第三、心身の休息のための十分な余暇。…みなさんに考えていただきたいのだが、一方においてこの要求をみたすことが可能であると同じく、他方、現在の金権制度の下ではこれをみたすことは不可能なのだ。この金権制度はわれわれがこの要求を満足させようとするあらゆるまじめな努力を禁止する。(ウィリアム・モリス)

 つねに行為の動機のみを重んじて、帰着する結果を思うな。報酬への期待を行為のバネとする人々の一人となるな。(ベートーヴェン)

 孔子は申しました。「衆人が好んでいても必ず調べてみる。衆人が憎んでいても必ず調べてみる」と。(王安石)

 イタリアの野に草を食う野獣でさえも、穴と寝所とをもっていて、それぞれ自分の休み場としているのに、イタリアのために戦って死ぬ人びとは、空気と光のほか何ものも与えられず、妻や子供と家もなく落着く先もなくさまよい、しかも全権をにぎる将軍は戦場において、兵士に墳墓と神殿のために敵と戦えと励ましてウソをついている。実はこれほど多くのローマ人が、一人として父の祭壇も先祖の宗廟ももたず、他人の贅沢と富のために戦ってたおれ、世界の覇者と称せられながら、自分自身の土地としては土くれ一つないのだ。(グラックス兄弟)
by sabasaba13 | 2019-11-07 06:18 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵197

 あなたがこの世で見たいと願う変化にあなた自身がなりなさい。(マハトマ・ガンディー)

 平和とは、どこかで進行している戦争を知らずにいられる、つかの間の優雅な無知だ。(エドナ・セントビンセント・ミレー)

 本を読むと、いけないことをしたとき、恥ずかしいと思えるようになる。(中根東里)

 火薬玉の発明だけで、ヨーロッパ中の人民が自由を奪われたという話です。それは一発の火薬玉で降参してしまうような町人どもに城の番をさせるのは危いというのが口実になって、大名どもはたくさんの軍勢を養い、さらにこの軍勢で人民に暴圧を加えたというのです。また火薬の発明以来、難攻不落の城塞などはなくなった。つまり、不正や暴力にたいするこの世における避難所がもうなくなったわけです。私はいつも心配するのですが、人間は、最後になにか秘密を発見して、ずっと手軽に人間を殺し、人民や国全体を滅ぼしてしまうのではないでしょうか。(モンテスキュー)

 人民が無気無力にて、すこしも自由独立の精神なく、そのうえ徒らに自分一人一家の事のみこれ知って、国家公けの事の上には一向心を向けることなく、何にもかも一つに政府に委ねまかし、自分に受持つ気象がなければ、その国は弱み衰えざるということはありません。さればあのように専制の政府で、勝手気まま政をなし…民の権利を重んぜず、圧制束縛もって人民の屈従するをのみこれ図り、徒らに政府の…威光十分に輝きたるもののごときは…決してほんまの強きにあらず、盛なるにあらず、ただ民の力を弱めたるのみの事なり。(植木枝盛)

 革命を成功させるのは希望であって、絶望ではないのだ。(クロポトキン)

 人を殺すため、あるいは人に殺されるために雇われるというようなことは、人間をたんなる機械や道具として他のもの〔他の国〕の手において使用することを意味すると思われる。これは私たち自身の人格における人間性の権利におそらく合致しえない。(カント)

 婦人を遇するの道は、その高貴なる品性をはげますにあり、その賤劣なる虚栄心に訴うるにあらず。(内村鑑三)

 学問は飛耳長目の道と荀子も申し候。この国にいて見ぬ異国の事をも承り候は、耳に翼できて飛びゆくごとく、今の世に生まれて数千載の昔の事を今日見るごとく存じ候ことは長目なりと申す事に候。されば見聞広く事実に行きわたり候を学問と申す事に候ゆえ、学問は歴史に極まり候。(荻生徂徠)
by sabasaba13 | 2019-09-19 06:23 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵196

 概説を書くことが、学者の最大の義務である。(太田博太郎)

 行為の実りを求めることなく義務をはたせ。(『バガヴァッド・ギータ』)

 けれども私は自然を崇拝する側に立ちたい。(吉田博)

 私は時々考える。故に私は時々存在する。(ポール・ヴァレリー)

 分離の自由を原則としない結合は、離婚の自由を認めない結婚と同じく、何らの積極的意味を持たない強制的結合に過ぎない。(レーニン)

 人が触れることのできないものがある。(E・M・フォースター)

 あなた方は都市をつくることは簡単にできます。砂漠をつくることも簡単にできます。庭ぐらいならつくることもできます。ただし、野生の森の中に住んでいる人間集落、森との共存形態、これをつくることはできないのです。これは不思議な力としての時間だけがつくってきたものだからです。(E・M・フォースター)

 今日においては、人間内部の伝統的なヒストリー、歴史とか物語だけを問題にしていたのでは、人間を理解することはできない。人間をナチュラル・ヒストリーの中においてみなければ人間を理解することはできない。(ジェラルド・ハード)

 森はわれわれの大学だ。われわれは森からすべてを教わった。森はわれわれの病院だ、森で私たちは病気を治す。森はわれわれの薬局だ、森がわれわれに薬を与えてくれる。森はわれわれの住居だ。つまり森はわれわれにとってすべてだ。われわれ自身は森にとってすべてではないけれども、森はわれわれにとってすべてだ。(あるインディオの話)

 二〇世紀の特徴にはいろいろあるが、国家が殆どの人を覆った時代である。(桑原武夫)

 敵はまかり間違っても君を殺すだけだ。友人はまかり間違っても君を裏切るだけだ。無関心の支えているところのものによって取り巻かれたら、虐殺と裏切りが横行するのだ。(unknown)
by sabasaba13 | 2019-09-08 06:20 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵195

 正しい思考は正しい行動をみちびき、欺瞞と妥協にみちた人生は生きるにあたいしない。(アラン)

 不統一で乱暴な筆跡は不統一で乱雑な思考を生む。訂正や加筆は構成力の欠如にすぎない。(アラン)

 勝利を手にするのはみずから戦う者だが、これから利益をひきだすのは権力者だけだ。(サン=ジュスト)

 職人のもっとも単純な天分が自分の利用する材料を自在にあやつるのは、ニュートンのごとき精神が軌道の距離・質量・公転を計算して惰性的な天体を予測するのと変わらない。(プルードン)

 これ以上苦しまずにすむように、こうした生活におけるもっとも強い誘惑、もうなにも考えまいとする誘惑に屈したくなる。(シモーヌ・ヴェイユ)

 隣接する独房に収容されているふたりの囚人が、壁によって遮られていると同時に、壁を叩いて合図ができるように、隔絶は疎通の手段となろう。(シモーヌ・ヴェイユ)

 人間は金銭を裁判官と死刑執行人とし、金銭は不正で残酷な裁判官にして死刑執行人となった。(シモーヌ・ヴェイユ)

 人間は万物の尺度である。(プロタゴラス)

 理性をそなえた存在は、いかなる障碍もおのれの仕事の材料たらしめて、そこから益をひきだしうる。(マルクス・アウレリウス)

 運命の女神は暴力的な人間の意にしたがう。(俚諺)

 人民にたいしては、これを甘言でおだてるか、あるいは抹殺するかである。軽微な障害には復讐してくるが、重大な障害であれば復讐できないからだ。つまり障害を加えるのであれば、復讐される怖れのないかたちでおこなうにかぎる。(マキアヴェッリ 『君主論』)

 たったひとりの子どものたった一滴の涙という代償ですむとしても、そんな代償を払うことをぼくは断固として拒絶するね。(ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』)

 ぼくはどうしても理解できないね。どうやって隣人を愛するというのか。ぼくの考えでは、愛することができないのは、まさしくこの隣人という代物なのだ。遠くにいる連中なら愛せないこともないがね。(ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』)
by sabasaba13 | 2019-08-28 06:55 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵194

 国家はすべての冷酷な怪物のうち、もっとも冷酷なものとおもはれる。それは冷たい顔で欺く。欺瞞はその口から這ひ出る。「我国家は民衆である」と。(ニーチェ 『ツァラトゥストラはかく語る』)

 一億二心 (金子光晴)

 私は豆腐屋のような映画監督なのだから、トンカツを作れといわれても無理で、せいぜいガンモドキぐらいだよ。(小津安二郎)

 形式論理で人の口を塞ぐことはできるけれども、人の心を服することはできない。(夏目漱石)

 悪魔は年をとっている。だから悪魔を理解するには、お前も早く年をとることだ。(ゲーテ 『ファウスト』)

 私としてはこうするよりもほかない。私はここに踏み止まる。(マルティン・ルター)

 政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。(マックス・ヴェーバー)

 競争することは「やつら」に利用されることだ。(unknown)

 日に資本の勢力昇り居るにもかかはらず我が労働者は互に競争して年に其位置を落として敢て顧る者なし、愚なる労働社会よ。(横山源之助 『日本の下層社会』)

 ひとつの職場で生きつづけてゆくために絶対に必要な仕事の牧歌性というものに、青年労働者たちはなんの愛着もないのだろうか。(熊沢誠)

 人間は働かな嘘ですばい。(某女坑夫 『まっくら』)

 うららかな春はきびしい冬のあとから来る
 可愛い蕗のとうのとうは霜の下で用意された (宮本百合子)

 流浪の旅に財産はもっていけないが、身につけた教養は奪われない。(冨原真弓)

 そこなおうとする相手が自分と同じ人間ではないと思えるとき、あらゆる残虐行為が可能となる。(冨原真弓)
by sabasaba13 | 2019-08-01 08:01 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵193

 犀の角のようにただ独り歩め。(『スッタニパータ』)

 私たちが、普段の暮らしのなかで忘れてきた、見ないようにしてきた大事なものを、精神障害という病気を通して、教えてくれている人たちなんだね。あの人たちは嘘を言ったりとか無理をしたりとか、人と競ったりとか、自分以外のものになろうとしたときに、病気というスイッチがちゃんとはいる人たちだよね。(『浦河ペテルの歩みから』)

 われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを前方においた後、安心して絶壁のほうへ走っている。(ブレーズ・パスカル 『パンセ』)

 国家が毀れても社会は存続する。(鷲田清一)

 命に近い仕事ほどお金は動かない。(周防大島の農業者)

 権力者の言葉のインチキに針を刺す。これこそ詩人のやるべきことです。(アーサー・ビナード)

 世界の映像を裏返さないかぎり、永久に現実を裏返すことはできない。イメージから先に変われ! (谷川雁)

 こんなものでも何かの役に立つかもしれない。(レヴィ=ストロース)

 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ (茨木のり子)

 いつからか
 国土というものに疑いを持ったとき
 私の祖国と呼べるものは
 日本語だと思い知りました (石垣りん)

 この世にはお客様として来たのだから
 まずいものもおいしいと言って食べなくちゃ (某女子学生)

 詩はいつまでも根気よく待たねばならぬのだ。人は一生かかって、しかもできれば七十年あるいは八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。詩はほんとうは経験なのだ。(リルケ 『マルテの手記』)
by sabasaba13 | 2019-07-18 06:17 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵192

 よい問題を択ばなければ、よい仕事はできない。どうしても解答の得られないときには、問題そのものを検討しなければならない。(三好和夫)

 納税は、未来へ続く フルマラソン (某中学生)

 驚きは知恵の父である。(プラトン)

 彼らのなしとげる手柄と武勲とによってその富が増大し勢が強まるのは君主たちであり、危険と死を収穫するのは彼ら自身である。(ヒポクラテス)

 社会秩序というものは、どんなものでも、いかに必要であっても、本質的に悪である。(シモーヌ・ヴェイユ)

 おまえがそれほど威勢がいいのも
 愚かな獣たちを従えているからだろう (テレンティウス)

 言語はウソをつくための道具だ。(ウンベルト・エーコ)

 本物のやりがいは、困難な仕事にのみ存在するのです。(白井聡)

 本当のことを言ってくれる人を受け入れることができないならば、科学などやめてしまえ。(ジェームズ・ワトソン)

 科学に国境はない。しかし科学者には祖国がある。(ルイ・パスツール)

 自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を言う。ただそのために勉強するのです。(山本義隆)

 物事はできるだけ単純にすべきである。しかし単純すぎずに。(アルバート・アインシュタイン)

 発見というのは、誰もが見ていたことを見て、誰もが考えなかったように考えることによってもたらされる。(セント=ジェルジ)

 経験はフリーズドライされた思考の力だ。(小田嶋隆)
by sabasaba13 | 2019-07-06 10:00 | 言葉の花綵 | Comments(0)