カテゴリ:言葉の花綵( 196 )

言葉の花綵6

 物質進歩の力らハ人の力らを造り又天国をも造る。然れども此天国ハ多くの人を殺して造る天国なり。(田中正造)

 山川は天下の源なり。山又川の元なり。古人の心ありてたて置し山沢をきりあらし、一旦の利を貪るものは、子孫亡るといへり。(熊沢番山)

 ボディ-にMOF(大蔵省)と染め抜いたパトカ-に先導されて、証券会社の車の列が交差点をノンストップで走りすぎた。ところが、いつの間にかパトカ-が消え、右往左往していると、別のパトカ-がやって来て『御用だ!道路交通法違反で逮捕する』となった。(田淵節也)


 機微を察し、信念をもちつづけ、楽しむときは楽しむ心

 「日の丸ですか?もしもほんとに平和の象徴なら、そして世界中の人もそう思ってくれるのなら、あの旗でもかまわないんだけどねえ。」 

 日常的行為の中にひそむ抽象的禁圧を見逃さない性分、常識の専横を感じとる能力

 勇気ある少数派の存在はとくに貴重になる。権利というのは利益を得る権利以上のもの、あるいはそれとはべつのものだとは言っても、その意味は不確実であるかぎり 権利の定式化と擁護は、不当な扱いをうけた少数派の抗議がなければむずかしい。とりわけ、だれもが成功にあずかり、それゆえに自由であるかに見える社会では、だれかの不自由の明らかな証拠があれば、すべての者にいつか降りかかってくるかもしれない不自由のしるしとして、それを役立てねばならない。なんらかの点で他の人とちがう人は、もっとも被害を受けやすく、それゆえに不当な束縛や圧力を敏感に感じとるから、彼らこそ、万人の自由が現にあるかどうかを確証し、それが現実となるよう努力するほかはない人々なのである。権利というのは、試さずに放っておけば目に見えなくなるもので、そういう状態は抑圧や自己満足からも生じうる。今日の日本のように、市民の圧倒的多数が自分は多数派に属していると信じ、その信念が日々、国民的アイデンティティの核として強化されている社会では、万人の権利のためにたたかう少数派にのしかかる負担は耐えがたい重さとなるばかりだ。だからこそ、多数派が少数派に負うているのは、けっして寛容とか度量の大きさとかの問題ではない。そんなものは慈善をあいまいに世俗化した観念でしかない。少数派がたたかっているのは、彼ら自身のためであるのと同時に、多数派のためでもあるのだ。

 ふつうの幸せへの不屈の希求があったから、それを掘りくずす力にたいしては、残酷な力であれ、捉えがたい微妙な力であれ、彼女は敏感になったのだと言えよう。…国家というのは自衛隊や隊友会や護国神社だけではなく、べつのかたちをとることもありうると理解できた。…ふつうの日本の寡婦が明らかに常識的な日本流のやり方に異議を唱えたことに眉をひそめ、怒りをぶつけてきさえする何十人もの見ず知らずの人、こういう人たちの姿をとることもあると。

 自分にできることはごく僅かでしかない、でもひょっとしたら自分にしかできないことがあるかもしれない。(ノ-マ・フィ-ルド『天皇の逝く国で』)

 この粛清政治の烈しさが当時の官僚に与えた恐怖感と、彼らの処世のむずかしさとを物語る話がある。昼あんどんと呼ばれた宰相の婁師徳が、息子の初任官にあたってその心構えをたずねたところ、息子は、他人が己れの顔に青啖をはきかけたら黙ってぬぐいとると答えた。老宰相は嘆息して、「お前は見込みがない。ぬぐいとるということがそもそも反抗をしめすものだ。わしなら自然にかわくまでじっとしておく。」と諭したという話である。(三田村泰助『宦官』)
by sabasaba13 | 2009-05-21 06:06 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵5

 みんなはそれぞれの住む地区にしたがって、べつべつに<子どもの家>にほうりこまれました。こういうところでなにかじぶんで遊びを工夫することなど、もちろん許されるはずもありません。遊びをきめるのは監督の大人で、しかもその遊びときたら、なにか役に立つことをおぼえさせるためのものばかりです。こうして子どもたちは、ほかのあることを忘れてゆきました。ほかのあること、つまりそれは、たのしいと思うこと、むちゅうになること、夢見ることです。しだいしだいに子どもたちは、小さな時間貯蓄家といった顔つきになってきました。やれと命じられたことを、いやいやながら、おもしろくもなさそうに、ふくれっつらでやります。そしてじぶんたちの好きなようにしていいと言われると、こんどはなにをしたらいいか、ぜんぜんわからないのです。たったひとつだけ子どもたちがまだやれたことはといえば、さわぐことでした。-でもそれはもちろん、ほがらかにはしゃぐのではなく、腹だちまぎれの、とげとげしいさわぎでした。
 「そんなことがおもしろいの?」とモモは、いぶかしそうにききました。
 「そんなことは問題じゃないのよ。」と、マリアはおどおどして言いました。
 「それは口にしちゃいけないことなの。」
 「じゃ、なにがいったい問題なの?」
 「将来の役に立つってことさ。」とパオロがこたえました。

 「はじめのうちは気がつかないていどだが、ある日きゅうに、なにもする気がしなくなってしまう。なにについても関心が持てなくなり、なにをしてもおもしろくない。だがこの無気力はそのうちに消えるどころか、すこしずつはげしくなってゆく。日ごとに、週をかさねるごとに、ひどくなるのだ。気分はますますゆううつになり、心の中はますますからっぽになり、じぶんにたいしても、世の中にたいしても、不満がつのってくる。そのうちにこういう感情さえなくなって、およそ何も感じなくなってしまう。なにもかも灰色で、どうでもよくなり、世の中はすっかりとおのいてしまって、じぶんとはなんのかかわりもないと思えてくる。怒ることもなければ、感激することもなく、よろこぶことも悲しむこともできなくなり、笑うことも泣くこともわすれてしまう。そうなると心の中はひえきって、もう人も物もいっさい愛することができない。ここまでくると、もう病気はなおる見こみがない。あとにもどることはできないのだよ。うつろな灰色の顔をしてせかせか動きまわるばかりで、灰色の男とそっくりになってしまう。そうだよ、こうなったらもう灰色の男そのものだよ。この病気の名前はね、致死的退屈症というのだ。」 (ミヒャエル・エンデ 「モモ」より)


 死んだ人々は、還ってこない以上、
 生き残った人々は、何が判ればいい?

 死んだ人々には、慨く術もない以上、
 生き残った人々は、誰のこと、何を、慨いたらいい?

 死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、
 生き残った人々は沈黙を守るべきなのか? (ジャン・タルジュ-)

 今は両方の世界が、たがいに破壊しあっていますが、それと同じように、たがいに癒しあうこともできるのです。(ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」より)

 イングリッド・バ-グマンはそういった大がかりな撮影方式が気に入らず、しょっちゅうわたしに「なぜ」「なぜ」といって追求し、文句をいった。私は議論をしてもはじまらないと思ったから、彼女にただこう言ってやったんだよ。「イングリッド、たかが映画じゃないか。」(アルフレッド・ヒッチコック)

 住民は逃げてしまって猫の子一匹いなかった。しかし城郭は、石畳は生きていた。石畳というのは、ハルピンで見たときもそうだったけど、やりきれないほど、おれの心をひきつける。石畳には文化のカオリがあるのだ。日本は戦争に負ける。負けるべき国家だ。そのときそう思った。日本も日本人もアカンわい。日本には城郭がない。だから守るべき美しい町も存在しない。市民精神なんて生まれるわけがねえ。みんなバラバラや。ほんまにおかしな国だぜ。こんなミットモナイ国に生みやがった、オヤジやオフクロを、おれは殺してやりたい。
 「こんなとこに住んでみてえなア」…
 「隊長はココも燃やせっていうかね」…
 「そんな命令をしやがったら、俺あアイツを撃ってやる」(殿山泰司)
by sabasaba13 | 2009-04-20 06:06 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵4

役人の書類の書き方
第一に、決して言質を取られず、責任の所在が明らかにできないようにする。
第二に、できるだけ現状維持の状態を保てるような内容にする。
第三に、聞いているだれもが不満を言わないような文章にする。
第四に、突っこんでくるような質問に対しては、はぐらかしていないようで、実 際には上手にはぐらかすような文体とする。(宮本政於)

 僕、僕がいま、ほんたうに寂しがつてゐる寂しさは、この零落の方向とは反対に、ひとりふみとどまつて、寂しさの根元をがつきとつきとめようとして、世界といつしよに歩いてゐるたつた一人の意欲も僕のまはりに感じられない、そのことだ。そのことだけなのだ。(金子光晴)

あなたはどのようにお苦しいのですか。
Quel est ton tourment ? (シモ-ヌ・ヴェイユ)

 ある人が西暦元年に1マルク預金したとして、それを年5%の複利で計算すると現在その人は太陽と同じ大きさの金塊を4個分所有することになる。一方、別の人が、西暦元年から毎日8時間働き続けたとする。彼の財産はどれくらいになるか。驚いたことに、1.5kgの金の延べ棒一本にすぎないのだ。この大きな差額の勘定書は、いったいだれが払っているのか。(ミヒャエル・エンデ)

 われわれがそれについて話している文明は、われわれの世代のみの所有ではない。われわれはその所有者ではなくて、単に保管者なのである。それはわれわれより無限に大きく、重要ななにものかである。それは全体であり、われわれは単なる部分である。われわれがそれを達成したのではなく、ほかの者たちが達成したのだ。われわれはそれを創造しなかった。われわれはそれを受け継いだのだ。それはわれわれにあたえられた。しかも、次のような暗黙の義務とともにあたえられたのだ。それを慈しみ、よく保ち、発展させ、望むべくは改良して、あるいはすくなくとも壊さず、そのままに、われわれの後にくるべき者らに渡せという、そのような暗黙の義務とともに。(ジョ-ジ・ケナン)

 それは苦しい立場であつた。私はそれを取り上げて、手にもつてゐた。私は震へてゐた。何故といふに私は、永久に、二つのうちどちらかを取るやうに決めなければならなかつたから。私は、息をこらすやうにして、一分間じつと考へた。それからかう心の中で言ふ。「ぢやあ、よろしい、僕は地獄に行かう。」-さう言つてその紙片を引き裂いた。それは恐ろしい考へであり、恐ろしい言葉であつた。だが私はさう言つたのだ。そしてさう言つたままにしてゐるのだ。そしてそれを変へようなどとは一度だつて思つたことがないのだ。(ハックルベリ-・フィン)

 国家が人間性質にとっていとわしいやり方で行動する場合には、その国を滅ぼす方が害悪が軽微で済む。(スピノザ)

 なぜなら、私が生きていたという事実をなにものも改めることはできないからだ。もしそれがいかにも短かい時であれ、私が生きてきた、という事実を。(ミルチア・エリア-デ)

 戦争に抗議しない人間は共謀者である。(クリストフ・ニ-ロップ)
by sabasaba13 | 2009-04-07 06:07 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵3

自分の知っていることは何もかも教えたい
先生は毎朝はりきって学校へやってきます
でもひとつだけ心配なことがあるのです
それは入歯がはずれやしないかということ
もしはずれたら生徒みんなに馬鹿にされる
そして何を教えても信用されなくなる
そう考えると先生は無口になってしまいます
だから先生は怒ったような顔で
黒板に文字や数字を書きつづけます
かわいそうなかわいそうな先生! (谷川俊太郎)

 あたしはちょうど、うちにおったなめくじみたいに、きられようが突かれようがケロンとして、ものに動ぜず、人にたよらず、ヌラリクラリと、この世の中の荒波をくぐりぬけて、やっとこさ今日まで生きてきたんですよ。 (古今亭志ん生)

 人間てえものは、ほんとうの貧乏を味わったものでなけりゃ、ほんとうの喜びも、おもしろさも、人のなさけもわかるもんじゃねえと思うんですよ。 (古今亭志ん生)

With this faith, we will be able to hew out of the mountain of despair a stone of hope.
 こういう信仰があれば、 私たちは絶望の山から 希望の石を切り出すことが出来る。(M.L.キング)

 諸君が選挙に出ようとすれば、資金がいる。如何にして資金を得るかが問題なのだ。当選して政治家になった後も同様である。政治資金は濾過器を通ったものでなければならない。つまりきれいな金ということだ。濾過をよくしてあれば、問題が起こっても、その濾過のところでとまって、政治家その人には及ばぬのだ。(岸信介)

The birds in the space sing "piece! piece! piece!". (P.カザルス)

 後悔後を絶たず (某高校生)

 人権だかジャンケンだかしらねぇが、おまえらにそんな洒落たものはねぇんだ。(車寅次郎)

 いいわけぇもんがいいわけしていいわけ。(unknown)

God grant me the serenity to accept the things I cannot change, courage to change the things I can,and wisdom to tell the difference.
 神よ、変えることのできないものを受け入れる冷静さと、変えるべきものを変える勇気とを。そしてその二つを識別できる知恵をわれに与えたまえ。(ラインホルト・ニーバー)

 かつては政治と軍事の全てにおいて権威の源泉だった民衆は、今では一心不乱に、専ら二つのものだけを熱心に求めるようになっている― すなわちパンと見世物を… (ユウェナリス『風刺詩集』)

[官僚用語]
前向きに:遠い将来にはなんとかなるかもしれないという、やや明るい希望を相手に持たせる言い方。
鋭意:明るい見通しはないが、自分の努力だけは印象づけたいときに使う。
十分:時間をたっぷりかせぎたいということ。
努める:結果的に責任を取らないこと。
配慮する:机の上に積んでおく。
検討する:検討するだけで実際にはなにもしないこと。
見守る:人にやらせて自分はなにもしないこと。
お聞きする:聞くだけでなにもしないこと。
慎重に:ほぼどうしようもないが、断りきれないとき使う。だが実際にはなにも行われないということ。(宮本政於)
by sabasaba13 | 2009-03-24 06:12 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵2

 年たけて 又こゆべしと 思ひきや 命なりけり さやの中山 (西行)

 人は城 人は石垣 人は堀 情は味方 仇は敵なり (武田信玄)

 風が吹く→ほこりがまう→目に入る→盲目の人がふえる→音曲で生計を立てる→三味線が必要となる→猫を殺し皮をとる→猫が減る→鼠が増える→桶をかじる→桶屋が儲かる (俚諺)

 笠智衆…うつりかわってしまった時代はすでに自分の時代ではないが、口にしても仕方のないことはいっさい語らず、それでいて自分の姿勢は凜としてくずさない。含羞と教養の混じり合った日本の老人を実にさわやかに演じている。 (安西水丸)

1.印刷物の上で見慣れている隠喩や直喩やその他の修辞を決して使うな。
2.短い語で十分なときは決して長い語を使うな。
3.一語削ることが可能な場合には常に削除せよ。
4.能動態を使える時は決して受動態を使うな。
5.相当する英語の日用語を思いつける場合には、外来の句や科学用語や専門語を決して使うな。
6.野卑むき出しの言葉づかいをするくらいなら、これらの規則のどれでも破れ。 (G.オ-ウェル)

 燕雀安知鴻鵠之志哉 (『史記』)

 人間はぬくもりと、交際と、余暇と、慰安と、安全を必要とするのである。と同時に、孤独と、想像的な仕事と、驚異を感じる感覚も必要なのだ。この事実を認識すれば、あるものが自分をさらに人間的にするか、非人間的にするかというただ一つのふるいにかけて、科学や産業主義の成果も、選びながら利用することもできるだろう。そうなれば、のんびり休息をとり、ポ-カ-と酒とセックスを一度にやるのが最高の幸福などではないこともわかるはずである。そして、賢明な人たちが進行しつつある生活の機械化に抱いている本能的な不安も、単なるセンチメンタルな回顧趣味ではなく充分根拠のあるものだということが、わかってくるだろう。というのも、人間が人間にとどまるためには、生活の中にシンプルなものを多分にとどめておく必要があるのに、現代の発明-特に映画、ラジオ、飛行機-といったものの多くは、意識を破壊し、好奇心を鈍らせ、だいたいにおいて人間をますます動物に近づける傾向を持っているからである。 (G.オ-ウェル)

 理科教師の知人は、白いのに透けない水着に、「科学を悪用するやつは許せない」と怒っていた。 (unknown)

 ショットとかパットとか調子の悪いときあるでしょ。私って本当に調子悪いよね、全てがアンラッキ-なんだよって言ったら、じゃあアンラッキ-と友達になればいいじゃない、という言葉がすごく頭にのこっていたのかな。 (岡本綾子)
by sabasaba13 | 2009-03-09 06:04 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵1

 われわれの思想を、自由に実現することのできる文化学院が生まれるのを真によろこんで、まじめな芸術の精神をもってやろうとしている。
 芸術に生きる。強いない。画一的に人をつくらない。各々の天分を伸ばす。不得手なものを無理にさせない。機械的な試験をしない。競争的に成績を挙げさせない。
 身体と精神を損ずることのないようにする。
 生徒のみの教育ではなく、一般教育界の模範となり、参考となるように努める。
 小さくて善い学校。素人がよい。(西村伊作)

 凡打した自分を、もう一人の自分が見ていたらきっと殺している。(広島カ-プ 前田智)

 叱るべきところはきちんと叱り、見逃すべきところは見逃す。(unknown)

 Some people can sing,others can't. (『市民ケ-ン』)

 自分はなんてケツの穴が小さいんだろうと思った。ウンコはあんなに太いのに。(オリックス パンチ佐藤)

 人生五十愧無功   人生五十にして功なきを愧ず
 花木春過夏已中   花木春過ぎて夏すでに中なり
 満室蒼蠅掃難尽   満室の蒼蠅掃えども尽し難し
 去尋禅榻臥清風   去りて禅榻を尋ね清風に臥す (細川頼之)

 いきすきたるや二十三 八まんひけはとるまい (unknown)

 何せうぞくすんで 一期は夢よ ただ狂へ (『閑吟集』)

 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の聲きけば 我が身さへこそ動がるれ (『梁塵秘抄』)

 私は皇帝なんかになりたくない。征服も柄じゃない。ただ皆を助けたいだけだ。人間は互いの幸福で支え合って生きている。憎んではだめだ。大地は必ず皆に恵みを与える。だが私達は方向を見失った。欲望に毒され他人を貧困や死に追い込んでる。乗り物は速くなったが人は孤独になった。知識は増えたが豊かな感情を無くした。機械より人、知識より心が大切だ。でなければ人生は無だ。発明品は本来人に戒めを求めているのだ。今も私の声は全世界の人々に届いている。絶望している女や子供、組織の犠牲者などに。そんな人々に言おう、絶望してはならないと。欲望はやがてしぼむ。独裁者は滅び、再び民衆の力が芽吹くだろう。人は死ぬが自由は残る。兵士達よ、独裁者に耳を傾けてはならない。君たちは感情までも統制され操られている。独裁者の心は冷たい機械でできている。君たちは機械じゃない、人間なんだ。愛を持て、憎しみは捨てよう。諸君、「神の国は汝らの中にあり」と言うが、特定の人でなく皆の中にあるんだ。誰でも人生を楽しくする力をもっている。その力を結集し社会のために役立てよう。働く意欲がわく社会のため。独裁者も初めはそう言って人心をつかんだ。だがそれは嘘だった。独裁者は自分の欲望だけを満足させたのだ。国家間の障害を取り除こう。偏見をやめて理性を守るんだ。そうすれば科学も幸福を高める。諸君、持てる力を集めよう。ハンナ、僕が分かるね。どこに居ても元気をお出し。雲が割れ日がさし始めたよ。暗闇を抜け僕達は生まれ変わる。もう獣のように憎しみ合うこともない。
 元気をお出し、ハンナ。人はまた歩き始めた。行く手には希望の光が満ちている。
 未来は誰のものでもない、僕達全員のものだ。だから元気を。(Look up,Hanna.) (『チャプリンの独裁者』)
by sabasaba13 | 2009-02-23 06:06 | 言葉の花綵 | Comments(0)