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組曲虐殺

c0051620_21383636.jpg 井上ひさしの最後の戯曲、小林多喜二を主人公にした「組曲虐殺」をこまつ座が再演するという情報を得ました。井上ひさしが、小林多喜二をどう描いたのか、興味ありますね。さらに劇中の歌を作曲した小曽根真がピアノを弾くという豪華版。さっそく山ノ神を誘って、天王洲銀河劇場へと観劇に行ってきました。
 JR浜松町駅からモノレールに乗り換えて次の天王洲アイル駅で下車、すぐ目の前が銀河劇場です。客席数746、馬蹄形三階建ての劇場で、われわれは三階席。膝を痛めている小生としては階段をのぼるのに少々苦労しました。ぜひ2・3階へのエレベーターを設置するよう、関係者各位の善処を強く要望します。
 まずは劇場の公式サイトより、ストーリーを転記します。
 ときは昭和5年の5月下旬から、昭和8年2月下旬までの、2年9ヶ月。
 幼い頃から、貧しい人々が苦しむ姿を見てきた小林多喜二(井上芳雄)は、言葉の力で社会を変えようと発起し、プロレタリア文学の旗手となる。だが、そんな多喜二は特高警察に目をつけられ、「蟹工船」をはじめ彼の作品はひどい検閲を受けるだけでなく、治安維持法違反で逮捕されるなど、追い詰められていく。そんな多喜二を心配し、姉の佐藤チマ(高畑淳子)や恋人の田口瀧子(上白石萌音)はことあるごとに、時には変装をしてまで、彼を訪ねていく。瀧子は、活動に没頭する多喜二との関係が進展しないことがもどかしく、また彼の同志で身の回りの世話をしている伊藤ふじ子(神野三鈴)の存在に、複雑な思いを抱いている。言論統制が激化するなか、潜伏先を変えながら執筆を続ける多喜二に対し、刑事の古橋鉄雄(山本龍二)や山本 正(土屋佑壱)は、彼の人柄に共感しながらも職務を全うしようと手を尽くす。命を脅かされる状況の中でも、多喜二の信念は決して揺るがず、彼を取り巻く人たちは、明るく力強く生きていた。
 そしてついにその日は訪れる…。
 多喜二と、彼をとりまく人びとを描きながら、井上ひさし作詞・小曽根真作曲の歌が挿入されるという音楽評伝劇です。
 小林多喜二というと、つい残虐な拷問と凄惨な遺体を思い出してしまうのですが、この劇ではああえてそのことに深く触れず、多喜二の生きざまと、それを支える周囲の人びとに脚光を当てたため、たいへん見やすい作品となりました。彼の人生を貫くのが、貧しい人びとへの同情と共感、そして搾取する側への怒りであることを、よく表現しています。
 冒頭の、幼いときに見た、貧困に苦しむパン職人たちの場面もそうだし、「独房からのラヴソング」という劇中歌もそうですね。
おはよう 多喜二くん
ぼくは恋をしてるんだ
きみのうしろに
見えているひとに

夜明けの寮の ふとんの上で
咳き込んでいる やせっぽちの子
紡績工場で 三年あまり
布地をゴマンと 織りあげてきた
働きすぎとは 知らずにいたのさ
きのう工場で 血を吐くまでは
いとしいな あの少女は…
  ああ ぼくは片方だけの靴
  なんの役にも立ちそうにない

昼の長屋の 浅い井戸から
水くみあげる わかい母さん
腕に抱えた 三つのわが子
きのうもきょうも お水がごはん
父さんはいま 留置場にいる
工場の仲間と ストを打ったから
いとしいな あの母さんは…
  ああ ぼくは片方だけの箸
  なんの役にも立ちそうにない

夕暮れどきの たんぼの中で
念仏となえて 草つむおばあさん
稔らぬ秋の 小作人には
こめ一粒も のこってはいない
長生きをして もうしわけない
田の草よく煮て よく噛むしかない
いとしいな あのおばあさんは…
  ああ ぼくは片方だけのズボン
  なんの役にも立ちそうにない

破れ障子を 夜風が鳴らす
七輪出して おかゆたく姉さん
夜も給仕の 弟が帰る
円周率を 暗記しながら
温まったかゆは ひとり分だけ
姉さんはまた たべないつもりだ
いとしいな あの姉さんは…
  ああ ぼくは片方だけのメガネ
  なんの役にも立ちそうにない

おやすみ 多喜二くん
ぼくは恋をしてるんだ
きみのうしろに
見えているひとに…
 そして強者・富者が弱者・貧者を搾取する手口を、小説という言葉の力によって暴き、世の中に知らしめようとした多喜二。彼のセリフです。
 ぼくたち人間はだれでもみんな生まれながらにパンに対する権利を持っている。けれどもぼくたちが現にパンを持っていないのは、だれかがパンをくすねていくからだ。それでは、そのくすねている連中の手口を、言葉の力ではっきりさせよう…
 その彼の姿勢に共感し、彼を支えた姉の佐藤チマや恋人の田口瀧子、同志の伊藤ふじ子の思いもよく描かれています。特に前二者の方言をまじえたコミカルな演技には思わず頬が緩みました。多喜二をつけねらう特高の刑事たちが、じょじょに感化されていく姿も面白かったですね。
 そして何よりも小曽根真のピアノの素晴らしいこと。さすがは日本を代表するジャズ・ピアニストです。ある時はスイングして、ある時は情感を込めて、本作に深みを与えていました。

 なお多喜二を演じた井上芳雄が、インタビューの中で次のように語っています。
 これはよく言われていることでもありますけど、少し時代がこの作品に近づいているようなところもあって。初演の時には、「ああ、こんな時代もあったのか、自分たちだっていつそこに逆戻りするかわからないよね」くらいのニュアンスだったんですが、この10年でなんだか現実味を帯びてきているということは、きっと誰もが感じていると思うんです。ただ井上先生はおそらく、この今の状態も見越してこの作品を書かれていたとも思えるんですよね。だけど本当は僕たちとしては、再びこういう時代に戻すわけにはいかないんだ、と。演劇の力で何をどこまでできるかとなると、実際は本当に小さなことしかないのかもしれないですけれど。そういったことも考えながら、演じたいと思っています。
 権力者の暴走と国家の私物化、格差の固定と拡大、そして何よりも彼らによる言葉の無力化。既視感を覚えるほど、多喜二の生きた時代が復活しつつあることを、井上ひさしは鋭く感じ取っていたのでしょう。そして身の危険を顧みず、言葉の力で権力者に立ち向かった多喜二を演劇で蘇らせ、その姿をいつまでも忘れないようにいようと私たちに呼びかけているのだと思います。
 劇中最後の歌、「胸の映写機」にもそれがよくあらわれています。
カタカタまわる 胸の映写機
かれのすがたを 写し出す
たとえば-
…本を読み読み 歩くすがたを
人さし指の 固いペンダコを
駆け去るあれの うしろすがたを
とむらうひとの 涙のつぶを
本棚にかれが いるかぎり
カタカタまわる 胸の映写機

by sabasaba13 | 2019-11-30 06:25 | 演劇 | Comments(0)

闇にさらわれて

c0051620_1732244.jpg 『しんぶん赤旗』の劇評を読んでいたら、劇団民藝の「闇にさらわれて」という劇が紹介されていました。公式サイトからストーリーと紹介文を転記します。
 1931年、ベルリン。ナチズムが急速に台頭する中、若き弁護士ハンス・リッテンはアドルフ・ヒトラーをある殺人事件の証人として法廷に召喚し、3時間にも及ぶ尋問を行い反ファシズムの旗手としてその名をとどろかす。しかしその2年後、ヒトラー内閣が成立。ハンスは国会議事堂放火事件の混乱に乗じて、拉致されやがて強制収容所へ。ハンスの母イルムガルトは、杳として行方を絶った息子を救出するために、身の危険を顧みず孤独な闘いを始めるのだった…
 本作はテレビドキュメンタリー作家、マーク・ヘイハーストの初戯曲。2014年イギリスで初演されたイルムガルト役のペネロープ・ウィルトンがローレンス・オリヴィエ賞主演女優賞を受賞するなど高い評価を得ました。今公演はイルムガルト役を日色ともゑが演じ篠田三郎さんをお迎えして本邦初演いたします。
 なお後日、『しんぶん赤旗』(2019.6.26)のコラム「潮流」でも紹介されていたので、こちらも引用します。
 あのヒトラーが法廷に引っ張り出されたことがありました。1931年のベルリン、暴力と破壊でドイツ市民を恐怖におびえさせたナチス突撃隊が起こした殺人事件の証人として召喚したのは若き弁護士ハンス・リッテン。当時、ヒトラー率いるナチ党は国政選挙で躍進中でした。リッテンは彼らの無法や暴力行為が計画的に行われている証拠を示しながらヒトラーに詰め寄りました。突撃隊はスポーツ隊だと言い張り、殺人という言葉が使われることを拒絶し、彼らは祖国を守ろうとしたと激高するヒトラー。しかし、翌日の新聞には「リッテン勝利」を伝える記事が躍ったといいます。後の独裁者はこの時の屈辱を忘れず、自分を追い詰めた弁護士を決して許しませんでした。大規模な政治弾圧が始まるとリッテンも捕らえられ、監獄でひどい拷問や虐待にあい、命を奪われます。いま劇団民藝が都内で公演する「闇にさらわれて」。息子を救うため命がけで奔走した母イルムガルト・リッテンを日色ともゑさんが演じています。ナチの不正義とたたかったイルムガルトの手記『黒い灯』(野上弥生子訳)を読み、女性の内側に潜む激しい思い、母としての深い愛情を表現したいと。強権と憎しみが支配した時代。リッテンは収容所で衛兵に囲まれながら詩を朗読します。「私を縛って真っ暗な土牢の中に閉じ込めてもまったくの無駄骨折りというものだ/なぜなら私の思想だけは戒めを引きちぎり壁を打ち破ってとびだすから/思想は自由だ」
 息子を救うためにナチスに挑む徒手空拳の母親、これは面白そうです。しかも実話だというのですから驚きです。さっそく山ノ神を誘い、「紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA」に見に行くことにしました。

 舞台の中央には、黒い四本の柱が屹立しています。そのがらんどうの内部空間が、強制収容所、居間、事務室、法廷などとして使われ、こちらの想像力を刺激します。柱のまわりの回廊状の空間も、建物や収容所の廊下、道路、公園として使われるなど、シンプルながらも小回りの利く舞台装置です。よって場面も小気味よくスピーディーに転換されていきます。
 冒頭、母と息子が離れて左右に位置し、母が息子の手紙を読み、息子がその内容を語り掛ける場面に始まります。はじめのうちは交互に語っているのですが、やがて科白が重なり合い聞き取りづらくなってきます。二人の未来を暗示するかのように…
 やはり印象的なのは母イルムガルト(日色ともゑ)の、息子ハンス(神敏将)への一途な愛情です。情報を得るためにゲシュタポの高官に面会して、意に反して「ハイル・ヒトラー!」と高唱する。あるいは来独したイギリスの政治家アレン卿(篠田三郎・客演)と会って、息子の救済を必死で依頼する。日色ともゑが迫真の演技で熱演していました。脚本が上手いなと思ったのは、登場人物のナチスに対する態度に温度差があることを盛り込んでいるところです。ユダヤ人法学者の父フリッツ(西川明)は事なかれ主義で、息子の突出した言動に批判的です。アレン卿は協力を約束したもののヒトラーに対して宥和的な態度を示します。5年後にミュンヘン協定を結んだネヴィル・チェンバレンのことをふと思いました。またイルムガルトはハンスと面会した際に、ナチスが要求している情報を提供して解放されるよう、息子を説得します。ナチスとの闘いよりも、息子の命を優先したのですね。もちろんそれを責めることはできませんが。この劇のなかでただ一人ぶれないのがハンスです。母の懇願を拒否して、従容として死に向かっていきます。なお収容所で衛兵から歌えと命じられたハンスは、19世紀初頭のドイツの詩人ファラースレーベンの「思想は自由だ」を朗読します。
思想は自由だ。誰が言い当てられようか。
思想は飛び去る。夜の影のように。
それを知る者はいない。射貫く狩人もいない。
それでよい。思想は自由だ。
 印象に残った場面が二つあります。まずイルムガルトが息子に本を差し入れようと、本屋で購入しようとすると、宛先をハンス・リッテンだと聞いた主人が「代金はいらない」と言うシーンです。
 もう一つがゲシュタポの高官コンラート博士(千葉茂則)の姿です。ナチスの犯罪に対して苦悩や思考をせず、イルムガルトに対して慇懃に接しながらも保身のために何もしようとしないコンラート博士。ハンナ・アーレントが「怪物的な悪の権化ではなく思考の欠如した凡庸な男」「誰か他の人の立場に立って考える能力の不足」と表現した人間を、千葉茂則が見事に演じていました。

 さて、この劇は単にナチスを弾劾し、それと闘った人びとを賞揚するだけではありません。今なお存在するナチス的なるものにも気づかせてくれます。社会的弱者を差別・排除して国民を統合しようとする強権。そしてそれに反対する者を様々な手段によって弾圧・隔離する強権。ここでも「壁と卵」という村上春樹氏のメタファーが響いてきます。

 最後の場面で、イルムガルトはイギリスへと亡命し、「水晶の夜」の調査をしていると告げます。彼女の意識が、息子の救出からナチスとの闘いへと変化してきた証左でしょう。
そして最後の科白で、私たち卵に、壁との闘い方を教えてくれます。「私は叫び続けます。道はまだ半ばです」 まず沈黙しないこと、そしてあきらめないこと。It's just the beginning.

 余談です。常々思っていたのですが、安倍晋三首相ってアドルフ・ヒトラーに、菅義偉官房長官ってヨーゼフ・ゲッベルスに、麻生太郎財務大臣ってヘルマン・ゲーリングに何となく似ていませんか。いや、偶然ならよいのですが。
by sabasaba13 | 2019-07-02 06:22 | 演劇 | Comments(0)

木の上の軍隊

c0051620_811850.jpg 「父と暮せば」「母と暮せば」と並ぶ、こまつ座「戦後"命"の三部作」のひとつ、沖縄戦をテーマとした「木の上の軍隊」が新宿にある「紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA」で上演されるという耳よりな情報を入手しました。これはぜひ見たい。山ノ神を誘ったのですが、彼女は以前に見たことがあるとのことでパス。一人で、見てきました。

 パンフレットによると、2010年4月に他界した劇作家・井上ひさしが亡くなる直前まで執筆しようとしていたのが本作だったそうです。戦争時、沖縄県・伊江島で、戦争が終わったのを知らぬまま、2年もの間、ガジュマルの木の上で生活をした2人の日本兵がいたという実話に基づいています。しかし井上の急逝により、この舞台はその初日を迎えることはありませんでした。そこで若手作家の蓬莱竜太が新たな戯曲を書き下ろし、井上ひさしがもっとも信頼を寄せた栗山民也が演出を手掛けるという、井上に捧げるオマージュとして完成したのが本作です。井上麻矢氏はこう述べられています。
 井上ひさしは戦争で日常を奪われた一人ひとりの物語を書きたいと言った。
 それらの人のかけがえのない人生を書くことが、自分が作家になった意味だと、60歳にして初めて分かったと言った。より沢山の人達のかけがえのない人生の物語を紡ぎたかったのだろう。
 本土出身の上官を演じるのが山西惇、伊江島出身の新兵を演じるのが松下洸平、語る女(ガジュマルの精霊)を演じるのが普天間かおり、ビオラで舞台音楽を奏でるのが有働皆美です。
 まずはあらすじを紹介しましょう。
 沖縄・伊江島。米軍と激しい戦闘の末、壊滅的な状況に陥った日本軍。ベテラン兵士の上官と伊江島出身の若い志願兵は敵の激しい攻撃のなか、命からがら、ある森の中の大きなガジュマルの木の上に逃げ込んだ。枝が太く、葉が生い茂るそのガジュマルの木は絶好の隠れ場所だった。木の下に広がる仲間の死体、日に日に広がって行く遠くの敵軍陣地。連絡手段もないまま、援軍が来るまで耐え凌ごうと、2人は木の上で待ち続けた。やがて食料もつき、心労も重なった時、2人の意見は対立し始める…
 舞台装置は巨大なガジュマルの樹。上り下りしやすいように斜めになっていますが、本物と見紛うような見事な出来栄えでした。その樹上に逃げ隠れているのがふたりの兵士、本土と沖縄を擬人化した上官と新兵です。軍国主義の権化のような上官、彼に絶対服従しながらも飄々とマイペースを貫く新兵。両者の対比を、山西・松下両氏がコミカルに演じていました。やがて飢えに苛まれ、アメリカ軍の残した食料を食べようとする新兵。しかし上官は、敵国の食糧を食べることを許さず彼を恫喝します。
 しかし日本の敗戦に薄々気づいた上官は、米軍の食料を食べて太るは、小銃の手入れを怠って錆びつかせるは、緊張感を失ってすっかり弛緩してしまいます。しかし降伏をしようとはしない。何のために戦っているのかを深く考えようとせず、思考停止状態となります。ガジュマルの精霊のナレーションが痛烈です。
 考えるのをやめた。そして言葉を失った。
 その一方で米軍の野営地はどんどん拡張され、軍事基地へと変貌していきます。大切な故郷を米軍から取り戻すために戦い続けようとする新兵。しかし上官は、安逸で宙ぶらりんな日々に満足し、伊江島を取り戻すために戦おうとしません。もちろん日本の援軍が来る気配もありません。絶望する新兵。彼の哀切きわまる言葉が心に残ります。
 どんどん大きくなってませんか、野営地が。

 だから一生懸命思い出すんです。あれがなかった時の景色を。

 守られているものに怯え、怯えながら…すがり、すがりながら、憎み…憎みながら、信じるんです…もう、ぐちゃぐちゃなんです。
 結局、本土は沖縄をまもってくれなかった。いやそれどころか、沖縄を米軍の戦利品として献上し、自分だけ生き永らえようとする。新兵が病気になったため二人はガジュマルから降りて投降しますが、その後、二人の再会はありませんでした。
そして衝撃のラストシーン、ガジュマルが二人を乗せたまませり上がり、ほぼ直立します。客席を睥睨するガジュマルと二人の兵士。まるで、あなたがたが忘れても、無関心でいても、見て見ぬふりをしても、私たちは見ていると言わんばかりに。
 ガジュマルの精霊が静かに琉歌を唄い始めると、それを掻き消すかのように轟く軍用機(オスプレイでしょうか)の爆音。恐怖心さえ覚えるような、今の沖縄人を脅かすその凄まじい音が、私たちを現実へと引き戻します。

 素晴らしいお芝居でした。ガジュマルの上を縦横無尽に動きまわり、沖縄と本土の関係を見事な演技で演じ切った山西惇と松下洸平の両氏に、心からの拍手を贈ります。ひさしぶりにスタンディング・オベーションをしてしまいました。
 そしていま、沖縄をふたたび犠牲にして辺野古での新基地建設を強行している安倍政権に、瞋恚の焔が燃え上がります。沖縄、福島、水俣、四日市、アイヌ、在日コリアン、ワーキング・プア、女性、子ども、誰かを、どこかを犠牲にしないと立ちゆかないこの国って、いったい何なのでしょうね。

 追記です。最近、与那国島や宮古島などに自衛隊を配備する動きが活発となっています。日本の多くのメディアの論調は、「海洋進出する中国への牽制」というロジックで自衛隊の南西シフトを報道していますが、どうも眉唾ものですね。『週刊金曜日』(№1233 19.5.24)の「自衛隊の「南西シフト」三つのポイント」 (本誌取材班)という記事で、その正体が見えてきました。
 まずアメリカの対中国戦略は、中国の弱点である輸出依存経済に着目し、いつでも中国のコンテナ船の運航を止めさせ、遠距離経済封鎖することができる誇示し、「現行の(米国の作り出した)国際秩序に従え」と中国を威圧するものです。言い換えれば、中国の「海洋進出」に米日が「対応」しているのではなく、逆に米日の「威圧」戦略が先行して存在し、それに中国が「対応」するかたちで軍事増強を進めている構図として理解すべきだと本誌は指摘しています。
 当然ながら、中国も黙ってはいません。経済封鎖網を「突破」可能にするべく、東シナ海沿岸における軍事配備を強化します。すでに、中国は地対地ミサイル等を多数配備していますが、このミサイルのターゲットは、中国への「威圧」のために南西諸島に配備された自衛隊の地対艦ミサイル等とされています。これに対し自衛隊の側も、こういった中国の「対応」を口実に、「島嶼防衛」を名目にしながら、実際には「経済封鎖可能な軍事配備」を維持するための配備を強大化していくことしょう。こうして「いつでも経済封鎖は可能だぞ」対「そんな経済封鎖など突破できるぞ」という対立構図のもとで、軍事緊張は常態化していきます。(p.25~7)
 また沖縄を犠牲にして、9条改憲、軍事費増額、排外的ナショナリズムの煽動、そして安倍政権支持率の上昇を目論んでいるのかもしれません。やれやれ、あのガジュマルの木と二人の兵士は、どのような思いでこの状況を見つめているのでしょうか。
by sabasaba13 | 2019-06-01 08:11 | 演劇 | Comments(0)

かもめ

c0051620_913673.jpg アントン・チェーホフの戯曲や短編小説は文庫でよく読んだのですが、実際の演劇は見たことがありません。常々、彼の脚本による舞台を見てみたいものだと思っていたのですが、ようやくその思いが叶いました。新国立劇場の芸術監督・小川絵梨子氏と演出家・鈴木裕美氏が全キャストをオーディションで選考して、『かもめ』を上演するそうです。小川氏は、作品を中心に据え置いて、作品に必要な俳優と出会うためだと言っておられますが、たいへんなご苦労だったでしょう。これはぜひ見てみたい。山ノ神を誘って、初台にある新国立劇場で観劇してきました。なおイギリスの劇作家・トム・ストッパードによる英訳版を翻訳して使用していますが、小川氏によると、リズムが良く会話体が多いというのがその理由です。まずはあらすじを紹介します。
 ソーリン家の湖畔の領地。彼の妹である女優のアルカージナと愛人の小説家トリゴーリンが滞在している。アルカージナの息子コンスタンティンは恋人のニーナを主役にした芝居を上演するが、アルカージナは芝居の趣向を揶揄するばかり。コンスタンティンは憤慨しながら席を外すが、アルカージナは、ぜひとも女優になるべきだ、とニーナをトリゴーリンに引き合わせる。ニーナは、トリゴーリンに名声への憧れを語り、徐々にトリゴーリンに惹かれていく。コンスタンティンは自殺未遂を引き起こし、さらにはトリゴーリンに決闘を申し込むが、取り合ってすらもらえない。モスクワへ戻ろうとするトリゴーリンに、ニーナは自分もモスクワに出て、女優になる決心をしたと告げ、二人は長いキスを交わすのだった。
 2年後、コンスタンティンは気鋭の作家として注目を集めるようになっている一方で、ニーナはトリゴーリンと一緒になったものの、やがて捨てられ、女優としても芽が出ず、今は地方を巡業している。コンスタンティンがひとり仕事しているところへ、ニーナが現れる。引き留めるコンスタンティンを振り切り、再び出て行くニーナ。絶望のなか、部屋の外へと出て行くコンスタンティン。そして…
 さすがに自らこの舞台にあがりたいと望んだ俳優のみなさんたち、熱気にあふれる演技でした。それにしても摩訶不思議な劇です。主人公が誰なのか、よくわからない。悲劇なのか、喜劇なのか、よくわからない。幾重にも連なる一方的な恋愛。自分のことは雄弁に語るのに、人の話を聞こうとしない登場人物たち。想像力をかきたてる衝撃的なラスト・シーン。
 『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』(光文社古典新訳文庫)の書評でも紹介したのですが、チェーホフの不思議な魅力を読み解いた訳者・浦雅春氏の解説が秀逸なので再掲します。都会に住む花形作家であるという事実に居心地の悪さを感じ、何かというと脚を引っ張り合う気取った文学仲間にも馴染めず、底意地の悪い批評家たちに嫌悪感を覚えていたチェーホフは、そのような文学的な垢を洗い流すために流刑地・サハリンへと旅行をしました。浦氏によると、チェーホフにとってサハリンでの体験は大きな衝撃だったようです。閉ざされた流刑地サハリンにおいて、彼はロシア自体が「閉ざされた」サハリン島にほかならないこと、いや人間の存在そのものが「閉ざされた」ものであることを発見します。その結果、精神病棟に、屋敷に、自分の殻に、狭隘な考えに閉じ込められた人物たちが彼の戯曲にしばしば登場するようになります。
 そして、幼い少女が何の罪の意識もなく売春に走り、人間と家畜がひとつ床に雑居するサハリンの言語を絶する現実に、チェーホフは「あらゆるものを意味づける神=中心の喪失」を再確認することになります。彼は、それを「人間の条件」として受け入れる眼を獲得しました。その結果、彼の戯曲からは、主人公の視点によって成立する世界がなくなります(「主人公の喪失」)。事物、人間、思想、思念がすべて等距離にながめられる起伏のないのっぺりとした空間。意味づける中心がない世界と、自己に閉じ込められた個人、よってそこには会話は成立しません。よってチェーホフ劇は、累々たる言葉の屍が積み重なる「ディスコミュニケーションの芝居」となります。しかし浦氏曰く、それはコミュニケーションへの渇きにほかならない。言葉にはならないけれど、誰かにわかってもらいたい、きっとわかってくれるはずだ、それはもはやコミュニケーションではなく「祈り」に近い。ただその切なる願いも、チェーホフは醒めた目で突き放してしまいます。『かもめ』のラスト・シーンのように。
 “累々たる言葉の屍”がより積み重なる今だからこそ、チェーホフの芝居は人を惹きつけるのかもしれません。『三人姉妹』、『ワーニャ伯父さん』、『桜の園』もぜひ観てみたいものです。
 以前に、「クロアチアの貴婦人」と呼ばれるリゾート地・オパティアで、チェーホフの胸像を見かけました。よろしければご笑覧ください。
またしこしこと集めてきた、チェーホフの言葉も紹介します。
 小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人間である。

 君は人生とはなんぞやと訊ねてきているが、それは、ニンジンが何かと訊ねるのと同じことだよ。ニンジンはニンジンであって、それ以上のことはわからない。

 神には脇にいてもらおう。いわゆる偉大な進歩的な理想には脇にいてもらおう。人間からはじめよう。それが誰であれ―主教、百姓、百万長者の工場主、サハリンの徒刑囚、食堂の給仕であれ―人間に対して優しくし、思いやりをもとう。人間を尊敬し、憐れみ、愛することからはじめよう。それなしにはなにもはじまらない。

 世界はすばらしい、ですが、ただ一つすばらしくないものがある、それはぼくらです。

 過ちを犯すよりは、だまされている方がいいのだ。

 欺瞞こそ生存競争で最も確実な期待できる手段である。

 風邪を引いても世界観は変わる。ゆえに世界観とは風邪の症状だ。

 嘘を吐いても、人人は信じる。ただ権威をもって語れ。

by sabasaba13 | 2019-05-20 07:35 | 演劇 | Comments(0)

新・正午浅草

c0051620_118680.jpg 劇団民藝が、永井荷風を主人公とした『新・正午浅草 荷風小伝』(作・演出=吉永仁郎)という劇を上演するとの情報を得ました。荷風ファンの末席を汚す一人として、これは見逃せません。おまけに今年は荷風生誕140年にして没後60年です。山ノ神を誘いましたが所用のために無理とのこと、独りで出かけることにしました。劇場は「紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA」、新宿タカシマヤ・タイムズスクエア南館の七階にあります。初日のため、かなり客席はうまっており何となく華やかな雰囲気でした。まずは公式サイトより、あらすじを引用します。
 昭和32年秋の昼下がり、市川市八幡。独りで暮らす77歳の荷風が、書斎にもち込んだ七輪に木片をくべて、野菜入りの自称釜飯をつくっている。そこへかつての愛妾お歌が久しぶりに訪ねてくる。お歌はわびしさに驚くが、荷風は2千万円の預金通帳を入れたカバンを置き忘れたことも面白おかしく語ってみせる。思わずお歌の視線はカバンへ。思い出話はやがて40年書きついだ日記へと移り、名作「?東綺譚」の娼婦お雪との日々がよみがえる…。
 何といっても、永井荷風(本名は壮吉)役を演じた水谷貞雄の見事な演技に脱帽です。頑固で、へそまがりで、女好きで、狷介で、辛辣で、でも優しそうでどこか憎めない荷風の風貌がよく伝わってきました。最後のほうになると、まるで荷風がよみがえって眼前にいるような気すらしてきました。
 冒頭で、荷風が“まつざきこうどう”の本を読みながら、老人が若い娘と寝るのは良いが子どもをつくってはいかんと独り言をつぶやく場面がありました。今にして思うと、「家庭を持たずに自由に生きる」という荷風の生き様を象徴した言葉なのですね。なお“まつざきこうどう”という方はどこかで聞いた覚えがあります。今調べたところ、松崎慊堂という江戸時代後期の儒学者で、渡辺崋山の師匠だった方でした。
 猫と遊びながら“釜飯”と自称する怪しげな料理をつくっているところに、かつての愛妾お歌が訪ねてきます。そして彼の日記『断腸亭日乗』を見つけ、荷風に読んでもらうところから劇は展開していきます。日記に出てくるエピソードの場面と、今現在の荷風の部屋との往復、よくできた脚本です。息子に社会的な地位と名誉を期待する厳格な父・久一郎(伊藤孝雄)と、それをかわしながら自由に生きようとする飄々とした荷風、この親子のやりとりが面白いですね。でも父に勧められた結婚を断れず、また尊敬する恩師・森?外に頼まれた慶応義塾大学教授の職を引き受けるなど、義理堅い一面もあります。とは言っても、父が亡くなるとすぐに離婚し、?外が亡くなるとすぐに職を辞してしまうのが荷風です。
 軍靴の音が鳴り響く時代になると、荷風は軍国主義を忌み嫌い、不服従・非協力の姿勢を貫きます。『断腸亭日乗』に下記の一文があるように。
 軍部の横暴なる今更憤慨するも愚の至りなればそのまま捨置くより外に道なし。われらは唯その復讐として日本の国家に対して冷淡無関心なる態度を取ることなり。(1945.5.5)
 劇では友人と共に馴染の静かなカフェを訪れて、持参したドビュッシーのレコードをかけてもらう場面がありました。彼は、フランスでドビュッシーの生演奏を聴いたことがあるのですね、羨ましい。なお現在からこの場面に転換するときに流れた曲は、ピアノ曲「夢」でした。そこに居合わせたのが菊池寛、国策に協力する彼を荷風は嫌い店から立ち去ります。
 そして日記は、玉ノ井で出会った娼婦お雪のことに触れますが、そう、『?東綺譚』のモデルとなった女性ですね。荷風に恋心を抱き結婚を申し込むお雪、自由に生きるために優しく断る荷風、そして傷心を押し隠して健気に明るく振る舞うお雪。しっとりとした良い場面でした。苦界にありながらも懸命に生きようとするお雪を、飯野遠が見事に演じていました。
 ふたたび現在へ、お歌は借金を申し入れますが、荷風にやんわりと断られて立ち去ってしまいます。自由と孤独のなか、誰にも看取られずに死んでしまう荷風…
 なお題名の「正午浅草」は、晩年の『断腸亭日乗』がほぼ毎日この一文のみ記されていることからつけられました。浅草にある「アリゾナ」でいつも昼食をとっていたのですね。空襲の際も、この日記だけは持ち出した荷風。たとえ四文字とはいえ、その日にしたこと/あったことを日記に書き残すことが、彼にとって生きる証だったのかもしれません。

 老境を迎えつつある私としては、いろいろと考えさせられたお芝居でした。演出家のピーター・ブルックに「演劇とは、自分と他人とが違うということを確認していく作業です」という言葉あるそうですが、荷風とは違う自分なりの老い方に思いを馳せるよいきっかけとなりました。
 なおあえて注文をつければ、国家や社会に対する痛烈な批判者であった面をもっと取り上げてほしかったと思います。荷風の視線は、今だからこそ必要ではないのかな。『断腸亭日乗』からいくつか紹介します。
 日本人は何事に限らず少しく目新しきものの盛になり行くを見れば忽恐怖の念を抱く。島国根性今以て失せやらぬものと見えたり。今日の時勢を見るに女給踊子の害の如きはたとへこれありとなすも恐るるに足らず。恐るべきは政治家の廉恥心なきことなり。社会公益の事に名を托して私欲を逞しくする偽善の行動最恐るべし。(1929.9.19)

 日本現代の禍根は政党の腐敗と軍人の過激思想と国民の自覚なき事の三事なり。政党の腐敗も軍人の暴行もこれを要するに一般国民の自覚に乏しきに起因するなり。個人の覚醒せざるがために起ることなり。然りしかうして個人の覚醒は将来においてもこれは到底望むべからざる事なるべし。(1936.2.14)

 昏暮土州橋よりの帰途銀座食堂にて晩餐を命ずるに半搗米の飯を出したり。あたりの客の様子を見るに、皆黙々としてこれを食ひ毫も不平不満の色をなさず。(以下十三行半切取。一行抹消)国民の柔順にして無気力なることむしろ驚くべし。(1939.12.2)

 日本人の口にする愛国は田舎者のお国自慢に異ならず。その短所欠点はゆめゆめ口外すまじきことなり。歯の浮くやうなお世辞を言ふべし。腹にもない世辞を言へば見す見す嘘八百と知れても軽薄なりと謗るものはなし。この国に生まれしからは嘘でかためて決して真情を吐露すべからず。富士の山は世界に二ツとない霊山。二百十日は神風の吹く日、桜の花は散るから奇妙ぢゃ。楠と西郷はゑらいゑらいとさへ言つて置けば間違はなし。押しも押されぬ愛国者なり。(1943.7.5)

 歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや。(1943.6.25)
 壮吉さん、その行末が今なのですが、何てことはない、政治がさらに低劣で滑稽なものになり、即位と改元に沸き立つ国民はさらに柔順になっただけです。

 余談です。倉科遼の原作、ケン月影の作画による『荷風になりたい 不良老人指南』(小学館)という漫画があります。ケン月影が描く女性がみな同じ顔であることに辟易しますが、荷風の生涯を要領よくまとめています。
by sabasaba13 | 2019-05-16 06:15 | 演劇 | Comments(0)

どうぶつ会議

c0051620_1317107.jpg 先日、劇「銀杯」を見たときに、こまつ座による「どうぶつ会議」の上演があるというチラシがありました。そう、ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーが書いた作品ですね。ドイツの文豪の中心人物として、第二次世界大戦のナチス政権下には自分の本が焚書の憂き目にあいながらも亡命せず、それどころか、自分の本が燃やされるのを見に行ったそうです。ケストナーは自身の日記のなかで、原爆が投下された「1945年を忘れるな」と記しているそうです。また「そして地球の住民たちがみずから選んだ没落は太陽系やうずまき星雲の年代記にしるされる余地はないだろう」とも言いました。戦争や全体主義と闘い続けた不屈の作家、しかしユーモアと笑いを忘れない魅力的な作品群は、子どもの頃にむさぼるように読みました。『エーミールと探偵たち』『点子ちゃんとアントン』『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』『五月三十五日』…
 その一つである『どうぶつ会議』という児童小説を、1971年に井上ひさしが劇団四季のために描き下ろした音楽劇で、今回、こまつ座によって約半世紀前ぶりに復活されるそうです。井上作品に演出助手として携わった田中麻衣子が井上作品の演出に初挑戦し、栗原類、池谷のぶえ、田中利花、木戸大聖、上山竜治、大空ゆうひらが出演します。これはぜひ見なくては、山ノ神を誘って、東京・新国立劇場の小劇場「THE PIT」に行ってきました。実はこまつ座の舞台を観るのははじめてなので楽しみにしております。

 まずはこまつ座のホームページから、あらすじを引用します。
 世界中のどうぶつたちが子どもたちのために立ち上がりました。人間の大人たちは世界中にいろんな問題があるのに戦争ばかり、これじゃあ人間の子どもたちがかわいそうだ、と抗議をしますが、頭の固い大人たちには届きません。困ったどうぶつたちは、人間の子どもたちに話を聞いてもらうことにしました。
 そんな中、日本のとあるサーカスでは、頭をひねらせたどうぶつたちが劇場にやってきた子どもたちを閉じ込めて、お話を始めます。一か月前のある暑い日の夜に始まったものがたりを…
 まず何と言っても楽しい舞台です。ライオン、ネコ、サル、カンガルー、ヒョウ、トラに扮した役者たちが舞台狭しと跳ね回り、歌い、踊る。しかしこのサーカスの動物たちは、団長によるひどい虐待を受けています。「団長の唄」です。
♪サーカスの動物に 大切なものは なによりも芸当だ 芸の練習だ 理屈をこねる暇に 玉乗りの稽古だ 不平を鳴らすよりも 馬乗りの復習だ♪
 "サーカスの動物"を"会社の社員"に置き換えると、身をつまされてしまいます。そして劇が進行していくうちに、動物たちによる人間の傲慢さへの真剣な問いかけがなされていきます。なぜ戦争をするのか、なぜ環境を破壊するのか、なぜ子供の遊び場を奪うのか。挿入歌「人間はすばらしい生き物」です。
♪人間はすばらしい生き物 空をとぶ タカのように 海を泳ぐ フカのように 丘を走る 豹より早く 深くもぐる ふぐより深く なのになぜ いがみあう? なのになぜ殺し合う? ふしぎだ- 人間は不思議な生き物♪
 しかし動物たちは泣き寝入りをしません。世界中の動物がアフリカに集まって、人間たちに思い知らせよう、自分たちも動物だと気づかせようと色々な作戦を決行します。蜂に将軍を襲わせるなどしますが、すべて失敗に終わります。
 しかし動物たちはあきらめません。人間の大人たちの過ちに気づかせ、その考えや行動を改めさせるための、突飛もなくかつ有効な作戦を決行します。それは…見てのお楽しみにして、それでも逡巡する大人たちに対して、「動物憲章の唄」をいっしょに歌って後押しをしてほしいと、私たち観客に呼びかけます。
動物憲章の唄

ちいさいちいさい ぼうふらも
おおきいおおきい マンモスも
かわいいかわいい ひなどりも
こわいこわい毒フグも
そして人間も-
せまい地球にしがみついている同じ仲間さ

せいたかのっぽの キリンも
でぶのでぶっちょ カバ君も
間抜けな間抜けな トンマも
そして人間も-
せまい地球にしがみついている同じ仲間さ

のろまののろまの カメ君も
すばやいすばやい 野ウサギも
細い細い ミミズも
太い太い 黒豚も
そして人間も-
せまい地球にしがみついている同じ仲間さ
 舞台上に歌詞を書いた大きな垂れ幕を下げ、ピエロと動物たちが歌唱指導までしてくれました。歌うことを強要されるのは嫌いですが、今回は歌詞に共感したので自発的に山ノ神と共に歌いました。孑孑と人間は、狭い地球にしがみついている仲間、いいですね。ただメロディが覚えづらい、国広和毅氏の精進を期待します。

 というわけで楽しく、かつ考えさせられた芝居でした。人間は動物だ、学者・将軍・資本家の側ではなく動物と子供の側に立とう、そして世界は変えられる、エーリッヒ・ケストナーと井上ひさしのさまざまなメッセージ今も心に響きます。
 あらためてHPに掲載されていた井上ひさしのメッセージを紹介します。
 この二十一世紀というのは、地球と人類史上始まって以来の大問題が起こってきている。これをみんなで考えて必死に解決していかないといけない時代になったのです。わたしたち旧い世代もがんばります。しかし、この二十一世紀の主人公は若い皆さんです。「この世の中は自分たちの意思で変えられる」ということをどうか肝に銘じていただきたい。自分たちの意見をはっきり表わしていくことです。

by sabasaba13 | 2019-03-05 06:25 | 演劇 | Comments(0)

銀杯

c0051620_97138.jpg 私が尊敬する、故加藤周一氏の言葉です。
 映画は我を忘れさせ、演劇は我を振り返らせる。
 そう、自分を振り返るために、自分は何者であるかを知るために、できるだけ劇場に足を運ぼうとしています。ただ己の怠慢ゆえか、なかなか良い劇の情報が手に入りません。某日、私が信頼するメディア、『週刊金曜日』と『しんぶん赤旗』でほぼ同時に『銀杯 The Silver Tassie』という、アイルランドの劇作家ショーン・オケイシー原作による反戦劇を紹介していました。うん、これは面白そう、さっそく山ノ神を誘って世田谷パブリックシアターに見に行きました。ちなみに、演出は森新太郎氏です。
 時は第一次世界大戦、場所はアイルランドの首都ダブリンです。第一幕はダブリンにあるフットボール選手ハリー・ヒーガン(中山優馬)の家が舞台。軍からの短い休暇をもらって帰郷していたハリーは、中心選手として活躍し銀杯(優勝カップ)を手にします。恋人のジェシー(安田聖愛)や仲間から祝福を受ける彼ですが、戦地に戻る船の出航時間が迫っています。不安気に彼を見送る母親のヒーガン夫人(三田和代)の姿が印象的でした。
 第二幕は、フランスのどこかにある戦場が舞台ですが、この幕の演出には舌を巻きました。戦争の悲惨さや不条理をリアリズムで描くのは無理だと森氏は判断したのでしょう、人形を使っての秀逸な演出でした。生身の人間より少し大きめのグロテスクかつユーモラスな兵士の人形を、文楽のように自在に操って、戦争のおぞましさと愚劣さを見事に表現していました。そうか、戦場においては兵士は名前のない人形にすぎないという冷厳なる事実の隠喩なのかもしれません。自らは死地には赴かずに偉そうに兵士を督励してまわる上級将校の無責任さも笑い飛ばされていました。そうそう、初演時のものと国広和毅氏作曲による劇中歌も効果的に使われていました。例えば…
♪けど、何で俺らはここにいる♪

草原を歩く女房
荷馬車の、物売りたちのあいだを
幼いエミーがスカートを引っ張りながら、こう言う
「風船、風船、風船が欲しい」
愚図るエミーを引き寄せて、大げさに諭す女房
「風船なんて、ダメじゃない、パパは今、戦っているのよ
パパが帰るまで待たなくちゃ、ほら、バンドの演奏が始まる!」

けど、何で俺らはここにいる、何で俺らはここに-それが知りたい!

将校は、えらそうにふんぞり返り、「何故なら、お前らが
第48大隊、第6歩兵隊、偵察隊900だからだ
先祖は、この場所、フランスで
弓を引いて、戦った
さあ、今度は、お前らの出番だ
大砲で、気楽に、戦ってこい
徴兵拒否者は、迫害される
仕事につけて1人か2人」

教会の司祭は、もったいぶって
「お前の国、お前のママが、ここにいさせるんだ」
女房にたずねてみたら
「天国には、いい神様がいてね
あたし、軍からお手当、貰えるの」

けど、何で俺らはここにいる、何で俺らはここに-それが知りたい!

何で俺らはここにいる、何で俺らはここに-それが知りたい!
 第三幕は、ダブリンにある病院の一室。ハリー・ヒーガンは戦傷によって下半身不随となり、車椅子に頼るようになります。そして恋人のジェシーが親友のバーニー(矢田悠祐)と恋仲であることを知り、衝撃を受けます。
 第四幕は、ハリーが所属していたフットボール・クラブのパーティ会場。まるで戦争などなかったかのように踊り、飲み、騒ぐ人びと。その輪の中にジェシーとバーニーもいます。そこに車椅子でやってきたハリー、幸せそうな二人を追い回します。居場所もなく深い疎外感に苛まれるハリー…

 うーむ、考えさせられますね。戦争によって傷ついた人に救いの手をさしのべたい。しかし、知らず知らずのうちに、日々の暮らしに流されて、彼らがいないかのように振る舞う人びと。他人事ではありません。今、福島で起きていることを思い起こしました。

 なお購入したプログラムに、この劇の時代背景に関する小関隆氏の興味深い解説がありました。第一次世界大戦時、アイルランドはイギリスに併合されていました。この大戦にアイルランドが多くの志願兵を輩出して貢献すれば、戦後の自治が確かなものになると考えた方も多かったそうです。しかし自治ではなく、武力による独立を求めて、1916年にイースター蜂起が勃発しました。これは強硬に鎮圧されましたが、以後、アイルランド世論は反戦・反イギリスへと傾き、イギリス軍に加わった者たちへ敵意が向けられるようになります。復員した後には仕事を見つけることにも人間関係を再建することにも苦労し、時には暴力を加えられさえしたそうです。そうした時代背景を知ると、ハリーの孤独がより身に沁みてきます。
 なおこの蜂起に関しては、『マイケル・コリンズ』という素晴らしい映画があります。
by sabasaba13 | 2018-12-18 06:22 | 演劇 | Comments(0)

九月、東京の路上で

c0051620_20494381.jpg 九月一日がやってきます。そう、1923年に関東大震災が起きた日、そして朝鮮人・中国人らに対する日本軍・警察・民衆の虐殺が始まった日です。その歴史的背景や起きた状況、責任の所在、その後の経過などが知りたくて慰霊碑や史跡をまわりいろいろと調べています。それについては拙ブログに掲載していますので、よろしけばご覧ください。その結果つくづく感じたのは、弱者に対する侮蔑・差別・暴力という底知れぬ闇が、この国の近現代史に潜んでいるのではないかということです。さらに今に至るも、日本政府はきちんとした調査をしておらず、ましてや謝罪や賠償なども一切しておりません。彼らの常套手段、「なかったことにしてしまう」ということでしょう。やれやれ恥知らずにも程があります。
 この虐殺の重大性について教示してくれたのが加藤直樹氏の『九月、東京の路上で』(ころから)という一冊です。氏によると、そのきっかとなったのが、東京・新大久保などで「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などによるデモです。カタログハウスのインタビューから引用します。
 たぶん「朝鮮人を殺せ」という集団が現れて、街中を堂々と練り歩くというのは、関東大震災以降で初めて起こったことです。そして、関東大震災のときにはその「殺せ」が実行されてしまったわけで……単なる過去としてではなく今を考えるためのきっかけとして、関東大震災の記憶を共有することが絶対に必要なんじゃないかと思いました。それで、反対行動に一緒に参加していた友人たちと相談して、朝鮮人虐殺に関する記録を綴るブログをはじめたんです。
 そのブログをまとめたのが本書です。その本にインスパイアされた坂手洋二氏が劇化・演出し、彼が主催する「燐光群」が上演するというニュースを知りました。そのいきさつについて、坂手氏はパンフレットの中でこう述べられています。
 そしてそれ以上に、災害事故ではない、差別が暴力として爆発した「朝鮮人の虐殺」という、厳然たる歴史上の事実に、戦慄した。今回の企画のために資料を集めても、なかなかその全貌がつかめない。多くの証拠は隠滅されている。そして今も、やはり隠されている。この社会から隠そうとする者たちの意志を、感じる。
 昨年九月、加藤直樹さんに誘われ、「朝鮮人虐殺犠牲者追悼式典に対しての追悼メッセージ送付を取りやめた小池百合子知事の決定に抗議する声明」を出す連名に加わった。
 追悼メッセージ送付取りやめは、史実を隠ぺいし歪曲しようとする動きに、東京都がお墨付きを与えてしまうことになる。それは追悼碑そのものの撤去にまで進むのではないか。差別による暴力を容認することで、災害時の民族差別的流言の拡散に再びつながってしまうのではないか。新たな事件が起きることを誘導してしまわないか。と、この声明は指摘している。
 その機会に、あらためて「九月、東京の路上で」を読み、これを劇にしようと思った。
 山ノ神が所用で忙しいので、一人で東京都世田谷区下北沢にある「ザ・スズナリ」に行きました。目の前がすぐ舞台という小さな劇場ですが、嬉しいことにほぼ満席。得も言われぬ熱気が伝わってきました。
 劇は、東京都世田谷区にある烏山神社に、『九月、東京の路上で』を持参した13人の男女が集まる場面から始まります。彼ら/彼女らは2020年東京オリンピックに向けて町おこしを計画している方々で、この神社には虐殺された朝鮮人13人を慰霊するために13本(※12本?)の椎の木が植樹されたという話を知り、これを町おこしに使えないかと考えます。(現存するのは4本) しかし本を読む進めると、この椎の木は慰霊のためではなく、虐殺に関与して起訴された地元民12人が釈放された際に、彼らを顕彰するために植えられたのではないか、ということが分かってきます。なおこの事件の詳細については、拙ブログの当該記事をご覧ください。また歌手の中川五郎氏が、この事件を題材として「トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース」という曲を作り歌われています。
 そしてここから時空は95年前に遡り、本で綴られたさまざまな虐殺事件の様相を、13人の役者が入れ代わり演じ、再現していきます。いずれもいろいろな研究書を読み、知っていた事件ですが、生身の人間が眼前で迫真の演技で再現してくれたために、まるでその場に居合わせたような錯覚すら覚えました。虐殺事件のおぞましさ・卑劣さ・下劣さをあらためて体感することができたと同時に、もしその場に自分が居合わせたらどうするだろう、という問いかけも沸き起こりました。一緒に暴行を加えてなぶり殺すか、傍観するか、体を張って制止するか、足早にその場を立ち去るか。正直に言って…わかりません。もちろん制止するのが人間としての義務だと思いますが、そうしたらどうなるか。肌に粟が生じます。
 そして時空は現在へと戻り、13人が烏山神社を再訪すると、4本の椎の木は伐採されて金網がまわりを囲っています。彼ら/彼女らが金網の中に入り訝しんでいると、突然レイシストの大集団が13人を取り巻いたことが大音声で表現されます。と同時に、役者たちによって金網が動かされ観客席を囲み、観客も同じ立場に置かれます。暴走するレイシストの恐怖を感じさせてくれる演出でしたが、もう一工夫した外連味のある演出でもいいのでは。当時の朝鮮の方々が感じたそれの何分の一でもいいから、顔面蒼白となるような真の恐怖を味あわせてほしかったと思います。

 熱のこもった、そして真摯な芝居でした。機会があったらぜひ多くの人に見ていただき、かつて東京などで起きた凄惨な事件を知ってほしいと思います。そしてこの事件に対して、私たちはきちんと向き合い清算をしていないことも。パンフレットにあった「ここはほんとうに、オリンピックにふさわしい場所なのか」という言葉を噛み締めながら。
 なお東京新聞(18.8.2)によると、小池百合子都知事は朝鮮人追悼文の送付を今年も控えるそうです。
 東京都の小池百合子知事は一日、知事就任から二年の節目となる二日を前に本紙の単独インタビューに応じた。毎年九月に都内で営まれる関東大震災で虐殺された朝鮮人犠牲者追悼式で、歴代知事が送ってきた追悼文の送付を昨年取りやめた問題で、今年も送付しないと明言した。追悼文送付を求めて署名を集めている市民団体は近く、小池氏に面会を要請して署名を手渡し、再考を訴えたいと希望している。
 小池氏は、都慰霊協会が主催する関東大震災の大法要で、「都知事として全ての犠牲者に哀悼の意を示している。個別の形での追悼文の送付は控える」と、昨年と同じ理由を説明。「慰霊の気持ちには変わりはない」とも付け加えた。
 都民らからは反発の声が上がる。追悼式を主催し、署名に取り組む市民団体の一つ、日朝協会都連合会の赤石英夫さん(77)は「震災の犠牲者と、人の手で虐殺された死は違う。その事実を認めず、埋没させるのは負の歴史を反省せず、現代において民族排外主義やヘイトスピーチの容認にもつながる」と批判する。
 署名は約八千人と百三十近い団体から集まっている。「事実を忘却させず、二度と同じ過ちを繰り返させない」と訴える内容だ。
 朝鮮人虐殺を伝える劇を東京都世田谷区で上演中の劇団「燐光群」の坂手洋二さん(56)は「五輪の国際協調の精神を尊ぶのなら、送付をやめるのは問題。加害者であった事実を葬り去り、歴史を捏造する動きに拍車をかける」と憂える。
 朝鮮人虐殺を扱う企画展を開催中の認定NPO法人高麗博物館(新宿区)の新井勝紘館長(73)は「朝鮮人というだけで殺してしまった、その歴史の中での重みを知事は理解されてないのか」と残念がった。
 追記です。当時の日本人がなぜ朝鮮人に対して、強烈な差別意識を持ったのか。その理由の一つとして、中野敏男氏が『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』(NHKブックス1191)の中で、次のように述べられています。長文ですが、引用します。
 それにより見えてきたことは、植民地帝国=日本の拡大という時代状況であり、またその趨勢に乗りながら自ら植民地主義を担って日本の外に移動していく民衆の姿でした。日本国家として対外的な拡張という前途が開かれているこの時代の中で、それに加担して移動する個々の民衆の心情は、一方でそこに開かれた経済的・社会的なチャンスをものにしようという渇望と野心に満ちていたのでしたが、他方ではもちろん異郷に向かう大きな不安に苛まれるものでもあったでしょう。このような植民地拡張の時代に、人々は「さすらひの唄」や「流浪の旅」にその不安な心情を仮託して歌い、郷愁をかき立てる詩歌曲の抒情に慰めを求めていたのです。しかしそこにわだかまる不安は、やがて立ちふさがる他者への不信や敵意につながり、この他者への蔑視や偏見を生み出し、それがまた倒錯した被害者意識にも結びついて、その極限では攻撃的な暴力として爆発していく。そんな事態がまさに現実のものになっているという意味で、関東大震災に襲われたその頃は、植民地主義への参与が民衆の心情を大きく揺り動かす時代に入っていたということです。
 そのような時代状況を理解すると、この時代の民衆が北原白秋の童謡に深く心を揺さぶられた理由もよく感得できるとわたしは思います。小笠原への旅の体験、そこで受けた二つの傷の痛みを癒すべく白秋自身が童心主義に光を求めたように、異郷に向かう植民者・移住者たちがその不安ゆえに白秋童謡に表現された郷愁に強く惹きつけられ、そこに示された「優しさ」や「童心」に日本人の本質を見出すことで癒される、そんな心情の機制がここに作動していたということです。そう考えてみると、この時代に特に広がった詩歌曲の抒情への関心と民衆の植民地主義との照応関係がよく理解できます。わたしたちは、1919年に朝鮮で三・一独立運動が起こり、21年には日本で「流浪の旅」が流行し白秋は「童謡復興」を唱えていて、その翌々年である23年に関東大震災という大災害がありその時に朝鮮人虐殺も起こったという、この一連の事実の同時代性を忘れるわけにはいきません。この震災を前後する文化史の流れの底には、植民地主義と移動の時代に翻弄されている日本民衆の心情の強い不安や揺らぎが、確かに読み取れるだろうと考えるからです。(p.97~8)

by sabasaba13 | 2018-08-31 06:54 | 演劇 | Comments(0)

ジハード

c0051620_10223696.jpg 彩の国さいたま芸術劇場で開催されている「世界最前線の演劇」シリーズの『ジハード -Djihad-』の紹介記事を読んでいたく興味をひかれました。作者のイスマエル・サイディはモロッコ系移民の子として、ベルギーで生まれ育った方です。彼の元同級生がイスラム国の戦闘員となってテレビに映し出された姿を見て、"イスラム教徒の移民コミュニティで育った若者たちがいかにジハード(聖戦)に関心を示し、なぜ加担してしまうのか"を、演劇を通じて多くの人に伝える必要があると考え、生まれた作品です。2014年12月にベルギーで初演されると多くの議論と共感を呼び、ベルギー政府公認のもと国内の学校で教育の一環として上演されているほか、現在もヨーロッパ各地で上演され続けているそうです。
 さっそくチケットを購入して、山ノ神と一緒に彩の国さいたま芸術劇場へ行ってきました。JR埼京線与野本町駅から、カンカン照りの酷暑の中を喪家の狗のようになりながら十分ほど歩いて到着。ぜいぜい。山ノ神は何度もここに観劇に来ており、一昨年逝去された演出家の蜷川幸雄氏が芸術監督を務めていたと教えてくれました。なお役者の方々が所属する「さいたまネクスト・シアター?」も次代を担う若手の育成を目的として2009年に故蜷川幸雄氏が立ち上げ、以降公演を通した実践的な俳優育成を行っている若手演劇集団です。きっと蜷川氏の罵声と怒号に鍛え上げられた若き役者たち、素晴らしい演技を期待します。
 会場は、「NINAGAWA STUDIO」という愛称が付けられた大稽古場、殺伐とした粗削りな雰囲気がこの芝居にマッチしそうです。席は一番上、後ろの壁との間に隙間があって、覗き込むとまるで奈落です。これも登場人物の心象風景を予感させてくれました。
まずはパンフレットから、あらすじを引用します。
 ベルギーのブリュッセルに住む移民2世の若者、ベン、レダ、イスマエル。3人は「ジハード(聖戦)」に参加するため、内戦の続くシリアに旅立とうとしている。ベルギー社会とイスラム教コミュニティのはざまで、自分の愛するものを禁じられ、行き場のない思いを抱える彼らは「ここではないどこか」を求めていた。彼らは戦場で何を見つけるのか、そして愛と情熱の行方とは─。
 冒頭、イスマエル役の堀源起が語るモノローグの中で、「ジハード(聖戦)とは、より良い社会をつくるための格闘だ」という言葉が心に残りました。ジハード=自爆テロという私たちが抱えがちな偏見や予断を解きほぐすような一言です。ムスリムだって、キリスト教徒だって、仏教徒だって、無神論者だって、より良い社会を求めているだけなんだと信じたくなりますね。
 物語は、アラブ人移民二世青年三人組が、シリアでのジハードに参加するための資金づくりに四苦八苦する場面から始まります。漫画を描くのが趣味のイスマエル(堀源起)、信仰心が篤くエルビス・プレスリーが大好きなベン(竪山隼太)、信仰心が薄くキリスト教徒の白人女性と交際しているレダ(小久保寿人)。ベルギー社会で受ける差別に苛立つ一方、シリア内戦での悲惨な被害者たちへの同情心からシリアへ赴こうとする三人です。『9・11後の現代史』(講談社現代新書2459)の中で、酒井啓子氏がこう的確に述べられています。
 ヨーロッパ社会から疎外され、ドロップアウトしたイスラーム系移民二世が、「ひとかどの人物」になれる機会かもしれないと期待して合流したのが、ISだったのだろう。ISに限らない。後に触れるアルカーイダもまた、欧米在住のイスラーム教徒に対して、似たような勧誘を行っていた。そしてそうしたイスラーム系ヨーロッパ人の多くが、連日報道されるシリア内戦での被害者の無惨な姿を見、アサド政権やシリアを空爆する欧米諸国に一矢報いてやりたいと考えて、シリアに馳せ参じたのである。(p.40)
 なおこのあたりまではコミカルなタッチで笑いが絶えず、特にレダのボケとイスマエルのツッコミは抱腹絶倒でした。ブリュッセルから空路イスタンブールへ、そしてアレッポ、ダマスカスへと到着した三人ですが、そこは大義も正義もない殺戮の場でした。その恐怖と緊張と絶望を、三人は迫真の演技で表現しています。やがてベンは狙撃されて殺され、イスマエルとレダは自分たちの居場所はやはりブリュッセルしかないと帰国を決意しますが、そのレダもドローンによって殺されてしまいます。このレダは実に愛すべきキャラクターで、明るくて軽くて良い加減で優しく、こんな友人がいたらなあとすっかり感情移入していました。その彼が、遠隔操作で動く機械により匿名の加害者によって殺害される。劇とはいえ、激しい怒りを覚えました。実際に、友人や家族や恋人をドローンに殺されたら、どのような憤怒を感じるでしょう。絶対に殺されない安全な場所でぬくぬくとしながら、ドローンを操作してゲームの如く他者を殺害する卑劣な行為。テロリズムを生む温床の一つでしょう。
 一人ブリュッセルに帰ったイスマエルは職業安定所へ行きますが、ジハードに参加したムスリムということで「ここはあなたが来る所ではない」と言い放たれてしまいます。職がないことは殺されるも同然、緩慢なる恐怖、そう失業もテロリズムなのですね。絶望したイスマエルは胸をはだけて体に巻き付けたダイナマイトを見せ、起爆装置に手に掛けますが押すことに躊躇します。すると死んだベンが現われて自爆を促し、レダも現れて思い留まるよう説得します。彼は…

 いやあ素晴らしい劇でした。最後尾の席ということもあって、思わずスタンディング・オベーションをしてしまいました。ブラービ!
演出された瀬戸山美咲氏が、パンフレットの中でこう語られています。
 『ジハード -Djihad-』は、イスマエル・サイディさんが「今、自分たちがやらなければならない」という強い意志を持って生み出した作品です。その熱は広がり、ヨーロッパでは30万人以上の人がこの舞台を観ました。その中には、移民やイスラム教徒に対して偏見を抱いていた人もいたかもしれません。テロ組織に参加しようとしていた人もいたかもしれません。この作品を観たことで彼らの意識は少しだけ変わったかもしれません。「演劇に世界は変えられるか」という問いはよく掲げられますが、この作品は実際に世界を変え始めています。
 イスマエルさんたちの熱は日本まで届きました。そして堀源起さんたちが手を挙げてくれて上演が実現しました。さいたまネクスト・シアターのメンバーにとっても、この作品は「今、自分たちがやらなければならない」ことだったのだと思います。この戯曲は、「テロに参加する移民2世のムスリムの現実」という日本で暮らしていると少し遠く感じそうなことが書かれています。しかし、登場人物たちの抱く感情は、同時代を生きる私たちと通じるものです。居場所が見つけられずもがく彼らは、まるで私たちや私たちの友達のようです。
 そういった「わかる」感覚と、「わからない」ことのはざまを全員で行き来しながら稽古を重ねました。私たちの日常に置き換えられることもあれば、前提から積み上げていかなければならないこともありました。前提を知るために、人にお会いしたり、本を読んだりするうちに、日本にも同様の問題があることを知りました。私たちの身の回りには気づいていないだけで、たくさんの孤独が存在していました。今、あらためてこの戯曲を上演する意味について考えています。
 漫画やプレスリーの好きなありふれた若者が、差別によって居場所を奪われ自己実現の道を阻まれ、テロや暴力へと追いこまれていく。犠牲やリスクを少数者や弱者に押し付けて、多数者や強者が安穏に暮らす、そうした構造的な差別がなくならない限り、世界から暴力はなくならないのでしょうか。大きな視点から言うと、下記の状況だと思います。『9・11事件の省察 偽りの反テロ戦争とつくられる戦争構造』(木村朗編 凱風社)から引用します。
 世界自然保護基金(WWF)がエコロジカル・フットプリント分析(環境負荷や資源消費を面積に換算する手法)を用いて試算した「生きている地球レポート(Living Planet Report)」によると、世界中が「大量採取・大量生産・大量消費・大量廃棄」の「アメリカ式生活様式(American Way of Life)」を採用するならば、「五・三個の地球」が必要になるという。世界中が日本並みの消費をすると「二・四個の地球」が必要になるという。しかし、地球は一個しかない。「先進国(特に米国)の現存世代が第三世界と将来世代と自然界を犠牲にして豊かさを享受する石油文明」という構造的暴力を維持するために、戦争が必要」なのであろう。(p.178~9)
 そして"より良い社会をつくるための格闘"にどうやって加わるかについても考えさせられました。まずは私たちの身の回りにあふれている「差別」について関心を持ち、憤り、そうした状況を放置・黙認している政党の候補者にはびた一票投じないことでしょう。
 例えば沖縄。
ガリコ美恵子さんインタビュー 日本はパレスチナ弾圧の"共犯"になるのか

 7月に北海道パレスチナ医療奉仕団の招待で来日した、ショーファット難民キャンプの国連医療診察所所長、サリーム・アナッティ医師が沖縄を訪問してパレスチナに帰国後、「パレスチナの状況は沖縄とそっくりだ」と語りました。
 人権を顧みない国家権力に対して声を上げ、生きる権利を守ろうとする闘いは沖縄でも、ここパレスチナでも続きます。(『週刊金曜日』 1153号p.39)
 例えば福島。ぜひ『地図から消される街』(青木美希 講談社現代新書2472)をご一読ください。
 そして日本に逃れてきたクルド人の方々。
日本に暮らすクルド人 法の外で生きる フェデリコ・ボレッラ

 トルコの治安当局による迫害を逃れて家族とともに10年前に来日したAさんは、家族を養うためにさまざまな会社で道路工事や住宅の建設、下水道の整備などの仕事をしてきた。仮放免の許可書を手にしながら身の上を語る彼は、日本への入国時に東京入国管理局に収容され、一時的に解放されている身分であり、働くことを許されていない。入国管理局は現在、彼の難民申請を審査中だが、いつどんな理由で再び収容されても不思議ではない。
 6年前に来日したBさんは、就労が可能な「在留特別許可」を持っており、古い家屋の解体作業などをして働いている。同じ仕事場ではほかにも4人のクルド人が働いているが、彼らは労働の許可が得られていない。
 人口減少が進む日本では、労働者不足が叫ばれはじめて久しい。中でも建設業界は、2020年の東京オリンピックに向けて人手不足が深刻だ。高齢者と女性の労働力を活用すべきだと宣言している安倍晋三首相は、「建設産業で働く女性がカッコイイ!」というモットーを掲げたウェブサイトまで立ち上げた。そして、何千人もの外国人「インターン」の力と、いわゆる「技能実習制度」を最長10年へと延長することでこの人手不足を乗り切ろうとしている。
 政府は、日本に逃れてきたクルド人に対し、難民としての保護や、移民としてこの国で生きるための権利を与えることはせず、いつでも追い出せるような形で、違法とはしながらも日本人が敬遠しがちなきつい仕事に就くことを黙認している。難民申請者の多くが危険な建設現場や解体業者の元で違法に働くという矛盾した状況は、政策として意図的につくりだされているのだ。
 日本は2016年の時点で、難民問題を扱う国連難民高等弁務官事務所への拠出金ランキングは世界第5位だ。しかし、国際人権組織に多くのお金を出すこの国は、難民性の高い人々の保護はおろか、何年も一緒に暮らし、ともに働いている外国人たちを迎え入れることには、決して熱心ではない。(『DAYS JAPAN』 2018 6月p.24)
 まず知ることから始めましょう。

 劇場から出る時に、故蜷川幸雄氏のメモリアルプレートがあり、次の言葉が刻まれていました。
 最後まで、枯れずに、過剰で、創造する仕事に冒険的に挑む、疾走するジジイであり続けたい。

by sabasaba13 | 2018-08-27 06:46 | 演劇 | Comments(0)

琉球の風

c0051620_2210221.jpg 先日、劇団東演による劇「琉球の風」を俳優座劇場で見てきました。沖縄に関する映画は、『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』、『戦場ぬ止み』、『標的の島 風かたか』、『沖縄 うりずんの雨』などけっこう見てきましたが、沖縄に関する演劇ははじめてです。なお山ノ神が所用のため、一人で見てきました。
 作・中津川章仁、演出・松本祐子、まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 東京の旅行代理店に勤める片岡誠也の元に、一本の電話が入る。代理店で企画している沖縄ツアーの実態について話を聞きたいという観光庁の秋本からの連絡だった。同僚・新城紗緒理が手がけるこの沖縄ツアーは即座に満員となり、定員を増やす騒ぎになっていた。しかし片岡は、紗緒理には純粋な観光ツアーではなく別な思惑があるのではと気にしていた。「沖縄の人間は基本的に基地に反対しているからなあー」と振ってみるのだが、「反対している人だけでなく、賛成している人も、無関心派も大勢いますよ」と取り合わない紗緒理…。東京生まれで東京育ちの片岡誠也、沖縄生まれで沖縄育ちの紗緒理の父(兄?)・新城芳郎、二人の出会いでやがて意外な事実が明らかになっていく…。
 沖縄に対して無知・無関心な都会の若者が、沖縄の現実に触れて変容していくという筋立てが斬新です。実は紗緒理が兄・芳郎と共に立案したこの「オール沖縄ツアー」は、フリータイムの時に、辺野古と高江における反基地運動に参加できるようになっていたのですね。何者かがそれを観光庁にリークし、慌てた観光庁が旅行代理店に中止の圧力をかけてくる。自由なのだから何をしてもよいと思うのですが、このあたりに政権の意図を忖度して非公式な圧力を市民にかける官僚の卑小さがよく描かれています。沖縄のことが気になりはじめた誠也は、友人の雑誌記者に誘われて訪沖し、沖縄の現実を見聞するとともにその観方が変わっていきます。この時に出会った知念晶男という人物が心に残りました。本心では米軍基地に反対なのですが、生活苦のためかつては機動隊員として運動を弾圧し、今では日雇い労働者として高江ヘリパッド建設に従事しています。金のために故郷や仲間を裏切った男の苦渋と自責と含羞を、星野真広が見事に演じ切っていました。まるで一人の生身の男と化した沖縄が、私たちヤマトンチュを見据えて「何も思わないのか、何も感じないのか」と詰問しているようです。これが演劇の醍醐味と凄みですね。
 実はこの晶男が、ツァーを中止に追い込むため、観光庁にリークした人物だったのです。反基地運動で挫折して東京を放浪していた高校の恩師・島袋孝雄(佐々木梅治)がこのツァーに参加することを知り、それをやめさせるための手段でした。東京で晶男に会った時に孝雄が発した、「何で沖縄だけがこんな目にあうんだ」という慟哭も忘れられません。
 結局ツァーは成立し、主人公・誠也の意識も変化し、めでたしめでたし。と思いきや最後に凄まじい戦闘機の爆音が轟き、幕となりました。「沖縄で、いま、何が起きているのかを忘れるな」という演出家のメッセージでしょうか。

 素晴らしい劇でした。とくに前述した知念晶男の姿によって、沖縄が押しつけられている差別や困難をリアルに体感することができたのが大きな収穫です。演出家の松本祐子はパンフレットの中で、次のように述べられています。
 2015年のある日、東演のプロデューサー横川氏から中津留章仁さんに沖縄問題について書下ろしをしてもらうから演出してくれないかと言われた時、正直困ったことになったなと思ってしまった。どの面下げて私のようなものが沖縄を語れるというのだろう。1609年から現在に至るまで、本土がかの地で身勝手に振り廻してきた事々の堆積はすさまじく、特に戦後の矛盾を沖縄に押し付けている結果は進行形で人々を苦しめている…そういう表向きの情報はある程度学習すれば得られるのだが、そんなものは当事者からしたら「ふざけるな」といいたくなるような無責任なものなのだ。
 私があの日感じたある種の恐怖を、多分、作家の中津留氏も感じていたのだと思う。だから彼は"沖縄に直面することをためらってしまう都会人"を作品の中心に据えた。日々の生活を摩擦なく穏便に過ごすことを良しとしている小市民を、その為には見ざる聞かざる言わざるでいることに疑問を抱かない小市民を中心に据えた。沖縄問題の中核を描く資格がない私たちは、沖縄問題も含めて全ての社会問題に鈍感になっているおのれの姿を描いたのだ。だから2016年の初演の稽古の間中ずっと、私は己の小市民性と向き合わなくてはならなかった。私は知らなかった、日本が戦後70年以上経っているのにこんなにもアメリカに支配されていることを。私は知らなかった、貧困家庭がこんなにも増えているなんて。私は知らなかった、時には新聞が事実無根のニュースを流すこともあることを。この作品と出会ったからって何かを知ったとは言えないのだけれど、せめて猿からの脱却を目指すしかないと思っていた矢先に、海の向こうではトランプという自国中心主義の大統領が選ばれてしまった。儲けることとプライドを誇示することが最大の目標のように見受けられる男を選ぶ小市民の群れを愚かだと思おうとしたのだが、日本ではもっと目をそむけたくなるような状況が続いている。
 そしてこの作品を再演することになった。一年半の歳月しか経っていないけれど、今私たちを取り巻く環境はより一層、なんでもありのひどいものになっているように思える。そしてそれを自覚するにつけ、この一年半、自分が如何に怠け者だったかを突き付けられるのである。知ろうとする努力を怠り、自分で考えることを止めることは、愚かな指導者を生み、結果は自分の幸せをも犠牲にしてしまうことをわかっているはずなのに、無為に時間を過ごしてきてしまったのではないか、そんな反省に苛まれる。小市民な登場人物たちが"知ることの痛み"を抱えながら紡ぐこの作品に、私もちりちりとした痛みを感じながら立ち向かっている。
 虐げられている少数派の人びとのことを知ろうとせず、考えようとしない、そうした知的怠惰があの禍々しい政権を延命させ、そしてこの国を底なしの無恥にひきずりこんだことを痛感します。

 最後に、知念晶男の苦渋を理解するための見事な論考がありますので、『無意識の植民地主義』(野村浩也 御茶の水書房)から長文ですが引用します。
 沖縄人の土地を暴力で強奪することによって建設が強行された米軍基地。それは、そこで農民として暮らしていた沖縄人から、生きる糧も住いもすべて奪いつくした。どうやって生きていけばよいのか。途方に暮れた沖縄人に米軍があてがったもののひとつ。それは、なんと、奪われた土地を軍事基地に変える仕事に従事させることであった。土地を強奪された者が、強奪した者のために、生命の糧を恵んでくれるはずの自分の土地を、みずからの手で、生命を奪う軍事基地に変えなければならない屈辱。土地を強奪された沖縄人のなかには、生きるために、そうするしかなかったひとも多い。生きるために、基地ではたらくしかなかったひとは多い。そして米軍人は、沖縄人が抵抗しようものなら、「首を切るぞ!」と脅かした。沖縄人は恐怖に震えた。職を奪われたら生きていけない。生命の糧を恵んでくれる自分の土地はもうないのだから。職を奪われることは、殺されるのも同然なのだ。よって、生きるためには、米軍という植民者に従うほかなかった。土地どろぼうに従うほかなかったのだ。
 これは、恐怖政治である。テロリズムである。土地を奪われた沖縄人の抵抗を抑え、軍事基地を安定的に維持するためには、沖縄人を恐怖させなければならない。そして、恐怖させるためには基地に依存させなければならない。依存させるためには沖縄人を自立させてはならない。
 右に述べたことは、直接的には、「日本復帰」前の沖縄の状況である。したがって、自己利益のために沖縄人を合州国に売り飛ばした日本人には、沖縄人を右のような状況に追いこんだ責任があるのだ。だが、日本人は責任をとるどころか、「日本復帰」後も、基本的に、右に述べたような恐怖政治=テロリズムによる支配の方法を変えようとはしなかったのである。
 恐怖政治=テロリズムは、「抵抗したら殺されるかもしれない」という「暴力の予感」を被植民者に喚起することによって機能する。重要なのは、暴力や死を予感させることなのだ。その点では、失業もほとんど同じである。職を奪って食えなくさせ、そのまま放置しておけば、そのうち確実に死ぬのだから。それは、直接殺す手間をはぶいた、いわば時間差殺人である。したがって、失業させることもまた暴力であり、死を予感させる暴力なのだ。
 沖縄の米軍基地は、恐怖政治=テロリズムによって維持されてきた側面が大きい。しかも、そこでの恐怖政治=テロリズムの手段は、前述した沖縄人の子どもの殺害をはじめとする直接の物理的暴力ばかりではない。失業等をめぐる経済的暴力もまた、テロリズムの手段としてきわめて効果的に運用されてきたのである。
 さて、職をあてがうことは、同時に、失業の可能性をつくりだすことでもある。また、米軍基地の職をあてがうことは、経済的に基地に依存させることであると同時に、失業によって経済的依存から排除される可能性をつくりだすことでもある。このような経済的依存と依存から排除される可能性のセットこそ、米軍基地の押しつけを維持するための恐怖政治=テロリズムが機能する基本的な条件なのである。
 沖縄の「日本復帰」を前後して基地労働者(軍雇用員)が大量に解雇された。「首を切るなら土地を返せ」という沖縄人の声に対して、日本国政府は、土地を返すことも他の十分な職を用意することもなかった。その一方で、米軍基地をそのまま押しつける見返りとして、「軍用地料だの補助金だの基地がひり落とす糞のような金」をあてがったのだ。つまり、米軍が実施してきた政策と同じように、基地の押しつけを継続したのみならず、事実上基地に経済的に依存させることをも継続したのだ。それは、米軍基地の押しつけを維持するための恐怖政治=テロリズムが機能する条件を保持することでもあった。したがって、在日米軍専用基地の75パーセントもの押しつけが現在まで維持されてきたのも、その帰結という側面が大きいといえよう。
 米軍基地の過剰な押しつけは、沖縄の経済発展を阻害する重大な要因でありつづけている。そして、観光以外の産業を日本国政府がまともに振興できなかったこともあって、「日本復帰」以降の沖縄の失業率は、つねに日本全国平均の約二倍に維持されてきた。このような経済状況が放置されれば、米軍基地関連やその他の日本国政府の経済支援に依存せざるをえなくなるのは当然である。ここで重要なのは、高失業率を維持しつつ同時に経済的に依存させることこそ、恐怖政治=テロリズムによって基地を押しつけるための絶好の条件だということなのである。
 第三章で述べたように、高失業率の数字を維持することによって、現在職に就いている大多数の沖縄人に対しても、いつか失業するかもしれないという恐怖をもたらすことが可能となる。そして、日本国政府は、基地の押しつけに「協力」するのであれば引きつづき経済的な支援を惜しまないが抵抗すればどうなるかわからない、という意味のメッセージ=恫喝をたびたび発してきたのである。したがって、失業や経済的困窮を恐怖する沖縄人ほど、日本国政府の恫喝に従うほかなくなっていくといえよう。すなわち、依存させ、恐怖させ、そして、基地の押しつけへの抵抗を抑えるのである。そして、このような政策を実践する日本国政府を構築した張本人は、いうまでもなく、ひとりひとりの日本人にほかならない。
 経済的に依存させることは、同時に、依存から排除される可能性をつくりだすことである。この排除の可能性が、「暴力の予感」としての恐怖を喚起する原動力となる。そこに、すかさず、「基地の押しつけに抵抗したらどうなるかわからないぞ!」という恫喝が加えられる。この恫喝のもたらす恐怖が、基地の押しつけに抵抗する力を、沖縄人から奪う効果を発揮するのはあきらかだ。沖縄人に基地を押しつけるための恐怖政治=テロリズムは、このようにして、今この瞬間も作動しつづけているのである。(p.204~7)
 そう、私たちがいま直面しているのもこのテロリズムです。
by sabasaba13 | 2018-07-27 06:29 | 演劇 | Comments(0)