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前川喜平講演会

c0051620_6311348.jpg 元文部科学省事務次官の前川喜平氏の講演会が、家の近くの「ねりぶん(練馬文化センター)」小ホールで開かれるという情報を山ノ神が入手しました。主催は、東京都教職員組合練馬支部、小学校の先生方の労働組合ですね。安倍伍長に抗った骨のある高級官僚、そして子供たちの未来について真摯に考え行動する教育者というイメージがありますが、さて本当かどうか。ぜひ生の話を聞いてみたくなり、彼女とともに参上しました。
 定員588席の小ホールはほぼ満席、組合による動員もあったのかもしれませんが、彼に関心をもつ方々も多数参集されているように見受けられました。まずはいただいたパンフレットから、前川喜平氏のプロフィールを引用します。
 1955年奈良県生まれ。東京大学法学部卒。1979年文部省入省。文部科学省官房総括審議官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官(文教担当)、文部科学省事務次官を歴任。2016年1月文部科学事務次官退任後は全国各地で講演をしながら、夜間中学の拡充を訴え、自主夜間中学のスタッフとして活動しています。

*義務教育費国庫負担制度改悪の中で
 小泉政権が推進した三位一体の改革の中で、公立小中学校の教職員給与の国負担分が2分の1から3分の1に引き下げられたことを巡り、「義務教育費の削減は道理が通らない」「クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望」などと批判し、反対の立場を貫いた。

*加計学園問題の中で
 加計学園による獣医学部新設の件で、「あったものをなかったことにはできない」と述べ、(文書は)文部科学省で作成されたものであると主張した。その選定経緯について「公平、公正であるべき行政の在り方がゆがめられたと思っている」と国会証人喚問の中で発言。

*名古屋市公立中学での講演と文科省の問合せの問題の中で
 2018年2月16日名古屋市立八王子中学校で講演に際して、文部科学省が名古屋市教育委員会へ照会したことについて、教育基本法が禁じる「不当な支配」に該当する可能性が高い、とコメント。

*平和安全法制をめぐる動きの中で
 平和安全法制が参議院で成立した2015年9月18日に、国会前で開かれた反対派の集会に参加していたことを明らかに。
 「練馬ぞうれっしゃ合唱団」による合唱のあと、万雷の拍手のなか、前川氏が登場。ムーミンパパのような穏やかな語り口に、激務をこなした後だけにこれは寝てしまうな、と覚悟しましたがあにはからんや。簡にして要を得た理知的な話と、それを支える静かな熱情のためでしょうか、一睡もせずに聞き入りました。
 前川氏曰く、安倍伍長は戦略として、「教育とメディアを押さえる」ということを一貫してやってきた。短期的には"不都合な真実"を国民から隠し、長期的には政権に従順で政治に無関心な人間をつくろうという腹ですね。氏の話を聞いて感じたのは、もう一つ、「官僚を押さえる」戦略もありそうです。小泉政権の時に、当時局長だった前川氏が一貫して取り組んできたのが夜間中学問題。それまで中学校とされていなかった夜間中学が、正式にそれと認められ、学校予算もきちんと確保されたそうです。小泉政権の時には、官僚がその政策と対立していても、その後人事で報復するようなことはなかった。しかし安倍政権は、自分の意に従わない官僚は、すぐに人事で報復するそうです。高級官僚の口から出ただけに、生々しいリアリティを感じます。私利私欲・党利党欲を満たすために、人事で脅して官僚を私物化する安倍政権の悍ましさをあらためて痛感しました。
 もう一つ印象に残ったのが、いま問題になっている外国人労働者の話です。前川氏が関与している夜間中学には多くの外国人労働者も通学していますが、そのほとんどは知識の獲得や学力の向上ではなく、日本語の習得が目的だということです。彼ら/彼女らに対して、日本語を学ぶ機会が十分に保障されるべきだと静かに熱く語る姿が印象的でした。外国人労働者を使い捨ての道具としてしか見ていない政財界のお歴々は、彼の爪の垢を煎じて飲んでいただきたい。

 人事で脅して官僚たちを私利私欲・党利党欲のために頤使する政治家、保身に汲々として政治家の意図を忖度し*を舐める官僚。まるでサバト(Sabbath)のような光景ですが、その中にあって「公僕」(死語かな)としての責務を貫こうとする志の高い官僚も数多いらっしゃることと思います。彼ら/彼女らを応援したいのですが、どうしたらよいのでしょうか。やはり「今だけ金だけ自分だけ」しか視野にない低劣な政治家を落選させるのが近道でしょう。

 余談です。司会を務めた小学校女性教諭の方が、最後に、ある歌を会場の方々で歌うために「ご起立ください」とにこやかに言い放ったことです。何の屈託も、何の含羞もなく。私は指図されるのも、歌うのを強制されるのも嫌な質なので。すぐに席を立って退場しました。もちろん悪意はまったくないとは思いますが、こうやって日頃子どもたちを管制しているのかと想像すると、ざらっとした違和感を覚えました。
by sabasaba13 | 2018-12-05 06:31 | 講演会 | Comments(0)

望月衣塑子講演会

c0051620_21492128.jpg 『武器輸出と日本企業』(角川新書)を読んで以来注目してきたのですが、東京新聞社会部記者の望月衣塑子氏が、最近脚光を浴びるようになってきました。嬉しいことです。木で鼻を括ったような、上から目線の、誠意の「せ」の字も真摯の「し」の字も感じさせない、傲岸不遜な態度の菅義偉官房長官を舌鋒鋭く問い詰める場面には、思わず快哉を叫びたくなります。
 その彼女を支えているのは、真実を隠そうとする政治家や官僚に対する怒りだと思います。最近読んだ『新聞記者』(角川新書)の中で、望月氏はこう述べられていました。
 …500回以上の官邸会見を見続けてきた南記者によれば、会見で手を挙げているのに、内閣記者会の記者が質問を打ち切るという光景は、いまだかつて見たことがないという。
 なぜ同じ記者が打ち切るのか…
 信じられない思いで取材してみると、おどろくような事実がわかってきた。
 8月下旬、菅長官は幹事社を通じて菅番の担当記者に、会見時間を短縮したいとの趣旨を打診してきたという。番記者は「時間制限はできない」と突っぱね、要求は呑んでいないというが、あと「〇人」「あと〇回」と官邸の広報官が質問を打ち切っているのを認めているのが現状だ。
 これは、メディアの自殺行為ではないか。
 あまりの出来事に呆然とし、愕然とした気持ちで涙があふれそうになった。日本のメディアの限界なのかと足が震えるほどの衝撃を受けた。
 さらに、事前に質問を渡すことも本格化しているように思える。この手法は以前からあり、官房長官会見に限らないが、最近は菅長官が手元のペーパーを見ながら答えることがほとんどになってきた。これをシャンシャン会見といわずになんというのか。
 以前私は、前川事務次官に対する「教育者としてあるまじき行為…」という非難の言葉までも菅氏が下を向いて発していたので、思わずこう聞いてしまった。
 「事前に準備されたペーパーを読み上げているのですか」
 すると菅氏が怒りをあらわにこういった。
 「あなたにそんなことを答える必要はない」
 このごろは最初から手を上げてもぜんぜん指名してもらえない。挙手しているのが私しかいなくなると、やっと当てられるという状況だ。(p.185~7)
 呆然、愕然、涙、衝撃。氏の熱い思いが伝わってくる一文です。詩人の茨木のり子氏が、詩歌とは"喜怒哀楽"を表現するものだが、日本の詩歌にもっとも欠けているのは"怒"だとおっしゃっていました。これはジャーナリズムにも言えるのではないでしょうか。真実を隠蔽する権力者への怒りが、ジャーナリズムの根幹にあるべきだと考えます。

 その望月衣塑子氏が、練馬文化センター小ホールで講演会を行なうという耳寄りな知らせが届きました。これは是非聞きたいものです。山ノ神といっしょに駈けつけました。
 嬉しいことに小ホールはほぼ満席、残念なことに若者の姿があまりありません。韓国でも、香港でも、台湾でも、若者は社会や政治に強い関心をもって闘っているのになあ、残念だなあ。

 そして望月氏の登壇。さあどんな語り口で報道について述べてくれるのでしょう。キャリア・ウーマンのような冷徹で抑制的な語り口かな、と勝手に予断をしていたのですが… 飛んでも八分歩いて十六分。その早口、声のでかさと張り、大げさな抑揚、迫力、まるでMG08重機関銃のようです。それに加えて、手ぶり身振り顔振りをまじえたオーバー・アクション。いやはや圧倒されました。
 肝心の内容ですが、「記者として私のテーマ」として「権力側が隠そうとすることを明るみに出すこと!」を挙げられていました。また取材で感じていることは「記者会見の発表は、当局に都合のいい事実」「不都合な真実は隠したい」「キーマンを見つけ、何度も聞く」「嘘をつかれて当たり前」「隠すことにすべての関係者が納得しているわけではない」「だんだん嘘と真実の見分けがつくように」と、現場で場数を踏んだ記者でなければ言えない言葉ばかりでした。
 中でも一番印象的だったのが、官僚たちがメディアを恐れていること、政治家はそれに加えて選挙を恐れていることです。ある防衛官僚のところへ取材に行って、「あんな記事を書きやがって!」「あなたは国防がわかってない」と恫喝されたそうですが、その際、その官僚がいかに「東京新聞」を隈なく丁寧に読んでいるかがわかったそうです。「東京新聞の一番の愛読者は防衛官僚のみなさん」と笑っておられましたが。官僚諸氏は、自分たちの政策や発言がどう報道されるのかについて、ほんとうに細心の注意を払っておられるのですね。
 政治家については、9月30日の沖縄県知事選の敗北で、官邸の空気が一変したと紹介されていました。
 真実を伝える報道によって正確な判断をして、少しでもまともな候補者に一票を入れる。"愚者の楽園"に堕したこの国を立て直すための直近の道はそれしかないと痛感しました。頑張れ、望月さん。

 第2部のパネルディスカッションでパネラーとして登壇したのが猿田佐世氏(弁護士)です。シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)として、さまざまな外交・政治問題について、ワシントンにおいて米議会等にロビイングを行う他、国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施されている方です。つい最近、氏の著『自発的対米従属』(角川新書)を読んだばかりでしたので、どんな話を聞けるのか楽しみにしていました。
 望月氏を"動"とすれば、猿田氏は"静"。ひとつひとつの言葉を吟味しながら、理性的に話す冷静沈着な語り口が印象的でした。望月氏とのあまりの違いに思わず緩頬。
 内容については、前掲書をほぼ踏襲するものでしたので、引用します。
 典型的な「アメリカの声」の発信源となってきたアメリカの知日派は、アメリカの中の少人数の集まりにすぎない。しかも、その限られた人たちに情報と資金、そして発言の機会を広く与え、その声を日本で拡散しているのは日本政府であり日本のメディアである。日本の既得権益層が、いわば一面「日本製の"アメリカの外圧"」ともいえるものを使って、日本国内で進めたい政策を日本で進める-。これが長年続いた手法となっているのである。このように、日本も関与したアメリカからの外圧作りを私は「ワシントンの拡声器効果」を利用するものと表現してきた。(p.9)
 この「日本製の"アメリカの外圧"」を破砕するためにも、外交を政府の専権事項と決めつけるのではなく、さまざまなチャンネルを通した外交が必要という主張には納得しました。

 望月氏の報道と猿田氏の活動、これからも注目していきたいと思います。

 追記。望月氏のレジュメに次の一文がありました。
ニュース23での質問で…
加計問題で「利害関係者と頻繁にゴルフ好ましくないのでは?」
安倍首相「ゴルフに偏見をもっておられると思います。ゴルフはオリンピックの種目にもなっていますから。ゴルフはダメで、テニスや将棋は良いのか」…
 また猿田氏の前掲書からも引用します。
 2016年4月7日の衆議院TPP特別委員会で、民進党の柿沢未途議員はこの点を突き、かつては断固反対と言っていたTPPに活路を見出そうとしているのではないか、と阿部首相に質問した。
 すると安倍首相は、こう答えたのである。
 「私自身は、TPP断固反対などと言ったことは一回も、ただの一回もございませんから。まるで私が言ったかのごとくの発言は慎んでいただきたい」
 しかし、2012年12月の総選挙で「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。」のスローガンを掲げたとき、安倍氏は自民党総裁だったのである。このような詭弁が許されるだろうか。(p.107)
 嗚呼、こんな暗愚な嘘つきが日本の首相なのか… そして彼に、彼が率いる政党の候補者に一票を入れる有権者は…

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2018-10-24 06:25 | 講演会 | Comments(0)

山城博治氏・井筒高雄氏講演会

 辺野古や高江での米軍基地反対運動の中心となって尽力されてきた山城博治さん。『DAYS JAPAN』に掲載されたロング・インタビューを読んでいたく感銘を受けました。同誌によると、『DAYS JAPAN』主催による彼の講演会が開かれるとのこと。これはぜひ聞きたい、一昨日、山ノ神と「中野ゼロホール」に行ってまいりました。タイトルは「共謀罪を絶対廃止に!講演会」、山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)の「自由と民主主義を守る最前線。沖縄から今、伝えたいこと」という講演と、井筒高雄さん(元自衛隊レンジャー隊員)の「先島諸島への自衛隊配備で、日本がアメリカの戦争を担う日」という講演です。
 6月22日の木曜日、ふたりで自転車に乗って中野へ向かいましたが、気がかりだったのは…参加者が少ないのではないか。共謀罪法案が成立し、落胆した方々が増えたのではないか、という懸念です。ところが会場に着くと「満席」という掲示、そしてキャンセル待ちの列、これは嬉しかった。負けない人たち、諦めない人たち、そして安倍上等兵内閣に怒る人たちがこんなにいるんだ。勇気と元気をもらいました。これだけでも来た甲斐があったというものです。507席のホールはほぼ満員でした。

 さあ始まりです。広河隆一氏の後を継いだ『DAYS JAPAN』の若き編集長・丸井春氏によるお二人の紹介、そして万雷の拍手とともに、山城博治氏が登壇しました。
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 まずは6月15日、ジュネーヴの国連人権理事会での演説に関する報告です。山城氏は、この委員会で、「日本政府が沖縄の軍事化に反対する市民を大規模な警察力で弾圧し、暴力的に排除している」「自らの長期拘束について、当局による明らかな人権侵害だ」と訴えたのですね。その際に、国連の関係者から「君はHuman rights defenderだ」「世界は日本の動きを注視している」と言われたそうです。そう私たちは孤立していない、人権を擁護しようとする世界中の人たちが手を差し伸べているんだと、意を強くしました。11月の国連報告が本当に楽しみです。なお、この一分半のスピーチに対して、すぐに日本政府は反論をしたそうです。五か月も拘留された運動家の短いスピーチ、無視・黙殺してもよさそうなのに。しかし、すぐに反論せざるをえないところまで日本政府を追い込んでいると、氏は分析されていました。
 そして辺野古や高江の現状についての話です。沖縄では、連日逮捕される者が続出し、1000人の武装機動隊が反対運動を行う市民を威圧する恐ろしい光景が繰り広げられているそうです。なぜそうした光景を、大手メディアは日々報道しないのかと、憤怒の炎が燃えますね。そして山城氏が威力業務妨害・公務執行妨害などの容疑で逮捕されたために、"共謀"したとして反対運動の参加者・関係者にまで逮捕される危険性が出てきました。弁護士の勧めもあり、氏は現場に近づかないようになります。涙ぐみながら「現場に行きたい」と呟く山城氏の姿が心に残ります。しかし、そのおかげで全国を回ってこうした講演を行い、沖縄の現況を報告し、支援を訴えることができるようになって良かったとおっしゃっていました。なお6月23日、沖縄慰霊の日には、海外特派員に記者クラブに招待されているとのことです。
 最後にこれからの展望です。高江ヘリパッドは手抜き工事のため、土砂崩れてサンゴ礁へ流れ込んでいる状態。また辺野古新基地も、海底が軟弱なため今の計画では建設は無理であろうという意見です。となると、大幅な計画変更が必要となり、それを強行するために政府は翁長知事・稲嶺市長の首をすげかえようとする可能性が強い。それを阻止するために、翁長知事を支え、命をかけて戦い、中央政府との全面対決も辞さないと述べられました。ただし、しなやかに、ゆるやかに、心折れない運動を心がけよう。そして仲間がいる限り私はめげない、とも。
 朴訥とした、しかし信念に裏付けられた、私心のない、力強くあたたかい語り口にはすっかり魅了されました。安倍でんでん首相の、薄っぺらく、攻撃的で、誠意の"せ"の字も感じられない語り口とのなんたる違い。そしてその不屈の闘いを支えているのは、仲間と自然と日々の暮らしなのだと感じました。

 15分休憩の後、元自衛隊レンジャー隊員、ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン代表の井筒高雄氏の講演です。こちらもたいへん興味深く拝聴しました。日米新ガイドライン(2015.4)によって、極東における戦闘の主体は自衛隊であると決定されたと、氏は指摘されます。要するに、アメリカの国益に関わらない戦争は、多少のサポートはするものの「自衛隊がんばれ」というスタンスですね。また日本におけるパトリオット・ミサイルは、すべて在日米軍基地周辺に配備されており、私たちを守るためのものではないとも指摘されています。日本列島をまるごと極東アジアの前線基地とし、特に先島諸島に重点的に自衛隊を配備させ、戦闘の主体たらしめる。
 また日本政府は、社会保障費1800億円をカットし、オスプレイ12機を1500億円で購入する予定だという指摘にも驚きました。アメリカ軍需企業の影もほのかに見え隠れしますね。
 そしてもともと日本は戦争には向かない国であると、氏は言われました。南北に細長い、海に囲まれている、原発が多数存在すること、食料自給率が低く資源も少ないので長期戦ができない、といった理由です。よって戦争ではない手段で安全保障を追求すべきである。
 「安倍首相はバカだが、支持率には敏感。よって都議選では自民党・公明党・維新に投票しないことが大事。都民ファーストは自民党の分身」という指摘にも、快哉を覚えました。
 最後に、「めげない、やめない、委縮しないで行動を」というメッセージで講演は終了。

 ちょっとめげそうになっていた私ですが、お二人の素晴らしい講演、そして駆けつけた多くの聴衆のみなさんから、元気をもらいました。そして世界中の心ある人びとから、この国は注視されていることも知ることができました。山城さん曰く「政府の手口があまりにも汚い」、そんな政府に一日でも早く引導を渡しましょう。まずは都議選がその第一歩ですね。
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 追記です。『しんぶん 赤旗』(17.6.22)に次のような記事が掲載されていました。
 核兵器禁止条約の国連会議が開かれているニューヨークの国連本部会議場で20日までに、2羽の折り鶴が空席の日本政府代表席に置かれました。
 日本政府は同会議の第1会期(3月)にも参加せず、国際NGO(非政府組織)のメンバーが「あなたがここにいてくれたら」と書いた折り鶴をだれもいない代表席に置いていました。
 安倍上等兵や自民党は必死になって隠そうとし、メディアもそれに協力していますが、間違いなく劣化した日本の現状は世界から注視されています。
by sabasaba13 | 2017-06-24 06:46 | 講演会 | Comments(0)

大石又七氏講演会

 第五福竜丸事件については、以前から興味をもっていました。スーパーニッポニカ(小学館)から引用します。
 1954年(昭和29)3月1日、南太平洋ビキニ環礁でアメリカが水爆実験を行い、同環礁東方160キロの海上で操業中の日本のマグロ漁船第五福竜丸が「死の灰」を浴びた事件。同船は3月14日静岡県焼津に帰港したが、乗組員23名が「急性放射能症」と診断され、東大病院と国立第一病院に入院、治療を受けた(9月23日には無線長久保山愛吉が死亡)。同船が積んできたマグロからは強い放射能が検出され、5月には日本各地に放射能雨が降り始めた。この事件は国民に強い衝撃を与え、核兵器禁止の世論が急速に盛り上がり、翌55年8月、広島での第1回原水爆禁止世界大会開催へとつながっていく。第五福竜丸は67年廃船処分となって東京の夢の島に捨てられていたが、粘り強い運動の結果、76年6月同地に都立の展示館が完成、保存されている。
 東京新木場にある第五福竜丸展示館を訪れたり、ベ・シャーンの絵にアーサー・ビナードが詩をつけた『ここが家だ』を読んだり、この事件をモチーフの一つとした岡本太郎の『明日の神話』を見に行ったりと、自分なりに追いかけてきました。また、この水爆実験によって、周囲の島々に暮らす人々、多くの漁船や貨物船の乗組員も被曝し、アメリカ政府と日本政府は現在に至るまでその責任をとろうとしていないと、私の蒙を啓いてくれたのは、映画『放射能を浴びたX年後』と、『核の海の証言』でした。
 先日、第五福竜丸乗組員の大石又七氏の講演会が練馬で開かれるという情報を山ノ神がキャッチ。核による被害をできるだけ矮小化して責任を逃れ、性懲りもなく再稼働をめざす安倍政権、自民党や電力業界の不穏な動きが傍若無人となってきた昨今、ぜひ氏のメッセージを受け取りたいと考え、二人でココネリ・ホール(練馬区立区民協働交流センター)に行き、「被ばく60周年 大石さんからのメッセージ 第五福竜丸を知っていますか?」という集会に参加して大石さんのお話を拝聴してきました。
 御歳八十、寄る年波と近年の大患の故でしょう、足下もおぼつかなくお話も聞き取りづらいのですが、長年の労苦が刻まれた凛とした佇まいにこちらの気持ちも引き締まります。まずは配布された資料から引用します。
 私たち23人の乗組員のうち、半数が既に被爆と関係のあるガンなどで亡くなりました。私の最初の子供は死産で奇形児、私も肝臓ガンを患い今も気管支炎、慢性心房細動、不整脈、肺には腫瘍を抱え、嗅覚も消え、二十数種類もの薬を飲みながら命をつないでいます。膨大な被害が出ていたにも関わらず、日米政府はこの事件を、総額200万ドルというわずかな見舞金によって、政治決着してしまいました。そのため、私たちは被爆者でなくなり、発病しても、亡くなっても、援助も治療もなく、原爆手帳も受けていません。私は、差別や偏見を恐れて、被爆者であることを隠し、東京の人ごみに隠れていました。しかし、仲間たちが一人ずつ亡くなってく中、自分にも次々と不幸が襲いかかり、この恐ろしさが何事もなかったかのように忘れられていくことへの悔しさから、当事者が声を上げなければまた、同じようなことが必ず起き、大勢の人が苦しむようになる、と思うようになりました。それから30年近くに渡り、放射能と内部被曝、核兵器と原発の怖さを伝え続けてきました。しかし、ビキニ事件は日米間の政治がらみのため、元漁師で洗濯屋だった親父が一人で訴えてもなかなか振り向いてくれません。残念です。
 穴があったら入りたいですね。この事件を風化させて忘却し、被曝した多くの船員や島民に想いを馳せることもせず、いまだに放射能障害で苦しむ方々がいるなどと想像すらせず、「核の平和利用」という甘言を信じて原発が乱立するのを黙認・容認し、挙句の果てに福島の事故につなげてしまう。また核兵器を持ち込んでいる可能性が高い在日米軍に対してきちんとした査察を要求せず、確信犯的に"核の傘"に安住する。「非核三原則」を国是として標榜しながらも、核兵器と原発を深慮もなく受け入れ、その被害を不可視化してしまう現実とのギャップには暗澹としてしまいます。
 講演の中で、大石さんは「放射能による病気よりも、被曝者だと周囲に知られるのが怖かった」と話されていました。その結果として当事者は口をつぐみ、事件は揉み消されてしまう。この加害者を利するような差別意識はいったい何に由来するのでしょうか。そして最後に、「国の言うことを鵜呑みにしてはいけない。左から右から上から横から見る目を養ってほしい」という言葉で講演を締めくくられました。
 甲斐甲斐しく大石氏の介助をされていた市田真理氏(第五福竜丸展示館学芸員)のお話の中では、「調査をやめない。調査結果を公表する。調査結果を過小評価しない。さもないと、ビキニ事件から何も学ばなかったということになってしまう」という言葉が心に残りました。福島原発事故に現状に対する深い憂慮を感じます。
 さて衆議院選挙が行われることになりました。第五福竜丸乗組員の救済や、ビキニ事件の被曝に関する再調査など一顧だにせず、原発再稼働へと突き進む自民党・民主党を支持するのか否か。できるだけ多くの方々に、慎重に考慮したうえで一票投じてほしいと切に願います。

 その後に読んだ『日々の非常口』(新潮文庫)の中で、詩人のアーサー・ビナード氏がこう述べられていました。"死の灰を浴び"ではなく、"死の灰を浴びせられ"という正鵠を得た言葉づかいは是非とも学びたいものです。
 母国の米政府は、大量破壊兵器の不存在が明るみに出ようが、誤爆で何人殺そうが、いかなる場合でも自らの非を認めようとしない。ただ、世論的に追い詰められると、危機管理の一環として「謝罪」を発表することはある。さすがにラテン語は使わないが、言葉の端々に、終止符を打とうとする狙いは見て取れる。1954年のビキニ水爆実験の対応が、その典型だった。
 予告もなく、しかも危険区域の外で操業していたにもかかわらず、日本の遠洋マグロ漁船「第五福龍丸」が、米軍の水爆実験に遭遇、死の灰を浴びせられ、乗組員二十三名が被曝した。自力で日本へ生還して、事件が世間に知れ渡ると、アメリカ側はまず「漁夫がうけた損害についての報道は誇張されている」と、マスコミを攻撃する。のみならず、「漁業以外の目的で実験区域へきたことも考えられる」と、乗組員をスパイと呼ばわり、それでも世論が収拾つかなくなると、そこで「米国政府の名において、再び福龍丸の不幸な事件に対する深い遺憾の意を表し」た。
 初めての「遺憾」なのに、さも前々から繰り返し謝罪していたかのように「再び」をつけ加えた。被害者を「嫌にしつこい連中」と印象づける狙いもあったろう。
 のちに乗組員の一人が放射能症で死亡すると、日本側の治療のせいだと仄めかした。(p.222~3)

 追記。さきほど読み終えた『ベン・シャーンを追いかけて』(永田浩三 大月書店)の中で、下記のような文がありました。紹介します。
 大石さんは、長いあいだつづけてきたクリーニング店をたたんだ。ここ数年は体調を崩し、娘さんの家に同居している。わたしが訪ねたとき、大石さんの機嫌はすぐれなかった。前日、安倍晋三総理は、東京オリンピック招致のためのアルゼンチンでの最終のプレゼンテーションで、福島原発事故の汚染水は完全にコントロールされていると、世界に大見得を切った。そんなことはありえない。コントロールなどできない状況にあるのに、なぜ日本の代表の地位にあるひとが、あからさまな嘘を言うのだろう。恥ずかしくないのか。大石さんは静かだが、厳しい口調で怒った。(p.272)

 大石さんはずっと考えてきた。あの犠牲はなんだったのか。なにかの役に立ったのか、立たなかったのか。われわれはなんだったのか。(p.277)

by sabasaba13 | 2014-11-28 06:30 | 講演会 | Comments(0)

小倉寛太郎氏の講演

 日本航空が迷走しています。安全性を無視して利潤を追求する経営方針が幾多の事故をまねき、社長の退陣要求につながったと思います。単なる内紛劇として扱うのではなく、もっと内実にふみこんだ報道を期待したいですね。何といっても私たちの命と安全に関わることですから。さて、となると思い浮かぶのは小説『沈まぬ太陽』(山崎豊子著・新潮社)です。生産性や合理化の妨げになるとして労働組合を蛇蝎の如く嫌う人が増えているような気がしますが、そういう方々に是非読んでほしい小説です。
 実は数年前に、主人公のモデルとなった小倉寛太郎氏の講演を聞くことができました。下記は、その内容をまとめて仲間に配ったものです。今だからこそ氏の言葉に耳を傾けたいと思います。なお氏は2002年に逝去されました。合掌。



 先日、『沈まぬ太陽』(山崎豊子著・新潮社)の主人公のモデルとなった小倉寛太郎氏の講演会(出版労連女性部集会)を聞いてきました。その話を人に聞いてほしくて一筆致します。まずは本の粗筋。日本航空(JAL)に勤務していた主人公が突然労働組合の委員長にまつりあげられてしまいます。彼は労働条件の改善を求めて果敢に経営者側とやりあい、初めてのストライキも成功させます。しかしこれによって池田勇人首相の帰国のフライト予定が狂ってしまったから大変(偶然なんですが…)。経営者とそのバックの政府は、見せしめのため彼にカラチ(パキスタン)での海外勤務を命じます。さらに第二組合(御用組合)をつくって組合を分裂させ、第一組合に残った社員に猛烈な嫌がらせをします。過去の組合活動を詫びれば帰国させるという会社側に対して主人公は拒否、さらにテヘランそして(支店のない!)ナイロビにまで飛ばされてしまいます。これは“いじめ”というよりは“流刑”ですね。精神に変調をきたしながらも、彼は「仲間を裏切れない」と十年間耐え続けます。その間に相継ぐ日航機の事故、そして御巣鷹山の日航機墜落事件。組合を無力化させ労務管理を強化したための、乗務員の過労や整備ミスが一つの原因でした。マスコミとのやりとりの中で、主人公に対する会社の報復人事が暴露され、ようやく帰国。以後、彼は御巣鷹山事故の遺族係として尽力、そして誠意のない対応や真相を隠そうとする会社側の態度を思い知ります。日航建て直しのために帝人から派遣された新会長は、彼を抜擢し会社内の腐敗を一掃しようとしますが、経営者や第二組合幹部、政府の抵抗にあって失敗、主人公は再びナイロビ勤務を命じられる… っとに下手な要約ですが、っとに面白いですよ。

 というわけで、アドレナリンがフツフツと分泌するようなこの小説のモデル小倉氏の話が聞きたかったわけです。なお彼はナイロビ勤務中に、ハンティングとサバンナの素晴らしさに目覚め、退職した今ではアフリカのフィールドガイドや野生動物保護で活躍されています。さて講演。主宰が出版労連ということもあって、労働組合についての話題が中心です。
 今の日本の企業の在り方はおかしい。企業のために、個人の生き方・考え方が変えられてしまうのが現状である。それどころか、企業の塀の中には憲法・人権がないし、ファシズムが横行している。経営者の無責任体質もひどい。現在の日本人の無責任さの根源は、十五年戦争の責任を全く取らなかった昭和天皇の態度にある(オオッ[会場のどよめき])、と一発ぶちかました後で、いよいよ本題。
 それでは、労働組合の役目とは何か? まずは労働者の錯覚を正すことにある。その錯覚とは「自分(労働者)はこの企業で働くために生まれてきた/この企業のために生きている」ということである。もう一つは、無能・無責任な経営者を監視すること、経営の在り方についてのお目付役をすること、失敗したら経営者にきちんと責任を取らせること、である。ところが経営者側にとっては、そんなことはさせたくない。そこで経営者側の反撃が始まる。労働組合を丸抱えするか(御用組合化)、分裂させるか(第二組合の結成)である。後者のケースが多いが、そこで経営者が行なうのが組合分裂工作、つまり脅迫と誘惑である。第一組合に残れば「出世をさせない」と脅かし、第二組合に入れば「主任にしよう」と誘惑する。人間は「正しい/正しくない」という行動基準を持つべきだが、しかし人間は弱いものでもある。経営者側の脅迫と誘惑にあい、損得勘定をし、正/不正を考えず、自分の弱さに屈し、第二組合に移ってしまう人が多い。つまり、組合分裂工作とは、人間が自分の弱さに屈することにお墨付きを与える、いいかえれば企業による人間性の破壊である。こうしたことが平然と白昼堂々と行なわれ、しかも最近激しさを増している。
 その結果どうなるか。企業の経営を批判する存在がなくなる。労働者と経営者の癒着と馴れ合いが始まり、やがて企業の病状は悪化し腐敗してゆく。これが日本の企業の現状である。
 では労働組合はどう立ち向かえばいいか。アフリカのサバンナにはバッファローとヌーという動物がいる。バッファローは、ライオンに襲われると必ず群れで立ち向かう。数頭でライオンに体当たりをし、数頭が傷ついた仲間の傷をなめる。一方、ヌーはチーターに襲われると、バラバラに逃げまどう。チーターの弱点は足なので、数頭のヌーで立ち向かえば被害は減らせるはずなのに、それをしない。そして、仲間の一頭がチーターに食いちぎられているその前で、「ああ今日は俺の番じゃなくてよかった」とばかりに平然と草をムシャムシャ食べている。言い古されたことだが、団結しかない。労働者はバッファローになるしかない。そして個人個人が自分の弱さを克服しようと努力すること。
 私はどんな仕打ちを受けても会社をやめなかった。なぜなら仲間を裏切ることになるからだ。私がやめれば、一番喜ばせたくない連中(経営者)が喜ぶし、一番悲しませたくない人々(職場の仲間)が悲しむからだ。(と涙ぐむ[山ノ神談])

 ウーン、いかがでしょう。もう一つ、小倉さんが質問の中で話してくれた逸話を紹介します。人気作家山崎豊子氏の次の作品を連載させてもらおうと、多くの出版社がやってきたが、日航の内情を描いた作品だということが分かると、みな腰が引けて逃げてしまった。その中で新潮社の山田氏だけが会社を説得し、週刊新潮での連載が始まった。すると日本航空(JAL)は、新潮社の出版物から日航の企業広告をすべて引き上げてしまった。新潮社は莫大な広告料を失い打撃を受け、山田氏への非難が集中したそうである。しかし連載は人気を呼び、週間新潮の売り上げは倍増し、損失分を十分にカバーすることができた。さらに単行本にしようとした時に、心労・過労のため山田氏は入院してしまう。その単行本がベストセラーとなり、社員が入院中の山田氏に報告しにいくと、「200万部を突破するまでは見舞いに来るな!」と一喝されてしまう。そして200万部を突破し、その報告をしにいくと、彼はすでに亡くなっていた…
by sabasaba13 | 2006-03-13 06:05 | 講演会 | Comments(10)