カテゴリ:京都( 251 )

京都錦秋編(8):しょうざん・源光庵(06.11)

 至福のひと時を過ごした後、鷹ヶ峯へと向かいます。するとだらだら坂の左手に、御土居跡があることを発見しました。秀吉が都市改造計画の一環として、防備・水防のために京を取り囲むように作った土塁です。以前に北野天満宮で見たのですが、ここにも残っていたんだ。ここは数回訪れているのですが、はじめて気づきました。
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 そして坂の途中を左に曲がって道を下ると、呉服メーカー「しょうざん」が所持している庭園を見ることができます。入場料を支払い中に入ると、これといった意図もなくただ楓が茫漠と乱立しているという印象を受けます。高桐院を見た直後だけに、よけいにそう感じるのかもしれません。おまけに観光バスでやってきた観光客が多く、その喧騒にはいたたまれなくなってきます。もちろん、紅葉はそれなりにきれいでしたが。
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 ここから元の道に戻って坂を上りきった正面にあるのが源光庵。やっと本堂修復工事が終わったようなので、ちょっと寄ってみました。四角い窓(迷いの窓)と丸い窓(悟りの窓)を通して見る紅葉が有名ですが、大変な混雑のため落ち着いて見ることができません。なおこちらには伏見桃山城の遺構の血天井があります。家康の忠臣である鳥居元忠一党が石田三成の軍勢に敗れ、自刃した際についた血まみれの手形・足形が随所に見えます。ある方が「どうやってあんなところを歩いたのかしら」と言っておられましたが、そうではありません。三十三間堂となりの養源院(俵屋宗達の杉戸絵が見もの)にも同様の遺構が残されていますが、こちらの方が鮮明ですね。
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 本日の三枚、上の二枚はしょうざん、下の一枚は源光庵です。
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by sabasaba13 | 2007-02-16 06:16 | 京都 | Comments(7)

京都錦秋編(7):大徳寺高桐院(06.11)

 宝鏡寺から西へ向かい、紫式部の墓の前を通り過ぎて大徳寺へと向かいます。境内に入るとそれはそれは見事に色づいた紅葉が散見されました。
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 公開されている塔頭がけっこうあるのですが、何といっても紅葉の時期に万難を排して訪れるのが高桐院です。有名な所なので穴場というわけにはいかず、混雑しているのは覚悟の上。私、ここのエントランスにはぞっこん惚れ込んでいます。現代美術のような踏み石と竹製の手すりが洒落ている、松と楓が覆う直線の小道(1)(2)のどんつきを左に折れて門(3)をくぐると、そこは別世界。竹やぶが生い茂る薄暗闇のなかにぼーっと浮かびあがる鮮やかなもみじ。ここで右に曲がると、リズミカルな意匠の踏み石が続く小道(4)の正面に萱葺屋根の門ともみじ、そして両側から覆いかぶさるもみじ、もみじ、もみじ。ここでまた道は右に折れ、門(5)をくぐり、また左に曲がると正面に入り口があります(6)。この狭い空間でこれだけの見事な景観を演出する技量と趣味の良さには脱帽です。移動しながら、移ろいゆく計5種類の眺めを楽しめるわけです、お見事! お庭もいいですね。中央に一つの灯篭、その背後に横に連なる楓、そして平坦な何もない地面を彩り鮮やかに飾る散りもみじ。視覚に与える快感を計算し尽くしたかのような庭造りです。叶わぬ夢とは承知しつつも、一人抹茶をいただきながら部屋の中央に座って、障子や鴨居の枠線ごしにこのお庭を眺めてみたい…
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2007-02-11 07:25 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(6):白峯神宮・宝鏡寺(06.11)

 しばらく行くと白峯神宮に到着です。保元の乱に敗れ、讃岐に流された崇徳上皇を祀る神社ですね。配流後は「御爪も切らせ給はず、御髪も剃せ給はず、生ながら天狗の貌に顕れおはしましける」という様子で、「願くはわれ日本国の大魔王となり、皇を取って民となし、民を皇となし、天下を悩乱せん」と血書して天下を呪詛しつつ死去したため、これ以降打ち続いた内乱(治承・寿永の乱)は、すべてこの崇徳の呪詛によってもたらされたと考えられたそうです。日本史上最強の御霊ですね。なんせ、戊辰戦争のさなかに天皇家への災厄を避けるためこの神社を創建したくらいですから(1868)、その呪詛の力は近代にまで及んでいたわけです。また蹴鞠の師範家である飛鳥井家との関係も深く、今ではその関係で球技上達の守護神となっています。アルシンドが奉納した色紙があったので懐かしくなり思わず撮影。すぐ近くには本阿弥光悦京屋敷跡の碑がありました。
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 ここから自転車に乗って数分ほど走るとお目当ての宝鏡寺です。ここは代々皇室から住職を迎えた禅宗寺院で、光格天皇の遺愛の人形や遊具をはじめ、歴代内親王の愛玩した人形が多数残されており、人形寺と呼ばれるそうです。近づくにつれ、白壁の上にアイスクリームのトッピングのようにもりもりと陽に輝いて盛り上がるもみじが問答無用で目に入ってきました。拝観料を払って中に入ると、これが一本の見事な巨木! 残念ながら撮影禁止なのですが、この一発芸を拝むだけでも行く価値がありますね。観光客も少なかったので、心行くまで落ち着いて眺めることができました。
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穴場その四:宝鏡寺

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-02-10 07:46 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(5):神泉苑・油小路通(06.11)

 本日は天気予報によると午前は晴れ、午後は曇り。去年の旅行でレンタサイクルを借りるのに苦労した覆轍を踏まず、今回は一ヶ月前に「京都見聞録」に予約をしておきました。この店は自転車の整備がしっかりしており、ホテルにデリバリーしてくれ乗り捨て場所も自由なので、贔屓にしています。午前九時に自転車を届けてもらい、さあ出発です。まずは神泉苑に向かいましょう。途中で茶屋四郎次郎屋敷跡や、「遺跡発掘中」という看板のある工事現場、川﨑家住宅を発見。川﨑家住宅は1926(大正15)年に建てられたもので、洋館部分は大谷石や煉瓦タイルを使用して当時流行のF.L.ライト風の意匠で仕上げられていると説明板にありました。彼が設計した帝国ホテル完成が1923(大正12)年ですから、その影響で流行したのかもしれませんね。
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 30分ほどで神泉苑に到着です。かつては雨乞いの祈祷や御霊会を行う霊場として広大な規模をほこっていたようですが、現在は縮小され見る影もありません。小さな池と竜王を祀る神社の社が中島に建っているだけで、楓もまだ色づきはじめ。あひる・こいのエサ自動販売機が設置されていましたが、「×ぼくたちはたべられません」という表示には思わず頬がゆるんでしまいました。
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 さて、ここから京都で一番長い通りである油小路通を北上します。京都の魅力の一つは、小売店や自営業が元気に頑張っていることです。職場と住居が一体であることは、街の活性化や良い雰囲気づくりに非常に有効であることがよくわかります。子どもたちが家業の手伝いをすることによって様々な体験を積めるし、彼ら/彼女らを街中で温かく見守ることができるし、近所づきあいも活発となるし、お互いの店で必要な物を買うことにより暮らしを支えあうことも可能となるでしょう。多種多様な店の看板を見るのも、京都街歩きの喜びです。呉服・和菓子・豆腐屋の多さは当然ですが、「西村金糸」「高木整理」「木村桐タンス」「横山竹材店」「牧神祭具店」「第三回内国勧業博覧会賞 琴三味線絲司」などなど京の暮らしを彷彿とさせる店が目白押し。造園がさかんなので、竹材店が商売として成り立つのだろうなあ。それにしても「高木整理」って何をする店なのだろふ?
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 なおこの通りには楽美術館や、数多の女体レリーフが壁一面を埋めつくす旧西陣電話局もあります。
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 本日の二枚は、神泉苑と油小路通です。
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by sabasaba13 | 2007-02-09 06:10 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(4):野宮神社(06.11)

 ふたたび竹林の間を抜け、日本で唯一皮がついた自然木でできた鳥居のある野宮神社を見物。ここには「洛西随一じゅうたん苔」がありましたが、これは羊頭狗肉。
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 できれば、大覚寺と大沢の池、大悲閣千光寺、岩田山にも行きたかったのですが、もう薄暗くなってきたので次の機会に譲りましょう。なお駅の近くに光厳天皇髪塚、西行ゆかりの竜門橋(歌詰橋)がありました。後者は、この橋のたもとにあった酒屋で歌を読みあい「つぼの内にほひし花はうつろひて霞ぞ残る春のしるしに」の返歌に西行が詰まったという故事から名づけられたと説明板に書いてありました。何故彼は返歌をつくれなかったのか、ご教示を乞う。エロチックな意味だという予想はつくのですが…
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 そのそばには「伝えよう、美しい精神(こころ)と自然(こくど) 日本の背骨を取り戻せ!!」という自民党時局報告会のポスターが貼ってありました。こういう感覚的で意味不明な美辞麗句をばらまく政党は、即刻政治の場から退場してほしいですね。それにしてもこの列島の自然を、開発の名のもと無残に破壊し続けてきた/いる自民党がこの科白をのたまうとは、厚顔無恥ここにきわまれりです。「国土」というルビをわざわざつけた理由は、国家権力=政官財勢力が好き勝手にしていい自然という意味を含意させているのでしょう。その近くには「嵐山モンキーパークいわたやま紅葉ライトアップ」というポスターがありました。夜間に紅葉をライトアップするところがずいぶん増えてきましたが、人工的な照明で色をごまかすためでしょうか。シカゴ・カブスのオーナー、フィリップ・リグレーが「野球とは陽光を浴びてプレーすべきもので、電灯の光のもとでプレーするものではない。」と言っていましたが、紅葉についてもそうであると思います。
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 そしてJR嵯峨嵐山駅に到着。ここの駅舎はなかなか見どころのある物件です。木造山荘風の造りで、角度の違う二つの三角破風や流麗な細工がほどこされた避雷針(?)、内部の壁ぞいに据え付けられた長い木製ベンチなど、いい味わいがあります。
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 列車に乗って京都駅に戻り、地下鉄五条駅まで行って塒となるホテル、アランヴェール京都に着きました。夕食は、第一旭のこってりラーメン鉄人。あっさり味の京風ラーメンというものが、非京都人の単なる妄想と願望にすぎないという冷厳なる事実を痛感。くどさ一歩手前の徳俵でふみとどまった濃厚なスープがおいしゅうございました。

 本日の一枚は、第一旭のこってりラーメン鉄人。九条ネギの清冽な香りがただよってくるようです。
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by sabasaba13 | 2007-02-08 06:13 | 京都 | Comments(4)

京都錦秋編(3):大河内山荘(06.11)

 すぐ隣にあるのが大河内山荘です。丹下左膳を当たり役とした映画俳優の大河内伝次郎が心血をそそいて造営した山荘ですが、ここは見事な庭園でした。東山の峰々や京都市外や双ヶ丘を一望できる眺望も素晴らしいし、自然の地形を利用して造営された庭園をそぞろ歩くことができます。赤いもみじが少ないのが難ですが、緑の絨毯の如き苔を見ているだけで幸せ。もう一つの難が、高額の入園料。いくら抹茶付きとはいえ1000円は高い。庭園の維持・管理費用を考えれば仕方ないのかもしれません。でもそのためか、観光客が少なく落ち着いてゆったりと鑑賞することができました。
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 穴場その三:大河内山荘

 本日の二枚です。
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 追記。「無声戦争日記(1)」(中公文庫)を読んでいたら、昭和17年5月25日のところでこんな記述がありました。以下、引用します。
 梅里先生(大河内伝次郎)は、例のつつましい口調で方丈さんのような声で、嵐山に建てた家の話をしている。特別風致地区ではあるが、京都府から特別に許されて、目障りになる樹はどしどし切りとってしまうという豪快な話。彼の付き人であるショーやんの話によると三十万円からかけた家だそうで、鎌倉時代風の建築、座敷にあって京都の街が一目に眺められるそうだ。京都は石が豊富で宜しいですな、と私は声をかけた。すると梅里先生は、何とかいう山の石を残らず庭にひかせた話をした。

by sabasaba13 | 2007-02-07 06:08 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(2):天竜寺・亀山公園(06.11)

 そして紅葉の時期にはじめて訪れる天竜寺へ。途中に「犬の糞が多く迷惑しております犬の散歩を固くお断りします 天竜寺」という看板を発見。連綿と続く犬と京都人の敵対関係に思いを馳せてしまいました。ここは嵐山を借景にした池泉庭園ですが、もみじが少なくかつ茫漠・散漫とした印象を受けます。
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 嵯峨野の竹林を抜ける小道に出て、しばらく歩いて左に折れると亀山公園に行き当たります。ここにはそれだけで十分に金が取れる一発芸、保津川を見下ろせる展望台があります。(注:もちろん入園は無料) さまざまな色でむせかえる嵐山を左手に、清流保津川を正面に見下ろせる素晴らしい眺望です。山の中腹に見える大悲閣千光寺や、川下りの舟々など、小道具もそろっています。なお山を縫うように走るトロッコ列車も眺められるようで、ご丁寧に時刻表が掲示してありました。たまたま数分後だったので、これ幸いと待っているとこれが期待はずれ。肉眼で視認しづらいほどのしょぼさでした。
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 穴場その二:亀山公園展望台


 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2007-02-06 06:43 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(1):宝厳院(06.11)

 昨年の11月末日に京都の錦秋を満喫してまいりました。覇道か王道か、悩んだ末に今回は穴場捜しを中心とした覇道を軸に、時々王道もとりまぜるという中庸路線に決定。なお、今回山ノ神は所用のため土曜日の夜から合流する予定です。前半は神の居ぬ間に心置きなく心身を洗濯、後半は誠心誠意赤心をもって供奉することになります。天候が下り坂なのが気がかりですが、とりあえず行ってみましょう。なお持参したガイドブックは「歩く地図12京都」(山と渓谷社)、持参した本は「格差社会」(橘木俊詔 岩波新書)です。

 金曜日、仕事を早めに切り上げて昼ごろの新幹線に乗り込み、午後二時ごろ京都駅に到着。ホームにある大きな消火器格納庫を見ると、ああ上洛したのだなあと実感します。気のせいか歳のせいか、年々観光客の数が増えているようです。駅のコインロッカーに荷物を預けようとしましたが、空きが見つかりません。嵯峨嵐山駅に到着すると、幸い空きロッカーが見つかりました。荷物を預けて、いざ出発。
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 今回は近場を徘徊するつもりだし、大混雑も予想されるのであえて自転車は借りませんでした。歩いて十分ほどで天竜寺に到着。駅の近くや塔頭にあった楓を見た限りでは、ちょうど紅葉の最盛期、見ごろのようです。しかし高温が続いたためかちりぢりに焼けたような葉が目立ち、色に深みがないような気がします。それでも陽光に輝く赤や黄色に色づいた葉を見ているだけで、心がフォックス・トロットで踊ってしまいま… 
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 ん? 陽がかげってきた… この時間帯になると嵐山の向こうに太陽が入ってしまうのですね、迂闊であった。まずはこの時期にだけ公開される天竜寺の塔頭宝厳院に行きましょう。ここは「獅子吼(ししく)の庭」と言うそうで、巨石・奇岩・清流を配した庭園を歩きながら眺める趣向です。参道のイロハモミジの並木もなかなかのもの、人出も殺人的なものではなく落ち着いて歩き回れました。まだ紅葉全開には早すぎたのが残念でしたが、その時期はきっと見事なものでしょう。
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 穴場その一:宝厳院

 本日の二枚は宝厳院です。
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by sabasaba13 | 2007-02-05 06:07 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(12):二尊院・祇王寺・滝口寺・常寂光寺(05.11)

 そして二尊院へ。総門をくぐると「紅葉の馬場」と呼ばれる広い参道がありますが、永観堂と同様、全体的に散漫な印象を受けます。あまり好きではないな。なお山腹の墓地には、三条実美・角倉了以・阪東妻三郎などの墓があります。
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 次は祇王寺、ここはええなあ。茅葺の山門と本堂、柔らかくそして息づくような杉苔、そしてもみじと竹林。まるで緑に包まれた小宇宙。清盛に捨てられた祇王が隠棲するのに相応しい、静謐なお寺さんです。
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 すぐ上にある滝口寺は穴場。もみじは少ないのですが、本堂の中から見るお庭は一幅の絵のようです。ほとんど人もいないので、ゆっくりできるし何より縁に座って煙草が吸えるのが嬉しい。嵯峨野の人いきれでストレスがたまった時にお勧めです。横笛との悲恋で有名な斎藤滝口時頼が出家した寺ですが、佐々木信綱が小説「滝口入道」にちなんで滝口寺と命名したそうです。
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 そして最後を締めるのは常寂光寺。さすがに大変な混雑ですが、石段から見下ろす仁王門とそれを埋めるような鮮やかなもみじはやはり一見の価値があります。小倉山からの眺望も素晴らしい。
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 さて帰省の時間が迫っているので、すぐ近くの落柿舎の前を指をくわえながら走り抜けました。それにしても原宿や巣鴨のような人混みが果てるともなく道を埋めつくしています。自転車を返却して、JR嵐山駅まで小走り、電車に飛び乗って新幹線の発車時刻にかろうじて間に合いました。
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 今回は確信犯的に混雑している紅葉の名所を動き回りました。文句を少ししか言わずにつきあってくれた山ノ神に感謝します。来年は、穴場とマイもみじを求めてはんなりと旅する予定です。実相院、蓮華寺、円通寺、大河内山荘、大悲閣千光寺、京都産業大学、貴船神社あたりかな。そうそう晩秋の花背もぜひ訪れてみたいですね。

 本日の二枚は、祇王寺と常寂光寺です。
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by sabasaba13 | 2006-02-17 06:10 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(11):宝筺院(05.11)

 臨時バスに乗って御室まで直行、嵐山電車で嵐山駅に行きました。山ノ神が乗ったことがないというので、先ほどのお詫びをかねて奮発して電動自転車を借り受けました。私、電動自転車が大好きなんだなあ。人間の力を機械が手助けしてほどほどの結果をだす、人間と機械の関係はその程度でいいのじゃないかなあ。それにしても駅前は想像を絶するとってつもない混雑です。人人人車人車人人車バス人力車バス人車人力車車人人バス… これでは皆さんと同じ方向に行ったら身動きがとれなくなるのは目に見えています。よって逆走することに決定、まずは清凉寺へ。ここは穴場ですね、見事なもみじの林があります。
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 そしてすぐ目の前の宝筺院へ。うーむ、ここは素晴らしい。小振りな境内を埋め尽くす木々がさまざまに色づいていました。もうグラデーションに富んだ色彩の饗宴と爆発に息を呑んでしまいます。特に満天星(どうだんつつじ)の紅葉が美しい。小さなお堂があり、ここに上がってお庭を眺めるのも一興。何とか精神的・肉体的に耐えられる程度の混み具合です。なお、敵ながらも楠木正行の人柄に惚れこんだ室町幕府第二代将軍の足利義詮が、彼の首級を葬った塚をたて自分もその傍らに葬ってほしいと頼んだそうです。今でも仲良く二つの墓が並んでいます。敵に敬意を表したり、御霊を怖れて敵を手厚く葬るというのがこの列島の伝統だと思います。敵を一切慰霊しない靖国神社のやり方は、伝統から逸脱した近代に固有の特殊な感性ではないかな。戦争を立案・計画・遂行した公務員だけを祀る神社を参拝して平和を祈るなどと言っても、軍靴に踏みにじられたアジアの人々は絶対に納得しないでしょう、小泉首相。それにしても「ご理解いただきたい」という曖昧かつ不正確な言い方は、ぜひやめていただきたいですな。近代の戦争をすべて肯定・賛美し、A級戦犯を含めた軍人・軍属のみを祀る宗教法人を、政教分離の原則を無視して一国の首相が参拝しているという事実は、中国も韓国も理解していると思いますよ。問題はそれに納得していないということではないのですか。協力して「公共性」を作り出すのが言語の重要な機能でしょ。
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 本日の一枚は宝筺院です。
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by sabasaba13 | 2006-02-16 06:02 | 京都 | Comments(2)