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カルメン

c0051620_2153726.jpg それほど詳しくはないのですが、オペラは大好きです。音楽・演劇・美術の総合芸術を堪能し、塵が積もった日々の時間・空間からしばし別世界を楽しむ、最高ですね。今回は、山ノ神ともども以前から見たいと思っていたビゼーの『カルメン』を、新国立劇場オペラパレスで鑑賞してきました。カルメンはジンジャー・コスタ=ジャクソン、ドン・ホセはオレグ・ドルゴフ。ジャン=リュック・タンゴー指揮する東京フィルハーモニー交響楽団に、新国立劇場合唱団と新国立劇場バレエ団も共演します。下世話な話で恐縮ですが、われわれはだいたいB席をおさえます。まあまあ安いし、3階ですが舞台全体を上方から一望できるので、全体の動きがよくわかります。オーケストラ・ピットが見えないのが玉に瑕ですが。
 さあ始まり始まり。第1幕は、時は1820年ころ、セビリアのタバコ工場前の広場が舞台です。当時の街並みをリアルに表現した豪華なセットに一安心。ひと時の異次元・異空間を楽しみたいので、やはりセットにはお金をかけていただきたいものです。以前にウィーンの国立歌劇場でワーグナーの『リエンツィ』を見た時、現代風のチープなセットと、ジーンズを着てスニーカーを履いた歌手に失望した思い出があります。
 閑話休題。広場には女工目当てに男たちが集まっていますが、彼らの一番人気はカルメン。彼女は「ハバネラ」を歌って男たちを魅了します。ところが、衛兵のドン・ホセだけは彼女に興味を示しません。そこでカルメンは胸に付けていたカッシアの花をホセに投げつけ、去っていきました。
 仕事に戻った女工たちは工場の中で喧嘩騒ぎを起こします。原因はカルメンで、彼女は捕らえられます。でもカルメンは、衛兵のホセを誘惑して手縄をゆるめさせ、逃げ去りました。
 あの有名な前奏曲や、官能的な「ハバネラ」を聴いただけで血沸き肉踊ります。子どもたちの合唱「交代の部隊といっしょに」も楽しい曲です。『カルメン』では合唱がふんだんに取り入れられ、曲に変化とスケールを与えています。新国立劇場合唱団の素晴らしい合唱に魅せられました。
 余談ですが、以前セビリアを訪れた時、添乗員さんが舞台となったタバコ工場を教えてくれました。現在は大学になっているそうです。

 第2幕。1ヶ月後、カルメンを逃がした罪で禁固となっていたホセが、閉店後の酒場にいた彼女に会いに行きます。ホセは彼女からもらった花を手に愛を告白しますが、それならばとカルメンは彼に軍隊に帰営しないで、すべてを捨てて自分の下に残るように求めます。ホセは迷いました。そして仕方なく脱走兵としてジプシーの仲間となったのです。
 ここではやはり、エスカミーリョ(ディモシー・レナー)が歌う「闘牛士の歌」が聴きものですね。密輸団の怪しい連中がコミカルに軽妙に歌う五重唱「一仕事思いついたのさ」には思わず緩頬してしまいます。なお新国立劇場バレエ団の見事な踊りも、オペラに花を添えてくれました。

 第3幕。カルメンのジプシー仲間は密輸をして稼いでいました。そのことを知って後悔するホセ。カルメンはそんな彼に愛想を尽かします。カルメンの恋心は、すでに闘牛士エスカミーリョに移っていました。そこへホセの故郷から娘ミカエラが訪ねてきます。彼女からホセの母が重病だと聞いて、彼は故郷に帰ることにします。
 1ヶ月後、闘牛場前の広場。この日は闘牛の当日で、カルメンと愛の言葉を交わした闘牛士エスカミーリョが闘牛場に入っていきます。広場に残ったカルメンの前に現れたのが、戻ってきたホセです。やり直そうと言うホセでしたが、カルメンは彼を相手にしません。しつこく食い下がるホセに対し、カルメンは昔もらった指輪を投げつけました。そのときホセは激昂してカルメンを刺し殺してしまいます。そしてその場に呆然と立ちつくしたのでした。
 砂川涼子が歌う「ミカエラのアリア」に聞き惚れました。うっとりとする美声と感情表現、素晴らしい。これからはご贔屓にさせていただきます。

 というわけで、十二分に堪能いたしました。歌手陣もオーケストラも合唱団にも満足。そして何より、魅力的な数々の曲に時を忘れました。ビゼーは凄いメロディ・メーカーだったのですね。
 そしてカルメンという稀有なる女性に圧倒されました。これはメリメの手柄なのかもしれませんが。19世紀前半という時代背景の中で、女性とロマ(ジプシー)という二重に差別された存在でありながら、仕事を持って自立し、時には密輸にも関わりながら強かに生き抜くカルメン。現代のわれわれから見ると、単なる悪女(ファム・ファタール)とは思えません。そして彼女の、自由への飽くなき渇望にいたく感銘を受けました。
空はひろびろ さすらいの暮らし
世界をねぐらに 気ままに生きる
そして なによりすばらしいのは
自由よ! 自由なのよ! (第二幕の二重唱)

カルメンはいうことなんか聞かない
自由に生まれて、自由に死ぬのよ (フィナーレの二重唱)
 なお朝日新聞デジタル(18.12.18)によると、世界経済フォーラム(WEF)が発表した2018年の男女格差(ジェンダーギャップ)報告書によると、男女平等度で日本は149カ国中110位、主要7カ国(G7)中では最下位だったそうです。女性への差別を何としてでも維持しようとしている御仁たちに、ぜひこのオペラを見ていただきたいものです。
by sabasaba13 | 2018-12-22 07:11 | 音楽 | Comments(0)

辻井伸行頌

c0051620_22183227.jpg ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した、若き盲目のピアニスト、辻井伸行君。テレビでその素晴らしい演奏を何度か拝見したのですが、隔靴掻痒、ぜひ生の音を聞いてみたいと常々思っておりました。念ずれば花開く、ウラディーミル・アシュケナージ指揮によるアイスランド交響楽団と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番およびショパンのピアノ協奏曲第2番の演奏会が開かれるとの情報を得ました。前者を聴きたかったのですがチケットはすでに売り切れ。後者でしたら所沢市民文化センター「ミューズ」での演奏会で二枚購入が可能です。さっそく山ノ神を誘って、聴きに行くことにしました。
 西武鉄道新宿線の航空公園駅で降りて、てくてくと歩くこと十分ほどで「ミューズ」に着きました。そして席についてプログラムを拝読。本日の曲目は、シベリウスの「カレリア組曲」、ショパンのピアノ協奏曲第2番、休憩をはさんでシベリウスの交響曲第2番です。私も山ノ神もシベリウスが大好きなので、これは嬉しいプログラムでした。以前にスカンジナビア諸国を訪れた時には、フィンランドでシベリウス関連の史跡やモニュメントを見学したことを思い出します。
 まずは「カレリア組曲」、間奏曲、バラード、行進曲からなる管弦楽作品ですが、実はこの曲には思い出があります。高校生の時、ジャズマンになりたいという夢を持っていました。きっかけは当時、夢中になって読んでいた五木寛之の『青年は荒野をめざす』という小説です。たしか主人公の名前はジュンだと思いましたが、そのかっこいい生き方に惚れ込んでしまった次第です。はじめて買ったジャズのレコードはマイルス・デイビスの『アット・カーネギー・ホール』、あまり評価されていませんが、よくスイングするクインテットだったと思います。とくにウィントン・ケリーのコロコロところがるようなのりのいいピアノと、ポール・チェンバースの地を揺るがすような重厚なベースに夢中になりました。よし、ベースマンになるぞ、と一念発起、しかし基礎をしっかりとやるべきであろう(私は変なところで堅実なのです)、大学オーケストラに入部してコントラバスの練習に勤しみました。同時にジャズの教則本や理論書を買い込んで独学で学んだのですが…結局ものになりませんでした。即興演奏のなんと難しいことよ。以後、ジャズはもっぱら聴くだけとなり、今では楽器をチェロに変え、チェリストの末席をけがしておりますが、ジャズマンになりたいという心の火はまだどこかで燻っています。そしてこのオーケストラでは、教養学部一年生と二年生が中心のユース・オーケストラを編成して、課題曲を練習・合奏する夏合宿がありました。忘れもしない、私が大学一年生の時に、この合宿ではじめて演奏したのが、この「カレリア組曲」と、ベートーヴェンの交響曲第1番の第1・第2楽章でした。ああ、甘酸っぱいものがこみあげてくる。特に第3曲の行進曲を聴くと、今でも血沸き肉躍りアドレナリンがふつふつと分泌してきます。
 さて肝心の演奏です。アイスランド交響楽団の紹介がパンフレットにあったので、引用します。
 アイスランドを代表するオーケストラであるとともに、その高い演奏技術と美しいアンサンブルから北欧を代表するオーケストラのひとつとして人気を博している。アイスランドの首都レイキャビクにある現代建築の分野でも注目を集めるHarpa Concert Hallでの定期演奏会のほか、海外ツアーも積極的に行っている。桂冠指揮者としてウラディーミル・アシュケナージを擁するほか、これまでにケンプ、アラウ、ギレリス、メニューイン、ロストロポーヴィチ、バレンボイム、パヴァロッティといった一流のソリストたちが共演している。
 実は偶然なのですが、今年の夏に念願だったアイスランド旅行をしてきました。氷河、火山、瀑布、荒涼とした大地、素晴らしい自然の景観を堪能するとともに、過酷な環境のなかで大地を踏みしめるように実直に暮らすアイスランドの方々にも強い印象を受けました。それと安易に結びつけてはいけないのかもしれませんが、でもこのオーケストラの音はアイスランドの自然や人間を思い起こさせます。外連味のない真面目な音楽づくりと、玲瓏な音。やや迫力不足の感は否めませんが、それを補って余りある美しい音楽でした。指揮者のアシュケナージもその魅力を十分に引き出したと思います。なお彼らの本拠地であるHarpa Concert Hallも見学してきましたが、柱状節理を模したユニークな意匠でした。
 そしてアシュケナージの両肩につかまるようにして辻井君が登場しました。万雷の拍手のあと椅子に座り、両手を左右に大きく広げて鍵盤の位置を確認する姿が印象的です。もちろん眼前の譜面台には何も置いてありません。目が見えないというハンディキャップを背負いながら、いったい彼はどれくらいの努力をしたのでしょう。ただただ首が下がるだけです。そういえば中野雄氏が『モーツァルト 天才の秘密』(文春新書487)の中で、モーツァルトについてこう言っておられました。
 …群百の音楽家に比して、百倍も千倍も努力した人であった。ただ、彼はその"努力"を「つらい」とか、「もういやだ」と思わなかっただけの話である。
 そういう意味では、辻井君も天才なのかもしれません。そして音楽がはじまりました。ショパンのピアノ協奏曲第2番は、第1番に比べてやや地味な印象があります。しかし辻井君の手にかかると、珠玉の逸品に生まれ変わります。彼の弾く和音の何と美しいことよ。絶妙のバランスで和音を美しく響かせているのでしょう、その聴覚の鋭敏さには脱帽です。またオーケストラの伴奏とのバランスも見事です。押すべきところ押し、引くべきところは引く、自らの奏でる音とオーケストラの音を丁寧に聞き取りながら、両者を一つの音楽に撚りあげる。素晴らしい耳です。『ピアノの森』(一色まこと 講談社)の中で、アンジェイ・パヴラス先生が雨宮修平に、「自分の音をきちんと聞けたら、名人の域だ」と諭したことを思い出しました。
 辻井伸行君、もとい辻井伸行氏、素晴らしいピアニストでした。もう一度、いや何度でも聴きにこようと山ノ神と意気投合しました。嬉しいことにアンコールを弾いてくれましたが、スイング感とスピード感にあふれたノリノリの佳曲でした。音楽を奏でる喜びに満ちた辻井氏の超絶技巧に脱帽。ブラーボ。後で、ウクライナの現代作曲家ニコライ・カプースチンの「8つの演奏会用練習曲」第1番だと判明。さっそくCDを購入して、いまハマっています。
 そして休憩、外で紫煙をくゆらしながら興奮と熱気をさまし、さあシベリウスの交響曲第2番です。シベ二、実はこれも、前述の大学オーケストラの定期演奏会で初めて弾いた思い出の曲です。私は交響曲第3~6番の方が好きなのですが、もちろん第2番も良い曲です。迫力はありませんが、一音一音を大切に奏でる緻密なアンサンブル、そして丁寧な音楽づくりに心惹かれました。
 アンコールは、私の大好きなシベリウスの「悲しきワルツ」。美しく魅惑的なワルツ、狂熱の乱舞、そして静寂と死。小品ながらも、変化に富んだ素晴らしい曲です。アイスランド交響楽団の端正で誠実な演奏を堪能しました。中間部でもっとデモーニッシュな雰囲気があってもよかったかな、まあ諒としましょう。

 というわけで辻井伸行氏の演奏とシベリウスの音楽を満喫できた素晴らしい午後でした。特に辻井氏のピアノはリピーターになりそうな予感。御贔屓にさせていただきます。

 おまけの蔵出し写真、上からフィンランド・ハメーンリンナにあるシベリウスの家(二枚)、ヘルシンキのシベリウス公園(二枚)、そしてアイスランド・レイキャビクのHarpa(ハルパ) Concert Hall (二枚)です。
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by sabasaba13 | 2018-12-14 06:24 | 音楽 | Comments(0)

アンドレア・バッティストーニ

c0051620_21465760.jpg 『しんぶん赤旗 日曜版』(2018.4.22)を読んでいたら、アンドレア・バッティストーニという若い指揮者の紹介が掲載されていました。1987年ヴェローナ生まれですから、弱冠31歳。東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任されているそうです。「平均的な演奏をするのではなく、危険を恐れず一回一回違う物語を語れるようなコンサートを目指しています」「音楽には二種類しかない。良い音楽と悪い音楽です」という彼の言に惹かれました。後者の言葉は、デューク・エリントンも言っていたような気がしますが。
 さっそく「ぴあ」で検索したところ、バッティストーニと東京フィルハーモニー交響楽団による「平日の午後のコンサート」がありました。幸いこの日の午後は休暇が取れそうなので、チケットを二枚購入。山ノ神とは、現地のサントリーホールで落ち合うことにしました。
 当日、仕事が降りかかる前に職場を離脱、一目散にサントリーホールに駆けつけました。やれやれ間に合った。山ノ神も席に鎮座されています。そしてオーケストラと指揮者が登場、何かやらかしてくれそうな雰囲気を感じました。前半の曲目は、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲、ヴォルフ=フェラーリの歌劇「マドンナの宝石」より間奏曲、ヴェルディの歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲、メロディアスで親しみやすい曲が選ばれています。歌心にあふれた指揮と演奏に、うっとりと聞き惚れました。そしてバッティストーニ氏の軽妙なトークが、幕間にはいります。フォルテとピアノの話、イタリアの学校には入学式も卒業式もないという話、いろいろと楽しませていただきました。それにしても、イタリア語は普通に話していても歌っているように思えます。
 後半は、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」です。金聖響氏の言を借りれば"古典派交響曲の到達点・リミット・完成品。交響曲の進化の系統樹はここで行き止まり、あとは横に伸びるしかない"という名曲です。さまざまなフレーズをきちっと腑分けしながらも、歯切れのよいキレッキレの演奏で、ぐいぐいと前進する疾走感にはしびれました。オーケストラをその気にさせる躍動感にあふれた指揮もいいですね。全身全霊をこめた圧巻の第4楽章まで、息をもつかせぬ名演でした。ぶらーぼ。アンコールはチャイコフスキーの弦楽セレナーデより第2楽章「ワルツ」は、うってかわってチャーミングな演奏。いいですね、バッティストーニさん。贔屓にさせていただきます。

 素晴らしい音楽を聴いたら、美味しい夕食が不可欠。練馬まで戻って、最近はまっている「パラディソ」まで自転車で行き、ビーフカレーと鶏の有馬煮をいただきました。こちらもぶらーび。
by sabasaba13 | 2018-07-09 07:39 | 音楽 | Comments(0)

佐藤久成頌

 「しんぶん赤旗日曜版」(2018.4.8)を読んでいたら、佐藤久成(ひさや)というヴァイオリニストについての紹介がありました。2016年に亡くなった音楽評論家・宇野功芳が絶賛したヴァイオリニストだそうです。彼の言です。
 机の上にうず高く積んであるCDの中の1枚が、「聴いてくれ、聴いてくれ」と話しかける。ぼくには弱い霊感があるようで、全然知らない演奏家のコンサートに、大切な仕事(合唱のリハーサル)を休んでも出かけ、凄い才能と出会うこともある。机の上から話しかけたのは佐藤久成というヴァイオリニストのCDだった。案の定、濃厚な節まわし、魂が吸い込まれるようなピアニッシモ、鬼神もたじろぐような激しいパッションに打たれた。しかし、彼はけたはずれの才能に見合う評価を受けておらず、聴衆の数も少ない。ぼくは命がけで久成君の応援をすることに決めた。…埋もれている才能を世に出す。それこそが批評家の仕事だろう!!!
 私も彼の音楽評論が好きで、よく読んでいました。良いものは良い、駄目なものは駄目、己の耳のみを信じ、素晴らしい演奏は絶賛し、悪い演奏は一刀両断に切り捨てる。その快刀乱麻の評論は、いま読み返しても新鮮です。例えば『新版・クラシックの名曲・名盤』(講談社現代新書)の中で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番ニ短調「テンペスト」についてこう評されています。
 CDはハイドシェックが1989年に宇和島で弾いた奇蹟的なライブ録音一枚あれば他は要らない(オーバーシーズ TECC28036)。演奏については姉妹著『名演奏のクラシック』に詳述したのでくりかえさないが、《鬼気迫る凄演》とはこのことであろう。彼はここで人間業を超えている。だから僕自身も「ハイドシェック盤を聴いて、まだテンペストをプログラムに加えようとするピアニストがいたら、その人の顔を見たい」などという脱線を書いてしまったのである。(p.132~3)
 これを読んでハイドシェックのCDをすぐに購入して聴きましたが、宇野氏の評に違わぬ名演奏でした。その彼が命がけで応援したヴァイオリニスト、これはぜひ聴いてみたいものです。

 5月末日、佐藤久成が宇野功芳に捧げたコンサート「宇野功芳メモリアル」を聴きに、サントリーホールに行ってきました。コンサートの愉しみのひとつに、会場の近くで美味しい食事をとることがあります。インターネットで調べた結果、今回はアークヒルズにある海鮮丼の店「つじ半」で「ぜいたく丼」をいただくことにしました。早めに職場を出てお店で山ノ神と待ち合わせ、さっそく「ぜいたく丼」を注文。ご飯の上にうず高く盛られたまぐろの中落ち、いくら、カニなどの海鮮をくずしながら混ぜ合わせ、一気にかきこむと胃の腑は「美味い美味い」と大騒ぎ。最後に鯛の出汁でお茶漬けにして、別皿の鯛の刺身とともに食べられるのも格別でした。ここはサントリーホールで音楽会を聴くときのご用達になりそうですね。
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c0051620_181699.jpg そしてサントリーホールへ、佐藤久成(ヴァイオリン)、岡田将(ピアノ)によるソロ・コンサートの開幕です。演奏された曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、シューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番、ラフマニノフの「ジプシー・ダンス」、モーツァルトの「ロンド」、プロコフィエフの「マーチ」、ヴィエニアフスキの「華麗なるポロネーズ第1番」、ラヴェルの「ツィガーヌ」。アンコールはボームの「カヴァティーナ」、ゴセックの「ガヴォット」、リースの「常動曲」でした。あまり有名ではない作曲家や曲が多いのは、西洋音楽の分厚い伝統の中から彼が丹念に探した結果だそうです。
 ヴァイオリンの魅力を心ゆくまで堪能できた、素晴らしい演奏会でした。全身全霊を込めて音楽を歌いあげる佐藤久成氏、それを見事なテクニックで支える岡田将氏。その滾るような思いが外連味あるオーバーアクションとなって溢れだすのも良いですね。新聞のインタビューで「音楽はネガティブなものではいけない。悲しい曲であろうとも、ポジティブでないと。ヴァイオリン一本で、観客に元気と勇気、エネルギーを与えるのが、ぼくらの仕事なんです」と語っていましたが、はい、その全てを拝受いたしました。また聴きにきたいな。一層のご活躍と正当な評価を祈念しております。
by sabasaba13 | 2018-06-25 07:18 | 音楽 | Comments(0)

「メモリアル・アルバム 1955-2014」

c0051620_10271012.jpg 入江宏というピアニストをご存知ですか。先日『週刊金曜日』のCD評で教示していただき、はじめて知りました。内科医として病院勤務の多忙な日々を送りつつ、東京や横浜などのジャズ・スポットで週末に数セットのライブ演奏をしたジャズ・ピアニスト。しかし円熟期に病となり、長い闘病生活を経て、2014年3月に逝去されました。享年58歳。彼の素敵なピアノ演奏をおさめたアルバム「メモリアル・アルバム 1955-2014」が発売されているとのこと、さっそく購入しました。
 まずジャケットが良いですね。地味な色合いの無地に、眼鏡と髭のみのイラストで描かれたシンプルで愛らしい似顔絵が中央に小さく置かれています。彼の人となりや演奏が彷彿としてくるようです。CD二枚組で、一枚目はソロ・ピアノ。家人にも知らせずに自宅でひそかに録音していたものが、死後偶然に見つかったもの。二枚目は彼がピアニスト、キーボード奏者としてジョージ大塚・山口真文・ミロスラフ・ヴィトゥス・神崎ひさあきらと共演したレコーディング・セッション。
 一曲目の「ラストナイト・ホエン・ウィー・ワー・ヤング」から、彼の世界に惹きこまれました。シャイな男性が、はにかみながら、思いのたけを言葉を選びながら愛する女性に告げるような演奏です。ほんとうに一音一音を大切にした暖かいピアノです。心や体の隙間や溝にたまった俗塵がきれいに洗い流されるようです。最近は、仕事に疲れて帰宅すると、まずこのCDを聴くようになりました。二枚目のセッションもわるくはないのですが、やはり一枚目のソロ・ピアノが出色の出来ですね。

 ご子息のブログで、入江宏氏の友人が書かれたライナーノーツが紹介されていました。引用します。
 自分より若い世代の医師たちが、検査データの数値が表示されたPC画面ばかりを見ていて患者の顔も見ず、聴診も触診も行わなくなっていることを、入江が嘆息まじりに口にするのを聞いたことがある。人間に対する、生に対する敬意と配慮は、医師・入江宏と音楽家・入江宏に共通する姿勢だった。そして、硬直した制度や組織、強ばった精神は入江宏が最も嫌うところだった。
 "生に対する敬意と配慮"、彼の素晴らしい音楽を理解するポイントはここにありそうですね。
by sabasaba13 | 2018-04-25 06:27 | 音楽 | Comments(0)

セシル・マクロリン・サルヴァント頌

 『週刊金曜日』のCD評で、セシル・マクロリン・サルヴァントという若きジャズ・ボーカリストの存在を知りました。さっそく紹介されていた、グラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞に選ばれたアルバム「ドリームス・アンド・ダガーズ」を購入して聴きましたが、これがなかなかいける。近々来日して、「ブルーノート東京」でライヴを開くとのこと、ぜひ聴いてみたいですね。そういえば、最後にジャズの生演奏を聴いたのは、大学生のときに新宿の「ピットイン」以来です。最近合唱にはまっている山ノ神を誘ったら快諾、ジャズ・ボーカルにも興味があるようです。チケットぴあでチケットを購入したところ、お店に電話を入れて整理番号を得るとのことでした。連絡をしたところ、開演一時間前に来店して整理番号順に席を選べるとのことです。なるほど。でも一時間も店の中でぼーっとしているのもなんですし、近くに面白い場所はないでしょうか。インターネットで所在地を調べてみると、ぬぅわんと、すぐ隣が根津美術館、歩いて行ける距離位に青山霊園があります。時は3月24日、例年より早く東京では桜が満開になりつつあります。青山霊園で桜並木を愛で歴史上の人物のお墓を掃苔し、「ブルーノート東京」に行って席をおさえ、桜に期待して根津美術館のお庭を徘徊し、店に戻ってサルヴァントのライヴを聴く。おお、巨大な連関が音を立ててつながった。がしゃん。

 当日、すこし早めに家を出ようとすると、「きゃージャズ・クラブなんて初めて、何着ていこうかしら何着ていこうかしら」とはしゃぐ山ノ神。お召し物の選択に時間をとられ、出立の時刻が大幅に遅れてしまいました。せんかたない。掃苔は後日にゆっくりすることにして、まずは青山霊園の見事な桜並木を遊歩。その途中で小村寿太郎と川上操六のお墓を偶然見つけることができました。
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 そして十分ほど歩いて「ブルーノート東京」へ、地下へ降りる階段のあたりに所狭しと貼ってあるジャズメンの写真に血沸き肉躍ります。
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 フロントで整理券をもらって順番を待ち、さらに地下へ降りると意外に広い空間でした。さてどこに座ればよいか、係の方にお薦めの席を訊ねると、やはりステージ近くで歌い手を間近に見られる席がよいでしょうと案内してくれました。「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」(『徒然草』第52段)ですね。開演まで退席すると係の方に告げて再入場券をもらい、すぐ近くにある根津美術館に行きました。隈研吾の設計による竹を使った印象的なエントランスを抜けて、館内へ。「香合百花繚乱」という企画展が開催されていましたが、時間がないので庭園だけ見ることにしました。起伏のある池泉回遊庭園で、都心とは思えないほどの静寂な雰囲気に満ち満ちています。残念ながら桜は少なかったのですが、心洗うような緑、爽やかな潺の音、鳥の声と風の音を楽しみました。
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 開演直前に「ブルーノート東京」に戻って席に着き、ジャマイカン・ジャークチキン、パスタ、シーザーサラダ、ビールを注文。不味くはないのですが、いかんせん値段が高い。次は、食事は違うところでいただいて、飲み物だけ注文することにしましょう。各テーブルには著名なジャズマンのプレートがありますが、われわれのテーブルにあったのはゲイリー・バートン。こいつは春から縁起がいいわい、私の大好きなヴィブラフォン奏者、チューリヒでライブ録音された「チック・コリア&ゲイリー・バートン・イン・コンサート」は愛聴盤です。用を足しにトイレに行くと、男女表示は音符。でもなぜ男性が四分音符で女性が八分音符なのでしょう? 女性は半人前ということですかい。
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 席に戻ってビールを飲みながらパスタを食していると、伴奏のアーロン・ディール(p)・ポール・シキヴィー(b)・カイル・プール(ds)を従えて、セシル・マクロリン・サルヴァント(vo)の登場です。ハイチ人の父とフランス人の母のもと、米国フロリダ州マイアミで誕生。5歳でピアノを始め、21歳の時に「セロニアス・モンク・コンペティション」のヴォーカル部門で優勝。2015年リリースの『フォー・ワン・トゥ・ラヴ』はグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞に輝いた気鋭のヴォーカリストです。貫頭衣のようなシンプルなワンピースとサンダル履き、リラックスした雰囲気ですが、その恰幅の良さには驚きました。大学生の時にオーケストラの先輩が「腹も楽器のうち」とよく言っていましたが、なるほど、声がよく響きそうです。
 そして歌が始まりましたが、一曲目から♪身も心も♪惹きこまれてしまいました。素晴らしい… 艶やかで張りのある声、伸びる高音と響く低音、気持ちのこもった節まわし。これぞジャズ・ボーカルという醍醐味を堪能しました。それに加えてバックをつとめるピアノ・トリオがお見事、サルヴァントの歌声を際立たせようと、隅々まで神経を使った繊細な演奏でした。なかでもカイル・プールのドラムがいいですね。ブラシやリム・ショットなどの多彩な小技を駆使したり、スティックを持つ位置を変えたりマレットを使ったりして、単調になりがちな太鼓の音に彩りを添えています。
 ニュー・アルバムを中心とした選曲で、スタンダード・ナンバーが少なかったのがすこし残念でしたが、十二分に楽しめました。アンコールで歌ってくれたのは、ア・カペラによるショパンの「別れの歌」。涙がにじむくらいに胸を打たれました。
 山ノ神もご満悦の様子。♪When you're smilin' The whole world smiles with you♪ 彼女の歌を、そしてジャズの生演奏を、また聴きに来るぞと、♪俺の闘志がまた燃える♪のでした。
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by sabasaba13 | 2018-04-23 08:11 | 音楽 | Comments(0)

ヴェルディの「レクイエム」

c0051620_214156100.jpg 最近、合唱にはまっている山ノ神。武蔵野合唱団に所属している知人からチケットを二枚購入したということで、第50回定期演奏会に誘われました。曲目はヴェルディの『レクイエム』、指揮は小林研一郎、管弦楽は日本フィルハーモニー交響楽団、独唱は森麻季(ソプラノ)、山下牧子(メゾソプラノ)、西村悟(テノール)、妻屋秀和(バス)、合唱は武蔵野合唱団。これはなかなか良さそう、ようがす、聴きに行きましょう。

 会場はサントリーホール、私は仕事があるので、各自で夕食をとって座席で落ち合うことにしました。そういえば、ホールの前にあるアーク森ビルの三階に「米楽(こめらく)」という和食のお店があり、宇和島名物の鯛めしを食べた記憶があります。よろしい、仕事を早く終わらせて鯛めしをいただきましょう。んが、好事魔多し、急の仕事が山のように舞い込んできててんてこ舞い。結局、ホールに着いたのは開演10分前、夕食を食べることができませんでした。ホールに入ると、山ノ神は余裕の吉田拓郎で、座席に鎮座されています。

 いただいたパンフレットを読みながら開演を待ちました。ヴェルディが作曲家として世に出たのは1842年初演の「ナブッコ」でしたが、これは劇中の合唱曲「行け、我が想いよ」が観客の心をとらえたことがきっかけでした。それまでソリストの美しいアリアの添え物的存在だった合唱が、ヴェルディによってストーリーを引き立てる存在にまで昇華されたのですね。この「レクイエム」は、彼が心酔していた文豪マンゾーニの一周忌のために作曲されたもので、ヴェルディが数々のオペラ曲の中で磨き上げた合唱技術の粋を集めた渾身の力作。これは楽しみです。

 そして合唱団やオーケストラのみなさん、独唱者の方々がステージに登場、最後に指揮者の小林研一郎氏が姿を現しましたが、突然マイクをもって話し始めました。なんと、バスの妻屋秀和氏が練習中に突然声が出なくなり、急遽、青山貴氏が代役として歌うとのことです。そういえば、ジャケットにジーンズというラフな服装でした。それにしても突然依頼されて、よく即座に歌えるものですね、さすがはプロフェッショナル。

 静かに語るように歌われる「レクイエムとキリエ」で曲は始まります。人間の声って、これほどまでもささくれだった心を癒してくれるのですね。そして最後の審判の情景を描く「ディエス・イレ(怒りの日)」の力強さと荒々しさに圧倒され、心が覚醒していきますが、これも声の力。この後も、独唱、二重唱・三重唱・四重合・ソリストと合唱のかけあいなど、さまざまなバリエーションで声のもつ魅力が紡がれていきます。武蔵野合唱団も、この曲が歌える喜びを満身に込めた素晴らしい音楽を聴かせてくれました。男性陣が少ないため、やや低音の弱さを感じましたが大きな瑕疵ではありません。小林研一郎氏も、「その声を聴衆の心に届けるんだ」と言わんばかりの情熱的な指揮で、武蔵野合唱団の意気を引き出してくれました。合唱っていいものですね、山ノ神がはまる気持ちが分かります。
by sabasaba13 | 2018-04-07 08:18 | 音楽 | Comments(0)

狂熱のギターデュオ

c0051620_8431641.jpg ん? なになに。「狂熱のギターデュオ 渡辺香津美meets沖仁」というコンサートが、三鷹市公会堂で開かれるそうな。以前に村治佳織・村治奏一姉弟とのギター・トリオ演奏会「TA14GP」を聴きにいって、彼の演奏の素晴らしさには舌を巻きました。今回はフラメンコ・ギタリスト沖仁氏とのギターデュオ、これはぜひ聴きにいきたいものです。満席間近でしたが、幸い席を確保でき、山ノ神と一緒に公会堂へ行ってまいりました。

 まずは公会堂のサイトから紹介文を転記します。
 ジャズ・フュージョン界はもとより、イエロー・マジック・オーケストラやジャコ・パストリアスらとの共演でも知られ、ボーダレスに活躍する"ギター・マエストロ"、渡辺香津美。2010年7月、スペインの権威ある「第5回ムルシア"ニーニョ・リカルド"フラメンコギター国際コンクール」国際部門で日本人初の優勝を成し遂げ、いまやジャンルを超えた人気を集める沖仁。このたび、それぞれ2010年10月以来3度目、2009年9月以来2度目となる三鷹への登場が、デュオ・ライヴという形で決定しました。
 二人は2011年に初めて共演して以来、お互いの演奏に心酔し、いまなお各地でデュオのライヴを展開しています。その白熱のライヴの模様は、2015年夏にリリースした『エン・ビーボ! ~狂熱のライブ~』からもうかがい知れます。このアルバムは4か所7公演からのベスト・テイクが収録されており、全国のギター好きを唸らせました。
 超人的なギターテクニックと豊かな音楽性から生まれる色彩豊かで芳醇な音色、魅惑のアドリブ、ゾクゾクするインプロヴィゼーション。スリリングな展開が刺激的なセッション・ライヴになることでしょう。
 ジャズ・ギタリストの渡辺香津美と、フラメンコ・ギタリストの沖仁。世界的な名プレーヤー二人が、三鷹市公会堂を舞台に繰り広げる熱い超絶ギターライヴに、どうぞご期待ください!
 ホールに入ると、ステージの上にはさまざまな種類のギターが置かれています。もうこれだけでワクワクしてきますね。どんな音が奏でられるのだろう。熱心なファンの方々が写真におさめていました。
 そして二人が登場しました。ジャズ、フュージョン、フラメンコといったジャンルを軽々と飛び越えて、奏でられるギターのサウンドに酔いしれるのみ。眼を交わし耳をとぎすませながら、二人で音楽を育て上げていく様子がよくわかります。「地中海の舞踏/広い河」「リベルタンゴ」「スカボロー・フェア」「アントニア」といったなじみ深い名曲をおりまぜた選曲もいいですね。アンコールは、チック・コリアの名曲「スペイン」、最後には二人で客席におりてきて圧倒的なギター・バトル、ホールを熱狂の渦に巻きこんでくれました。
 ああ楽しかった。なお途中で調子が悪かったのかPAがしばらく沈黙し、彼らの生の音を聴くことができました。やはり生の音はいいなあ。できうれば小さな会場でPAなしに、二人のデュオを聴きたいのですが、♪見果てぬ夢♪でしょうね。

 素敵な演奏のあとは、もちろん美味しい食事。西荻窪駅前にある老舗「こけし屋」で美味しいフランス料理に舌鼓を打ちました。スポーン なお公式サイトによると、この店の興味深い歴史を知ることができます。小生の文責でまとめますと、ここは戦前「大石洋品店」という洋品屋でしたが、運よく戦災を免れ焼け残ったこの敷地を、洋品屋の息子の大石總一郎と従兄の安田善一が甘味屋としてたてなおし、たくさんの人々がこぞって集まるようになりました。戦後、世の中がまだ落ち着かない中、せめて文化的なことを吸収したいとの思いから、毎週土曜日の夜に「こけし会」という、西荻界隈の文化人を講師に招き、近所の店主や学生、主婦などを対象にした文化講座を開いたそうです。屋号の名づけの親は安田で、店内にひっそりと飾られていたこけしを見た彼は、「国破れても日本の国の伝統は残っている。この店の名はこけし屋でどうだ」と言ったことから名付けられたとのことです。この店に集まった中央線沿線に住む文士や画家、石黒敬七、井伏鱒二、丹羽文雄、徳川夢声、東郷青児、田川水泡らがつくったのが「カルヴァドス会」。戦後公開された映画「凱旋門」(1948)のなかで、イングリッド・バーグマンがパリのビストロで飲んでいたりんごのブランデーから命名されました。この会のメンバーであった画家の鈴木信太郎が描いた可愛い西洋人形のような女性が、今でも包装紙として使われています。「店に歴史あり」ですね。こういう地域に根付いた老舗を贔屓にしていきたいものですね。

 後日談です。このコンサートの後、しばらくギター音楽にはまって、いろいろな名演のCDを聴きました。パコ・デ・ルシア+アル・ディ・メオラ+ジョン・マクラフリンによる『スーパー・ギター・トリオ・ライブ!』、ジャンゴ・ラインハルト、ウェス・モンゴメリー、アンドレス・セゴビアなどなど。痛切に感じたのは、こうした手練れのギタリストの奏でる音が、フレーズに流されずに一粒一粒際立っていることです。そういう意味でこの二人はまだ発展途上かな、精進を期待します。
by sabasaba13 | 2018-03-06 08:03 | 音楽 | Comments(0)

野ばらに寄す

 寒さが厳しくなってきました。いよいよ冬将軍の到来ですね、みなさまご自愛を。でも、暖かい部屋で、ホット・ウィスキーを飲みながらジャズを聴く喜びを思うと、冬も捨てたものではありません。福島や沖縄の人びとの思いを踏みにじり暴走する安倍内閣とそれを容認・黙認する人の多さ、動き出した超巨大活断層「中央構造線」と川内・伊方原発事故の危険性、エルサレムを首都と認めたトランプ大統領とテロリズム猖獗の予感、最悪の人道的危機にあるイエメン情勢など、心胆が寒くなるご時世ですが、せめてハート・ウォームなジャズを聴いて心の平衡を保ちたいものです。
 まわりにいる全ての人に親切にしたくなる曲、一押しは以前にも拙ブログで紹介した、ジョン・コルトレーン(ts)とデューク・エリントン(p)による「イン・ア・センチメンタル・ムード」。同じくコルトレーンによる「コートにスミレを(VIOLETS FOR YOUR FURS)」もいいですね。ソニー・ロリンズのアルバム「THE CUTTING EDGE」に収められている「野ばらに寄す(TO A WILD ROSE)」も素晴らしい。気が優しくて力持ちのお父さんが歌ってくれる子守唄のような、慈愛と滋味にあふれた演奏です。剛毅朴訥な即興演奏も聴きごたえがありますが、何といっても原曲が美しい。シンプルなメロディ・ラインとコード進行なのですが、心身にこびりついた塵や埃を洗い流してくれるような清楚で可憐な曲です。さすがはロリンズ、良い曲を書くなあ、とずっと思いこんでいたのですが…
この前の日曜日、NHK-FMの「きらクラ!」を聴いていたら、エドワード・マクダウェルというアメリカの作曲家の特集をしていました。過呼吸のような笑い声が魅力的な遠藤真理氏が「次は"野ばらに寄す"です」と曲目を紹介。

 えっ

 作業を中断してラジオから流れるピアノに耳を傾けると…まごうことなく、ロリンズが演奏していた曲です。そうか、マクダウェルという方がつくった曲だったのか。さっそくウィキペディアで調べてみました。1860年にニューヨークで生まれ、フランスとドイツで音楽を学び、帰国後はコロンビア大学で教鞭をとりました。しかし1902年に辻馬車に撥ねられ、その後遺症によって教壇に復帰することができなくなります。そして1908年に全身麻痺により急死、ニューハンプシャー州の避暑地ピーターバラに所有する山荘に埋葬されました。晩年のマクダウェルは、この別荘を、文筆家や作曲家のために芸術家村として開放するプランを練っており、その遺志はマリアン未亡人の尽力によりマクダウェル・コロニーとして実現されたそうです。
 これはぜひ他の曲も聴いてみたいものです。さっそくインターネットで調べたところ、彼のピアノ作品集は売られておりません。アマゾンでやっと一枚見つかりました。ピアニストはJames Barbagallo、収められている曲は「野ばらに寄す」をふくむ「森のスケッチ」、「海の小品集」、「炉辺のおとぎ話」、「ニューイングランド牧歌集」です。
 どの曲も大言壮語するでもなく、心のひだひだにじんわりと沁みとおってくるように語りかける佳曲です。ほんのちょっとスパイスがきいた親しみやすいメロディと和音が心身の凝りをほぐしてくれるので、最近は帰宅すると真っ先に聴くようになりました。まだまだこうした未知の作曲家に出逢えるかと思うと、生きているのもわるくないなと感じます。この二枚、お薦めです。
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 後日談です。小田実の『何でも見てやろう』(角川文庫)をひさしぶりに読み返していると、次の一文がありました。
 一年が経ち、ハーバードの留学期間も終りに近づくころ、それが終りになるということはアメリカ政府が月々くれるお手当のほうも終りになるということなので、どこかひと月かふた月、タダでメシを食わせてくれるところはないかしらと冗談口をたたいたら、「それでは、小田さん、『芸術家村(アーティスト・コロニー)』へ行きなさいとヒベット先生が知恵を授けてくれた。
 そこでは、最高三ヵ月ぐらいのわりで、作家、作曲家、エカキのたぐいにタダで暮らさせてくれるのだという。そんなふしぎでありがたいところが、金持国アメリカには数ヶ所あるのだった。耳よりな話ではないか。二つを選んで、さっそく応募することにした。
 むかし書いた小説のいいかげんな一節を英訳してタイプを叩き、ヒベット先生その他の推薦状をくっつけて出したら、首尾よく二つともO・Kがきた。二つとも出かけるとなると、タダで半年暮らせることになる。しかし、世の中のことはそううまくゆかない。極度に学業成績不良だったせいなのか、それとも他の理由によるのか、とにかくヒベット先生に言わせると「小田さんは不良外人ですからね」ということで、私は九月末日限りでアメリカ国を追い出されることになっていたのである。仕方がない、私は二つのうち「マクドゥエル・コロニイ」というのを選んで出かけることにした。
 むかし、マクドゥエルという作曲家がいた。彼は貧乏なのでコロンビア大学の先生になって生活費をかせいでいたが、そちらに追われて作曲に専念できず、貴重な才能をあたら棒にふってしまった。彼の死後、彼の奥さんはこういう「悲劇」を二度と芸術家に味わわせたくないというわけで、いろいろな手段で資金をあつめ、この理想郷をつくったのである。この種の「芸術家村」の最初のものであった。美談である。
 もっとも、そこに滞在している連中がその美談に値するかどうかとなると、問題は別であろう。連中を大別すると、避暑族と私のように無料飲食宿泊めあてのタダメシ族との二つに分かれる。(p.102~3)
 マクダウェルも草葉の陰で微苦笑していることでしょう。その抱腹絶倒のタダメシ生活については本文をご覧いただくとして、小田氏が『中流の復興』(NHK出版生活人新書224)で言われているような人生観は、こうしたゆるくてあたたかい暮らしをする中でかたちづくられたのだと思います。
 人間は基本的にこの世界に競争するため生れてきたのではない。お互いの人生を満喫しながら、社会を発展させるために、そこで生きるために生れてきた。
 エドワード・マクダウェルの優しい心根が、きっとソニー・ロリンズと小田実に伝わったのでしょう。
by sabasaba13 | 2017-12-28 06:58 | 音楽 | Comments(0)

トスカ

c0051620_6261055.jpg 人並はずれた知識や情熱や気合はありませんが、オペラは大好きです。音楽、文学、演劇、美術をまじえた総合芸術に身も心もどっぷりと浸れるひと時をこよなく愛します。これまでもリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』、プッチーニの『蝶々夫人』、モーツァルトの『魔笛』と『フィガロの結婚』、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』と『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、ヴェルディの『椿姫』などを聴いてきましたが、これからも機会を見つけて足繁くホールに通うつもりです。

 今回は、私の大好きな広上淳一氏が、プッチーニの『トスカ』を振るということで、山ノ神を誘って池袋の東京芸術劇場に行ってきました。座席は正面二階、舞台全体を見渡せ、指揮者とオーケストラの演奏も一望できる良い場所です。
 さてオペラのあらすじですが、ところはローマ市、時は1800年6月、ナポレオン率いるフランス軍が欧州を席巻していた頃です。ナポレオンを支持する共和派の画家カヴァラドッシは、脱獄した友人の政治囚アンジェロッティの逃亡を助けたために、反共和派の警視総監スカルピアに死刑を宣告されます。彼の恋人で有名歌手トスカは、彼を救おうと警視総監スカルピアを殺しますが、スカルピアの計略でカヴァラドッシは処刑され、そしてトスカも彼の後を追って自殺するという悲劇です。なんと主役級の人物がすべて死んでしまうのですね。
 注目は、カンヌ国際映画祭審査員特別大賞グランプリを受賞した映画監督の河瀨直美氏が、自身初となるオペラ演出に取り組んだことです。舞台を古代日本のような世界におきかえ、"ローマ"を"牢魔"に、"トスカ"を"トス香"に、"カヴァラドッシ"を"カバラ導師"、"スカルピア"を"須賀ルピオ"に読み替えています。正直言ってあまり意味はなかったと思いますが、大スクリーンに映した映像を多用した演出は見ごたえがありました。水の泡、炸裂する花火、子どもなど、劇的な効果をよくあげていたと思います。
 肝心のオペラですが、緊迫感にあふれるストーリー展開に加えて、「妙なる調和」や「歌に生き、愛に生き」や「星は光りぬ」といった素晴らしいアリアがちりばめられた、見事な作品です。トス香を演じたルイザ・アルブレヒトヴァ(ソプラノ)とカバラ導師を演じたアレクサンドル・バディア(テノール)は、みごとな歌唱力と表現力でした。しかし特筆すべきは、須賀ルピオを演じた三戸大久(バリトン)をはじめ、他の歌手はすべて日本人でしかも主役の二人に劣らない好演でした。いやあ、日本の歌手も上手くなりましたねえ、安心して聴くことができました。
 指揮者の広上淳一氏も、東京フィルハーモニー交響楽団も大熱演。感極まって、ぴょんぴょんと飛び上がる広上氏の姿を何度も見ることができました。

 というわけで、喜ばしき一夜でした。たまにはこういう素敵な夜を味わえないと、生きている甲斐がありませんね。そしてモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』、ビゼーの『カルメン』、ヴェルディの『アイーダ』などなど、まだ見ぬオペラに思いを馳せました。いまだ聴いていないオペラが山のようにある、なんて私は幸せ者なのでしょう。
by sabasaba13 | 2017-11-29 06:26 | 音楽 | Comments(0)