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    <title>散歩の変人</title>
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    <description>地球を彷徨し、本と音楽の海を漂う</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
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    <pubDate>Sun, 12 Apr 2026 06:12:01 +0900</pubDate>
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      <title>散歩の変人</title>
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      <title>『WHO？』</title>
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      <description><![CDATA[　『ヒポクラテスの盲点』と同じく、日本政府のコロナ対策およびワクチン接種の強要を分析し、批判するドキュメンタリー映画『WHO？』がアップリンク吉祥で上映されていました。これもぜひ観てみたい作品です。公式サイトから紹介文を転記します。<br />
<br />
<br />
INTRODUCTION<br />
　2024年9月28日、有明で大規模なデモがあった。横断幕やプラカード、皆が着るTシャツの文言は、政府が推奨するワクチン(と称する遺伝子製剤)やWHOに対する痛烈な批判が記載されている。実は、その年、有明だけでなく、数万人にも及ぶデモが同様に行われていたが、マスコミはその全貌を報道しようともしなかった。<br />
これだけの人が集まっている異様な光景をなぜ取り上げないのだ？　そして参加者たちはなぜこのようなデモを起こしているのか？<br />
　このデモの参加者たちにインタビューをするにつれ、彼らがなぜ、このデモを起こすようになったのか、何に対して問題を提起しているのかが浮き彫りになっていった…。この映画は、コロナ禍になってからの全ての記録が閉じ込められているドキュメンタリーである。これは真実か、あるいは陰謀か？　このコロナ禍を裏で操ってるのは誰なのか？　誰も触れてこなかった今世紀最大のやばい映画の完成である。<br />
<br />
　まず去年行なわれた大規模なデモの映像には驚きました。しかも若い方々がかなり参加されています。意識してニュースを見るようにしていますが、この政府のコロナ対策やWHOを批判するデモについてはまったく知りませんでした。この大規模なデモを図的に報道しなかったメディア、あるいは報道させなかった権力についての疑念を感じさせるファーストシーンでした。<br />
　そしてさまざまな明証をもって、医師や国会議員がコロナ禍の暗部を追求していきます。さまざまな手練手管を使ってワクチン接種を事実上強要する政府と厚生労働省。さらに彼らは、ワクチンによる副作用や健康被害、そして死をできるだけ軽微なものとして扱い、メディアにも協力させていきます。その背後に蠢くのは大手の製薬会社とWHO(世界保健機関)。<br />
　なおコロナ・ウイルスはアメリカと中国が協力して開発した｢生物兵器｣だという主張もなされますが、その根拠についてはきちんと説明されていません。陰謀論的な雰囲気もただよいます。<br />
<br />
<br />
　きちんと根拠をあげた事例と、陰謀論的な事例がいりまじり、すこしモヤモヤ感が残ります。でもすべてをクリアに説明し尽くすことは無理があるでしょう。すべてを疑い、自分で調べて、自分で考えてはいかがという起爆剤としての映画だと思います。一見の価値はあります。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/19/20/c0051620_07585267.jpg" alt="_c0051620_07585267.jpg" class="IMAGE_MID" height="707" width="500" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>映画</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 12 Apr 2026 06:09:03 +0900</pubDate>
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    </item>
    <item>
      <title>『学校が教えないほんとうの政治の話』</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34741124/</link>
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      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202604/10/20/c0051620_08174757.jpg" alt="_c0051620_08174757.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="353" width="216" />　どーも最近気になるのは、「政府あるいは政府が決めた国策に抗うな、黙って従え」という空気が日本全体に充満していることです。戦争に反対するな、大軍拡に反対するな、辺野古新基地建設に反対するな、高市首相を批判するな、政治的中立を忘れるな(＝国策を黙認しろ)…etc.<br />
　ま、それもひとつの意見であり思想であるので、その言明を否定する気は毛頭ありません。ただかなり危うい事態を招来する危険があるので、ぜひ反駁したいとおもいます。と偉そうなことを言いながら、むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに説明する能力がないのが無念です。幸いなことに、それを見事に語ってくれたのが斎藤美奈子氏です。政治的中立、左派と右派、個人主義と全体主義、ナショナリズム、いまの日本と世界を理解するために必須の概念を快刀乱麻の如く説明してくれる著書が『学校が教えないほんとうの政治の話』(ちくまプリマー新書)です。その切れ味たるや、京セラのセラミック包丁！　心からお薦めしたい本です。<br />
<br />
<br />
　贅言はやめましょう。なにせ相手は、試合を放棄するは、クリンチで逃げ回るは、反則をくり返すは、真っ向から試合をするつものない輩です。斎藤氏のくりだすジャブとストレートとフックとアッパーカットが相手をリングに沈めるのを期待します。いや、人任せはよくないですね。私たちも斎藤氏のような力強くスピードのあるパンチを身につけ、われらを蔑ろにする方々に立ち向かいましょう。<br />
<br />
<br />
　それでは、力強くスピードのあるパンチの数々を紹介します。<br />
<br />
<br />
　政治参加の第一歩は、あなたの「政治的なポジション(立場)」について考えることです。政治的なポジションは、結局のところ、二つしかありません。<br />
「体制派」か「反体制派」か、です。<br />
「体制」とは、その時代時代の社会を支配する政治のこと。したがって「体制派」とはいまの政治を支持し「このままのやり方でいい」と思っている人たち、「反体制派」はいまの政治に不満があって「別のやり方に変えたい」と考えている人たちです。<br />
　さて、あなたはどちらでしょう。<br />
　どっちでもない？　あ、そうですか。そんなあなたは「ゆる体制派」「ぷち体制派」「かくれ体制派」です。どっちでもない、つまり政治に無関心で、特にこれといった意見がない人は、消極支持とみなされて自動的に「体制派」に分類されます。<br />
　先にいっておきますが、政治的な立場に「中立」はありえません。<br />
　世の人々はとかく「自分こそが中立で、まわりが偏っているのだ」といいたがります。あるいは「自分こそが正義で、まわりがまちがっているのだ」と考えたがります。とんだ誤解というべきでしょう。民主主義とは多種多様な意見を調整し、よりよい結論を導くためのしくみです。人の意見は多様なものである、という前提に立てば、どんな意見も少しずつ「偏っている」のが当たり前なのです。(p.19)<br />
<br />
　しかもそれはどんどんエスカレートしていった。昭和に入ってからの日本は、いっちゃなんですが、もはや「頭のおかしい右翼の国」です。<br />
　天皇は神格化されて「現人神」と呼ばれ、政府は天皇を神として崇める「国家神道」を国民に信じさせました。「神道は宗教ではない(国家の祭祀だ)」というのが政府の理屈でした。伊勢神宮を頂点とする神社は、だから宗教施設ではなく公的機関でしたし、戦死した軍人は英霊と呼ばれて、招魂社(現在の靖国神社)という公的機関で祀られ、学校では天皇家のルーツを記した神話を歴史として教えていました(これを「皇国史観教育」といいます)。いまの感覚だと、まるでカルト宗教国家です。(p.92～3)<br />
<br />
　なんかよくわかんねーし、自分には関係ねーし、どっちでもいいや、って？<br />
　ダメです。どっちでもいいは許されません。何度もいいますが、政治に「中立」はないのです。どちらかに決めてください。<br />
　よろしいですか。では、診断です。<br />
　どちらかといえば国側を支持するという人は「全体の利益のためには、ある程度個人が犠牲になるのは仕方がない」という考え方ですから、「国益優先派」。住民側を支持するという人は「いくら全体にとって有益な事業でも、個人の生活を犠牲にしたらダメだろ」という考え方ですから、「人権優先派」です。<br />
　そして、もうすこし強めの表現を使いますと、「国益優先派」と「人権優先派」には、すでにちゃんとした名前もついているのです。<br />
　国益優先派は「全体主義」。人権優先派は「個人主義」です。<br />
　とかいうと、「ちがう」といわれるかもしれません。でも、これはほんとの話。辞書を引いてみてください。全体主義と個人主義は「反対語」として載っていますから。<br />
　「個人主義」というと、自分の利益だけを追求する利己主義者、みたいですが、それはまちがい。「個人主義」と「利己主義」は別ものです。<br />
　個人主義とは、ヨーロッパのルネサンスや宗教改革の時代(16世紀ですから、ずいぶん古い話です)に意識されるようになり、近代市民社会の根幹となった思想。個人の自由と権利がいちばん大事だ！　という考え方です。<br />
　一方、「全体主義」は、「個人の自由や権利？　そんなものは後回しだよ、後回し」という考え方です。個人個人の暮らしより、国家とか民族とかの「全体」の利益を優先させるので「全体」主義と呼ぶのです。<br />
　国家とは何かということについても、個人主義者と全体主義者の考え方はちがいます。<br />
　個人主義者はいいます。国よりも民族よりも、大切なのは個人の自由と権利なんだよ。国家は個人を幸福にするためにあるんだよ。<br />
　全体主義者はいいます。バカだな。国家のおかげで国民があるんだろ。そんなに国家が嫌いなら、国を出ていきゃいいじゃないか。国籍なしで暮らせるのかよ。<br />
　さて、あなたはどちらの考え方に近いでしょう。<br />
　と、いちおう質問してみましたが、この問いの答えはほんとはとっくに出ています。国家と個人のどちらかが大切かという問いの答えも、だから決まっているのです。<br />
　国益よりも人権のほうが上。国家よりも個人のほうが大切。<br />
　これが近代国家の原則であり、国際社会の常識なのです。<br />
　では、「全体主義」とは何だったのかというと、戦時中の日本、ヒトラー政権下のナチスドイツ、ムッソリーニ政権下のイタリア、スターリン政権下の旧ソ連などがこれに該当します。つまり、全体主義は化石みたいな思想なのです。<br />
　ですので「やっぱ、国があっての国民じゃん？　国民は国に従うべきじゃねーの？」なんていうことをいう人がいたら、あきれてもいいのです。<br />
　ですが、国益優先派のいうこともわかります。そうはいっても、人間が集団で生活する以上は、全体のことも考えなくちゃダメなんじゃない？<br />
　それはたしかにその通り。しかし、「全体のことを考える」のと「個人が全体の犠牲になってもかまわない」のとはちがいます。(p.133～6)<br />
<br />
　それでも「個人主義」は大切なものの見方だと私は思います。なぜって、国家権力は強大で、放っておくと必ず「全体主義」に近づいていくからです。為政者は国全体のことを考えている(はず)ですから、全体の利益の前ではひとりひとり人権なんかにいちいちかまっていられるか、という発想に、どうしたってなる。<br />
　国の発展のためには、空港が必要なんですよ。地元の農民が反対してる？　それは無視だな。大勢の利益のためには、一部の人は犠牲になっても仕方がないんでね。え、座り込みをして立ち退かない？　そんなもん排除だよ排除。行政代執行ですよ！　というような気持ちに、ぜったいなると思いません？<br />
　個人主義は、国にとってはたいへん面倒で邪魔くさいものなのです。そして邪魔くさいからこそ、個人主義は社会全体にとっても有益だし、必要なんです。(p.137)<br />
<br />
　国家を中心に発想する右派の人はいいます。<br />
　そもそも国家あっての国民なんだぞ。強い国家をめざさないで、個人の幸福もヘチマもあるかよ。日本の主権を守るには、国防はすげえ大切なんだよ。中国の経済発展と軍備増強ぶりを見てみろよ。北朝鮮を見てみろよ。ああいうやつらに対抗するには、毅然とした態度が必要なんだよ。それには自衛隊じゃダメなんでね、憲法を変えて軍隊組織をつくらなきゃいかんのだよ。核武装もしたほうがいいのだよ。え、内政？　貧困対策？　なにを甘えてんのかね。格差だの貧困だのは、てめえの努力が足りないせいだろ。だいたい福祉福祉っていうけどさ、国家財政が借金まみれなことを知らないのかよ。これ以上、国に迷惑かけるなよ。自立の道を探れってんだよ。<br />
　個人の幸福から発想する左派の人はいいます。<br />
　あのね。国家は個人を幸福にするためにあるんだからね。そう考えれば国家のやるべきことは決まってくるだろ。金持ちからとった税金を低所得者層にまわす再分配政策に力を入れてもらってだな、格差をできるだけ小さくしてさ、貧困対策もしっかりやってもらってさ、高校や大学の学費なんか無料にしてほしいよね。雇用対策も放置できないし、ブラック企業の野放しもマズイでしょ。え、国防？　軍備？　そんなのは最低限にしてもらいたいね。戦争を前提に物事を考えること自体おかしいじゃん。話し合いを中心にしたねばり強い交渉こそが、外交の王道でしょ。(p.150～1)<br />
<br />
　戦争を遂行する為政者は、必ず国民のナショナリズムをあおります。<br />
　戦争じゃなくっても、自分の悪政をかくすため、仮想敵をつくって国民の目を外に向けさせるのは権力がよく使う手です。中国や韓国が国民の反日感情をあおるのも、国内政治があまりうまくいっていない証拠ともいえ、両国は日本がまた軍国化して攻めてくるということを、自分の国の軍備拡張の理由に使ったりもしています。<br />
　その意味では、どっちもどっち。左派は「必要以上に刺激するな」といい、右派は「反論しないから悪いんだ」という。対立のタネは尽きません。(p.180)<br />
<br />
　もうひとつ、注意しておきたいのは、経済の変化です。<br />
　『戦争論』がベストセラーになった1998年から『嫌韓流』がベストセラーになった2005年ごろは、「格差問題」が急浮上した時代でした。<br />
　90年代のなかごろまで、日本は多くの人が中流意識をもち、統計的にも格差の少ない「一億総中流社会」と呼ばれる社会だった。が、経済の落ちこみで2000年代には貧困層が急増。「下流社会」という言葉まで生まれました。ナショナリズムの高まりと格差の拡大は、ほとんど同時進行で進んできたのです。<br />
　持てる者と持たざる者の貧富の差は、世界的な規模で拡大しています。アメリカでもヨーロッパでも日本でも中国でも、いまでは、上位のわずか数パーセントから20パーセントの人がその国の半分以上の富を独占しているという状態です。<br />
　一般に、経済の悪化とナショナリズムは連動するといわれます。<br />
　景気がよいときは余裕があるため、他者にも寛大で、多少問題があっても「いいよ、いいよ」で終わります。しかし、景気が悪いと人は守りの姿勢になりがちです。経済が苦しく、生活に不安を抱えていると「あいつらが俺たちの仕事を奪う」「あいつらが利益をひとりじめにしている」という疑心暗鬼が生じるのです。(p.189)<br />
<br />
　労働者の健康と引きかえにしないと維持できない経済って何？　繊維女工や炭鉱労働者の時代と何も変わっていないじゃないの。(p.198)<br />
<br />
　だいたいみんな、このごろ、まちがえてんのよね。「偏らないことがいいことだ」「メディアは中立公正、不偏不党であるべきだ」「両論を併記しないのは不公平だ」。そういう寝言をいっているから、政治音痴になるのよ、みんな。<br />
　あのね、政治を考えるのに「中立」はないの。メディアの役目は「中立公正、不偏不党な報道」ではなく「権力の監視」なんです。それ、常識。(p.205～6)<br />
<br />
　いずれにしても、選挙のときだけ急に政治について考えろといってもそれは無理。地図をもたずに野原に放り出されたら、誰だって道に迷う。<br />
　ただし、基本はやっぱり私憤ないし義憤でしょう。<br />
　なんでワタシがこんな目にあわなくちゃいけないわけ？　どうして彼や彼女がああいう境遇に置かれているわけ？　そう思った瞬間から、人は政治的になる。<br />
　その後の政治的リテラシー(読み書き能力、ものごとを批判的にみる力)は勝手に磨かれていくだろうと思います。情報を集め、人と話し、本を読んで、ニュースも見る。結局はそういうことの積み重ねしかないのですが、私憤や義憤と二人連れだと、おもしろいほどパワーが出る。すべてのスタートは「こんちくしょう」です。あなたの行く道が見えた暁には、地図は破り捨ててもかまいません。(p.206～7)<br />
<br />
　政治的中立はあり得ない。一部の人たちが憧れる戦前の日本は"頭のおかしい右翼の国"。メディアの役目は権力の監視。すべての基本は私憤と公憤。ナショナリズムは要注意。はい、しかと受け取りました。<br />
　私もパンチ力をみがいていく所存です。<br />
<br />
<br />
あしたのためのその一　ジャブ　攻撃の突破口を開くため、或いは敵の出足を止める為、左パンチを小刻みに打つ事。この際、肘を脇の下から離さぬ心構えで、やや内角を狙い、えぐり込む様に打つべし。打つべし。打つべし。]]></description>
      <dc:subject>本</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 11 Apr 2026 06:27:56 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-11T06:27:56+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>シベリウス×チャイコフスキー</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34736752/</link>
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      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/20/c0051620_09560089.jpg" alt="_c0051620_09560089.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="353" width="248" />　シベリウスのヴァイオリン協奏曲が大好きです。普段、家ではチョン・キョンファ(Vn)、アンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団のCDを愛聴しておりますが、常々生で聴いてみたいものだと思っておりました。念ずれば花開く、なんと練馬文化センターで東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートがあり、そこで同曲が演奏されるそうです。やった。私が高く評価する東フィルですから大いに期待できそうです。ヴァイオリンは福田麻子氏、指揮は円光寺雅彦氏…ごめんなさい、はじめて聞くお名前の方です。ま、"聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥"と言いますし(何だそれは)、こちらも期待しましょう。<br />
　それ以外に、グリーグの『ペール・ギュント』第1組曲より「朝」「山の魔王の宮殿にて」とチャイコフスキーの交響曲第5番が演奏されます。なじみ深い名曲なのでこちらも楽しみです。最強寒波のなかで北欧とロシアで生まれた名曲を聴くのもおつなものです。<br />
<br />
<br />
　というわけで、先日(といっても一年以上も前ですが)、山ノ神を誘って練馬文化センターに行ってきました。けっこうたくさんの人が聴きにきているのは嬉しい限り。やはり身銭を切って良い文化を育てないとね。<br />
　まずはエドヴァルド・グリーグ(1843～1907)の『ペール・ギュント』第1組曲Op.46より「朝」「山の魔王の宮殿にて」です。ノルウェーの劇作家イプセンが書いた戯曲『ペール・ギュント』に、彼がつけた音楽です。「朝」は、自由奔放に生きる主人公ペール・ギュントが、北アフリカで砂漠の日の出を見ている場面の音楽。「山の魔王の宮殿にて」は、ノルウェーの山中でペールが魔物たちに取り囲まれる様子を描いています。前者のほのぼの感と後者のおどろおどろ感の対比が面白いものでした。指揮とオケも、それぞれの雰囲気を上手く表現していました。<br />
　そして待ちに待ったジャン・シベリウス(1865～1957)のヴァイオリン協奏曲ニ短調Op.47です。情感豊かな旋律の第1楽章、ロマンティックなメロディーの第2楽章、躍動感あふれるエネルギッシュな第3楽章。もうたまりません。さて、肝心の演奏ですが、テクニックや歌心は申し分ありません。惜しいのは線が細く、伴奏の音に埋もれて聴き取りにくいことが時々ありました。指揮者もオケも気をつかっていたのですが。さらなる精進を期待します。なおアンコールとして、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番のラルゴを弾いてくれました。心に積もった塵が洗い流されるような、静謐な演奏にうっとり。<br />
　ここで20分間の休憩。練馬文化センターが好きなのは、一階に喫煙室があることです。さっそく中に入り紫煙をくゆらしました。ぷかー。絶滅危惧種としては助かります。誰も危惧していないと思いますが。<br />
　そして後半、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840～93)が1888年に作曲した交響曲第5番ホ短調Op.64です。流麗で美しいメロディーや力強いモチーフの第1楽章、柔らかなメロディーの第2楽章、優雅なワルツの第3楽章、行進曲のような力強い第4楽章、心も体も踊る名曲です。気合いと情感に富んだ素晴らしい演奏でした。とりわけ見事だったのが管楽器の演奏です。これまで日本のオケを聴くときに、金管楽器が音の出だしでヘクる(※業界用語：ミスをおかす)のではないかとヒヤヒヤしたものでした。しかし日本の管楽器奏者の上達には目を瞠るものがあります。特に東フィルの管楽器は実にいいですね。ほぼノーミス。充実した分厚い音によるアンサンブル。強音の迫力、際立ったのが、ピアノやディミニヌエンドなど弱音の美しさと安定感です。弦楽器・打楽器と一体となって、素晴らしい音楽を紡ぎだしていました。ぶらあび！<br />
　アンコールは弦楽合奏によるアイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」、懐かしき調べに心の底まで癒されました。私の大好きな映画『ブラス！』の名シーン、グリムリー・コリアリー・バンドが指揮者ダニーの病室の窓の下で演奏する場面を想起し、涙腺は決壊寸前。<br />
　というわけで素晴らしい演奏会でした。東京フィルハーモニー交響楽団、また聴きにいきたいな。<br />
]]></description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 10 Apr 2026 06:31:26 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-10T06:31:26+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>時をちぎれ</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34732679/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://sabasaba13.exblog.jp/34732679/</guid>
      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/29/20/c0051620_09431864.jpg" alt="_c0051620_09431864.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="353" width="250" />　先日、劇団青年座による劇『時をちぎれ』を、練馬文化センター小ホールで山ノ神と観てきました。チラシから紹介文を引用します。<br />
<br />
<br />
　サプリメントの販売で急成長を遂げた「嶺岡幕府商事」。社長がちょんまげ姿で登場するCMが大人気で、主力商品「減量丸」はヒットを続けている。社長の嶺岡義政とその元妻である富子、この二人、なぜか異常な「室町幕府」好き。京都室町の本社を「室町御殿」、東京事務所を「鎌倉御殿」と名付け、社長義政を「将軍」と呼ばせる徹底ぶり。「室町幕府」偏愛による奇妙な会社経営が行われていた。この会社には一年間だけ「鎌倉御殿」で研修する制度がある。ある日、一人の女性がこの制度でやって来た。さて、そこで待ち受けていたものは！？<br />
<br />
　脚本は土田英生氏、演出は金澤菜乃英氏です。室町幕府への偏愛、ユニークな設定ですが、舞台装置や衣装もユニークでした。和風に設えた会議室、正面には大きな花頭窓、その向こうには鴬張りの廊下。人が通るたびにその影が窓に映り、キュッキュッという音が聞こえます。社員の衣装や物言いやしぐさも、当時のものを基にした時代がかったもの。<br />
　そして京都本社(室町幕府)の将軍(社長)・嶺岡義政(山路和弘)が、ちょんまげ姿で登場。飄々としたキャラクターで笑いを誘います。やたらと諺を引用するのですが「弘法も木から落ちる」「馬の耳に真珠」など、間違いだらけ。部下は意を畏れて間違いを指摘できません。<br />
　このまま劇は展開すると思いきや、意外な方向に話は進みます。実はこの室町幕府への偏愛は、元妻である東京支社長(鎌倉公方)・嶺岡富子(野々村のん)の趣味のようで、彼はそれほど拘りを持っていません。ちょんまげの鬘をとり、時代がかった衣装を脱いでしまいます。ここからが予想外の展開。東京支社長(鎌倉公方)・嶺岡富子の強引な経営、部下へのハラスメント、そして彼女にすりよる中枢の社員たちに危機感を覚えた京都本社社長(室町幕府将軍)・嶺岡義政は、侍所の北村佳奈(麻生侑里)や新入社員の間島七海(小暮智美)と手を組んで、彼女を排除しようとします。ところが返り討ちにあい社長(将軍)の座から引きずり降ろされ、佳奈と七海も左遷されてしまいます。隠忍自重して時を待つ三人の起死回生の策は…<br />
<br />
<br />
　芝居の後半では、室町時代のテイストをまじえながら、現代的なテーマをもりこんでいきます。本社と支社の対立(室町幕府vs鎌倉府)、イエスマンを軸にした派閥人事、強引な経営、それに抗う社員への報復とハラスメントなどなど。間島七海の出身地である間抜島の環境を破壊してサプリメントをつくり島民を分断するなど、公害問題にも通じるテーマも登場。<br />
　嶺岡富子を悪役として切り捨ててしまわずに、システムの犠牲者として遇するのも爽やかな後味でした。<br />
<br />
<br />
　権力の濫用や身分制度、派閥によるシステム運用など、私たちの生きる現代は、室町時代とそれほど隔たっていないというメッセージを受け取りました。うん、なかなか面白い芝居でした。<br />
]]></description>
      <dc:subject>演劇・落語</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 09 Apr 2026 06:30:15 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-09T06:30:15+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>言葉の花綵320</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34727614/</link>
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      <description><![CDATA[　彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己れを知れば、一勝一負す。彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。(孫子)<br />
<br />
<br />
　量子力学の成果はたしかに刮目に価します。ただ、私の内なる声に従えば、やはりどうしても本物ではありません。量子論のもたらすところは大なのですが、われわれを神の秘密に一歩とて近づけてくれないのです。いずれにしろ、神はサイコロばくちをしない、と確信しています。(アルバート・アインシュタイン)<br />
<br />
<br />
　されば今ここで諸君の決心を要求する。身に害を蒙るまえに屈服するか、それとも、私がよしと判断するように、戦うか、そして若し戦うとすれば、原因の軽重いかんにかかわらず妥協を排し、汲々たる現状維持を忌否する態度を決して貰いたい。なぜならば、対等たるべき間柄の一国が他の国に、法的根拠もない要求を強いれば、事の大小にかかわらず、これは相手に隷属を強いることにひとしい。(『戦史』　トゥキュデイデス)<br />
<br />
<br />
　行動をほこる君たちフランス人よ！　このことはよくおぼえておきたまえ。君たちは知らぬまに、思想家の助手になっているのだ。思想家はごくつつましやかに静まっていながら、君たちのすべての行動をきわめてはっきりと、まえもってきめてしまうことがある。マキシミリアン・ロベスピエールはジャン・ジャック・ルソーの助手にすぎなかった。ルソーがたましいをあたえておいた胎児を、時代の母体からひっぱりだした血まみれの助産婦だった。(ハインリヒ・ハイネ)<br />
<br />
<br />
　しかし、ぼくはカテドラルよりは人びとの眼を描きたい。カテドラルがいかに荘厳で、圧倒するような印象を与えようと、そこにはない何かが人間の眼にはあるからだ。一人の人間－それが哀れなルンペンであろうと、夜の女であろうと－の魂はぼくの眼にはもっと興味深いものなのだ。(フィンセント・ファン・ゴッホ)<br />
<br />
<br />
　天才とは努力し得る才だ、というゲエテの有名な言葉は、殆ど理解されていない。努力は凡才でもするからである。然かし、努力を要せず成功する場合には努力はしまい。彼には、いつもそうあって欲しいのである。天才は寧ろ努力を発明する。凡才が容易と見る処に、何故、天才は難問を見るという事が屡々起るのか。詮ずるところ、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。(小林秀雄)<br />
<br />
<br />
　もし一人の人間を殺せば、それは人殺しになる。だが数百万の人間を殺せば、英雄としてほめたたえられる。女や子供たちを虐殺する爆弾を発明したやつは祝福される。この世界で成功するためには、組織的にやりさえすればいいのだ…。(『チャップリンの殺人狂時代』　チャールズ・チャップリン)<br />
<br />
<br />
　私は、自分が日本という国から受けた被害が、天皇の名の下に行なわれた悲惨で残酷な戦争のために死んでいった多くの日本人よりも比較的に少ないことを、無条件に手放しで喜びながら生きていくことができないような気がしました。(奥崎謙三)<br />
]]></description>
      <dc:subject>言葉の花綵</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 08 Apr 2026 06:24:39 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-08T06:24:39+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>京都錦秋編(13)：八瀬(21.11)</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34722464/</link>
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      <description><![CDATA[　道端で、農家の女性が甘夏を売っていたので購入、二つで100円とは安い。さらに一つおまけしてくれのですが…さすがに三つは重い。ま、仕方ない、それがシェルパのお仕事さ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15393835.jpg" alt="_c0051620_15393835.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　そして大原のバス停に到着。ゆっくり過ごしたので時間が押しています。これからの行程ですが、とりあえず坂本に行き日吉大社と「床もみじ」の旧竹林院を訪れたいと思います。第一案はケーブルカーとバスで横川へ、ケーブルカーで坂本へ。第二案は比叡山をスルーして電車で坂本へ。山ノ神にお伺いをたてると「ケーブルカーに乗りたい」という託宣が出て第一案に決定。<br />
　バスに乗り込み、八瀬で下車。しぶい駅舎の叡山電車の八瀬比叡山口駅に寄ってみると、大きな楕円が先頭部を飾る異形の列車が停まっていました。何じゃこれは？？？<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15404696.jpg" alt="_c0051620_15404696.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15405890.jpg" alt="_c0051620_15405890.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　いまインターネットで調べてみると観光列車「ひえい」でした。解説を引用します。<br />
<br />
<br />
　叡山電車の2つの終着点にある「比叡山」と「鞍馬山」の持つ荘厳で神聖な空気感や深淵な歴史、木漏れ日や静寂な空間から感じる大地の気やパワーなど、「神秘的な雰囲気」や「時空を超えたダイナミズム」といったイメージを「楕円」というモチーフで大胆に表現しています。<br />
また、側面に配されたストライプは比叡山の山霧をイメージしています。<br />
<br />
　うーん、よくわかりません。<br />
]]></description>
      <dc:subject>京都</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 07 Apr 2026 06:29:21 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-07T06:29:21+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>京都錦秋編(12)：大原(21.11)</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34717760/</link>
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      <description><![CDATA[　それではバス停に行きましょう。ふと見やると「2019秋　香港人　Fighting !　加油！」という絵馬がありました。2019年といえば、6月に激しい民主化運動が起きた時ですね。"加油"とは中国語で"頑張れ"という意味です。「2019秋」ということはこの運動が暴力的に鎮圧され中国政府が香港の自治と自由を本気で奪い始めた時期だと思います。そうした状況の中での「Fighting !　加油！」という激励の言葉、香港の方が自らを鼓舞するために書いたのか、あるいは他国の方が香港市民を激励するために書いたのかはわかりませんが、いたく胸に響きます。そして中国政府によって完全に屈服されられた感のある現在の香港。そんな今だからこそ、「加油、香港！」と叫びましょう。私にできることは何もないのですが、せめて香港の情勢については関心を持ち続けたいと思います。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15275784.jpg" alt="_c0051620_15275784.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　さて、さすがにお腹がへりました。寂光院の近くにあった池谷茶屋で、にしんそばと湯豆腐と梅ごはんを注文して二人でシェア。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15281758.jpg" alt="_c0051620_15281758.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15283439.jpg" alt="_c0051620_15283439.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15284670.jpg" alt="_c0051620_15284670.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　そして長閑な山里の景色を楽しみながら大原のバス停までのんびりと歩いていきました。途中できれいに色づいた紅葉が何本かありました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15290937.jpg" alt="_c0051620_15290937.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15292391.jpg" alt="_c0051620_15292391.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　ある畑にこんな掲示板が立っていました。<br />
<br />
<br />
　希少な京都大原の赤紫蘇<br />
　800年の歴史ある京都大原のしば漬。<br />
　しば漬の原料として欠かせない大原の赤紫蘇は里人の手により雑種交配しないように、毎年自家採種をおこない受け継がれてきました。<br />
　大切に守られてきた赤紫蘇は、今なお原種に近い特徴があり「色・香りとも最高級品である」との製薬会社の報告を受けております。<br />
　良質な赤紫蘇無くして、京都大原のしば漬は作り得ません。<br />
　わたしどもはこれからもこの希少な赤紫蘇を伝え守り続けてゆきます。<br />
　大原観光保勝会<br />
<br />
　赤紫蘇の原種の保護と皆さまへのお願い<br />
　京都・大原の伝統漬物「しば漬」に欠かせない京都大原の赤紫蘇。<br />
　ここ京都大原の里では、800年の昔から毎年「自家採種」をおこない、交雑しないように赤紫蘇を守り伝えております。<br />
　原種に近く色・香りともにたいへん良い京都大原産の希少な赤紫蘇、これからも未来へ伝えゆかなければなりません。<br />
　赤紫蘇は他のシソ科の植物(青紫蘇やエゴマなど)と交雑が起こりやすい特徴があります。一度交雑してしまうと取り返しがつかないため、農業に従事する皆さまは下記の禁止事項をご覧いただきご協力をお願いいたします。<br />
　・他のシソ科の植物を出来る限り植えない<br />
　・他のシソ科の植物を自家採種しない(花を咲かせない)<br />
　・他のシソ科の植物を植えた際には、収穫後残らないよう管理する。<br />
　大原産の赤紫蘇は未来に残す「里の宝」です。何卒ご協力いただきますようよろしくお願いいたします。<br />
　大原観光保勝会<br />
<br />
　へえー、知らなかった。あの美味しいしば漬けには、大原特産の赤紫蘇が欠かせなかったのですね。旅をするといろいろと勉強になります。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15302447.jpg" alt="_c0051620_15302447.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>京都</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 06 Apr 2026 06:44:53 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-06T06:44:53+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>京都錦秋編(11)：寂光院(21.11)</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34716597/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://sabasaba13.exblog.jp/34716597/</guid>
      <description><![CDATA[　そしてタクシーに乗り込み、寂光院に到着。ここでタクシーとはお別れです。門前には大原女(おはらめ)の顔はめ看板がありました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15110960.jpg" alt="_c0051620_15110960.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="485" /></center><br />
<br />
<br />
　その近くには「阿波内侍がモデルの大原女発祥の寺」と記された看板。へえー知らなかった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15113224.jpg" alt="_c0051620_15113224.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="485" /></center><br />
<br />
<br />
　いま、インターネットで「大原観光保勝会」を見てみると下記の説明がありました。<br />
<br />
<br />
　大原女は、頭に「柴」を乗せて、京の町へ行商に出かけた大原の働く女性のことです。大原女の服装は時代を遡ると、平安時代、寂光院に穏棲された建礼門院に仕えた阿波内侍(あわのないし)が山仕事をする際に着ていた衣装がその原型と言われています。<br />
<br />
　はい、勉強になりました。なおこの看板を見た山ノ神から「"あわうちざむらい"って何？」と訊かれたので簡単に説明しました。本人曰く"ギター侍"みたいなものと思っていたそうです。<br />
　ま、それはさておき、拝観いたしましょう。楓はそれほど多くはありませんが、木柿葺(こけらぶき)の本堂や山門、四方正面の池、苔むした屋根の門など、風情のある物件が紅葉を引き立てていました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15123879.jpg" alt="_c0051620_15123879.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="485" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15125125.jpg" alt="_c0051620_15125125.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15130767.jpg" alt="_c0051620_15130767.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15131849.jpg" alt="_c0051620_15131849.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="485" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15133066.jpg" alt="_c0051620_15133066.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="495" /></center><br />
<br />
<br />
　なお「建礼門院御庵室跡」の解説が、建礼門院徳子の晩年をよくまとめてあるので転記します。<br />
<br />
<br />
　ここは建礼門院御庵室跡と伝えられるところです。右手にある御使用の清水は、今もこんこんと湧き水をたたえています。<br />
　『平家物語』のなかの悲劇のヒロイン建礼門院徳子。権勢を誇った平相国入道清盛の二女に生まれ、高倉天皇の中宮となって御子安徳天皇を生みました。絶頂の日々もつかの間のことでした。源平争乱が勃発するや、6歳の安徳天皇を奉じて平家一門とともに西国い赴くこととなり、ついに文治元年(1185)3月長門壇ノ浦での合戦に義経軍に敗れました。女院は安徳天皇とともい入水しましたが、一人敵に助けられて生きながらえて京都に送還され落飾されました。秋も押しせまった9月末になって憂きことの多い都を遠く離れた洛北の地大原寂光院に閑居し、昼夜絶えることなく念仏を唱えて夫高倉天皇とわが子安徳天皇、および平家一門の菩提を弔う日々を送りました。<br />
　文治2年(1186)の春、大原寂光院に閑居する建礼門院のもとを後白河法皇が訪れた話が、『平家物語』の最終を飾る「潅頂の巻」に載っています。法皇が見た女院の御庵室の様子は「軒には蔦槿(つたあさがお)這ひかかり、信夫まじりの忘草」「杉の葺き目もまばらにて、時雨も霜もおく露も、もる月影にあらそひて、たまるべしとも見えざりけり、後ろは山、前は野辺」という有様で、「来る人まれなる所」でした。<br />
　突然の法皇の行幸に、女院は翠黛山に女房らと花摘みに行って留守でした。侍女の老尼阿波内侍に案内を請うて御庵室の中を御覧になった法皇は、一丈四方の仏間と寝所だけという昔の栄華に比べて余りの簡素な生活にただただ落涙するばかりでした。しばらくして花摘みから帰ってきた女院は、はじめ逢うことを拒みますが、阿波内侍に説得されて涙ながらに法皇と対面します。先帝や御子や平家一門を弔いながらの今の苦境は後世菩提のための喜びであると述べ、六道になぞらえて己が半生を語る女院に、法皇はじめ供の者も落涙するばかりでした。<br />
　建久2年(1191)2月中旬のころ、女院はこの地で往生の時を迎え、侍たちに看取られてその生涯をそっと閉じました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_15142334.jpg" alt="_c0051620_15142334.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center>]]></description>
      <dc:subject>京都</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 05 Apr 2026 06:27:39 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-05T06:27:39+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>京都錦秋編(10)：三千院・阿弥陀寺(21.11)</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34715370/</link>
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      <description><![CDATA[　そして三千院へ、きれいな紅葉と緑なす苔を楽しみました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_11585517.jpg" alt="_c0051620_11585517.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_11590852.jpg" alt="_c0051620_11590852.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_11594327.jpg" alt="_c0051620_11594327.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　それにしてもたいへんな大混雑です。でもこれからもっと混むでしょうね、桑原桑原。ふたたび大原女の小径を歩いてバスターミナルに戻るとタクシーが二台客待ちをしていました。やった。運転手さんに、まず古知谷(こちだに)の阿弥陀寺へ、そして寂光院へ行ってもらうよう依頼しました。十分ほどで阿弥陀寺に到着、やはり歩くにはきつい距離でした。タクシーに乗ってよかった。<br />
　それでは阿弥陀寺について「大原観光保勝会」の公式サイトから転記します。<br />
<br />
<br />
古知谷(こちだに)阿弥陀寺<br />
<br />
　光明山法国院阿弥陀寺は、慶長十四年(1609年）三月、弾誓上人が開基なされた如法念佛の道場です。弾誓上人は、尾張国海辺村に生まれた方ですが、９歳の折りに自ら出家し、美濃国塚尾の観音堂に参篭し、さらに同国武芸の山奥において念佛三昧、二十余年の修行を積みました。その後、諸国行脚で各地を回って苦行修練を重ねた末、最後の修行の地、古知谷へ赴きました。<br />
　天然記念物の樹齢800年以上の楓も参道南側にあります。大原は紅葉の美しい所が至る所にありますが、中でも阿弥陀寺の紅葉は一際美しく、江戸時代から紅葉の名所として知られています。数百本の楓が赤く色づく様は壮観です。<br />
　正面には弾誓上人の自作自像植髪の尊像が安置してあります。現在もこの植髪は両耳の近くにすこし残っています。正面右脇には鎌倉時代（作者不詳）の作品で、重要文化財の阿弥陀如来坐像が安置されています。<br />
　弾誓上人が入定される一年前に当時修行中の僧らに頼んで掘らせた巌窟があります。ここには弾誓上人が石龕に生きながら入られ「ミイラ佛」となられた上人のミイラが端座合掌の姿勢で安置されています。<br />
<br />
　凄い…　寺一面を楓がおおいつくし、見事に紅葉していました。おまけに観光客の「か」の字…くらいはあったかな。それでも三千院の超過密な混雑とは段違い。静謐な雰囲気のなかで心ゆくまで錦秋を楽しめました。<br />
　運転手さんはとても親切な方で、写真を撮るポイントを伝授してくれたり、われらのツーショットを撮ったりしてくれました。ここは穴場のなかの穴場です、お薦め。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_12010930.jpg" alt="_c0051620_12010930.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_12012772.jpg" alt="_c0051620_12012772.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_12013845.jpg" alt="_c0051620_12013845.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_13464058.jpg" alt="_c0051620_13464058.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="485" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_12014970.jpg" alt="_c0051620_12014970.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_12020060.jpg" alt="_c0051620_12020060.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>京都</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 04 Apr 2026 06:36:20 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-04T06:36:20+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>京都錦秋編(9)：宝泉院(21.11)</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34710874/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://sabasaba13.exblog.jp/34710874/</guid>
      <description><![CDATA[　そして宝泉院に到着。そそくさと額縁庭園を見られる客殿の広間へと行きましたが…すでにたくさんの参拝客が最前面に座っており額縁になっていませんでした。残念。広間の真ん中に座り、みなさんの背中越しに庭園を見ながら、拝観料に含まれている美味しい茶菓をいただきました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10513869.jpg" alt="_c0051620_10513869.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10515196.jpg" alt="_c0051620_10515196.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10520492.jpg" alt="_c0051620_10520492.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10521713.jpg" alt="_c0051620_10521713.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="485" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10523361.jpg" alt="_c0051620_10523361.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10524563.jpg" alt="_c0051620_10524563.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　入口のところに「丁度よい」という法語が貼ってありましたが、なかなか含蓄に富むお言葉ですね。2018年10月5日放映の「チコちゃんに叱られる」にも取り上げられたそうです。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10530932.jpg" alt="_c0051620_10530932.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　転記しておきます。<br />
<br />
<br />
　丁度よい<br />
<br />
　お前はお前で丁度よい<br />
　顔も身体も名前も姓も<br />
　お前にそれは丁度よい<br />
　貧も富も親も子も<br />
　息子の嫁もその孫も<br />
　それはお前に丁度よい<br />
　幸も不幸も喜びも<br />
　悲しみさえも丁度よい<br />
　歩いたお前の人生は<br />
　悪くもなければ良くもない<br />
　お前にとって丁度よい<br />
　地獄へ行こうと極楽へ行こうと<br />
　行ったところが丁度よい<br />
　卑下する要もない<br />
　上もなければ下もない<br />
　死ぬ月日さえも丁度よい<br />
　佛さまと二人連の人生<br />
　丁度よくないはずがない<br />
　南無阿弥陀仏<br />
<br />
　「吾唯足知(われただたることをしる)」にも通底する珠玉の言葉ですね。またホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ氏もこう言われていました。<br />
<br />
<br />
　貧乏な人とは、少ししかモノを持っていない人ではない。無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。<br />
<br />
　いくらあっても満足しない無限の欲望と、「今だけ金だけ自分だけ」という心の貧しさに駆動されて働き続ける人間を不可欠の要素とする新自由主義。この無慈悲な機械を止めるには、「丁度よさ」と「吾唯足知」を心に刻むことが必要だと思います。<br />
<br />
<br />
　そして宝楽園という新しくつくられら庭園をそぞろ歩き、特記事項はありません。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202410/07/20/c0051620_10565375.jpg" alt="_c0051620_10565375.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center>　<br />
　追記です。今日は4月3日、1948年に四・三事件が起きた日です。この事件をテーマとした韓国映画『済州島四・三事件　ハラン』が公開されるので、午後には「ポレポレ東中野」に観にいきます。<br />
]]></description>
      <dc:subject>京都</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 03 Apr 2026 06:23:23 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-03T06:23:23+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>●を掘りましょうか、高市さん</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34707372/</link>
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      <description><![CDATA[　『しんぶん赤旗日曜版』(26.3.29)に掲載されていた「世界.net　イラン攻撃　米政権 世界で孤立」という記事に、下記の表が併記されていました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202604/01/20/c0051620_07101302.jpg" alt="_c0051620_07101302.jpg" class="IMAGE_MID" height="497" width="500" /></center><br />
　●を掘りましょうか、高市さん。<br />
<br />
<br />
　追記です。『東京新聞』(26.4.1)に中島岳志氏による「トランプ論理 矛盾と危うさ　ベネズエラからイラン」という優れた論説がありましたので、一部を紹介します。<br />
<br />
<br />
　敵対する国家の国際法違反には非難の声を上げる一方で、同盟国の違反には目をつぶるような行為は、違法行為への批判が「政治的敵対の表現」に成り下がり、法の支配を崩壊に導く。「『法の支配』の実現にとって、同盟国による真摯な批判こそが重要な意味を持つ」という西(※国際法学者の西平等氏)の的確な指摘は、日本政府には届いていない。高市政権は、アメリカのベネズエラに対する武力攻撃に対して、国際法違反の指摘をすることなく、事実上追認する姿勢を示している。このような同盟国の態度が、アメリカのイラン攻撃を後押ししてしまった可能性があるのではないか。<br />
<br />
　●を掘りましょうか、高市さん。part2<br />
]]></description>
      <dc:subject>鶏肋</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 02 Apr 2026 06:32:40 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-02T06:32:40+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>チクチクチクチクする親指</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34702357/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://sabasaba13.exblog.jp/34702357/</guid>
      <description><![CDATA[　拙ブログに、以前、下記の記事を上梓しました。『THE BIG ISSUE』(VOL.492　24.12.1)に掲載された浜矩子氏のエッセイを紹介する一文です。<br />
<br />
<br />
浜矩子のストリートエコノミクス　迫り来る何かにどう対処するか<br />
　<br />
　「アタシの親指たちがチクチクするよ。だから、邪悪な何かが近づいて来る」("By the pricking of my thumbs something wicked this way comes")。ご存知、シェイクスピア大先生の『マクベス』の中に登場する第二の魔女の台詞だ(翻訳筆者)。<br />
　このゾクっとするフレーズを、2人の作家が自分の小説のタイトルに援用している。ファンタジーSFの巨匠レイ・ブラッドベリと推理小説の女帝アガサ・クリスティーだ。ブラッドベリ先生は、上記の台詞の後半部分の「邪悪な何かが…」を使っている。クリスティー先生は前半の「親指チクチク」パートを採用している。前者は怪しげなでとてもダークなサーカスの話。後者は、おしどり探偵のトミーとタペンス夫婦が挑む怪奇なミステリーだ。<br />
　いずれも60年代の作品だが、第二の魔女のつぶやきは今日の我々の時代にとても良く当てはまるように思う。四方八方から邪悪な何かが近づいて来ている。その名はドナルド・トランプだったりする。邪悪な何かは、邪悪な何かなのかがわからないから怖い。その邪悪さの本質がどこにあるのか。それを見極められなくては、どう立ち向かうべきなのかが見えてこない。<br />
　米大統領選でトランプ氏に想定外の大敗を喫したカマラ・ハリス氏は、そこが甘かったのだと思う。トランプ的邪悪さを過小評価した。トランプ氏は偽預言者だ。偽預言者には、得意技が2つある。悪いのが誰で、敵はどこにいるのかを教えてくれる。これらの「教え」は生きるのがつらい人々を高揚させる。<br />
　善良な米国市民が、トランプ式愚かな暴言に惑わされることなどない。そう思い込んだところが、ハリス氏の抜かりだったのではないか。トランプ氏の邪悪さを軽く見た。そこに大きな盲点があったのではないか。邪悪なるものとは真剣に対峙する。ブラッドベリ作品もクリスティー作品も、そのことの重要さを実によく教えてくれる。ハリスさんに、これらの両作品を読んでおいてほしかった。(p.8)<br />
<br />
　浜矩子の炯眼には脱帽です。いや、氏の予感をはるかに超える、想像を絶するような邪悪さをトランプ氏はフルスロットルで現出させています。ベネズエラ、そしてイランと、国際法や国連憲章を踏みにじる軍事行動。その一方で、国内では武装し覆面をした移民・関税執行局(ICE)の職員が移民の取り締まりで暴力を伴う事例が相次いでいます。海外では爆撃、国内では移民への強権的取り締まり－。経済学者のロバート・ライシュ氏は、こうしたトランプ政治を「全方位への宣戦布告」と呼びました。<br />
　シェイクスピア大先生の台詞を『ハムレット』(第一章五場)から借りれば、「この世の関節がはずれている」("The time is out of joint")というところでしょう。もちろん、はずしたのはトランプ氏です。<br />
<br />
<br />
　そしてゆめ忘れてはならないのは、こうした邪悪さはトランプ氏の専売特許ではなく、ネタニヤフ氏やプーチン氏も平然と行なっているということです。<br />
　こうした邪悪さの本質について真摯に考え抜き、そして真剣に対峙すること。この邪悪さは気候危機にも通底する、いま自然と人間をもっとも脅かしている心性であり行動パターンだと考えます。うまく言えなくて申し訳ないのですが…　<br />
<br />
<br />
　親指のうずきには常に注意しましょう。<br />
<br />
<br />
　チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク…]]></description>
      <dc:subject>鶏肋</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 01 Apr 2026 06:27:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-04-01T06:27:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>『ヒポクラテスの盲点』</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34699064/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://sabasaba13.exblog.jp/34699064/</guid>
      <description><![CDATA[　コロナ・ウィルスによる災禍は完全に終息したのでしょうか。わかりません。日本社会の悪い癖で、どんなに大きな災禍でも喉元過ぎれば、忘却の彼方に追いやり、記憶から消し去り、なかったことにしてしまいたがります。そうすれば、その災禍の過程で亡くなられた方や被害を受けた方に対する責任を、為政者たちは問われなくて済みますから。戦争しかり、公害しかり、原発事故しかり、自然災害しかり。もう済んだことさ、忘れよう…<br />
　だから同じような犠牲や被害や悲劇が繰り返されるのだと考えます。それを防ぐために、私たちがしなければならないことは、忘れないこと、関心を失わないことです。そして専門家やメディアに求めたいのは、記録として残すこと、その災禍への対応において、成功したのは何か、失敗したのは何かについてできるだけ正確に論理的に検証すること。その失敗によってどのような犠牲と被害が生まれたのか、その責任を果たすべき者は誰かを検証することです。<br />
　当然、コロナ禍についても私たちは忘却の淵に沈めてはならないし、前述の検証がなされるべきだと思います。私も拙ブログで政府の対応における問題点を批判しましたが、ワクチンの有効性については山ノ神とともに三回接種するなど、ほぼ信用していました。しかしこのワクチンについての大きな問題点を追求したドキュメンタリー映画『ヒポクラテスの盲点』が上映されていることを知り、さっそくアップリンク吉祥で観てきました。上映後に監督によるアフター・トークがあるということでほぼ満席。真実について本当のことが知りたいというみなさんの熱気が伝わってきました。<br />
　公式サイトから紹介文を転記します。<br />
<br />
<br />
あの時「喧伝」されたことは正しかったのか？<br />
　新型コロナウィルス蔓延という未曽有の危機を経て国の感染症対策は変化を重ねた。しかし、今となって様々な情報が報道され始めているのが、従来のワクチンとは根本的に異なる新技術で開発された新型コロナワクチン(mRNA遺伝子製剤)による後遺症被害の問題だ。過去に例のない「新薬」の認可と流通は、大変な危険を伴った賭けであったことが医学的に明らかになりつつある。当初からその安全性を不安視する声もあったが、ワクチン接種はあくまで強制ではなく努力義務・推奨とし、思いやりという同調圧力が日本中を覆っていた。多くの国では2～3回接種までが主流であったが、日本ではその安全性に「重大な懸念はない」とされ、一度も中断することなく特に高齢者らに対して７回目のブースター接種まで推奨が続けられた。<br />
<br />
新型ワクチン、「次」も打ちますか？<br />
　新型コロナワクチンは新型コロナ禍での「希望の光」だったことは誰しも疑いようのない事実だろう。しかし、ワクチン接種によって、感染者は減るどころか増えたというデータさえもある。なぜ日本はワクチンを打ち続けたのか？　そして、現在においても公に検証がされないのはいったい何故だろうか？　そこには、医学の盲点や限界のみならず、不都合な現実から目を逸らせるためのデータのトリック、アカデミアやメディアの政府に対する忖度など、日本社会のさまざまな問題が集約されていた…。<br />
<br />
不都合な現実に蓋をして、見ないふりをするのか？<br />
　それとも、疑問を抱き続けるのか？　そんな中、大手メディアがでは殆ど報道しようとしない新型コロナワクチン後遺症の影響を科学的に究明しようとする人物がいる。医師、後遺症患者、遺族、そして当時のワクチン推進派などの様々な立場での意見を多角的にみることで、もう一つの現実が見えてくる。医学の祖・ヒポクラテスは言った、「何よりもまず、害をなすなかれ」と。わたしたち自身に、盲点はなかったか？ まずは知ること。そして、考えること。未来に向かうために。同じ過ちを起こさないために－。<br />
<br />
　監督の大西隼氏はディレクター/プロデューサーであると同時に、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了した理学博士でもあります。医学に関する専門知識を駆使しながら、私たち素人にもわかりやすく問題点を提示してくれました。<br />
　映画に登場するのは福島雅典氏、藤沢明徳氏、児玉慎一郎氏をはじめとする、ワクチンの危険性を主張し、ワクチン後遺症の治療法開発に力を尽くす医師たちです。映画のいくつかのシーンにも表れますが、新型コロナワクチンの後遺症に苦しむ患者や、接種直後に死亡した方の遺族の悲痛な声を聞き、時には涙ぐみ時には絶句しながらも何とかしなければいけないという思いに駆られます。<br />
　普通なら10年掛かるところを2年で作ったコロナワクチンは果たして安全なのか？　多くの被害、多くの死亡例があるのに、それでもなぜ接種が推奨され続けているのか？　専門家でもある大西監督は、根拠のない陰謀論ではなく、科学的なデータを手際よくわかりやすく提示してくれます。<br />
　そして、福島氏らは全接種者を対象とした各製薬会社のワクチンの安全性試験のデータと、ワクチン接種歴別のコロナ陽性数・重症化率・死亡率についての情報開示請求を厚生労働省に対して行ないます。しかし、ほぼすべての回答はいわゆるのり弁(黒塗り)でした。このあたりは既視感(デジャ・ヴ)を覚えます。官僚組織において最優先される生理は「保身」と「組織防衛」、それに都合の悪い情報は徹底的に隠蔽する。そういうことではないでしょうか。<br />
　私はこの映画で初めて知ったのですが、厚生労働省前に「誓いの碑」があるそうです。<br />
<br />
<br />
誓いの碑<br />
<br />
　命の尊さを心に刻みサリドマイド、スモン、ＨＩＶ感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに銘記する<br />
<br />
　千数百名もの感染者を出した「薬害エイズ」事件このような事件の発生を反省しこの碑を建立した<br />
<br />
　平成11年8月　　厚生省歯科<br />
　厚生労働省はこの誓いを破り、再び「コロナ・ワクチン」という薬害をおこしてしまったのではないかという疑念がわいてきます。<br />
<br />
<br />
　というわけで、絶対に忘れてはいけないこと、検証を続けなければいけないことを提起してくれる重要な映画です。<br />
　印象的なシーンは、ある歯科医師が科学的データをもとにワクチンの安全性への疑問を述べた時に若い医師から「先生は反ワク(※ワクチン反対派)なんですね」と言われたと語った場面です。遺族や患者の思いをよそに、ワクチン賛否で医師たちを二分してしまう発想にはちょっと寒気を覚えました。福島氏はこう嘆きます。「タブー視してできるだけ関わらないようにしたい。知性の崩壊、人間性の崩壊だよ」<br />
　もう一つはこれだけ危険性に関する明証があるのに、ワクチン接種を推し進める官僚や医師たちに対して、福島氏は怒気を含ませながらこう言い放ちます。「深刻に危機感を持っています。科学の危機、それから民主主義の危機、医療の危機ですよ」　医療に関係する方々には「害をなすなかれ」というヒポクラテスの誓いを思い起こしてほしいものです。<br />
<br />
<br />
　さてそれでは、政府と厚生労働省と多くの医師は、これほど問題のあるワクチンをなぜ推奨したのでしょうか。しかも映画にもあったように、"(あなたの大切な誰かのために)おもいやりワクチン"という同調圧力まで利用して、なぜワクチンを接種させようとしたのか。<br />
　本作ではそこまで踏み込んではいませんが、ぜひ知りたいところです。大西監督、ぜひ第二弾を期待しています。<br />
<br />
<br />
　アフター・トークに登壇したのはジャーナリストの藤江成光氏と大西隼監督。藤江氏から「なぜこのタイトルにしたのか」という質問がありましたが、監督は医師や官僚の過ちを「罪」ではなく「盲点」ととらえることによって赦したいという気持ちがあったと答えられていました。また映画に登場した医師たちは、みなさん強い信念を持った「侍」のような人たちであったと称賛されていました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/16/20/c0051620_21425638.jpg" alt="_c0051620_21425638.jpg" class="IMAGE_MID" height="707" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/16/20/c0051620_21431765.jpg" alt="_c0051620_21431765.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>映画</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 31 Mar 2026 15:27:02 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-31T15:27:02+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>殺すな！</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34685997/</link>
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      <description><![CDATA[　気候危機にパンデミック、破滅か生存かという岐路に立っている今、人類が英知を結集し一致団結して行動しなければならない今、戦争をしている場合ですか？<br />
<br />
<br />
　『国のない男』(NHK出版)にあった、今は亡きカート・ヴォネガットの言葉です。<br />
<br />
<br />
　現在直視すべきもっとも重要な事実は―そのことを思うと、わたしはこれから死ぬまで冗談も言えなくなってしまいそうだが―、人間はこの地球がどうなろうとちっともかまわないと思っているということだ。わたしには、みんなそろってその日暮らしのアル中のようだとしか思えない。あと数日生きられれば、それで十分だと言わんばかりだ。自分の孫の世代が生きる世界を夢見ている人など、わたしのまわりにはほんの数人しかいない。<br />
<br />
　戦争なんかしている場合ではない。殺すな。<br />
<br />
<br />
　先哲たちの言葉と、叡智ある人びとのメッセージを、愚かな指導者たちに贈ります。<br />
<br />
<br />
　説得はただ理性と人間性にかなった方法であるだけではありません。それは、今日では自己防衛の唯一の方法でもあります。ですから、われわれはみな、国や身分を問わず、きびしい二者択一の前に立たされています。説得せよ、さもなくば破壊あるのみ。Persuade, or perish.　(E・H・ノーマン)<br />
<br />
　戦争に抗議しない人間は共謀者である。(クリストフ・ニーロップ)<br />
<br />
　戦争は人間の日常性を破壊する。日常性とはつまらないもののように見えて、じつは、人間の世界を立ち上げているものなのだ。これを剥ぎとられたとき、人間性は喪失し、世界は崩壊する。二十世紀の暴力がしでかしたのはそのことだった。それはアウシュビッツと広島において頂点に達した。(多木浩二)<br />
<br />
　戦争とは嘘の体系である。(カルル・クラウス)<br />
<br />
　若し世界が、彼らの紛争を解決する方法を、今日もなほ－然り、二十年前に斃れたものの死骸をなほ発見しては葬りつつある今日もなほ－戦争以外に見出しえぬとするならば、それなら、こんな世界は滅びて了つてもよい！　(ボールドウィン)<br />
<br />
　戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。(ユネスコ憲章)<br />
<br />
　戦争は、人類の宿命ではない。(佐原真)<br />
<br />
　戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ平和の道徳的優越性がある。(丸山眞男)<br />
<br />
　戦争とはこれほど不幸なことか。(マルクス・アウレーリウス)<br />
<br />
　およそいかなる平和も、たとえそれがどんなに正しくないものであろうと、最も正しいとされる戦争よりは良いものなのです。(『平和の訴え』　エラスムス)<br />
<br />
　男が戦争好きなのは、その時だけ立派に見えるからだ。女に笑われないですむ唯一の機会だからだ。(ジョン・ファウルズ)<br />
<br />
　良い戦争というものはないし、悪い平和というものもない。(ベンジャミン・フランクリン)<br />
<br />
　民衆の自由に対する敵のなかで、いちばん恐れなければならないのは戦争である。なぜならそれは、それ以外のすべての敵の萌芽を内包し、それを成長させるからだ。戦争は軍隊を生みだす。そこから負債と税が発生する。軍隊、負債、税といったものは、少数派が多数派を支配下に置くための既知の道具である。(ジェームズ・マディスン)<br />
<br />
戦争絶滅受合法案<br />
　戦争が開始されたら、10時間以内に、次の順序で最前線に一兵卒として送り込まれる。第一、国家元首。第二、その男性親族。第三、総理大臣、国務大臣、各省の次官。第四、国会議員、ただし戦争に反対した議員は除く。第五、戦争に反対しなかった宗教界の指導者。(フリッツ・ホルム)<br />
<br />
　戦争は想像力の恐るべき欠如である。(フランツ・カフカ)<br />
<br />
　戦争の種子は経済の拡大によって蒔かれる。(サティシュ・クマール)<br />
<br />
　戦争は自然現象ではない。一から十まで人間の行為である。(『夢の泪』　井上ひさし)<br />
<br />
　たとえ腐っていても、平和の方が戦争よりもいいに決まっている。でもね、腐り過ぎると戦争が始まるんですよ。(八杉康夫)<br />
<br />
　戦争は人を殺す。それがすべてである。(マイケル・ウォルツァー)<br />
<br />
　戦争において、もっとも嫌悪すべきものは、戦争によって生じる廃墟ではなく、戦時にあらわれる無知と愚かさだ。(アナトール・フランス)<br />
<br />
　戦争なんて始まらないって、みんな頭のどこかで思っているだろ。だけど、もう始まるよ。(福島菊次郎)<br />
<br />
　戦争だ。ウソが始まる。(ヘティ・バウアーの父)<br />
<br />
　金持ちどもが戦争をするとき、死んでいくのは貧乏人なのだ。(『悪魔と神』　ジャン・ポール・サルトル)<br />
<br />
　戦争とは、たえまなく血が流れ出ることだ。そのながれた血が、むなしく　地についこまれてしまふことだ。…瓦を作るように型にはめて、人間を戦力としておくりだすことだ。…十九の子供も　五十の父親も　一つの命令に服従して、左をむき　右をむき　一つの標的にひき金をひく。敵の父親や　敵の子供については　考へる必要は毛頭ない。それは、敵なのだから。(『戦争』　金子光晴)<br />
<br />
　いまの戦争が、単に少数階級を利するだけで、一般国民の平和をかきみだし、幸福を損傷し、進歩を阻害する。きわめて悲惨な事実である…。しかも事がここにいたったのは、野心ある政治家がこれを唱え、功を急ぐ軍人がこれを喜び、ずるがしこい投機師がこれに賛成し、そのうえ多くの新聞記者がこれに付和雷同し、競争で無邪気な一般国民を扇動教唆したためではないのか。(『平民新聞』　幸徳秋水)<br />
<br />
　平和より戦争をえらぶほど無分別な人間がどこにおりましょうや。平和の時には子が父の葬いをする。しかし戦いとなれば、父が子を葬らねばならぬのじゃ。(『歴史』　ヘロドトス)<br />
<br />
　戦争は人を不道理になすのみならず、彼を不人情になします。戦争によって、人は敵を憎むのみならず、同胞をも省みざるに至ります。人情を無視し、社会をその根底において破壊するものにして戦争のごときはありません。戦争は実に人を禽獣化するものであります。(内村鑑三)<br />
<br />
　沖縄戦の実相にふれるたびに／戦争というものは／これほど残忍で／これほど汚辱にまみれたものはない／と思うのです／この／なまなましい体験の前では／いかなる人でも／戦争を肯定し美化することは／できないはずです／戦争を起こすのは／たしかに／人間です／しかし／それ以上に／戦争を許さない努力のできるのも／私たち／人間／ではないでしょうか　(『不戦の誓い』　沖縄)<br />
<br />
　「大きな人間」が戦争を起こそうとしても、「小さな人間」がいないと戦争はできない。これはもう古今東西の歴史に残っている事実です。いくら「大きな人間」がやっきになって戦争をしろと叫んでも、「小さな人間」が動かないと結局戦争はできない。…つまり「小さな人間」が自分たちの力を信じて戦争に反対する限り、戦争はできない。あるいは戦争をやめさせることができる。(小田実)<br />
<br />
　もし母が死んでいたら、私も、私の子どもも生まれていなかった。当然だ。でも、この当然のことを壊すのが戦争だ。生きたい人の命をうばうのが、戦争だ。(石川文洋)<br />
<br />
　歴史を冷たくみれば、権力者あるいは侵略者たちが戦争を起こす条件は次の三つであろう。<br />
　一、自国が戦争を仕掛けている相手の国よりはるかに強い武力をもっていて、その戦争の勝利が確実であること。<br />
　二、相手の国が自国に対して敵意をもっていること。<br />
　三、戦争で勝利を収めることによって巨大な利権が得られること。(梅原猛)<br />
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　戦争というのは、いちばん弱い者のところに、ダメージを与えるようにできているのです。(愛川欽也)<br />
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　私たちが音楽の美しさを共有したとき、私は私たちが兄弟姉妹であり、おなじ家族の一員なのだと知った。恐ろしい戦争が時を隔てようと、国と国とがばかげた縄張りを争おうと、私はずっとこの認識をもちつづけた。それは最後まで変わらないだろう。私は世界中の人びとが、幸福と、美を愛する心で結ばれて、一つの大きなコンサート会場にいるかのようにともに坐る日を待ち望んでいる。(パブロ・カザルス)<br />
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　毎日、戦争のために何百万というお金を使いながら、どうして医療施設や、芸術家や、貧しい人のために使うお金が一文もないのでしょう？　世界には食物があまって、腐らしているところがあるというのに、どうして餓死しなければならない人がいるのでしょうか？　(アンネ・フランク)<br />
<br />
　僕は若いヤツらには、電信柱にしがみついて、身体を鎖でくくりつけてでも戦争には行ったらあかん、親兄弟にまで国賊と罵られても山の中に逃げろと言いたい。(井筒和幸)<br />
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　戦争を起こすのも人間なら、それを許さないで止めようと努力できるのも人間だということ。ここに一番の基本がある。(品川政治)<br />
<br />
　戦争とは何だろうか。相互の大量殺人、大量破壊行為なのだが、国家が認知さえすれば合法となり、殺人も罰せられない。なぜなら、自衛のための戦争は、近代国家の固有の主権行為であり、それは国際法でも認められているからだという。ただし、「自衛のため」と条件を付けても、最初から「侵略のために」戦争をしたと認める国はないのだから、実際上はすべての戦争が合法化されてしまうことになる。(色川大吉)<br />
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　戦争が　廊下の奥に　立つてゐた　(渡辺白泉)<br />
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　みんなふたことめには醜い戦争、醜い戦争っていいたがるが、醜くない戦争があったらお目にかかりたいな。(『岸辺の祭り』　開高健)<br />
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　今も戦争は続いていて、イラクやアフガンでは毎日死者が出ています。その死者のひとりひとりの人生や家族の悲しみについて思いをはせること、懸命に想像することが平和への力になるのではないか。(山田洋次)<br />
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　歴史を通して、戦争というものは、征服と掠奪を目的に行なわれてきた。戦争とは、つまるところそういうものだ。常に支配階級が戦争を宣言し、実際の戦闘は常に被支配階級がおこなってきた。(ユージン・デブス)<br />
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　愛国心と言う卵から、戦争が孵化する。(モーパッサン)<br />
<br />
　メディアは地球上に平和をもたらす最強の武器になりえる。それなのに、現在は戦争の武器として使われている。すべての政府は嘘をつく。特に戦争の最中には。(Ｉ・Ｆ・ストーン)<br />
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　人間は戦争よりずっと大きい。(スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ)<br />
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　戦争の法は存在しない。戦時下において悪を抑止するのは法ではなく、恐怖や利得なのである。(ヴォルテール)<br />
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　戦争はみんなが敗者になる。(バヒド・ハリルホジッチ)<br />
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　戦争をしたくばうぬらが征きてせよ命の予備をわれら持たざり　(草野比佐男)<br />
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　人の痛みがわかる人間になりなさい。他人の為に涙を流せる人になりなさい。そうすれば、世の中に戦争という愚かなものは無くなるから。(加藤剛)<br />
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　もし国民がほんとうにそれを知ったなら、明日にでも戦争はやめられるだろう。しかし、もちろん彼らは知らないし、知ることもできない。(デイヴィッド・ロイド・ジョージ)<br />
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　戦争は人間を下等な動物のように堕落させてしまうという点で、国民や民族やイデオロギーの違いなど関係ない。(ジョン・ハーシー)<br />
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　なによりも戦争や基地は、最大の環境破壊です。(山内徳信)<br />
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　だますものとだまされるものがそろわなければ戦争は起らない。(伊丹万作)<br />
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　神聖な年神様にたったひとつお願いごとをしたい。今年は豊年でございましょうか、凶作でございましょうか。いえ、どちらでもよろしゅうございます。洪水があっても、大地震があっても、暴風雨があっても、コレラとペストがいっしょにはやっても、よろしゅうございます。どうか戦争だけはございませんように。(野上弥生子)<br />
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　戦争の記憶が遠ざかるとき、／戦争がまた／私たちに近づく。(石垣りん)<br />
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　戦争は犬死になんですよ。お国のためでも悔しい。(伊東正治)<br />
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　戦争をする人間は戦場に行かない。(unknown)<br />
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　みんなが爆弾なんかつくらないできれいな花火ばかりつくっていたらきっと戦争なんて起きなかったんだな。(山下清)<br />
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　戦争の中では人間ではなくなります。犬です、犬。戦場の中にいる人は、人ではありません。(金学順)<br />
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　戦争は嫌でございます。散らかりますから。(岡本文弥)<br />
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　けんかはよせ。腹がへるぞ。(ねずみ男)<br />
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　1967年、ベトナム戦争が激化の一途をたどっていたころ、淡谷のり子、永六輔、小田実、開高健、加藤芳郎、桑原武夫、小松左京、鶴見俊輔、松本清張たちの呼びかけによって、日本の市民たちが｢ワシントンポスト｣に出した、反戦を訴える全面意見広告です。岡本太郎がインパクトのあるこの文字を書きました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_16152656.jpg" alt="_c0051620_16152656.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="469" /></center><br />
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　クロアチア内戦の時の写真です。クロアチア旅行の際に訪れたドブロブニクの本屋さんの店先に飾られていました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_16165812.jpg" alt="_c0051620_16165812.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="471" /></center><br />
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　ベトナム戦争に反対するアメリカの若者たちです。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_16171097.jpg" alt="_c0051620_16171097.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
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　天安門事件(1989)の際に、戦車を止めた男です。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_16172159.jpg" alt="_c0051620_16172159.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
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　ベトナム戦争に従軍したアメリカ兵士です。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_16173149.jpg" alt="_c0051620_16173149.jpg" class="IMAGE_MID" height="727" width="492" /></center><br />
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　バンクシーの「Flower Bomber」です。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_16174145.jpg" alt="_c0051620_16174145.jpg" class="IMAGE_MID" height="502" width="500" /></center><br />
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      <dc:subject>鶏肋</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 28 Mar 2026 06:37:26 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-28T06:37:26+09:00</dc:date>
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      <title>彼女ら／彼らの目を見よ</title>
      <link>http://sabasaba13.exblog.jp/34680984/</link>
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      <description><![CDATA[　米軍による攻撃で、多くの子どもを含むイランの民間人が殺害されたこと。その戦争犯罪に日本が加担していること。これに対する批判は拙ブログに記事として上梓しました。<br />
　そして国際法を無視して先制攻撃を行い多くの民間人を殺傷したトランプ氏の"砲艦外交"、その非道な人物を「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはトランプ氏だけ」とヨイショした高市氏の無恥な"幇間外交"についても一文を上梓しました。よろしければご照覧ください。<br />
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　私と同じく、トランプおよび高市外交に羞恥と憤怒を感じておられる大矢英代氏の、切れ味鋭いコラムが『東京新聞』(26.3.23)に掲載されましたのでぜひ紹介します。<br />
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<br />
＜本音のコラム＋＞　「ドナルドだけ」高市首相が世界に示したアメリカへの従属　日本もイラン攻撃の加害者側にいることの危うさ　大矢英代(カリフォルニア州立大助教授)<br />
<br />
　たいこ持ち、腰巾着、コバンザメ、ごますり。<br />
　日本語には、権力者や強い者に群がり、媚びへつらう人を皮肉る表現が実に豊かだ。では、トランプ政権に対する、いまの日本政府の姿勢を表す言葉として、いちばんしっくりくるのはどれだろうか。<br />
　先日、ホワイトハウスで開かれた日米首脳会談で、高市早苗首相は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」とまで持ち上げた。そこまで言うのか、と耳を疑った。<br />
　イラン奇襲攻撃をめぐっては、米国内でもトランプ政権への批判が高まっている。そんな中で、ここまで媚びへつらう発言が世界に報じられたことを、私は日本人として恥ずかしく思う。日米関係の良好さを日本国民に演出したかったのかもしれない。だが、世界に映ったのは、従属的な日本の姿だったと思う。<br />
　日米首脳会談と同じタイミングで、日本は、英国やフランスなど欧州5カ国と共同声明を出し、「最も強い言葉」でイランを一方的に非難した。声明は、国際海運への干渉やエネルギー供給網の混乱を「国際的な平和と安全に対する脅威」だと強調し、石油・ガス施設を含む民間インフラへの攻撃停止を求めている。<br />
　だが、批判する相手を間違えていないか。武力に頼らない協議が続いていた最中に、国際法を踏みにじるような一方的攻撃を行ったのは、米国とイスラエルである。<br />
戦争を仕掛けた側には目をつぶり、反撃した側だけを強く非難する。戦争の激化を止めるどころか、強い者の背後に隠れながら、いじめられた側を一方的に責め立てる。一連の日本政府の姿は、まるでドラえもんの「スネ夫」である。<br />
　日本はエネルギーの多くを中東に依存してきた国だ。これまでイランとも友好関係を築いてきたように、中東地域の安定は、日本で暮らす人々の生活の安定、さらにはライフラインにも直結する。<br />
　それなのに、高市首相が真っ先に向かったのはテヘランではなくワシントンだった。米メディアによれば、トランプ大統領は会談で、イラン戦争をめぐる日本の対米支援について話し合う予定だと述べ、「日本は本当に積極的に協力してくれている」と語ったという。<br />
　では、日本は何を約束したのか。会談後、高市首相は「日本の法律の範囲内でできることとできないことがある。これについては詳細に説明した」と述べたものの、その具体的内容は明かさなかった。ここがいちばん恐ろしい。<br />
　日本の将来を左右しかねない重要な話が、国民の見えないところで進んでいるかもしれないのに、その中身が見えない。しかも、メディアもそれを徹底的に追及しているようには見えない。<br />
　かつて日本は、泥沼化した対テロ戦争に、自衛隊派遣という形で引きずり込まれていった。今回もまた、駄々をこねる子どものようなトランプ大統領に振り回される形で、イラン戦争に引きずり込まれるのではないかと、私は危惧している。<br />
　もしも、自衛隊派遣そのものは免れたとしても、ここまで米国とイスラエルの肩を持ち、在日米軍基地という形で米国の軍事作戦を支える日本は、すでに米国の戦争の加害者側に回っている。そのことを、どれだけの日本国民が意識しているだろうか。<br />
　この戦争では、軍事施設が真っ先に標的となっただけではなく、小学校や民家など民間施設も攻撃されている。私は一人でも多くの日本人が、この状況を日本に当てはめて考えられるようになってほしいと切に願う。米国の戦争を支えるということは、沖縄だけではなく、全国各地130の在日米軍基地・施設が標的になり得るということだ。そして、その周辺の民間地域もまた、同じように犠牲になり得る。<br />
　米国に追随することは、ただ軽んじられるというだけの話ではない。これを読んでいるあなたの命と安全に関わる問題なのである。<br />
<br />
　まったく同感です。高市氏がトランプ氏に、具体的に何を約束したのか、ぜひ国会の場で明らかにしていただきたい。それをしない場合には、首相として信任できないという意思表示を多くの人が何らかの形で発言・発信してくれることを期待します。と同時に、隠蔽された約束を究明しようとしないヘタレなメディアに対する批判も大いにしたいですね。<br />
　そして在日米軍基地が攻撃の標的となり、周辺の民間地域が犠牲になり得る。これも肝に銘じましょう。これまで日本は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争と、在日米軍基地の提供という形でアメリカの軍事作戦を支えてきました。よって相手側から攻撃される危険はいずれのケースでもあったのですが、相手側の意思または能力、あるいはその双方がなかったために、攻撃はされませんでした。しかし今次の戦争、あるいはこれからの戦争においても、そうであるという保障はありません。日本国内に米軍基地があり、そこを拠点に米軍が作戦行動を行い、日本政府にそれを抑止する意思がないかぎりは…<br />
<br />
<br />
　イランの英字新聞テヘラン・タイムズの一面です。2月28日にイラン南部ミナブの女子小学校を襲った空爆の犠牲者とされる子どもたちの写真が掲載されています。この爆撃で、生徒や教職員など、少なくとも175人が死亡したと報じられています。<br />
　イランであれ、ガザであれ、イスラエルであれ、レバノンであれ、もちろん日本であれ、このようなことを起こしては絶対にいけない。<br />
　トランプ大統領よ、ネタニヤフ首相よ、プーチン大統領よ、そして殺戮を行う国の指導者よ。それに加担する指導者よ。彼女ら／彼らの目を見てください。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/24/20/c0051620_15224879.jpg" alt="_c0051620_15224879.jpg" class="IMAGE_MID" height="699" width="500" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>鶏肋</dc:subject>
      <dc:creator>sabasaba13</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 27 Mar 2026 06:35:04 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-27T06:35:04+09:00</dc:date>
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