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京都錦秋編(2):東京駅(09.12)

 旅費節約のため「のぞみ」ではなく16:33発の新幹線「ひかり」を選択、休暇をとって東京駅へと向かいましたが、ふと聖橋を見たくなって御茶ノ水駅で途中下車しました。美しいアーチを静かな水面に描くと、やや色づきはじめた斜面の草木を撮影、この眺めは昔から大好きでした。たしか江戸時代初期に、江戸城の守りを固めるために、神田台を掘り割ってつくった人工の谷なのですね。結果としてたまたまそうなったのかもしれませんが、数百年後には自然にできた景観のように見える土木工事の良いお手本だと思います。
 そして東京駅に到着、まだ時間があるのですこし構内と周辺を散策することにしました。まずは浜口雄幸首相の狙撃現場、以前から一度訪れようと思っていたのですが今回やっと叶いました。場所は、中央通路にある新幹線への乗換え口のあたりです。周囲と色の違うタイルにぽっちが埋め込まれ、そばの柱に下記のような解説プレートがありました。
浜口首相遭難現場
昭和5年11月14日午前8時58分、内閣総理大臣浜口雄幸は、岡山県下の陸軍特別大演習参観のため、午前9時発の特急「つばめ」号の1等車に向ってプラットホームを歩いていた。このとき、一発の銃声がおこり浜口首相は腹部をおさえてうずくまった。かけつけた医師の手によって応急手当が加えられ、東京帝国大学医学部附属病院で手術を受け、一時は快方に向ったが翌昭和6年8月26日死去した。犯人は、立憲民政党の浜口内閣が、ロンドン条約批准問題などで軍部の圧力に抵抗したことに不満を抱き、犯行におよんだものといわれている。
 いやはや今まで何回もここを通り過ぎたのに、不覚にも気づきませんでした。
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 世界恐慌そして昭和恐慌という吹き荒ぶ嵐の中、果敢に日本の舵取りをし、志半ばにして凶弾に倒れた彼に思いを寄せしばし佇みました。長文ですが、浜口雄幸の言葉を紹介します。
 政党政治は、少なく共我が国に於ては、今の所、大切なる試験時代である。試験時代には傍目をふってはならない。…
 我が国民は、政党政治の樹立を認識するや否や、直ちに其の弊害の甚しきに失望せり。かかるが故に国民は政党政治の弊害が、制度其の物の罪なりや、将来又政治家其の人の罪なりやを深く弁別するに暇あらずして、早くも政治の現状に失望し、将来を悲観せり。此の失望と悲観とは我が国運の前途に恐るべき暗影を投じたり。…
 国民は此の如き議会の亡状に対して、始めの内は呆れ果て、其の次には呆れる程度を超えて議会政治に冷淡になり、其の次には議会政治を嫌悪し、次には議会政治を否認せんとする傾向を生ずるに至ることがないものであろうか。…今日に於て改むるところがなかったならば、国民の感情は何処まで行くか測り難いと思うのである。
 とても昔の話とは思えず、心胆寒からしめるものがあります。議会の亡状とそれに対する国民の冷淡、そして議会政治への嫌悪と否認が日本をどこに導いたのか、もうわれわれは歴史で学んでいるはずですが、状況は今でも大きく変わっていないような気がします。たとえポンコツで調子が悪いとはいえ、今のところ政党政治に代替する車はありません。みんなで力を合わせ知恵を出し合い、修理したり降りて押したりして乗っていくしかないと思うのですが。われわれの"試験時代"はまだまだ続いているようです。なお狙撃犯の名前は佐郷屋留雄で、彼の手記によると犯行の動機は、ロンドン海軍軍縮条約の調印が、軍部の無視、天皇大権の干犯、そして国防への脅威にあたるというものです。余談ですが、彼は第一審・控訴審で死刑を宣告されますが、1933年、皇太子誕生(現天皇)によって恩赦減刑が行なわれ、死刑執行を免れます。また1938年には憲法発布五十周年記念、1940年には紀元2600年と、ことごとく恩赦に浴し、1940年に小菅刑務所を出所したそうです。
 なお狙撃された直後の浜口首相を撮影した写真があるのですが、その背後で薄笑いを浮かべている駅員(警官?)が写っています。政党政治への不信と嫌悪、暴力の容認、当時の風潮を物語る恐るべき写真ですね。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-20 06:18 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(1):前口上(09.12)

 いよいよ2009年の紅葉狩りも大団円を迎えました。その掉尾を飾るのは…もちろん京都っ! 実は11月最後の週末に京の宿を押さえておいたのですが、山ノ神の仕事の関係で土壇場キャンセル。12月はじめの週末に変更せざるをえなくなり、慌てて宿をさがしましたが、いずれも満室。あれっ、去年と同じパターンだ。ということは、琵琶湖ホテルで決まりですね。JTBに確認してもらうと、幸い部屋がとれたので、さっそく新幹線料金込みのフリー・プランを申し込みました。さて旅程ですが、まず一日は京都の紅葉穴場めぐり。「徹底 京都紅葉めぐり」(水野丹石 講談社)という恰好の参考文献を見つけたので、これをもとに次のような行程を考えました。まずは王道・光明寺(JR長岡京)でアドレナリンを分泌させ、地蔵院・淨住寺(阪急嵐山線上桂駅)で高ぶる心を落ち着かせ、そして嵯峨野に行き、その喧噪を避けながら宝厳院・鹿王院・大覚寺大沢池・直指庵・護法堂弁才天・厭離庵を貸し自転車でまわる。時間があったら毘沙門堂・勧修寺という追加オプションもあります。もう一日は奈良、以前から見たいと思っていた談山神社・室生寺・長谷寺・正暦寺で決まり。なお山中にあるため当該地の落葉がはじまっている可能性もあるので、代替策として近江紅葉めぐり第二弾、長寿寺・大池寺(だいちじ)・庚申山広徳寺・石の寺教林坊・彦根城の玄宮園というプランも用意しました。
 さてインターネットの紅葉情報を日々追っていくと、奈良地方の落葉がはじまったのは想定内として、近江の紅葉も色褪せてきたようです。やはり標高がすこし高いため気候も冷涼なのでしょう、急遽予定を変更、奈良・近江をやめて京都をもう一日ぶらつくことにしましょう。前掲書を参考に、養源院・泉涌寺・光明院(東福寺塔頭)・退蔵院+桂春院+大心院(妙心寺塔頭)・北野天満宮・妙覚寺というプランを初日にぶつけてみました。ただこの行程では貸し自転車が必要ですね。ただ琵琶湖ホテル→大津駅→京都駅という行程なので、ご用達の「京都見聞録」(090-7117-0410)による貸し自転車のデリバリーは難しいでしょう。さてどうしたものか、とインターネットを調べてみると、京都駅近くにある京都サイクリングツアープロジェクト(kctp)という貸し自転車屋を発見しました。うん、これでいきましょう、さっそくインターネットで予約を入れ、さあこれで準備万端整った、と思いきや好事魔多し、自転車を借りる予定の12/5(土)が雨という予報です。これはちと厳しい、翌日は晴れという予報なので入れ替えましょう。12/5(土)に光明寺+嵯峨野を電車と徒歩で散策、12/6(日)に自転車でかけずりまわることにしました。すぐにkctpに予定変更の連絡を入れ、今度こそ確定。まあ勿論、予定は未定にして決定にあらず、現地の状況とわれわれの気分次第でいかようにも変更はありえますが。持参した本は「街道をゆく37 本郷界隈」(司馬遼太郎 朝日文庫)です。
by sabasaba13 | 2010-11-19 06:24 | 京都 | Comments(0)

養老渓谷編(5):(09.11)

 さて16:36発の列車は、時刻からいって相当混むだろうなあ、気が滅入るなあ、とここで名案が浮かびました。駅の時刻表を見ると、16:18発の上総中野行き列車があります。これに乗って次の駅が終点の上総中野。ここでいったん降りてすぐ折り返しの列車に乗れば座れることは必定。Good idea ! Good wisdom ! 我ながらせこいですけどね。よし気持ちが楽になった、それでは観光案内所でもらったパンフレットに掲載されていたレストラン、「麻生亭」に行って軽食か珈琲でもいただくことにしましょう。
 養老渓谷駅から歩くこと十分弱でそのお店に到着しましたが閉店でした。あれれ、今現在の時刻は15:40、午後四時までは開いているはずなのに… ショックと疲労のため、へたりこみたくなりましたが、店の前がオープンスペースになっておりテーブルと椅子がいくつか置いてあります。そこに座って紫煙をくゆらしながらこれからのことを考えていると、こちらもすでに閉店しているお隣の「窯焼きパン 酪」というパン屋さんの戸が開き、ご主人が出てきて曰く「何をしているんですか」。小生曰く「休ませてもらっています」。「ここは公園じゃないんだから」。うーん、ドアも塀もない店の前の空間で、話が違うことに愕然としてへたりこんでいる疲れた善良な(?)観光客に対して、なんと冷たくつれないお言葉。観光客なら何をしても許されるという傲岸不遜な考えは毛頭ありませんが、丸い卵も切りようで四角、もっと違う言い方もあるのでは。ま、いいや、許しましょう、忘れないけど。

 そそくさと立去り駅へと向かうと、長蛇の列ができています。みなさん名案を思いついたようで、上総中野行きの列車を待っているようです。やれやれ… 観光案内所で訊くと、他の交通手段はないとのこと。せめてこの時期だけでも増発していただけると助かるのですが。とりあえず上総中野まで行って、いすみ鉄道で帰るか、いやこれは相当な時間がかかりそうです、却下。駅前には喫茶店もなく、座る場所はすべて満杯。呆然として立ち竦んでいると、並んでいた方々がぞろぞろとホームに入っていきます。乾坤一擲、私もくっついていきましょう。人で満ち溢れるホームに列車が入線、わやわやと座席を求めてみなさんが乗り込みましたが、車輌が大きいためけっこう座ることができます。私も座ることができました、ラッキー。七分ほどで上総中野に到着、この列車がそのまま折り返して五井行きとなります。車内清掃もなく、座ったままでいることができました。そして16:38に出発、養老渓谷駅でたくさんのお客を乗せ、山手線状態と化した列車は、17:48に五井に着きました。幸い、18:04に東京行き快速列車がありましたので、ちょっと贅沢をしてグリーン車自由席に乗ることにしました。車内販売が来たので、地獄のように熱い珈琲を所望すると、持ってきてくれたのが缶コーヒー、やれやれ。不味いコーヒーを飲みながら面白い本を読んでいると、あっという間に馬喰町に到着。降りようとすると、ドアにところに「デッキにお立ちの場合でもグリーン券が必要です」というステッカー、やれやれ。
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by sabasaba13 | 2010-11-18 06:23 | 関東 | Comments(0)

養老渓谷編(4):(09.11)

 ここは漢学者の日高誠実(のぶざね)の邸宅があったところです。1886(明治19)年、50歳になった彼は、陸軍省を辞し理想郷梅ヶ瀬を建設すべくこの地に居を移し、植林・養魚・畜産等に力をつくすかたわら、梅ヶ瀬書堂を開校し、近郊在住の師弟に国漢・英数・書道・剣道等を教授したそうです。しかし地の利があまりにも悪く、台風や豪雨のたびに荒廃し、志も潰え、1915(大正4)年、80歳の生涯を閉じることになりました。今では住居の痕跡さえ見あたりませんが、中央にモミジの古木が三本屹立し、錦のような落葉がある明治人の夢の跡を優しく覆い包んでいました。ただ、これも責任の一端は私にもあるのですが、わやわやと大変な人出で閑寂を味わい追想にふける雰囲気ではありません。晩秋の雨上がりの朝早く、また来てみたいものです。
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 一休みして、それでは帰路へと向かいましょう。さきほどの分岐点に戻って左折、今度は急なのぼりの山道が続きます。ああトレッキングシューズにするべきであったなあ、と履き古したテニスシューズを眺めていると、前の歩いている女性の足元が目に飛び込んできました。踵の高いロングブーツ! 六本木からワープしてきたような派手な服の若いカップルはそれでも楽しそうに逞しく、きゃはきゃは談笑しながら急峻な坂をのぼっていきます。複雑骨折をしないようにと祈念しながら追い越し、さらに進むともみじ谷です。ま、たしかにたくさんのモミジが群生していましたが、あまり奇麗な色ではありませんでした、ちょっと残念。
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 そしてもみじ谷を過ぎると(14:11)、尾根づたいの道となりますが、紅葉も少なく眺望もよくないので、ここは一心不乱にがっしがっしと歩き続けるのみ。
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 やがて車道に合流(14:25)、そこには食べ物・飲み物を売る出店、休憩所、そして待望のトイレがありました。ああ助かった。さてこれからこの無粋な道を、あの忌まわしい移動手段が唸りをあげて行き交うのを見ながら歩きゃないかんのか、やれやれ、チャーリー・ブラウンだったら絶対に"good grief"とぼやくだろうな、などと思いながら見晴らしの道という車道を歩きはじめましたが、どうしてどうして。
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 風情はないものの、見事なモミジの並木がずっと続いています。15:09の列車にはもう間に合わないので、紅葉を愛でながらのんびりと歩いていくことにしましょう。女ヶ倉(めがくら)橋からは紅葉で染まった山々を眺望できました。
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 そして往路と合流して、さきほどのバス停留所に着きました。すこし待てば臨時のバスがあるようですが、時間もあるし最後まで歩きとおしましょう。黒川沼のあたりで来た道とは違う道へ折れると、宝衛橋と並んでかかる渓谷橋のたもとに着きました(15:23)。その手前にある馬頭観音には、花入れに赤いモミジと黄色いイチョウの紅葉がさしてありました。粋な御仁がいるものです。
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 そして橋を渡り、踏切を渡って、さきほどのモミジのトンネルをくぐり駅に到着(15:31)。約三時間強の楽しいハイキングでした。

 本日の五枚、一番上が日高邸跡です。
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by sabasaba13 | 2010-11-17 06:28 | 関東 | Comments(0)

養老渓谷編(3):(09.11)

 養老渓谷駅に到着したのが十二時ごろ、ここから大福山・梅ヶ瀬コースというハイキングコース(約9.6km)に向かいましょう。帰りの列車の時刻を駅で確認すると、15:09か16:36。前者に乗れればいいのですが、これを外すと一時間半ほど待つことになります。ま、それもまた人生、無理せずにマイペースで歩くことにしましょう。なお出発の時刻は12:15です。駅の左へと向かうといきなり真っ赤なモミジの並木がお出迎え。これは嬉しい、期待できそうです。踏切を渡って、もらった地図と道案内表示を頼りに住宅地の間をすこし歩くと宝衛橋です(12:22)。
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 そして黒川沼のあたりでも赤く色づいたモミジをいくつか見ることができました。沼は澱んでいるため、水面に映る韓紅が見られないのはちょっと残念でした。
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 そして脇に入って七色の滝を見物。このあたりは車道で車がけっこう行き交います。おいおい風情もへったくれもないじゃないかとぶつくさ言っておりますと、やがてバス停留所、そして大きな駐車場があり、ここから先は車の進入禁止となります(12:50)。ああよかった。
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 オレンジ色に紅葉したモミジのトンネルを抜けしばらく歩くと、本格的な梅ヶ瀬渓谷のハイキングコースとなりました。ほとんどが浅瀬の清流に沿い、時には離れ、時には渡り、千変万化する景色を楽しみながら気持ちよく歩くことができます。モミジの群生はありませんが、赤、オレンジ、黄、いや、とても一言では言い表せない色合いの紅葉を楽しむことができました。水面に映る紅葉、流れ行き澱みに溜まり岩に張り付く散り紅葉の美しさにも目を奪われます。
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 そして分岐点に到着(13:39)。右に折れるともみじ谷を経て復路、まっすぐに進むと日高邸跡、そこで行き止まりなのでまたここまで戻ることになります。もちろん直進、十分ほどで日高邸跡に到着しました(13:48)。

 本日の十枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-16 06:32 | 関東 | Comments(0)

養老渓谷編(2):(09.11)

 そして8:57分に終点の上総牛久に到着。こちらの駅舎も木造平屋で、Y字型の柱が庇を支える愛くるしい物件でした。駅前にはタクシー会社があり、運転手さんが暇そうに日向ぼっこをしていました。
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 次の上総中野行き列車は9:49発なので、一時間弱、付近を散策しました。が、お粗末な眼力のせいかもしれませんが、あまり見るべきものはなし。地元資本の喫茶店でもあれば入ったのですが、それもなし。本意ではありませんが、近くにあった有名ファミリーレストランに入ってモーニングサービスをいただくことにしました。目玉焼きに、誰が何と言おうと醤油をかけ、トーストを頬張りながら持参した本を読みましたが、これが意外と面白い。いつか書評を書くつもりですが、ついつい引き込まれてあっという間に時間が過ぎ去っていきます。おっそろそろ駅に戻りましょう。到着の五分前にホームに着くと、どこから湧いてきたのか、けっこうな数の観光客が集まっています。そして到着した列車も、立錐の余地がすこしあるぐらいのけっこうな混雑です。それでもなんとか乗り込め、さあ出発。
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 途中にあった高滝という駅では、黄色い落葉の絨毯のもとイチョウが眩いばかりに色づいていました。三脚を用意したカメラマンが数人撮影していたので名木なのかもしれません。上総大久保の駅舎には小学生によるトトロの絵が描かれていました。
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 そして10:24に養老渓谷駅に到着。やれやれとばかりに、列車は数多のお客を吐き出します。この駅舎も三角屋根を組み合わせた、愛らしい木造のものです。駅前には臨時の観光案内所が設置されていたので、さっそく観光地図を所望。まずはバスで滝めぐり遊歩道へと向かいましょう。紅葉の時期には臨時バスが何本も出ているのでそれほど気を使うことはなさそうですが、すぐに満員となりました。そしてバスは出発、途中に「面白」という停留所・集落がありましたが、これは「世界でもっとも阿呆な旅」(幻冬舎)には載っていないようですね、安居良基さんに教えてあげようかな。
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 十数分で原ノ台という停留所に到着、ここで降りて滝めぐり遊歩道へと向かいます。道案内の表示がちゃんとありますので迷う心配はありません、ま、それ以前に人の流れに乗ってしまえば自然と着いてしまいます。まばらに建つ民家の間の小道を数分ほど歩くと、長い石段がありこれを下りると養老川のほとりに出ました。ここから飛び石を渡って対岸に行くと、養老川沿いにきちんと整備された遊歩道が続いていました。木々をまとった斜面が両側に連なり、V字型の谷の底を穏やかな清流が楚々と流れている、なかなか素晴らしい眺めです。満艦飾の紅葉!緋色の世界!というわけにはいきませんでしたが、緑の木々と赤・オレンジ・黄に色づいた紅葉をおりまぜた景色はきれいなものでした。
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 見返の滝・万代の滝・千代の滝と、ときどき可憐な姿をあらわす小さな滝も風情を添えています。
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 せせらぎの音に耳をそばだて、紅葉を眺め、清冽な空気を吸い、鳥の声・風の音に耳をかたむけ、のんびりと歩けば、もうこの世は天国さっ! ただ人出の多さには辟易しますが、自分にも責任の一端があるのでこれは仕方ありません。川に落ちるほどの雑踏ではないのが救いです。風景を愛で写真を撮りながら約4kmの遊歩道を一時間ほど歩くと、終点が粟又(あわまた)の滝です。45度ほどに傾いた幅広い岩盤の上を流れ落ちる滝ですが、両側の紅葉とあいまって絵になる光景でした。ここで一休みし、橋を渡って階段をすこしのぼるとそこがバス停でした。なおこの遊歩道にはトイレがないので要注意ですね、バス停の前にあった土産屋さんにあわてて駆け込み用を済ませました。養老渓谷駅行きのバスに乗り込むと、対向車線は次から次へと湧いてくる車で大渋滞です。原ノ台の駐車場も満杯でした。これも要注意、できれば環境のためにも公共輸送機関を利用していただきたいものです。世の中に絶えて車のなかりせば私の心はのどけからまし、というところです。あっ、ついでに携帯電話とゲームもですね。
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 本日の六枚、一番下が粟又の滝です。
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by sabasaba13 | 2010-11-15 16:10 | 関東 | Comments(0)

養老渓谷編(1):(09.11)

 2009年の秋は紅葉狩りで大童でした。でもこんな忙しさなら♪ど~んとどんとどんと波乗り越えて♪です。南東北箱根に続く第三弾は、千葉県房総半島の養老渓谷です。紅葉フリークのためにピンポイントで日付を記しますと11月28日の土曜日。ただ問題はアクセスです。なにせ小湊鉄道の便数が少ないため、大混雑が予想されます。よって一念発起、おじさん得意の早起きでアタックしてみましょう。ジョルダン乗り換え案内で調べたところ、5:56発の列車に乗れば、総武線で千葉へ、内房線に乗り換えて五井へ、小湊鉄道に乗り換えて8:51には養老渓谷駅に到着できるもようです。よしこれでいこう。持参した本は「たいした問題じゃないが -イギリス・コラム傑作選-」(行方昭夫編訳 岩波文庫)です。

 幸い本日は好天のようです。この世の終わりを告げるような目覚まし音で朝五時に叩き起こされ、地獄のように熱い珈琲で眠気を吹き飛ばし、5:45に意気揚々と家を飛び出ました。この時刻ならば余裕の義輝君で列車に間に合います。駅に着き入線してきた列車に乗り込み座席に座ってやれやれと安堵していると、車内アナウンスがありました。「次は○○○○○~」 …………………………………やっちまったあ、逆方向だあ! 慌てて次の駅で飛び降り、向かいのホームに行きましたがしばらく列車は来ないようです。これで計画はマジノ線のようにもののみごとに瓦解。いや諦めてはいけない、それは愚か者の結論だ、龍馬のようにたとえ死ぬ時でも前に倒れようと訳の分からないことを呻きながら、とりあえず計画通りの行程をたどってみました。しかし当然の如く五井駅に着いたときには、上総中野行きの列車は影も形もありません。次の8:30発の列車は途中の上総牛久止まり、上総中野の一つ手前、目的地の養老渓谷駅まで行く列車は9:22発です。五井の駅前にはけっこうビルが建ち並んでいるので、ここでモーニングサービスでもいただきながら本を読んで時間をつぶすか。いや、小湊鉄道にはレトロな駅舎が多いという話をどこかで聞きました、とりあえず牛久まで行って付近を徘徊すれば何か面白いものが見つかるかもしれません。坐して時を浪費するよりは、一歩を踏み出してみましょう。なお太平洋岸にある小湊まで通じていないのに、なぜ“小湊鉄道”と名乗るのか? 「線路を楽しむ鉄道学」(今尾恵介 講談社現代新書1995)によると、当初は房総半島を横断する計画でしたが、山を越えるだけの資金がなく上総中野までで挫折したとのことです。(p.159)
 というわけで8:30発がやってきましたが、濃紺のオレンジ色に塗られたなんとも古色あふれるしぶいディーゼルカーです。鉄ちゃんとまではいきませんが、鉄五郎ぐらいの自負はあるので、ローカル線の旅を楽しむことにしましょう。地元の方らしき数人を乗せて、出発進行おおお。長閑な田園風景の中を、列車は気もち良さそうにのてのてと駆け抜けていきます。車掌さんが来たので切符を買おうとすると、お得な一日フリー切符を勧められたのでこちらを購入。ついでに牛久から養老渓谷に行くバスはありませんかと訊ねると、申し訳なさそうに「ありません」というお答え。タクシーを使えば高額になりそうなので、ここは予定通り牛久で降りて付近を徘徊し次の列車に乗ることにしましょう。やはり車掌さんがいらっしゃると心も和むし、なにかと助かります。列車は、定年退職後にジョギングを楽しむご老人のように、陽がふりそそぐ田や畠の間をのんびりと走っていきます。たしかに木造の古い駅舎が多いですね、途中下車できないのが残念です。手書きの駅名看板もいい味を出しています。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-14 05:44 | 関東 | Comments(0)

箱根錦秋編(3):強羅公園(09.11)

 そしてすぐ隣にある強羅公園へ。こちらは明治時代以降、首都圏の別荘地として開発された箱根・強羅地区に、主に華族など上流階級の親睦・保養施設として、1914(大正3)年に開園された日本初のフランス式整型庭園です。なおセットでつくられた和風庭園が箱根美術館の庭園だそうです。噴水を中心に整形されており、クラフトハウス、ブーゲンビレア館、熱帯植物園、ハーブ館、ローズガーデンなどの施設があります。西門を入ってすぐ左に曲がると、斉藤茂吉の歌碑がありました。「おのづから寂しくもあるかゆふぐれて/雲は大きく渓に沈みぬ」(1915) 彼はこよなく箱根を愛し、強羅の山荘に暑を避けたそうです。
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 それほど多くはありませんが紅葉を愛でながら園内を彷徨、箱根連山の借景が素敵でした。
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 そしてお目当ての白雲洞茶苑へ、鈍翁・益田孝によって創案され、三渓・原富太郎と耳庵・松永安左ヱ門に受け継がれてきた名茶室群。中でも「白雲洞」は、近代数奇者茶人の間に流行した「田舎家の席」の先駆的な作例だそうです。檜皮葺きの渋い正門をくぐると、鬱蒼とした樹木におおわれ森閑とした雰囲気です。石段をすこしのぼると腰掛待合、そして見上げると小高い場所に茅葺屋根の茶室が見えます。そこにのぼるまでのアプローチが何と魅惑的なことか、不揃いな石をリズミカルに並べた石段がうねるように上方に続いています。中に入って見学できるということなので、いそいそと近づくと、嗚呼無情。係の方が雨戸を閉めはじめました。こちらは午後四時で見学終了なのですね。致し方ない、再訪を期しましょう。せめて外観だけでも網膜とSDメモリーカードに焼き付けようと、しばし佇みました。複雑かつ狭小な地形に合わせて傍らには小屋がもうけられ、渡り廊下でつながれています。嗅覚をくすぐる木々や苔の仄かな匂い、静けさを際立たせる鴉の声、枯淡の境地に耽っているとそろそろ夕暮が迫ってきました。名残りは尽きねどそろそろ引き上げましょう。
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 途中にあった水飲み場の蛇口は小鳥をデザインした洒落たものです。堂々とした石造りの正門から外へ出ると、右から記された「園公羅強」というプレートが歴史を感じさせてくれます。そして坂道を強羅駅へとくだり、帰郷。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-13 06:13 | 関東 | Comments(0)

箱根錦秋編(2):箱根美術館(09.11)

 駅にあった金太郎像と金太郎大明神を撮影しましたが、なぜ彼は鉞を持っているのでしょう? 天狗に高下駄、金太郎に鉞、考究してみると面白いことがわかるかもしれません。
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 そして小田原へ戻り、箱根登山鉄道で湯本に行き、登山電車に乗り換えて強羅に到着。めざすは箱根美術館です。世界救世教の教祖・岡田茂吉(1882‐1955)が生前に蒐集した東洋・日本美術のうち陶磁器を展示している美術館ですが、今回の主眼は苔庭と紅葉。日本各地から集めた約130種類の苔と約200本のモミジが見事な協奏曲を奏でるはずですが、遅かりし由良之助。半数以上のモミジが落葉してしまい、しかもきれいにお掃除してしまったのでしょう、散り紅葉もあまり見あたらずその風情も楽しめませんでした。どうやら見頃は先週ぐらいだったようです。
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 それでも風雪に耐えながら私が来るのを待っていてくれた健気なモミジたちが、顔をほころばせながら出迎えてくれました。ういやつじゃ。緑の絨毯の如き苔もさることながら、斜面をうまく使った変化に富む景観といろいろな脇役がフォトジェニックです。大小の石を配置したプチ渓谷とそこにかかる橋、茶室、その脇にある光悦垣(臥牛垣)などが興趣をそそります。ま、本家本元の伸びやかさにはいまひとつ及びませんが。
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 土日祝と11月にのみ公開される、巨岩の石組みと渓流がある庭園・石楽園を散策し、美術館は…以前訪れたのでスキップ。
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 それにしても、さすがは箱根随一の紅葉の名所、たいへんな人出です。オ-デンに「私の鼻先30インチに/私の人格の前哨線がある/その間の未耕の空間は/それは私の内庭であり、直轄領である。/枕を共にする人と交わす/親しい眼差しで迎えない限り/異邦人よ/無断でそこを横切れば/銃はなくとも唾を吐きかけることはできるのだ」という詩がありますが、私の人格の前哨線、約76cmを侵犯されることもしばしばありました。「ええなあ」と夕照に輝くモミジをぼんやり眺めていると、その前に突然割り込んで写真をばしゃばしゃ撮りまくるのですから、ちょっとまいりましたね。まさか唾を吐きかけるわけにはいかないので、我慢しましたが。

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-12 06:03 | 関東 | Comments(0)

箱根錦秋編(1):大雄山最乗寺(09.11)

 霜月もなかばを過ぎると、もう居ても立ってもいられません。そう紅葉狩り酣の季節です。例年この時期は東奔西走・神出鬼没・雨天決行・平身低頭(筆者注:山ノ神の許可を得るため)、「私を真っ赤にしてえ」と言わんばかりに駆けずり回っています。今年はすでに南東北錦秋めぐりを敢行しましたが、第二弾は日帰りで箱根に行ってきました。故あって出発時刻が遅れたので、ちょいときつい旅程となりましたが、後は野となれ山となれ、「倒れ伏すとも萩の原」という所存です。紅葉フリークのために日付を言いますと、2009年の11月21日、持参した本は「二大政党制批判論 もうひとつのデモクラシーへ」(吉田徹 光文社新書424)です。
 まずめざすは大雄山最乗寺。小田急ロマンスカーに乗って小田原で下車、そして伊豆箱根鉄道大雄山線に乗り換えです。事前に確認しておいたのですが、一時間に五本ペースで列車が走っているので乗り継ぎに気を使わなくてもよいのには大助かり。さっそく列車に乗り込み車窓から外を眺めると、ずっと住宅地が連なっており、利用客の多さがうかがい知れます。そして二十分ほどで終点の大雄山駅に到着。案内に従って右手に行くと、そこがバスの停留所でした。一時間に二~三本しかないので、こちらは調べておいた方がいいかもしれません。幸い、出発寸前のバスに乗り込むことができました。市街地を抜けるとやがて緩やかな坂道となり、そして鬱蒼とした木立があらわれ、その間をバスはぐんぐんと進んでいきます。十分ほどで大雄山最乗寺(道了尊)に到着です。こちらのお寺さんは曹洞宗の僧・了庵慧明が1394(応永元)年に開いたもので、彼の弟子であった道了がその怪力により助力し、師の没後からは寺門守護と衆生救済を誓って天狗となったと伝えられます。その後、最乗寺の守護神として祀られることとなり、庶民の間でも信仰を集め講が結成され、また、江戸の両国などで出開帳が行われるほどであったそうです。帰りのバスの時刻を確認し、いざ出発。なおバス停留所の付近には、食堂・土産屋・トイレがありました。
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 観光客の姿も散見されますが、それほどの数ではありません。これならゆるりと紅葉狩りを楽しめそうです。石段をのぼりはじめると、もう深山幽谷の趣です。それにしても雄渾な杉木立の見事なこと! もうこれだけでも来た甲斐があったというものです。寺伝によると、開祖の了庵が植林を勧め、以来山林愛護と伐採禁令が脈々と行われてきたとのこと。その見識と努力には頭が下がります。
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 数分ほどのぼると三門に到着、このあたりからそろそろ色づいた木々が目につきはじめました。
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 そしてさらに石灯籠が並ぶ緩やかな石段をのぼっていくと、昼なお暗い杉木立の中、石段の奥が怪しく暖色に輝いています。たどりついてみると、真っ赤に紅葉したもみじの古木がありました。これはお見事。ここを右に曲がると本堂へと続く石段がありますが、このあたりが一番の見どころでした。
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 そして山や谷の地形に合わせて金剛水堂、開山堂、多宝塔、不動堂といった諸堂が点在しています。山一面の紅葉というわけではありませんが、緑と調和してなかなか見応えがありました。何よりも、寂寞とした雰囲気と清澄な空気がいいですね。御真殿脇には、奉納されたたくさんの巨大な高下駄がありましたが、天狗=山伏=修験道ということでしょう。なぜ天狗が高下駄を履くのか、興味がありますね。紅葉を愛でながらひとしきり散策、俗塵をきれいに洗い流して再びバスに乗り込み、大雄山駅に到着。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-11 06:27 | 関東 | Comments(0)