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イタリア編(67):ポマガニョン南斜面(12.8)

 ご夫婦に別れを告げ、麓へとおりるロープウェイに乗り込みました。それにしても先程別れた日本人ご夫婦のことが気になりますが、御無事だったでしょうか。するすると麓へとおりていくロープウェイ、さっきの暗雲や雷雨が夢幻であったかのように青天が広がってきました。よろしい、このままポマガニョン(Pomagagnon)の南斜面をハイキングすることにしましょう。
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 麓の駅から十分ほど歩くともう丘陵となります。緑なす草原、そこに点在する家々、青い空と白い雲、峨々たる山々、もう一幅の絵ですね。額に入れて持ち帰りたいほどですが、そういうわけにもいかないので、何枚も写真におさめました。さきほどの雷雨でできた水溜りに岩山や青空が映える光景も一興です。スキー・リフトが動いていればそれに乗って上の方へ行こうという色気もあったのですが、残念ながら稼働していませんでした。
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 ところどころで道端に建てられた十字架を見かけますが、何か由来があるのでしょうか。
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 のんびりと歩いていると、Chiaveという小さな集落に出ました。伸びをしているを撮影していると、二階のベランダで寛いでいた老夫婦からBuongiornoと声をかけられました。Buongiorno! 家の脇に薪を積んであるお宅もありましたが、暖炉で燃やすためでしょうか、昔ながらの暮らしを守っているのかな。
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 ところが帰国後に読んだ『里山資本主義』(藻谷浩介 NHK広島取材班 角川oneテーマ21)というたいへん面白く興味深い本に、気になる一節がありました。オーストリア北部の村・ラムザウを取材班が訪ねた時のことです。
 どの家にも薪が積み上がり、料理も、暖房も、薪を使って火をおこす。…
 昔も今も変わらぬ暮らしが続いているのだと感心していると、意外な話が飛び出した。
「こうした暮らしを再発見したのはほんの数年前ですよ。オーストリアでも10年前までは、ガスや石油が主力のエネルギーでした」 (p.66)
 詳細についてはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、地域経済の自立と安全保障のため、オーストリアでは今、輸入化石燃料への依存を減らし、再生可能な森林資源を有効活用しようとしているのですね。ペレット・ボイラーやCLT(クロス・ラミネイティッド・ティンバー)の普及など、精力的な取り組みがなされているそうです。もしかすると、イタリアでも同様の動きが始まっているのかもしれません。だとしたら、「ちまちま節約するな。どんどんエネルギーや資源を使え。それを遥かに上回る収益をあげればいいのだ。規模を大きくするほど、利益は増えていく。それが『豊か』ということなのだ」(p.4)という"やくざな経済"に固執しているわが国と比べて、羨ましいかぎりです。
 コルティナの方角へ歩いていくと、途中に水飲み場がありました。ペット・ボトルに補充して、一口飲みましたがこれが冷たくて美味しいこと。美しい景観を愛でながら整備された遊歩道を歩いていると、犬を連れて散歩をする人、ジョギングをする人、自転車に乗る人、みなさん思い思いに夕方のひと時を楽しんでおられます。
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 三輪自動車でフェイス・ハンティングをし、犬の糞専用のゴミ箱を撮影。
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 そうこうしているうちにコルティナの町に着きました。コルソ・イタリアをぶらつき、チャーザ・デ・イ・プーペ(Ciasa de i Pupe)の壁面に描かれた、ゲディーナ三兄弟のフレスコ画を見学。そういえばここ三日ほどジェラートを食べていませんね。どうやら依存症から社会復帰することができたようです。よしそれではお祝いにジェラートをいただきましょう。交差点にあるカフェに入ってジェラートをたいらげ、それほどお腹もへっていないのでサンドウィッチを買って部屋に持ち帰ることにしました。
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 ロビーに貼ってある天気情報を確認すると、明日は好天のようです。それではチンクエ・トッリ(Cinque Torri)に行くことにしましょう。部屋に戻ってシャワーを浴び、ビールを飲みながらサンドウィッチを食べ、明日の行程をチェック。それにしても今日の行程はわれながら快心の出来映え、あの凄絶な雷雨を、昼食を食べながら回避できました。最悪の場合、「ドロミテ山中にて、日本人観光客夫婦、雷の直撃により重傷」という新聞記事になりかねませんでしたからね。誰も誉めてくれないので自画自賛していると、山ノ神曰く「偉い偉い」。"偉い"は一回でいいんです。窓から通りを見おろすと、長い長い渋滞の列ができています。これから宿へと帰るのでしょう。ベッドに寝転んで『神曲』を読んでいると、いつの間にか眠りへと落ちていきました。
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 本日の八枚です。
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by sabasaba13 | 2014-02-06 06:25 | 海外 | Comments(0)

イタリア編(66):トファーナ山(12.8)

 そして二本目、三本目のロープウェイを乗り継いで一気に山頂へとのぼりました。標高3,191mの山頂駅のとなりにある展望台に行きましたが、たちこめるガスのため視界はほとんどききません。そして物凄い強風、ときどき風に流されたガスや雲の隙間からコルティナの町や山々を眺められますが、すぐに真っ白の世界になってしまいます。
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 ここから階段をすこしのぼれば山頂に辿り着けるのですが、あまりの悪条件のため断念。次の便に乗って下山することにしました。
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 中間駅のRa Valles で降りて付近を散策しましたが、雲やガスはますます分厚くなり、小雨も降り始めました。天候が崩れるのは思ったより早いかもしれません。近くにある山小屋・レストランも閉まっていました。
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 再びロープウェイに乗り込むと、日本人の夫婦連れが中におられました。挨拶を交わしお話をうかがうと、レンタカーを借りてイタリアとオーストリアを旅しておられるそうです。コル・ドルシエで降りてハイキング・コースを歩いてコルティナに戻り、明日はヒトラーの別荘があるベルヒテス・ガーデンに行かれるとのこと。いいなあ、私もぜひ訪れてみたいところです。でもこれから歩いて大丈夫かなあ、雷雨に関する情報を教え、またガイド・マップを持っていないということなので(それは無謀)、「Cortina HIKING MAP」を一つ進呈。ご無事を祈って別れ、われわれはレストランで昼食をとることにしました。雨もあがり視界も開けてきたので、雷雨は避けられるかもしれません。ペンネ(penne)のボロネーゼ(bolognese)とソーセージ、珈琲を注文し、さあいただこうとすると…
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 大きな雨粒が窓ガラスを叩きはじめ、やがて車軸のような豪雨となり、そして大地を揺るがすような凄まじい雷が鳴り始めました。これほど恐ろしい雷ははじめての経験です。まさしく神鳴り、聖バルナバに祈るしかないですね。テラスにいた方々が慌てて屋内に退避してきたためテーブルは満席となり、坐れずに立ちつくす人もいます。われわれのテーブルにもドイツ人夫婦が相席することとなりました。山ノ神と英語で会話をしていると、ぐっわしゃーん! 近くに雷が落ち、ふっ、室内の灯りが消えました。停電だ…
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 店内は静まり動揺が走ります。店の方が、落雷のためロープウェイが止まったという情報を伝えてくれました。万事休す、ここで待つしかありません。できるだけゆっくりと食事をとりつつ、ドイツ人ご夫婦としばらく会話を楽しみました。iで教えてもらったチンクエ・トッリのことを山ノ神が話すと、興味を引かれた様子です。そうこうしているうちに心なしか外が明るくなってきたようです。煙草を吸うために外へでると雨はあがり雷もおさまり、ロープウェイも動き始めました。やれやれ助かった。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-02-05 06:21 | 海外 | Comments(0)

イタリア編(65):トファーナ山(12.8)

 朝目覚めてカーテンを開けると、薄曇りながらも青天が広がっています。でも油断は禁物、予定どおりロープウェイでトファーナ山に登ることにしましょう。朝食まですこし時間があるので、低血圧の山ノ神を部屋に残し、ホテル付近を散歩してきました。朝の清冽な空気を吸いながら、あたりを睥睨する巨人のような山々を眺め、静謐な町を歩いていると、もうこれだけで旅に来た甲斐があったというもの。すれちがう人とBuongiornoと挨拶を交わしながらの、小半時の愉しい散歩でした。
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 部屋に戻ると、山ノ神もシャワーを浴び終えたところでした。それでは朝食をいただきに、一階にあるレストランへとまいりましょう。ロビーに貼ってある天気情報を見ると、午前中は晴れ時々曇り、午後には雷雨となっています。朝食は生ハムとチーズ、そしてパンだけのシンプルなものですが、とても美味。地元の食材を使っているからなのでしょうか。珈琲をいただきながら本日の行程について、地図を見せながら山ノ神に説明しました。ロープウェイを三本乗り継いでトファーナ山頂へ、もし雷に襲われたらロープウェイ駅かその近くにある山小屋に退避、後は天候次第、もし雨があがったら麓の駅からポマガニョン(Pomagagnon)の南斜面でハイキングをするつもりです、いかが。「よきにはかれえ」「御意」 ということで作戦会議は恙無く終了。
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 部屋に戻って一休みをし、午前九時ごろにいざ出発。山ノ神は喜色満面、この日のために購入したLOWA(ローバー)のトレッキング・シューズに足を入れ、意気揚々と靴紐を結びます。何でも"登山靴のベンツ"と称される有名なメーカーらしいですね。私も屋久島旅行のために購入したLA SPORTIVA(スポルティバ)を履いて準備万端。なお帰国後、このメーカーについて調べたところ、なんと故郷はここドロミテでした。1928年にドロミテ山塊の町バルディフィメで、ナルシソ・デラディオ氏によって創業されたのが、この登山靴ブランドの始まりだそうです。
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 ホテルから出てロープウェイ駅へと歩いていると、一人乗り三輪自動車がのてのてと行き交います。そののんびりとした走りっぷりが、町の雰囲気によく合っています。オリンピック・スケートリンクの前を通り過ぎると麓の駅に到着。歩いて十分ほどでした。
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 ここから"空飛ぶ矢(Freccia nel cielo)"と呼ばれる三本のロープウェイを乗り継いで、標高3,244mのトファーナ・ディ・メッツォ(Tofana di Mezzo)の山頂へとのぼります。まずは一本目のロープウェイに搭乗、コルティナの町や山々を見おろしながら空中散歩を満喫。
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 到着したのは標高1,778mのコル・ドルシエ(Col Druscie)、ここには山小屋(rifugio)とレストラン、小さな天文台があります。二本目のロープウェイを待つ間、ちょいと周辺を散策しました。ここからコルティナまで徒歩やマウンテン・バイクでおりられるコースが整備されているようです。時刻は午前十時ですが、さきほどより雲が広がり、眼下の町並みも霞んでいます。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-02-04 06:34 | 海外 | Comments(0)

『(株)貧困大国アメリカ』

 『(株)貧困大国アメリカ』(堤未果 岩波新書1430)読了。『ルポ貧困大国アメリカ』『ルポ貧困大国アメリカ2』(岩波新書)と続くシリーズの完結編です。この二書は読みたいなと思いつつ結局いまだ手にしていないのですが、縁あって本書を先に読んでしまいました。アメリカの属国・日本の末来を考える上で、やはり本家本元のアメリカが今どうなっているのか知ることが必要でしょう。一読、腰が抜け肌に粟が生じました。ここまできているのか… 人々の食卓、街、政治、司法、メディア、人びとの暮らしが音もなくじわじわと巨大企業に蝕まれてゆく様子が手にとるようにわかりました。アメリカという国家が巨大な株式会社となり、国民を使い捨て貧困に追い込みながらひたすら利潤を追求していく。いくつかその実例を紹介しましょう。
 アメリカ政府が低所得者層や高齢者、障害者や失業者などに提供する食料支援プログラムを、SNAP(Supplemental Nutrition Assistance Program=補助的栄養支援プログラム)と言います。以前は「フードスタンプ」と呼ばれていたものですね。クレジットカードのような形のカードをSNAP提携店のレジで専用機械に通すと、その分が政府から支払われるしくみです。しかしこのシステムが助けているのは困窮している人びとではなく、SNAPの売り上げが入る食品業界と、SNAPによる偏った食事が生む病気が需要を押し上げる製薬業界、SNAPカード事業を請け負う金融業界の三者なのですね。(p.11)
 ブッシュ(子)政権が成立させた〈落ちこぼれゼロ法〉では、生徒たちの点数が上がらなければ国からの予算が出ないだけでなく、その責任が学校側と教師たちにかかります。貧困家庭の生徒を多く抱えるデトロイトの公立学校では平均点が上がらず、教師たちが次々に解雇され、学校は廃校になりました。公立学校がつぶれると、すぐにチャータースクール(Charter School=営利学校)が建てられます。銀行家や企業が経営するチャータースクールは、七年で元が取れることから、投資家にとって魅力的な商品なのですね。ただし公的なインフラではなくあくまでも教育ビジネスなので、高い授業料を払えるだけの経済力と一定以上の学力が要求され、デトロイトでは教育難民となった子どもたちが路上にあふれました。そして失業した教師たちは州を出るか、食べていかれずにSNAPを申請することになるわけです。(p.173)
 また刑務所も割りの良い産業となっています。刑務所を運営する企業、囚人を低賃金で働かせられる企業、コスト削減をしたい自治体議員の利害がぴったりと一致するわけですね。そのため、刑務所人口を増やすため、刑の重さに関係なく三回目で自動的に終身刑になる〈スリーストライク法〉や、刑期の85%を終えるまで仮釈放させない〈真の刑期法(Truth in Sentence Act)〉、学校側があらかじめ規律と懲戒規定を明示して、それに違反した生徒を例外なく処分する〈ゼロ・トレランス法〉などを成立させた州も増えています。(p.224)

 "巨大化して法の縛りが邪魔になった多国籍企業は、やがて効率化と拝金主義を公共に持ち込み、国民の税金である公的予算を民間企業に委譲する新しい形態へと進化した"というのが堤氏の分析です。(p.273) ロビイスト集団が、クライアントである食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油、メディア、金融などの業界代理として政府関係者に働きかけ、献金や天下りと引きかえに、企業寄りの法改正で、"障害"を取り除いてゆきます。そして国民の主権が不適切な形で政治と癒着した企業群によって、合法的に奪われていきます。いま世界で起きている事態は、単なる新自由主義や社会主義を超えた、ポスト資本主義の新しい枠組み、「コーポラティズム」(政治と企業の癒着主義)の進行です。
 そしてこうした政策が大きな反対もなく進められたのは、「ショック・ドクトリン」という手法によるものだと、堤氏は述べられています。ショックを与え、あるいはショックに乗じ、人びとを思考停止状態にさせる、あるいは分断させるというやり方です。以下、引用します。
 それはまさにきめ細かく計算された、若者向けのショック・ドクトリンだった。アメリカ経済破綻という恐怖をあおり、世代間格差を強調して若者の被害者意識を高齢者に向ける。ただでさえ生活が苦しい若者たちの怒りの矛先は、アメリカの過度な二極化を作りだしている「1%」とそれを後押しする株主至上主義政策からそれてゆく。若者の未来を食いつぶしている犯人は、貴重な税金でのうのうと保護されている高齢者とメディケア(低所得者用公的医療)に摺り変わった。(p.251~2)
 世界は1%(富裕者)と99%(その他大勢)に二極化していると考えた方がいいのかもしれません。そして敵は中国でも韓国でも北朝鮮でもなく、世界中に点在する1%なのだと。その1%が最も恐れているのは世界中の99%が団結することでしょう。だから1%および彼らと癒着する政府は、ナショナリズムやイデオロギー、宗教の違いなどを煽って99%を分断させようとするのでしょう。「その手は桑名の焼き蛤」と言えるよう、知性を磨くことが大切ですね。植木枝盛の至言を唱えながら。"疑の一字を胸間に存し、全く政府を信じることなきのみ"
 さて安倍伍長、あなたは1%と99%のどちらに与するのですか。ま、所信表明演説(2013.2.28)のなかで「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」とのたまわったのですから、お里は知れてますが。それなのに、支持率はいまだ50%のようで、いやはや冷汗が背を湿します。
by sabasaba13 | 2014-02-03 06:18 | | Comments(0)

『戦争はなぜ必要か』

 『戦争はなぜ必要か』(トーマス・バーネット 講談社インターナショナル)読了。なぜアメリカはやたらと戦争をするのでしょうか? 軍需産業のため? アメリカ企業の利益のため? ♪わかっちゃいるけどやめられない♪から? 後学のため政府高官の主張を聞いてみたいものだと思っていました。著者のトーマス・バーネット氏は、海軍大学校で教鞭を執りながら、国防総省戦力変革局補佐官として勤務された方ですので、アメリカ政府の考えをある程度率直に述べられていると思います。それでは氏の話に耳を傾けてみましょう。グローバリゼーションの時代におけるアメリカの国益とは何か。それは経済面での世界の結びつきを拡大することです。しかし、積極的にグローバル・エコノミーに加わろうとする地域(コア)がある一方、そこに加わらず、そこでつくられるルール・セットにも背を向けている地域(ギャップ)がある。そうした国をアメリカは"ならず者国家"と呼び、その行動を変えさせようとしたり、ルールを破る行動に関しては圧力をかけようとしたりします。それでは何故彼らはグローバル・エコノミーに加わろうとしないのか。氏はいくつかの理由を挙げておられます。まず、国民に権威への服従を続けさせるためには、外界と分断されていたほうが好都合だということ。支配エリートにとっては、世界から切り離されたままのほうが、価値の高い原材料の輸出で得た富を独占して貯め込みやすいということ。現代的な-あるいは"西側"の-ルール体系に加わったら、自分たちの伝統的社会が損なわれ、いずれ堕落させられてしまうと考えていること。
 そう、後者のような"悪者"を片づけ、グローバル・エコノミーに引き入れるために、アメリカは戦争をくりかえすのですね。言わば"グローバリゼーションのボディガード"。アメリカにそのようなことをする権利があるのか、あるいはそのルールを誰が決めるのか、という疑問に対しては、バーネット氏は明瞭にこう答えています。
 むちゃくちゃに聞こえるかもしれないが、アメリカはただ、国内での安全を確保するためのルールと同じ安全保障のルール・セットを、ギャップの世界にまで広げようとしているのである。アメリカがそんな決定をする権利はどこにあるのか、という疑問の声があがるかも知れない。最も簡単な答えは、もしアメリカがギャップのリバイアサンであるとするなら、「力は正義だからだ」ということになる。他のコアの大国が、その力をどう行使するかについてもっと大きな発言権を欲しいと言うのなら、同等の能力を得るために相応な防衛費を提供する必要がある。そうしないのなら、アメリカがギャップで一方的軍備行動を主張できる、ある種の権利を得る。(p.148)
 他の箇所では、もっとあけすけに"この仕事で"殴り合い"ができるのは、アメリカだけだ"と述べられています。(p.150) そして注目すべきは、アメリカ主導のグローバリゼーションを受け入れない人びとに対するあからさまな軽侮と、己がしていることに対する絶対的な自信です。
 人は人生にチャンスを見出せなければ、残されたものをめぐって争うしかない。それは土地や文化的アイデンティティであり、結局は歴史にしがみつくことになる。しかし世界との結びつきと、個人のチャンスに満ちた社会が実現すると思えば、伝統よりも移動を選ぶ人が増え、原始的な土地への執着はなくなるだろう。それが実現するまでずっとイスラエルは悪者であり、アラブの人々が欲しがっているのに手に入らないものすべての象徴であり続ける。なぜ手に入らないかと言えば、もしイスラエルと同じくらいの世界との結びつきや個人の自由を国民に与えたら、エリートが政治的な地位を維持することができなくなるとアラブの指導者たちが考えているからである。そこで王、ムッラー、そして生涯大統領でいたいと願う政治家は、すべてイスラエル、ひいてはアメリカに罪を押しつけるのだ。(p.196)

 今までの我が国には、常に隠された動機があった。たとえばソ連を締め出す、原油の流通を確保する、イスラエルを守る、などなど。だがイラクを世界に結びつけるというのは、そのどれよりもずっと大きな目標である。それは、歴史の遺物にしてしまっても構わない十億のイスラム教徒のために、生きる価値のある未来を築くということだ。
 これこそ、私が敬愛するアメリカ政府。これこそ、わが故郷と胸を張れるアメリカ、これこそ、いつか自分が暮らしたいと願ってきた世界。(p.262~3)
 なお、ギャップをグローバル・エコノミーに引き入れるにあたっては、民間企業がリードするべきだという主張(p.162)に本音が見え隠れします。世界は、グローバル企業の草刈場であるべきで、刃向かう者はアメリカ軍が叩き潰す、ということでしょう。

 というわけで、アメリカの朝貢国・日本に生きる者として、宗主国の考えを知ることができた、たいへん有益な本でした。余談ですが、その日本についてふれた部分があるので紹介します。
 それはまだ想像できる範囲内だが、日本については、労働可能人口の数を安定させるために必要なだけの移民受け入れを押し進めれば、2050年には人口の三分の一が外国生まれとなる。端的に言って、それはもう日本ではなく、まったく新しい国である。私は個人的に、日本はそうすることで今よりもよい日本になると思っている。この島国社会は世界に与えるべきものを多く持ち、世界をもっと受け入れれば、1945年に地獄を見て以来願ってやまなかった"普通の"国になれるはずだ。それは歴史の大きなうねりでもある。(p.188~9)
 地獄をもたらしたのは誰だ、と半畳を入れたくなりますね。
by sabasaba13 | 2014-02-02 08:04 | | Comments(0)

言葉の花綵98

 軍人というものは、人殺しが専門なのです。人を殺すのは、異常な心理状態でなければできないことです。一種の気ちがいです。(甘粕正彦)

 樹をみろ。いかに大きな幹であっても、枝葉がそれを支えている。その枝葉を忘れて幹を論じてはいけない。その枝葉のなかに大切なものがある。学問や研究はあくまで民衆や庶民の生活を土台に築き上げるものだ。(宮本常一)

 学校の勉強の方は中位にして金がゆるせば映画も劇もみるのがいいし、美術や文学にしたしむのもいい。ゆたかな情操と、こせつかない人になることが何より大切だ。君を田舎で育てたのも、健康でのんびり成長させたかったからだ。
 そしてオヤジのエラさなどの幻影におびえないことだ。ボクは人々からヤンヤといわれるよりは三人の子がすなおに育って、それを一人前にする力があって、おばあちゃんが幸福な晩年をすごして、おかアちゃんといつまでも恋人同士のように愛しあって、君たちのまえでも平気でキスしたり抱きあったりしてもおかしくないようなあたたかい自然さの中にありたいと思っている。
 故に息子よ、安心して而して努力せよ、前進せよ。(宮本常一)

 記憶に残ったものだけが記録にとどめられる。(宮本常一)

 みんなで力をあわせて、多少はマシな日本をつくろうじゃありませんか。(宮本常一)

 はァ、おもしろいこともかなしいこともえっとありましたわい。しかし能も何にもない人間じゃけに、おもしろいということも漁のおもしろみぐらいのもの、かなしみというても、家内に不幸のあったとき位で、まァばァさんと五十年も一緒にくらせたのは何よりのしあわせでございした。
 だいぶはなしましたのう。一ぷくしましょうかい。(梶田富五郎)

 やっぱり世の中で一ばんえらいのが人間のようでごいす。(梶田富五郎)

 父でなければ尊敬できる人でした。(宮本恵子)

 銀行屋というものは、小学校の先生みたいなものです。いい仕事をしてだんだん成長した姿をみて、うれしく思うというのが、本当の銀行屋だと思いますね。えらくなるのは生徒です。先生じゃない。(渋沢敬三)

 おんがくとおしゃれとしゃしんはぶんかです。(高木東六)

 "真実"は見つけ出そうとするな。作り出せ。(『宇宙兄弟』)

 ええ経験でしたやろ。…グッと話しの幅が広うなりましたな。(『日本三文オペラ』 開高建)

 新聞に書いてあることでギリギリ信用できるのは将棋の図面と日附だけやちゅうゾ。(『日本三文オペラ』 開高建)
by sabasaba13 | 2014-02-01 08:36 | 言葉の花綵 | Comments(0)