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香嵐渓編(4):寂光院(12.11)

 それではバスへと戻りましょう。途中で、犬山城と鵜飼いを描いたマンホールの蓋を撮影。集合時間の五分前にバスに到着、これから向かうは「尾張のもみじでら」寂光院です。何でも千本ものモミジがあり、しかも巨木が多いとのこと。これは楽しみです。木曽川に沿って走っていると、三連アーチの勇壮な鉄橋が見えてきました。どうやら名鉄の鉄道橋のようですが、とりあえず写真におさめておきました。今調べてみたところ、1925(大正14)年に架けられたトラス橋で、鉄道道路併用橋、つまり列車と自動車と人が一つの橋を利用するというたいへん珍しい橋だったそうです。惜しむらくは、交通量の増加等の理由によって隣に自動車用の橋梁がかけられ、2000年に分離されました。うーむ、まだまだディープな世界はあるのですね、長生きしなくては。なお、車の波をかきわけ特急「パノラマスーパー」がしずしずおずおずと橋を渡る、シュールな映像を、You Tubeで見ることができます。
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 そして犬山城から三十分ほど走ると寂光院に到着。近くに駐車場がないので、道路端でバスからおろされました。一時間後にここに戻るまで、自由行動となりました。さすがは「もみじでら」、参道は善男善女で埋めつくされています。数分歩いて山麓広場に着くと、行列ができています。小さなケーブルカー「スロープカー」に乗るための行列のようですね。
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 ここから本堂までは320段の石段参道で、途中に七福神が祀られているので七福坂と言うそうです。パワー・スポットには全く興味がないので写真にはおさめませんでしたが。なお外連味にあふれた同寺のHPによると、それぞれの神に祈ると次の七つの徳が身につくそうです。繁栄(恵比寿)、裕福(大黒)、威光(毘沙門天)、愛嬌(弁財天)、円満(布袋)、人望(福禄寿)、長寿(寿老人)… このあけすけな欲望、いいですね。でも本当に七つの徳が身について、繁栄して裕福で、威光と愛嬌と人望があって、円満で長寿な人になったら、周囲の人は後ずさりしそうですね。なお石段の登り口には、「千手観音がお待ちの本堂まで、ゆっくり登ると5分!あわてて登ると15分!」という看板がたてかけてありました。ん? 逆ではないのか。「あわてるとろくなことはない」という千手観音のありがたい教えかもしれません。もう一つの看板には「閉山は五時です 五時迄にお戻り下さい 小中学生は早めに帰るように 家の人が夕食を待ってますよ」と書いてありました。なかなかお茶目なお寺さんです。
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 それでは紅葉を愛でながらゆっくりとのぼっていきましょう。320段を踏みしめながら、赤く色づいたモミジのトンネルを抜けると本堂のあたりに辿り着きました。おおっ、びゅーてぃほー。見事に紅葉したモミジの古木が、艶を競っています。これは素晴らしいですね、写真を撮りまくりました。
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 本堂には長い行列ができていましたが、お参りすると何かご利益があるのでしょうか。同寺HPの「ご利益マップ」によると、本尊の千手観音のご利益は、厄除、一心祈願、子年守護だそうです。あっ、わたしゃネズミ年だった、ま、どうでもいいですけれど。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-19 06:37 | 中部 | Comments(0)

香嵐渓編(3):如庵(12.11)

 気をつけて階段をおりて駐車場の近くに戻り、観光案内所で地図をいただきました。犬山の城下町も風情のある街並みだそうですが、時間がないので今回も省略。地図を頼りに十分ほど歩くと、名鉄犬山ホテルに到着。こちらの敷地内にあるのが日本庭園「有楽苑」です。入園料千円にはちょっと腰が引けましたが、背に腹は代えられません。美しい紅葉と名茶室の取り合わせを期待して大枚をはたき、中に入りました。こちらもあまりモミジは多くなく、ちょっと期待外れ。そして千利休の「待庵」、小堀遠州の「密庵(みったん)」と並ぶ国宝茶席三名席の「如庵」と再会です。ウィキペディアによると、1618(元和4)年に、織田信長の弟・織田有楽斎によって、京都・建仁寺の塔頭・正伝院が再興された際に建造された茶室です。明治になると、三井家の所有となり、東京の三井本邸に移築されました。この際、解体せず原型のまま車両に積んで東海道を東京まで運搬したそうです。三井の重役で、著名な茶人でもある益田孝(鈍翁)がよく用いたそうな。その後、名古屋鉄道によって移築され今に至ります。なお如庵(じょあん)という名称は、庵主有楽斎のクリスチャンネーム「Joan」から付けられたという説もあるそうです。
 まずは、何とも言えず端正で品格のある正面の姿を撮影。篠竹を打ち詰めた「有楽窓」もしぶいですね。残念ながら内部には入れないので、窓から垣間見ることしかできません。それでも斜行する壁、その足元に敷かれた三角形の板畳「鱗板」、古暦を腰に貼った「暦張り」など、名茶席の一端を味わうことができました。できれば露地も再現してほしいのですが、それは無理なのかな。なお月に一度、内部特別見学会が催されるということなので、再訪を期したいと思います。また東京日本橋にある三井記念美術館では、如庵の室内を精巧に復元した展示室があるそうなので、こちらも一度訪れてみたいと思います。
 私自身は茶道の心得もなく、茶会に行ったこともないのですが、茶室と露地には心惹かれます。なぜなのでしょうね。心落ち着く上質な空間にひたりたいとしか言えませんが、これからも素敵な茶室を訪れていきたいと思います。利休の待庵は拝見したことがあるので、次は大徳寺龍光院の「密庵」だな…と思いきや、残念、調べてみたら非公開でした。なお最近読んだ『小堀遠州 シリーズ京の庭の巨匠たち』(京都通信社)によると、京都三名席もあり、曼殊院の「八窓軒」は特別公開要予約、大徳寺孤篷庵の「忘筌(ぼうせん)」は特別公開、金地院の「八窓席」は要予約ということなので、見る機会はありそうです。人生もそう捨てたものではありません。
 まだ少々時間があるので有楽苑を散策、池の水面が紅葉を鏡のように映す一画がありました。

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-18 06:29 | 中部 | Comments(0)

香嵐渓編(2):犬山城(12.11)

 バスからおりると下山順一郎氏の銅像がお出迎え。何でも、日本の薬学博士第一号となられた方だそうです。なだらかな石段をのぼって犬山城に歩いて向かいますが、そろそろ見頃のきれいな紅葉が散見されました。
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 そして添乗員さんから入城券を受け取り城門から入ると、自由見学となりました。木曽川沿いの高さ約88メートルの丘に築かれた平山城で、前身となる砦を織田信長の叔父である信康が改修して築いたものを石川貞清が改修し現在のような形となったそうです。江戸時代には尾張藩の付家老が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏九代が明治まで城主として居城としました。2004年まで、城主であった成瀬家が個人所有する文化財でしたが、現在は財団法人に譲渡されているとのこと。ちなみに私にとっては再訪の城、以前に如庵・明治村と合わせて一日旅行をしたことがあります。まずは、それほど多くはないのですが、色づいたモミジを撮影。
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 それではお城の中へ入りましょう。石垣や太い梁を拝見して、急な階段を四階までのぼっていきます。具足や合戦図屏風などの展示もありますが、自由時間は一時間。こちらは早めに切り上げて、近くにある如庵を訪れたいので軽く流しましょう。
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 最上階にある外の廻縁に出ると、木曽川や犬山の街並みを一望でき、殿様気分を堪能することができました。
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 ちなみに現存する天守閣は十二、弘前城(青森県弘前市)、松本城(長野県松本市)、丸岡城(福井県坂井市)、犬山城(愛知県犬山市)、彦根城(滋賀県彦根市)、姫路城(兵庫県姫路市)、 松江城(島根県松江市)、備中松山城(岡山県高梁市)、丸亀城(香川県丸亀市)、松山城(愛媛県松山市)、宇和島城(愛媛県宇和島市)、高知城(高知県高知市)ですね。なんだかんだいって、いまだ訪れていないのは丸岡城だけとなりました。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-17 06:32 | 中部 | Comments(0)

香嵐渓編(1):犬山城へ(12.11)

 愛知県に香嵐渓という紅葉の名所があるそうな。以前から気にはしていたのですが、アクセスが不便で二の足を踏んでいました。ならばパックツァーでもいいかなと、東大寺のお水取り飯田線秘境駅の旅で利用したJR東海ツァーズが主宰する「50+(フィフティ・プラス)」という廉価な団体旅行のサイトを調べてみると、やはりありました。香嵐渓・犬山城・寂光院をまわる日帰り格安ツァー、さっそく申し込みを完了。というわけで、2012年の11月末日に香嵐渓を訪れた時の旅行記です。持参した本は『終わりなき旅 「中国残留孤児」の歴史と現在』(井出孫六 岩波現代文庫)。

 当日、東京駅に着いたのが午前五時半ころ、「極 黒豚めし」という駅弁を買い新幹線に飛び乗りました。やれやれ間に合った、発車時刻がかなり早朝なのがこのツァーの難点です。行程がタイトなので致し方ないとは思いますが。黒豚めしをぱくついていると、添乗員の方が挨拶に来てくれました。本日の参加者は二十数名、名古屋駅で下車して後についてきてほしいとのお達し。わかってまわかってま。添乗員の指示に従い、勝手なことをせず、時間を守る、団体旅行の三原則はしかと心得ております。なお本日はお日柄もよく、静岡に入ると、澄んだ青空のもと壮麗なる富岳の姿を拝見することができました。名古屋駅に着いたのが午前八時すこし前、ホームに下り、添乗員さんに引きつられて駅前へ出ると、われわれが乗るバスがやってきました。指定された席に座り外を眺めていると、旗を持った添乗員に引率された観光客がひっきりなしに行き交います。ここは団体旅行の基点なのですね。
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 そして出発、高速道路をすこし走ると「小牧北」という表示が目に入りました。そうか、織田信長亡き後、台頭した羽柴秀吉に反発した織田信雄が徳川家康とともに戦った小牧・長久手の戦いはこのあたりを舞台としているのですね。小山の頂に天守閣が見えましたが、復元された小牧山城でしょうか。今、調べてみると、1967(昭和42)年、実業家の平松茂氏が私財を投じて建設し小牧市に寄贈した天守閣風建物で、小牧市歴史館として公開されているそうです。
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 そして名古屋から三十分ほどで犬山城の天守閣が見えてきました。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-16 06:31 | 中部 | Comments(0)

伊那市の気概

 昨日掲載した、高遠の桜について少々補足します。もし満開の時に訪れることができ、時間の余裕がありましたら、三峰(みぶ)川の向かいの山中にある白山観音から城址公園を眺めるのをお薦めします。観光ポスターでよく見かける、ほわほわとしたピンク色の桜が公園を埋めつくし、高遠閣の赤い屋根がその合間に顔をのぞかせる幻想のような光景を見られるはずです(たぶん)。またその近くにある、勝間薬師堂にある枝垂れ桜の古木も、それはそれは見事な花を咲かせるそうです。タクシーを利用すれば、アクセスも容易になりそうです。なお城址公園周辺でタクシーをつかまえることはかなり困難です。係員の方に訊いたところ、十五分ほど歩いて市街地まで行きつかまえるしかないとのことでした。

 もう一つのトピック。「高遠城址公園案内図」の裏面に、下記のような一文がありました。
高遠が育てた仁政の名君「保科正之公」生誕400年
 正之公は、慶長16年(1611)5月7日、徳川二代将軍秀忠を父、お静(志津)の方を母として生れた。高遠での元和3年(1617)から寛永13年(1636)26歳までの19年間で正之公の賢明な素質と高遠藩上げての教育の力により民衆の臣としての人格が育まれた。会津へ転封後、41歳で四代将軍家綱の後見役となり『玉川上水の開削』『社倉の創設』『末期養子の禁の緩和』『殉死の禁止』『大名証人制度の廃止』など数多くの美事、善政を実践した。
 抱腹絶倒・破顔一笑なのが、これに続く文章です。
 今の日本は、正之公の体現していた無私の精神、慈愛の心を失ってきており、利益・利潤すべてに優先されるようなこの時代に、自らを抑え他人を思いやる正之公のような指導者が今、求められているのではないでしょうか。
 現在、伊那市・関係市町村が、名君保科正之公の「NHK大河ドラマ」化実現に、署名及びNHKへの制作要請を行っております。
 山ノ神と顔を見合わせて大笑いしてしまいました。これは安倍晋三伍長に対する皮肉じゃないですか。無私の精神と慈愛の心の欠如、利益・利潤をすべてに優先。国民の生命や暮らしを屁とも思わず、それをふみにじってアメリカ合衆国と大企業の利益に奉仕する走狗・安倍伍長。つい最近も、内閣として閣議決定した新たなエネルギー基本計画において、安全性が確認できた原発から再稼働することを明記し原発回帰の姿勢を鮮明にしました。 (2014.4.12朝日新聞) また、安倍政権が今国会での成立をめざす労働者派遣法「改正」案において、これまで臨時的・一時的な業務に限定され最大3年以内とされてきた派遣労働を、「いつでも」「どこでも」「いつまでも」使えるようにしようとしています。(赤旗日曜版2014.4.13) いずれも、国民を無慈悲にも犠牲にして大企業の利益を優先しようという措置。伊那市、やるじゃないですか。こんな輩はまともな指導者ではないと、三下り半を叩きつけたのですね。しかも真っ当な指導者を主人公にしたドラマをつくれと、NHKに要請したところも爽快です。そう、安倍伍長のコバンザメ、籾井勝人氏が会長を務めるNHKにです。これは痛烈な嫌味ですね。
指導者の名に値しない人物への皮肉・嫌味・批判。蟷螂の斧かもしれません。でも傍観・無関心・無知よりははるかに有意義な行為だと思います。みんなでふりあげれば蟻の一穴にもなりうるでしょう。

 追記。ふと思いついたのですが、この徳川家綱+保科正之政権と安倍伍長政権の政策がまったく逆のベクトルになっているのが興味深いですね。前者は、戦争状態から平和への転換をめざしたもの。戦乱を引き起こす牢人を減少させるために、末期養子の禁を緩和し、主君と家臣の個人的紐帯を切断するために殉死を禁止。これは綱吉政権期にも、すべての生命を尊重させるための「生類憐みの令」の発布や、武士を教養ある公務員として再教育するための聖堂学問所の設置など、引き継がれます。一方、後者の政策は、特定秘密保護法案、集団的自衛権の容認、武器輸出三原則の緩和、そして排外的ナショナリズムの扇動など、平和から戦争状態への転換ですね。軍需企業への利益供与、アメリカの世界戦略への加担、格差社会の隠蔽、そして国民による政治批判の封じ込めといった意図が見え隠れします。
 江戸時代には“七度の餓死に遇うとも、一度の戦いに遇うな”という俚諺があったそうですね。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-15 06:30 | 鶏肋 | Comments(0)

高遠の桜

 珍しく最新情報です。昨日、念願であった高遠の桜を日帰りバスツァーで山ノ神と見てきました。残念ながら城址公園は三分咲き程度でしたが、南ゲート周辺の桜は満開でした。今週の中頃から週末にかけてが見頃と思います。それにしても城址を埋めつくす1500本のコヒガンサクラ、これがいっせいに咲き誇るところを想像すると、身も心もうちふるえます。いつか必ず、満開の時に来るぞと拳を握りしめる二人でした。

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-14 06:28 | 鶏肋 | Comments(0)

『夢は牛のお医者さん』

c0051620_6132644.jpg 映画については一家言をもつ義父が、『夢は牛のお医者さん』がとても面白いと教えてくれました。上映館は、われら破れ鍋綴蓋夫婦ご用達の「ポレポレ東中野」。ひさしぶりに南インドの味「カレーリーフ」(東京都中野区東中3-1-2 阿部ビル2F)の料理に舌鼓を打つのもわるくないな、と即決。東中野駅前で山ノ神と待ち合わせ、まずは映画館で入場券を購入して整理券をもらい、♪君も猫もみんなみんな好きだよカレーライスが♪と鼻唄を歌いながら、中央線線路のわきにあるお店に行くと…アンビリーバボー、月曜・火曜がお休みでした。まさかカレー屋さんが火曜日に開店しないなんてありえないという身勝手な予断でした。せんかたなし、中央線線路の土手に咲き誇る見事な桜並木と菜の花をしばし愛でながら、夕食をどうするか二人で鳩首会議。私の提案ですぐ近くにあるしぶい商店街で安くて美味しそうな料理店を物色することにしました。そして白羽の矢を当てたのが、紹介された雑誌記事のコピーが店頭に掲げられていた「十番」(東京都中野区東中野3-7-26)という中華料理屋です。さっそく中に入り、タンメン、ジャージャーメン、水餃子を注文。腰のある太麺、コクのあるスープ、水準以上の美味しさでした。これはリピーターになりそうな予感がします。
 そして「ポレポレ東中野」へ。閑古鳥が咆哮しているのかと思いきや、すでに三十数人ほどの方が待ち構えていました。館内の中央に陣取り、さあ上映開始です。舞台となるのは新潟県十日町市莇平(あざみひら)という集落、日本でも有数の豪雪地帯、そして過疎地でもあり主要な産業は酪農です。新入生がいなかった1987年、莇平小学校の校長さんは「子どもたちの友だちに」と三頭の子牛を入学させました。映画の主人公である高橋知美さんはこの時小学三年生、一所懸命に世話をしますが、病気がちの牛たちを心配します。先生たちは牛はあくまでも家畜であるという冷厳な事実を子どもたちに伝えるため、体重が400kgを超えたら屠殺場へ送ることを決めていました。その日、子どもたちは「卒業式」を行ない、牛たちと涙とともに別れます。知美さんは、これをきっかけに牛のお医者さん(獣医)になることを決意し、「高校三年間はテレビを見ない」と猛勉強、岩手大学農学部に合格、そして国家試験にも合格し、卒業後は獣医として酪農農家をまわり牛の治療にあたります。現在では二児の母、家事・育児と獣医の仕事を両立させながら、懸命にかつ愉しく働いておられます。

 この映画がつくられたきっかけを、監督の時田美昭氏はこう語っています。テレビ新潟がこの「牛の入学式・卒業式」の様子をドキュメンタリーとして制作し、「ズームイン!!朝」や「NNNドキュメント」などで放送され、大変な好評を博しました。時田氏は、知美さんを含む素朴でピュアな九人の児童のファンになり、取材を継続しようと決意します。しかし獣医になるという彼女の決意についてはたかが"子どもの夢"と思っていましたが、その後、親元を離れて遠い高校に下宿しながら通学して獣医を目指して猛勉強しているとを知りました。彼女の夢を本気で受け止めなかった自分を恥じ、そこから、彼女の夢に密着しよう、見届けようと思ったそうです。そして東日本大震災が起こり、新潟にも多くの方が避難してきました。そんな方々を元気づけるためにこのドキュメンタリーを見てもらおうと、映画として制作されたそうです。
 なんとも後味の良い映画でした。大好きな牛の病気を治したい、そして生れ故郷の人々に貢献したい、一途にその夢を追いかけたいへんな努力をもって実現させたひとりの女性の姿に感銘を覚えます。ある意味ではシンプルな映画なのですが、そこにさまざまな描写が加わり、奥深さと陰影を与えています。新潟の美しい自然と苛酷な豪雪、それらに命を育まれた動物や植物。酪農という職業の抱える宿命。牛たちの命は、飼育にかかるコストと販売価格を考量することによって決められてしまうのですね。コストをかけても安くしか売れなければ、その命を断つしかない。その判断を、知美さんは農家から求められることになります。愛するものの命を賭けた苦渋の決断ですね。さらに酪農農家の貧しさにも驚かされます。日々の過酷な仕事をこなして日本人の食生活を支える酪農農家、それがこれほどの貧しさを強いられているということは、政治・経済の仕組みに問題があると考えざるをえません。これは過疎の問題ともつながってきますね。
 そして最後に。パンフレットを購入して読んだところ、「努力すれば夢が叶う」というメッセージを受け取り感動したというコメントが多々ありました。ま、別にそれはそれでかまわないのですが、ちょっと気になることがあります。ということは、「夢が叶わなければ努力不足→自己責任」ということを意味してしまうのではないか。若者が夢を実現できるよう支えるシステムを、今の日本社会が無慈悲なまでに欠落させていることを見落してしまうのではないのか。一例を挙げれば、サラ金のように返済を求める有利子の奨学金制度。知美さんは、岩大に現役で合格しなければ夢を諦めて家業の酪農を手伝うとご両親に告げますが、手厚い奨学金制度があれば夢への間口ももっと広がるのではないでしょうか。朝日新聞の朝刊(2013.3.21)によると、教育格差をめぐって、「所得の多い家庭の子どものほうが、よりよい教育を受けられる傾向」を「やむをえない」と答えた人(52.8%)が、2008年調査の40.0%を大幅に上回り、「問題だ」と答えた人を逆転したそうです。教育格差を容認する保護者は、「当然だ」(6.3%)を合せると59.1%に達し、計3回の調査で初めて多数派となりました。ちょっと心胆が寒くなる動きですね。「所得の少ない家庭の子どもが、たいへんな努力で夢を実現した」というお話を手放しで称揚するだけでいいのでしょうか。

 清々しさとともに、いろいろと考えさせられる映画でした。お薦めです。
by sabasaba13 | 2014-04-13 06:13 | 映画 | Comments(0)

重森三玲の庭

東福寺龍吟庵龍門の庭(京都)
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東福寺龍吟庵無の庭(京都)
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東福寺龍吟庵不離の庭(京都)
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豊国神社秀石庭(大阪)
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石像寺四神相応の庭(兵庫)
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天籟庵(岡山)
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如月庵庭園(兵庫)
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岸和田城八陣の庭(大阪)
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友琳の庭(岡山)
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林昌寺法林の庭(大阪)
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東福寺方丈西庭(京都)
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東福寺方丈東庭(京都)
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東福寺方丈南庭(京都)
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東福寺方丈北庭(京都)
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大徳寺瑞峯院閑眠庭(京都)
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大徳寺瑞峯院独坐庭(京都)
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重森三玲庭園美術館(京都)
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重森三玲庭園美術館(京都)
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光明院波心庭(京都)
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光明院波心庭(京都)
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光明院波心庭(京都)
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松尾大社曲水の庭(京都)
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松尾大社上古の庭(京都)
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松尾大社蓬莱の庭(京都)
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by sabasaba13 | 2014-04-12 08:04 | 写真館 | Comments(0)

立山・黒部編(13):千畳敷カール(12.9)

 気を取り直して反対側にまわり、千畳敷カールを散策することにしましょう。カールとは前述のように、二万年前、氷河期の氷で削り取られたお椀型の地形。中央アルプスには日本を代表する「千畳敷カール」「濃ヶ池カール」等があり、ここ千畳敷カールは高山植物の宝庫、そして美しい紅葉のとして知られています。眼前には、お椀の片側が斜めに欠けたようなカールが広がっていますが… 凄い。おととい見た弥陀ヶ原や室堂の草紅葉も素晴らしかったのですが、それに輪をかけて美しい。えぐられたようなカールの斜面を埋めつくすナナカマドやダケカンバなどの低木がさまざまな色合いで紅葉し、岩肌や巨石の白、空の青とあいまって、まるで色の小宇宙。美しい風景を見ると思わず頬がゆるみ微笑みがわいてきます。二人で笑みをこぼしながら、写真を撮りまくりました。遊歩道もあり、四十分ほどで一周できるとのことですので、歩いてみましょう。まずはお椀の縁に沿って歩きながら、カールを見渡します。はぁ そしてお椀の底におりて下からカールを見上げます。はぁ この美しさを前にすると、もう溜め息しかでません。はあ 神さまが自然を創造したときに、この千畳敷カールをパレットにして色をつけたのでは。しかし台風の余波か、雲が湧きはじめ、青空も狭まってきました。そろそろ潮時かな、名残りは尽きねどロープウェイに乗って下山しました。今度は高山植物が咲き乱れる夏に来てみたいものです。
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 しらび平駅からバスに乗り、途中の駒ヶ根高原で下車。このあたりで昼食をいただきましょう。観光案内所で地図と資料をもらい、蕎麦の美味しいお店を訊ねたところ、「駒草屋」を紹介してくれました。数分歩いてお店に到着、さっそくざるそばと五平餅をたいらげました。近くにあった「明治亭」でソースかつメンチサンドを購入し、駒ヶ池の周囲を散策。
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 鏡のような湖面が、周囲の緑や山々をきれいに映しておりました。
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 再びバスに乗って駒ヶ根駅に戻り、飯田線に乗って岡谷へ。中央本線に乗り換えて上諏訪へ、そして特急「あずさ」に乗って帰郷の途につきました。ソースかつメンチサンドをぱくつきながら、さきほどもらった駒ヶ根の観光パンフレットを眺めていると、あっ、駒ヶ池の近くに「葉山嘉樹碑」があったんだ。そういえば、彼は転向したあと、長野県で暮らしていたんでしたっけ。今度は夏に来て、千畳敷カールのお花畑とこの碑を訪れたいと思います。
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 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-11 06:30 | 中部 | Comments(0)

立山・黒部編(12):千畳敷カール(12.9)

 朝目覚めてカーテンを開けると、どんよりとした曇天ですが雨はあがっています。窓から眺めると駒ケ岳はすっぽりと雲の中、でも風がおさまっているのと、かすかに青空が見えるのが救いです。ホテルで朝食をいただきチェックアウト。
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 駒ケ岳ロープウェイが発着するしらび平駅までバスで行かねばならないのですが、ホテルの近くにバス停はありません。駒ヶ根駅までタクシーに行き、始発のバスに乗り込みました。駒ヶ根高原にある菅の台バスセンターから先は、一般車は進入禁止。そしていよいよバスは羊腸の山道を駆けのぼっていきます。駅から四十分ほどで駒ケ岳ロープウェイしらび平駅に到着。風もなく、ロープウェイは平常運行しておりました。紅葉シーズンの真っ最中、てっきり大混雑かと思いきや、台風の影響によるものかそれほど観光客は多くありません。待ち時間もなくロープウェイに乗り込むと、するすると天空へと駆けのぼっていきます。
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 山肌を覆う木々は紅葉がすすんでおり、まるで錦をまとったよう。「山装う」「錦秋」といった言葉がふと頭に浮かんできます。ん? 雲が薄くなってきたぞ、これはもしかすると… 高低差が日本最高の950m、約7分30秒で千畳敷駅に到着すると、なんと青空がひろがっていました。人目もあるので心の中で「天下無双の晴れ男」と叫びました。上高地では晴れ、台風の暴風雨圏域はホテルでやりすごし、ここ千畳敷カールでも晴れ。山ノ神の魔力あるいは二人の愛の力による可能性もなきにしもあらずですが、やはり僭越にも己の強運故ということにしておきましょう。
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 なお、ここ駒ケ岳ロープウェイ千畳敷駅は日本で一番標高の高い駅で、2,612mの地点にあります。ちなみに第二位は立山トンネルトロリーバス室堂駅で2,450m、第三位は立山ロープウェイ大観峰駅で2,316m。ということはですよ、今回の旅行で標高の高い駅ベスト3をすべて踏破したわけだ。So whatと言われたら、C'est la vieとしか答えられませんが。ああ早くあの見事な紅葉を見たい、逸る心をおさえてとりあえず駅のトイレへ入ると、「急ぐとも心静かにまん中へ」という貼り紙が小便器の前に掲げてありました。わかってまわかってま、デューク東郷のように距離・風向と風速・温度・湿度を計算に入れて冷静にトリガーを引き、標的に的中させました。「"殺す"と思うから筋肉が緊張する、"処理する"と思えばいい」という、彼の台詞がありましたっけ。
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 山ノ神と合流し、千畳敷駅・ホテル千畳敷の外へ出ると、そこには息を呑むような絶景がひろがっています。錦を纏った駒ケ岳、雲海、その雲間に見え隠れする南アルプスの連山。もう言葉もなく口を開けて見呆けるのみ。ほー………

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-04-10 06:32 | 中部 | Comments(0)