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オーストリア編(13):ウィーン西駅へ(13.8)

 朝、目覚めてカーテンを開けると薄曇り。テレビで天気予報を見ると雨の心配はなさそうですが、お天道様は拝めそうにはありません。朝食会場に行き、山ノ神を真似て、マッシュルーム・ピーマン・トマトなどを全部入れたオムレツを注文しました。ああ美味しい。
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 部屋に戻って身支度をととのえていざ出発。オペラ座の前を通ってカールスプラッツ(Karlsplats)駅へ行くと、「Opera Toilet」というけったいな公衆便所がありました。国立オペラ座内部の写真が貼ってあり、その舞台のあたりがトイレなのですが、いったいどんな仕掛けがあるのでしょうか。一物に手を振れた瞬間に、ロドルフォのアリア「冷たい手を(Che gelida manina)」が流れるのかな。確かめてみようか、と振り向くと、山ノ神は一顧だにせずすたすたと歩み去っていました。「無駄な事にはびた一文使わないわよ」という強いオーラには抗えず、すごすごと撤収。おおっしょぼんぼりと目を落とすと、足下にわが敬愛するバルトーク・ベラの記念プレートを発見しました。禍転じて福となす、さっそく撮影。
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 そして地下鉄U4に乗ってLangenfeldgasse駅でU6に乗り換え、ウィーン西駅(Westbahnhof)で下車しました。こちらで乗り換えてクレムスへと向かいますが、発車時刻まですこし時間があるので、駅前にあるというカール・ルエガー(Karl Lueger)の記念碑を探しにいきましょう。駅の右手にすこし歩き、市電が行き交うあたりの緑地帯ですぐに見つかりました。たいへん興味深い人物ですので、『ヒトラーのウィーン』(中島義道 新潮社)を参考にして紹介いたします。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-09-15 07:38 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(12):ウィーン(13.8)

 ふたたびセメリンク鉄道に乗って、ウィーン・マイドリンク(Wien Meidling)駅に着いたのが午後四時。地下鉄U6に乗ってLangenfeldgasse駅で地下鉄U4に乗り換えてケッテンブリュッケンガッセ(Kettenbruckengasse)駅で下車しました。ん? まじまじ この駅舎もおそらくオットー・ヴァーグナーの設計ですね。駅に近くには、彼の設計による建築が二つ並んでいます。左側がマジョリカハウス、バラの花模様のマジョリカ焼きタイルを壁面に使った美しい集合住宅です。右側がメダリオンハウス、コロマン・モーザーのデザインによる金のメダルが印象的。
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 なお駅前では、土曜日にのみの市が開かれますが、本日は金曜日なのでやや閑散としております。ケッテンブリュッケンガッセを南の方へ五分ほど歩くとシューベルト最期の家がありました。食いしんぼの山ノ神は、お菓子屋さんのウィンドウを撮影。
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 ふたたび地下鉄U4に乗ってカールスプラッツ(Karlsplats)駅で下車、それでは夕食のヴィーナー・シュニッツェルを食べにいきましょう。めざすは名店の誉れ高きフィグルミュラー(Figlumller)です。まずはオペラ座の近くにあるiで、転ばぬ先の杖・石橋を叩いて渡る・後悔先に立たず、明日のヴァッハウ渓谷遊覧船の予約を入れ、ついでに明後日に訪れる予定のアム・シュタインホーフ教会への行き方を教えてもらいました。ホテルの前にある噴水を通ると、銅像が持つ櫂の柄が金色に光っていました。経験則でいけば、ご利益を求めてみんなが触ったためでしょう。しかし櫂の柄をなでるとどんなご利益があるのか??? ボート選手の仕業としか思えないのですが。ご教示を乞う。
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 シュテファン寺院にちょっと寄って、『観光コースでないウィーン』(松岡由季 高文研)で知った「05」というマークを確認しましょう。おっすぐわかりました、正面入口の右の外壁に「05」と刻まれており、風化しないようガラス板で保護されています。これは第二次世界大戦中、オーストリアの独立を意味する暗号だったそうです。0(ゼロ)はo(オー)を、5はアルファベット五つ目のEを表わします。オーストリアはドイツ語ではAsterreichですが、このA(オウムラウト)の文字を「OE」と書くこともできます。よって05=OEはオーストリアをさすのですね。この「05」の落書きは当時ウィーンのいたるところで見られ、ここにあるものはあるピアニストが彫ったものとされているそうです。(p.27~8)
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 そしてすぐ近くにあるフィグルミュラーへ…嗚呼甘かった、店頭には長蛇の列ができていました。しょうがない、安くて美味しくて野菜がいっぱいたべられる、ボンビーなわれわれにとってのソウル・フード、ケバブを食べることにしましょう。ケルントナー通りにある、もうすっかりご用達となったスタンドで購入、その場でむしゃぶりつきました。「毎晩ケバブでもいいね」と思わず呟いてしまいましたが、まさかそれが実現しようとは… それはさておきお腹も満たされたし、さあホテルへ帰ろうとすると、山ノ神があるお土産屋さんのウィンドウで立ち止まり、どや顔で振り返り、ピース・サインを出すではありませんか。なんだなんだ、なにがあったのだ。彼女曰く、「この店では1.9ユーロもする鉛筆を、さっきのブラームス博物館で0.7ユーロで買ったのよおおおお。どや」 まあ旅は道連れ世は情け、せっかくの歓喜に半畳を入れるのも大人げないので、「ああ君はなんて買い物上手なんだ」と絶賛。夫婦がうまくいく要諦は、引くべき時は引いて押すべき時は押さない、とあらためて肝に銘じた次第です。部屋に戻ってナイト・キャップを味わいながら、街の夜景を堪能。明日はドナウ川クルーズです。
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 本日の六枚です。
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by sabasaba13 | 2014-09-14 06:33 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(11):鉄道博物館(13.8)

 あーでもないこーでもないと道に迷いながらすったもんだの挙句、黒猫に励まされながら、やっとブラームス博物館に戻れました。この間、所要時間は二時間弱。平身低頭、鉄道博物館に寄ってよいという山ノ神の神託を得たので、線路の向こう側へと参りました。材木を山と積んだ貨物列車がありましたが、オーストリアでは森林資源を有効活用しているという話を思い出します。
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 そしてセメリンク鉄道の博物館(SUDBAHN MUSEUM)に着きました。入館料を払って中へ入ると、難工事の様子や、石橋のジオラマ、そして蒸気機関車などが展示してあります。
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 そしていったん外へ出てすこし歩くと、いよいよ恋い焦がれた転車台と扇型機関庫とご対面です。おおっ、蒸気機関車を方向転換させる転車台と、それを格納する扇型機関庫が、ほぼ完全な状態で保存されていました。
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 蒸気機関車は運転台が一方向にしかなく、終着駅などで必要になるのが転車台(ターンテーブル)で、この転車台を活用し、効率よく機関車を収納するための車庫が扇型機関庫です。この両者がともに残っている例は珍しく、「全国に現存する扇型機関庫」によると、日本では次の十二例しかないそうです。旧小樽築港機関区手宮分庫(北海道小樽市)、旧苗穂機関区(北海道札幌市)、旧盛岡機関区荒屋新町支区(岩手県八幡平市)、旧会津若松機関区(福島県会津若松市)、旧新津機関区(新潟県新潟市)、旧直江津機関区(新潟県上越市)、旧遠江二俣機関区(静岡県浜松市)、旧梅小路機関区、旧津山機関区(岡山県津山市)、旧米子機関区(鳥取県米子市)、旧宇和島機関区(愛媛県宇和島市)、旧豊後森機関区(大分県玖珠町)。しかも公開されているのは、手宮、二俣、梅小路、津山、豊後森のみ。ほんとうにレアな物件です。アドレナリンが分泌するのを感じながら、ばしゃばしゃと写真を撮りまくっていると、一天にわかにかき曇り、突然の驟雨が襲ってきました。あわてて車庫内に避難、そこには蒸気機関車やいろいろな作業用車両が展示されていました。歩いている時に降られないでよかった、これはついていますね。幸い雨はすぐにあがりました。それではウィーンに戻り、オットー・ヴァーグナーの建築を拝見することにしましょう。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-09-13 06:38 | 海外 | Comments(0)

錦織選手とユニクロ

 いやあ、錦織圭選手の大活躍、すばらしかったですね。場末の一テニス・プレーヤーとしてたいへん嬉しく思います。決勝は完敗でしたが、疲労のためでしょうか、いつものフットワークではなかったように見受けられました。これは個人的な持論ですが、ミス・ショットの多くはフットワークに起因していると考えます。打点を微調整するための細かいフットワークができていなかったようです。でもトップ10の選手たちを次々と倒して決勝戦に進出できたことは大きな自信につながったでしょう。これからの試合が楽しみです。
 と、前置きはこれくらいにして、インターネットを見ていたらこんなニュースが目に入りました。(毎日新聞14.9.7) 「錦織決勝進出 ウエアもラケットも売り切れ状態」 えっ、目を疑いましたが、次のような記事が続いていました。"「錦織さんのウエアありますか」。錦織圭選手とスポンサー契約を結んでいるユニクロの銀座店(東京都中央区)には、7日午前11時の開店前から買い物客が店の前に集まった。同社が先月25日から販売する錦織選手のポロシャツのレプリカ商品を買い求めるためだ" 驚き桃の木山椒の木、ブリキに狸に蓄音器、ですね。彼が全米オープンの決勝に進出したことと、錦織モデルのポロシャツを買うことには、どんな関係があるのだろう??? 錦織選手の価値(値段)が上がった→日本人の価値(値段)が上がった→日本人である自分の価値(値段)も上がった、という喜びを表現するためにそのポロシャツを買って着るのでしょうか。よくわかりません。凄いのは彼なのであって、別に日本人全体が凄いというわけではないのにね。
 もう一つ釈然としないのは、ユニクロという、若年労働者を酷使して弊履の如く使い捨てる企業の製品を、何の疑問もなく購入することです。先日読んだ『限界にっぽん 悲鳴をあげる雇用と経済』(朝日新聞経済部 岩波書店)の中に、下記のような一文がありました。
 「燃え尽きてしまった」。20歳代の男性の元社員はユニクロの日々を振り返る。会社が決めた月間勤務時間の上限は残業も含めて計240時間だが、とても仕事を消化できない。パソコン上で入力する出退勤時間を上限内に収まるよう日々「調整」し、残業代が出ない「サービス残業」の毎日だった。繁忙期の勤務は300時間を超えた。
 半年おきの「店長代理資格」の取得試験も苦痛だった。何回受けても通らず、「次第に給料を下げられ、最後は入社時より年収で50万円ほど減った」。本部や、複数店舗を統括する幹部たちから日常業務について指示を受けると、言い訳しにくかった。「詰められ方が非常に厳しい。僕たちは『追及』と呼んでいた」。
 周囲には、うつ病になって突然出社できなくなる同僚がいた。「このままでは自分も精神状態がもたない」と退職を決めた。
 別の東海地方の20歳代の元店員も、膨大な仕事量と店長代理資格取得の重圧に押しつぶされそうだった。勤務時間中も仕事の合間にレジ打ちやミシンの練習、店舗レイアウトも研究した。休日も暇があれば厚さ10センチほどのマニュアルの勉強に費やした。入社八カ月後に「うつ状態」と診断され、退職した。
 同社の新卒社員が入社後三年以内に退職した割合(離職率)は、06年入社組は22%だったが、07年入社組は37%に、さらに08~10年の入社組は46~53%と高まっていった。直近の入社組は、同期のおよそ半分が会社を去る計算になる。休職している人のうち42%がうつ病などの精神疾患で、これは店舗勤務の正社員全体の3%にあたる。
 社員を酷使する「ブラック企業」との批判は、こうした中で高まってきた。(p.117~8)
 新入社員の半数近くが、三年以内に退職してしまう。これはどう考えても真っ当な企業ではありません。なお同書で、ユニクロ(ファーストリテイリング)の会長兼社長である柳井正氏は、インタビューにこう答えておられます。
-離職率が高いのはどう考えていますか。
「それはグローバル化の問題だと思っている。10年前から社員に言ってきた。将来は、年収一億円か100万円に分かれて、中間層がどんどん減っていくと。これは世界的な傾向で、自分の仕事を通じてそれなりの付加価値がつけられないと、途上国の低賃金で働く人の賃金にフラット化。年収100万人の方になっていくのは仕方がないよと。そうならないように勉強をしてもらっている。例えば、店で付加価値をつけられるのは店長だから、店長には販売員を指示したり、情報システムを駆使して売れ筋商品を売ったりして、儲けてもらう。店長は一つの店舗の経営者としてがんばってもらわないといけない」
-それができなかった人が転職する、場合によってはうつになったりする。
「そういうことだと思う。日本人にとっては厳しいかもしれないけれど。でも海外の人は全部、がんばっているわけだ。韓国の人も中国の人も、米国の人も。その中で日本人ががんばらなかったらどうなるか。僕が心配しているのは、途上国から海外に出稼ぎに行っている人がいる。それも下働きの作業員のような仕事で。グローバル競争のもとで、他国の人ができない付加価値をつくり出せなかったら、日本人もそうやって働くしかない」 (p.161~2)
 なるほど、確信犯だったのですね。将来的に、世界中の労働者は年収一億円か100万円に分かれていく。付加価値をつけた労働者は年収一億円も夢じゃない、つけられなかった労働者は年収が100万円でも、うつ病になっても、転職に追いこまれても仕方がない、というわけですか。付加価値とは、企業の利益を上げる能力のことでしょう。売上げ向上に貢献した錦織選手には臨時ボーナス一億円、それほど貢献しなかった車椅子テニスの国枝真吾選手には優勝したにもかかわらず臨時ボーナスなし、という差別も納得です。世界中の労働者をどん底への競争に追いたて、その苛酷かつ非人間的な競争に敗れた労働者を容赦なく切り捨てるユニクロ。いくら錦織選手にあやかりたいからとって、そんな企業の製品を躊躇なく買っていいものでしょうか。疑問を感じます。
 そしてそのような企業ユニクロとスポンサー契約を結んでいる錦織選手の見識にも、疑問を感じます。社会に与える影響力を考えると、トップ・プロたる者、契約を結ぶ企業は慎重に考慮して選ぶべきだと思います。労働者を酷使して使い捨てる企業と契約を結び、莫大な契約量とボーナスを手に入れるのは、人間としていかがなものか。テニス・プレーヤーである前に、人間であってほしいものです。
by sabasaba13 | 2014-09-12 06:30 | 鶏肋 | Comments(4)

『限界にっぽん』

 『限界にっぽん 悲鳴をあげる雇用と経済』(朝日新聞経済部 岩波書店)読了。「ブラック企業」という存在はもうかなり人口に膾炙するようになってきましたが、寡聞にして「追い出し部屋」については知りませんでした。日本では、経営難の企業が従業員を解雇することは過去の例で厳しく制限されています。そこで企業は、仕事を与えられない社員に自主退職を促し、株主や銀行に約束した「人減らし」計画の達成をめざそうとするのですね。こうした自主退職を促す仕掛けが、「追い出し部屋」です。過酷なノルマ、連日のダメ出しによって、精神的・肉体的に追い込み自ら辞めるように仕向ける仕掛けです。
 それではパナソニックの「追い出し部屋」を覗いてみましょう。名称は「事業・人材強化センター(BHC)」、東京・新宿の副都心にある超高層ビルの一室にあります。室内には、五人のパナソニック社員とテレビモニター、画面には成人向けアダルト映像がひっきりなしに流れます。仕事の内容は、一か月強で36,000本のコンテンツを一本一本確認し、映像に乱れがないかを確認する作業です。
 「『応援』の業務をいくつかやってきたが、アダルト映像を見続けたあの業務は、いくらなんでもつらすぎた」。キャリア開発チームの40代の男性社員はこう振り返る。一日12時間座ったまま映像を見続ける、「究極の単純作業」だった。(p.53)
 いや、作業ではないですね、これは拷問です。まるでドストエフスキーの『死の家の記録』の世界。ん? パナソニック? そう、今や名立たる大企業までが、こうした非人道的な手段で人減らしに奔走しているのですね。ちなみにこうした「追い出し部屋」を有する大企業は、本書によると、パナソニック、ソニー、NEC、ノエビア、セイコーインスツル、東芝、日立製作所、コナミ、大京、リコーなどです。(p.80)
 本書は、今現在の日本でまかりとおっている、安易な人減らしでもうけを維持し、雇用を放棄する企業経営の実態を鋭く取材したものです。もちろん、これは台風や地震や津波のような自然災害ではありません。人為的かつ意図的な行為の結果です。雇用をめぐる規制緩和の起点となったのが、1995年、当時の日経連が出した「新時代の『日本的経営』」という報告書でした。以下、引用します。
 雇用の形を、長期蓄積能力活用型(将来の幹部候補)、高度専門能力活用型(有期の専門職)、雇用柔軟型(パート的労働者)の三つに分け、金融商品を運用するように、基幹社員と有期社員、低賃金のパートや非正規社員を組み合わせる「雇用ポートフォリオ」の言葉が登場したのもこのころだった。翌年から、従来、秘書や通訳などの限定されていた派遣を認める業種を大幅に拡大する規制緩和が始まる。99年改正では、製造業などを除いて、派遣は原則自由化(派遣期間は最長一年)され、さらに04年には製造業でも解禁され、一気に非正規化が進んだ。
 民主党政権になると、日雇い派遣の原則禁止など、規制強化の動きが起きたが、自民党政権になるとまた振り子が戻ることになった。かつての「雇用ポートフォリオ」論をなぞるように、再び安倍政権で、少数の正社員と解雇しやすい限定正社員、使い捨ての非正規社員に働き手を分ける雇用政策が復活しようとしている。
 正社員の代わりに、派遣社員を好きなだけ使う。正社員は減っても、解雇しやすくし、残業代も払わなくてよくする-、そんな社会をめざしているのか。(p.225~6)
 そう、安倍伍長はそんな社会をめざしているようです。一将功成りて万骨枯る、大企業のCEOが儲けて労働者は朽ち果てる。雇用規制をさらに緩和して、低賃金で不安定な働き手を増やし、大企業が肥えふとる。格差の拡大や社会の亀裂を放置し、ナショナリズムの煽動によって弥縫する。やれやれ。本書が随所で指摘しているように、どうやら日本は限界に来たようです。
 それにもかかわらず、東京オリンピックにうつつを抜かし、錦織君の活躍に熱狂して「ブラック企業」ユニクロのシャツを買い、安倍伍長政権を支持している方がいたら、ぜひ読んでいただきたい本です。根本的な解決策については触れられていませんが、それはこうして紹介された材料をもとに、各自が考えるべきものでしょう。現代日本を考察し批判する上で欠かせない必読の書、お薦めです。

 なお実名報道に徹した朝日新聞経済部の勇気には敬意を表します。「おわりに」には、「ガバナンス(企業統治)の強化」を名目にして企業が情報管理を強め、本来は開示すべき情報すら表に出そうとしなくなっている現状についても触れられていました。だからこそジャーナリズムは、日々起きたことを追う表層的なニュースではなく、時間をかけて新たな事業を掘り起こす調査報道に尽力すべきだという決意、賛同し応援したいと思います。ジャーナリストの気骨が今、問われるべきです。がんばれ、朝日新聞。
 また取材に関して様々な形で圧力がかけられたが、記者たちは奮い立ち、ひるむことなく事実の発掘に取り組んだという秘話も紹介されていました。誰が、どのような圧力を加えてきたのか、ぜひ『限界にっぽん』第二部として発刊してほしいものです。政治家だったら二度と投票しないし、企業だったら不買運動を起こすし、官僚だったら当該の官庁に投書を送りつけたいですね。副題は…「悲鳴をあげるジャーナリズム」かな。
by sabasaba13 | 2014-09-11 06:33 | | Comments(0)

言葉の花綵108

 辛いことはこころを強くする。楽しいことは心を豊かにする。きっとその両方が人を成長させていくんだと思う。(『ピアノの森』 阿字野壮介)

 でも実はカイは楽なコです。学ぶのに受け身ではないから。(『ピアノの森』 阿字野壮介)

 米国流の心理学は、ネズミを人間に似たものとして見るかわりに、人間をネズミに似たものとして見てしまった。(『創造行為』 アーサー・ケストラー)

 パンが乏しいときには、人はパンのみにて生くるようになる。(ダグラス・マグレガー)

 人は変化に抵抗するのではなく、変化させられることに抵抗するのである。(ピーター・ショルツ)

 芸術は気晴しではない。それは争闘である。人間を粉砕する車輪の錯綜である。(ミレー)

 自由に行動して
 優越者の存在を認めない
 そのことの他に
 魂を満足させる何ものがあると思うか (ホイットマン)

 ほんまのところ、わしらは互に喧嘩をやらされてるんや。(『橋のない川』 畑中孝二)

 疑の一字を胸間に存し、全く政府を信じることなきのみ。(植木枝盛)

 選挙とは、国の支配権をかけた、効率の良い投資である。(トーマス・ファーガソン)

 市民と企業の戦いは、二十一世紀における最も決定的な闘争になるだろう。もし企業が勝利すれば、自由と民主主義は終わりを告げることになる。(ジョージ・モンビオ)

 絶望の日まで希望のタネをまく。(野口勲)

 怒りを胸に、楽天性を保って最大防護を。(矢ケ﨑克馬)

 真に深刻な哲学的問題はただ一つしか存在しない。それは自殺である。人生が生きるに値するか否か。それは哲学の根本的な問いに答えることである。(『シシフォスの神話』 アルベール・カミュ)
by sabasaba13 | 2014-09-10 06:35 | 言葉の花綵 | Comments(0)

オーストリア編(10):ブラームスの道(13.8)

 まずは小高いところにある教会へ、木々の間から山なみや街並みを望める素敵な場所でした。
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 点在する家々を見ながら歩いていくと、屋根を葺いている大工さんを見かけたので、"働く人々"フリークの私はすぐ撮影。やがて広大な野原を貫く一本道となり、前を見ても振りかえっても胸のすくような風景となりました。
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 しばらく歩いて地図とハリネズミ君の指示通りに右に曲がると、森の中へと入っていきます。ここからアップダウンが始まって砂利まじりの歩きづらい道となり、草葉に隠れて標識も視認しにくくなってきました。
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 とうとう「ブラームスの道」を見失い、気軽な気持ちでサンダルを履いてきた山ノ神は靴ずれができ、泣きがはいってきました。「話が違うじゃないの」 どんな話かは分かりませんが、ウィーンのカールス広場にある自宅からプラター公園まで毎日歩いていたぐらいブラームスは健脚であったという音楽史的常識を知っていれば、事前に忠告はできたと思います。わりーね、わりーね、Marlene Dietrich、すまねえ、すまねえ、桑江知子。ああ♪私のハートはストップモーション♪

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2014-09-09 06:41 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(9):ブラームス博物館(13.8)

 のんびりとした風情の街並みを愛でながら、五分ほど歩くと街の中心部です。インフォメーションに入って地図をいただき、ブラームス博物館の場所を教えてもらいました。iからすぐ近く、ブラームスの胸像があったのですぐ分かりました。
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 当時スルコフスキー公爵という人の家で、その優雅なたたずまいを気に入ったブラームスは、2階を借りることにしたそうです。それではさっそく拝見することにしましょう。中庭に入ると思ったより奥行きが深い家でした。受付で入館料を払い、歴史を感じさせる擦り減った階段をのぼって二階へとあがります。
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 写真などが中心で展示としてはさほど充実してはおりませんが、彼が使っていた二台のピアノ(スタインウェイとバッハマン)を見ることができたのは幸甚。交響曲第4番のメロディが断片的に脳裡をよぎりました。
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 なおブラームスといえば、私などは眉間に皺をよせた気むずかしいお方という印象を勝手にもっているのですが、実際にはそうでもなかったようです。地元の画家ルートヴィヒ・フルパティはこう回想しています。
 ブラームスは大変子供好きで、いつも声を掛けてくれた。チョッキの中にいつも持っているお菓子を、それもとびっきり新しいものを沢山私達に分けてくれた。ブラームスは毎週ウィーンに通っていた。汽車の出発する一時間前、マエストロに「よい旅を!」と挨拶するため、私達はこの階段のある中庭に整列したものだ。マエストロがまた新しいお菓子をウィーンから持ち帰ってくれることを知っていたから。そしてブラームスは必ずそうしてくれた!

 ブラームスは当時すでに50歳になっていたにもかかわらず、少年のような印象をあたえた。階段の上り下りなど軽やかな足取りだった。彼の長い髪、波打つ髭、しなやかな歩き方、並外れた親切心、マエストロが通りで見せる極端なまでの礼儀正しさ。彼の全てが、我々子供達をいつもびっくりさせた。
 なるほど、交響曲第2番や弦楽五重奏曲第1番ののびやかで明るい曲想も、これで納得できるというものです。ミュージアム・ショップで山ノ神がお土産にする鉛筆を物色している間、受付に置いてあったパンフレットを何気なく見ていると、駅の近くに鉄道博物館があることがわかりました。その写真は…転車台と扇型車庫だ! これは女房を質に…いやいや渉外担当がいないと困る、万難を排して見に行かなければ。山ノ神にその決意を告げ、まずはブラームスの道(Brahms-Weg)を歩くことにしましょう。目印になる標識は赤いハリネズミ、これはウィーンでブラームスが常連だったレストラン「赤いはりねずみ亭(Zum Roten Igel)」にちなんだキャラクターだそうです。iでもらった地図と、ハリネズミ君に頼れば、大過なく戻ってこられるでしょう…たぶん。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-09-08 06:35 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(8):ミュルツツーシュラーク(13.8)

 ホームに行くと、地元の方らしき親子連れに、目的地に行く列車のホームについて尋ねられました。渉外担当の山ノ神が、流暢な英語で「申し訳ない、私たちは旅行者なのでよくわかりません」と返答。実は、われわれ、旅行先でよく地元の方に尋ね事をされます。ここから二つのことを推測します。まず、われわれの風体や物腰が周囲の景観になじみ、地元の人間らしく見えること。ウェディングケーキにへばりついた毒蜘蛛ではなく、海底のイシガレイのようにね。これは、掏摸に狙われにくいという利点にもつながっています。もう一つは、ヨーロッパでは、異国人が同じ町で共に暮らしているのは当たり前田のクラッカーであること。私たちが、東京都墨田区東向島(旧玉の井)で道に迷ったとき、通りかかったアラブ人やスラブ人らしき人物にふつう道を尋ねたりはしません。まだまだ日本という国は閉鎖的なのかなあ、と感じます。
 なお喫煙に寛容なオーストリア(だから好きさっ)、ホームに当然の如く灰皿があったのでまずは一服。そして列車に乗り込むと、幸いというか意外というか、座席はがらがら。眺望が良いという進行方向に向かって左側の座席に陣取りました。
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 脱出のための窓ガラス粉砕用ハンマーを見ると、ああヨーロッパにいるのだなあと実感します。
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 ホームに目をやると自転車を押す二人連れ、これもヨーロッパらしい光景ですね。
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 そして9:05に列車は出発、車窓から田園風景を楽しんでいると、やがてアルプスの山々が迫ってきました。楽しみにしていた石橋ですが、当たり前の話ですが乗っている列車からは見えませんでした。急カーブのところで窓ガラスにへばりつき、何枚か撮影しましたが。もし機会があったら自動車かバスを利用して石橋群を見に来たいものです。二重アーチのガルテリンネ橋がとくに美しいそうです。緑なす丘陵地帯や点在する美しい村々を眺めていると、10:28にミュルツツーシュラーク駅に到着。
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 お目当てはブラームス博物館と、「ブラームスの道(Brahms-Weg)」という散歩道です。駅前にはセメリンク鉄道のモニュメントがありましたが、この鉄道の開通によってリゾート地として栄えたのがこのミュルツツーシュラーク一帯です。
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 ブラームスもこの鉄道に乗り、1884年と1885年のふた夏、この静かな山合いの村で最後の交響曲第4番を作曲しました。1884年の手紙で"ウィーンへ向け、僕はたった3時間列車に乗る。ゼメリンク経由の鉄道路は全く素晴らしい"と書いているそうですが、当時は三時間かかったのですね。なお、アルマ・マーラーもセメリンクに別荘を持ち、若きシェーンベルクもこの近郊で夏を過ごし「清められた夜」を作曲したそうです。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-09-07 06:22 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(7):ウィーン・マイドリンク駅へ(13.8)

 なお時事通信のニュース(2013.11.9)によると、「水晶の夜」が発生してから75年となる11月9日、ベルリン中心部の商店や飲食店のショーウインドーに、ガラスが割れたように見える粘着シートが貼り付けられたそうです。惨状を再現することで、市民が一丸となって差別や偏見に立ち向かう姿勢を示すのが狙いで、国内最大の高級デパート「カーデーウェー」など約140店が参加したとのこと。粘着シートが貼られたのは、ベルリンの中でも特に被害が大きかったクーダム通りやアレクサンダー広場など3地区の店舗で、主催団体の担当者曰く「恐ろしい時代に対する若い世代の関心と理解を深めたい」。ドイツの方々も、歴史に対して真摯に向き合おうとしているのですね。われわれとは違って…
 国立オペラ座の正面を横切り、地下道におりるとスメタナと"ALFRED SCHNITTKE"の記念プレートがありました。SCHNITTKE? 不学のため分かりませんでしたが、今調べてみると、ドイツ・ユダヤ系の現代音楽作曲家、アルフレット・シュニトケという方でした。その前衛的な技法から攻撃を受け、ソ連当局からの厳しい弾圧を受けたそうです。記憶にとどめておきましょう。
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 地下鉄U4に乗ってLangenfeldgasse駅でU6に乗り換え、ウィーン・マイドリンク(Wien Meidling)駅でおりました。ハプスブルク帝国時代は、イタリア・トリエステ、ハンガリー、クロアチア、スロヴェニア等の帝国領を結ぶ主要路線の発着駅だったのですが、今では昔日の感があります。ここからアルプスを越えた最初の鉄道、セメリンク鉄道に乗り込みます。『地球の歩き方』(ダイヤモンド社)によると、ウィーンからイタリア方面へ延びる鉄道路線の建設は、アルプスの難所セメリンク峠を越えなくてはなりませんでした。難工事の末の1854年に開通。このセメリンク鉄道の特徴は、緑豊かな山々の間をいくつもの美しい石造りの橋やトンネルで越えていくことです。建設を指揮した技師ゲガは、路線建設に鉄よりも石やレンガなどの自然素材を多用したため、自然と調和した鉄道という評価が高く、1998年には鉄道として世界で初めて世界遺産に登録されました。
by sabasaba13 | 2014-09-06 06:41 | 海外 | Comments(0)